「く、ぁ…………!? み、弥刀…………!?」―――――ブシュッ…………「ぐぅっ!?」答えることなく、弥刀は俺に突き刺していた苦無を、有無を言わさず引き抜いた。くそっ!? 一体何がどうなってんだっ!?彼女が流していた涙は、紛れもない本物の涙だったはずだ。それが、何故こんな…………。傷口を抑えてよろめく俺。そんな俺の様子を余所に、ゆっくりと立ち上がった弥刀。「な、何でこないなことを…………? 自分、一体…………っっ!?」 ―――――ヒュンッ「っっ!?」 振り下ろされた弥刀の苦無を、咄嗟に飛び退くことでかわす。今の一撃…………さっきまでの弥刀に無い、明確な殺意がこもった一撃だった。しかしおかげで、ようやく全ての疑問が氷解した。「…………なるほど、自分が弥刀の召喚した妖怪っちゅう訳かいな?」俺の言葉に、ゆっくりと顔を上げる弥刀。その瞳には光が無く、一見して彼女には意識がないと分かる。『…………随分と余計な真似をしてくれたものだな、小僧』「っ!?」思わずぎょっとした。弥刀の口から発せられた言葉は、明らかに彼女とは別人のもの。否、人のものではない。腹の底まで響く不快な低音。そして何より、存在そのものがまるで異質だと手に取るように分かるその声の主。…………弥刀のやつ、よりによってかなり厄介な部類の妖怪を召喚したらしい。「いや…………妖怪っちゅうより、呪いの類っちゅうた方が正解か?」今の弥刀から発せられる気配は、近付くだけで周囲の者に不快を与えるほどに混沌としている。かつて近衛の本山で、後学のためにと見せてもらった蟲毒の儀式。あれを彷彿とさせる不快感が込み上げて来て仕方がない。『ほう? 博識だな小僧。そなたの言う通り、『我ら』は妖怪に非ず、言うなれば怨念そのものよ』「我ら、やと…………?」弥刀の中に巣食ってんのは1匹じゃねぇってことか?だが、言われてみれば納得だ。1匹にしては、このざわざわする気配が濃過ぎる。それに、怨念そのものってのは聞き捨てならない。「自分ら、一体『何』なんや…………?」俺の言葉に、弥刀の身体を乗っ取った『そいつら』は、ニヤリと三日月に口を歪めて哂った。『我らは怨念そのもの。故に名も、姿さえも不確かなもの…………そうさな。言うなれば我らは…………』そいつは弥刀の胸に貼りついていた呪符を強引に引きはがすと、それを彼女の顔の前に掲げて告げた。『―――――我らは、無念の内に朽ちていった者たちの代弁者だ』その瞬間、呪符は紫暗の炎に焼き尽くされ、無数の黒ずんだ骸骨が弥刀の周囲に殺到した。古今東西、骸骨を模した妖怪というものは後を絶たない。この日本という極東の島国の中でさえ、その存在は多くの文献の中に現れている。有名どころといえば水木 しげるの創作として知られるがしゃどくろだが、それ以外にも古くからこの国には骸骨の姿をした妖怪が知られている。古くは日本書紀に登場する千五百の黄泉軍(チイホノヨモツイクサ)に始まり、狂骨、骨女などなど…………。まさに枚挙に暇がないほど、骨を模った妖怪というものは数多く存在する。しかしその多くは実体のない、中身の伴わない伝承にしか登場しない。その妖怪の特徴や、一体どんな由縁を持つ妖怪なのか、多くが謎に包まれていることが多い。だがたった1つだけ、その妖怪たちに共通する特徴がある。それは…………。―――――強い怨念が形作った存在であるということだ。…………なるほどな。確かにこいつは、復讐のために呼び出す妖怪としてはうってつけかも知れない。何せ存在そのものが恨みの塊。純度100%の怨念だ。弥刀のように恨みを晴らしたいと願ってる人間は、こいつらにとって何よりの御馳走だろう。『この娘のおかげで随分力を付けることが出来た。あと僅かで、魔界に残された者たちを呼び出すだけの力が集まるはずだったというのに、ようも邪魔してくれたのう?』感情の映らない虚ろな瞳で、そいつらは俺を睨みつけた。弥刀はこいつらを利用するつもりが、逆に利用されちまってたってことか。『あれだけ心地良い怨念を放っておったこの娘の心から、すっぽりと恨みが抜け落ちてしもうた。…………まぁ良い。身体は手に入れた。これからゆっくり時間をかけて、この小娘の心に再び復讐の炎を灯すとしようぞ』―――――カカカカカカッ!!弥刀の身体が笑うと、周囲の骸骨達は共鳴するかのように、かたかたと顎を鳴らした。薄気味悪い光景に吐き気を催しそうになる。しかしそれ以上に、俺の血管は今にも破裂しそうだった。「そないなこと、俺がさせると思うんか? 貴様らまとめて、俺が魔界に送り還したる!!」ようやく父の真意に気付き、楓の手をもう一度取ろうと思い始めていた弥刀。こいつらを呼び出したのは確かに彼女の自業自得かもしれない。しかしそれでも、彼女を復讐の鎖に捉え続けようとするこいつらに、俺は我慢がならなかった。再び日本刀を鞘から抜き放つ俺。そいつはの様子を見て、骸骨達は笑うのを止めた。『小僧、正気か? その傷は浅くは無いぞ? まぁ無傷であろうと、貴様ごとき矮小な生き物に、我らを止められるとは思えんがな』弥刀の身体を乗っ取った奴が、嘲笑とともに言い捨てる。腹の傷は、どうやら太い血管を傷つけているらしく、先程から出血が止まらない。滴り落ちる血は、いつのまにか俺の足元に深紅の水溜りを作っていた。「はっ。舐めんなや、妖怪。 こちとらちぃっと血の気が多過ぎてなぁ。少しくらい抜いた方が調子が良えくらいや」 見え見えの強がりだったが、それでも黙って指咥えてるよりよっぽどマシだ。抜き身の刀身を再び弥刀に突きつけて、俺は口元に凶暴な笑みを浮かべた。『カカッ…………良かろう。貴様の怨念は我らにとって良い肥やしになりそうだしのう』「…………」そいつの放った一言に、無意識の内に眉が跳ねる。『言うたであろう? 我らは怨念そのもの。貴様の内に眠る強い復讐の炎に、気付かぬ道理がどこにあろう。カカッ…………滑稽よな? 復讐のために生きる者が、復讐心そのものである我らと闘おうとは』―――――カカカカカカッ!!再び骸骨たちは一斉に哂い声を上げた。そう、こいつらの言う通り、今の俺があるのは間違いなく兄貴への復讐心があったからだ。奴を殺すため、奴より強くなるために、俺は自らを鍛えこれまでを生き抜いて来た。だが俺がこの世界で、この人生で得たものは、そんな黒ずんだ復讐心ばかりではない!!俺はさらに雄々しく力強く、獰猛な犬歯を露わにして笑みを浮かべた。「―――――貴様らみたいな腐れ骸骨と一緒にすんなや。俺は復讐のために強なったんとちゃう。ダチ公護るために強ぉなったんや!!!!」俺の咆哮と同時に、再び鳴りやむ骸(ムクロ)たちの笑い声。同時に膨れ上がる、千にも及ぶ濃密な殺気。『…………良かろう。この世に怨念に勝る力等ないこと、その身をもって学ぶが良い!!!!』その瞬間、かくんと糸の切れた操り人形のように崩れ落ちる弥刀の身体。―――――ガチガチガチガチガチッそして不快な音を響かせながら、崩れ落ちる弥刀の身体に殺到する骸骨達。またたく間に弥刀の身体を飲み込んだ奴らは、次の瞬間には体長30mはあろうかという巨大な骸骨に姿を変えていた。『『『『『―――――行くぞ、小僧。貴様の恨み、骨の髄までしゃぶりつくしてくれよう!!!!!!』』』』』―――――ガチガチガチガチガチッ!!!!巨大な骸が、その顎を鳴らし不快な哂い声を響かせる。元より、こっちは取り込まれた弥刀を取り戻すつもりだったんだ。今更その姿かたちが多少変わろうと、大した問題じゃない。獰猛な笑みを浮かべ、俺は骸骨目がけて駆け出した。融合し一体となった無数の骸骨。初めは、何より目を引くその巨大さこそがこいつの恐ろしさだと、そう考えていた。しかし…………。「―――――はぁぁあああっ!!!!」―――――ガキィンッ…………ガチガチガチガチガチッ「―――――せぇいっ!!!!」―――――ガシャンッ…………ガチガチガチガチガチッ「―――――そぉいっ!!!!」―――――ガキィンッ…………ガチガチガチガチガチッ何度斬りつけても、またたく間に元の形に再生する巨大骸骨。こいつの本当の恐ろしさは、その巨大さよりその再生速度にあった。くそっ!! これじゃ埒が明かない…………!!止まらない出血のせいで、次第に覚束なくなる足元。何より、奴らに取り込まれた弥刀の身を案じて、焦燥感ばかりが募っていく。『『『『『カカカカカカッ!! 無駄よ無駄よ!! 我らは一にして全!! 全にして一!! 何度砕かれようが、一体でも残っておる限り、我らは不滅よ!!!!』』』』』―――――ガチガチガチガチガチッ!!!!こちらの焦りを煽るように、不快な哂い声を上げる骸骨。ちっ…………!! これ以上手間取ってる訳にはいかないってのに…………!!失血により、徐々に霞み始める視界が、俺に残された時間の少なさを嫌でも自覚させる。闘う力が残されている内に、せめて弥刀を助け出さなければ、彼女はまた、復讐の炎に駆られてしまう。…………迷ってる暇はない!!「―――――うぉぉぉぉおおおおおっ!!!!」咆哮と同時に、俺は再び歩法・舞姫によって加速する。周囲の景色を置き去りにし、向かうは巨大骸骨の頭蓋骨。がたがたと不快な音を立てる無数の骸、その音に掻き消されそうなか細い音で聞こえる僅かな鼓動。―――――ドクン…………それは紛れもなく、弥刀の鼓動だった。『『『『『おのれ、ちょこまかと往生際の悪い…………!!』』』』』加速する俺を捉えようと、腕を出鱈目に振りまわす巨大骸骨。木々を薙ぎ倒し、大地を抉るその巨腕は、されど俺を捉えることは出来ない。その隙を付き、俺は一足に頭蓋骨へと跳躍した。「弥刀ぉっ!!!! いつまでもそんなとこで寝てんなやっ!!!!」刀を大きく振りかぶり、刀身に気を集中させる。彼女の傷付けないよう細心の注意を払いながら、俺は刀を振り下ろそうとした。しかし…………。『『『『『―――――抜かったな、小僧!!!!』』』』』―――――ガラァンッ…………「っ!? 何やとっ!!!?」俺の刀が振り下ろされる瞬間。音を立ててばらばらに崩れる骸骨たち。一瞬、奴らに捕らわれていた弥刀の姿が目に入り思考が止まる。その予想外の状況に、俺の刀はただ空を切るしかなかった。そして背後に迫る濃密な殺気。咄嗟に身体を捻ろうとするが、間に合わない。俺は腹部に強烈な一撃を受け、盛大に地面へと叩きつけられた。「ぐぅっ…………!? がふっ…………!?」どこか内臓をやられたのか、咳き込んだ俺の口からは、鮮血が零れ落ちる。また、腹部に攻撃を受けた所為で広がった傷口からは、おびただしい量の血液が流れ落ちていた。霞む視界を上に向けると、そこには再び巨大な骸骨となった奴らの姿があった。『『『『『言うたであろう? 我らは全にして一。身体を砕き再び集めることなど造作もない』』』』』―――――ガチガチガチガチガチッ!!!!けたたましい哂い声を上げる巨大な骸。俺は血溜まりの中、何とか立ち上がろうともがくが、ぼろぼろになった四肢には、塵芥程の力さえ入らなかった。「…………くそっ、たれ…………!! …………俺、は、こんな、とこで…………!!」それでもなお、立ち上がろうと足掻く俺。その鼓動に合わせて傷口から幾度となく出血するが、それでも構わず、俺は何とか立ち上がろうとあがき続けた。「ぐっ、げほぉっ…………!!!?」口内に広がる鮮血の味。その血反吐を吐き捨てて、俺は有らん限りの力で叫んだ。「弥刀ぉーーーーっ!!!! 聞こえとるんやろうっ!!!? さっさと目ぇ覚まさんかいっ!!!!」力を入れた所為で、再び傷から吹き出す血液。にも関わらず、返ってきたのは骸骨達の嘲笑だけだった。『『『『『無駄だ小僧。娘は完全に我らが手中。貴様の声など届きはせぬ』』』』』―――――ガチガチガチガチガチッ!!!!「…………く、そが…………」震える四肢で、何とか立ち上がろうとした俺だったか、上体を起こすことすら叶わず、再び血と雨の混ざった泥に崩れ落ちた。『『『『『もう十分であろう? 貴様も小娘同様、我らの糧となるが良い』』』』』ゆっくりと伸ばされる、巨大な骸骨の腕。緩慢な動きのそれすら、今の俺にはかわすことが出来ない。…………こんなところで、死ぬ訳にはいかないってのに…………!!歯を食いしばって、必死で立ち上がろうとする。しかし、ようやく片膝を着いたときには、既に骸の腕が眼前に迫っていた。「っっ…………!!!?」思わず両腕で防御の姿勢を取る。しかしその程度、この巨体の前には何の意味もなさないだろう。そう思った矢先だった。―――――ヒュンッ…………ガキィンッ!!!!『『『『『―――――っっ…………!?』』』』』骸の群れが息を飲む気配とともに、俺に迫っていた巨大な腕は、その中ほどから見事に切断されていた。―――――ザッ…………その直後、骸から俺を庇うように立ちはだかった人影。見覚えのあるその後ろ姿に、俺は思わず笑みを浮かべた。「すまない小太郎殿。せっかくの厚意でござったが、じっとしているのは性に合わなかったでござる。しかし…………」勿体ぶって言葉を区切り、そいつは上半身だけで振り返る。「…………この状況、拙者の助太刀が必要でござるかな?」―――――ヒュンッ…………トスッ…………空を切り、返ってきた大手手裏剣を受け止めて、楓は頼もしい笑みを浮かべて見せた。「それにしても…………あの化け物は一体?」斬り落とされた腕を復元している骸骨を眺めながら、当然の疑問を口にする楓。俺は刀を杖代わりに、どうにか立ち上がってその疑問に答えた。「弥刀が召喚した妖怪や。説得は成功したんやけど、そこであいつが弥刀の身体を乗っ取ってもうてな。弥刀は今、あいつの頭蓋骨に捕まっとる」「何と…………!?」「ついでに言うとあの化けモン、少々砕いてもすぐ元に戻ってまう。倒すためには、全部まとめて消し飛ばすだけの気力か魔力が必要や」「それはまた…………少々反則が過ぎるでござるな」俺が告げた絶望的な状況を知ってなお、楓はのほほんとした笑みを浮かべてそう答える。「状況は把握したでござる。あれを消し去る術がない以上、今は紅葉の救出が最優先…………後は拙者に任せるでござる」大手手裏剣を握り直すと、楓は骸骨に向き直り、跳躍するため体勢を低くした。「おっと、その前に…………小太郎殿、紅葉を最後まで見捨てないでくれたこと、心より感謝するでござるよ」そう言い残して、楓は腕の再生を終えた骸へと弾丸のように跳躍した。普段なら足を引き摺ってでもそれに付いて行くところだが、今の俺にはそんな力は残っていない。俺はただ楓を信じてその背中を見送った。『『『『『貴様、この娘の仇か? 愚かな…………今更貴様に、出来ることなど何一つないわ!!!!』』』』』「それはどうでござるかな?」楓に伸ばされる巨大な腕。それが彼女の身体を捉える瞬間、楓の身体は16体に分身した。分かれた分身15体は、巨大髑髏に向けて同時に鎖分付きの大手手裏剣 を放つ。狙い違わず放たれた鎖は、骸骨の巨体を見事に絡め取っていた。『『『『『ぐぅっ!? おのれ小娘!! この程度で、我らを仕留められると思うたかっ!!!!』』』』』自らの身体を封じた鎖を、力任せに引き千切ろうともがく巨大骸骨。それに引きずられそうになりながら、楓の分身たちは必死にその鎖を引く。その隙に乗じて、楓の本体は頭蓋骨へと虚空瞬動で跳躍した。「拙者の親友を返してもらうでござる…………さぁ紅葉、いい加減に目を覚ませ!!!!」―――――ガキィンッ…………振り抜かれた大手手裏剣は、見事巨大骸骨の額に一筋の亀裂を描いた。『『『『『カカカカカカッ!! 道理を解さぬ愚か者共め!! 怨念そのものである我らが体内にある小娘に、貴様らの声など届く訳などないと、まだ解らぬか!!!!』』』』』その状況下でなお、ガタガタと嘲り哂う骸の群れ。「…………それはちゃうで?」『『『『『何…………?』』』』』俺は足を引きずりながら、着地した楓の傍らに近寄り、骸骨へと言い放った。「…………どんだけ深い闇ん中でも、どんだけ絶望的な状況でも、心底信じたダチの声っちゅうもんは、絶対に聞こえるもんや」その言葉に同調するように、楓も笑みを浮かべて告げる。「紅葉は飼い犬に手を噛まれて黙っている程、大人しい娘ではないでござるよ」そんな俺たちの言葉を受けて、骸の群れはなお嘲りの哂いをがたがたと響かせた。『『『『『カカカカカカッ!!!! 世迷言を!!!! 現に小娘は今なお我らの呪縛に捕らわれ…………』』』』』―――――ピシッ…………その瞬間、大口を開けて哂う骸骨の額、楓が付けた一筋の亀裂から、無数のヒビが広がった。『『『『『な、何だ!? これは一体…………!!!?』』』』』想定外の事態に、狼狽する巨大な骸。その頭部の亀裂は、徐々にその根を広げて行く。―――――ピシッ…………ピシピシ…………『『『『『がっ!? が、がががががっ…………!!!?』』』』』「…………不愉快だわ」「「!?」」亀裂から響いた少女の声に、俺たちは思わず笑みを浮かべていた。―――――ピシピシピシピシッ…………『『『『『あががっ!!!? ご、ごぶずべっ!? ぎざばっ、だぜっ(こ、小娘っ!? 貴様、何故っ)…………!!!?』』』』』「あんたなんかに見くびられることも、命を狙った仇に信頼されてる事実も。そして何より…………」―――――ピシピシッ…………ガキィンッ!!!!『『『『『あごぁっっ…………!!!?』』』』』次の瞬間、額に入った無数の亀裂は内側より砕かれ、そこから弾丸のように一人の少女が飛び出した。少女の手には、深紅の紅葉が彫刻された、一本の苦無。空中で体勢を整えながら、両目に溜めた涙を拭い去り、少女…………弥刀 紅葉は、自らを捉えていた骸骨に向き直る。「―――――それを嬉しいと思ってる私自身が!!!!」その瞬間を待ち望んでいたとばかりに、楓は右手で呪印を組む。「ナウマク・サマンダ・ヴァジュラダン・カーン―――――爆鎖、爆炎陣!!!!」―――――ズドォォォォンッ…………ガラァンッ、ガラッ、ガラガラッ…………瞬間、鎖に仕掛けられていた爆符が連鎖的に爆発する。巨大な骸の群れは爆炎に包まれ、がらがらと音を立てて崩れ落ちていった。その傍ら、爆発の煽りを受けて吹き飛ばされた弥刀を受け止めるため、慌てて飛び出す俺。―――――ドサッ…………「きゃんっ…………!?」「へぶぅっ…………!?」何とか受け止めたものの、力の殆ど入らなかった俺の体では彼女を支えられず、彼女の下敷きになる形で俺は再び地面に倒れ込んだ。「ちょっと!? 受け止めるならちゃんと受け止めなさい!!」「スマン、思てたより重かってん…………」「重っ…………!? ふっ、ふふふ不愉快なこと言わないでっ!! そ、そんなに重たくはないわよっ!!!?」「…………ボロボロになった俺の状態的にっちゅう意味で、他意はあれへんかったんやけど…………もしかして、気にしとる?」「っっ!? う、うるさいっ!!!!」顔を真っ赤にして叫ぶ弥刀。…………どーでも良いから早く退いてー。死んじゃうから。本当は弥刀が動く度に痛みで気を失いそうだから。「うむ、どうなることかと心配したが…………その様子では、2人とも大丈夫でござるな。ニンニン」影分身を解いた楓が、まるで微笑ましいものを見るような温かい眼差しをこちらに向けながら近寄って来る。そこでようやく、弥刀は俺の上から飛び退いた。「か、楓!! あんたもあんたよっ!! あんな爆発起こすなら最初に言いなさよねっ!?」「それでは敵に気取られてしまうかも知れなかったでござる。兵法とは即ち奇道なり。そなたの父上の教えだったではござらんか?」「~~~~っっ!!!? ふ、不愉快だわっ!!!!」しれっと言ってのけた楓に、弥刀はますます顔を赤くしてそっぽを向いた。俺はその様子に、安堵の笑みを浮かべる。…………どうやら、この2人はもう大丈夫そうだな。弥刀が涙を流したときに俺がそう感じた通り、本当に2人の間に降り続いていた雨は上がったらしい。じゃれ合う2人の様子は、まさに雨降って地固まるという表現が実に似つかわしいものだった。あーあ、現実の雨もさっさと止んでくれないもんかね?それとお2人さん? いい加減俺を治療できる場所に連れてってくれません?これ以上雨の中放置されたらさすがに死ぬと思う。俺、今魔力使えないし。回復力人並みだし。そう思って声をかけようとしたときだった。―――――カランッ…………「―――――っっ!?」背後に響いた、僅かな物音。雨音に掻き消されそうな程に小さなその音に、2人はまるで気付く様子が無い。俺は咄嗟に、談笑する2人を突き飛ばしていた。「きゃっ!?」「っ!? こ、小太郎殿っ!?」―――――カラカラカラカラッ!!!!その瞬間、殺到する黒ずんだ無数の髑髏。こいつら…………さっきの爆発で消滅しなかったのかよ!?どこからともなく湧いて出た無数の骸骨は、またたく間に俺の身体を抑え込むと、ガタガタと耳障りな哂い声を上げた。『言うた筈だ。我らは全にして一、とな…………貴様の恨み、我らの糧としてくれる!!!!』次の瞬間、俺の視界は骸骨の群れによって全て覆い尽された。