6月に入ったばかりのとある放課後。俺は刹那、木乃香、霧狐の3人と一緒にエヴァの別荘に居た。例により修行と手合わせのためである。ちなみに、相変わらず魔力は使えないままだ。おかげで影斬丸は使えないので、俺はエヴァの家の倉庫に会った無銘の日本刀を借りて刹那と手合わせをした。……勝敗は? んなもん、この最弱状態で刹那に勝てる訳がねぇだろ。で、その後は、いつも通り霧狐と実践形式の特訓をやって、二人の悪かった点を刹那に指摘して貰ったり。ちなみにエヴァも一緒に別荘に居て、魔力が戻ってない俺を『貴様その程度で千の呪文の男を越えるだと? 笑わせるなこの半人前以下の駄犬が』みたいな目で睨んでた。……あれは遠回しに俺の精神力を鍛えるための試練だったんだと信じたい。。それから魔力が封印されてるおかげで、最近は気の出力がじわじわと上昇中。けどまぁ、さすがに魔力が使えてた頃の出力には及ばねぇわな。そんな感じで稽古を終えた俺たちは、一日は出られないため、別荘内で茶々丸の作ってくれた夕食をごちそうになっている。「そういや、もうすぐ麻帆良祭やけど、木乃香達のクラスは何するか決まったんか?」そうなのである。6月と言えば学園祭。そう、あの麻帆良祭の季節なのだ。生徒が合法的に商売、もといこづかい稼ぎが出来ることもあって、例年各クラス・団体の面々はかなり気合が入っているこの季節。それは俺の在籍する男子中等部2-Aも例外ではなく、現在必死になって麻帆良祭の準備に勤しんでいる。ちなみに去年の出し物は食い逃げ喫茶。クラスの猛者共から逃げきれた客は飲食代が無料、しかし捕まれば料金が1.5倍になるというというボッタクリ企画。我がA組には俺以外にも、男子部武道四天王(女子部の四天王より圧倒的に弱い)が揃っているため、逃げ切れるわけがないと言うのに……。女子部に比べて集客率が低く、売上ランキングではそこまで上位には登れなかったが、それでもぼろ儲けだった。……ちょっと大人げないことをしたかな?と、今では少し反省している。それはさておき、今の話題は今年の木乃香達が何の出し物するかである。「ウチらは中華喫茶やえ。さっちゃんいうて、料理が得意な子がおるからその子に教えてもろてな」めちゃくちゃおいしいんやえ~、とさつきの料理の味を思い出しているのか、嬉しそうに笑みを浮かべて言う木乃香。ああほら、よだれよだれ。もっとも俺が注意するよりも早く、刹那がわたわたと木乃香の口元を拭ったのだが。「りょ、料理は確かに美味しいのですが、わ、私はやはりあの衣装はどうかと……」「衣装?」何だろう?原色バリバリで奇抜なデザインだったりするのだろうか?けど刹那達のクラスのメンバーを考えたら、そういうのには結構こだわってくれそうなもんだが……。「えぇー。ええやん。ウチは可愛くて良えと思うで? せっちゃんも良ぉ似合うてたしなぁ……チャイナドレス」……なるほどね。中華喫茶ということで、店員の衣装もそれらしくチャイナドレスと。それは確かに刹那は嫌がりそうだな。あと、それじゃ一部の人間っていつもと変わらねぇだろ。古菲とか超とか。まぁ普通に眼福そうなので是非見に行かせて頂きますが。しかし……。「エヴァもチャイナドレス来て参加するんか?」「するわけないだろう。魔力が使えないせいで、脳みそまで筋肉に侵されたか?」……ちょっと聞いてみただけでこの言われよう。ちょっと泣きそうだ。まぁ、原作でもエヴァは一人でうろうろしてたみたいだしな。そりゃクラスの出し物になんて参加する筈はないか。エヴァのチャイナドレスも見てみたかったのに……まことに残念だ。「霧狐たちのクラスはクレープ屋する言うてたやんな?」こないだ愛衣と一緒に稽古を付けたやったときに、確かそんなことを言ってた筈だ。「うん。メニューはねぇ、クラスのみんなで一緒に考えたんだよ。お兄ちゃんも食べに来てね?」えへー、と嬉しそうにはにかんで言う霧狐。何だかこっちまで嬉しくなって、俺は笑みを浮かべて霧狐の頭を撫でてやった。あ、目細めた。狐っていうか猫っぽいな。「そんで、コタ君のクラスは何の出しもんすることになったん?」俺に頭を撫でられて目を細める霧狐が可愛かったからか、木乃香はウチもウチも、といった風に霧狐の頭を撫でながらそんなことを尋ねて来た。「そういやまだ言ってへんかったな。俺のクラスも木乃香達とおんなしで喫茶店やることになってん」「そうなんですか? ですが、今どきただの喫茶店じゃ、そんなに集客は……」刹那が言いにくそうにそんなことを言ってくる。もちろん、そんなのは俺たちだって分かってたさ。数少ない小遣い稼ぎの場だ、有効に活用するためには普段使ってない脳みそだってフル活用するというもの。「せやから、最近の流行りを意識して、ちょっと変わったもんにしよう、って話になってん」「ふん……ガキどもの浅知恵でいらん工夫をするとろくなことにはならんぞ」いかにも興味がありません、といった風にエヴァが水を差す。まぁ、俺も実際あんまり乗り気じゃないけどさ。「まぁ聞くだけ聞いてやろう。いったい何をするつもりだ?」「……何や引っかかる物言いやけど、まぁええわ。俺らのクラスの出しもんはな……」「――――――――――執事喫茶や」そして第77回 麻帆良祭初日の朝。原作の女子部3-Aと違い、早めに出し物を決めていたため、準備が当日の朝までかかるなんてことはなかった。既に食品関係の在庫確認は終了したし、教室の装飾も完璧である。んで、俺たちフロア組は今日という日のために用意した勝負服に身を包んでいるのだが……。「動きづらい、堅苦しい、そもそも恥ずかしいし俺には似合わへん」とまぁ、不満たらたらな俺なのだった。これこそが、我がクラスの出し物「執事喫茶 ソムニウム」の目玉である衣装。高貴な人物に使えることが許された、選ばれた者のためにある衣装、即ち燕尾服である。しかも、かなり精巧にできてる。デザイン的には某あくまで執事な人が来てたファ●トムハ●ヴ家の奴に良く似たもの。それに合わせて、普段はぼっさぼさで襟足を結んだだけの俺の髪も、今日は丁寧に櫛を入れられて、大分大人しくなってます。いや、必要ないって言ったんだけど、委員長に『クラスのメンバーとして売り上げに貢献しろ!!』ってすげぇ剣幕で押し切られた。ついでに燕尾服を着てからこっち、委員長が俺に対してやけに熱い視線を送って来てる気がするんだが……気のせいだと信じたい。そう言えば、執事喫茶の案が出た時に一番乗り気だったのが何故か刀子先生だった。『接客というのは人間性を育む上で非常に貴重な経験となる、実に素晴らしいアイデアじゃないですかjk』とか言ってたけど……腐女子だったりしないよな?それはともかく、とりあえずこれで準備は整った。あとは学園祭の開始を待つばかりだ。そんな時だった。―――――ガラッ「おはようございます。……って、どうやらもう準備は万端のようですね」教室のドアが開いて、聞こえて来たのはいつもより少し楽しげな刀子先生の声だった。俺は反射的に振り返って……。「っっこ、こたろうっ!?」「お、おはよーさん……」真正面から刀子先生と目が合った。そして、しばしの沈黙の後。「……………………ふぅっ(くらっ)」刀子先生が顔を真っ赤にして倒れた。いや、なして?「くっ、葛葉先生っ!?」「担架だっ!! 誰か!! 至急、担架をここにっ!!」「保健委員!! 早く葛葉先生を保健室……いや、第3特設救護室の方が近いか? とにかく運ぶんだっ!!」急な出来ごとに騒然となる教室。……こんなんで大丈夫なのかね?……とまぁ、開始前からトラブルに見舞われた、俺たちの『ソムニウム』だったのだが、開始後はかなり順調に営業を行えている。つか、順調を通り越して忙しいわ!!さっきちらっと廊下を覗いたら、物凄い長蛇の列になってたし。殆ど女性客ばっかりだったのは言うまでもない。席数が少ないから、回転率が低いってのがネックだな。ちなみにフロアを担当してるのが、現在俺含めて4人。全体だとクラスで10人がフロア担当なのだが、それを時間制でシフト分けしてる。慶一と達也も俺と同じくフロア担当で、きっちりした燕尾服に身を包んで接客してる。ポチと薫ちゃんは、ごつすぎるって理由でキッチンに回された。と言っても、キッチンは殆どすること無いんだけどな。そもそもメニューが少ないし。回転率を上げるために、メニューはあらかじめ作っておいたケーキが3種類と紅茶、コーヒーがそれぞれホットとコールド。キッチンは注文を受けて、それを食器に並べるだけの作業だ。一応、差分でさまざまなセットメニューがあるのだが、そっちは付いてくるサービスの違いによるもの。店と化した教室の一角に撮影スペースが設けられているので、そこで執事と写真を撮ったり、執事が食事中相席してくれたり、サービスの内容は様々だ。ちなみに、店員の指名は不可。人数取られてフロアが回らなくなるしな。一応、写真を撮るときは出来るようになってるけど、それ以外は、最初に接客した執事が延々とそのテーブルを担当することになっている。そっちの方が『専属執事付き』気分を存分に味わえる、って委員長が力説してた。……あいつは本当にどこに向かって走ってるんだろうな。そうこうしているうちに、俺が現在対応していた一組の客が会計を終えて出て行った。すぐにテーブルを片づけて、次の客を受け付けから招き入れなくては。この20日近く、延々と練習を積まされてきたので、この辺はもうお手のものである。1分と掛からず準備を終えて、俺は入口へと向かった。受付に促されて入って来た次の客を、俺は右手を左胸に当てた状態で、恭しく頭を下げて出迎える。「おかえりなさいませ、お嬢さ、ま……」のだが、客の顔を見た瞬間に、その営業スマイルは音を立てて崩壊した。何せ入って来たのは……。「くくっ、中々似合ってるじゃないか? まぁ、実際犬なのだからイヌの仮装が似合うのは当然か」フハハハハッ!!なんて高笑いを上げる金髪の幼女。言わずと知れた真祖の吸血鬼、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル様だった。学園祭と言うことで、いつもよりお洒落使用なのか、今日はホワイトロリータファッション。いつも黒い服のゴスロリファッションが多いので、これは中々新鮮で可愛らしい。うむ、眼福だ。それは良いのだが……お前、ガキどものお遊びに興味はないって言ってなかったか?……まぁ、大方似合わない燕尾服着せられてる俺を笑いにでも来たのだろうが。「はぁ……まぁ、良えわ。ほなさくっと案内するさかい、こっちに「おい駄犬」……何や?」メニュー片手に案内しようとした俺を、エヴァは若干威圧するような態度で呼び止めた。「何だその態度は? お遊びとは金を取っているのだ、きちんと接客しろ。それに役を演じるならそれに徹しろ。興が冷めるではないか」「ぐっ……」エヴァの言ってることは確かに正論なのだが、如何せん顔に『傅け、跪け、奴隷のように私に仕えるが良い』って書いてあるので納得いかない。とは言え、確かに人によって接客態度を変えるのは良くない。なので俺は、しぶしぶエヴァの要求を飲むことにした。「……で、では、お嬢様。お席に案内いたしますので、こちらへどうぞ」関西弁のイントネーションは拭えない上に、頬を引くつかせながら俺がそう促すと、エヴァは満足そうに笑った。「くくっ、それでいい。出来るじゃないか。さすがは犬だな」「…………」……この幼女、後で絶対復讐してやるからな。エヴァを席に付かせて、俺は用意していたメニューを開いて彼女に見せた。「ご注文はいかがなさいますか?」「ああ、別に何でも構わん。どうせ味には期待していないからな」貴様に任せる、とエヴァはひらひらと手を振る。こっちが下手に出てるからって、かなり調子に乗ってんなこの幼女。「こちらの『執事の愛情セット』などオススメですが……」「だから貴様に任せると言ってるだろう。良いからさっさと持ってこい」なおも食い下がった俺に、ぴしゃりとそう言い放つエヴァ。俺は仕方なく、メニューを閉じて注文の復唱を行った。「それではお嬢様、『執事の愛情セット』お1つでよろしいですね?」「ああ、それで構わん」エヴァが肯定の意を示したことに、内心ほくそ笑む俺。……メニューをきちんと読まなかった自分を、後で死ぬほど怨むが良いわ。「かしこまりました。それではお嬢様、しばらくお待ちください」極上の笑みを浮かべて一礼し、俺はキッチンに注文を伝えに行くのだった。「お待たせいたしました、お嬢様。こちら『執事の愛情セット』でございます」そう言って一礼し、俺はテーブルに持ってきたガトーショコラと紅茶を並べる。「ほう、見てくれはまともじゃないか?」「お嬢様のため、シェフが腕によりをかけて作っておりますので」つまらなそうに言うエヴァに、俺はあくまでも営業スマイルでそう答えた。「それはまぁ良い……で、貴様はそこで何をしてるんだ?」ギロリ、と俺を睨みつけるエヴァ。それもそうだろう。俺は何故か、エヴァの隣に座っているのだから。「ご説明させて頂きます」「せんで良い。さっさとどけ」しっしっ、とまるで野良犬を追い払うかのように手を振るエヴァ。しかしそれで退くほど俺はやわじゃない。「お嬢様よりご注文頂きました『執事の愛情セット』でございますが……」「無視するんじゃない!!」全く退かない俺に、エヴァが声を荒げるが気にしない方向で。「こちらは、執事がご注文頂いた品物を、お嬢様のお口に直接運ばせて頂くというサービスになっております」「だから無視するな!! それに何だ!? その頭が湧いてるとしか思えんサービスは!?」「その様は、まるで病気のお嬢様を献身的に看病する執事の愛情を体現しているかのよう……ということで『執事の愛情セット』と名付けられました」「名前の由来何ぞどうでも良いわ!! 私は病気でもなければ、貴様の愛情なんぞいらん!!」ばんっ、とテーブルを叩くエヴァに、俺はにこり、とあくまで笑顔のままこう言った。「『役を演じるならそれに徹しろ』。そうおっしゃったのは、確かお嬢様でございますよね?」「な、何が言いたい?」俺の放つ異様な迫力に、エヴァが一瞬たじろぐ。「お嬢様は『お嬢様』という役で入店されました。でしたら役に徹して頂きませんと。……自分の言葉の責任が取れないほど、お嬢様は子どもではありませんよね?」そう言って、ダメ押しとばかりにもう一度微笑む俺を見て、エヴァは開いた口が塞がらなくなっていた。そんなエヴァを余所に、俺はフォークを握り用意していたガトーショコラを一口大に切り分けエヴァの口元まで持っていく。「それでは、お嬢様お口をお開きに。はい、あーん……」「んなっ……!?」エヴァが顔を真っ赤にして、びくっと身を振わせる。しかし、ようやく観念したのか、一度だけギロッ、と殺意の籠った眼差しで俺を睨み。「……き、貴様、後で覚えていろよ!?」そう、消え入りそうな声で言って、大人しく俺の差し出したケーキにぱくついたのだった。恥ずかしさと怒りで、顔を真っ赤にしながらも、もぐもぐとケーキを咀嚼し飲み込むエヴァ。その様は小動物のようで、普段の彼女とのギャップもあって、かなり可愛らしかった。「……お味はいかがですか?」「分かるわけないだろう!!」そりゃそうだ。そんな感じで、俺は麻帆良祭初日の午前を慌しく過ごすのだった。