……まいったな。とりあえず、無事2-Aから脱出した俺だったのだが、たまたま偶然跳び降りの現場を目撃した女の子が気絶してしまった。しかもこの女の子に、俺はバッチリ見覚えがあるという……。それはさておき、地べたにいつまでも寝かせておくわけにもいかないし、近くのベンチにでも運ぶか。その際、エヴァに追いつかれてしまうと困るので、俺はしっかりタカミチにメールを送っておく。『癇癪起こした金髪幼女が教室で暴れてますよ』と。それからしばらくして、上の教室から盛大な幼女の怒号が聞こえて来た。……こりゃしばらくエヴァと会わないようにしないとな。命がいくつあっても足りん。話を戻そう。とりあえず俺は件の少女の身体をひょいっと抱き上げて、近くにあったベンチに運んだ。その少女は、年齢を考えると実に標準的な体形と身長で、特徴的なのは、目を覆ってしまうくらいに長く伸ばされた前髪。……まぁ、それで分かると思うが、一応言っておく。原作で唯一ネギに告白した、勇気ある読心術師。本屋ちゃんの愛称で親しまれる、2-A図書委員、宮崎 のどかだ。読書は嫌いなわけではないが、図書館島にはこの一年殆ど行く機会がなかった俺。正直、彼女と出会うのは原作が始まるまで無理だろうな、なんて思い始めていたのだが。事実は小説より奇なりとは言った物。というか学園祭効果でネギま!キャラとのエンカウント率でも上がってのかね?ともあれ、今重要なのはその辺の真偽より、のどかを起こすことが先決だよな?彼女が気絶したのは、昇降口を出てすぐのところだった。恐らく、どこかへ向かう途中だったんだろう。もし待ち合わせや、部活動主催のイベント当番だったりするとマズい。気は進まなかったが、俺はのどかの頬を軽くぺちぺちと叩いて呼びかけた。あ、そういや事実上初対面だし、名前は呼ばないようにしないとな。「お~い? 嬢ちゃん? 起きてんか~?」―――――ぺち、ぺち「う、う~ん……」……ダメだこりゃ。のどかは俺の呼びかけに、少しだけ身じろぎして見せたがそれだけで、意識を取り戻す様子は一向に無かった。仕方ない。しばらくはこのベンチでのどかが目を覚ますのを待とう。思えば麻帆良祭が始まってからこっち、ろくに休憩もしてなかったしちょうど良い。そう思って、ベンチに深く腰掛けようとして、ふと周囲の視線に気が付く。そして今の状況を客観的に分析。俺+前ボタン全開の学ラン=明らかに素行不良の問題児。のどか+気絶=意識を失った大人しそうな女生徒。この2つを総合すると……どう見ても俺がのどかを拉致ったようにしか見えない。おかげでさっきから通行人の向けてくる視線が痛いこと痛いこと……。……軽めの人払い、しておいたほうが良いよな?―――――それから約20分後。「う、うぅ……」起きるのを渋る子どものように身じろぎして、のどかがうっすら目を開……いてるはず。いや、だって前髪に隠れて見えねぇし。ともあれ、ようやく目が覚めてくれたか。これで楽しく麻帆良祭を回ることが出来る。そう思った俺だったのだが。「ぴぃっ!?」そんな風に、何故かのどかは俺の顔を見て悲鳴を上げた。……そこまで悪人面か、俺?「さ、ささ、さっき跳び降りた人!? ゆ、幽霊さん!? きゅぅ……」そんな悲鳴を上げながら、再び夢の世界へ旅立とうとするのどか。いや、マジで勘弁してくれ!?本当そんな心臓の小ささで、良く魔法世界とかいけましたよね!?あれね!! 恋って本当に人を変えちゃうのね!?「待て待て待てっ!? 幽霊ちゃう!! せっかく起きたんに、また気絶とか勘弁してくれ!!」「へ? ゆ、幽霊さんじゃないんですか……?」慌てて俺が呼びかけると、間一髪のところでのどかは意識を取り戻してくれた。「おう。ちゃんと足もついとる。つか、俺の運動神経は人間離れしとるさかい、あん程度は大したことやあれへんねん」「そ、そうなんですか?」俺の言葉に、のどかはとりあえず俺が生きているのは理解してくれたらしい。しかしながら、まだ怯えきってるみたいで、その身体は若干震えていた。まぁ、かなり大人しい子だし、異性と話すのなんてそれだけで緊張ものなんだろうけど。「ともかく、無事に目覚ましてくれて良かったわ」「あ、あう~……ご、ご迷惑おかけしてしまって、その、す、すみませんです~」「ああ、ええって、ええって。むしろ驚かせてもうて、こっちこそ申し訳なかったわ」恐縮そうに頭を下げるのどかに、俺は手を振ってそう答えたのだった。「それより自分、時間大丈夫なんか? どっかに行く途中やったんとちゃう?」「へ? ……ああっ!?」俺に言われ、慌てて時計を見るのどか。その顔が見る見るうちに真っ青になっていく。うわ、やっぱり何か予定があったみたいだな……。「どないしてん?」「こ、これから図書館島の探検ツアーがあるんです……わ、私、ガイドの当番になってたのに……ど、どうしよう!?」「それ、何時からや?」「さ、3時からです~……」涙目ののどかに言われて、俺は携帯の時計に目をやった。現在14時43分。ここ本校女子中等部校舎から図書館島まで、女の足だと急いでも30分は掛かる。どう考えても間に合いそうにはなかった。……『常人』ならば、って話だけどな。まともじゃない手段なら、その距離でもどうにか間に合わせることは出来る。そもそも、のどかが気絶しちまったのは俺のせいだし、ここは俺が何とかしなきゃ嘘ってもんだろ。「……事情は分かったわ。俺に任せとき」自分の胸をとんっ、と叩き、のどかを安心させるように微笑みかけた。「え? えぇっ!? で、でも、どうやって……?」「俺しか知れへん秘密の抜け道があんねん。そこを通ったら5分とかからずに図書館島までつくわ」「ひ、秘密の抜け道? で、もいくらなんでも5分じゃ……」信じられないっって様子で、のどかが驚きの声を上げる。確かに、図書館島までは直線距離でも15分以上かかるからな。「それが出来るんや。まぁ人には教えられへんさかい、抜け道通ってる間、嬢ちゃんには目ぇ瞑っててもらわなあかんけど」「め、目を瞑って? そ、それじゃあ、どうやって歩いたら良いんですか?」にっ、と微笑みかけ、俺はのどかの身体をさっきと同じように抱き上げた。「ひゃわわっ!?」「こうやったら、嬢ちゃんは歩かんでええやろ?」「た、確かにそうですけど~……はぁうう~……」状況に付いていけないのか、のどかは顔を真っ赤にして目を回してしまった。ちょっと可哀そうだけど、時間は待ってくれないし、早速出発するとしましょうか。「ほな行こか? しっかり捕まっとき。あと、俺が良い言うまで、絶対に目ぇ開けたらあかんで?」「は、はい~……」俺がそう言うと、のどかは素直にきゅっと両目を閉じる。それを確認した俺は、両足にぐっ、と力を込め、力いっぱい地面を蹴った。瞬間、加速する俺の視界。そう、これこそが俺の言う秘密の抜け道。つまり『地上がダメなら、空を行けば良いじゃない』って訳だ。幸いにも、今日は麻帆良祭。ちょっとした無茶なら、ワイヤーアクションとか、CGとか言っとけば通じる。さすがにのどか本人には言い訳出来ないから、目を瞑ってもらうことになったけど。しかしこれなら、確実に時間に間に合う。俺は空を蹴る両足に更に力を込め、徐々に速度を上げつつ図書館島を目指すのだった。「よっ、と……」宣言通り出発からおよそ5分後。のどかを抱えた俺は、無事に図書館島に辿り着いた。「嬢ちゃん、もう目開けてもええで?」「は、はい~……」俺に言われて、のどかは恐る恐るそ目を開け……てるはずだ。だから見えないんだって。「……ほ、本当に着いてる。い、一体どうやって……?」「ま、それは企業秘密ってことで」驚きに目を丸くするのどかを、俺はゆっくりと地面に降ろしてやった。「ほ、本当に助かりました~。な、何てお礼を言ったら良いか……」「気にせんで良えって。元々嬢ちゃんが気ぃ失ってもうたんは俺のせいやし。それより、急がんとせっかく間に合うた意味がなくなってまうで?」笑顔でそう答えてのどかを促す。正直、リスク負って虚空瞬動まで使ったんだから、ここまで来て間に合いませんでしたってのは勘弁してもらいたいからな。のどかはそんな俺の様子に、少しどうしたの物か迷ったのだろう、俺の図書館島の入口を、何度か交互に眺めて。「あ、ありがとうございました。え、ええと、お、お礼もちゃんとしたいですし、も、もし良かったら探検ツアー、見て行ってください~……」「やから礼なんて……まぁ、せっかくやし探検ツアーにはお邪魔させてもらうわ」「あ……は、はいっ!! 是非っ!!」苦笑いしながら俺がそう言った途端、のどかはぱぁっと笑みを浮かべた。「わ、私、宮崎 のどかって言います~。そ、それでは、また探検ツアーで~!!」「おう。俺は犬上 小太郎。小太郎って呼んでんか。ほんなら、また後でな」のどかはもう一度、ぺこっ、と頭を下げると、とてとてと若干危なっかしい足取りで図書館島へと駆けて行った。ときどきこちらを振り返りながら。……ちゃんと前見ないと転ぶぞ~?「はれ? コタ君? 来てくれたんやー♪」図書館島探検ツアーの受付を終えて待っていると、恐らくガイド役なのだろう、俺を見つけた木乃香が嬉しそうに走り寄って来た。「意外やね? コタ君、本とか読みそうにないんに」「いやいや、人並み以上に読むで? 知識言うんは十分『武器』になるさかい」そうでもしないと、ここまで我流でなんかやって来れなかったっての。原作の小太郎とかナギとかラカンがおかしいんだよ。感覚だけでやってけるほど、実践は甘くない。「ほんでも、図書館島に来たんは入学説明会以来やけどな」「そうなんや? ほんなら、何で探検ツアーに? ……も、もしかして、ウチに会いに来てくれたん!?」きらきらと、黒目がちな瞳を輝かせて上目遣いに俺を見上げて来る木乃香。凄い期待させて申し訳ないけど、別にそう言う訳じゃない。とは言え、この表情を曇らせるのは大分心が痛むなぁ……。いやいやいや、不必要な嘘のがマズイわ。と言う訳で、正直に事情を説明しようと思った矢先だった。「こ、小太郎さん?」「へ?」「お?」後ろから、可愛らしい声に呼び止められて、思わず振り返った。木乃香も声の主が気になったのか、俺の身体からひょいっと顔だけ覗かせて、声の主を確認してる。まぁ、もちろん、ここにいる俺の知り合いなんて、木乃香以外だとあと一人しかいないんですがね。「よぉ、のどか。その様子やとちゃんと間に合うたみたいやな?」俺が笑顔でそう尋ねると、のどかは、前髪から覗かせた唇を小さく笑みの形に変えて、ぺこっと小さくお辞儀して見せた。「はい~。こ、小太郎さんのおかげで、どうにか間に合いました。た、探検ツアー、た、たた、楽しんで行って下さいねっ」しどろもどろになりながらも、のどかは台詞を言い切り、途端踵を返して、他のガイドたちの方へと走って行ってしまった。慌しい奴だな、本当。苦笑いを浮かべながら木乃香の方に振り返ると、何故か木乃香は先程とは打って変わりジト目で俺のことを睨みつけていた。「え、ええと……こ、木乃香はん? ど、どないしましたか?」「む~……コタ君、のどかに何かしたやろ?」「っ!? ……あ~、まぁいろいろあってん」さ、さすがは恋に恋する乙女。その洞察力たるや侮れない。とはいえ、お姫様抱っこで女子校エリアを走破しました、とは言えないし、笑って誤魔化すしかないよな?「のどか、めちゃくちゃ上がり症やし、男の人話すなんて絶対苦手やのに……それに、ちょっとやそっとのことやったら、あんな風にお礼言いに来たりせぇへんよ?」「あ、あはは……い、今どき珍しい義理堅い嬢ちゃんやなぁ?」木乃香の執拗な追及に、俺はただただ乾いた笑いを浮かべることしか出来なかった。た、頼む!! 早くツアーの開始時刻になってくれ!!もっとも、そういう風に思ってる時ほど、時間の流れは遅く感じるもので。俺は結局、ツアー開始時刻までかなりの精神をすり減らしながら、木乃香の尋問に耐えるしかなかった。と、言う訳で、ようやく始まった図書館島探検ツアー。既に俺のLPは真っ赤でしたが、まぁこれはこれでかなり楽しめた。とは言え、俺たちが見て回ったのは、トラップのない安全な場所ばかりで、原作でネギ達が侵入してたような、深い所は見れなかったけど。それにしても……ここ作った奴らって、何考えてたんだろうな?だって、本棚が滝になってるんですよ?本と水って、かなりアウトな組み合わせ過ぎやしませんか?にも拘らず、図書館島に安置されてる本は、湿気を吸ってる風でもない。恐らくは何らかの魔法が働いてるんだろうけど……魔法の無駄使いな気がしてならないよな。そんな感じで、一通り見て回ったツアー一向は、現在自由行動中。俺も俺で、何か物珍しい本はないかって散策してるところなのだが。「随分と珍しいものを飼っていますね?」「っ!?」急に背後から声を掛けられ、反射的に跳びのきそうになった。殺気がないことに気付いてすぐにそれは止めたが、心臓は早鐘のように脈打っている。……冗談だろ、こいつ、気配がまったくなかった。冷や汗が頬を伝ったが、声をかけた主の姿を見て、俺は思わず肩の力を抜いていた。「……おいおい。詠春のおっちゃんとタカミチ以外のメンバーは行方不明とちゃうんかったか? ……それとも、俺は紅き翼の連中に、妙な縁でもあるんかいな?」俺に声をかけて来たのは、いかにも魔法使いといった風情なローブ姿の優男。気配を感じなかったのは、単純にこの変態ローブの実力だろう。「おや? 私をご存じですか? それにタカミチや詠春ともお知り合いとは、これは来てみて正解でしたね」俺を見て薄く笑みを浮かべるその男。かの英雄、紅き翼の一人にして、重力を操る大魔法使い。他人の人生収集という変態染みた趣味の持ち主にして、エヴァへの対応から若干ロリコンの気でもあるんじゃないかともっぱらな噂の変態紳士。クウネル・サンダースこと、アルビレオ・イマその人だった。「私のことはご存知のようですし自己紹介は必要ありませんね?」「まぁ構へんけど……俺は犬上 小太郎、詠春のおっちゃんに最近まで世話になっとったモンや」「なるほど、それで関西弁ですか……よろしくお願いします、小太郎君?」感情の読みづらい笑みを浮かべながら、俺にその右手を差し出して来るアル。どうしたものか迷ったが、結局俺は、恐る恐るその手を握り返すしか出来なかった。「で? 話を戻すけど、自分こんなところで何してんねん? 魔法世界の連中は自分のこと躍起になって捜してるんとちゃうんかいな?」「ふふっ、友人との約束がありましてね。今はこの図書館島の司書、ということになっています」今日は学園祭を見に出て来ていたのですが、なんてアルはこともなげに笑って見せた。「……まぁ良えわ。それと、俺は望んでこんなモンを飼ってる訳とちゃうからな?」「それはそうでしょう。見たところ随分厳重に封印されているようですし。その術式の癖はエヴァによるもののようですね?」見ただけでそれを看破するって……やはり英雄と呼ばれるだけのことはある。俺は溜息をつきながら、アルにこれまでの経緯を話すことにした。もしかすると、九尾の封印を解くヒントが手に入るかも知れないしな。「……それはそれは。一族の仇を討つために、九尾の狐を吸収、ですか……」俺の話を全て聞いたアルは、珍しく真剣な表情でそう呟いた。「俺が九尾の力を引き出せるほど、強い精神力を持てたら解けるらしいんやけど……如何せん、精神力の鍛え方なんて分かれへんねん」「ははっ、それはそうでしょう、何せ……」ぴっ、と人差し指を立てて、アルは爽やかな笑顔でこう言った。「精神力は鍛えることなんて出来ませんから」「…………は?」思わず開いた口が塞がらなくなる俺。え? 今、なんつった?精神力は鍛えられない?……それじゃ俺は、このまま一生魔力が使えないままってことかよ!?「まぁ、今のは言葉のあやです。精神力を強くする方法は大きく2つ。過酷な経験を積むか、歳を重ね知識と経験を積み重ねていくかの2通りしかありません」「つまり、時間が経てば黙っとってもそのうち封印は解けるいうことかいな?」アルは静かに首を横に振った。「九尾の力がどれほどのものか知りませんが、あのエヴァがここまで厳重に封をする程です。恐らく普通に老成していくだけでは事足りないかと」ですよねー☆……やっぱ、何らかのきっかけ……追い込まれるような状況に瀕さなければ、そうそう精神力なんて強くならないってことか。「もっとも、小太郎君自身が自らを追い込む程度では、その封印が解けるとは思えません。余程の死地に赴くでもない限り、ね」「……ほんなら、結局のところ今は打つ手はない、いうことかいな?」「時間という万能薬に縋る以外の道はないでしょう」あー……何か一気に脱力したわ。この春先から俺がやってきたことは、殆どただの無駄足だったのかよ……。まぁ、気の出力向上や、体術の見直しって面では十分役に立ったんだろうけど。「そう気を落とす必要はないと思いますよ? あなたは黙っていてもトラブルに巻き込まれるタイプのようですし、そう遠からずきっかけは訪れるでしょう」「……それ、何や複雑やな」魔力は戻って欲しいが、望んで死にには行くたくないぞ?ともあれ、アルに会えたのは嬉しい誤算だったな。しばらくは、いつ戻るとも分からない魔力のことを考えるよりも、黙って気の出力向上に努めた方が良いってことが分かっただけで良しとしておこう。それから数分、俺は自由時間が終了するまで、アルと他愛のない世間話に花を咲かせるのだった。自由時間後、再開した探検ツアーも無事終わり、俺は今図書館島入口のベンチで缶コーヒー片手に木乃香を待っていた。霧狐たちと合流するってのも考えたんだけど、さっき当番だから戻るって連絡あったしな。一人で回るのも何だし、せっかくなら可愛い女の子と回った方が、花があって良い。そう思って木乃香を待ってる俺。「コタ君? ウチのこと待っとってくれたん?」そう時間も掛からず、木乃香はやってきた。俺の姿を見て駆け寄って来る様は、まるで飼い主を見つけた子犬のようで微笑ましい。「おう、一人で学園祭回るのもなんやし、良かったら一緒に回れへんかと思ってな」どうや? と俺が尋ねると、木乃香は少し顔を赤らめながら、嬉しそうに頷いた。「うん、大歓迎や。あ、でもちょお待って。探検ツアー終わったら、せっちゃんに連絡する約束しとるんよ。せやから、せっちゃんも一緒で良え?」「構へん。人数は多い方が楽しいわ」俺は笑ってそう答えたのだが、何故か木乃香は少し複雑そうな表情を浮かべて、ぶつぶつ言ってる。ちょっとはウチと二人きりになりたがってくれてもええのにとかなんとか……。いや、むしろあなた二人きりになると意外に積極的だから怖いのよ。もっとも、木乃香は俺に対して、刹那と同盟を組んでるっぽいので、大人しく刹那にメールを打っていたが。程なくして、刹那から返信がくる。「せっちゃん、10分くらいでこっちに来れるって。ほな、のんびり待とか?」つまり少なくとも10分は俺と二人きりでいられる、という事実がお気に召したのか、木乃香はすっかり機嫌を直して、俺の隣にすとん、と腰を降ろした。現金な奴め……。本当、俺みたいな格闘バカのどこが良いんだろうね?そりゃ女の子は好きだし、木乃香みたいな可愛い子に好かれて悪い気はしないけども……。やっぱり今一つ踏ん切りが付かない。俺にとっての僥倖は、木乃香が俺のそんな心情を察してくれて、必要以上に迫ってこないところだろう。……たまにヤキモチで暴走されるのは勘弁だが。刹那とタッグだと本当に手に負えない。とは言え、いつまでも逃げてはいられないだろう。俺がやってることは、あくまで問題の先延ばしだ。……いつかちゃんと、向き合わないとな。「コタ君どないした? おでこきゅ~ってなっとるえ?」「いやいやいや、そんなオモロイ面にはなってへん」木乃香が両方の人差し指で、眉間をぎゅうっと押して皺を作るもんだから、思わず俺は噴き出してしまっていた。「えへへっ、コタ君なんや悩んどるみたいやったから、笑わせたろ思て。……ウチで力になれることがあったら、何でも言うてな?」満足そうに笑った後、木乃香はすぐに優しい包み込むような頬笑みを浮かべて俺にそう言った。……本当、俺の周りの女どもは、良く人を見てるよな。俺は笑みを浮かべて、その木乃香の頭をくしゃくしゃっと撫でてやった。「まぁ、これは俺自身でどうにかせなあかんことやし、気持ちだけ受け取っとくわ。おおきにな、木乃香」「むぅ……コタ君がそう言うなら、しゃあないな。けど、ちゃんと必要なときは頼ってくれんと嫌やえ?」「わぁっとる。木乃香の力が必要なときは、迷わず頼るさかい」そう俺は言ったのに、木乃香はまだ不満なのか、ホンマかなぁ~?と疑いの視線を向けて来る。「だってコタ君、ウチのあげた何でも券、全然使うてくれへんし……」唇を尖らせて、分かりやすく拗ねた表情を浮かべる木乃香。って、あんなのおいそれと使えるか!!「さすがの俺も、刹那に尻尾斬り落とされたくはないしな……」「ふぅん……コタ君、せっちゃんに尻尾斬り落とされるようなお願いするつもりやったん?」「い、いやそんなことあれへんけど……俺も男やさかい、何でも言われたら、なぁ?」ちょっとはやましいことを考えてしまうのが男の性ってやつでしょうよ?そんな俺の返答をどのように受け取ったのか、木乃香は嬉しそうに小さく笑みを浮かべると、ぐいっと俺に身体を寄せて来た。「ちょっ!? こ、木乃香、近いてっ!?」「……良えよ?」「……へ?」慌てふためく俺を余所に、木乃香はずずいっとさらに身体を俺に近付けて来る。俺を上目遣いに見つめて来る双眸はうっすらと潤み、その愛らしい頬は僅かに種を帯びていた。……これは何というか、ヤヴァい。今の木乃香の様子は俺のハートにストライク過ぎる。瑞々しい唇を震わせて、なおも木乃香は続ける。「ウチ、コタ君にやったら何されても……良えよ?」「ちょっ!? 木乃香さんっ!!!?」だ、だから木乃香と二人きりはマズいって言ったんだ!!この子、俺の気持ち知ってるから、告白とかしてこないけど、その分アプローチが積極的過ぎるんですよ!!しかも天然で男心をくすぐる仕草が危な過ぎる!!早く来てくれ!! 刹那ーーーーっ!!!!なんて心の中で叫んだところで、刹那が駆け付けてくれるはずもなく、俺の精神力は、先程とは全く違ったベクトルでガリガリ削られていった。……うん、これに耐えきるとか、正直無理だと思うんだ☆徐々に近付いて来る木乃香の顔。俺は逃げ出すこともできず、二人の唇が重なりそうになったその瞬間だった。「あ、いたいた!! おーい!! そこの目つき悪いお兄さーーーーんっ!!!!」「「っ!!!?」」突然大声で呼びかけられて、俺たちは反射的に距離を取った。うっわぁ……心臓がバクバク言ってるわ。危ない危ない……一時の雰囲気に流されて、大きな過ちを犯すところだった。多分、木乃香も自分で作り出したとはいえ、その雰囲気に呑まれてたんだろう。我に返った様子で、真っ赤になった顔をぱたぱたと仰いでた。「あっれー? 木乃香じゃん? あんたもその人と知り合いだったんだ?」俺たちに声をかけたと思しき人物は、近くにくるなり、木乃香のことを見て意外そうに言った。見ると、近付いてきたのは二人組、背の高いメガネのロングヘアーと、対照的に小柄なデコっぱち。のどかの親友2人組、早乙女 ハルナと綾瀬 夕映だった。「は、ハルナにゆえ? え、ええと、どないしたん?」まだ仕事残ってたん? と、まだ動揺してるのだろう、木乃香がしどろもどろになりながら2人に問い掛ける。「いや、用があったのは木乃香じゃなくてさ、そっちのお兄さんなんだよね」「こ、コタ君に?」「何でも、ノドカが彼にお世話になったそうで、ちょっとお話がしたいと……」2人に言われて、木乃香はぱちぱちと目をしばたかせたかと思うと、再びジトっとした目で俺を睨みつけて来た。「……コタ君、やっぱのどかになんやしてあげたんや?」「(ギクッ!?) あ、ああ、ちょっと困ってたとこをな。 そ、それはそうと、のどかはどないしてん?」お姫様抱っこの件に関しては、俺に非はない。非はないが、木乃香に伝えるのは何となく身の危険を感じてならない。なので、俺は早急に論点のすり替えを図ろうと、2人に向き直ってそう話題を振った。「のどかなら、向こうで待ってるよ。木乃香、悪いけどこのお兄さん借りてくね?」「へ? あ、ああ、うん。別に、ウチは構へんけど……」ハルナの問い掛けに、木乃香はどこか歯切れの悪い返事をした。恐らくは、刹那との約束の時間を気にしてるのだろう。まぁ、ちょっと話して戻ってくれば良いし、間に合うだろう。そう思って木乃香のフォローをしようと思った矢先、キュピンッ、とハルナの瞳が怪しく輝いた。「ねぇ木乃香? もしかして、このお兄さんと付き合ってたりする?」「ぶっ!?」「…………」まさかの問い掛けに、俺は絶句し、木乃香は思わず吹き出す。慌てて、否定の言葉を告げようと、俺は手を振って答えた。「ちゃうちゃう。木乃香の親父さんに、俺が世話になった関係で仲が良えだけや」「……むぅ、そんな思いっきり否定せんでも良えやん……」小声で木乃香が抗議の声を上げてますが、そちらはスルーな方向で。「あははっ、そっか。そりゃ安心したよ。いや~、何か2人から、甘酸っぱいラブ臭がほのかに漂ってきてたからさぁ」……原作でも思ってたけど、そのラブ臭って何なのさ!?俺の嗅覚でも嗅ぎ分けれませんよ? その触角か!? 触角が嗅ぎ分けてんのか!?なんて、初対面の人間に突っ込むわけにもいかず、俺はぐっと堪えるのだった。しかし……俺と木乃香が付きあってなくて『安心』ってことは、やっぱアレだよな?のどかフラグktkr!!!!……キタコレじゃねぇよ!!!!(orzどうしたもんかね?若干、頭を抱え込みたい衝動にかられた俺を余所に、ハルナと夕映は自己紹介を始める。「ま、付き合ってないならオーケーよ。そんじゃ木乃香、お兄さん借りてくね? 私はのどかの友達で早乙女 ハルナ。よろしく」「同じく綾瀬 夕映です」にこやかに右手を差し出して来るハルナに、ぺこっと頭を下げる夕映。さすがに何も言い返さないのはマズいと思って、俺は動揺をひた隠しにしながら、ハルナの右手を握り返した。「犬上 小太郎や。勘違いしとるみたいやけど、俺は自分らとタメやからな? あと、出来れば小太郎って呼んでんか」「あ、やっぱりそうだったんだ?」「では、あなたが噂の『黒い狂犬』ですか。何と言うか、少しイメージと違いますが……」「……まぁ、所詮噂やし。つかあの噂8割方大嘘やからな?」当たってるのは、俺がヤンキー共を尽く殲滅してるって話だけだ。とりあえず、俺は木乃香にすぐ戻って来るからと言い残し、2人に引っ張られながらのどかの下へと向かうのだった。俺が2人に連れて来られたのは、書架の一角。ちょうどデカい本棚が袋小路みたくなってて、一方向を除き周囲からは見えなくなってる場所。そんなところで、ぽつんと待ってるのは、前髪の長い華奢な少女。俺を連れて来た2人はいつの間にかいなくなってるし……あいつら、修学旅行編ときみたくのどかを焚き付けやがったな?とはいえ、ここまで来てしまった以上、俺には最早どうすることも出来ない。諦めて、俺はのどかに出来るだけにこやかに話しかけるのだった。「よぉ、待たせてもうたな」「ひゃいっ!? い、いえ、そんなっ、全然待ってにゃいれすっ!!」メチャクチャ噛んじゃった!?そ、そこまでテンパらなくても良いだろうに……。恐らく夕映とハルナもどこかで見守ってたんだろう。盛大にずっこけた音が聞こえて来た。まぁ、微笑ましいし、可愛いんだけどさ。「早速で悪いんやけど、俺に何の用や? 何回も言うたけど、さっきのことなら別に礼なんて気にせんで良えで?」さすがに木乃香を待たせてるし、あんま時間を取られるのもな。それに、早めに切り上げてしまえば、告白なんてイベントは起こらないだろうし。……ヘタれ? ……言うな、分かってる。「あ、いえそのぅ……や、やっぱりきちんとお礼はさせて頂きたいですっ」「さ、さよか? そこまで言われたら、まぁ別に断る理由もあれへんけど……」けど、お礼って、何してくれるつもりだろう?1巻の時みたいに図書券か? それはまぁ助かるけど……。……血迷って木乃香みたいに何でも券とかは勘弁してくれよ?←ややトラウマ気味「そ、それでですね、、友達にも相談していろいろ考えたんですけど……」「おう」のどかは、そこで一端言葉を区切るとすうっと、大きく息を吸って。「―――――あ、明日。も、もし良ければ2人で学園祭を回りませんか?」「…………はい?」一足飛びじゃ足りないくらいぶっ飛んだ結論を宣言してくれた。いや本当、どうしてこうなった?