「犬上さん、こちらが大広間です! えと、新年会とかの大きな催しをするときに使います!」「うお!?ホンマにでっかいなぁ・・・・・・前住んでたとことは段違いやわぁ・・・・・・」目下、目の前をトコトコと可愛らしい足取りで歩く刹那を微笑ましく見守りつつ屋敷の中を案内してもらっている。舌足らずながらも、一生懸命に説明してくれようとしている刹那の姿には、本当に心洗われるようだった。・・・・・・もう、ロリコンでいいや、なんて思ってしまった俺を、誰が咎められようか。「そ、それでわっ、次は道場にご案内しますねっ」「お! 道場か、ええな! 俺も自由につこうてええんか?」「えーと、誰か大人の人がいれば大丈夫だと思います」む、道場は保護者同伴じゃないとダメか。明日から何処で身体鍛えようかね。その辺も、後で長に相談しておくべきだろう。―――――――と、それはさておきいい加減、話の展開に皆さん付いて来れないと思うので、これまでの経緯を少し整理しておこうか。先ほどの俺と刹那の戦闘(個人的にはそう言って遜色ないくらい洒落になってなかった)は、長と刹那のお師匠様によってあっさりお開きとなった。ていうか強制終了? 俺も刹那も、こう、手刀で延髄をズバッとね。まったく、長、というか、この世界の大人は何か、手加減ってものを知らないのか?首が取れるかと思ったぞ?で、気を失った俺達は、一時客間に運ばれて、寝かされていた。そんなに時間も掛からずに、まず俺が目を覚まし、次いで刹那も目を覚ました。刹那は起きた瞬間、再び俺に斬り掛かろうとしていたが、刹那のお師匠様だという女性に制止されて、しぶしぶといった体で一応は大人しくなった。その後、長から俺がどういった素性の者か説明を受けて、自己紹介と相成った訳だ。しかし長に説明を受けているときの刹那ときたら、顔を真っ青にしたかと思ったら、だんだん真っ赤になって、しまいには半泣きで俺に謝る始末。もう本当に持ち帰って四六時中愛でていたいくらいに愛らしかったですとも!いや、己のボキャブラリーの少なさが恨めしい。あの異常な愛らしさはきっと言葉じゃ伝わらないと思う次第なのです、はい。で、俺は刹那が斬り掛かってきたのが勘違いだと分かっていたし、何よりあんな愛くるしい生き物を起こるなんて人道に反する真似は出来そうもないのですんなり謝罪を受け入れた。そして、長の提案により、仲直りの印にと、刹那に本山の中を案内してもらう運びとなった訳だ。先ほども言った通り、普通に接していると刹那は歳相応に舌足らずで、見ていて微笑ましい。そんな感じだから、会話しているこちらも毒気を抜かれて、外見相応の言葉遣いと言うか、喋り方になってしまう。おかげで長や刹那のお師匠さんの暖かい視線が痛いこと痛いこと・・・・・・中の人、今年で26ですよ?まぁ、精神は肉体に引っ張られると言うことなのかも知れないが、何となく、自分が成長していないような気がして寂しいのは気のせいではないだろう。・・・・・・話が逸れたな。何はともあれ、刹那は最初のような険のある態度も完全に軟化し、俺を同類で同い年の男友達くらいには認識してくれたらしい。記憶にあるこのかへの接し方に比べて、大分親しげに接してくれているような気がする。もっとも、俺はこの時点での刹那がどのように暮らしてきたかは知らない。しかし、麻帆良で再会した時のこのかの印象を聞いた限りでは、この時点で自分と周囲との人間の間に壁を作っていたことが予想される。それを考えると、今の刹那の態度は随分好感触なのだろう。自分が人間でないことを気にして、このかを遠ざけている部分があったからな。俺が同じ半妖だと聞いて、親近感が湧いたのかもしれないな。心の中で、まだ見ぬ親父と、今は亡きお袋にグッジョブと言わずに入られなかった。「着きました!ここが道場です!」おっと、いろいろと回想しているうちに、いつの間にか道場についていたようだ。元気良く、右手を掲げ、ででん!とでも効果音がつきそうな感じで刹那がそう言った。「おぉ~!!流石は西日本最大の魔法組織!!道場も立派なもんや!!」その道場を見て、心から俺は簡単の言葉を漏らした。まず、広い。普通の中学校の体育館4個分はあろうかという広さだ。加えて、清掃も行き届いている。磨き上げられた松の板の目は、曇り一つなく塵や埃も一切落ちていない。何より、充実した魔法対策。ざっと見た限りでは、遮音、物理衝撃、魔法衝撃への各結界がそれぞれ何重かに敷かれているらしい。詳しく調べると、もっと多くの術式が見つかりそうだ。「ここでは、私達神鳴流の剣士も稽古するので、とても頑丈に作られてるんですよっ」少し自慢げに、そして楽しそうに微笑む刹那。なるほど。彼女には、今まで武道について語れる同年代の友人などいなかったのだろう。だから、今初めて、この道場の素晴らしさを理解できる人間に出会えた、そのことで興奮が抑えきれないのだろう。刹那の瞳は、新しい玩具を買ってもらったばかりの子供のそれに似ていた。だからだろう、そんな刹那の雰囲気に当てられたように、俺のテンションが無意味に高くなってしまったのは。「せやろうなぁ・・・・・・くぁ~~~~~!! はよぉここで身体動かしたいわ!!」実際、さっきの戦闘は不完全燃焼だったしな。かといって、ここで刹那と闘り合うつもりは流石にないけどね。次やったら多分、本当に追い出される気がするし・・・・・・。流石に長が手ずから相手してくれることは無いだろう。してもらっても勝てる気はしませんが。いや、それでもそれは面白いかもしれない。“英雄”と呼ばれる人間との勝負。それは何と魅力的なことだろう、と、そこまで考えついて我に返った。まずいな・・・・・・。小太郎の身体になってからこっち、俺はつくづく“勝負”が好きになっている。もちろん、その“勝負”というのは“戦闘”であり、即ちその技術を競い合い“敵”を倒すものである。しかしながら、村に居た頃は命の危険を伴った殺伐としたものではなく、生前から行っていた競技内での技の競い合いに近いものしか行っていなかった。生前から、俺は剣道でも試合や互角稽古と言った、戦術を競う場面を最も楽しみにしていたし、白黒きっちりつける勝負事を好む傾向にあった。だからこそ、自身の異常性に、俺は気が付くことなく、これまで生きてこれた。しかし、もう目を背けてはいられない。俺は気が付いてしまったのだから。自らの命を賭けた、混じり気無しの“勝負”こそが、己にとって、最も“愉しい”と。これは、先に俺達の前に現れるであろう、月詠と同じ性癖、即ち“戦闘狂”(バトルマニア)と称される変態の一種であるということ。・・・・・・自分で言ってて悲しくなってきたな。まぁ、それは割りと生前から理解していたことだし、今更覆すつもりも無い。むしろ武を志すものとして、その在り方は望むところだ。客観的に分析すれば、その在り方にはいくつかの欠点が付きまとうが、それも今は懸念事項足りえるほどのものでもない。当面は、この嗜好の赴くまま、己を鍛え、技を練磨していけばいい。なんて、考えながら百面相してたせいだろうか、いつの間にか、刹那が不思議そうに俺の顔を覗き込んでいた。「ああ、スマン。自分のことほったらかしてしまっとったな」「あ、い、いえっ、そうじゃなくてっ、えと、なんて言えばええんやろっ、そのっ」覗き込まれていたことに気が付いて、慌てて声をかけたら、逆に刹那が慌て始める。突然慌て始めた理由は分からないが、真っ赤になった頬っぺたと、素に戻った京弁が可愛いので良しとする。うむ、可愛いは正義。しばらくわたわたした後、ようやく落ち着きを取り戻したのか、刹那は、今度は真剣な顔で俺に尋ねた。「・・・・・・犬上さんは、何であんなに強くなれたんですか?」What?何だって? 俺が強い? いえいえご冗談を。本当に強かったら、子供に追い詰められて暴走とかしませんから。「俺は強ぉなんかないで? そんなん言うたら、桜咲のんが強いんちゃうか?」実際、初見で繰り出してきた瞬動は完璧だった。その後の戦術も、こちらの回避先を完全に読んだ上での奇襲、見事だった。俺がアレを捌けたのは、親父の太刀、という反則染みた代物を持っていたからだ、俺の実力じゃない。・・・・・・ちなみに、太刀は俺が気絶するのと同時に再び鞘に収まったそうです。長が回収してくれていました。「そんなことありません!!私の太刀は、ほとんど犬上さんに弾かれました!!あのタイミングであんなこと、お師匠さまくらいしかでけへん!!」「うそん」おう、思わず声に出ちまったぜ。いやぁ、あれ周りから見たらそんなにギリギリやったんか・・・・・・。くわばらくわばら。本当、親父様さまだな。しかし、そんなこっちの事情を知らない刹那の顔は、段々険を帯び始めていた。何だろうな、彼女の何かを渇望しているような、この表情は。台詞の後半は、興奮し過ぎて再び素に戻っていた。「あんなんマグレや。ほら、死にそうになったら出る、火事場のなんとかってな」「そんな・・・・・・ううん、せやったら、死ぬほど頑張れば、あんなんできるゆうことやんな!」「ちょちょちょっ!?ちゃうやろ!!そないなぽんぽん出せるもんとちゃうわ!!」「???そーゆー意味とちゃうん?」俺の言葉を聴いて、刹那が思案顔で恐ろしいことを口走り始めたので流石に止めた。この娘、やりかねない・・・・・・・。こらっ、そんな愛らしくきょとん、とした顔で首を傾げてもダメなものはダメです!!・・・・・・可愛いけどさっ。「・・・・・・なんでそないに強さにこだわんねん?歳考えたら、桜咲は十分強い方やで?」自分のことは棚に上げて、俺は刹那にそう問い掛けた。もちろん、俺は彼女が強く在ろうとする理由を十二分に知っていたし、そう在ろうとしていた彼女は、生前からのお気に入りの一人だ、今更、確認することも無い。しかし、それでも俺は、それを彼女の口から聞きたかったのかもしれない。その強さの理由を、決意の、固さを。俺の問いに、彼女は身を固くしていたがしばらく迷った後、俯いたまま搾り出すように、しかしはっきりと、「・・・・・・守りたい人が、おんねん」そう、告げた。それはたった一言。口にしてしまえば、何のことなど無い、唯の言葉。しかしながらその“決意”(ことば)は、俺の胸に、吸い込まれるようにして、響いていた。思わず、唇が吊り上る。なんとまぁ、青臭いものだと、自嘲する。何故、わざわざ、彼女にその理由を問うたか?だと、そんなの当の昔から知っていたではないか。俺は生前から、小太郎と成る、その前から、桜咲刹那という少女に惹かれていた。その決意に、その在り方に、その美しい、生き方に。だからこそ、その隣に立ちたいと、そう願い、俺は無意識に、彼女に問い掛けていたのだ。・・・・・・まったく、今年で26が聞いて呆れる。こんなの唯の中学生ではないか。しかし、これで俺はその資格を得るチャンスを手にした。ならば後は、それを掴まなければならない。「・・・・・・俺はな、桜咲と逆や。どうしても、ぶっ飛ばしたいヤツがおんねん」「ま、守りたいだけやと、強ぉなれへんのっ!?」「少し聞いてくれ・・・・・・けどな、桜咲の気持ち、何となくやけど分かるねん。俺は、守りたかった人、守れへんかったからな・・・・・・」「っ!?・・・・・・」燃え盛る、山間の村落。木霊する断末魔。誰よりも近しく、今は誰よりも憎い、その男。脳裏に、今も鮮明に浮かぶその光景を思い描いて、俺は刹那に語りかける。一つ、一つ、言葉を選びながら。「せやから、守るために強くなりたい。桜咲の気持ち、大事にしたらええねん。俺はそう思うんが、遅過ぎたんや」「・・・・・・けど、せやったらなんで、犬上はんはそんな強いん?」「ちゃうってゆーたやろ?俺は強ぉなんかない。もちろん、桜咲も今は、強ぉなんかない。」「・・・・・・うん」苦い表情で、しかし刹那はしっかりと、俺の言葉に頷いてみせる。そんな彼女が、本当にいじらしくて、胸が暖かくなるのを感じた。「俺も桜咲も、今は強ぉなる途中なんや。これから、強ぉなんねん」「強ぉなる・・・・・・せ、せやけど、どないしてっ?」結局、俺が具体的なことを何一つ言っていないことに気が付いて、狼狽した刹那はすぐにそう尋ねてきた。しかし、俺は尊大な態度でそれをぴしゃりと跳ね除ける。・・・・・・こ、心が痛いっ。「そんなん知らんわ。」「ええっ!? そ、そんなん、犬上はんいけずや~!!」「やかましい。俺かて、そんなん知りたいわ。せやからな、自分で見つけんねん。強ぉなる方法をな」「自分で・・・・・・?」刹那は俺の言葉に、再びきょとん、と首をかしげる。・・・・・・あーもう!!可愛いなぁ!!「せや。自分は神鳴流の稽古でも何でもしたらええ。俺もいろいろ鍛えるさかい。で、ときどきお互い、どれだけ強なったか手合わせして確かめるんや。どや?」「稽古して、手合わせして、確かめる? け、けど、せやったら、いつもお師匠さまとしとるえ?」「だあほっ。そんなんお師匠さんがぶっちぎりで強いに決まっとるやんけ。」「うっ!? そ、そうやんな・・・・・・」「せやから、俺と自分で確かめんねん。多分、今の俺らの強さは、同じくらいやしな」「そうなん? それで勝てたら、うち、強なってる?」恐る恐る問い掛ける刹那に、俺は笑って頷いた。「けど、ええん?犬上はんに付き合うてもろて?」「そんなん気にせんでえーねん。言うたやろ?俺も強ならなあかんって」「・・・・・うん。せやったね。犬上はん、うちが強なるの、手伝ってくれはる?」再び、決意に満ちた表情で、刹那は、俺にそう確認する。そう彼女が決意したのなら、俺の答えは決まってる。最上級の笑みを浮かべて、力強く俺は答えた。「当たり前や。こっちこそ、頼むで? “刹那”」「!?・・・・・・えへへっ、よろしゅう頼んますえ“小太郎”はん?」見てるこっちまで幸せになりそうな笑みを浮かべて、刹那は、その右腕を差し出してきた。その右腕をしっかりと握り返して、俺は決意を、もう一つ追加することにした。強くなる。あのクソ兄貴をぶっ飛ばせるくらい、強く。そして、守る。この花のような笑顔が、昏く曇ることのないように、守り抜いてみせる。無邪気な笑顔と、歳の割りに少し固い少女の手の温もりに、俺は今一度その在り方を誓った。皆さん、こんばんわ、お久しぶりです。さくらいらくさです。まず、まえがきから、ここまで読んでくださった皆様方に心からのお礼を申し上げたいと思います。前回の更新から打って変わって、非常に間が開いてしまったこと、大変申し訳ございません。あまりに音沙汰がないため、みなさんこう思ったことでしょう。「何?作者、また脱兎落ち?www」と、そう思わずにいられなかったに違いありません。まことに弁解しようもございません。読者の皆様の指摘にも在りました通り、作者は非常に日常を描くことを不得手としておりまして。つきましては今回この4時間目・・・・・・難産でした。ええ、難産でしたとも。しかしながら、こうやって皆様の前にお出しすることが出来ましたこと、心より嬉しく思っております。しばらく更新速度は、今回のように遅くなってしまうことが予測されますが、前回のように、皆様のご声援によって、一念発起する恐れもあります。過度な期待はせず、お待ち頂けると幸いです。さて、感想掲示板におきましては、皆様の感想、ご意見、ご要望、ご質問を随時受け付けております。皆様からのお便り、心よりお待ち申し上げております。それではまた、次回のあとがきにてお会いできること、心より祈っております。草々