「……なんと、式神殺しとな?」学園長が、いつになく驚いた様子でそう口にした。木乃香を連れて、俺たち三人は学園長室を訪れていた。襲撃を警戒して、俺のゲートを使ったんだが、その時も木乃香は目を白黒させては居たものの、さほど怖がったりというか、動揺は見られなかった。本当、物怖じしないというか、落ち着いた子だなぁ……。学園長室についてから、まず俺たちは木乃香に魔法のこと、彼女が狙われていることを説明した。学園長は最初、それを告げることを渋っていたものの、現状がどれだけ切迫しているか悟ったのだろう、最後には自ら彼女に魔法のことを教えていた。刹那は、終始木乃香とあまり話さないようにしているようだった。全く、この状況でまだ割りきれてないのかねぇ……。普段なら、そこで何かしらのフォローを入れるのが俺の性格なのだが、今はそんな余裕など微塵もなかった。そして今、俺は学園長に敵の……兄貴の持つ厄介な能力について説明しているところだった。「そや。俺の一族、っちゅうか俺の居た集落の連中は代々狗神使いやってん。それが、当時15やった兄貴に全滅まで追い込まれた。その理由が兄貴の持つ式神殺しの能力や」納屋に身を潜めて、兄貴と村の術者が闘う様子を見ていたが、アレは本当に悪夢としか言いようがなかった。村人が使う狗神は、全て兄に触れる前に消滅するか、或いは制御そのものを兄に奪われ、使用した術者に襲い掛かっていたからな。それに気付いた村人は、式を召喚して応戦しようとしていたが、結果は狗神と同様、消滅か制御を奪われるばかりだった。おそらく召喚系の魔法に対しては、全て似たようなことが出来ると見て間違いないだろう。具体的な方法や理論は分からないが、少なくとも兄貴にその能力がある以上、下手に召喚魔法を使うのは自殺行為だ。俺の説明を受けて、学園長は得心がいったように頷いていた。「なるほどの……これで近衛の術者が次々と倒れた理由に説明が付く。その能力は陰陽師にとっては天敵に違いないからの」「ああ。もっとも式神殺し、ちゅうのは、俺が勝手に付けた名や。実際のところ、奴にどれだけのことが可能で、何が不可能なんかも分かれへん」ぶっちゃけると、魔法や直接攻撃が効くかも怪しい。ただ、そこまで来ると、ガチで魔法無効化能力臭いので、そこまではないと思う。アレはウェスペルタティア王国の王族にしか使えない代物だ。うちの家系に、そんな高尚な血が流れてるとは考え難いからな。「しかしそれでも、学園結界が機能しなかったことに疑問は残ります。結界までも操れるということはないでしょうか?」俺と学園長の話を聞きながら、刹那がそう言った。確かに当然の疑問だろう。学園長の話によると、刹那のパチモンが学園に侵入しているのに、学園結界は愚か警報関係も全く機能していなかったらしい。しかしながら、俺はそのことに別段疑問を感じなかった。「人を騙くらかすんは奴の十八番や。結界も同し要領で騙くらかしてるに違いあれへん」「確かに、君や近衛を出し抜ける程の式神を作る男だ。結界に綻びを作る程度、造作もなくやってくれそうだな」俺の言葉に真名がおもしろくなさそうに吐き捨てる。その件に関しては俺もカチンと来ていた。そもそも、あそこまで完璧に刹那を演じられる式神を作ったということは、手段はどうあれ、あのクソ野郎はこの2日間みっちりと刹那を観察していたはずだ。つまり最初から、あの式神は木乃香を攫うことだけでなく、俺に対する挑戦の意味合いを持って作られていたに違いない。挙句、自分の犯行を式神にペラペラ喋らせて、こっちの焦りを誘発する周到っぷり。それに俺はまんまと嵌められたという訳だ。……胸クソ悪いったらない。「け、けどその人、コタ君の兄さんなんやろ? やったら、話し合いとかでけへんのん?」全員が一様に暗い顔をしていたからだろう、木乃香はその空気を何とかしようと思ったのか、そんな提案をした。しかしそれに対して、この場にいる全員が押し黙った。そんな平和的な解決法が取れるなら、20年前の大戦など、起こりはしなかったと、そう思っていたから。だから、俺は全員の気持ちを代弁すべく、こう言った。「……出来るんやったら、俺の家族は殺されたりせぇへんかったやろうな」「っ!? ご、ゴメン、ウチ、そんなつもりや……」「ええねん、気にすんな。そういう優しいとこが木乃香のええとこなんやから」「……コタ君……」今にも泣き出しそうな木乃香の頭をぽんぽんと軽く叩いて、俺は再び学園長に向き直った。「あの式神がやられるんも、あいつの計算のうちやったと見てええ。あれは多分俺をからかうためだけにやっとった可能性が高いからな」「ふむ……ワシらは君の兄の手の上で踊らされているという訳か……」「ああ。あいつの一番怖いんは、あの頭のキレやからな」ガキの頃から、真正面から闘うことを信条としていた俺に対して、あいつはいつも裏を掻くような姑息な戦法ばかり取って人をおちょくっていたからな。俺の今の戦闘スタイルが確立したのは、少なからず奴の影響を受けているからだ。「敵の真意が君と木乃香、どちらに向いているかも判明しとらんしのう……全く厄介なものじゃ」「俺の考えがあっとれば、多分両方っちゅうのが正解やろうな……で、例によって、こんなときに限って頼りになるタカミチは出張と……」「うむ……今回はよりによって魔法世界じゃからのう、そう簡単には呼び戻せんのじゃよ……」間が悪いとはこのことだ。学園内の魔法先生・生徒を総動員しても、奴の裏を掻けるかどうか……。今後奴がどんな手段に出てくるかも分からない今、俺たちに出来ることはなく、正直八方塞がりだった。「一先ず、今木乃香を寮に戻すんは間違いなく自殺行為や」肉食獣の檻に両手足を縛った人間(餌)を放りこむようなものだからな。「それは当然じゃ。孫一人護れずして、何が関東魔法協会会長か」そう言った学園長の瞳には、ギラギラとした闘志が滲んでいた。その表情は一組織の長というよりも、むしろ一人の戦士としての威厳を感じる。……学園最強の魔法使いって肩書きは、あながちガセでもないみたいだな、とそう思った。「本来なら未来を担う若者を危険な目に会わせたくはないのじゃが……敵のことをもっとも良く知るのは間違いなく小太郎君じゃろう。申し訳ないが、エヴァのとき同様、今回も君の力を借りることになりそうじゃ」申し訳なさそうに、そう言う学園長。しかしながら、その謝罪はお門違いだ。もとより俺は、この闘いを降りるつもりなどない。最初から俺は、あのクソ兄貴をぶちのめすために力を磨いてきた。あの惨劇の夜を、燃え盛る地獄のような光景を、この手で断ち切るために。その予定が少し早まったというだけのこと。奴の首は、必ず俺が取る。「……これは俺とあのクソ兄貴の兄弟喧嘩や。端から他人に任せて降りる気なんてあれへん」影斬丸の柄をぎゅっと握り締めて、俺は大きく息を吸った。「……奴は必ず、この手で斬り伏せたる」母の、仲間の敵を討つために。「……よろしく頼む。刹那君に龍宮君も、申し訳ないが付きあって貰うことになるじゃろう。当てにしておるぞ?」学園長はそう言って、俺の後ろに立つ二人を交互に見つめた。刹那はその言葉に、ぐっと握っていた夕凪を押し出して高らかに宣言した。「もとよりこの身は、お嬢様を護るための刀。長より頂いたこの太刀に誓って、桜咲 刹那、命を賭してお嬢様をお護りいたします」「せっちゃん……」そんな刹那を、木乃香はどこか切なそうな、心配そうな眼差しで見つめていた。真名はそんな俺たちを見て、ふっと小さく笑った。「君たちの生き方には本当に好感を覚えるよ……僭越ながら、私も力を貸すとしよう。もっとも、給料は弾んでもらうことになるがね」そう言って、持っていたキャリーケースを掲げて見せた。あのクソ兄貴を相手にするとあっては、十分な戦力とは程遠いかも知れない。しかし役者は揃った。祐奈との勝負で誓ったのだ、例え準備が万全でなくても、その時持てる全てを出し切り、俺は大切なものを護って見せると。『人生は常に準備不足の連続だ。常に手持ちの材料で前に進む癖を付けておくがいい』いつか、原作でエヴァの言っていた言葉が頭の中に思い浮かぶ。ならばこの闘いに挑むことに、一抹の憂いすらない。必ず奴を倒し、木乃香を護って見せるだけだ「みんな……ウチのために、ゴメンな?」意気込む俺たちに、木乃香はやはり心配そうにそう言った。本当につくづく優しい子だと思う。表の世界で育った彼女は、自分のために誰かが傷つくのが耐えられないのだろう。しかしながら、今回はそうとばかり言っていられない。彼女の命が掛っている上に、これは俺にとって母の弔い合戦だ。決して退くことの出来ない闘いなのだから。だが、忘れた訳ではない、刹那が涙ながらに言ったことを、エヴァが俺に、自らの後悔とともに諭した言葉を。『―――――誰かを護ることばっかりで、一緒に闘おうとはしてくれへんっ!!』『―――――命を捨てでも護るだと? そんなもの、護る側の勝手な理屈に過ぎん』だから俺は、必ず生き残らなければならない。これ以上、木乃香を、心の優しい彼女を悲しませないためにも。「安心しぃ。俺は絶対に死なへん。大体、まだ彼女もおらんのに、こんな若い美空で死んだら、死に切れへんて」「コタ君……」冗談めかして言う俺に、ようやく木乃香は小さく笑みを浮かべてくれた。「……少しは成長してくれたようですね?」そんなやり取りをする俺たちに、刹那は満足げな笑みを浮かべて言った。ちょっと悔しいので、俺はやっぱり意地悪な笑みを浮かべて言い返してしまうのだった。「誰かさんが泣いて説教垂れたおかげやんな?」「そ、そのことは言わないでください!!「ふふっ、ホンマ二人は仲良しさんやなぁ……」「お、お嬢様までっ!?」木乃香にまで言われて、刹那は弱冠涙目だった。……この分だと修学旅行編と言わず、この闘いが終わった頃には二人は和解してくれるかもしれないな。夢見て来たその二人の姿を見るためにも、必ず俺は生きて帰らなければならない。俺はもう一度、影斬丸の柄を強く握り締めた。その時だった。『じりりりりっ!!じりりりりっ!!』「「「「「!?」」」」」学園長の机に据え付けられた、古風な電話のベルがけたたましく鳴り響く。もしや、兄貴が発見された?俺はたちは固唾を呑んで、学園長が電話に出るのを見守った。ゆっくりとそれを取り、学園長は受話器を耳に当てる。「……もしもし? ……っ!?」やや間を置いて、学園長の双眸が驚愕に見開かれる。一体、何があったというんだ?俺たちは、眉一つ動かさず、学園長の挙動を見つめていた。「……うむ、ワシが学園長であっておるよ。……ふむ……分かった……小太郎君、君にじゃ」「俺に?」俺は自分を右手の人差指で指しながら、素っ頓狂な声を上げてしまった。おもむろに学園長から受話器を受け取り、相手に向かって問いかける。「……もしもし?」そして、電話口の相手は、心底愉快そうに言った。『――――――――――久しぶりやな、小太郎』