SIDE Hanzo......「……ちっ、右腕ごと持っていきおってからに……」ビキビキとひび割れていく自分の右腕を見つめて、わいはそう吐き捨てた。まぁ、小太郎に炮烙の刑を放った時点で、こうなるんは分かり切ってたことや。わいには、それを押してでも、九尾を手に入れる必要があった。でなければ、西の本山を破ることも、あの憎たらしい男……近衛 詠春を屠ふることもできひん。そもそも、九尾なしやと、この麻帆良から逃げ出すのさえ難しいわ。保険は掛け取るとは言うても、ここまで小太郎と、小娘二人に振り回されたまんま言うのは、わいの矜持に反するしな。しかし……これでわいの悲願は叶う。長かったで……全てを奪われてから15年。そして、全てを知ったあの日から5年……この日をどれだけ待ちわびたことか。失敗に終わった酒呑童子に引き続き、殺生石から引っ張り出した九尾は、式神として使役することが適わんかった。情報の劣化もそうやけど、そもそも、一度死したことで、そん中に個を個たらしめるもの……言うなれば『魂』があれへんかった。それでもバカデカい魔力と、劣化しとるとはいえそこから引き出せた情報は、捨ててまうには惜しい代物やった。とはいえ、人造霊にも出来ひん妖怪を、どないして使役すれば良えんやっちゅう話や。親父からもろたわいの能力やと、さすがに魂のあれへんもんを使役は出来ひんからな。けど、考えてみれば、わりと単純な話や。魂があれへんなら、代わりの魂を用意したら良えねん。霧狐、いうたかな? あの野狐の嬢ちゃんは、依代にはうってつけやった。想像以上に手こずらされた上に、魔力は殆ど引き出せんづくやったけど……まぁ、上手くいったようで何より。九尾の力を注ぎ込まれた嬢ちゃんは、爆散したり、人型を逸脱するいう様子はあれへん。伝承にある玉藻御前、そのまんまの姿で、悠然と神鳴流の嬢ちゃんを見降ろしていた。「烱然九尾……想像以上に綺麗なもんやな。自分もそう思うやろ、神鳴流?」ようやく立ち上がれる程に回復したのだろう、茫然と子狐……いや、玉藻御前を見上げる神鳴流に、わいは嘲笑とともにそう告げた。その整った要望が、悔恨と憎悪に歪む。それが愉しゅうて愉しゅうて、わいは声を上げて哂った。左の腰、ベルトに差していた小太郎の刀、影斬丸やったかな? それを引き抜き、わいは御前に差し出した。御前はわいがそう仕組んだ通り、感情の無い瞳でこちらを一瞥した後、それを受け取る。そして躊躇いなく、その白刃を曝した。わいがそうしたときとは、比べ物にならない魔力が、金の焔となって爆ぜた。―――――ゴォォォオオオオオッ…………出力も申し分あれへん。これなら、千の呪文の男とは言わずも、弱体化したサムライマスターを葬るくらいなら……。そう思って唇を釣り上げた矢先やった。―――――ザッ……背後に人の気配を感じて、わいと御前は反射的に振り返る。その人物を確認してから、わいはもう一度、愉悦に表情を歪ませるのだった。「思てたより早かったな……」そこに居たのは、先程までわいと闘うてた小太郎やった。炮烙の刑を捌ききったんには驚かされたけど、それかて予想してへんかったわけとちゃう。それに、ここまで来てくれたんは逆に僥倖と言えるやろう。小太郎と神鳴流。わいの目的を達成するんに、最も邪魔になる障害を一緒くたに葬るまたとない機会なんやから。さぁて……どうやって殺したろか……。御前の背後に揺れる烱然九尾に、唖然とする小太郎を見つめて、わいは思案を巡らせた。SIDE Hanzo OUT......―――――何やねん、これ……?目の前の光景は、余りにも現実離れし過ぎていて、俺の脳はどうにもそれを認識してくれそうになかった。―――――何で、こないなことになってもうたんやっ!!!?風にたなびく金色の尾。九本という有り得ない数のそれは、息を飲むほどに美しく、そして世界で最も酷薄なものに思えて仕方ない。俺が親父から譲り受けた影斬丸を握り、感情の無い瞳で一瞥する彼女は、明らかに俺の知っている彼女とは別人だった。それはつまり……。―――――俺は、間に合えへんかった……?そういうことに他ならない。絶望に目が眩む。目の前の光景を、正常に認識できない。『―――――お兄ちゃんっ!!』……もう、あの無邪気な声を、無垢な笑顔を、望むことは出来ない。そんな事実がどうしても、受け容れられない。しかし無情にも、兄貴は言い捨てた。「どんな気分や? 自分の大事にしてたもんを、二度も奪われるいうんは?」そう、得意げな笑みを浮かべるのは、紛れもない俺の宿敵。ぎりっ、と奥歯がなった。余りに加減無く噛んだせいか、歯ぐきから出血し、口内に血の匂いが広がる。しかし、そんなこと、もうどうでもいい。全身を喰らいつくさんばかりの魔力が、身体の奥から溢れて来る。忘れかけていた黒い炎が、俺の中で再び鎌首を擡げようとしている。フラッシュバックする。母を失ったあの日の光景が。嘲笑を浮かべ去っていく、兄の姿が。そして、傷つけたくないと泣いた、霧狐の姿が。―――――ドクンッ……視界が赤く、赤く、朱く、緋く、あかく、アカク、明滅を繰り返す。悔恨が憎悪に、闘争心が復讐心に塗り替わる。護りたいという切望が、破壊したいという願望へと挿げ替えられる。今この時、俺を支配しているのは間違いなく信念ではなく。―――――妖の血だった。「―――――はんぞぉぉぉぉぉぉおおおおおおおっっっ!!!!!!」弾かれるように跳躍する。右手には力任せの魔力が、桁外れの出力を持って黒い風を巻き起こしていた。その爪は一瞬先、確実にクソ兄貴の喉笛へと飲み込まれる。俺自身、否、その光景を見ていた全ての人間が、その結末を信じて疑わなかっただろう。―――――シュンッ……「っっっ!!!?」―――――ガキィンッその一撃を尾の一振りで無効化した、金色の超常を除いては。感情のない、虚ろな瞳で半蔵を一瞥し、霧狐……否、九尾の狐と化した彼女は、ゆっくりとこちらへ振り返った。「……ははっ、上出来や。命令なしにわいを護るいうことは、術式は問題なく働いとるみたいやな」そのすぐ後ろで兄貴が何か言っていたが、最早俺の耳に届くことはない。ただただ、兄貴への殺意だけが、俺の身体を突き動かす。彼女と争う必要はない。この身が朽ちようとも構わない。ただ、奴さえ殺せれば……。右の爪に、獣裂牙顎を放つための魔力を纏わせていく。右腕は使い物にならなくなるだろうが、この後のこと何て、知ったことか。―――――俺はただ、奴さえ殺せればそれで構わない!!!!大きく右腕を振りかぶり、二度目の跳躍をしようと身構える。同時に、霧狐が太刀を振り上げる。その刀身の覆うように金蘭の炎が渦を巻いた。……良いだろう。俺が燃え尽くすのが先か、この爪が兄貴の喉笛を引き裂くのが先か、1つ勝負と行こうじゃないか。かつて刹那に誓った『必ず生き残る』という決意は、既に頭の中から消えていた。九尾の炎を受けて、金色に輝く影斬丸が俺へと振り下ろされる。しかし俺の瞳に映るのは、憎たらしい兄貴の面ばかり。今度こそ、殺ったと、そう確信した。「っっ、ダメです!! 小太郎さんっっ!!!!」俺の体に、金蘭の炎が届くよりも早く、何者かが俺を抱き止め、その場を飛び立った。無論、そんな真似が出来たのは、この場に一人しかいない。「離せ刹那!! 俺は死んでも、あの男を殺さなあかんねんっ!!!!」その手を払いのけて、俺は浮遊術でその場を離れようとする。しかし、翼を持つ刹那に、空中で敵うべくもなく、すぐに回り込まれてしまった。両手を大きく広げて、刹那は俺を通すまいと、涙すら浮かべて睨みつける。「今のあなたを、行かせる訳にはいきません!!!!」「邪魔すんなや!! そこをのけへんのなら、自分も斃してでも俺はあいつを殺す!!!!」「っっ!? ……小太郎はんの……」俺の言葉に、刹那は目を剥いたが、次の瞬間……。「……大馬鹿もんっっっっ!!!!」―――――パァァンッ「っっ……!?」乾いた音ともに、俺の頬を力任せに叩いていた。目の前で火花が散る。彼女がこんな行動に出るなんて、予想だにもしていなかったため、俺は一瞬思考が凍りついていた。じんじんと、熱を帯びる左頬に手を触れて、俺は二の句も告げられず、茫然と刹那の顔を見つめる。大粒の涙を零しながら、刹那は俺のことをきっと睨みつけた。「小太郎はんの……あなたの怒りと悲しみは、筆舌に尽くしがたいものでしょう。その感情をあなたに抱かせた責任の一端は、紛れもなく私にも有ります、しかし……」手の甲で涙を拭い、刹那は真剣な表情で、こう告げた。「あなたまで魔道に堕ちてしまったら、誰が霧狐さんを救えるというのですか!?」「霧狐を、救う……?」その言葉の意味が分りかねて、俺の思考は再び凍りつく。救うも何も、霧狐は完全に奴の手に堕ちた。先程も、何の躊躇いもなく俺を殺そうとしていたではないか。……そんな彼女を救う手立てが、どこにあるっていうんだ!?一瞬、消えかけていた復讐の炎が、その勢いを取り戻す。「……九尾が取り憑いてんねやぞ? ……術者を殺す以外に、どないして霧狐を救えっちゅうんやっ!!!?」激情のまま、俺はそう刹那を怒鳴りつける。それにすら刹那は一歩も譲らず、今にも掴みかからんとする俺に、噛みつくようにこう言った。「九尾が何だと言うのです!? いつものあなたなら、敵が以下に強大だろうと、状況がいかに絶望的だろうと、諦めたりはしないはずだ!!」「っ!?」 思わず、息を飲む。『―――――誰かを護ることばっかりで、一緒に闘おうとはしてくれへんっ!!』……刹那はあのとき、涙を浮かべて怒鳴ったのは、いったい何故だったか?『―――――命を捨てでも護るだと? そんなもの、護る側の勝手な理屈に過ぎん』……後悔とともに、エヴァが俺をそう諭したのは、一体何を護るためだったか?『―――――大丈夫。みんなのこと信じるって決めたもんな』……あのとき木乃香は、俺の……俺たちの何を信じてくれると言ったのか?『―――――必ず妹さんを助けてあげるんだよ?』……タカミチは、俺にどんな思いでこの場を託したのか?―――――俺に生きて、その上で目的を果たせと、そう願ってくれていたからではなかったか。……そうだった。俺は一年前、あの狗族との闘いを経て、何と誓った?『どんな敵にも、二度と臆さない』と、そう確かに誓ったのではなかったか?敵とは即ち、牙を剥く者ばかりではない、絶望的な状況すら、俺が打倒すべき敵だったはずだ。だと言うのに……何をこんなところで諦めていたんだ!?「……」ゆっくりと両目を閉じて、大きく息を吸う。状況は既に詰んでいると言っても過言ではない。だがそれは、今回に限ったことじゃない。一年前も、半年前も、端から俺は絶望的な状況で闘ってきた。―――――否!!望みが絶える、即ち絶望だと言うのなら、俺が、俺たちが望みを捨てない限り、それは絶望なんかじゃない!!「……おおきに、刹那。おかげで目が覚めたわ」ゆっくりと両目を開いた俺は、いつも通りの笑みを浮かべて、刹那にそう告げた。刹那は、驚きの表情を浮かべたが、すぐに笑みを浮かべて、先程と同様、大粒の涙を零した。「……全く、手が掛かるのはどっちですか」「ははっ、全くや。こなんやと、正気になった霧狐に合わせる顔があれへんわ」……とは言ったものの、状況が芳しくないことは事実だ。九尾は完全に霧狐に取り憑いていて、無理に引きはがすと霧狐の精神にすら深刻なダメージが残りかねない。「刹那、自分は斬魔剣・弐ノ太刀は使えへんのやったな?」「……ええ。この際です。使えるのならば掟などかなぐり捨てて使ってますよ……」そらそうだ。俺の問い掛けに、苦虫を噛み潰すような表情で刹那は答える。眼下にてこちらを見上げる霧狐と兄貴。こちらに攻撃を仕掛けて来る様子が見受けられない。恐らくは俺と刹那が仕掛けるのを御丁寧に待ってくれているのだろう。大方、お前たちなんていつでも殺せるんだぞ?と余裕を見せつけているのだろう、胸糞悪い。それを睨みつけながら、俺はもう一度状況を冷静に見つめ直した。まず兄貴に関してだが……奴に闘う力は最早残されていないだろう。俺の前に現れた酒呑童子と、それ以外にも何体か召喚していたようだし。それに先程の俺との戦闘に加えて、霧狐に九尾を憑依させたこと。全てを賄って余りある魔力が、奴に眠っているとは考え難い。つまり、九尾さえどうにかすれば俺たちにもまだ勝機があるということだ。しかしながら、問題はそこだろう。あの九尾の強さが全盛期の本物に比べ劣っていたとしても、先の酒呑童子よりも弱いことは有り得ない。恐らく、俺が今まで刃を交えて来た相手では最強と言って良いだろう。……あの狗族妖怪は例外な? だって前回は魔力制限されてたし。そんな化け物を相手に、霧狐を傷つけず救うとなると……正直な話、上手い手があるとはとても思えなかった。そもそも、完全に肉体を掌握した状態の式を引っ張り出すなんて、斬魔剣・弐ノ太刀意外にどんな手段があると……。……ん? 引っ張り出す?「……そうや、その手があったやんな!!」「何か思いついたのですか!?」歓喜の声を上げた俺に、刹那が驚きの声を上げる。それに俺は、いつかと同じ獰猛な笑みを浮かべて答えた。「刹那、耳貸し……あの勝ち誇ったクソ兄貴に一泡吹かせてやろうやないか?」SIDE Setsuna......「ほな頼むで? 一瞬でも構へん。あいつの刀を受け止めてくれ!!」「委細承知!!」小太郎さんにそう答えて、私は眼下にて待つ敵の眼前へと降り立った。対して小太郎さんは、グランドとは反対方向へと疾駆して行った。やはり彼はモノが違う。私がきっかけを作ったとはいえ、妖に精神を侵されかけたにも拘らず、その状態からすぐに自分を取り戻した。それどころか、次の瞬間には霧狐さんを救い出す術を思いついてしまうのだから……。……いや、感傷に浸るのは今ではない。彼が救うと言って見せたのなら、必ず霧狐さんは助かる。そしてそのために、私の力が必要だと彼は言った。そう、他ならぬ彼が私にその役目を託したのだ。答えなければ、剣士としての私が、女としての私が廃るというもの。この一合……何としてでも九尾の、霧狐さんの一撃を受け止めて見せる!!「ありゃ? 小太郎の奴は逃げたんか? それとも……はぁ。応援なんか呼んでも、無駄なことくらいわぁっとるやろうに」「生憎だな半蔵。今まで彼がやったことが無駄になった試しなど、ただの一度もない」呆れたように首を振った半蔵に、私は右手に握った夕凪を突き付けて声高に告げる。別段それを気ににした様子もなく、半蔵はふっ、と小さく笑った。「えらく信頼されたもんやな……まぁええ。末期の会話は楽しめたんか?」末期……自らの勝利を、我々の敗北を信じて疑わぬその物言いに、私は緩みそうになる唇を必死で抑えていた。これは僥倖だ。その慢心こそが、私達が付けいる隙となる。しかしながら、その傍らに立つ霧狐さんは、先程と同様に一切の感情を映さぬ瞳でこちらを微動だにせず見つめていた。その能面のような表情があまりにも異質で、私は背筋に悪寒が走るのを感じた。『―――――ありがとう、木乃香、刹那……』しかし同時に、背中を後押しする激情も湧きあがっていた。霧狐さんに、そんな面のような顔は似合わない。もちろん先程のような、酷薄な笑みなど持っての外だ。霧狐さんには……彼女には、あの蕾が開いたような温かい笑みの方が、何倍も似つかわしい。だから私は、私達はそれを取り戻すのだ。あの悪魔のような男から、霧狐さんを必ず救い出すのだ。「霧狐さんには二度目になりますが……神鳴流剣士、桜咲 刹那……推して参る!!!!」先程より何倍も力強く名乗りを上げて、私は霧狐さんへと羽ばたいた。「……九尾」「…………」半蔵の呼びかけに、霧狐さんは答えることなく、迫る私に向かって跳躍した。金蘭の焔を巻き上げる、影斬丸を振り上げて、私の太刀を受け止める。―――――ガキィンッ「っく!? やはりそう易々とはいかないかっ……!!」しかし、そんなことは百も承知。この絶望的な状況……道理など、無理で抉じ開けて見せなくてどうするのか!!返す刃に力を込めて、私は全身に漲る気を研ぎ澄ました。「神鳴流奥義、斬岩剣っ!!!!」―――――ガキィンッその一撃すらも、涼しい顔で受け切って、霧狐さんは私とおよそ9歩の間合いへ飛び退いた。彼女の感情の無いその瞳に、一瞬だけ殺意の狂光が宿る。「っっ……!?」ともすれば、気押されてしまいそうになる迫力。きゅっと唇を噛み締めて、その覇気に耐える。うろたえる必要はない、何故なら……。―――――これは、小太郎さんの目算通りの展開だからだ。霧狐さん……否、恐らく彼女の肉体を掌握している九尾の魔族としての本能は、今の一合がお気に召さなかったらしい。結果、今度こそ私を葬らんと、彼女は振り上げたその太刀に、先程の比ではない規模の炎を纏わせている。―――――ならば私は、その一撃を真正面から受け止めれば良いだけのこと!!本来ならば正気の沙汰とは思えない自殺行為。伝説の妖怪相手に、その攻撃を真正面から受け止めようだなんて。それを為そうとしている私もだが、それを依頼した小太郎さんも小太郎さんだ。しかし、それは麻帆良に来た時からすれば、考えられないことだった。きっと当時の彼なら、こんな危険な役目を私に託したりはしない。死ぬのならば自分一人で良いと、そう決めつけていたのだから。だが、今は違う。『―――――ウチは、小太郎はんに……小太郎はんと一緒に闘いたいっ!! 護られてばっかりの、弱い女の子やないっ!!』あのときの私の、八当たり染みた独白を、彼は愚直に、しかし真摯に受け止めてくれている。その上で私を信じて、この場を私に託したのだ。その事実が、私に普段以上の力を与えてくれていた。不謹慎にも思わず頬が緩みそうになる。想いを寄せる相手に信頼されることが、ここまで心地良いものだったなんて知らなかった。そして、寄せられた信頼には、応えなくては不義理が過ぎるというもの。私は曲がりなりにも武人。その矜持、必ず貫き通して見せる!!私を覆う気が、雷光と暴風を撒き散らし戦場を蹂躙する。こみ上げて来る気力は平時の何割増しだろうか。今この瞬間なら、私はどんな悪魔にだって勝てる気がしていた。「さぁ、どこからでもどうぞ? ……この一合、我が全霊を持って受け止めて見せる!!」私がそう宣言するのとほぼ同時、霧狐さんは豪炎を纏った太刀を振りかぶり、私へと弾丸のように疾駆していた。それと数瞬違わず、私も白い両翼をはためかせ、霧狐さんへと駆ける。雷光と風が、夕凪を多いまるで小さな台風のように荒れ狂う。私は躊躇うことなく、振われる霧狐さんの太刀目がけて、その刀身を振り抜いた。「神鳴流決戦奥義……真・雷光剣!!」「……っっ!?」――――――ガキィィィンッッ瞬間、爆音と雷光が空気を震わせた。巻き起こる風に、身体が押し返されそうになるのを、私は必死で堪えていた。舞いあがった粉塵と焔に遮られて良く見えないが、霧狐さんも似たような状況だろう。だから私は、一歩も引けない。しかし状況は整った。霧狐さんは、全霊とは言わないにしても、それなりの力を込めて刀を振ったのだ。言わば必殺の気負いで放ったそれは、弐の太刀を考慮しないただ一度の斬撃。故に受け止められれば、次の行動に移るまでいかな熟練者と言えど僅かな隙が生じる。とは言え、正面から受け止める以外に防御のしようがない以上、受けた側もその瞬間は動きは取れない。しかしそれは、一対一の勝負であった場合のみ。この勝負は端から、一対二の攻防だ。ならばその勝機は、数で勝る我々にある!!霧狐さんの影が直径4m程の円に広がった。そしてそこから伸びたのは、見覚えのあるたくましい腕。それは刀を振り抜いた霧狐さんの腕を有無を言わさずに掴んでいた。「……捕まえたで、霧狐っ!!!!」雄々しい笑みを浮かべて、小太郎さんが宣言する。そう、この瞬間私はこの命を賭けた大博打に勝利した。SIDE Setsuna OUT......