俺たちに木刀を突き付ける刹那の左腕には斬然と輝く『鬼』の腕章があった。…………いや、木乃香辺りのお願いで刹那が鬼側に参加することは予測してたよ?けどさ、こんなことになるとは思わなくない?だってさ、今日のせっちゃんてば、いつになくマジですよ?本気と書いてマジですよ!?「大人しく捕まって頂ければ危害は加えません。しかし抵抗すると言うのなら…………骨の1、2本は容赦して頂きます!!」瞬間、急激に密度を高める刹那の闘気。やべぇっ!? こりゃ冗談じゃなくやられるっ!?「霧狐っ!! 人目がどうこう言うとる場合とちゃう!! 刹那の足止めをっ!!」「おっけー!! やっと面白くなってきたねー!!」俺の呼びかけに応えて、刹那の前に躍り出る霧狐。その表情は俺とは対照的に、強敵の登場によって愉悦の色を湛えていた。…………うん、そういうとこはあんまりお父さんやお兄ちゃんに似て欲しくなかったな。「霧狐さん。邪魔立てするというのなら、今度はあなたと言えど容赦はしませんよ?」「えへへー。それはこっちの台詞だもん。前回は妖怪の血で暴走してたけど、今日は最後までキリ自身の意志で闘わせてもらうから。それに…………」瞬間、紅蓮の炎が霧狐の周りに巻き起こる。同時に霧狐の幻術が解け、黒かった髪は黄金色に、漆黒の瞳は金色にその色を変えた。そして…………。「キリが前のままだって思ったら、大間違いなんだよ!!」スカートから覗く狐の尾。そこにはかつての二尾ではなく、三尾となった黄金色の尾があった。…………どうでも良いんだけど、霧狐さん。それスカートのデザインどうかしないとパンツ見えるぜ?「なるほど、前よりも更に出来るようになったみたいですね。本来なら是非手合わせを願いたいところですが…………今回は貴女に構っている暇などない!!」霧狐へと一直線に飛び込んでくる刹那。それを迎え撃とうと、狐火を両腕に集中させる霧狐。両者の衝突は避けられないかのように見えた。しかし…………。―――――スカッ…………「あ、あれっ!?」振り抜いた霧狐の両腕は、虚しく空を割いただけだった。「言ったはずです!! 貴女に構う暇などないとっ!!」霧狐と衝突する寸前で軌道を変えた刹那は、そのまま一直線に逃げようとしていた俺へと疾走を始めていた。ちょっ!? 嘘だろっ!? さすがにチビでは全力を出した刹那の足止めは不可能だろう。…………完全に投了じゃねぇかっ!?「小太郎さん…………覚悟ぉっ!!!!」「っっ…………!!!?」必殺の速度で振われる刹那の木刀。やられるっ!?半ばそう確信し、覚悟を決める俺。しかし…………。―――――ガキィンッその切っ先が俺に届くことはなかった。「こんな公共の場で神鳴流の剣を披露するなんて、正気を疑いますね、刹那」「と、刀子センセぇっ!?」そこには刹那の木刀を軽々と受け止める刀子先生の姿があった。「あなたもあなたですよ小太郎。この程度のイレギュラーで取り乱さないでください。…………あなたを捕まえるのは、この私なんですからっ!!!!」―――――ガキィンッ鍔競りの状態から刹那を力任せに押し返して、刀子先生は武人然とした力強い笑みを浮かべる。その左腕には、やはり刹那と同じ『鬼』の腕章が輝いていた。…………って、おいぃぃぃぃいいいいいいっ!!!!どーゆーことだよっ!!!? 何が起こってんのぉっ!!!?いや、確かに学園全体イベントは教員の参加もオッケーってルールですよ!?だからと言って、刀子先生ってば、こんなイベントに喜んで参加してくるようなキャラじゃなかったでしょうよ!?余りにも予想外な事態の連続に、俺の脳みそは軽くオーバーヒートを起こしそうな勢いだった。「くっ…………刀子さん。まさか貴女が参加なさるなんて…………」「たまには生徒と遊興に興じて親交を深めるの教師の務めですから。それにしても…………貴女がそこまで本気ということは、あの噂、あながちただの出任せと言うわけではないようですね」互いに睨み合い、そんな言葉をかわす神鳴流の女剣士二人。一体何がどうなってるんだ?「そ、その噂をご存知ということは…………やはり刀子さん、貴女も小太郎さんを!?」「な、何を言ってるのかしらっ? わ、わわ私がそんなことある訳ないじゃない!! 教師が生徒にそんなアレを抱くなんて。せ、刹那ってばドラマの見過ぎじゃないかしらっ?」「…………」いや、刹那に何を指摘されたのかは知らないけど、刀子先生メチャクチャ素に戻ってますやん。あれじゃあ説得力の欠片もない。刹那も同じように考えてるのだろう。さっきまでの闘気が成り顰めて、胡散臭いものを見るような目で刀子先生を見つめていた。「お、おほんっ!! と、ともかく!! 刹那は私が引き受けますから、小太郎は早く逃げてください!!」「へ? え、良えんか? センセも鬼役で参加しとるんに…………」「どの道、今の参加者の中では彼女がもっとも厄介ですから。…………邪魔な芽は早めに刈り取っておくに限ります…………」そう言って笑う刀子先生の目は、完全に白黒反転していた。…………もうお家に帰りたい。「その代わり、私が捕まえるまで、誰にも捕まらないこと。良いですね?」「いやまぁ、刀子センセにも捕まる訳にいかへんのやけどな? …………とりあえず、この場は礼を言っとくで。おおきに!!」そう言い残して、俺たちは再び人目が多い場所へ向かって逃走を開始するのだった。…………それにしてもさっきの2人の様子…………何か裏があると見て間違いないだろう。まさか俺の知らない裏ルールがあったとか?或いはこの鬼ごっこに隠された別の目的が?…………まぁ、今はそんなことを考えても仕方がない。とにかく、捕まりさえしなければ良いのだ。どんな陰謀があろうと、最後まで逃げ切れば俺の勝ち。そう結論付けて、俺は疾駆する足に一層の力を込めた。「おいっ!! いたぞっ!!」「逃がさねぇぞっ!!」―――――ドドドドドドッ…………「うしっ!! 追手がかかった」これでようやく普通の鬼ごっこの再開だ。先程と同様、俺たちは追いかけて来る鬼達の少し前を加減して走っていた。刹那と刀子先生が何故あんなにもマジだったのか、かなり疑問ではあったが、そのことを考え過ぎて足元をすくわれるのはご免だからな。現在地は女子校エリアの大通り。こんだけ人目があるところだったらさすがに大仰な魔法や術は使えまい。せまい路地も多いから、危なくなった際に逃げ込むことも出来るしな。後はさっきみたいなイレギュラーがないことを願うだけなんだが…………。そう思った矢先。俺たちの進行方向に颯爽と現れる複数の人影。さすが麻帆良学園の生徒、一筋縄じゃいかないらしい。「やっと見つけたネ!!」「逃がさないわよっ!! 焼肉定食っ!!!!」真っ先にそう勇んだのは古菲と明日菜。見ると、他の面子も俺が良く見知った連中だった。「ふっふーん♪ 高級学食の食券200枚。考えただけで涎が止まらんよ」「ゆ、ゆーなってば…………私たちは亜子のために参加してるの覚えてる?」「コタくーん!! 食券は分けてあげるからー、私たちに捕まってくれないー???」「お、お願いしますっっ!!!!」2人の後ろに立っているのは運動部の4人組。なるほど、さしづめ女子中等部2-A体育会系チームってとこか。正直、楓や真名なんて化け物女子中生たちが居なくてほっとした。もちろん明日菜と古菲の身体能力は脅威だが、現段階じゃ俺たちを無力化できるほどの実力はないからな。前方の集団に突っ込むわけにもいかないので、俺たちは仕方なしに立ち止まる。もちろん後ろからは先程連れ回してた鬼集団がいるため、うかうかはしてられない。とはいえ、さっき刹那に襲われたときみたいな焦りを感じることはまるでないのだが。さぁて、どうやって切り抜けた物かね?とりあえず、一番近い脇道に入ろうか、なんて俺が考えていたときだ。「まぁ、私はアンタの絶対服従券なんて興味はないんだけど」明日菜が聞き捨てならない言葉を発した。何? ぜったいふくじゅう券? 何だよそれ?一体何の話だ?「おい、それは一体何の…………っっ!?」明日菜に問いただそうとした俺は、足元に迫った気配に気が付いて思わずその場から飛び退いていた。「あーん惜しいー。もうちょっとでコタくん絶対服従券が手に入るとこだったのにー…………」リボンを自分の手元に引き戻して、がっくりと肩を落とすまき絵。あ、危ない所だった。「まき絵、分かってると思うけど何でも券は…………」「分かってるって。ちゃんと亜子にあげるよ? けどさ、食券は捕まえた人のもので良いんでしょ?」「そりゃ当然っしょ? ふふん。高級学食JoJo苑で焼肉食べ放題なんて滅多に味わえないからね」「ご、ごめんな3人とも、ウチのために…………」そして4人の会話の中にも登場する『コタくん絶対服従券』。いやいや、本当に何の話ですか!?話が読めなくて混乱する俺。その背後に迫っている闘気に気が付いたときには全てが遅かった。「…………スキありネ!!」「っっ!? やばっ…………!!!!」いつの間にか俺の背後に回っていた古菲。その両腕が、俺を捉えんと伸ばされる。マズい。 この間合いじゃ避け切れないっ!?そう思った瞬間だった。「させないもんっ!!」「っっナントぉっ!?」古菲の横腹目がけて放たれる霧狐の蹴り。咄嗟にそれを腕でガードしたものの、古菲は堪らず明日菜たちの方へと後退を余儀なくされた。「ナイスアシストや、霧狐」「えへへー♪ キリだってたまには役に立つんだよ?」そう言って自慢げに胸を張る霧狐。いや、あんましないけどね?「ムムムッ…………今の技の切れ、ただものと違うアルネ? いったい何者アルか!?」「九条 霧狐。小太郎お兄ちゃんの妹だよっ!!」驚きの声を上げる古菲に、勇ましく名乗りを上げる霧狐。…………それにしても霧狐。戦闘になった瞬間普段のおどおどが消えるよね? やっぱり狗族の血なのかねぇ…………。古菲はそんな霧狐の言葉を聞いて顔いっぱいに疑問符を浮かべていた。「アレ? 何で兄妹なのに名字が違うアルか?」「あー多分あれじゃない? 妹萌えがどうのってやつ? 最近そーゆー特殊性癖の変態って増えてるらしいし…………」「あー…………それなら納得ネ」俺に対して若干軽蔑の眼差しを向けて来る明日菜にそう言われて、ぽんっと両手を叩く古菲。いやいやいやいやっ!!!! それで納得すんなしっ!!!?「誤解やからなっ!? 俺と霧狐は単純に腹違いなだけやからなっ!? ちょっとばかし親父が女ったらしやっただけやからなっ!!!?」涙目になりながら俺が叫ぶと、明日菜と古菲はしばらく考え込んだ後。「…………まぁあんたの父親だし」「それなら納得ネ」こないだの祐奈たちとまったく同じ反応をしてくれた。…………いやさ。何だろうね? 誤解は解けたのに、このやり切れない感じは…………。「お兄ちゃん!! 後ろの人たち、もうすぐそこまで来ちゃってるよ!?」「ちっ…………ここで遊んどる暇はあれへんみたいやな。行くで霧狐、チビ!! こっちや!!」2人に声をかけ、一足飛びに手近な横道へと飛び込む俺。その後ろを霧狐とチビはきっちりと着いて来た。「…………って、お兄ちゃん!? ここ行き止まりだよぉっ!?」驚きの声を上げる霧狐。その言葉通り、俺たちが逃げ込んだ路地は完全な袋小路だった。しかし、それこそが俺の狙いなのである。「…………ここなら絶対に人目もあれへんからな」言ったはずだ。俺は『全力を出さずに負ける気はない』ってな。SIDE Asuna......しめたっ!!小太郎が路地裏に飛び込んだ瞬間、私は自分の勝利を確信してた。あの横道は表からだと分かり辛いけど、実は袋小路になってる場所だったから。普段女子校エリアに来ない小太郎は多分そのことを知らなかったのだろう。あとは私が真っ先に路地裏に入っちゃえばこっちのもん!!これで当分の昼食代が浮くわ!!喜び勇んで、私は小太郎たちが消えていった路地に飛び込んだ。「さぁ小太郎!! ここらが年貢の収めど、き…………?」え? えぇっ!? う、嘘でしょ!?路地に飛び込んだ瞬間、私は言葉を失ってた。だって…………。―――――そこには小太郎どころか、ネズミ一匹いなかったのだから。「な、何でよ!? ここかんっぜんっに行き止まりじゃない!? どこに行ったって言うのよっ!!!?」頭がどうにかなっちゃいそう。まるで狐にでも摘ままれたような気分になって、私はしばらくの間、その場で呆然と立ち尽くすことしか出来なかった。SIDE Asuna OUT......影の転移魔法(ゲート)を潜り抜けた俺たちは、人気の少ない女子校エリアの外れまで来ていた。「チビってば凄いね!? こんな魔法も使えるんだ!?」「ばうばうっ!!」驚きの声を上げる霧狐に、チビは誇らしそうにそう吠えた。霧狐の言葉通り、影の転移魔法を使って俺たちをここまで運んだのは、何を隠そう我が愛犬のチビ。どうやら俺が広げた転移魔法を何度か通ってる内に、その使い方を覚えていたらしい。マジでこの使い魔優秀すぎるわ。本当は一般人相手に使う気はなかったのだが、刹那を初めとするイレギュラーのせいで余裕がなかったからな。それにしても…………。「絶対服従券って、一体何の話や…………?」明日菜たちが口々に呟いてたその言葉がどうにも引っかかっていた。字面通りに解釈するなら、俺を意のままに操れる券、所謂何でも券のことを指すのだろうが…………。いいんちょに渡された資料には、そんなものに関する記述は一切無かった。だとすると、あいつらが言ってたことは一体…………?そこまで考えて、俺は強制的に思考をシャットダウンさせる。何故なら…………。「いつまでそこに隠れとるつもりや?」この場所に、招かれざる客が居ることに気が付いてしまったから。「ありゃりゃ? やっぱコタくんには気付かれとったんや」街路樹の陰から出て来たのは、苦笑いを浮かべた木乃香だった。「まぁ自慢の鼻と耳があるさかい。けど良ぉここに俺らが来るて分かったな?」チビは転移先に人気のないところを選んだはずなんだが?「いや~まさかコタくんが自分だけで来るとは思とらんかったんよ。ホンマはせっちゃんがここまでコタくんを追っかけて来て、ウチと挟み打ちにするつもりやったんやけど…………」「…………じゃあ何か? 俺はたまたま、自分と刹那の待ち合わせ場所に飛び込んでしもた、と?」「そういうことになるんかな?」…………なるほど、道理で人気が無い訳だ。最初からこの場所に追い込んで俺を仕留めるつもりだった刹那は、この場所一体に人払いの結界を作っているらしい。お嬢様想いの刹那のことだ。恐らく俺を拘束した後、木乃香の手で確保させるつもりだったのだろう。さすがに木乃香1人じゃ、俺を捕まえることなんて到底不可能だからな。そう思っていたのだが…………。「せっちゃんがコタくん捕まえてくるまで大人しゅう待っとるつもりやったけど、コタくんが目の前におるならウチが捕まえても構へんよね?」「え゛…………?」一瞬、木乃香が何を言ってるのか分からなかった。「いやいやいや。木乃香はん? 冗談言うたらあかんで? 俺だけでも絶対に捕まえられへん自分が、チビと霧狐までおるこの状態で、どないして俺を捕まえるっちゅうんや?」実力の差は、大人と子供どころか蟻と像程にあると言っても過言ではない。木乃香の発言は本気のものだとは、俺には到底思えなかった。しかし木乃香は、自信に満ちた笑みを崩そうとはしない。「コタくんの言う通り、確かにウチ1人やとコタくんは捕まえられへん。せやから、ちゃあんと助っ人を用意して来とるえ」「助っ人?」「うん♪」笑顔でそう頷くと、木乃香はごそごそとポケットを漁り何かを探し始めた。「ん~と…………あ、あった。じゃじゃ~~~~んっ!!!!」木乃香が(≧▽≦)←な顔で取り出したのは2枚の紙切れ。…………ん? 紙切れ?…………な、何でしょうね? このそこはかとない嫌な予感は…………?「ま、まさか木乃香、その紙切れは…………?」「んーと、多分コタくんの考えてる通りやと思うえ? おじいちゃんに頼んで作ってもろたんよ。えーと…………ゼンキとゴキやったかな?」…………やっぱりかよっ!!!?あんのクソジジイっ!!!! 孫になんつーモン渡してんだ!!!?しかも作ったって言ってたな?つーことは何か? あの善鬼と護鬼は学園長謹製か?麻帆良最強の魔法使い謹製って…………いかん、どう転んでも悪い方向にしか話が転がらない気がする…………。「ホンマは、せっちゃんにコタ君をここまで誘導してもろて、ウチのゼンキとゴキで捕まえる予定やったんやけど、せっちゃんがおらんならウチがなんとかせんとあかんよね?」「いやぁ、せっちゃんのこと待っててあげた方が良えんとちゃうかな?」乾いた笑みを浮かべながらそう進言する俺に、木乃香はほにゃっとした笑みを浮かべて宣言した。「却下やえ♪」その瞬間、木乃香は手にしていた2枚の符を虚空へと放つ。ぽんっ、というコミカルな音をたてて舞い上がる煙。そんな気の抜ける描写とは裏腹に、現れたのは赤と青という真逆の体色をした5m弱はあろうかと言う巨躯の大鬼2体だった。『お嬢はん、わしらに何か御用ですかい?』赤い鬼が腹の底まで響くような低い声で木乃香に告げる。木乃香は笑顔のまま、その鬼達に命じた。「んとな、あの黒い服着た男の子を捕まえて欲しいんやけど」『あの目つきの悪い坊主でんな? わしら兄弟にかかりゃ、朝飯前ですわ』『任せといてくださいお嬢はん。行くで兄者?』『応よ』何処からともなくそれぞれに巨大な金棒を取り出す2体の大鬼。本来なら冷静さを欠いてしまいそうなほど、絶体絶命のこの状態だったが、俺は思わず笑みを浮かべていた。何せ…………。―――――大鬼の左腕に『鬼』の腕章は存在しなかったのだから。それは即ち、俺が触れても問題はないということ。加えて言うなら、ここには人払いの結界が張ってあり、俺たち3人が少々本気を出したところで何も問題はない。さんざん振りまわされて堪った鬱憤、せいぜい晴らさせてもらうとしよう!!…………って、その前に。「なぁ木乃香。やり合う前に1つ聞きたいことがあんねんけど」「? なぁに?」「いや、さっき自分のクラスメートらに会うたときに『絶対服従券』がどうの言うとったんやけど、何の話かと思てな」恐らく木乃香ならそのことについて何か聞いているだろう。そう思って問い掛けたのだが、俺の予想とは裏腹に、木乃香は驚きの表情を浮かべていた。「はれ? コタくん聞いてへんの? 逃げとる人たちはもし捕まってしもたら、1日だけ自分を捕まえた鬼役の言うことを何でも聞いたらなあかんって噂になっとるんやけど…………?」「…………初耳なんですけど?」そんなこと資料のどこにも書いてなかったんですけど!?…………いや、冷静に考えてみよう。この噂、学園祭当初からあったものだとすれば、自然と俺の耳にも入って来ていたはずだ。しかし今の今まで、俺はそんな噂を聞いたことがない。となると、この噂は何者かによって意図的に広められたものと考えるのが妥当だろう。「それ、一体誰から聞いたんや?」「へ? ウチとせっちゃんはエヴァちゃんに聞いたんやけど?」「…………」…………あんのロリババアァァァァァアアアアアアッッッ!!!!!!ぬぁにが『開始時間から半分過ぎるまで手をださない』だっ!!!?しっかり俺を追い詰めるための策略練ってんじゃねぇかっ!!!?まぁ、突っ込んだところで『口を出さんと言った覚えはない』とか言ってしらばっくれるのが関の山なんだろうけどよ…………。刹那がやたら本気になってたのはそれが理由か。ん? 刀子先生も噂がどうの言ってたよな?…………まさか刀子先生も絶対服従券狙い?今まではさすがに先生に限って、俺に惚れるとかないだろう、って思って来たけど…………いつまにか、俺ってば先生にまでロックオンされてる?いや、それはそれで嬉しいことと言うか、男冥利に尽きることなんだろうけど、何かねぇ?って、今はそんなこと気にしてる場合じゃねぇか。「霧狐、チビ。聞いてた通りや。人目を気にする必要はあれへん。思いっきし暴れたり」「りょーかーいっ♪」「ばうっ!!」俺の言葉に応えて、霧狐とチビが幻術を解く。霧狐は先程と同じ半妖の姿に、チビは本来の魔犬としての巨躯へとその姿を変えた。「ようやくやる気になってくれたみたいやね。ほなゼンキはん? ゴキはん? やぁっておしまいっ♪」『『あらほらさっさー』』木乃香の掛け声とともに、俺たちへと駆けだして来る2体の式神。…………しかし木乃香さん。そのネタは少々古過ぎる気がするんだが?ともあれ、激戦の火蓋は切って落とされた。「…………ま、こんなもんやろ。相手が悪かったな」ぱんぱんっ、と両手を叩いて、俺は紙切れに戻った式神にそう言った。さすがに封印状態とは言え、霧狐やチビの力を借りて一介の式神に易々とやられるほど俺の腕は鈍っちゃいない。「えへへっ♪ お兄ちゃんとキリのコンビはさいきょーなんだからっ!!」「ばうっ!!」「へ? あ、うん。チビもだよね? 私たちトリオはさいきょーだよっ!!」「ばうばうっ!!」そんな微笑ましいやり取りをしてるウチのパーティ達とは対照的に…………。「あーん!! コタくん捕まえられるくらい強いのんちょうだいって言うたのに~~っ!! おじいちゃんのばかーーーーっ!!!!」地団駄を踏みながら悔し泣きする木乃香。いや、無茶を言いなさんな。ああ見えて多忙な学園長だ。この式神作るのにも結構苦労したと思うよ?ましてや、木乃香が頼んだのは例の噂を聞いた後だと思うし、むしろ少ない時間であのぬらりひょんは良く頑張っただろ。さて、式神も片付いたし、早いとこ別の鬼集団に見つけて貰わないと…………。―――――ビーッ!! ビーッ!! ビーッ!! ビーッ!! 移動を開始しようとした瞬間、学園中に鳴り響いた警告音。…………まさか!?『巡回中の警備員、自警団の方に伝達します!! ただ今、警戒体制発令から2時間が経過しましたっ!!』開始時刻と同様、切羽詰まった声で告げるアナウンス。しまった…………式神との闘いに夢中になってて失念していた。開始時刻から2時間が経過。それは即ち、残り時間が半分を切ったことを意味する。と、言うことはだ。「――――――――――さぁ、お祈りは済んだか? 駄犬」…………とうとうラスボスのお出ましと言う訳だ。