「…………それはそれは、随分と楽しげな夏休みをお過ごしですね」爽やかな微笑を浮かべて、紅茶を一口啜る妙齢の美男子。言うまでもなく、かの紅き翼のメンバーが一人、大魔法使いアルビレオ・イマその人である。俺は今、この大魔法使いと2人でお茶などしばいてるのだ。九尾の封印が解けたことを彼にも報告しようと図書館島を訪れたところ、例の地下図書館でお茶でもと誘われたのだ。そんな訳で、俺は彼に封印が解けた経緯を話した後、麻帆良祭のとき同様、取り留めもない世間話に花を咲かせていた。ちなみに現在の話題は先日縁日に行ったこと。俺は苦笑いを浮かべながら、彼と同じようにお茶を啜った。「まぁ楽しかったことは認めるけどな。けどホンマに大変やったんやで? あの後エヴァに死ぬほどどつきまわされてんから」復活した俺は、真っ先に例のおみくじを持って世界樹の天辺へと向かったさ。「ですが、それはむしろその程度で済んで良かったと思うべきでは? 彼女の下着を覗き見て、今こうして生きていられるなんて奇跡に等しいことですよ?」ですよねー☆正直、ボコボコにされる程度で済んで良かったと思う。あの鬼畜幼女なら、本気で目玉抉り出しかねないし。くわばらくわばら。「しっかし、魔力だけなら封印されとるエヴァより俺んがある筈なんに、何であない一方的にボコボコにされてまうんやろうな?」もちろんこちらから手出しする気は毛頭なかった。だが、逆に俺が防御に徹底していた分、彼女からの攻撃をあそこまで防ぎきれなかったというのは可笑しな話だ。やはり600年の研鑽は伊達ではないということなのか?しかしそれだけじゃやっぱり納得がいかないような気もする…………。俺が頭を悩ませて唸っていると、アルはぴっと右手の人差し指を立ててこんなことを言った。「それは単純に、小太郎君が手に入れた魔力を完全に引き出せていないからではありませんか?」彼の言う通り、その可能性は考えた。原作のネギだって、サウザンドマスターに匹敵する魔力を持ちながら、序盤で全くと言って良い程フェイトに歯が立たなかった。それは単純に、彼が自身の魔力を使いこなせていなかったから。強い魔力を持っていても、それを使いこなせなければ宝の持ち腐れ。その理屈は、自分の経験を通して理解している。しかし、経験しているからこそ、そして魔力の引き出し方を学んだ俺だからこそ納得いかない。九尾の魔力は勝手が違うとでも言うのだろうか?「以前よりも大きな魔力を手に入れた訳ですからね。無意識のリミッターが強いのは当然の理屈ですよ」「なるほど…………」アルの説明にようやく得心がいって、俺はぽんっと手を叩いた。つまり、今の俺は自分でも行使したことがないような大魔力にビビって、アクセルを全開する前にブレーキをかけちまってる状態ってことか。…………けどそれって、どうやって解決すれば良いのん?「何か上手いこと魔力を引き出せる方法とかあれへんかなぁ?」「まぁ、普通に修練を積んでいても、徐々に引き出せる魔力は上がっていくと思いますよ?」相変わらず爽やかな笑みを貼りつけて言うアル。その理屈は分かるが、原作に合流するまで残り時間が少ない以上、あまり悠長にもしていられない。可及的速やかに、俺は手に入れた九尾の魔力を引き出せるようになる必要があった。「そうですね…………では上位古代語魔法(ハイエンシェント)などを覚えてはいかがでしょうか?」「上位古代語魔法ねぇ…………」確かにそれなら、俺のリミッターとか関係なしに、馬鹿デカい魔力を引き出す必要がある。使えるようになれば、自然と俺が無意識に駆けてるブレーキも緩むだろう。しかし…………。「正直、俺白兵戦タイプやから、あんまそういう固定砲台っぽい魔法は使いたないなぁ…………」上位古代語魔法と言えば、エヴァのこおるだいち、ネギやナギが使っていた千の雷、超鈴音の燃える天空などに代表される広範囲殲滅型の大魔法。詠唱が長いそれは、前衛型の俺にとってデメリットが大き過ぎる攻撃手段だった。しかしアルは、そんな俺の否定的な意見を前に、なおもにこにこと爽やかな笑みで続ける。「いえいえ。何も上位古代語魔法が全て広範囲殲滅型の術という訳ではありませんよ? 特に小太郎君が得意とする影属性のものは…………」そう言ってアルは立ち上がると、背後にあった書架から1本の古めかしいスクロールを取り出した。そのスクロールは魔力を持っている訳ではなく、一見するとただの巻物にしか見えない。「そのスクロールは?」「これは操影術の中でも禁術とされたとある上位古代語呪文が記された巻物です。もっとも御覧の通り、特に封印がされている訳でも、書自体に危険な魔法が掛けられている訳でもありません。魔法を記しているだけで、これはただの紙切れです」「操影術て…………俺がここに来るんが分かってたみたいやな?」「フフフ。学園都市内で大規模な戦闘が行われたことには気が付いていましたから。もしかすると、程度の考えで用意していたものですが、無駄にならずに済んで、正直ほっとしています」微笑んで、アルは再び自分の席に腰掛けた。…………さすがは紅き翼の参謀役。先回り加減まで規格外ですね。「けど禁術て、その魔法俺が使うても大丈夫な代物なんか?」闇の魔法を過使用したネギみたいに暴走するのは勘弁なんだが。つか、今の麻帆良で俺が暴走した場合、学園長かタカミチ連れて来ないと止められないだろ?それかエヴァの封印解くか。「ご安心ください。これは何もそういった危険があるために禁術とされた魔法ではありませんから」「??? ほんなら、何で禁術に指定されてん?」「―――――術者自身の身体が耐えられないからです」その言葉を口にした瞬間、アルの顔から今までの笑顔が消えた。「…………この魔法は、使用することで人間では…………いえ、魔族ですら考えられないほどの膂力を術者に与えてくれます。しかし極限まで引き上げられた膂力に、術者自身の骨肉が耐えられず悲鳴を上げてしまう、言わば諸刃の剣…………」「…………」なるほど。確かにそれは俺向きの魔法だ。一度使用すれば、俺が出しあぐねている強大な九尾の魔力全てを引き出せ、俺の身体能力を極限まで高めることが出来る。しかしその分、使用するリスクも高い。「この図書館島に残された記録によると、この魔法を使用した魔法使いのおよそ9割が、たった一度この魔法を使用しただけで、その反動に耐えられずに死んでいます。残りの1割も、十に満たない使用回数で死んでいる未完成の上位古代語呪文…………あなたに、この魔法を使う覚悟がありますか?」先程と同じ人物とは凡そ思えないほど威厳に満ちた表情で、アルは俺の目を真っ直ぐに見据えそう問い掛ける。上位古代語魔法と言う時点で、これを行使しようとした魔法使いは、その全てが大魔法使いに列される猛者たちだったということは予想に難くない。しかしその猛者たちがなお、その反動に耐えきれず死に至った禁術。決死の覚悟で、この術を使う覚悟はあるか?…………もちろん、そんな覚悟ないに決まっている。俺に有るのはただ一つ…………。「…………生き残る覚悟なら、いつでも出来とるで?」獣染みた笑みを浮かべ、そう答える俺。そう、俺の中にある覚悟。それは、どんなに絶望的な死線であろうと、必ず踏み越えて、仲間とともに帰ってくる。ただそれだけの誓い。俺が刹那の涙に誓った、かつて千の呪文の男ですら、果たせなかった誓いだ。どれだけ困難な状況だろうと、俺はあの時以来その誓いを忘れたことはない。その魔法がどれだけ術者に強烈な反動を見舞うとしても、強くなるために必要なら、俺はそれを甘んじて受け止める。しかし絶対に、俺はそれを乗り越え、必ず仲間たちの元に帰って来て見せる。それこそが、俺の譲れない覚悟だった。俺の言葉をどう受け取ったのか、真剣な表情をしていたアルは、再び先程のような笑みに戻っていた。「フフフ。あなたならそう答えると思っていましたよ。本当に、これだから人生は面白い。あなたの人生も是非コレクションに加えたくなりました」そう言って、俺へとスクロールを差し出すアル。俺は苦笑いを浮かべて、そのスクロールに手を伸ばした。「人生蒐集て、やっぱ良え趣味とは思えへんなぁ…………」そしてそのスクロールを俺が掴もうとした瞬間だった。―――――ひょいっ…………「…………」「フフフ♪」アルはにこやかな表情のまま、スクロールをひょいと上に掲げていた。「えーと…………何?」「フフフ。誰も無料(タダ)で差し上げるとは言っていませんよ? これでも貴重な歴史的文献ですから、それなりの対価を支払って頂かないと」「…………」…………この狸めっ!!エヴァの気持ちがメッチャ分かったわ!!この変態紳士、性格悪過ぎだろっ!?普通あそこまで勿体ぶって今更そんなこと言い出すか!?そんな俺の苛立ちも全て計算づくなのだろう、にこにこと微笑んだままアルはこちらを見つめている。「何も対価に支払うようなものが無いとおっしゃるのでしたら、そうですね。私とゲームでも…………」「いや、それには及ばへん」原作のエヴァを見ていれば分かる通り、アルは絶対こっちが一番嫌がる罰ゲームを賭けて来る。結果的に自分が負けるように仕向けるにしても、その過程でこっちが焦っている様子を見てほくそ笑むに違いないのだ。それが分かっていて、むざむざその賭けに乗っかるほど俺はお人好しじゃない。それに俺には、こいつに対する最強のカードがあった。「俺が支払う対価は…………これや!!!!」「こ、これは…………!!!?」俺がアルに突き付けたのは、俺愛用の携帯電話。無論、その携帯電話を対価にするわけではない。俺が言った対価とは、その画面に映されているもの。携帯の液晶に映し出されているのは、初等部の制服に身を包んだエヴァの姿だった。俺が再生ボタンを押すと、画面の中のエヴァはもじもじと恥ずかしそうにスカートの裾を引っ張りながら、次の瞬間には満面の笑みを浮かべて…………。『お、お兄ちゃんっ♪ だ、だ、だ~い好きっ♪(ニコッ) …………』そうのたもうたのだった。目の前で展開された驚愕の事態に、あの大魔法使い、アルビレオ・イマは呆然と目を見開いている。「わ、私ですらその完成形を思い描きながら、倫理的障害の多さと彼女の性格を考え撮影を断念した幻の動画…………本当に完成させるとは…………」どこかで聞いたことあるような台詞を零すアルに、俺は獣の笑みを浮かべて高らかに宣言した。「どーや!? これが対価なら文句あれへんやろ!? もしこれでも足りひん言うんやったら、さっき言うてたミニ丈浴衣(もの●け姫ごっこver)と去年のクリスマスに撮ったミニスカサンタコス着用の写真も付けたる!!!!」「!!!? 売ったぁっ!!!!」―――――がしっ俺たちは互いの右手を堅く握り合った。「…………まさかこれほどとは。小太郎君、あなたとは美味しいお酒が飲めそうですね」「いやいやあんたこそ。さすがは伝説の魔法使い。ここまで話の通じるやつとは恐れ言ったわ」そして互いの顔を見合わせ、俺たちはにやりと笑みを浮かべた。「フフフフフフッ♪」「はーっはっはっはっはっ!!」こうして、俺とアルビレオ・イマの間に良く分からないが、鉄のように堅い同盟が締結されたのだった。―――――その頃、エヴァのログハウスにて。エ「…………くちゅんっ!?」茶「? マスター? お風邪ですか?」エ「い、いや…………な、何か知らんが、急に寒気が」茶「風邪の引き始めかもしれません。夏風邪は長引きますので、今日は温かくされて早めにお休みになられては?」エ「そ、そうか? い、いや、しかしそれにしては妙な胸騒ぎもする…………い、一体何だと言うんだ?」茶「???」…………チャンチャン♪