目を開くと、そこにはどこかで見た覚えのある、木目の天井が広がっていた。「こりゃあ・・・・・・どうにか生き残ったみたいやな」さっきから奴に斬られた傷跡がジンジンと痛んでいるということは、ここがあの世だと言うことはないだろう。それにしたって、誰かに助けられたことは間違いないみたいだが。「って・・・・・・そうや。エヴァと刹那はどないなったっ!?」慌てて起き上ろうとするも、先の戦闘のダメージがまだ残っているらしく、俺の身体は思うように動いてくれない。特に左腕は酷いな。何か重りでも付けているかのように、まるで持ち上がってくれない。牙顎(アギト)の反動か? いや、それなら、前に黒狼絶牙を使ったときにも似たような現象が起きているはずだ。なら、一体何故・・・・・・?そう思って自分の左側を見て、謎は全て氷解した。「うわー・・・・・・悪夢でも見とるんやろか・・・・・・?」そこには、俺の左腕をがっしりと抱きこんだエヴァが眠っていた。俺のことを看てくれていたのだろう。上半身をベッドに預ける形で完全に寝落ちしている。あげく、悪夢にうなされてでもいるのか、彼女の眉間には物凄い皺が寄っていた。つか、アンタ人のこと心配して抱きついてるようなキャラじゃなかったでしょうよ?「まぁ、心配してくれたんは、素直に嬉しいけどな。・・・・・・スマンな、心配掛けて。それと、おおきに・・・・・・」俺は彼女を起こさないよう、ゆっくりと上半身を起こすと、空いていた右手で、優しく彼女の髪を梳いた。くすぐったそうに身じろぎするエヴァ。眉間の皺は、いつの間にかなくなっていた。そんな様子に、胸がほっと、温かくなるのを感じる。一時は死を覚悟した俺だったが、改めて思う。生きて帰ってこれて、本当に良かったと。それもこれも、全ては今まで俺が触れあってきた、彼女たちのおかげだ。死の淵で、彼女たちの笑顔に勇気づけられたから、俺は自らを奮い立たせることが出来た。悪戯に与えられた、二度目の生を、何のために送ろうと決意したのか、思い出すことが出来た。二度も死の淵にいたからこそ分かる、生きる理由があるというのは、それだけで、何て幸福なことなのだろうかと。―――――がたっ、ばしゃんっ「ん? ・・・・・・」派手な物音に驚いて、振り返ると、いつの間にか部屋の扉が開いていて、そこに刹那が立ち尽くしていた。驚きに目を見開き、わなわなと唇を震わせる彼女の足元には、洗面器とタオル、それから、零れた水が溢れていた。「こたろ、う、さん・・・・・・?」「おう、小太郎さんやぞ」驚きに震える刹那に、俺はいつものように、軽いノリで笑顔を向けた。良かった・・・・・・どうやら、彼女も無事でいてくれたようだ。―――――しゅんっ「え゛?」「小太郎はぁんっ!!!!」―――――がしっ―――――ごんっ「あだっ!? あだだだだだだっ!!!!?」「小太郎はんっ、小太郎はんっ!?」何が起こったかって?端的に説明するとだな。①最初の音で、刹那が何を血迷ったのか、室内で瞬動術を使う。②そのまま、ベッドで上半身を起こしていた俺に刹那が抱きつく。③彼女を支え切れず、ベッドに逆戻りする俺。④柵で頭を打ち付ける俺。⑤刹那に抱きつかれたことで、胸の傷がギリギリと締め付けられて死ぬほど痛い。ってな状況だ。つか、ヤバイ!!本気で死ぬる!! 死の淵に逆戻りしてしまうっ!!「せせせせ刹那ぁっ!! 心配掛けてスマンかった!! 俺が悪かったっ!! せやからっ、頼むから離してくれぇっ!!!!」「はっ!? ・・・・・・すっ、すすすすすすすみませんっ!!!?」俺の必死の叫びにより、どうにか俺を離してくれる刹那。これが元気な時なら、跳び跳ねて喜ぶところだが、内臓まで達している刀傷を締め上げられているとあっちゃあ意味が違ってくる。あと刹那さん、よっぽどパニクってんだろうけど、俺に馬乗りなままなのはどうかと思う。「でも、本当に良かった・・・・・・小太郎さん、まる一日眠ったままだったんですよ?」「マジでか!?」よっぽど魔力と体力を消耗してたんだな、あと血液。そう言って微笑みを浮かべる刹那の目尻には涙が浮かんでいた。「ホンマに心配かけたみたいやな・・・・・・スマンかった。それから、ホンマにおおきに」俺はもう一度笑みを浮かべてそう言うと、そっと右手を伸ばして、出来るだけ、優しく彼女の涙を拭ってやった。「あっ・・・・・・小太郎さん・・・・・・」急なことに驚いて、一瞬身じろぎをする刹那だったが、特に抵抗することはなく、俺にされるがまま、大人しくしていてくれた。月並みだが、やっぱり、女の子に涙は似合わないと思う。親指で彼女の涙を拭い終えると、少しだけ頬を上気させた彼女と、正面から視線がかちあってしまった。「・・・・・・小太郎さん・・・・・・」「・・・・・・そんな泣いたら、可愛い顔が台無しやで?」潤む瞳で、俺を見つめる刹那。どうやら相当に心配を掛けてしまったらしい。けれど、いつものはきはきした感じと違って、こんな風にしおらしい刹那も、とても可愛いかった。こんなに可愛い刹那が見られるなら、心配されるのも悪くない。なんて考えてしまうのは罰当たりだろうか?そんな風に思っていると・・・・・・。「貴様ら・・・・・・人の家でいちゃつくんじゃない」「うおわっっ!?」「ひぁああっ!?」左側から、急に声を掛けられて驚きの声を上げる俺たち。そこには、何故か涙目で、後頭部を抑えているエヴァが立っていた。いや、ないとは思うが、涙目なのは俺を心配していたからだとしても、何故後頭部を抑えて?「わ、私が聞きたいくらいだっ!! ・・・・・・しかし、ようやく目を覚ましたか、この駄犬め」何となく予想は出来るけどね・・・・・・。恐らく刹那が抱きついたときに俺が腕を振り上げた所為で、体重の軽いエヴァは吹き飛ばされて床と衝突、ってとこだろう。バレたら、干からびるまで血を吸われそうだから絶対に言わんけども。「心配かけてもうたみたいでスマンな。ベッドも占領してもうたし」「ふん、誰が貴様ごときの心配なんぞするか。あまりにも目を覚まさんから、腕の一本でもへし折れば激痛で起きんかと思っていたところだ」腕を抱き込んでたのはそういう理由かっ!?い、命拾いしたぜ・・・・・・。「全く、たかだか学園の依頼ごときで、他人の、それも吸血鬼のために命を投げ出すとはな・・・・・・このお人好しめ」シニカルな笑みを浮かべてそういうエヴァは、すっかりいつもの調子を取り戻していた。「それはそうと・・・・・・桜咲 刹那、いつまでそうしているつもりだ?」「え?」エヴァに突っ込まれて、ゆっくりと自分が今どこにいるかを確認する刹那。彼女は、自分が俺に馬乗りになっていることに気が付くと、一瞬で耳まで真っ赤になった。「ご、ごごごめんなさいっ!? べ、べべ別に悪気があってのことでわっ!!!?」慌ててベッドから飛び退く刹那に、俺は忍び笑いを堪えることが出来なかった。「そういや、誰があの妖怪を斃したんや?」場が落ち着いてきたので、俺はようやく、兼ねてからの疑問を口にすることが出来た。俺が放った決死の一撃は未遂で終わってしまったからな。刹那かエヴァ、あるいは後から来た援軍が奴を還してくれたとしか考えられない。「覚えていないんですか?」「ああ。俺が死ぬ思いで打った斬撃は、当たらんかったみたいでな」「まったく、この駄犬が・・・・・・自分の攻撃の手応えくらい覚えておけ」呆れたようにエヴァがそう溜息を零した。「えーと、それはつまり・・・・・・」「はい、私たちが駆け付けたときには、既にあの妖怪には現界する魔力すら残されていませんでした」「ばっくり腹が裂けていたぞ。恐らく貴様の攻撃によるものだろう」マジでか・・・・・・。俺がざっくり斬られたもんだから、てっきり届いてなかったもんだと思ったぜ。それじゃあ、あの時折れた影斬丸は・・・・・・。「なぁ俺の太刀はどこいってん?」「安心してください、ちゃんと枕元に立てかけてありますよ」言われてエヴァが寝ていたのと反対側の枕元に視線をやる。そこには鞘に収まった状態の影斬丸の姿があった。「もう必死過ぎて腕の感覚すらなかったんか・・・・・・」今更だけど、よく勝てたな、俺。「しかし、刹那・・・・・・さっき、駆け付けた言うたな?」「はい、そうですがって、はぶぶぶっ!!!?」俺は予備動作もなく、右手で刹那の頬をむぎゅっと挟みこんだ。「何、俺のピンチに駆けつけとんねん。俺は、危なくなったら逃げろって言うたやろ?」「あぶ、あぶぶっ!!!?」「あかん、何言うてるか分からへん」「はぁ・・・・・・だったら、その手を離してやれ」「ああ、そうやったな」呆れたように嘆息するエヴァに促されて、俺は刹那の頬をぱっ、と開放してやった。「うぅぅぅ・・・・・・で、ですが、小太郎さんの気が弱まったことに、気が動転して・・・・・・」「くくっ・・・・・・あの時のそいつの慌てようと言ったら、まるで親の死に目にあったかのようだったぞ?」「なっ!? そ、それを言うならエヴァンジェリンさんも!! 本気で私に骨を拾わせるつもりかっ、なんて、私より先に飛び出していったではないですか!?」「そ、そんなことはないっ!? 貴様、でたらめを言うなっ!?」そういってぎゃあぎゃあと、小学生のような言い合いを開始してしまう二人。俺、一応病み上がりなのに、と思わないこともなかったが、それでも俺は、こんなにも自分を心配してくれる人がいることに、どこか安らぎを感じていた。「そいじゃ、傷の手当ても二人がしてくれたんか?」奴に斬られた胸には、丁寧に包帯が巻いてあり、このおかげで俺が一命を取り留めたのは一目瞭然だった。「え!? あ、はい、手当は私が行いましたが、薬を用意してくれたのはエヴァンジェリンさんで・・・・・・」「ふ、ふんっ・・・・・・私を護って死なれたなど、寝覚めが悪いからな。ただそれだけだ・・・・・・」「ははっ、そりゃおおきに」素直に心配だったと言ってくれればいいのに。自分の優しさについつい理由をつけてしまうんだな、彼女は。まぁ、それがエヴァの魅力でもある気がするが。「何はともあれ、これで任務完了っちゅうわけやな」「はい、そういうことになりますね」やれやれ、本当に長い一日・・・・・・いや、眠ってた時間を含めれば、本当に長い二日だった。しかし、おかげで刀の銘、影斬丸・真打も判明したし、その能力も・・・・・・。さすがに今回は死ぬ思いをしたが、何よりも・・・・・・。「あれが、俺の・・・・・・」「ストップです、小太郎さん」言いかけた俺に、刹那がそう制止を掛けた。きょとんとする俺に対して、刹那もエヴァもニヤニヤと意味ありげに笑みを浮かべていた。何だってんだ?「その先は、貴様が一人前になってからだそうだ」「は? あいつがそう言うてたんか?」「ええ、俺に似てイイ漢になった、とも言っていました」「全力で闘れるのを楽しみにしてる、ともな」・・・・・・俺に似てって、それ殆ど答え言ってるじゃねぇか。それに、全力でって・・・・・・あれが全力じゃなかったのかよ!?「格下のしょうもない術師に召喚されたんだ。魔力量に制限があってもおかしくはなかろう」「うそん・・・・・・そんな、相手に俺は死にかけてたんか・・・・・・?」そもそも、次があるかどうかも怪しいが・・・・・・まぁ、この世界にいる限り、いつも闘いとは隣合わせだ。いずれ、また相まみえることもあるかもしれない。「そんなら、今よりも強く・・・・・・もっと強くならなあかんな」次は、こんな無様な姿はさらさない。あの野郎が、どれだけ強かろうとも。「本気で言ってるのか? 私の見立てでは奴の真の実力は、千の呪文の男や私と同等だ・・・・・・茨の道どころか道があるかすら怪しいぞ?」「関係あれへん。やったら、その千の呪文の男よりも強くなれば良いだけの話やろ?」そんなこと、とうの昔から考えていたことではないか。でなければ、フェイトにも、奴にも・・・・・・。『わいらの兄弟喧嘩は、今始まったばかりや。』―――――あのクソ兄貴にも、届きはしない。なら俺が目指すのは最初から、その高みで間違っていない。全ての逆境を、この刀一本で斬り捨て、己の道を抉じ開ける。善も悪も、清も濁も全て、ぶった斬って、世界すらを敵に回そうとも、己の信念を今度こそ貫く。もう二度と、臆することはしない。「俺は誰よりも・・・・・・強くなって見せる!!」俺は今一度、その誓いを新たにした。「くくっ・・・・・・あはははははっ!! あの千の呪文の男を越えるだと!? 貴様、正気か!?」俺の言葉に、エヴァは心底愉快そうに声を上げる。それほどまでに、俺の立てた誓いは無謀なものだと言うことだろう。しかしそれがどうした? そんなこと、俺はすでに知っていたはずだ。「俺にとって強くなるんは、生きてるっちゅうことそのものや。多少目標がでかかろうが、今更後に引けるもんとちゃう」「大きく出たな小僧。貴様にとって命は、そのための道具に過ぎんと言うことか・・・・・・」いつぞや俺が考えたことと同じことを、エヴァが口する。そこに浮かぶ彼女の表情は、昨日のような、外見相応の少女のものではなく、俺がかつて幻想した、幾百の時を生きた、強者の顔だった。「・・・・・・おう。近いうちに、俺はあんたさえも越えて見せるで?」「ほう? この不死の魔法使いをか? ・・・・・・面白い、その日を楽しみにまっているぞ、犬上 小太郎」唇を釣り上げて、俺たちは互いに睨み合った。エヴァの言葉は、追いつけるものかという、いつものような皮肉めいたものではなく、必ずここまで辿り着けという、強者の貫録を持ったものだった。ならば、俺はいつか必ず、その期待に答えて見せよう。そして必ず、彼女たちの信頼を勝ち得、その笑顔を護りきれる漢になって見せよう。もう二度と、失う悲しみなど味合わないように。――――――――――俺は、誰よりも強くなってみせる。心の中、今一度、俺はその言葉を反芻した。あとがき遅くなってしまいましたが、これでようやく、影斬丸編、完結です!!今回の話は、とくに必要があったかと言われれば首をかしげてしまいますが、小太郎の新たな決意を明示したかったので。あとエヴァにゃんかぁいいよエヴァにゃん。ロリコン? 聞こえないんDAZE☆さて、これでようやく新章に入れる・・・・・・。次回からは、またしばらく女の子分多めな話を考えてるんDAZE☆それでは、また次回。ノシ