およそ5分という、本来ならあり得ない速度で、俺とチビは女子寮からエヴァのログハウスまでを駆け抜けていた。……つか、チビハイスペック過ぎだろ!?本気で振り切るつもりで走ったにも関わらず、ばっちり喰らい付いてきやがって。こりゃ獣化しないともう、スピードでは俺と同等だな。もう少しデカくなったら、本格的に戦闘訓練積ませてみるのも悪くないかもしれない。学園長に渡された本にも、戦闘教練がどうのとか書いてたしな。さて、ともかく目的地に辿り着いたのだ。何気にエヴァのプレゼントは、渡す瞬間を一番楽しみにしてたものでもある。俺は渡した時の彼女がどんなリアクションをしてくれるのか、期待に胸を膨らませながら、ベルを鳴らすのだった。SIDE Chachamaru......呼び鈴が鳴ったため、料理を作る手を止めて、私は玄関口に向かいました。本日は、どなたかお見えになるような予定は入っていないのですが。新聞や牛乳の勧誘が訪れることはまずあり得ません。私は、現状を不可思議だと分析しながらも、玄関に辿り着き、その扉を開きました。「どちらさまでしょう?」そう言いながら外に出ると、そこにいたのは、良く見知った男性でした。「よっ、ご無沙汰」「小太郎さん?」小太郎さんは、私と視線が合うと、にこやかに片手を上げ、そう挨拶されました。何故か、いつもの学生服とは違う衣装、データベースと照合する限り、これはサンタクロースのコスチュームと判断されます、に身を包んで。熱源がもう一つあったため、視線を下に移すと、足元にはチビさんがぱたぱたと尻尾を振って私を見上げていました。そのチビさんも、いつもとは違い、トナカイの衣装に身を包んでいます。なるほど、恐らく今日がクリスマスだからだと推測されます。しかし、何故このログハウスに?その格好では、いつものように別荘で修業を、ということはないでしょう。私はそのまま、その疑問を口にしていました。「今日はどういった御用件でしょうか?」すると、小太郎さんは、悪戯っぽく笑みを浮かべてこう言いました。「サンタの衣装で連想されるもんは1つしかあれへんやろ?」「連想されるもの?」小太郎さんにそう言われたので、私はすぐさま、インターネットに接続し、サンタクロースに連なるワードを検索しました。「……ヒット、もっとも多い順にプレゼント、手紙、そり、トナカイなど149件のワードが該当します」「そ、そういうときは一番目だけで……ま、まぁ良えわ、ほい、これ」苦笑いを浮かべながら、小太郎さんは私に高さ40㎝、幅30㎝、奥行30㎝の桐箱をお渡しになりました。多重多角スキャン実行……該当した形状から茶器と断定。更に分析を続行……制作者、幕末京焼き三大名人が一人、青木 木米と断定。同封された封書は、鑑定書であると推測。……これは一体どういう意味でしょう?「……これとサンタクロースと、一体どのような関係が?」「今自分もプレゼントが一番サンタに関係がある言うたやろ? つまり、そういうことや」そう言って笑みを浮かべる小太郎さんそのお言葉を分析する限り、これは私に対する小太郎さんからのクリスマスプレゼントだと推測されます。一般的な包装されているプレゼントとは様相を異にしていましたが、小太郎さんがそう主張されているので間違いないでしょう。しかし、それではなおさら疑問が残ります。「私のデータによりますと、クリスマスにプレゼント贈る相手は、一般的に親から子、恋人、親しい友人、或いはそれに類する親しい間柄とあります」「まぁ、それが一般論やな」「それでは、小太郎さんから私がプレゼントを頂く理由が分かりかねます。私と小太郎さんは、先に述べた間柄、どれにも該当いたしません」もし、これがマスターへのプレゼントだと言うのなら、理解できます。クラスでも、必要以上に他人と接することを嫌うマスターが、小太郎さんといらっしゃるときは、随分楽しそうに談笑されていますから。その様子から判断する限り、マスターと小太郎さん、お二人の間柄は、親しい友人、に該当すると判断して良いと思われます。しかし、私はあくまでそのマスターの従者であり、小太郎さんと親しい間柄であるどころか、人間ですらありません。他人よりプレゼントを頂く理由は、皆無だと考えられるのですが……。そんなことを考えていると、不意に小太郎さんが、ぽん、と優しく私の頭に手を置かれました。そしてそのまま、小太郎さんは私の頭を優しく撫でます……一体、どうして?「そんな悲しいこと言わんといてくれや。まぁ俺の一方的な考えかも知れんけど、俺は十分、自分のことを友達と思とるで?」「私が、小太郎さんの友達……?」意味を図りかねて、小太郎さんの言葉を反芻する私に、小太郎さんは笑みを浮かべてくれます。「おう、いつも勝手に押しかけて来た俺に、上手い茶やったり料理やったり作ってくれて、ホンマに感謝してるで」「しかしそれは、マスターの友人をおもてなしするのが私の役目だからです。私はあくまでマスターの人形、小太郎さんに友人と呼んでいただけるような存在では……」「関係あれへんよ。人間かそうやないかなんて些末な問題や。なぁチビ?」「わんわんっ!!」小太郎さんの言葉を肯定するように、チビさんが元気良く吠えました。「自分で考えられて、誰かのために行動できる……自分には心があんねん。せやったら、十分誰かと友達になれるわ」「私に、心が……」心、というものに対する定義は、データベース上には存在しましたがどれも曖昧で、これまで私は、それが自分にあるなどと、考えたことも有りませんでした。しかし不思議と、小太郎さんの言葉は正しいのでは、と、詳しい分析もせずにそんなことを思ってしまいました。「それと、プレゼント貰たらごちゃごちゃ言わんと、笑顔でありがとう、っちゅうんが礼儀なんやで? 良ぉ覚えとき」「小太郎さん……はい、ありがとうございます。ありがたく、受け取らせて頂きます」この時、テスト以外では起動してから初めて、私は『微笑み』とう表情を浮かべて言いました。「ははっ、どういたしまして。ところで、エヴァは中におるんか?」「はい、マスターはリビングでおくつろぎに」「ほか。エヴァにも渡したいものがあんねん、ちょっと上がらせて貰ても良えか?」恐らく、小太郎さんはマスターにもプレゼントを用意してくださっているのでしょう。でしたら、断る理由はなく、マスターもそれを拒まないと考えられます。私はそう判断付けて、首を縦に振りました。「はい、ご自由に……ところで小太郎さん、今日のお夕食はどうされますか?」「夕食? あー……残念ながら、寮の連中がクリスマス会やっとるから、それに行かなあかんねん」そう言って、本当に残念そうに、小太郎さんは苦笑いを浮かべられました。同時に、駆動系の作業能率の僅かな減退を確認。これは……私も、小太郎さんが食事相席されないことを、残念と感じたということでしょうか?私はそんな疑問を感じながら、小太郎さんに言いました。「でしたら、またお時間のある時にお立ち寄りください。プレゼントのお礼に、何かお好きなものをお作りさせて頂きます」マスターの命令以外で、そのような行為を行うのは、私のプログラムに反すると考えられますが、何故でしょう、それが間違いだとは思いませんでした。そんな私の言葉に、小太郎さんはもう一度笑みを浮かべて答えられました。「おう、楽しみにしとくわ」その瞬間、作業能率の正常化、及びモーターの回転数上昇が確認されました。これは、どう言語化すれば良いのでしょう?もしやこれが……今私が感じている感情が『嬉しい』というものなのでしょうか?次回の整備でハカセにお会いしたときに、是非確認を取ることにしましょう。そう結論付けると、私はリビングに入って行く小太郎さんの後姿を見送り、作りかけていた料理を完成させるため、厨房へと戻ることにしました。SIDE Chachamaru OUT......SIDE Evangeline......突然鳴り響いた呼び鈴に、茶々丸がぱたぱたと玄関口へと向かって行った。全く、こんな日に尋ねて来るとは、一体どこの礼儀知らずだ?もっとも、自分が応対することもないため、私はリビングのソファーに腰掛け、スナック菓子を頬張っていた。12月24日。2000年前に生まれた救世主の生誕前夜など、今更祝うことにどんな意味があるというのだ。かつては自身もそれを信望する国に、家族に生まれたが、今となっては神の教えなど、毛ほども役に立たないことを思い知っている。神は、信じる者に、救いなど施しはしない。そんなものを祝う人間どもの気が、私には知れなかった。しかしながら、世間は今日、その話題で持ち切りとなっており、TV番組もそれに応じた特番ばかり。つまらん上に、気に食わないことこの上ない。さっさと寝てしまおうかとも考えたが、せっかくだ、世間の浮ついた空気に乗せられて、茶々丸に御馳走を用意させるのも悪くない。そう思って準備をさせていた矢先の来訪者。おかげで、御馳走がまた遠のいていった。腹立たしいことこの上ないな……。ちょうどスナック菓子もなくなり、やることもなくなった私は空になった袋をゴミ箱へと放り投げ、ソファーに深く身体を預けた。「随分とおもろなさそうな顔しとるな?」「わんわんっ!!」「っ!!!?」そんな瞬間に、二つの声を上から下から掛けられて、私は思わず飛び起きた。な、何だっ!? こいつら、いつの間に現れた!?ソファーに腰掛けた私を見下ろしていたのは、最近ではお馴染みと化しつつある、黒髪の駄犬だった。そして下から吠えていたのは、最近奴が使役し始めた、一匹の魔犬で、見るとぱたぱたと尻尾を振っていた。更に私を混乱させていたのは、この駄犬主従が、何故かサンタクロースとトナカイの仮装をしていたこと。私はこめかみに急な痛みを感じながら、無駄だとは思いつつも駄犬に問いかけることにした。「……貴様ら、一体ここで何をしている? それに、何だその格好は?」「ええと……つまらんそうなエヴァの顔を観察?」「わう?」「だから何で疑問系だっ!? それに、それは結果であって、ここに来た目的ではなかろう!!!?」だ、ダメだ……。やはりこいつと話していると調子が狂う。そもそもまとも会話が成り立つことすら稀ってどういうことだ?これがゆとり教育の弊害か?これだから最近のガキは……。そんな風に眉間を抑えていると、デカい方の駄犬が、不意ににっ、と無駄に健康そうな歯を見せて笑った。……な、何だ?こいつがこんな風に笑うときは、決まって碌なことが起きない。それを思い返して私が身構えると、小太郎は予想に反してこんなことを言い始めた。「つまらんそうな子供に、夢を配りに来たったねん」「は?」思わず目が点になる。何を言ってるんだ、こいつ?ついに鍛え過ぎて、脳みそまで筋肉に侵されたか?なんて考えていると、小太郎は持っていた白い袋から、その格好に似つかわしくない、えらく古風な桐箱を取り出した。これは、もしや……。「貴様、これは……」「おう、クリスマスプレゼントや」そ、それにしては、あまりに包装というか、外見がなおざり過ぎないか?しかし、冷や汗を浮かべながら、それを受け取ると、その謎は氷解した。「こ、小太郎!? この箱はっ!?」「お、気付いたか……ホンマ、恐ろしいくらいの日本通やなぁ」驚愕に目を剥く私に、苦笑いを浮かべてそういう小太郎。ど、どうやら間違いないらしい。桐箱には『青木 木米』と焼き印が押されていた。そう、京焼きの幕末三大名人とも謳われる、あの青木 木米の焼き印が。慌てて箱を開くと、中には和紙に包まれた1つの湯飲みと、一枚の紙切れが同封されいた。「まぁ焼き物には明るくあれへんねやけど、知り合いに頼んで鑑定書付きの奴を探してきてん」「な、なるほど……よ、よくもまぁ、こんな物を探し当てて来たな……」しょ、正直にこれは驚きが隠せなかった。確かに、私は趣味でこういった工芸品を蒐集しているが、名工と謳われる者の作品は、総じて一般市場に出回らない。自ら学園結界の外に出ることの敵わない私には、こういった一品物に出会う機会が全くといって良いほどないのだ。……だ、駄犬のくせに、こ洒落た真似を……。し、しかし素直に礼を言うのは照れ臭い。私は思わず、いつも通りの皮肉めいた受け答えをしていた。「ふ、ふんっ……ま、まぁ、貴様にしては、なかなかに良い選択だったと、褒めてやらんこともない」「……いらんのやったら、持って帰って質に流してまうけど?」「い、いらんとは言っておらんだろう!?」こ、この駄犬……ひ、人の足元を見おって……!!こいつとくれば、いつもそうだ!!毎度毎度、この齢ン百年の真祖、闇の福音と恐れられた大魔法使いをおちょくりおって……!!私の長い人生で、ここまで人を小馬鹿にしたのは、ナギ率いる赤き翼のメンバー以外ではこいつが初めてだ。本当に不愉快極まりない。……そうは思いながらも、最近では、こいつの行く末に、少なからず興味を抱いてしまっている自分がいるから始末に負えん。私と同じように、理不尽な暴力によって全てを喪い。復讐を誓いながらも、他を護るための力を求める。そんな矛盾を孕みながらも、その葛藤に蝕まれず、ただひたすらに前だけを見据える不思議な男。私が出来なかった選択を、当時の私よりも幼くして掴み、この私を恐れずに対等であろうとする不遜なクソガキ。しかしながら、自身の強さを過信せず、逆にそれを認め、更なる強さを求める向上心は、奴が現実をしっかりと見据えている証拠だろう。今年になって出会ったさつき同様、年齢不相応な精神力を持った男だと、そこは素直に評価してやって良い。春休みに出会ったときもそうだったように、手に余るような逆境であっても、持てる力で、何とか打破しようとあがく姿には、共感すら覚える。……だが、だからこそ、こうやって人を喰ったようなこいつの態度は、余計に気に食わん!!……そうだ、良いことを思いついたぞ。くくっ、この際だ、今まで散々おちょくられてきた礼をここで晴らしてやるとしよう。「……しかし残念だな、私はこれの礼にくれてやるようなものは一つとして持ち合わせていない」倉庫を探せばマジックアイテムの1つ2つ見つかるだろうが、私はわざとらしく、含みのある笑みを浮かべてそう言った。しかし、その続きの台詞を紡ぐよりも前に、小太郎は予想外なことを口にした。「いや、実は自分から貰いたいクリスマスプレゼントは決まってんねん」「は?」目を白黒させる私を余所に、小太郎は、再び白い袋を、ごそごそとあさり始めた。わ、私にもらいたいものって……だったら何で自分の袋をあさっているんだ?不思議に思いながらも、その光景を見つめていると、やがて小太郎は袋から一着の服を取り出した。妙にサイズの小さいその衣装は、どうやら私に合わせたサイズらしい。今夜に実に似つかわしい、赤を基調としたデザインに、裾や袖にあしらわれた白いファー。しかもワンピースタイプという異質なもので、可愛らしさを際立たさせるように、いたるところにリボンが装飾されていた。ご丁寧に、それに合わせた帽子まで用意されているということは、これは間違いなく、サンタの衣装だろう。ま、まさか、こいつ……!?「これを着てからにっこり笑て、俺に『メリークリスマスだよ、お兄ちゃん♪』て言うてほしぶるぉおあああっ!!!?」「一遍死んでこいこの駄犬がぁぁぁぁああああああっ!!!!」奴が言い切るより早く、私は奴の顔面に渾身の蹴りを見舞っていた。た、ただ着せるだけならまだしもっ、何て無茶苦茶な要求をしとるんだこの変態はっ!?「え、良え蹴りや……魔力なしにこれとは、さすが闇の福音……」頬を抑えながらよろよろと立ち上がる駄犬。ちっ、魔力さえあれば、そうそう立ち上がることも出来ないようにしてやれたのに。「ま、まぁ今のはお茶目なジョークや。ちょっとネットで見つけてエヴァに似合いそうやな思てん」気が向いたときにでも着てくれ、と、小太郎はその衣装を私に手渡した。……最初からそう言えば受け取ってやらんこともないというのに。この駄犬は、私に対して一ネタ挟まんと会話が出来ない呪いでも掛かってるのか?まぁ何はともあれ……やはりこいつは、一度教育しておいてやる必要がありそうだ。ニヤリ、と口元を歪めながら、私はその言葉を口にした。「さて、話が逸れたが……私からのクリスマスプレゼントが決まったぞ、犬上 小太郎」「へ? い、いや、俺はそんなつもりでプレゼントしてた訳やあれへんし、気にせんでも……」「まぁ、そう言うな。わざわざこんな学園都市の外れまで足を運んだんだ。少しくらい持て成すのが家主の努めというものだろう?」無論、そんなつもりは毛頭ない。考えているのは、いかにむごたらしく、このバカ犬に制裁を加えてやるかだ。かつてを思い返して、私は賞金首時代のような、いかにも悪役らしい笑みを浮かべた。「……貴様に、稽古を付けてやろう」天と地ほどの実力の差を承知で、私はそう申し出た。拒否権? そんなもの、この駄犬にくれてやる訳ないだろう?表情を凍りつかせた駄犬を、問答無用で糸を用いて拘束すると、私は一片の躊躇もなく、そのまま別荘へと放り投げた。SIDE Evangeline OUT......「……し、死ぬ」―――――どさっ……「きゃんきゃんっ!?」倒れこむと同時、獣化の解けた俺に、心配そうにチビが駆け寄って来た。え、エヴァめ……問答無用で別荘に叩きこんだかと思ったら、これまた問答無用で詠唱魔法連発しやがって……!!殆ど嬲り殺しじゃねぇかっ!?しょ、正直、ここまで実力差があったことに、ショックを禁じ得ない……。既に原作の小太郎をはるかに凌駕する力はあると自負していたんだが……やはり最強クラスは別格と言う訳か。「ふんっ、不甲斐ないな。そんな体たらくで、良くも千の呪文の男を越えるなどとほざいたものだ」御満悦の様子で、俺にすたすたと近寄って来るエヴァ様。ち、ちくせう、返す言葉も見付かられねぇよ!!俺は立ち上がる気力も残されておらず、その場にぐったりと倒れ込んだまま、近づいて来るエヴァを見上げた。「もっとも、以前よりは幾分マシにはなったようだな。魔族としての闘い方が板についてきたじゃないか?」「……そらおおきに。誰かさんが説教垂れてくれたおかげや」「……ふん、口の減らん奴だな」皮肉を言い返す俺に、エヴァはおもしろくなさそうに言い捨てた。ここまで一方的にやられたら、口でくらい言い返さないとやってられない。しかし、ここで予想外の事が起きた。起き上がることもままならない様子の俺を、しげしげと眺めると、何故かエヴァは罰の悪そうな顔をしたのだ。なして?「ま、まぁ良い。とりあえず体力が回復するまで、そこで寝ていろ……」そう言い残すと、エヴァは来た時と同じように、すたすたと屋内へ引き返して行ってしまった。い、今の表情は何だったんだろう?首を傾げながらも、俺はチビに頼んで上着を取って来てもらうことにした。別荘内は外よりも魔力が濃いこともあって、チビが上着を持って来たときには、既に起き上がれるくらいの体力は戻って来ていた。俺は身体を起こし、いそいそと上着を着込む。すると、ちょうど上着のボタンを止め終わった瞬間に、後ろに人の気配を感じた。エヴァが戻って来たのかな?そう思って振り返り、俺はものの見事に言葉を喪っていた。「……う、うそん」「なっ、何だその顔はっ!!!?」そう言って顔を真っ赤にしているエヴァ。俺の脳は、余りに想定外の出来事に対して、情報処理が追い付いていなかった。だ、だってエヴァが……あの闇の福音がっ!!!!俺の贈ったサンタコスを、恥ずかしげに着こなしていたのだからっ!!!!……な、何これ? 新手のドッキリ?つか、世界滅亡の予兆!? 完全なる世界さん仕事してるっ!!!?「か、勘違いするなよ!? こ、これは、せっかく貰ったのに、1年間もタンスの肥やしにするのはどうかと思っただけだっ!!!!」恥ずかしそうに顔を赤らめながら、そんなことを叫ぶエヴァ。……ははぁん? これは、あれだな……。恐らく、さっきの罰の悪そうな顔の理由はあれだろう『せっかくプレゼントを届けに来てくれたのに、ちょっとやり過ぎちゃったかな?』とかそんな感じだろう。エヴァはこう見えて、結構貸し借りを気にするタイプだからな。だから、俺がこの衣装を着たエヴァが見てみたいと言っていたのを思い出して、わざわざ着て来てくれたと、そう言う訳だろう。しかし……抜かったな、闇の福音。俺がその程度のお返しで、全てを水に流す程お人好しだと思ったら大間違いだっ!!光の早さで、上着のポケットから携帯を取り出すと俺は有無を言わせず、スカートの裾を握って恥ずかしそうにもじもじしているエヴァに向かってシャッターを切った。―――――カシャッおし、ナイスショット。携帯の液晶画面には、バッチリ顔を赤らめるエヴァの可愛らしい姿が納められていた。俺はそれを、またも光の速さでデータフォルダに保存し、念のため自室のパソコンへとデータを送信した。「お、おい? き、貴様、今何をした……?」「ふっ、堕ちたな、闇の福音……敵に止めを刺さず隙を見せるとは、笑止千万やっ!!!!」「どっ、どういう意味だっ!?」「今の写真は、ありがたく携帯の待ち受けにさせてもらいます」「なっ、何ぃ~~~~~っっ!!!?」驚愕に目を剥くエヴァ。ふっふっ、敵に隙を見せる方が悪いのだよ!!状況を理解したエヴァが、すぐさま俺の携帯に向かって手を伸ばす。「よこせっ!!!?」「別に構へんけど、無駄やで? もう俺の部屋のパソコンに送ってもうたもん」「ぬなっ!? あの一瞬でかっ!!!?」「現代っ子の力を甘く見たな?」ニヤリ、と不敵な笑みを浮かべる俺に、エヴァはぎりっと悔しげに歯噛みした。見たか? 俺の辞書にやられっぱなしって言葉は乗ってねぇんだよ!!あー気分良いわー……。やっぱり、からかうのは刹那か明日菜、そしてエヴァにかぎ……。―――――がしっっ「な、何やっ!?」悦に浸って高笑いしてると、いきなり何者かが俺の首に背後から飛び付いてきた。いや、犯人は一人しかいないんですがね……。「ふっ、貴様こそ、油断大敵という言葉を知らんようだな?」首だけで振り返ると、やはりそこには、目がヤヴァイ感じに血走ってるエヴァンジェリンさん(サンタコス.ver)のお姿が。し、しまったっ!? こ、このままじゃ、腹いせにチョークスリーパー、最悪首の骨をへし折られるっ!!!?……と、思ったのだが、一向に首が閉まっていく気配はなかった。な、何で? そう疑問に思っていると、エヴァ様はこんなことを言い出した。「……少し魔力を使い過ぎたからな。ここは魔力を消費させた本人に、責任持ってそれを補ってもらうのが筋だろう?」「なっ!? お、おい、まさか……!?」にぃっ、と俺が可愛く思えるくらいの悪人面で、エヴァが微笑んだ。「―――――貴様の血、最後の一滴まで絞りつくしてやる」――――――かぷっ……ぢゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっっ「ちょまっ!!!? お、音がっ!!!! 音が洒落になってへんってっっ!!!?」「私が受けた屈辱に比べれば、この程度可愛いくらいだっ!!!! ええいっ、大人しく絞り取られろ!!!! ……かぷっ」―――――ぢゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっっ暴れる俺をものともせずに、俺の首筋から血を吸い続けるエヴァ。や、ヤヴァイってっ!?こ、このままじゃ、春休みの二の舞になるっ!!!?そう思った俺は、心の底から叫んでいた。「―――――す、吸っちゃ、らめぇぇぇぇええええええええええっっっ!!!!!?」断末魔の叫びは、虚しく別荘内に反響するばかりだった。