気が付くと、俺は見知らぬ部屋に寝かされていた。どことなく気品溢れる和風建築。鼻腔をくすぐる藺草の香りが、その気品が本物であることを再認識させる。いったいここはどこだ?俺は燃え盛る村で、意識を手放した筈だ。それが、室内で目覚めたということは、何者かが、俺を保護、或いは監禁したということ。原作知識から、思い当たる人物は何人かいるが、まったく見知らぬ人物に保護された可能性も捨てきれない。“修学旅行編”天ヶ崎 千草に雇われていた経緯を考えれば、そこまで悪意ある人物に拾われた可能性は低いが、だからといって善人に拾われている可能性も高くは無い。もっとも、俺があの「太刀」を受け取った時点で、多少なり歴史に歪みが生じている可能性もある。原作通りにことが進むと、そう決め付けるのは軽率だろう。そこまで考えて、俺は重要なことに気が付いた。父の牙が見当たらない。見渡す限り、この室内のどこにも、それらしきものは見当たらない。原作の小太郎が、何も得物を持っていなかったことを考えると、さして重要な品には思えない。しかし、あの太刀は、母の形見であり、父の顔すら知らぬ俺にとって、唯一親子の絆と呼べる品なのだ。ここで失っていい代物ではない。「探し物はこの太刀でしょうか?」必死になって部屋を引っ掻き回していると、不意に声を掛けられた。気が動転して、周囲に対して注意が散漫になっていたようだ。ここまでの接近を許してしまうなんて。もっとも、それは、この男が一流であることの裏返しでもある。獣の血が流れる俺に、気配を察知させないほどに、気を抑えることが出来ているのだから。それはさておき、どうやらこの男、俺の太刀を所持しているらしい。その真偽を確かめるため、俺はゆっくりと振り返り、絶句した。そこに立っていたのは、俺の拾い主としては、もっとも想定外の人物。いや、小太郎が近衛の総本山にいた時点で、何らかの接点があることは明白だった。それでも、恐らく原作では、このような形では出会っていなかっただろう。既に、シナリオは俺の予想を離れ、紡ぎ出されているのだ。開け放たれた襖。そこから覗く廊下に、黒い鉄拵の鞘に収まった2尺7寸の太刀を携え、穏やかな笑みを湛え、その男は立っていた。関西呪術協会会長にして、サムライマスター。二界にその名を轟かせた、紅き翼がその一人。日本において、間違いなく5指に数えられる、最強の一角。近衛 詠春。その人だった。「どうやら大切なもののようですね。 私には抜くことすら叶いませんでしたが」そう言って、西の長は、躊躇うことなく、俺に太刀を手渡した。・・・・・・こいつ、正気か? いくら子供とはいえ、正体不明の半妖に得物を渡すなんて。サムライマスターの名が聞いて呆れる。そんな俺の考えを見透かしてか、彼は苦笑いとともに告げる。「これでも人を見る眼はあるつもりですよ? 君は一宿の恩を仇で返すような人間ではない、そう思ったんですが」違いますか、と、西の長は念を押した。・・・・・・前言撤回。この男、とんだ食わせ物だ。そんなに風に言われては、こっちは手を上げざる終えない。しかも、さりげなく恩を売っている辺りが、余計に性質が悪い。「・・・・・・助けてくれたことには、礼を言っとくわ。おおきに」今気が付いたことだが、俺の腹部には丁寧に包帯が巻かれており、何者かに手当てされた形跡があった。それも含めて、俺は頭を下げた。そんな様子を見てか、今度は含みの無い笑いを漏らして、長が言う。「ふふっ・・・・・・思った通り。君はなかなかにまっすぐな性根を持っているようだ」「褒めても何もでぇへんで? んで、あんた何者や? ここはどこや? 何で俺を助けた?」矢継ぎ早に質問を投げかけると、今度は困ったように苦笑いして長は言った。「そう慌てないでください。私は関西呪術協会、その長を務める、近衛詠春という者です、そしてここはその総本山」「近衛詠春て、サムライマスターかいなっ!?」一応、驚いておく。向こうにしてみれば、こちらは何も知らない半妖の子供だ。下手に落ち着き払っているよりは、オーバーに驚いて見せた方が、怪しまれずに済む。そう思ってのリアクションだったのだが、流石にオーバー過ぎたか?「そのように呼ぶ者もいますが、私としてはその名は返上したつもりです。寄る年波には勝てなくて・・・・・・」・・・・・・おーけー。怪しまれてない。というより、この長、本当に大丈夫か?一組織の首魁にしては人が好過ぎないか?おかげさまで、あの虐殺からこっち、シリアスモードになってた頭がようやく、持ち前のペースに戻ってきたが。そんな呆れはおくびにも出さずに、俺は努めて冷静に話を繋げた。「・・・・・・本物かいな。何でそないな大モンがいきなり出てくるんや?」「それに関しては、運命の悪戯とでも言いましょうか、私が君を拾ったのは、ただの偶然です」しれっ、と、本当に何でもないことのように言ってのけた長に、俺は少し頭にきた。何処を、如何すれば、あの惨劇の村に偶然居合わせ、偶然俺を拾うというのだ。何より、あの死臭立ち込めた世界で、多くの屍を見捨て生き残った俺の命が、ただの偶然だと言われたことに腹が立った。死した者の命を、軽んじられたように感じて。怒気を隠そうともしない俺に、少し慌てたように、長は繕った。「そもそも、私は現場に立ち合わせた訳ではありません。陰気の異常な上昇を感じて、調査に向かった者からの報告を受けただけですから」それを聞いて、ようやく得心がいった。彼はあの地獄を直接目の当たりにしたわけではないらしい。もちろん、紅き翼時代には、その程度の惨事、いくらでも経験してきたことだろう。だからこそか、俺の幼稚な怒りに、彼は何も言わず話を続けた。「私は、保護された半妖の子供、という情報に興味を抱いて、君に会いに来ただけに過ぎません。言ってしまえば、個人的な感情というやつですね」「半妖なんて、そんな珍しいもんとちゃうやろ? 何でわざわざ、西の長自ら会いにくんねや?」彼が、わざわざ俺に会いに来た理由が、本当に個人的な感情だったとして。それでもなお、何故彼が俺にそこまでの興味を抱くのか、という疑問が残る。桜咲 刹那の存在も考えると、この長にとって半妖は、たいして珍しいものではないと考えられる。他の個人的な感情で思いつくことといえば・・・・・・ガチホモフラグとかじゃないよね? それだけはマジで勘弁してください!「何やら、多大な誤解をされているように感じるのですが・・・・・・」「・・・・・・気のせいや。んで、結局俺を拾った理由ってなんなんや? 奥歯に物が引っかかったみたいに言わんと、はよ教ぇや」俺の思考を感じてか、冷や汗を流していた長。俺が先を促したことで、その表情は一変する。その真剣な眼差しは、彼が英雄たることを雄弁に語っていた。「・・・・・・君が眠っている間に、いろいろと調べさせていただきました。失礼を承知であなたの記憶も覗かせていただきました」記憶、という言葉に、一瞬心拍数が跳ねた。原作知識について、知られてしまったのではないか、と、そう懸念した。しかし、それに関しては随分前に答えは出ている。まだ母が存命だった頃に、リスク覚悟で何度か俺の記憶を覗いて貰ったことがあるのだ。その際、原作知識に関しての記憶、或いは俺の前世に関しての記憶は、一切垣間見ることは出来なかったらしい。かなり婉曲な質問だったが、母に対して、数十回に渡り検証してきた結果なので間違いないだろう。それでも、身構えてしまうのは、小心者の悲しい性である。「すみません。やはり気分が良いものではありませんよね。しかし、一組織を預かる者として、抱える物の危険性を推し量る必要があったのです」どうかご理解ください、と、長は深々と頭を下げた。オーケー、俺の反応を良い方向に勘違いしてくれたらしい。もうその方向でいいから、さっさと話を進めてくれ。「別に構へん。んで、覗いた結果、あんたは俺を如何したいんや?」「結論から言うと、しばらくはこの本山で暮らしていただこうかと思います」「は?」今、何とおっしゃいましたか?この本山で暮らせ?Why?いや、確かに見た目8歳だし、半妖だし監視付きの軟禁生活とかは全然予測してましたよ。しかし、だからといって、本山の中にいろなんて言われるとは、誰が予想し得るだろうか。別に本山の中で暮らすことに不満があるわけではない。武術・剣術や呪術の知識を得る上では、恐らくこれ以上の環境は用意できない。そういった意味では、長の提示した内容は、願ってもない、美味しい話だった。もちろん、何の理由もなしに、英雄の一人、サムライマスターがそんなことを言い始めるとは思えない。だからこそ、この美味しい話には何か、裏がある。そう結論付けて、俺は長に先を促した。「・・・・・・ええんか? 俺みたいな半端者をこんなところにおらせて?」そう続けた俺を、長は感心したように見つめて言葉を繋ぐ。「・・・・・・やはり、年の割には良く頭が回る。確かに君の言う通り、反発する者も出てくるでしょう。表向きは監視のためとさせていただきます」窮屈な思いをさせてしまい、すみません、と本当に申し訳なさそうに、長は再び頭を下げた。・・・・・・いや、このおっさんマジでイイ人だわ。普通、8歳のガキ相手にここまで真摯に対応するか?まぁ、俺の記憶を覗いて、俺の精神年齢が並の8歳と同等ではないことを踏まえての対応だろうが。それにしても、ここまで丁寧だと本当、疑って掛かってることが、むしろ申し訳なくなるね。ごめんね。けど、あんたの目的が分かるまでは、気を抜いてはいけないって、俺のゴーストが囁くんだよ。だからさっさと結論を言え!!「で、俺を保護する条件は何や?」「いえ、何も危険なこと押し付けようなどとは思っていませんよ。・・・・・・ただ、友達になってほしいのです」「HA?」おい・・・・・・いま、この男、なんつった?『友達になってほしいのです』とか抜かさなかったか?「・・・・・・スマンけど、俺にそっちの趣味h「違います!!」・・・・・・じゃあ、なんやっちゅうねん!!」それ以外の意味には取れませんでしたよ!!どう考えても『俺達、友達から始めようぜ』敵なノリだったじゃねぇか!!「すみません。少々急いていたようです。実は、この屋敷には君の他に半妖の子どもを預かっていまして」ああ、なるほどね。桜咲 刹那のことか。確かにこの時期、原作では西で神鳴流の修行に励んでいたんだったか?・・・・・・あれ? 何かおかしくないか? 確か原作で刹那は、中学入学と同時に麻帆良に転入したんだったよな?俺と刹那は5つ違いだから、現在、刹那は13歳のはず。とっくに麻帆良に旅立って、お嬢様を影ながら見守ってるはずの年齢じゃなかったか?まぁ、これも、俺と言うイレギュラーが引き起こした齟齬かも知れない。黙って事の成り行きに身を任せよう。つーか、ぶっちゃけ今の俺には何もできないし☆・・・・・・自分で言ってて悲しくなってきた。「つまりは、そのガキの友達になれっちゅうことかいな?」「そういうことになりますね。年齢は君と同じ8歳ですし「はぁっ!?」どうかしましたか?」長の爆弾発言に、俺は思わず声を上げてしまった。いやいやいや!!今のに突っ込まないってのは無理でしょうよ!?だって、何て? 桜咲刹那が、俺と同い年だって?原作クラッシュするにもほどがあるっちゅうねん!!ん? 待てよ。長は、半妖の子供の名前が、桜咲刹那だとは、一言もいってないよな?もしかして、桜咲刹那以外に、半妖の子供がいて、そいつと仲良くしてほしいって言ってるという可能性もあるんじゃないか?俺は意を決して、長に尋ねてみることにした。「そいつ、何ちゅう名前や?」「? 桜咲 刹那という子ですよ?」うっわー☆マジでか!?どんだけ原作を打ち壊したいんだよ・・・・・・。しかも、俺がフライングで生まれたのか、刹那の出生が遅かったのか、はっきりしていないミステリー。刹那だけが以上に遅く生まれてたら、本当に今後の展開が読めなくなってしまうな。早いうちにはっきりさせておく必要があるだろう。なんて、思考の渦に陥ってる俺を他所に、長は勝手に話を進めていく。「少々思い込みが強い部分はありますが、根は優しい娘です。君とならきっと仲良くできると思うのですが、どうでしょうか?」・・・・・・うん。やっぱあんた、組織の長に向いてないわ。そんな小娘一人の行く末に、そこまで苦心してどうするよ?もちろん、彼女に自分の娘(このか)という枷を嵌めてしまったことに、罪の意識があるのかもしれないけど、それすらも割り切るのが、上に立つものの責任でしょうに。もっとも、そんな長のお人好しっぷりに、好感を覚えてる時点で俺ももう負け組みというか、同類ですが。いいだろう? 誰だって幼い娘には甘くなってしまうものなのさ。・・・・・・そこ、ロリコンってゆーな。何にせよ、俺の答えは既に決まっている。どの道、人より頑丈なだけで、ただの子供である俺は、ここで保護される以外に選択肢はない。それに、今後の展開も考えて、刹那と顔見知りになっておくことに、メリットもある。死亡フラグ? 上等だ。元より、俺はそれを真正面からへし折るつもりで生きてきたんだから。・・・・・・しかしまぁ、言いたいことは言わせてもらいますよ? 西の長さん?「別に構へんけど、あんた一つおかしなこと言ってるで?」「?」「友達はなろう思ってなるもんとちゃう、気が付いたらなってるもんやろ?」「!! 確かに・・・・・・君の言う通りですね」年齢不相応な、シニカルな笑みを浮かべる俺に、長は穏やかな笑みを浮かべて言った。そこ、中二病とか言わない。まぁ何にせよ、これで当面の衣食住は確保された。今は胸を撫で下ろしておくべきだろう。多分に前途は多難だが、それでも、俺は挑むための基盤を、手に入れたのだから。『・・・・・・必ずわいを殺しにこい、小太郎。』奴にやられた腹の傷が、短く、しかし明確に脈動する。そう、俺は今度こそ挑むのだ。あの男に。母の、村の、敵に。かつてそう願ったように、今一度願う。強く、強く在りたいと。勢い良く、俺は右手を長に差し出した。「犬上 小太郎や。これからよろしゅうたのむで」自らの名に誓うかのよう告げる。強く、強くなると。皆さん、こんばんわ、初めまして、お久しぶりです。さくらいらくさと申します。まず、まえがきから、ここまで読んでくださった皆様方に心からのお礼を申し上げたいと思います。さて、前話からの異常な展開速度に、多くの方が思われたことと思います。「作者、妄想自重w」と、そう思わずにいられなかったに違いありません。一重に、作者の不徳のいたすところでございます。まことに申し訳ございません。しかしながら、そんな作品傾向でも、少しでも皆様に楽しんでいただけるよう、日々練磨を絶やさずに、執筆していきたいと思っております。さて、ここで私的なお知らせを一つ。次回の更新は少し時間が空いてしまう恐れがあります。私の作品を楽しみにされてる方が、大勢いるとはとても思えませんが、もし楽しみにされてるかたがいらっしゃるのならば、大変申し訳ございません。お詫びは、作品の向上、という形で捧げさせていただきたいと思っております。さて、感想掲示板におきましては、皆様の感想、ご意見、ご要望、ご質問を随時受け付けております。皆様からのお便り、心よりお待ち申し上げております。それではまた、次回のあとがきにてお会いできること、心より祈っております。草々