SIDE Asuna......「今頃ネギは空の上で、小太郎たちは新幹線の中かぁ…………」人影のない談話室のソファーで、私はそんな独り事を零す。人の気配がないのは談話室だけじゃなく、春休みで大勢が帰省しているから、寮全体が酷く静かだった。お祭りの後に似た、妙に寂しくなる、そんな雰囲気。そんな雰囲気に当てられたせいか、こないだから抱えている悩み事について、ついつい後ろ向きに考えが傾いてしまう。…………一歩踏み出すって言っても、私が変に首を突っ込んだら、それで迷惑掛かるのって結局あいつなのよね。木乃香の言葉を思い出して、私は一人、盛大な溜息を吐いた。人がいない談話室は妙に広く感じられて、吐いた溜息さえ、やたらと大きく感じてしまう。…………私バカだし、きっと木乃香みたいに、魔法使いとか向いてないだろうしなぁ。そこまで考えて、私の口から零れたのは、やっぱり鉛みたいに重たい溜息だった。「あらあら、おさるさんが溜息を吐くなんて、今日は槍の土砂降りですわね」「ひぁっ!!!? なっ、だ、誰よっ!!!?」か、考えごとしてる人に、急に話しかけるなんてルール違反じゃないっ!!!?慌ててソファーから跳び起き、すぐに後ろを振り返る私。そこに居たのは、底意地の悪い笑みを浮かべた、数年来の親ゆ…………悪友だった。「い、委員長…………ハァ。後ろから急に声掛けて来るなんて、相変わらず良い趣味してるわね?」ジトっとした目つきで睨みつけると、委員長は綺麗な金髪を軽く振って、ハァ、と呆れたみたいに溜息を吐いた。「…………重症、ですわね。普段のアスナさんなら『ショタコンが収監されずに出歩いてなんて珍しい。今日は隕石でも振るのかしら?』くらいの皮肉、寝起きでも返してくるでしょうに。あなた、成績はともかくそう言う頭の回転『だけ』はお早いですものね?」「うっ…………せ、成績のことは関係ないじゃないっ」他にも『委員長、ショタコンって自覚あったんだ』とか、言い返そうと思えば、いくらでも言い返せたはずだ。なのに私の口から出たのは、そんなありきたりで当たり前な、変哲のない反論だけだった。やっぱり委員長の言う通り、かなり参っちゃってるのかしらね…………?「と、ともかくっ!! 用が無いなら、今はそっとしといてっ。今はあんたと言い合いする余裕なんて、これっぽっちもないんだから…………」ぷいっ、と顔を背けてから、私はもう一度ソファーに座り直す。そうよ。今は委員長の皮肉になんて、付き合ってられないんだからっ…………。とは言ったものの、結局のところ、私の考えは今朝から、ぐるぐると同じところを回ってばかり。自分がどうすれば良いのか…………ううん、きっとどうしたいのか、それすらもきっと分かってない。…………あ~~~~もうっ!! だから考えるの苦手なんだってばっ!!!!乱暴にぐしゃぐしゃ~~~~っ、と頭を掻き毟ると、後ろの方からぷっ、なんて吹き出す声が聞こえた。「ぷっ、ふふっ…………そ、そうしてると、本当におさるさんみたいですわね?」「…………」恐る恐る振り返った先では、委員長が右手で口元、左手でお腹を押さえつつ忍び笑いを堪えていた。…………大きなお世話よ。というかそもそも…………。「…………あんた、まだ居たわけ?」「あら? 寮生が寮の談話室に居てはいけませんの?」「うぐっ…………」即座に切り返されて、思わず私は言葉に詰まってしまう。だ、ダメだ…………今日は口喧嘩にすら勝てる気がしないっ。こうなったら無視よ無視!! 今、こいつに関わったって、碌なことにはならないもの。そう決め込んだ私は、今度こそ何が有っても振り向かないぞ、なんて意気込みながら、もう一度ソファーに座りなおした。「へぇ…………敵前逃亡ですの? 本当に今日はらしくありませんわね?」そんな私に対して、委員長は物珍しそうにそんなことを言いながら、つかつかと歩み寄って来る。こ、このショタコン女…………そこまで私の考えごとを邪魔したい訳っ!!!?つい数秒前にした決意を忘れて、委員長に噛みつこうと睨みつけた私。だけど私は、委員長に、すっ、なんて手を翳されただけで、完全に動きを制されてしまった。「お止めなさいな。そんな腑抜け切ったあなたとやりあっても、全く張り合いがありませんもの」「んなっ…………なぁんですってぇっ!!!?」こ、こここ、この性悪女ぁ…………。言うにこと欠いて、張り合いがないですってぇっ!? だ、大体、私のどこが腑抜けてるっていうのよ!!!?…………えーと、ところで腑抜けてるって、どういう意味だっけ?あいた口が塞がらなくなった私を余所に、委員長は、ふふん、なんて勝ち誇った笑みを浮かべている。…………き、キーーーーッ!!!!歯ぎしりしながらソファーから立ちあがった私。こうなったら実力行使よっ!!意地でもこの女を黙らせてやるんだからっ!!!!そして私が身構えたその瞬間だった。「そうですわね。余りにも張り合いがないですし、今日はあなたをお茶にでもお誘いして差し上げましょう」「は?」委員長の放った意味不明な結論に、身構えた全身の力が、一瞬で抜けて行く。…………えーと? い、今の話しが、何でお茶会に誘う流れになったのかしら?目をぱちくりさせながら、完全に動きを止めた私を余所に、委員長は相変わらず鼻に着く笑みを振りまきながら、さも恩着せがましく言葉を続ける。「ええ、余りにも張り合いが無く、むしろ気味が悪くすらありますもの。そんな状態のあなたをこのまま放置しておくなんてクラスの恥、引いては学級員である私の恥ですわ」「き、気味が悪っ!? そ、そこまで酷くないわよっ!!!?」「い・い・え!! 今のあなたは、聞けば100人中100人が気味が悪いと答えるでしょう。つまりベストオブ気味が悪い!! 元気のないお猿さんなんて、印籠の無い黄門様のようなものです!!」「た、たとえが良く分かんないってば…………」「…………それで良いのです」「へ…………?」その瞬間、委員長はさっきまでのこちらをバカにしたものじゃない、本当にときどきしか見せない大人びた笑みを浮かべた。言葉に詰まった私の鼻先に、委員長はぴっ、と右の人差し指を吐き付ける。「光栄にもこの私、雪広 あやかがお茶にお誘いしているのです。そ・れ・も!! あなたには勿体ないくらい、とびきり高級なお茶を、ですわ。ですからあなたは、とにかく黙ってついてくれば良いのです」お分かり?なんて最後まで優しさの欠片も見えない言葉で、委員長は押し切った。本当に、こっちに対する気遣いと思いやりとか、一欠片さえも言葉からは読み取れないそんな言い草。だけど付き合いの長い私には、それが彼女から私に対する、酷く不器用な気遣いだと言うことが、何となく伝わって来た。…………ホント、昔っからこいつは…………不器用っていうか、おせっかいっていうか…………。そんなことを言い出したら、最終的に私が白旗を上げるまで言い返されそうだから口にはしないけど。けれど、ここまで強引に押し切られて、その上それが、私のためだって気付いちゃったら、もうどうしようもない。「…………ハァ。分かったわよ。それじゃあ、ありがたくご招待されてあげます。それで良い?」だから私は、溜息と苦笑いのセットとともに、そんな答えを返した。「ええ、ありがたくご招待されると良いですわ」私の答えに、委員長は満足げに笑みを浮かべて頷く。「さぁ、善は急げです。早速出かけると致しましょう。迎えの車を手配しますので、あなたはすぐに準備をなさって。今すぐにですわ!!」「はいはい、分かってるって、すぐに準備してくるから、ちょっとは待ちなさいよ」ぱんぱん、と手を叩きながら、私の事を急かす委員長。そんな彼女に手をひらひらしながらそう答えて、私は自分の部屋へと足を向けた。面と向かっては恥ずかしくてとても言えない、そんな言葉を胸の中で呟きながら。…………ありがとね、委員長。SIDE Asuna OUT......―――――俺は戦場の中に居た。…………否、そこは戦場と呼ぶには余りに日常的な風景の中で有り、日常と呼ぶには余りに切迫した空気に支配されている。だがしかし、俺へと注がれる熱気に満ちた視線。それは紛れも無く、虎視眈々とこちらの隙を狙う、狩猟者のもの。1歩踏み違えれば、確実にこちらの命は無い、そう確信させるだけの気迫を、視線の持ち主たちは宿していた。…………判断を誤ることは出来ない。ごくり、と音を立て生唾を嚥下する俺。額には玉のような汗が浮かび、背筋からも嫌な汗が滝のように流れていることだろう。内側から殴りつけるように暴れる心臓、その拍動を抑えつけながら、どうにか生き残る術を模索する。―――――絶望とは死に至る病だ。そんな言葉を遺したのは、いつの時代の哲学者だったか。ために、俺は考えることを止めない。ここで死ぬ訳にはいかない。故に思考を放棄する訳にはいかない。考えろ…………。見つけ出せ…………。この場を切り抜ける、最善の策を…………!!自らの鼓動と相談するように、声を殺し策を弄する俺に対して、しかし狩猟者たちは無情にも追い打ちを掛ける。「「―――――さぁ、小太郎(小太郎さん)!! 誰のお弁当が一番美味しかったんですかっ!!!?」」…………マジで、見逃してもらえません?京都到着の30分前。新幹線にガタゴト揺られながら、俺たちは少し早目の昼食を摂ることにした。電車内の食事は長距離旅行の醍醐味、その一つである。それ故、俺たちは和気藹々と、楽しくそれぞれが持って来た弁当に箸をつけていた訳だ。ちなみにメニューを紹介すると。まずは俺がネギから預かって来たサンドウィッチ。具の内容は卵やツナ、トマトとハムにレタス。デザート様にジャムやハチミツが塗られたものと、非常にオーソドックスなもの。基本、冷蔵庫内の食材管理はネギが行っているが、確か昨日の昼の段階では、それらの食材はきちんと揃っていなかった筈だ。そう考えると、恐らくネギは昨日の午後の内に、それらの食材を買い揃え、今朝は早起きして調理までしてくれた、ということになる。彼女自身、さまざまな葛藤に苛まれている筈なのに、そこまで俺に気を遣ってくれるなんて…………この感謝は言葉なんかじゃとても返せそうにない。麻帆良に戻ったら、必ず何らかの形で彼女にはお礼をしよう。そんな結論に達するほど、味、量ともに、大満足の1品だった。次に刹那が木乃香から預かって来たお弁当。こちらは彼女が得意とする京風味付けの和食がメインとなったものだった。素材の味を引き立たせることを旨とした強風の味付け。恐らく、木乃香の料理は本山に居た頃、女中さんから基礎を教わっているのではなかろうか。今日口にした料理は、俺に本山で過ごした4年余りを想起させる、とても懐かしいものだった。そして最後に刀子先生だが…………意外や意外、先生の料理はとてもオーソドックスな家庭料理だった。いや、決して悪い意味ではない。唐揚げや海老フライ、卵焼きにアスパラベーコンなど、弁当の定番とも言える品々が並ぶその弁当は、会心の出来と言って相違なかった。恐らく下手に奇を衒うよりも堅実な献立で、しかし丁寧に調理を施したに違いない。余り料理に明るくはないが、刀子先生の弁当は一品一品の味付けが、とても繊細だった。以上、3つの弁当だが、3人が3人とも4人で食す事を前提に作って来ていたのだろう、物凄い量だった。しかしながら、そこは俺と霧狐というフードファイターが居たため、ものの20分程で完食。後片付けを始めた先生と刹那を尻目に、到着までの残り時間で軽く戦闘時の打ち合わせでもしておこうかと、俺がそんな風に考えていた時だ。刀子先生が何気なく放った一言で、和やかだった場の空気は一変、ピリピリと緊張感に張り詰めたものとなる。『と、ところで小太郎? い、一体誰の料理が、一番美味しかったですか? い、いえ、あくまで参考までに、と思ってっ』…………そう思うなら、何も刹那がいるこの席で聞かなくても良かったんじゃないか?嫌な予感に、俺の頬を一筋の汗が伝った。そして恐る恐る刹那の方へと視線をずらすと、大方の予想通り、そこには完全に臨戦態勢を取る刹那の姿が有った。『そ、それは私も気になりますね。い、いえ、無論私は、お嬢様の料理が一番であると確信していますが、お嬢様にとっては小太郎さんのご意見が重要かと』若干挙動不審になりつつ、もっともらしい言葉を並べたてる我らがせっちゃん。つまるところ『ウチのこのちゃんが一番に決まっとるんやから、さっさと白状して楽になったが身のためやえ?』である。…………冗談じゃない。ここで俺が『木乃香の料理が一番上手かった』と言えば、間違いなく先生との面談の時間は倍加…………或いはそれ以上になってしまう。かと言って『先生の料理が一番』と言えば、俺は白峰陵はおろか、白峯神宮にすらに辿り着くことが出来ず、刹那によって戦闘不能にされることだろう。…………しゃ、洒落にならん。そしてここでポイントとなるのは、ネギの弁当の存在だ。男子学生ということになっているネギ、ここで『ネギの料理が一番』と答えるのは、最善の逃げ道で有るように見える。しかし騙されてはいけない。何せ刀子先生は、ネギの正体を知ってるんだぜ?つまり、もしここでネギの料理を選べば、結局俺は『放課後の密室❤~先生、もう堪忍や…………~』コースまっしぐらである。…………全ての希望はここに絶たれた。いやいやいや!! 諦めるにはまだ早い!!考えろっ…………考えろ俺っ!!!!この場を生き残る術は確かに存在する筈だっ!!!!俺にはまだ、やるべきことがある。こんなところで死んでなるものかっ!!!!「小太郎? いつまでそうやってだんまりを続けるつもりですか?」「そうですよ小太郎さん!! さぁっ!! 結果は分かり切っていますが、ぜひ小太郎さんの口からお聞かせ下さい!! さぁっ!!」「…………刹那、今のは聞き捨てなりません」「っっ!!!?」ヤヴァイっっ!!!?せ、先生の目が反転しかけてるぅっ!!!?せっちゃんが有り得ないタイミングで有り得ないくらいエキサイトした挑発するからぁっ!!!?ま、ままま、マズイっ…………こ、これ以上結論を引き伸ばすことは出来ないぞっ!?と、ともかくっ!! 何でも良い!! 2人の注意をこっちに引き付けないとっ!!でないと、こんな公共の場で『第一回、神鳴流麻帆良王者決定戦』が始まってしまうっっ!!!!!!「あ、あー…………ゲフンッ!!」「「っっ!?」わざとらしく咳払いをした瞬間、睨み合っていた2人は光の速さで俺へと振り返る。お、おっかねぇ…………。し、しかし怯むな俺!!俺の英断により、どうにか王者決定戦は回避されたんだからっ!!そしてこうなった以上、何としてもこの場を修めないと、俺に明日は無い。要は『誰それが1番』だと、そう決めてしまわなければ何の問題もない訳だ。ならば、俺が取るべき選択肢は1つしかないだろう。なので俺は、険しい表情を一変させ、にこやかにこう告げた。「い、いやぁ、誰の料理も上手過ぎて、俺にはちょっと誰が1番とか決められそうにないわぁ」なはは、なんて笑いながら言っているが、正直なところ、背中の汗はさっきからその勢いを増している。た、頼むぞ…………この言い訳が通らなかったら後がない。2人がこれで納得してくれることを願いながら、細めていた両目の内、右目だけをうっすらと開く。そして2人の様子をこっそり伺うと、2人はお互いの顔を見合わせた後、にっこりと笑みを浮かべた。よ、良かった…………どうやら2人とも、今の言い訳で納得…………。「ふふっ、小太郎ったら、誰がそんな優等生染みた回答を求めたと言うんです?」「ええ、全くです。小太郎さん? 普段なら勝敗の白黒をはっきりつけたがるあなたが、その裁量で日和ってどうするんですか?」「…………」…………あ、ダメだわ。全然納得してねぇ。一見すると2人の笑顔は菩薩のように優しげだが、その裏に居るのは間違いなく般若だものこれ。しかも今の台詞…………意訳するなら恐らくこういう意味だろう。『次ふざけたこと抜かしたら、龍宮神社の池に沈(チン)するぞコラ?』た、退路は完全に絶たれたぁぁぁぁあああああっ!!!?な、何だコレっ!? 何だこの状況っ!!!?こんなんなら、まだ1人で兄貴のパーティ相手に防衛線やれって言われる方が気が楽だよっ!?俺が一体何したってんだっ!?くそっ…………どうすれば良い!?先述の通り、ここで2人が求める通りに、勝者決めてしまうなんてことは持っての他。どう転んだって俺には損しかない。つまり俺は、何とかして灰色決着のまま、2人を納得させるしか方法は無い訳だ。あ、あまり上手い手段とは思えないが…………この言い訳に、全てを賭けるしかないっ!!俺は生唾を飲み込みながら、意を決してその台詞を口にした。「そ、そうは言うてもやな? 今回は、それぞれ品が違うたさかい、その味の良し悪しは一概には決められへんやろ? ほ、ほらっ!! 品によって好き嫌いもあるわけやしっ!!!!」だから公平なジャッジを下すのは無理なんだよ、と、俺は上ずった声になりながらも力説する。我ながら苦しい言い訳だとは思うが、もうなりふり構ってられないんだっ!!祈るような気持ちで2人の返事を待つ俺。そんな俺の目の前で、まず最初に動いたのは刀子先生だった。「なるほど…………確かに、その言い分は一理ありますね…………」顎に手を当てながら、考え込むような素振りを見せつつ、刀子先生はそんなことを呟く。あ、あれ? な、何か、以外に今の言い訳って有効だった?俺が驚きに目をしばたかせていると、事の発端である刀子先生に釣られたのか、刹那までもが腕を組み考え込み始めた。「そう、ですね…………お嬢様の実力以外で勝敗が決すると言うのは、私も納得しかねるところです」刹那がそう呟いたの同時、先程と同じように両者は互いの顔を見合わせた。「どうでしょう刹那? 今回は引き分けということにして、また次回、今度は同じ品目で競うというのは?」「ええ、私もその方が良いと思います。お嬢様にもそうお伝えしましょう。ええ、どんな品にしても、お嬢様が敗北するとは思えませんが」「ふっ、せいぜい今の内に強がっておきなさい。すぐにその自信が、ただの傲慢だったと思い知ることになるのですから」そしてそのまま、ふふふっ、なんて不敵な笑いを浮かべながら睨み合いを始めてしまう2人。え、ええと…………な、何とか首は繋がった、のか?何か、執行猶予が伸びただけな気がしなくもないけど…………。ま、まぁともかくっ!! 今は生き残れた喜びを十分に噛み締めることにしようっ!!…………まぁ、この先のことを考えたら、とても両手離しには喜べませんがね。俺は2人に見えないよう通路側に顔を向け、そして盛大に溜息を吐くのだった。「…………ハァ」SIDE Asuna......「…………ハァ。失礼ですが、全く持ってあなたが何をおっしゃりたいのかが分かりませんわ」「う゛っ…………そ、そんなはっきり言わなくても良いじゃない…………」一しきりの説明を終えた私に、委員長はばっさりとまるで容赦なくそんな言葉を浴びせて来た。そんなの自分でも分かってるわよっ!!!!委員長に言われて外出の準備を終えた私は、予定通り委員長の家でお茶にお呼ばれしてる。その席で、委員長から、何を悩んでいるのか?って聞かれたんだけど…………。正直、何て言ったら良いのか分からなかった。そもそも、魔法に関わることだし、何も知らない人に話すのはアウトなんじゃないかって、思ったりもした。だけど、せっかく私のためにここまでしてくれたんだし、何も説明なしってのは、さすがに失礼だと思う。そんな訳で、魔法とか具体的な人名とかを伏せて、一通り説明したんだけど…………。結果は、さっきの委員長の台詞に集約されてる。…………わ、私にこんな難しい説明させるからよっ!!!!まぁ、委員長にそれを怒っても仕方ないんだけどね…………。溜息交じりに紅茶を啜った私の前で、委員長は腕を組み居住まいを正した。「仕方ありませんわね。アスナさんのお話ですが、私なりに少し整理してみましょう」「へっ? い、今あんた、全く意味が分からないとか言ってたのに、そんなこと出来る訳?」目を白黒させてそう聞いた私に、委員長は髪を掻き上げながら、フフンッ、何て鼻で笑って見せる。…………こういう仕草が様になってるから、余計にこのお嬢様は一々ムカつくのよね。内心、イラッとしたけど、面倒を掛けてしまってるのは事実なので、ぐっと堪えておいた。私偉い。「まぁ、普通なら難しいところですが、何せ私この美貌に加え、極めて優秀ですもの。ええ、おさるさんの難解な暗号文とて、私に掛かれば朝飯前ですわ」「ぐっ…………わ、悪かったわね。どーせ私は頭悪いですよーだっ」むすっとしながら、私が再び紅茶を口に付けると、委員長は急に優しげな笑みを浮かべる。「まぁ、それは冗談ですわ。不本意ながら長い付き合いですもの。言いたいことの1つや2つ、何となくなら察しが付きます」「…………ま、まぁ、確かに長い、わね…………」きゅ、急に優しい顔するもんだから、何か照れちゃって上手く言い返せないじゃないのっ。そんな私の反応なんてお構いなしに、委員長は、ぴっ、と右の人差し指を掲げた。「まず第一に『アスナさんは偶然、ある人の秘密を知ってしまい、その隠匿に協力することになった』…………それでよろしいですの?」「う、うん。それで大体合ってるわ」いんとくって、確か隠すみたいな意味だったわよね? とか思いながら、私はおずおずと委員長に頷く。それを確認してから、委員長は人差し指を掲げたまま続いて中指を掲げた。「第二に『後日明日菜さんは、その人のご友人から、その秘密に関わることで、どんな危険があるかを提示した』…………これもよろしいですわね?」今度は無言で、私は委員長の言葉に頷く。そして委員長はそれに頷き返すと、最後に薬指を開いた。「最後に『そのご友人はアスナさんに、このままその秘密に関わるか、それとも全て忘れ今まで通りに過ごすか、その選択を迫った』…………恐らくそれが大凡の流れだと推察いたしましたが、どうですの?」「さすが委員長。完璧だわ」半分呆然としながら頷くと、委員長は呆れたみたいに大きな溜息を吐く。「…………たったこれだけの説明を、あそこまで難解な暗号文にしてしまうなんて…………私、時折、あなた実は天才じゃないか、と思いますのよ?」「ええっと…………それって褒め言葉?」「そんなわけないでしょう!!」…………ですよねー☆い、一応聞いてみただけなんだから、そんな睨まなくても良いじゃないっ。委員長に睨まれた私は、その視線から逃げるみたいに体を縮こまらせる。そんな私を尻目に、委員長はもう一度溜息を吐きながら、居住まいを正した。「つまり、今アスナさんを悩ませているのはその選択の是非について、ということですわね。ご友人の忠告通り全てを忘れるか、それともその秘密に関わり続けるか…………普通に考えれば、そんなの全てを忘れてしまう方が良いに決まってますわね?」「へ? ど、どうしてよっ!?」私が散々悩んでたことを、あっさり決めちゃうなんてどういうことよっ!?そんな不公平感も相まって、私は身を乗り出しながら委員長にそう尋ねた。「レディがそうそう身を乗り出すものじゃありませんことよ? 良いですか? 要は単純な消去法です。選択に迫られた際、通常はどちらの方が益があるかで判断するものですが…………今のお話ではアスナさん、どちらの選択肢もあなたにとっての益はありません」「えーと…………えきって、得がある、って意味で良いのよね」「…………ハァ。ええ、そういうことです。ならば後は簡単です。どちらの選択肢の方が、あなたにとってリスク…………損が少ないかを考えればよろしいのです。全てを忘れると言う選択肢なら、あなたにとっての損はありませんが、関わり続けると言う選択肢では、あなたはその大きさが計算出来ない損を抱えることになるわけです」「だから、全てを忘れた方が良い、ってこと?」「そういうことですわね」そこまで言って、委員長は自分のカップを口元に寄せる。…………そんなの、私だって分かってるわよ。私が全部を忘れちゃえば、小太郎が教えてくれた『魔法に関わることによる危険』は、今後一切私に降りかからなくなる。それだけじゃなくて、きっと小太郎やネギに迷惑を掛ける事だってない。そう考えれば、答えがもう見えたようなものだって、そんなことは分かってる。だけど…………。「もっとも、あなたの性格を考えると、はいそうですか、と頷ける選択肢ではないですわね」「え…………?」私の心の中を見透かしたみたいに、不意に呟いた委員長。驚きながら顔を上げると、目の前で委員長が苦笑いを浮かべていた。「あなた、昔っからおせっかいでしたものね。自分は全てを忘れて過ごしているのに、他の誰かが危険に曝されている。そんな状況、あなたは黙って見ていられないのではなくって?」「っっ!!!?」あまりにも私のことを見透かした、そんな委員長の台詞に、思わず息が詰まってしまった。…………そう、なのよね。結局、私が答えを決めかねているのはそれが理由なのだ。私は全てを忘れてしまえば、今後の安全が保障されて、蚊帳の外にいることが出来る。だけど小太郎とネギ…………もっと言えば木乃香や桜咲さんはそうじゃない。これからだって、私の知らないところで、小太郎が見せてくれた、あんな怖い光景に、自分から首を突っ込んでいくことになるかもしれない。それが分かっているから、私は簡単に全てを忘れてしまおうと、そんな気にはなれなかった。だけど、だからと言って、全てを忘れなかったとしても、それで私に何が出来ると言う訳でもない。何度も言うように、私がこれからも魔法に関われば、それで迷惑を掛けるのは小太郎やネギたちだ。それなのに、あの2人に対して、私はこれからも魔法に関わる、なんて、胸を張って言える訳がない。だからこそ、私は悩みに悩んでいる。もう何度考えたか分からない自問自答に口を噤む私。すると委員長は、突然すうっ、と目を細め、こんなことを言った。「あなた、そのご友人方を逃げ道にしていませんこと?」「にげ、みち…………?」委員長の言った意味が分からなくて、思わず私は首を傾げる。小太郎たちを、私が逃げ道にしてる? 一体どうして…………?目を白黒させる私に、委員長は追い打ちを掛けるみたいに言葉を続けた。「あなたが『秘密に関わり続ける』という選択肢を選び兼ねているのは、そうすることでそのご友人方に何らかの迷惑が掛かるのでは、と、そんな心配をしているから。そういうことではなくて?」「う、うん。そうだけど…………」そんなの当たり前じゃない、とは言えなかった。だって委員長は、そう私が答えようとした、厳しい顔つきになったから。「私はそのご友人方がどのような人物か一切存じ上げません。ですから、そのご友人方が仮に私だったらと仮定して、お話いたしますわね。もしも、あなたが私に気を遣い、その選択肢を思うように決めることが出来ない。そんな状況を知ったとすれば、その時はきっと、こう怒鳴りつけて差し上げるでしょうね」委員長は、そこで大きく息を吸い、真剣な表情で私に言った。「―――――バカにしないで頂きたいですわ」抑揚のはっきりした、澄んだ声で告げられたその言葉。頭を、ガツン、と叩かれたような気がした。突然の出来事に、頭が真っ白になる。そして、次に浮かんで来たのは、ただただ怒りばかりだった。この女…………人の気も知らないでっ!!!!一度火が付いた感情に抑えが利かず、私はがたんっ、と椅子から立ち上がっていた。「あんたねぇっ!? 私の気も知らないで、良くそんなことが言えるわね!? そいつらの言ってる危険がどんなもんか、あんたは知らないからそーゆー物言いが出来んのよっ!!!!」「ええ、全く持って知りませんわ。ですが、それとこれとは話が違いますもの」「っっ!!!?」精一杯怒鳴りつけたにも関わらず、委員長は涼しげな顔で、自分の紅茶を一口啜る。それが余計勘に触って、もう一度怒鳴りつけようとした。けれど、それよりも早く、委員長は言葉を紡いだ。「だってあなた、それはこう言っているようなものですのよ? 全てを忘れた場合は『あなたたちに迷惑を掛けたくないから』。そして秘密と関わり続ける場合は『あなたたちが心配だったから』と。そんな風に、さも自分の選択はご友人たちを慮った末の結論であると、そんな恩着せがましいことを言われたら、腹の一つや二つ立つのも仕方がありませんわ」「あ…………」違わなくて?と、そう念を押した委員長に対して、私は何も言い返すことが出来なかった。だって…………言われて初めて気が付いたんだもの。そして思い出しもした。小太郎に問い掛けられた時、あいつが何て言っていたのかを。『―――――もし何かが起こった時『自分は巻き込まれただけやのに』なんて逃げ腰でおられると、最悪の事態も起こり兼ねんからな』…………結局私は、最後の最後まで『自分の意志』で、あいつらと同じ場に立とうとしてなかった。小太郎にされた質問、その答えとなる選択肢さえ、あいつらを理由にそれを決めて、挙句の果てにはそれを逃げ道にしようとしてたなんて…………。委員長にそれを指摘されて、私は力なく、呆然としたまま、椅子へとへたり込むように腰を降ろした。…………私に、委員長を怒鳴る資格なんてないんじゃない。脱力仕切った私を、委員長は溜息交じりに一瞥すると、もう一度自分の紅茶を啜った。「さてアスナさん、あなたは今、ようやくのスタートラインに立った訳ですけど、それがお分かり?」「え…………?」どういうこと?言われた意味が分からず、すぐに答えが出て来ない。そんな私の様子を、委員長は可笑しそうに笑った。「これであなたは、ご友人たちを逃げ道とせず、ようやく自分の意志だけで、どうしたいのかを決められる位置に至ったと、つまりはそういうことです」「っっ!!!?」言われてはっとする。小太郎やネギのことは視野に入れず、ただ自分がどうしたいか。私はようやく、そう考えることが出来る位置に来た。その言葉の意味を理解したとき、私の中にその答えは意外なほどすんなり、まるで初めからそこにあったみたいに浮かんできた。含みのある笑みを浮かべて、私の答えを待つ委員長。そんな笑顔に、私は心の中でお礼を言う。…………ありがと。あんたのおかげ、ようやく私は、私の気持ちにはっきりと気付くことが出来た。気が付くと、口元にはあの日以来浮かべてなかった、心からの笑みが浮かんでいた。だから私は、目を閉じ、大きく息を吸いこんで、委員長の目を正面から見据える。そして口にした。ようやく見つけた、私自身の答えを。「―――――私は…………」SIDE Asuna OUT......OUT SIDE......そこは閑散とした、一神社の境内だった。否、一見すると閑散としているように見えるが、その実、その敷地は静かな熱気に満たされている。それもその筈。不可視の力が働き、この日この神宮は参拝客こそないが、その傍らで大きな役割を担っているのだから。この社、名を白峯神宮という。由緒ある神所として、古来より有名を博して来たこの社にて、本日はとある事情から4名の人間が祈祷を受ける手筈となっている。そのため、境内は人払いと称して結界が張られ、本殿ではその準備にと、大勢の人間が動員されていた。その最中、榊を刈って来るよう命じられた2名の宮司が、その境内にて、作業の最中談笑している。2人とも年若で、その容貌や立ち居振る舞いから、この職に就いて日が浅いことは明白だった。「それにしても、俺たちツいてるよな?」「ああ。不祥事で人員入れ替え。最初はかったるいとか思ってたけど、まさかそのおかげで一般向けじゃない『本物の祈祷』を見れるなんて」「きっとすげぇんだろうなぁ…………神主様の、それも戦勝祈願ともなると、きっとかなりの魔力で境内が満たされるんだぜ?」少年のように瞳を輝かせ、口々に己の幸運を歓ぶ2人の宮司。その言葉からは、これから行われる儀式が、命を賭して闘う者たち、その無事を祈念してのものであること、それをまるで実感していないことが見て取れる。恐らくは対岸の火事と、そう高を括っているに違いない。ただただ、この2人は稀有な体験が出来ると、そのことに対する感動しか噛み締めていない。或いは、これから起こる出来事は、この2人に対する戒めだったのかもしれない。神職に就くものでありながら、その祈祷の意味を軽んずるな、そんな神の啓示。世に起こる争いの全てが、必ずしも対岸の火事であるとは限らないのだから。―――――かさっ…………「ん?」不意に1人が背後を振り返る。しかしそこには何もなく、ただ背の低い木々が、風に揺られているだけだった。「おい、どうした?」「いや…………今そこに、誰かいたような気がしたんだけど…………?」「おいおい止めてくれよ? こんな場所で、そういう話するなって」「悪い悪い。多分気のせいだわ」冗談めかして言った男に、振り向いていた男も笑って、それをただの気のせいだと断ずる。しかしながら、生憎とそれは気のせいなどではなく、この境内にはもう1人、招かれざる客の姿が有った。「…………こんな三下に気が付かれるなんて、ボクも少し油断が過ぎたようだ」「「っっ!!!?」」閑散とした境内に響く、鈴の音のような、しかし抑揚のない少女の声。気のせいだとするには、あまりにはっきりと響いたその声に、今度は2人して宮司たちは振り返る。しかし…………。「…………石の息吹」…………2人の宮司は、ついぞ声の正体を目にすることはなかった。宮司たちが石象へと姿を変えたその頃。「フェイトはん、始めなはったみたいどすな?」境内からは本殿を挟み反対方向にある宝物庫。その中で、白い子袖に緋袴という伝統的な巫女の装束に身を包み、金糸に眼鏡の少女が愉しげ笑った。そして少女は、まるで快感に身悶えるように身を震わせ、溢れんとする激情、その一端を言の葉に乗せる。「あぁ…………ウチも早ぉ混ざりたいどすなぁ…………半蔵はぁん、探しもんいうんは、まだ見つかりまへんのぉ?」その外見とは不相応な、煽情的な視線を隠そうともせず、少女は宝物庫の奥、棚を物色する人影に問い掛けた。問い掛けられた人物は、これまた白の直衣に奴袴という神職然とした服装に身を包む青年である。青年は少女の方を一瞥することも無く、呆れたように溜息を吐いた。「血気盛んなんは結構やけど、仕事の方は忘れんどいてや?」そんな青年の物言いに、少女は唇を尖らせる。「あんもぉ、そないいけずなこと言われんとも分かっとりますえ? ウチは半蔵はんの護衛役どす。ここで誰も来んよう、見張っとくんが仕事どすなぁ。けど…………」ニヤリと、少女は再び、恍惚とした笑みを浮かべて、唇をぺろりと舐めた。「…………誰か来てもうたときは、そら斬らなあきまへんなぁ?」愉悦を湛えた眼光で、少女は己が得物を覗き見る。大小それぞれの刀。鏡のように磨き上げられたその刀身に、己の表情を映し出し、少女は一層笑みを濃くする。「うふふっ♪ …………こうして見ると、ウチもなかなかどうして、巫女装束が似合うとりますなぁ。そうは思いまへんか?」「…………ハァ。ホンマ自分は、いつでも愉しそうで羨ましい限りやな」2度目の問い掛けに対して、青年は諦めたように溜息を吐くと、棚から手を離し少女へと振り返った。「まぁ良ぉ似合うとることは認めたるわ。色気は皆無やけど」「そ・こ・はぁ…………今後に期待、どすえ❤」煽情的に身をよじらす少女に、青年は3度目の溜息を吐いた。「さて、人斬りを愉しみにしとるとこ悪いけども、最初に入って来た連中は殺したらあかんで? 峰打ちで気絶させたり」「えぇ~~~~っ!? せ、殺生なぁ!! な、なんで斬ったらあきまへんのぉっ!?」「…………ホンマ自分は欲望に正直やな」4度目の溜息とともに、青年は苦笑いを浮かべる。そして青年は腕を組み、背後の棚へそっとその身体を預けた。「探しもんやけどな、どうもこん宝物庫にはあれへんみたいやねん。せやからそれを知っとる奴に、在処を尋ねてみよ思てん」「あ~んっ!! そんなん話しがちゃいますえ!? ウチも早ぉ闘いたい~~~~っ!!!!」じたばたと、今度は外見相応な少女のように、金糸の少女は得物を手にしたまま地団駄を踏む。そしてちょうどその時だった。「貴様らっ!! そこで何をしているっ!!!?」青年と同じ直衣と奴袴を纏った壮年の宮司が、怒鳴り声とともに宝物庫へと押し入って来たのは。予想していた状況とは言え、突然のことに青年を少女が動きを止める。最初に動いたのは青年だった。狐のように切れ長な双眸を、更に細めて笑みを作る。「ほら来なすった。月詠、殺したらあかんで?」その視線の先、金糸の少女は頬を膨らませ、不服を露わにしながらも己が得物を握り直した。「分かっとりますぅっ!! けどけどっ、次に入って来た人は絶対に斬ってまいますからなぁ~~~~!!!」滅多斬りどすえ~、膾斬りどすえ~、などと、物騒な言葉を口走る少女。そんな2人の様子を呆気を取られたように見つめていた宮司はふと我に返り。「き、貴様ら、何をふざけたこと、を…………」しかし、言葉を最後まで紡ぐことなく地に伏した。先程まで宝物庫の奥にいた少女は、気が付くと倒れた男の背後に立っている。そして少女は倒れた男のすぐ傍にしゃがみ込むと、つまらなそうに唇を尖らせ、両腕で頬杖を付いた。「ハァ…………やっぱ峰打ちやと物足りまへんなぁ? それもこないな下っ端さんやと、まるで手ごたえがおまへん…………」溜息を吐く少女に、その様子を終始見つめていた青年は、けたけたと笑い声を上げながら近付いて行く。「良く出来ました。まぁそん内大もんも出て来るやろうし、もうちっとの辛抱やろ」「ホンマどすかぁ~~~~? 鈴鹿山んときもそうおっしゃってはったんに、結局ぜ~んぶっ、フェイトはんが石にしてもうたんやものぉ…………」「いやいや、今回はホンマやて。わいの勘がそう言うとる」「ふぇ? 半蔵はんの勘、どすか? ほんならまぁ、もうちょびっとだけは我慢したりますえ。ふふっ♪」青年の勘。それがどれだけ信用に足るものか。それを知る少女は、表情を一変させると、満足な笑みを浮かべつつ鼻歌を口ずさみ始めた。楽しげに歌う少女を尻目に、青年は足元に伏した宮司、その傍らにしゃがみ込む。そしてその頭部へと右手を翳して、口元を三日月に歪めた。「ほなら、わいの探しもんの在処、教えてもらうとしまひょうか?」細められた黒い双眸。その奥に愉悦の炎を滾らせながら…………。OUT SIDE END......「ん、んーーーーっ!!!! やっぱ2年ぶりとなると、懐かしいもんやなぁ」駅を出た俺は、懐かしい京都の風景をぐるりと見回して、目一杯体を伸ばした。街中で麻帆良とそう代わり映えしないように見える風景だが、俺の脳裏にはここから麻帆良へと旅立った日の事が、昨日のことのように思い出される。隣に立っていた刹那、その表情を覗き見ると、恐らく同じようなことを考えているのだろう、その口元は綻んでいた。「ここから神宮まではバスで移動になります。お手洗いなどは今の内に澄ましておいてくださいね」「「はーい」」「ふ、2人ともっ!! 遠足じゃないんですよっ!?」」元気良く返事をした俺と霧狐に、刹那が慌てた様子でそう突っ込む。いやだって、先生が引率の先生みたいなこと言うんだもの。ん? いや、あってるのか?まぁ、それはともかくだ。長時間の移動はこれでお終い。となると、そろそろ本格的に、頭を戦闘に向けて切り替えるべきだろう。新幹線の残り時間で、軽く戦闘時の打ち合わせはしたものの、いつ兄貴たちの襲撃があるか分からない以上、白峰陵では気が抜けないからな。今の内から、その心づもりをしておく必要がある。そんなことを考えていた時だ。不意に先生の携帯が鳴り響いた。「おや? 白峯神宮からですね。到着が遅いとの催促でしょうか?」訝しげな表情を浮かべながら、先生が携帯の通話ボタンを押す。「もしもし葛葉です、が…………何ですって!?」「「「!!!?」」」先生が挙げた声、そこに便乗する緊迫感に、俺たち三人が身を固くする。俺たちが固唾を飲んで見守る中、先生は何が起こっているのか、それをはっきりと口にした。「…………襲撃。それも白峰陵ではなく、白峯神宮へですかっ!!!?」それは予想だにしなかった、しかし予定通りに闘いが始まったこと、それを知らせる言葉だった。