…………じ、ジーザス…………。ど、どーすんだこの状況?俺の足元にじゃれついて来るチビをほっぽって、俺は真正面で表情を凍りつかせる2人を凝視していた。かくいう俺の表情も、2人と同じように凍り付いているに違いない。…………ぜ、絶対に『今の』見られてたよな?た、ただ幻術使って一緒に居るところを見られただけならまだしも、よりによって、ほっぺにチュウされてるとこ見られるなんて…………。つーか、この2人どうやって俺たちの居場所を…………って。「…………お前さんの仕業かいな…………」「きゃんっ!!」げんなりしながら足元に視線を移す俺。そんな俺に答えるように、チビは足元で誇らしげに、それこそ『褒めて!!』とでも言わんばかりに一吠えした。…………褒められるか!!く、くそぅ…………優秀な使い魔がこんな形で仇となるなんて…………。ど、どうしよ? と、とりあえず、いつまでもこうして、見つめ合ってる訳にもいかねぇよな?何か、何か言わないと…………。そう思って、俺は2人に声をかけようと、1歩を踏み出す。その瞬間。「…………っっ!?」はっと息を飲む明日菜。そして彼女は何を血迷ったのか、そのまま明後日の方向へと駆け出して行ってしまった。「ちょっ!? あ、明日菜っ!!!?」や、ヤヴァいっ!!!!このまま明日菜が寮に帰って、木乃香に今の一部始終を話しでもしたら…………。俺は確実に、木乃香と刹那のタッグ制裁の餌食になってしまう…………!!そ、それだけは何としても避けたい!!慌てて彼女を追いかけようとする俺。しかし…………。「…………ねぇ、小太郎君」「は、はい…………?」いつになく、思いつめたような口調で俺の名前を呼んだネギ。そんな彼女の声によって、俺の歩みは再び止められることになってしまった。な、何だ?や、やっぱネギも、今の俺と刀子先生のやり取りを何か勘違いして?しかし、そんな俺の考えはすぐさま打ち砕かれることになってしまう。何故なら…………。「小太郎君が、どうしてもやらなくちゃいけないことって、何?」俺の目を真っ直ぐに見据えて問い掛けたネギ。その表情が、有無を言わせないほどに真剣なものだったから。「ゴメン。あんまり人の事情に踏み込むのは良くないって思ったんだけど…………図書館島で遭難してたときに、木乃香さんから聞いて、気になってて…………」「…………」ネギは申し訳なさそうに、今度は目を少し伏せてそう言う。恐らくネギは、木乃香にこう聞いていたんではないだろうか。『俺には、どうしてもやらなければならないことがあって、それを終えるまでは、恋愛の事なんか考えられない』…………価値観が女の子らしいネギのことだ、木乃香とその手の話題で盛り上がり、話の矛先が俺に向かったとすれば、十分に考えられることだ。そして、そんな風に聞いていたネギは、今の俺と先生のやり取りを見て、その木乃香から聞いていた話との差異に戸惑っている。きっとだが、彼女はその『どうしてもやらなければならないこと』が、俺が強さを求める理由に、何かしらの関連があると考えたのだろう。未だ彼女が口にしたことはないが、ネギもまた、俺と同じように『強くならねばならない理由』がある。そんな彼女は、俺が強さを求める理由に、興味を持った。だからこそ、差異を感じ、戸惑いながらも、今の問いを俺に投げかけて来た。…………本音を言えば、今すぐにでも明日菜を追い駆けたいとこなんだけどな。しかし、ここまで真摯に尋ねられた以上、俺は彼女の決意に、誠意を持って答えなければならない。だから俺は、大きく息を吸い、ゆっくりと彼女に歩み寄ると、その正面に立った。「俺がどうしてもやらなあかんこと、それはな…………」先のネギと同じように、俺は真っ直ぐ射抜くように彼女の目を見つめ、そして…………。「―――――復讐や」この6年間、俺が必死で研鑽を積んで来た、その目的を口にした。「っっ!? ふく、しゅう…………?」その言葉が、余りに普段の俺のイメージに似つかわしくないものだったからだろう。息を飲んだネギは、その言葉の意味を考えるように、そう俺の言葉を繰り返した。「そ、そんな…………一体、誰に…………?」「ストップ、続きはどっか行ってもうた明日菜を捕まえてからや」呆然としながらも、絞り出すように次の問いを投げかけて来るネギ。しかし俺は、そんな彼女の台詞を遮って、そんな提案を口にした。遅かれ早かれ、彼女たちには俺の闘う理由、強さを求める理由を説明しなくてはならなかったのだ。それが偶々、こんな形で切り出されてしまったというだけのこと。自らの保身以上に、この話は彼女たち2人に聞かせるべきだろう。そう判断しての提案だ。俺はネギの返答を待たずして、自らの影に対してゲートを開いた。「ほな行くで? 早ぉ見つけへんと、明日菜のやつが女子寮に入ってもうたらお終いやからな」もちろん、この発言は俺の明日的な意味でだ。「い、行くって…………小太郎君、アスナさんがどこに行ったか分かるの?」「分からん。けど、どの道門限も近いさかい、寮に向かうてるんは間違いあれへんやろ?」ここから女子中等部寮へは真っ直ぐ1本道だ。アスナの俊足を考えても、桜通りの少し向こう側くらいにゲートを開けば、十分に先回りは出来るだろう。黄昏の姫巫女としての記憶がない彼女は、学園に暮らす他の一般生徒と何ら変わりない感性を持っている。『魔法』って言葉に対しても、どちらかと言えばファンシーな、夢の有るイメージを抱いて居るのかも知れない。図書館島の一件を経た今でも、原作を鑑みる限り、その価値観に大きな揺らぎはないだろう。だからこそ、ここらで俺の生い立ちを詳しく話して、俺やネギに関わること…………魔法に関わることがどれだけの危険を孕むか、分かっていて欲しい。「そうや…………ネギ、明日菜と合流する前に言うとかなあかんことがあんねん」「え? な、何かな?」未だ俺の放った『復讐』という言葉への驚きから冷めていないのか、どこか心ここに有らずといった風に、ネギがそう尋ねる。そんな彼女に、俺は真顔でこんなことを言う。「さっきセンセが俺の頬にキスしたんは、端に俺をからこうてただけで、深い意味はあれへんからな?」「へ?」いきなり雰囲気をブチ壊すようなことを言った俺に、ネギが素っ頓狂な声を上げて、先程とは違う驚きの表情を浮かべる。いや、だってちゃんと断っておかないと、勘違いされたままだとマズいじゃん。実際、アレは刀子先生から俺への、精一杯のアピールだったんだろうけど…………それとこれとは話が別だ。先生には申し訳ないが、俺はまだ生きていたい。そんな訳で、俺の口から出た言い訳は、現状、唯一無理のないであろう、精一杯の誤魔化しの言葉なのだった。SIDE Asuna......真っ暗になった桜通りを、私は1人で歩いていた。はぁ~~~~…………何であいつの後を追っかけようとか思っちゃったのよ…………。そりゃあ最初は、普段人のことを散々おちょくってくるから、弱みの一つでも握れたら、少しは仕返しも出来るんじゃ?なんて考えてたけどさぁ…………。実際、決定的な現場を目撃した今、私の胸の中にあるのは、1年の時に高音先輩とあいつが仲良さそうにしてるのを見た時と同じ、もやもやとした気持だった。それに…………小太郎達を追い駆けてる時に、ネギと言い争ってたこともあって、妙に意識しちゃってるのよね…………。『それってもしかして、小太郎君のことが『好き』ってことじゃ…………?』…………確かに、小太郎が他の女の子とイチャついてるの見たら、イラっとすることはあるけどさ。けど、それが恋愛感情かって聞かれたら、何か違う気もするし。と、というか、私が好きなのは高畑先生だけなんだってば!!…………とは言ったものの、それが恋愛感情だって認めちゃえば、このもやもやの正体もはっきりしてしまうのは事実だ。犬上 小太郎、か…………。キザったらしくて、女の子だったら誰にでも優しくて、いつでも人助けのために躍起になってるバカみたいなお人好し。でもって、実は妖怪で魔法使い。オマケにこの麻帆良で、魔法関連の厄介事を専門にする警備員までやってるっていう、規格外な男子生徒。不良連中の間じゃ黒い狂犬なんて呼ばれてる札付きの喧嘩屋。…………こんだけ言ってると、私って物凄いあいつのこと知ってるみたいだけど。「…………実際、なんにも知らなかったのよね」…………まさか、担任の女教師と、そ、その…………つ、付き合ってた、なんて。考えようによっては羨ましくもあるわよね。だって、それって教師と生徒の垣根を越えてたってことでしょ?何かコツとかあるなら教えて欲しいくらい…………って、何だ。私やっぱり高畑先生のこと好きなんじゃない!!そこまで考えると、ふと気持ちがスッキリしたような気がした。そうよそうよ!!このもやもやは、あいつが他の女とイチャついてることに対する嫉妬なんかじゃないわ!!これは、私が高畑先生との仲をまるで進められないのに、あいつが一足飛びに女教師とイチャ付いてることに対する嫉妬だったんだわ!!そう考えれば、全て説明が行くじゃない!!「私が好きなのは、小太郎じゃなくて、やっぱり高畑先生だけよっ!!」何だか嬉しくなって、思わずそんなことを叫んでしまう私。まぁ、結構暗くなってるし、周りには誰も居ないわよね?そう思ってたんだけど。「天下の往来で、何恥ずかしいことを叫んでるんだ?」「うひゃぁぁぁぁああああっ!!!?」う、うそっ!? だ、誰かいたわけっ!?って言うか、今の独り言、全部聞かれてたっ!!!?どうか知り合いじゃありませんように…………。そんな期待を込めて後ろを振り返る私、そこには…………。「え、えばちゃん?」この2年間、殆ど口も聞いたことのないクラスメイトの姿があった。SIDE Asuna OUT......SIDE Evangeline......例によって、魔法薬の触媒にする血液の採取に来ていた私は、見知った顔が歩いているのに気が付き、気配を消した。…………あれは、神楽坂明日菜?どうしてこんなところに…………って、どこかに出かけていた帰りなら、この桜通りを歩いていても不思議はないか。しかし…………これは僥倖だな。せっかくだ、あいつの血液も頂くとしよう。あいつのように能天気で活きが良い女の血は良い触媒になる。三日月に口元を歪めながら、奴の背後に近付く私。しかし次の瞬間…………。「私が好きなのは、小太郎じゃなくて、やっぱり高畑先生だけよっ!!」「…………」神楽坂明日菜が発した言葉に、私は思わず前のめりにこけそうになった。な、何を言ってるんだこいつは?「天下の往来で、何恥ずかしいことを叫んでるんだ?」「うひゃぁぁぁぁああああっ!!!?」あまりにも予想外の言葉に、私は状況を忘れてそんな突っ込みを入れてしまう。私が気配を消していたせいで、周囲には誰も居ないと思い込んでいたのだろう。声を掛けた瞬間、神楽坂明日菜は、素っ頓狂な声で叫び飛び上がっていた。「え、えばちゃん?」そして油の切れたブリキのおもちゃのような動きで振り返ったやつは、私を見るなりそんな風に呟く。ちゃん呼びに、思わず眉が跳ねたが、まぁ、こいつは私のことを何も知らないのだ。今回くらいは見逃してやろう。しかしこいつ…………あの駄犬と知り合いだとはな。そう言えば、こいつはあのジジィの孫と同室だったか?ならば一般人とは言え、何かの拍子に魔法のことを知っていても不思議ではない。あのクソジジィの性格なら、魔法を知ったとしても、記憶を消さず、厳重注意で済ませている恐れもあるしな。それに…………あの妖怪がわざわざ孫娘と住まわせるくらいだ。この小娘自体に、何らかの秘密が隠されている可能性もある。もっとも、それも些末な問題だ。それ以上に、私の興味は今、こいつの言っていた言葉に注がれていた。「貴様、小太郎に惚れてるのか?」ニヤリと、意地が悪い笑みを浮かべてそう問いかける私。本来ならば、こんな小娘とこんな場所で口を聞くことにメリットなどないが…………あの駄犬が絡んでるなら話は別だ。さんざん人のことをおちょくり倒してくれるあのバカに、意趣返しするための切り札になるかも知れん。そう思っての問い掛けだったのだが…………。「っっ~~~~ち、違うってば!!!!」耳まで真っ赤にしながら、神楽坂明日菜は全力でそう叫んでいた。別に照れ隠しという様子はないみたいだな…………。フン…………当てが外れたな。ならばこれ以上、こいつから有益な情報がもたらされることもないだろう。そう結論付けた私は、その場を去ろうと踵を返す。しかし…………。「って、ちょっと待って!? え、エヴァちゃん、小太郎と仲が良いの!?」神楽坂明日菜にそう呼び止められて、私は仕方なく足を止めた。「気持ちの悪い言い回しをするな。別に仲良くなどはない。ただ、貴様らよりはあいつの深淵を知っているというだけだ」「し、しんえんってどーゆー意味?」「…………」目眩がした。…………そういえば、こいつはあのクラスでも最下位の成績だったか。言葉は慎重に選ばないと、こういう弊害もある訳だな…………。「こ、言葉の意味は分かんなかったけど、とりあえず、小太郎の事は良く知ってるってことよね?」「…………あーもうその解釈で構わん」溜息を零しながら、神楽坂明日菜に適当な返事を返す私。というか、もう行っても良いか?正直、これ以上こいつと会話することになんのメリットもないんだが?そう思っていたんだが…………。「あ、あのさ? 小太郎が誰かと付き合ってるって話、聞いたことある?」「何…………?」神楽坂明日菜が口にした言葉に、私は再び振り返っていた。…………奴が誰かと付き合う、だと?あの駄犬に限ってそんなことはまずないだろう。大方、あいつが誰か女と仲良くしてるのを見て、こいつが勘違いしているだけだろうが…………これは良いことを聞いたな。十中八九、小太郎の相手としてこの女が勘違いしているのは、近衛木乃香や桜咲刹那ではないだろう。もしあの2人なら、こんな風に私に問い掛けて来ることはないからな。と、いうことはだ…………あいつが余所の女とイチャついていた事実を、あの2人は知らないということ。それをあいつらに吹き込めば…………中々に面白いことになりそうじゃないか?私は込み上げて来る笑いを必死で抑えながら、神楽坂明日菜に向き直る。面白い情報をよこしてくれた礼に、少しばかりちゃんと答えてやろう。そう思ったからだ。「何を見たかは知らんが安心すると良い。あのバカには、色恋にかまけている余裕なんてないさ」「え…………?」私の言葉に、目を丸くする神楽坂明日菜。もちろん、今度の驚きは言葉の意味が分からなかったからではない。恐らくは、何故やつが、色恋にかまける余裕がないか、その理由に心当たりがなかったからなのだろう。「余裕がないって…………どうして?」ほらな?不思議そうに尋ねて来る神楽坂明日菜。本来なら、そこまで親切に答えてやる謂れは無いのだが…………美味しい情報が聞けた上、今日は満月ということもあって、実に気分が良い。まぁ、質問に答えてやるつもりはないが、一つ忠告くらいはしておいてやろう。「そこまで答えてやる義理は無い。それに、桜通りの吸血鬼の噂、貴様も聞いたことがあるだろう? さっさっと寮に戻った方が賢明じゃないか?」無論、その正体はこの私。かつて不死の魔法使いと恐れられた賞金首、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。先程の情報料として、今後こいつを襲うつもり無いが、他の女を襲ってるときに出くわすと、危害を加えざるを得ないからな。少し釘を刺すつもりでそう言ったのだが…………。「きゅ、吸血鬼って…………エヴァちゃん、そんなの信じてる訳?」どこか呆れたように、神楽坂明日菜はそんなことを言う。ふっ…………まぁ、実に一般人らしい反応ではあるな。「信じるか信じないかは貴様の自由だ。しかし、貴様は知っているのではないか? そういった例外が存在することを」「っっ!? も、もしかしてエヴァちゃん、魔法のこと…………!?」私が問い掛けた瞬間、目を見開き驚きを露わにする神楽坂明日菜。先の推論通り、どうやらこいつは、魔法のことと、そしてそれは隠匿されねばならないことを知っているらしい。あの駄犬め…………どういう失敗をしたら、こんなやつに魔法を知られるんだ?それはさておき、だ…………これ以上、こいつと言葉を交わす必要はないだろう。ちょうど、あいつもやってきたようだしな。しかし…………くくっ、慌てて追いかけてくるところを見ると、どうやらあの駄犬、こいつに余程見られたくない場面を目撃された様だ。あの京都主従にリークしてやれば、さぞや面白い見せ物になることだろう。すぐ近くで開かれたゲートの魔力に、私は笑みを浮かべるのだった。SIDE Evangeline......ゲートを通り抜け、桜通りにやって来た俺とネギ。お役御免となったチビには、先に寮へと戻ってもらったからな。予想では、そろそろ明日菜と鉢合わせする筈なんだが…………。「あ、あそこっ!! あれ、アスナさんだよね?」そう言ってネギが指差す方向に目を向けると、そこには確かに見覚えのあるツインテールが風に揺られていた。しかし…………何で寮の反対側を見て立ち尽くしてるんだ?不思議に思ったが、すぐに答えは見つかった。明日菜を挟んで俺たちと反対側。そこにあった小柄な人影。恐らく明日菜は、その人物と話していたのだろう。そしてこの匂い…………どういう風の拭き回しだ?その人物から微かに漂ってきた血の匂い。それでその人物が、エヴァだと気付いた俺は、内心首を傾げたが、まぁいつもの気まぐれだろう。そう結論付けて、俺はネギとともに明日菜へと駆け寄ることにする。「明日菜っ!! ようやく見つけたで!!」「っ!? こ、小太郎っ!?」「ふっ、良いタイミングだな駄犬」俺が声をかけると、対照的な反応で振り返る2人。その近くにやって来て、俺とネギは足を止めた。「エヴァ…………どういう風の吹き回しや? 自分がクラスメイトと談笑しとるやなんて」「フン…………偶にはそういうことも必要だと言ったのは貴様だろう? まぁ、そろそろ帰ろうと思っていたところだがな」そう言い捨てるとエヴァは、さっと踵を返し立ち去ろうとする。しかし、歩きだす直前で、彼女はもう一度だけこちらに振り返り…………。「なるほど、そいつが奴の…………」「っっ!!!?」ネギをちらりと一瞥し、氷のような視線で射抜いた。そんなエヴァの視線に、一瞬だが身を振わせるネギ。「ね、ネギ? どうしたの?」「い、いえ…………何か、一瞬だけ寒気が…………」その悪寒の正体には気が付かなかったのだろう。心配そうに尋ねる明日菜に対して、彼女は気もそぞろといった風に、ただただ茫然と自らの身体を抱き締めるばかりだった。もっとも、彼女がその寒気の正体に気が付かないのも無理は無い何せ、エヴァのやつは、戦闘に関しては素人のネギに、それなりの殺気をぶつけやがったのだから。原作でもそういう描写はあったが…………実際に目の前でその光景を見ると、余り気分のよろしいものじゃないな。だから俺は、若干語気を荒げながら、エヴァにこう問いかけた。「エヴァ…………俺の役目、分かっとるよな?」ここでネギに危害を加えると言うのなら、俺は立場上、彼女を迎え撃つ他ない。さすがに封印されたままの彼女では、本気で今の俺と戦闘をすれば分が悪いことくらい本人も承知しているだろう。原作に比べて時期の早い今では、魔法薬の準備も万全ではないだろうしな。「フッ…………そう逸るな。心配せずとも、ここで事を構えるほど私は酔狂じゃない」俺の期待通りと言うべきか、すぐに殺気を霧散させて、エヴァは小さくそう笑った。「じゃあな。それと、神楽坂明日菜。さっきの問いだが、直接聞け。こうして本人が目の前にいるんだからな」そう言い残すと、エヴァは今度こそ自分のログハウスに向かって歩き始める。まるで、漆黒の闇夜に溶け込むようにして、その後ろ姿すぐに掻き消えてしまった。…………ったく、ヒヤヒヤさせやがって。ああやって凄んだものの、実際戦闘になれば、負けないにしてもエヴァを負かすのは至難の業だからな。それに…………そうなってしまうと、俺の目論見も全て水泡に帰してしまう。そうならなかったことに、俺は安堵の溜息を零した。その瞬間だった。「ねぇ、小太郎…………」先程のネギと同じ、酷く真剣な声で明日菜が俺の名を呼んだのは。俺が振り返ったと同時、ぎゅっと自らの身を抱き締めていたネギの顔を覗き込んでいた明日菜が、すっと顔を上げる。ちりんと、彼女の髪に括られている鈴が、小さく鳴った。「さっきエヴァちゃんに聞いたんだけど、あんたには恋愛してる余裕なんてないって、どういう意味?」「…………」真正面から、俺の瞳を見据え、抑揚のはっきりした声でそう尋ねる明日菜。…………つくづくどういった風の吹き回しだ?エヴァの奴がクラスメイト、しかも一番苦手であろう性格の明日菜に、こうも親切に何かを教えてやるなんて…………。まぁ、考えても仕方がないだろう。あいつの気まぐれなんて、今に始まったことじゃなし。それに、彼女の方からそう切り出してくれたんだ。どの道、これからそれを話すつもりだった俺にとって、この状況はこの上なく僥倖だろう。「安心せえ。それを説明するために、こうして追っかけて来たんや」「…………」いつものように、軽い調子のまま笑みさえ浮かべてそう言った俺。しかし、そんな俺の様子とは裏腹に、明日菜の表情は真剣なものから、崩れることは無かった。恐らくは『俺に余裕がない』という言葉に、大きな重みがあることを、本能的に感じ取っているのだろう。さすがは魔法の国のお姫様ってところかね…………。だから俺は苦笑いを浮かべながら、彼女たちにこんな台詞切り出す。「ほな、場所を変えよか? ちっとばかし重い話しになってまうさかい、覚悟だけはしといてくれるか?」「「…………(コクッ)」」俺の言葉に、しっかりと頷く2人。その様子に満足した俺は、再び自らの影を触媒にゲートを開いた。俺の過去を、俺が強さを求めるに到ったその根源を…………そして、俺に関わると言うことが、どんなリスクを孕むかを。その全てを、彼女たちに伝えるために…………。