「き、気を取り直して、次の配達先に向かうか?」「わんわんっ!!」尻尾をバタつかせて、チビが一吠えする。それじゃ、最初の予定通り、女子寮に向かうとしますかね?さっきの亜子たちみたいに、駅に向かってる途中の連中がいるかもしれないし、そっち経由で向かうとしよう。俺はチビを連れて、駅へと駆け出した。SIDE Asuna......スーパーのレジ袋を両手一杯に抱えて、私は駅への道を一人、とぼとぼと歩いていた。……ったく、何で私が買い出しなんて。せっかくのクリスマスイヴ、今年こそは、高畑先生と甘い一夜を、と思っていたのに。通り過ぎればいつも通り、私は今年も結局、高畑先生を誘うことすらできずに今日を迎えていた。どういうわけか、いつもは頭で考えるより先に、身体の方が動いてるタイプなのに、私は高畑先生のこととなると、どうにも消極的になってしまう。いい加減やになっちゃうなぁ……。「わんっ!!」「うわぁっ!?」な、何っ!?急に大きな声で吠えられて、私は思わず飛び上がった。見ると、いつの間にか足元に、トナカイの格好をした、見覚えのある黒い犬が、パタパタと尻尾を振りながら渡しを見上げていた。こ、この子、前より大分大きくなっちゃってるけど……もしかして、チビ?「ち、チビなの?」「わんわんっ!!」肯定するように、チビはその場でぴょんぴょんと跳ねた。どうやら、間違いないみたい。「ちょっと見ない内に、随分大きくなっちゃったわねぇ~~~~?」「わんわんっ!!」私がしゃがんで、頭を撫でると、チビは嬉しそうに尻尾をパタパタさせた。あははっ、デカくなっても、まだまだ子犬ね。「そういえば、小太郎は一緒じゃないの?」「わんわんっ!!」うん、何言ってるのかさっぱりだわ。こんな格好してるし、チビ一人でここまで来たってことはないんだろうけど……。そう思って周囲を見渡そうとした瞬間だった。「……ふっ」「ひ、ひゃああああああっ!!!?」な、ななななな、何っ!?急に耳に息を吹きかけられて、私はさっきとは比べ物にならないくらい大声で奇声を上げていた。ま、前にも言った気がするけど、私の知り合いにこんな馬鹿げたことする奴は、一人しかいないってのっ!!「こ、こここ、小太郎っ!! いきなり何してくれてんのよっ!!!?」「おお!? 見もせずに俺やと気付くやなんて、腕を上げたな、明日菜?」わざとらしく、驚いたような表情をして、小太郎は悪びれた風もなくそう言った。こ、こいつ……絶対泣かす!!そう思って拳に力を入れた瞬間、私は小太郎の服がいつもの学ランではないことに気が付いた。良く見たら、これサンタ服じゃない? それで、チビがトナカイの格好してたんだ・・・・・・。小太郎はご丁寧に、本物と同じように白くて大きな袋まで抱えていた。「あんた……そんな格好で何してんのよ?」私が訪ねると、小太郎は嬉しそうに、にっと笑みを浮かべた。「クリスマスイヴにサンタの格好と来たら、そりゃ一つしかあれへんやろ?」「ケーキ屋のバイト?」あ、小太郎が盛大にずっこけた。な、何よ? ふ、普通はそれ思いつかない?ま、まぁ他のバイトだって、クリスマスの近くになったらサンタの格好してるけどさ……。小太郎はよろよろと立ち上がると、苦笑いを浮かべた。「け、ケーキ屋のバイトて……あんな? サンタクロース言うたら、一番の仕事はあれやろ? プレゼント配りやんか」「ま、まぁそうだけど……それじゃあ何? あんた達、もしかしてプレゼント配ってんの?」「おう!! 今年世話んなったヤツのところを、一件一件回ってるところや!!」「わんわんっ!!」私がそう聞くと、小太郎とチビは二人揃って、誇らしげに胸を張った。ぷっ……飼い主に似るっていうけど、そんなところまで似なくても。吹き出している私を他所に、小太郎は持っていた白い袋から一つ小さなケースを取り出した。綺麗に包装されていることから、クリスマスプレゼントだろうけど……え? もしかして、それって……。「ほい、これが明日菜の分や。メリークリスマス!!」「わ、私にっ!?」だ、だって小太郎、世話になった人にって言ってなかった!?む、むしろ私は、結構迷惑掛けてた気がするんだけど!?そんな私の気持ちに気付いたのか、小太郎は優しく微笑んでこう言った。「いやいや、かなり良え竹刀袋貰てもうたしな。これはほんのお返しの気持ちや」「そ、そんなのっ、気にしなくて良かったのに……」むしろあれは、足の手当てやら、寮まで送ってくれたことに対するお礼のつもりだったのに……。……これじゃあ、またこいつに借りが出来ちゃうじゃない。けど、せっかくくれるって言ってるものを、無碍に突き返すのも気が引けるし……。私は結局、苦笑いを浮かべながら、プレゼントを受け取った。「ありがと。今開けても良いの?」「おう、自分のんは自信作や。結構驚くと思うで?」「?」どこか含みのある笑顔で言う小太郎を不思議に思いながら、私は包みを開いていった。出てきたのは、白のマグカップで、横のところには多分私のイニシャルだろう、ピンクの文字で『A・K』と書かれてた。と、いうことは……これ、もしかしてオーダーメイドっ!?け、結構値段がしたんじゃないの!?だ、だから小太郎自信作って……。目を白黒させながら、私はもう一度小太郎にお礼を言うことにした。「ほ、本当に、ありがとう……大事にするわ」「どういたしまして……けどな、驚く言うたんはプレゼントそのもののことだけやないねん」「え!?」再び驚いた私に、小太郎は自分のケータイを取り出して、その画面を突きつけた。「こっ、これってっ!!!?」今日何回目か分からない驚きに、私は目を見開いていた。「た、高畑先生と、おそろいっ!!!?」小太郎のケータイには、私がさっき小太郎から貰ったカップと、まったく同じデザインに青い文字で『TTT』と書かれたマグカップを持ち微笑む高畑先生の写メが移っていた。ど、どいうことよこれっ!!!?「実はさっきタカミチに同じマグカップ渡して来てん。そんときに撮らせてもろたんがこの写真や」「なっ!? そ、それじゃこのマグカップ、最初から高畑先生のと……」「おう、ペアカップやったもんや」「@*$#&%=~~~~~!!!?」う、嬉しさのあまり言葉が出ないっ!!!?小太郎ナイス過ぎるっ!!!!そんな私の様子に、小太郎は満足げな笑みを浮かべて続けた。「どや? これで次からそのマグカップ使うときは、ささやかやけどタカミチの恋人気分が味わえるっちゅう寸法や」「こっ、恋人気分……」ごくり、と、思わず私は唾を飲み込んでいた。……す、すげぇ!?「小太郎!! ありがとうっ!! これ、めっちゃ大切にするわっ!!」「おう!! 喜んでもらえて何よりや」「わんわんっ!!」3度目になるけど、元気良くお礼を言った私に、小太郎はそう言って笑みを浮かべ、それに同調したみたいにチビが鳴いた。すると、小太郎は白い袋の口を縛りなおして、ぱっ、と軽く右手を上げた。「そんじゃ、まだ回るとこがあるから、俺はこれで。タカミチのこと、応援してるで」そう言って、颯爽と立ち去ろうとする小太郎。私は思わず、その肩をがしっ、とつかんでいた。「な、何や!?」「……あ、あのさ、小太郎……もう一つお願いがあるんだけど……」「お、お願い?」「……さっきの高畑先生の画像、ケータイに送ってくれない?」「…………」こうして、私は小太郎から、ここ数年で一番素敵なクリスマスプレゼントを、2つも入手したのだった。……よしっ、来年こそは、高畑先生を振り向かせて見せるぞーーーーっ!!!!SIDE Asuna OUT......…………あ、焦った。立ち去ろうとしたら、いきなり咸卦法でも使ってるんじゃないか、って握力で肩を掴まれるんだもんな。いや、しかし喜んでもらえたようで何よりだ。彼女には、下手に高価なものを贈るより、こうしてタカミチを絡めた方が喜ばれるだろうという俺の読みは当たりだったらしい。今年は残念ながら、タカミチをデートに誘うことすら出来なかったようだが、何慌てることは無いだろう。マグカップと携帯を抱きしめて、嬉しそうに笑みを浮かべる明日菜を見ながら、彼女が幸せになれるよう、俺はこれからも影ながら応援していこうと、改めて誓った。さて、明日菜と別れてから、俺はチビと一緒に女子寮へと向かっていた。本来なら電車に乗るところだが、チビは電車に連れて行けないからな。瞬動を使いつつ、俺達は信じられないような速度で女子寮へ向かっている。一番信じられないのは、チビがいつの間にやら瞬動術を使えるようになってたことだけどな。俺が時々使ってたのを見て、いつの間にか覚えてたらしい。この分だと、その内俺の手合わせの相手もしてくれるようになりそうだな……。なんて、考えながら走っていると。『わおーんっ!! わおーんっ!!』「お?」突然携帯が鳴った。足を止め、ポケットから携帯を取り出すと、液晶表示には『高音・D・グッドマン』と表示されていた。何だろう?もちろん彼女にもプレゼントを渡しに行くつもりだったが、驚く顔を見たくて、事前には何も知らせていない。俺は首を傾げながらも、徐に通話ボタンを押した。「もしもし?」『あ、もしもし、小太郎さんですか? お久しぶりです』電話から、いつも通り、丁寧な物腰で話す高音の声が響いて来た。「おう、久しぶりやな。ところで、どないしたん?」『いえ、大した用事ではないのですが……今、何かされていますか?』「今? ああ、これからちょうど女子寮に行くところやけど?」俺がそう言うと、高音が意外そうな声を上げた。『けれど、それならちょうど良かったです。渡したいものがありますので、寮に着いたらまたご連絡ください』「おう、分かった。ほんなら、また後でな」『はい、失礼します』最後まで丁寧に挨拶をして、高音は通話を切った。渡したいものって……これは、ひょっとするかもな。亜子達のとき同様、あまり相手からプレゼントが貰えると期待はしていなかったんだが。俺は期待に胸を膨らませながら、女子寮へ向かう足を、更に速めるのだった。SIDE Takane......到着の知らせを受けて、私はぱたぱたと学生寮の階段を降りていました。彼はきっと少しくらい待たされても何とも思わないでしょうが、やはり少しでもお待たせするのは気が引けます。手にはしっかりと、この日のために用意したプレゼントを握りしめて、私は彼の喜ぶ顔を思い浮かべながら顔を綻ばせました。6月から9月までの短い間でしたが、彼に操影術を指南した3ヶ月は、私の目指す偉大なる魔法使いへの道に、大きな道筋を示してくれたように感じています。最初に彼のことを知ったのは、3月の終わりがけ。緊急で開かれた魔法先生、生徒の集会で、学園長より伺った衝撃的なお話。小学校を卒業したての、一人の魔法生徒が、こともあろうに、かの闇の福音を護り、東洋の名のある妖怪を討伐したという、おとぎ話のような英雄譚。かの英雄、千の呪文の男とともに大戦を戦った、高畑先生までもが太鼓判を押すその方は、実際にお会いすると、伺っていた以上に素晴らしい方でした。その方の名は、犬上 小太郎さん。人狼と人間の間に生まれたハーフである彼は、きっとこれまで辛い人生を送って来たに違いありません。しかし彼は、それを感じさせない明るさと、そして強さ、優しさを持った、とても年下だなんて思えないほどの人物でした。確かに、操影術を指南したのは私でしたが、それ以上に、彼の生き様が私に教えてくれたことは、とても多かったように私は感じています。とれだけ過酷な状況に追い詰められても、前だけを向き、自分に持てる全てを賭して、意地でも一歩を踏み出そうとする、心の強さ。どんな者に対しても、その手を差し伸べることを厭わず、そして、その者を必ず救って見せようとする、心の優しさ。それは奇しくも、私が理想とする、偉大なる魔法使いの姿、それに相違ありませんでした。自分よりも幼くしてそれを持つ彼に、私はとても多くのことを学ばせて貰いました。だから今日は、そのお礼をするのに、うってつけのイベントだと言えます。勢い良く寮の扉を開いて、私は彼が待つ門へと駆けて行きます。目当ての人影は、門のすぐ傍らで白い息を付きながら待っていてくれました。「すみません小太郎さん、お待たせしま……」そう言いかけて、私は思わず固まってしまいました。だって、今日の彼の格好はいつもとあまりに違っていたから。上下赤の衣装に、同じような帽子。それは見紛うことなく、このイベントには欠かせない人物、サンタクロースだったのですから。「おう、高音。早かったな」驚きを隠せない私に、小太郎さんは何でもないように挨拶をしてくれました。「い、いえ、お待たせしてすみません……と、ところで、その格好は一体?」「見ての通り、サンタクロースや」「わんっ!!」似合うやろ? と楽しげに笑う彼の傍らで、一匹の黒い犬が吠えました。良く見ると、その犬は小太郎さんと合わせたかのように、トナカイの衣装に身を包んでいます。それに、普通の犬とはあまりにかけ離れた毛色と魔力。魔犬の類には間違いないのでしょうが、もしやこの犬は……。「小太郎さん、もしやそちらのワンちゃんは……」「おお、そういや高音は初めてやったな。俺の使い魔のチビや、よろしゅうな」「わんわんっ!!」小太郎さんが紹介してくれると、チビさんはそれに合わせてぴょんぴょんと、その場で跳ねました。ふふっ、飼い主に似て、とても元気の良いワンちゃんみたいですね。私は気を取り直して、準備していたプレゼントを小太郎さんに手渡すことにしました。「はい、小太郎さん。お渡ししたかった物は、こちらです」「お、おおきに……これってやっぱり、その……」「ええ、クリスマスプレゼントです」恐る恐る尋ねられた小太郎さんに、私は笑顔でそう言いました。すると小太郎さんは、嬉しそうに顔を綻ばせて、持っていた白い袋から、私が渡した物と同じくらいの大きさの箱を取り出しました。も、もしかして、これは……。「ほい、俺からも、高音にプレゼントや」メリークリスマス、と小太郎さんは悪戯っぽい笑みを浮かべて、私にその箱を差し出してくれます。お、驚きました。彼を驚かせるつもりが、逆に驚かせてしまうなんて……やっぱり彼には敵いませんね。「よ、よろしいんですか?」「当たり前や。今年は操影術のことやら、夏休みの襲撃事件やらでお世話になったしな。せめてものお礼やと思ってくれ」お礼だなんて、本当に義理堅く、素晴らしい方ですね。私ははにかみ笑いを浮かべながら、小太郎さんのプレゼントを受け取りました。「ありがとうございます。あの、開けてもよろしいですか?」「おう、気に言って貰えると良えんやけど。こっちも開けて良え?」「はい、どうぞ」私たちはお互いに確認を取ると、いそいそと包みを剥がして、互いのプレゼントを確認しました。「おお、ネックレス……やけど、これ良く見たら護符やんな?」「はい、持続型の魔力障壁発生媒体です。魔法の射手10本くらいなら、ほぼ通さない優れ物、だそうです」私のプレゼントは、ミスリル製のシルバークロスです。説明の通り、魔法防御いわゆるレジストの魔法が掛ったマジックアイテムですが。彼は実践に出ることが多いようですので、少しでも彼の身を護って頂ければと、そう思い、本国の知り合いに頼んで送って頂いた品物になります。それを嬉しそうに見つめて、小太郎さんはマフラーを取ると、すぐにそれを身に付けられました。「どや? 似合うてる?」「はい、とても」「ははっ、おおきに、大切に使わせてもらうな?」小太郎さんの言葉に笑顔で頷いてから、私は自分が受け取ったプレゼントの箱を開きました。そこに入っていたのは、一本の白い杖でした。恐らく魔法媒体でしょう、一見すると木製にも見えますが、これは良く見ると植物ではないようです。これは……象牙、でしょうか? いえ、少し違う様な気もします。螺旋状に入った独特の模様と、私と契約をした訳でもないのに、既に魔力を放っているという不思議な雰囲気は、象牙にはない特徴でした。も、もしかして、どことない、この神聖な雰囲気は……。「こ、これはもしや……角獣の角から?」「さすが高音。察しの通りユニコーンの角から切り出した一品モノのステッキや」「っっ!!!?」思わず息を飲んでしまう私。だ、だって当然でしょう!?ユニコーンと言えば、魔法世界でさえ滅多にお目に掛かれない神獣ですよ!?そ、その角から切り出した杖だなんてっ!!!?い、いったいどれほどの値打ちが付くか……想像しただけで寒気がっ!!!?「こっ、こんな高価なものっ、頂けませんっ!!」「ああ、料金のことは気にせんでも良えねん。それ、某ぬらりひょんが死蔵しとったん掘り出したやつやさかい」「し、死蔵!? こ、コレクションとしておくならまだしもっ、死蔵って、しまいこんでいたんですかっ!?」こ、こんな素晴らしい品物をっ!?「ああ、何でも人から貰たは良かったけど、自分とは相性があわへんかったらしくてな。まぁ見るからに邪悪やもんなぁ、あのぬらりひょん」「そ、そうなんですか? と、ところで、そのぬらりひょんとは一体……?」「……まぁ気にせんのが吉やな。ともかくそいつは、俺がその妖怪の個人的な依頼を受けたときの対価として貰たもんや。せやから料金は自分が思ったほど掛かってへんねん」だから遠慮せず受け取って欲しい、と小太郎さんは困ったように笑っていた。……そんな風に言われてしまっては、こちらが引き下がるしかないではないですか。私は、頂いた杖をきゅっ、と抱きしめて、小太郎さんに心からの笑顔を浮かべて言いました。「ありがとうございます、小太郎さん。この杖は、一生大切に使わせて頂きますね」この杖を持っただけで、何だか偉大なる魔法使いに近付けた気さえしながら、私は小太郎さんにもう一度お礼を言いました。すると、小太郎さんは満足げな笑みを浮かべてこう言ってくれました。「おう、こっちこそ、こんな良えもん貰て、ホンマにおおきに」これで、戦闘中にちょっと無茶しても平気だ、なんて、冗談めかして言う小太郎さん。私はそんな彼の物言いに、思わず吹き出してしまいました。そんなときです。「……随分と楽しそうですね?」「……コタ君、鼻の下伸びてるえ?」聞き覚えのある声に振り返ると、そこには見覚えのある二人が、とても不機嫌そうに私たちのことを見ていました。……なるほど、そう言えば、以前お会いしたとき、このお二人は小太郎さんに想いを寄せている節がありましたね。私は苦笑いを浮かべながら、何て弁明したものだろうと考えていました。SIDE Takane OUT......SIDE Setsuna......お嬢様に言われて、グッドマン先輩の後を追ってみて良かった。どうやら、お嬢様の考えは見事的中だったらしい。女子寮の門の前で、楽しそうに談笑する二人の姿は、非常に微笑ましくあったが、私たち二人の胸中は穏やかではなかった。かと言って、ここで二人の間に割って入るのは、余りにも不躾だと思い、二人の話が終わるまで待つことにした私たちだったのだが。グッドマン先輩が、小太郎さんから貰ったと思しき杖を愛おしそうに抱き締めたところで、我慢の限界に達した。「……あかんわせっちゃん、ウチ、もう我慢の限界」「……ええ、私も同じことを考えていました」二人して、小太郎さん達の元へと歩き始める。もちろん私達に、今の小太郎さんがどの女の方と楽しそうに談笑していようと、それを止める権利などありはしない。それは分かっていた。しかし、誰よりも彼と一緒にいたのは私だという自負が、そして何より私の彼への想いが、それを是とはしてくれなかった。きっとお嬢様も同じ思いだったのだろう。夏休みに起きた、小太郎さんのお兄さんによる、お嬢様を狙った襲撃事件。あの直後に、お嬢様から聞かされた、小太郎さんの胸の内。お兄さんとの因縁を清算しなければ、恋愛なんてすることが出来ないという、彼の想い。それはきっと、彼の本心だろう。いつもふざけたように振る舞ってはいるが、根は実直な彼のことだ、それは間違いない。だからこそ、私とお嬢様は、彼がその本願を成就するまで、この想いは、胸に秘めておくと誓った。しかし、だからこそ、今出来ることは、全て後悔のないようやっておかねばならない。即ち、彼にこれ以上女性を魅了させる訳にはいかないのだ。せ、先日の神楽坂さんの一件と言い、春休みの和泉さんたちと言い……最近ではエヴァンジェリンさんも危ない気がしてきたし。最近は、稽古を付けてくれる刀子さんまでも、何かと小太郎さんのことを聞いてくるようにもなっていた。確か担任だと言っていたし……と、刀子さんに限って、教え子に手を出すようなことはないと思うが……。……い、いやしかし、再婚を焦っているという話も聞くし、ま、まさか……。と、ともかく!!もうこれ以上、小太郎さんに女の影を落とす訳にはいかなかった。私たちが声を掛けると、二人は驚いた顔で振り返り、小太郎さんは目を白黒させ、グッドマン先輩は、苦笑いを浮かべていた。「え、ええと……そ、それでは小太郎さん、私はこれで……」プレゼント、本当にありがとうございました、と言い残して、グッドマン先輩はそそくさと去って行った。残された小太郎さんは、いよいよ事態がつかめないようで、目を白黒とさせたままだった。「コタ君、高音先輩にプレゼントあげたんや?」お嬢様が、唇を尖らせて、拗ねたような口調で小太郎さんにそう問いかける。そういう表情も新鮮で可愛い……ではなくっ!! そう、今の問題はそこなのだ!!私にプレゼントがなくても、この際それは良い。しかし、お嬢様も貰っていないのに、グッドマン先輩にはきちんとプレゼントを用意しているというのは、看過出来る事態ではない。しかも丁寧にサンタクロースの格好までして、使い魔にトナカイの衣装まで着せるという徹底ぶりで。……や、やはりスタイルの問題?そ、そんなんウチに勝ち目ないやんっ!?と、焦る私だったが、木乃香お嬢様に対する、小太郎さんの返答は、予想外のものだった。「おう、自分らにもちゃんと用意して来たで?」兄貴のことでは迷惑掛けたしな、と小太郎さんは笑みを浮かべて、持っていた袋から、小さな包みを二つ取り出した。え? え!? ほ、ホンマにっ!?余りに予想外だったため、逆に目を見開いてまう私。隣に視線を移すと、お嬢様も同じように固まってしまっていた。そんな私達に、小太郎さんは先程グッドマン先輩に浮かべていたのと同じような笑みで、私たちにそれぞれその包みを手渡してくれた。おずおずと、それを受け取る私とお嬢様。思っても見なかったことに、正直、胸は幸せで一杯だった。こ、小太郎はん……ちゃんとウチらにも用意しといてくれたんや……。そう思うと、身勝手にヤキモチを焼いていた自分が、どうしようもなく情けなく感じる。隣のお嬢様も同じことを考えていたのだろう、罰の悪そうな表情を浮かべていた。「……こ、コタ君、ホンマありがとうな。え、えと、これ、中身見ても良え?」「おう、自分らのために用意したもんやからな。刹那も是非開けて見てくれ」「は、はいっ!! あ、あの、ありがとうございます」手をひらひらと振って、小太郎さんは優しい笑みを浮かべてくれた。慌てて、しかし丁寧に、私は手渡された包みを開く、そこに入っていたのは、白い髪飾りだった。あまりこういう装飾品には詳しくないのだが、確かこれは、バレッタと呼ばれる髪留めだったはず。お嬢様は何を貰ったのだろう……そう思って隣を見てみると、お嬢様の包みに入っていたのは、私の物と色違い、薄桃色のバレッタだった。しかしこのバレッタ、よくよく見ると不思議なこと気が付いた。白い飾りの裏には、髪を纏めるための機構が付いているのだが、そこには1つの鈴かくっついていた。しかしこの鈴、どれだけ振ってもならない。位置的に装飾ということはないだろう……もしかして、壊れてる?そんな考えがよぎった時、私に変わってお嬢様がその疑問を口にしてくれた。「コタ君、この鈴鳴れへんよぉ!?」「ああ、そういう仕様や。鳴るんは、自分と刹那、どっちかに危険が迫ったときだけやさかい」「へ?」小太郎さんの言葉に、お嬢様は不思議そうな顔を浮かべた。なるほど、所謂警鐘というわけだ。一見すると分からないが、これは鳴子に似たマジックアイテムだということだろう。もし私がお嬢様の傍にいないとき、お嬢様に危機が迫ると、この鈴が鳴ってそれを知らせてくれる。なかなかに便利な品だと思う。お嬢様が身につけてもおかしくないよう、可愛らしい髪飾りの形をしているところに、小太郎さんの細やかな配慮が伺える……本当、小太郎はんには敵わへん。改めて、そう感じさせられた。私とお嬢様は、心からの笑顔を浮かべて、小太郎さんにもう一度お礼を言った。「ホンマおおきに、コタ君。大事に付けさせてもらうわ」「私も、本当にありがとうございます、小太郎さん」「いえいえ、喜んでもらえたみたいで嬉しいわ」そう言って、小太郎さんは本当に嬉しそうに笑みを浮かべた。となれば……次は私たちの番ですね?そう思ってお嬢様の顔を伺うと、お嬢様は悪戯っぽい笑みを浮かべて、鞄からそれを取り出した。「はい、コタ君。ウチとせっちゃんから、メリークリスマスや」「マジでか!? お、おおきに……いやぁ、今日はあれやな、一生分の幸運を使い果たしてる気さえするな」そんな大げさななことを言いながらも、小太郎さんはやはり笑顔で、お嬢様の差し出した包みを受け取ってくれた。「どうぞ、開けてみてください」私が促すと、小太郎さんは早速、その包みを開き、中を覗きこんだ。「お? 1つやないんか? ……えーと、まずこれは……グローブ?」小太郎さんが最初に取り出したのは、黒い革製のフィンガーレスグローブだった。「それはお嬢様の案で、私が真名に頼んで手配してもらったものです」「……これ、ただの皮とちゃうな? ……もしかして、黒龍?」さすが小太郎さん、見ただけでそれを看破するとは。私は笑顔でその言葉に頷いた。「良えんか!? これ相当値が張ったんとちゃうんか!?」「いえ、恐らく小太郎さんが思ってらっしゃるほどはかかってませんよ?」実はこれ、型落ちして、魔法世界の貿易会社に死蔵されていたものを、真名がたまたま見つけてくれたものだったりする。そこで、どうせなら良いものを、ということでお嬢様とお金を出し合って購入したものなのだ。黒龍の皮は伸縮性に富み、抗魔力も高い。恐らくこれなら、小太郎さんが獣化状態になってもはち切れたりすることはないだろう。私の言葉に安心したのか、小太郎さんは早速、グローブを手にはめて、その感触を確かめていた。「何というフィット感……これなら何万本でも素振り出来そうやわ」「そ、それは勘弁してな?」無茶なことを言い出した小太郎さんに、お嬢様が冷や汗を浮かべながらそう言った。続いて小太郎さんは、残っていた2つのプレゼントの内、私が用意した物を取り出してくれた。「これは符やな……つーことは刹那お手製やろうけど、転移符とはちゃうな?」不思議そうに符を見つめる小太郎さんに、私は笑顔で解答を示した。「それは召喚符です」「召喚符? 何が呼び出せるんや?」「私です」「は?」私の返答が予想外だったのか、目を丸くする小太郎さん。仕方なく、私はそれを贈った理由を、細かく小太郎さんに説明することにした。「夏休みのように、小太郎さんに何らかの危険が迫った場合、私があのようにタイミング良く駆け付けられる保証はありませんよね?」「ま、まぁ、それはそうやんな」「そこで召喚符の出番です。それさえあれば、小太郎さんの意思一つで、私を呼び出すことが出来る訳です」「な、なるほど……ピンチになった時のお助け用アイテムっちゅうわけやな?」「そういうことです」納得してくれたらしい、小太郎さんはもう一度符を見つめながら、しきりに頷いていた。「コタ君、コタ君、ウチが用意したんも見たって」待ち切れないという風に、お嬢様がそんなことを言い出した。小太郎さんは、そんなお嬢様の様子に苦笑いを浮かべながら、最後のプレゼントを袋から取り出そうとした。そういえば、何を入れたのか、私もまだ聞かされていなかった。小太郎さんがそれを取り出すのを、私も若干楽しみにしながら、その瞬間を待った。すると、中から出て来たのは、3枚つづりになった、チケットのような紙切れだった。あ、あれは一体?私と同じように、不思議そうな顔を浮かべながら、小太郎さんは、そこに記された文字を読み上げた。「……コタ君専用、木乃香・何でも券……って、はぁっ!?」「はぁっ!?」二人して、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。こ、ここここ、このちゃんっっ!!!?な、何でも券て、何でも券てっ!!!?一体何を考えとるんっ!!!?そんな私たちの焦りも知らず、お嬢様はいつも通りの、ほにゃっ、とした笑みを浮かべたまま、その券の説明を始めた。「ウチはせっちゃんみたいに魔法が使えへんから、せやから、ウチに出来ることやったら、3回まで何でもお手伝いしてあげるえ?」「な、何でも……?」「うん、何でもや♪ お料理でもお洗濯でもお掃除でも……そ・れ・に、もっと凄いことも♪」「こ、、このちゃっ……!!!? お、お嬢様ーーーーーっ!!!?」じょ、冗談なのか本気なのか全く分からない!?こ、小太郎さんに限って、そんな変なことに使うとは思えないが……。ちら、と横目で小太郎さんの様子を盗み見る、すると……。「……す、凄い、こと……!?」はいアウトーーーーーっ!!!!な、何ですか!? うわ言のように呟いて、鼻抑えないでくださいっ!!!?私は、がっ、と小太郎さんの両肩をつかみ、ドスの利いた声でしっかりと言い聞かせた。「……良いですか小太郎さん? 分かってると思いますが、く・れ・ぐ・れ・も!! お嬢様に変なことをお願いしないように!! ……もしそんなことをすれば……」小太郎さんの肩から手を離し、夕凪の柄に手を掛ける。慌てて小太郎さんが両手を振った。「しませんっ!! しませんっ!!!! 天地神明に誓うて、木乃香に変なことなんて要求しませんっ!!!!」……ふぅ、ここまでしておけば、流石に変なことは頼まないだろう。「えー……ウチ、別にコタ君にやったら構へのにぃ……」残念そうに呟いたお嬢様に、私はもう一度頭を抱えるのだった。SIDE Setsuna OUT......クリスマスパーティの準備があるという、木乃香と刹那に分かれを告げて、俺は女子寮を後にした。しっかし……さすが木乃香さん、俺には出来ないことをさらりとやってくれる。……まぁシビれないし、憧れないけどね。下手なことに使って、刹那に尻尾をちょん切られるのは勘弁だ。さて、これで残すところ、プレゼントはあと3つだ。夜は男子寮のクリスマスパーティもあるし、何とかそれまでには間に合わせないとな。「よっしゃ、チビ、次の目的地まで競争と行こうやないかい?」「わんわんっ!!」望むところだ、とばかりに、チビが威勢良く吠えた。俺はそれを満足げに見つめて、両足に力を込める。「ほな行くで? 位置について、よーい……どんっ!!」「わんわんっ!!」イルミネーションに彩られた並木通りを俺たちは再び二人して、全力で駆け出した。