「ぐすっ…………ぐすっ…………」「あーもー…………いい加減泣きやんだらどうや?」菊子さんの控室を後にしてから数十分後。つつがなく式を終え、まもなくブーケトスが行われようとしている。菊子さんと新郎さんがあるいているレッドカーペットの前列には、ブーケを受け取ろうと必死になっている未婚の女性陣がずらりと並んでいた。普段の刀子先生の様子を考えると、真っ先に前列に突っ込んで行きそうなものなのだが…………。「ぐすっ…………うぅっ…………世の中に神も仏も存在なんてしないのよぉ…………ぐすっ…………」…………とまぁ、すっかり腐ってしまった我らが刀子てんてー。悲しさと悔しさのあまりか、まったくもって菊子さんがほうるであろうブーケに関心が無かった。ちなみに、式の最中から延々泣きっぱなしの刀子先生。そんな先生の様子を勘違いして、多くの来賓の方々が貰い泣きしていたのはまた別のお話。「ほら、そんな悔しいなら、前列言って幸せ分けてもろて来たらどや?」「ぐすっ…………そ、それこそ余計悔しいじゃないですかっ!? よりにもよって、あの子の幸せを分けて貰うなんてっ…………ぐすっ…………」「前列に行かへんかった理由はそれかい…………」本当、どんだけ悔しいんだよ…………。そうこうしている内に、菊子さんと旦那さんは、レッドカーペットの終端までやってきていた。幸福感に満ち満ちた笑みを浮かべる菊子さん。そして、そんな彼女を改めて目にし、再び滝のように涙を流す刀子先生。いい加減脱水症状なんて起こすんじゃないかと、こっちは内心ヒヤヒヤだったりする。そんな俺たちが見守る中、菊子さんは手にしていたブーケを、高々と放った。そう言えば菊子さん、剣道してたんだっけ?彼女が投げたブーケは、思いの外高く上がる。流石に刀子先生の涙に痺れを切らしていた俺は、ここであるサプライズを思いついた。魔法使い的にはいろいろアウトな気もするが…………こんなめでたい日なんだし、少しくらい構わないだろう。かなり適当な理論武装を終えた俺は、周囲に聞かれないよう、小声でこう呟く。「…………風よ」その瞬間、上空に巻き起こる一陣の風。それによって、大きく煽られたブーケは、前列の女性陣を大きく飛び越え、俺たちの方へと向かって落下を始める。そして…………。―――――ぽすっ。「へ?」泣きじゃくっていた刀子先生の手の中へ、吸い込まれるようにして落ちていったのだった。その瞬間、目の前で繰り広げられた、奇跡のような光景に歓声を上げる来客たち。ブーケを放った当の本人である菊子さんまでもが、驚愕の余り目を白黒させていた。「うそぉっ!? 高くは投げたつもりだったけど、刀子のとこに落ちるなんて…………えへへっ、これって親友想いな刀子へ、神様からのプレゼントなんじゃない?」嬉しそうにはにかみながら、そんなことを言い出す菊子さん。ところがどっこい、これは神様なんて高尚な方からではなく、とある教え子からの励ましのメッセージなんだぜ。最初はこの状況に、頭が付いて行かなかったのだろう、きょとんとしていた刀子先生。しかし、そこは俺と同じ魔法関係者。すぐに何が起こったかを察した刀子先生は、じとっとした視線で俺を睨んできた。「小太郎…………今、魔法を使いましたね?」そして事の核心を俺に問い掛けて来る刀子先生。「さぁ、何のことやら…………?」俺はそんな彼女に、肩をすくめて見せると、明後日の方角を向いて口笛を吹く。この程度の魔法なら、誰だって気付かないだろうし、魔法使いの本分は『誰かの助けとなる事』。悲しんでる女性を元気付けるってことなら、十分に大義名分となり得る。死角の無い俺の理論武装に、それなりに付き合いのある刀子先生は気付いたのだろう。溜息交じりに苦笑いを浮かべると、それ以上追及しようとはしなかった。その代わりに…………。「…………全く。こんな風に元気づけるくらいなら、いっそのこと、さっさと卒業してもらってくれれば良いのに…………」「…………」…………なんて、かなり恐ろしいことを小声で呟いてくれたのだった。俺がこの後、逃げるようにその場から退散したのは言うまでも無い。軽はずみな行動、ダメ絶対。…………そんな訳で、刀子先生から逃げるようにチャペルからホテル内へと逃走して来た俺。どうせその内、先生も披露宴の会場になってる大広間に移動して来るだろうと踏んで、俺は一人廊下を歩いていた。そんな時だった。「何ですって!? 事故っ!?」「ん?」切迫した様子で、そんなことを叫ぶ男性の声が聞こえて来たのは。今の声、何かついさっき聞いたような…………。そう思って、声のした方向へと視線を移す俺。その視線の先では、先程まで菊子さんの隣にいたはずの新郎が、血相を変えてホテルの男性職員と何やら話していた。何だ?事故がどうとか言ってたけど、もしかして、来賓の誰かが事故ったとかか?盗み聞きは良くないと思いながらも、俺はひそひそと話す2人の会話に、狗族クオリティな聴覚を研ぎ澄ます。すると…………。「は、はい…………手品師の方は命に別条はないとのことですが、足を骨折されたとかで予定していた余興を行うことは無理な様子で…………」「そ、そうですか…………い、いえ。御無事ならそれ以上のことは望めません。余興に関しては、無くても式の進行に支障は来たしませんしね」「も、申し訳ございません。そう言って頂けると、当方も幾分気持ちが楽になります…………」「いえ、事故はホテルの方の責任ではありませんし、どうか気を落とされないでください。それに菊子さんを初め、私以外は余興のことは知りませんしね」…………なるほど。今の会話から察するに、恐らくは旦那さんがサプライズに行おうとしていたマジックショー。それを行う筈だった手品師が、会場に来る途中で事故に遭い、公演が不可能になったと、そういうことだろう。ちょっと前にニュースで、最近はそういう結婚式でサプライズを行う旦那さんが増えてるって見た記憶がある。恐らく、菊子さんの旦那さんも、そう言った企画を用意していたってことだろう。菊子さん…………本当に良い人に貰ってもらえたみたいで良かったなぁ。今の会話からして、他人への思いやりのある優しい人みたいだし…………。そんな旦那さんの一面を見てしまった以上、何とかしてやりたくなるのが人情ってもんだろう。先程思いつきで行動して、思わぬ墓穴を掘ったばかりだと言うのも忘れて、俺はひそひそと会話を続ける2人につかつかと歩みよった。「お取り込み中失礼。悪いと思たけど、今の話聞かせてもろたで」「!? あ、あなたは?」「お初に。菊子はんの知り合いで、犬上 小太郎言います」驚きの表情を浮かべる旦那さんに、にっと口角を上げながら自己紹介をする俺。菊子さんから俺の名を聞いていたのかもしれない、俺が名乗ると、旦那さんは納得したように頷いてくれた。「あなたが犬上さんですか。お話は菊子さんから伺ってます」「あー、そういう話は後にしよや。何や余興が出来ひんなった騒いどったやろ? そっちのことで聞きたいことがあんねん」「は、はぁ…………?」にこやかに会話を続けようとした旦那さんの台詞を遮る俺。それが腑に落ちないのだろう、旦那さんはきょとんとした表情を浮かべる。まぁ無理も無いですけど。とりあえず俺は、状況を確認するため、ホテルの職員へと視線を移した。「なぁ? そのマジックショーなんやけど、小道具の類は揃てるんか?」「は、はい。ショーで使う予定だった道具は、衣装も含め一通り昨日の内に届いていますので。「そりゃ重畳」衣装の方は諦めてたんだが、そっちまであるとは何たる僥倖。俺は悪戯を企てる子どものように笑って、目を白黒させる2人にこんなことを提案した。「―――――そのマジックショー、俺が代わりにやったろか?」「…………なるほど、事故で来れなくなったマジシャンの代わりに、マジックを披露すると、そういう訳ですか」「その通り。せっかく旦那さんが式を盛り上げよ思て練った企画や。せっかくやったら成功させてやりたいやろ?」ところ変わって、ここは披露宴の会場となっている大広間のステージ裏である。部屋をぐるりと見渡すと、余興のために用意されたマジックの小道具が所狭しと並んでいる。俺はそれらの内いくつかを取捨選択しながら、今しがた運び込んでもらった長机の上に一つずつ並べていた。そんな俺に、俺の言った説明を要点だけまとめて繰り返した刀子先生。そんな彼女に、俺はあくまで、善意から旦那さんの計画を成功させてやりたいと告げる。「確かに、誰かのために善意で行動しようというあなたの志は、とても尊いものですし、私に出来ることなら何でも協力します。ですが…………」俺の行動を全面的に支持する刀子先生。しかし最後の最後、先生は目を閉じ、逆説を用いる。そして…………。「―――――どうして私まで、こんな格好をしなきゃならないんですかっ!?」顔を羞恥に染めながら、そんな言葉を叫んでいた。うん、まぁその反論は予想してたけどね。刀子先生の言った『こんな格好』というのは、所謂マジシャンの助手が着るバニーガールもどきな際どい衣装のことだ。あの後俺は、合流した刀子先生に事情を話しつつ、ホテルの職員に渡された衣装に着替えて貰えるようお願いしたのだ。かく言う俺の方も、先程までのスーツではなく、マジシャン用に用意された衣装に身を包んでいる。実を言うと、若干丈が短かったりするのだが、まぁ会場から見る分にはバレない程度だし問題ないだろう。つーか刀子先生、文句言うなら着る前に気付けし。「そ、それはっ、あ、あなたが、どーしてもって言うから、仕方なく…………」ごにょごにょと、尻すぼみにそんな台詞を口にしながら、頬を赤らめる刀子先生。衣装は着替えたが、魅了のピアスの魔力は健在。むしろ先程よりアブノーマルな意匠の衣服に着替えたせいで、その破壊力は増している。そう言う訳で、俺は自らの理性を守るため、先生を直視しないようにしつつ、こう言った。「しゃあないやろ? 俺、この式場にはセンセと菊子さん以外に知り合いなんておれへんし。他に助手を頼める相手なんかおれへんかったんやから」「そ、その理屈は分かりますが…………だ、だからって、何もこんな際どい衣装じゃなくても…………」「それもその一着しかあれへんねやから、他に選択肢はなかってんて」「うぐっ…………だ、だからって、こ、こんな姿、学生時代の友人たちに曝すなんて真似…………ぜ、絶対ムリ!!」「…………」…………まぁ確かに、いろいろと失うものはデカそうだよね。とはいえ、他に選択肢がない以上、ここは先生に協力してもらう他ない。そんな訳で、俺は出来れば使いたくは無かった、先生に対する切り札をここで使用することを決意する。「まぁそう良いなや? マジシャンには『美人な助手』が付きモンやろ?」「っ!?」俺が敢えて『美人』って部分を強調しながらそう言った瞬間、くわっと目を見開く刀子先生。ネジの切れた玩具のような動きでこちらに視線を移すと、こんなことを尋ねて来る。「び、美人って、わ、私のこと、ですか?」「ああ。前も言ったやろ? 全校生徒の憧れの的、クールビューティーな刀子センセ。そんなセンセやからこそ、マジックの助手にはぴったりやと思てん」「っ!? そ、そういうことなら仕方がないですねっ。謹んでお引き受けしましょう。…………くふ、くふふっ」「…………」そして俺の思惑通り、二つ返事で了承の意を返して来る刀子先生。顔がニヤ付いているのは、まぁ御愛嬌ってことにしといて下さい。ちなみに、この手段を使いたく無かった訳だが…………当然俺の保身だ。だって、あんまり先生をベタ褒めすると、いろいろ先生がその気になっちゃって、当初とは別の意味でスパーキングしそうだろ?そんなのマジ勘弁なので、出来ればこの説得は使いたくなかったんだが…………まぁ人助けだ。多少の痛みは止むを得まい。「それはそうと小太郎。あなたマジックなんて出来るんですか? さっき貴方が言っていた話だと、最低でも20分は時間を稼がなくてはならないようですが」いきなり代役に対して、前向きなことを言い出した刀子先生。先生の性格上、やるって決めた以上はきちんとこなさないと気が済まないのだろう。そんな先生の様子に苦笑いを浮かべながら、俺はきっぱりとこう答えた。「マジックなんて、生まれてこの方、1度たりともやったことあれへんよ?」「は?」俺の回答が、余りに予想外のものだったのだろう。目を点にして、素っ頓狂な声を上げる刀子先生。そして次の瞬間…………。「そ、それって、全然ダメじゃないですかっ!? 根本から間違ってますよね!? どうして代役なんて引き受けたんですか!?」血相を変えて、矢継ぎ早にそんなことを尋ねて来る先生。普通気付きそうなもんなんだけど、よっぽどテンパってんのかな?「センセ。忘れとるみたいやから言っておくけど、俺はマジシャンやのうて…………」「失礼します」刀子先生に計画の核心を告げようとした俺だったが、第3者がステージ裏に現れたことで、一旦台詞を打ち切る。「ご依頼頂いたものをお持ちしました。こちらでよろしいでしょうか?」ここまで急いでやって来たのだろう。肩で息をしながらそう言ったのは、先程菊子さんの旦那さんと話していたホテルの職員だった。そんな彼の手にあるのは、大きめの暗幕と、白く長い布。そして色とりどりの極太マジック。もちろん、全て俺が用意してくれるように頼んだものだ。俺はそれらを受け取ると、笑顔を浮かべてホテルマンに礼を言う。「おおきに。これで何とか乗り切れそうやわ。それと、さっきも言うた通り…………」「はい。ショーの最中、誰も舞台裏に近付けないようにすればよろしいのですね? 承知しております」俺の台詞を代弁すると、ホテルマンは恭しく一礼して、ステージ裏を後にして行った。「あ、あの、小太郎。その道具は一体何に…………?」ホテルマンの後姿を見送ったあと、不思議そうにそう尋ねて来る刀子先生。そんな彼女に、俺は笑顔を浮かべると、先程途中だった台詞を改めて言いなおした。「俺はマジシャンやない…………」言いながら、俺はくだんの長机にばさっ、と暗幕を被せると、足元に置いてあったシルクハットを手に取り、改めて刀子先生に向き直る。そしてシルクハットの中へと手を突っ込む俺。「俺は『魔法使い』や」笑顔とともにそう宣言する。そんな俺が、シルクハットから引き抜いた手には、スペードのエースが描かれた、一枚のトランプが握られていた。披露宴が始まって数十分が経過した。既に会場では、俺たちのショーに先んじて、夫婦の馴れ初めやら、2人の幼少期の写真やらが公開されて十分に場が温まっている。そんな中、いよいよ俺と刀子先生の出番がやって来た。「ほな行くで?」「は、はいっ」緊張のためか、若干上ずった声で返事をする刀子先生。俺はそんな彼女の右手を握ると、高々と掲げて舞台の上手、会場から向かって右側の舞台袖から、スポットライトを浴びながら、意気揚々と入場して見せる。「小太郎君っ!? って、刀子までっ!?」湧き上がる歓声に混じって、菊子さんのそんな驚いた声が聞こえて来る。ちらりと主賓席へ目をやると、驚きに目を白黒させる菊子さんの隣で、悪戯が成功した子どものように笑みを浮かべる旦那さんの姿があった。ステージの真ん中までやって来た俺と刀子先生は、観客へと向き直ると、大仰にお辞儀をして見せる。ぶっつけ本番ってこともあって、俺たちは一切の台詞を言わず、ひたすらマジックに専念するよう打ち合わせている。そのため、一つ一つの動作は、大袈裟なくらいがちょうど良い。さて…………それじゃせいぜい、オーディエンスを沸かせるとしましょうか?にっ、と笑みを浮かべる俺。それを合図に、刀子先生は俺の手を離すと、先程出て来たばかりの舞台袖へと引き返して行く。そしてすぐ後、今度は様々な小道具が乗せられたワゴンを持って、刀子先生がステージ中央へと戻って来た。俺にワゴンを渡すと、刀子先生は再び舞台袖へと引き返して行く。もちろん、次のマジックに使う道具を用意するためだ。俺はそんな彼女を見送りながら、まず初めに、ワゴンの上に置いてあった立方体の箱を手に取った。無論、この箱はマジックに用いると言う性質上、ちょっとした細工がされているのだが…………俺にそれを発揮させる技量はない。そのため、俺にとって、この箱はただの空箱に過ぎない。観客にもそれを分からせるため、俺は箱のふたを開くと、中が空っぽであることを見せるために、観客に向けて箱を突き出し、右から左、左から右へと動かす。まぁ、定番のマジックなので、観客もそんな俺の行動には笑顔を湛えて頷いていた。十分に観客に箱を披露した後、俺は再びワゴンへと箱を戻す。そして箱のふたを閉じ、ベルトに差してしたステッキで、こつこつっ、と箱を叩く。再び箱を開き、徐にその中へと手を突っ込む俺。そして俺が箱から手を引き抜いた瞬間…………。―――――ばさささっ。「くるっぽーっ、くるっぽーっ」箱の中から、1羽のハトが飛び出した。―――――おおっ!!!?定番とは言え、俺の披露したマジックに、歓声を上げる観客たち。俺は再びハトを箱の中に戻し、ふたを閉じると、先程と同じようにステッキで箱を叩く。そして俺は、再び箱を持ち上げ、ふたを開けた状態で観客に向ける。当然のように、箱の中身は空っぽ。その光景に、観客たちが再びどよめいたのは言うまでも無い。…………さて、そろそろ種明かしをしようか?今しがた俺が披露した奇術だが…………言わずもがな、マジックなどではなく、れっきとした魔法である。簡単に説明すると、先程テーブルの上に置いた小道具達に暗幕を掛け、そこに影を作ることで転移魔法の触媒を用意する。後はステージ上で、再びゲートを作れるだけの影を用意して、さも何もない空間からものを取り出したように見せれば…………十分マジックのように見えるって寸法だ。もっとも、俺が使える魔法でマジックのように見えるものと言えば、この転移魔法の外には念動くらいしかない。そんなわけで、俺は大仰なアクションを取り入れつつ、『何もない所から物を出す』或いは『入れた筈のものが消失する』。そして、念動を用いた『手を触れずにものを動かす』といったマジックで、出来る限り場を持たせる必要があった。最初に小道具を吟味してたのはそういう理由からだ。掴みは上々。刀子先生にこの計画を話したときは、魔法がバレやしないかとヒヤヒヤしていた様子だったが、この分じゃその心配も杞憂に終わりそうだ。そんじゃ、ちょっくらギアを上げるとしますかね?舞台袖の刀子先生とアイコンタクトを取りながら、俺はにやりと、口元に笑みを浮かべるのだった。それから30分の間、ステージ上にて様々な魔法(マジック)を披露した俺と刀子先生。例えば、先生が入ったボックスを剣で刺したり(刀子先生は転移魔法で移動済み)、ステッキを振ってシルクハットを浮かせてみたり(もちろん念動)なんてものだ。で、持ち時間が少なくなった今、俺はシルクハットから様々なものを取り出している最中。失敗した風に見せかけて、大量のトランプがシルクハットから飛び出したりな。(舞台裏にて、刀子先生が大量のトランプをゲートに投げ込み中)そんなことをしつつ、いよいよ最後のマジックとなる。俺は再び、シルクハットに手を突っ込むが、どうにも取り出せない振りをして、舞台裏の刀子先生を手招きする。そしてステージにやって来た刀子先生に、シルクハットの中に手を突っ込んでもらい、中にあるもの引っ張ってもらう。俺はそれを引っ張った刀子先生とは反対側へと移動していく。ずるずるとシルクハットの中から姿を現して行くのは、披露宴の前、ホテルマンに俺が用意してもらった例の白い垂れ幕だった。やがて、ぴんっと、完全に広げられたその垂れ幕。そこには、カラフルな文字でこう記されていた。『菊子さん、○○さん、末永くお幸せに!!』無論、これは披露宴の直前に、俺と刀子先生が慌てて書いたもの。余興とは言え、せっかくの結婚式だ。最後くらいはこうしてそれらしい締め括りをしようと、ホテルマンに用意してもらったマジックでばたばた仕上げた。結果、急増感は否めない仕上がりだったものの、それを目にした菊子さんは、目に涙を浮かべながら、目一杯の笑顔を浮かべてくれていた。そして同時に湧き上がる、爆発的な拍手の嵐。ぶっつけ本番だったものの、その拍手を聞いた俺は、この余興が成功したことを確信し、最初と同じように恭しく一礼をするのだった。旦那さんが懸念していた余興も無事に乗り越え、刀子先生がスパーキングすることもなく、どうにか菊子さんの結婚式はその全ての工程を終了することが出来た。そんな訳で、俺は刀子先生と連れ立って、麻帆良への帰路を歩いている。「全く…………あんなに大勢の前で、しかもあれだけ魔法を大盤振る舞いするなんて…………今日ほどあなたの思い切りの良さを痛感した日はありません」電車から降り、俺の隣を歩いていた刀子先生は、溜息交じりにそんなことを呟いた。「まぁ良えやん? それに、誰もあれが魔法やなんて思わへんて」実際、観客は愚か、いろいろと準備を手伝ってくれたホテルの従業員の人たちまで含めて、全員があれを俺のマジックだって信じ切ってたし。「そういう問題じゃ…………っくしゅんっ」あっけらかんと言った俺を嗜めようとした刀子先生だったが、その台詞は不意に零れたくしゃみによって遮られてしまう。春先とは言え、まだ結構冷え込むしな。刀子先生は先程のバニーガールもどきから、最初に着ていた淡いブルーのパーティドレスに着替えている。その上から薄手のカーディガンを羽織っているとは言え、流石に今年の厳冬が尾を引くこの寒さの前ではあまりに軽装過ぎたのかもしれない。そう思った俺は、自分が着ていたスーツの上着を、そっと刀子先生の肩に掛けた。「あ、ありがとうございます…………」「構へんて。それに、せっかくのめでたい日なんに、風なんて引いてもうたら台無しやからな」頬を赤らめながら礼を述べる先生に、俺は笑顔を浮かべてそう答える。「…………」「ん? どないした?」軽い調子で言った俺だったが、先生はそんな俺の顔をじっと見つめて、黙り込んでしまう。何かマズいこと言ったか?そう言えば、先生って菊子さんの結婚にひとしおショックを受けてたんだっけ?あー…………そう考えたら、今日は先生にとってはめでたくもなんともないわな…………。そう考えて、失言だったかと口元を押さえる俺だったのだが、どうやら、その心配は杞憂だったらしい。「あの、小太郎…………一つ聞いても良いですか?」刀子先生が口にした言葉は、俺の心配とは余りに無関係そうなものだったのだから。「あ、ああ。別に一つでも二つでも構へんよ?」自分の予感が外れたことに安堵しつつ、俺は刀子先生にそう答える。刀子先生は俺から視線を外し、再び歩き始めながら、こんなことを尋ねてきた。「前々から不思議に思っていたんですが…………誰か、特定の女性と付き合おうと、そう思ったことはないんですか?」―――――がくっ。歩き出した刀子先生。その後を追うようにして1歩踏み出した俺は、先生の余りに教師らしからぬその質問に、思わず盛大にこけてしまった。…………今の発言は聖職者としてどーよ?「こ、小太郎っ!? だ、大丈夫ですかっ!?」「…………あ、ああ。こんくらい何ともあれへん」むしろ先生の方が大丈夫かと聞きたくはなりますがね。俺は服に付いた砂をぱんっぱんっと払い、改めて、麻帆良へと歩きながら、先生にこう尋ね返した。「つーか、今の質問は教師として有りなんか? 不純異性交遊って、校則第五十九条二項でバッチシ禁止って明記されとるやろ?」「よ、よくそこまで覚えてましたね…………」冷や汗を掻きながら、そう呟く刀子先生。いや、何だ。ああいうのって、何となく気になってついつい熟読しちゃうことってない?それはさておきだ。俺の答えになっていない返答に、刀子先生は隣を歩きながら気を悪くした様子も無く、こんな返事をしてくれる。「別に不純異性交遊を進める旨の発言はしてませんよ? 単純に一般論として、あなたくらいの年頃なら、そういうことに興味を持っておかしくないと思ったので。それにあなたのことです。何人かあなたに好意を寄せている女性がいることくらい、とっくに気付いているんでしょう?」「…………どーして俺ん周りの女性陣はこうもあけすけに…………まぁ、気付いとるけどな」刀子先生のあんまりにもあんまりな言い様に、俺はがっくりと肩を落としながら、その言葉を肯定する。言いませんけど、あなたが俺を虎視眈々と狙ってることにも気付いてますからね?そんな俺に向かって、刀子先生は改めて、先程の問いを違う言葉で再び口にする。「だったらなおさらです。望めば手に入るはずの関係。あなたはそれに、これまで興味を抱いたことは無いんですか?」「…………」その問い掛けに、俺はしばし沈黙して、どう答えたものか、頭の中で整理する。これまで何度と無く答えて来た筈の問い掛け。そしてその理由は、明確な言葉で俺の中にある。しかしながら、今回の問いはいささかこれまでの質問とは趣が異なった。先生が問い掛けているのは『女性への興味の有無』だ。だからそれに対する回答は、これまでのものと同じであるはずはない。「ぶっちゃけ、女の人と付き合うことに興味があれへんか言われたら、人並みにはあんねん。前も言うた通り、俺は女性のことが須らく好きやさかい」「…………(ひくっ)」…………物凄い隣から冷気が漂って来てるんですが、とりあえず今はスルーしておこう。背筋を撫で始めた悪寒を、必死で振り払いながら、俺は更に言葉を続ける。「けど俺はイマイチ『恋愛感情』言うんが分からんねん。俺が女性に対して向け取る『好き』って気持ちと、たった1人、特別な人への感情。その違いがまるで分かれへん。せやから、今んとこ誰かと付き合うっちゅうのは考えられへん。自分の気持ちも良く分かれへんのに、女の子に向きあういうんは、ちっとルール違反な気がしてな」正直に、想いの丈を言葉にする俺。その台詞を全て言い終えるころには、隣から漂っていた冷気はすっかり身を潜めていた。…………あ、危なかったな。そんな俺の台詞に、何か思うところでもあったのか、刀子先生は歩みを止めると、何やら顎に手を当て、考え込む仕草をする。「女性に興味はあるけど、『恋愛感情』との区別が付かないから手は出さない…………『愛欲』と『性欲』の違いってことかしら?」「…………センセ、今日はえらいギリギリな発言が多くあれへん?」思案顔で生々しいことを呟く刀子先生に、俺は冷や汗を浮かべながら尋ねる。「こ、こほんっ…………ま、まぁ、確かに教員としては不適切な発言だったかもしれませんが、あなたの感情を表現するには適切な言葉だったのではないですか?」「む? …………あー、確かにそんな感じやけど…………実はもう一つ具体的な理由もあんねん」「具体的な理由…………?」女性への興味云々の話題をこれ以上続けると、俺の胃に穴が空きかねない。そんな訳で、俺は話題の転換を図る意味でも、誰とも付き合わなかった、もう一つの理由を先生に告げることにする。ぶっちゃけていうと、スパーキングした先生が、俺に直接的なアプローチをしてこないための予防策の意味をありますがね…………。「俺が西に引き取られた理由、先生は人通し聞いてるやんな?」「っっ…………はい。他人のプライベートな話には、あまり立ち入りたくはありませんでしたが、報告書に目を通す過程で一通り…………」申し訳なさそうに、そう口にする刀子先生。先生が言った通り、2度の兄貴による襲撃事件のため、俺は学園長から、生い立ちや兄貴の素性、能力に関して、詳しい資料の提出を求められた。そのため、麻帆良の魔法先生達の間では、俺の生い立ちは公文書と言う形で知れ渡っている。先生はそのせいで俺の過去を覗き見たことを申し訳なく思っているのだろう。こっちとしては、公文書として提出した時点で、そんなプライベートなんてとっくに捨てたつもりなんだから、どうということもないんだけどね。まぁ、知ってるなら話は早い。「センセなら、もう見当ついとると思うけど一応言っとくわ…………俺が過剰な力を求めた最初の理由は、紛れも無く兄貴への『復讐心』や」「っっ!!!?」復讐という言葉が、あまりに普段の俺の様子にそぐわなかったためか、先生が息を飲む気配が、空気越しに伝わって来た。「刹那や麻帆良の連中と知り合うて、守るための力が欲しい思てる今でも、そんときの復讐心は、今もまるで薄れてへん」「…………そう、ですか」「ああ。どんだけ腕を磨いて、どんだけ守るもんが増えても、兄貴と決着を付けへん限り、俺はあの日…………焼け落ちていく故郷から、1歩も進めへんねやと思う」「…………つまり、お兄さんとの決着が付くまでは、恋愛なんかに現を抜かしている暇はないと、そういうことですか?」「ま、月並みやけど、そういうこっちゃな」俺の言葉を先回りして口にしてくれた先生に、俺は何でもない風に肩をすくめてそう答える。それをどう受け取ったのか、先生は顔を俯け黙りこみ、しかしながら、歩調を緩めることは無く、俺の隣を歩いていた。「…………」「…………」気まずい沈黙が、俺たちの間に流れる。しかしながら、それを打開する気の利いた言葉なんて、俺の頭には何一つとして浮かんでこなかった。仕方なく、黙ったまま家路を歩く俺と先生。この気まずい沈黙は、延々に続くかのように思えた。そんな矢先だった。―――――きゅっ…………「?」不意にシャツの袖を引っ張られ、足を止める俺。見ると、俯いたままの刀子先生は、俺の袖を控えめに握り締め、足を止めていた。「センセ? 一体どないし「あなたが」…………」俯いたまま、しかし強い意志を感じさせる声で呟いた刀子先生に、俺は思わず言葉を飲み込む。俺は黙ったまま、先生が次の言葉を口にするのを待つことにした。「…………あなた自身が過去に捕らわれていることを自覚しているなら、私にはもう何も言えません。ですが、これだけは覚えておいて欲しいんです…………」言葉を区切り、ゆっくりと顔を上げる先生。その表情は、これまで見てきた先生の、どんな表情よりも真剣なものだった。「―――――あなたは、決して独りなんかじゃない」ともすれば、泣き声にも聞こえそうな、必死な想いが伝わって来る先生のその言葉。俺はどうしたものかと迷ったものの、結局は他の連中にそうして来たように、ぽんっと先生の頭に優しく手を置いた。そして、優しく微笑み、これも今まで同じように、その台詞を口にする。「安心してくれ。俺は独りやないって分かっとるし、守りたいもんほっぽって、どっかに行ったりもせえへんよ」長に引き取られ、刹那と出逢い、そしてこの麻帆良で多くの守りたい人が出来た。そしてその出逢いが俺に教えてくれた。生き残ることの大切さを。刺し違えてでも敵を打つ覚悟より、泥水を啜ってでも生き残ることの尊さを。だから俺は魔道に落ちず、復讐の修羅とならずに生きて来れた。そしてこれからも、仲間たちが教えてくれた、俺自身の命の価値は、決して変わることは無い。それは、そんな想いを込めて口にした台詞だった。「…………ふふっ。どうやらあなたには愚問だったみたいですね」俺の言葉を聞いた刀子先生は、小さく笑みを浮かべてそう呟く。「それはそうと…………そ、そのっ…………い、いつまでそうしているつもりですか?」さっきまでの表情とは打って代わり、恥ずかしげに頬を赤らめながら、自分の頭に乗せられた俺の右手を指差す刀子先生。「す、スマン!! こ、これはつい、いつもの癖で…………」慌てて手を引っ込める俺だったのだが、どういう訳か、刀子先生は何だかショックを受けたみたいな、少し青い顔を浮かべていた。「い、いつもって…………いえ、そうでしたね。あなたはそういう人でした…………」そううわ言のように呟きながら、がっくりと肩を落とす刀子先生。この後俺が、先生の機嫌をとるために、あれやこれやと四苦八苦したのは言うまでも無い。「それでは私はこっちですから」職員宿舎の方を指差して、そう言った刀子先生。俺は男子寮なので、このまま来た道を直進すれば良い。なので、ここでお別れってことなのだが…………。「いやいや、家まで送ってくて。どうせ転移魔法使うさかい。どこまで送ろうが関係あれへんから」一応彼氏役って体を装ってることもあるし、そう進言する俺だったのだが…………。「いえ、せっかくの申し出ですが、この時間帯だと、他の職員の方と鉢合わせする可能性もありますから」「あー…………それやったらしゃあないな」幻術使ってるとは言っても、魔法関係者に会ったら一発でバレ兼ねないしな。仕方なし、俺は先生を送って行くことを諦める。まぁ、下手に送ってって、先生が送られ狼になっても困るしね。いや、さすがに先生はそこまでしないと思うけどさ…………うん、きっと、多分、恐らく…………。「ほんならセンセ、気ぃ付けて」軽く手を上げて、その場を後にしようとする俺。しかし…………。「あ、待って下さい」「はい?」先生にそう呼び止められて、思わず足を止める。その次の瞬間。―――――ぐいっ…………ちゅっ❤「!!!?」俺の右頬に、柔らかな感触が押し付けられた。SIDE Negi......「さ、最初からこうしておけば良かったですね…………」「きゃんっ」げんなりしながら言ったボクの足元で、元気良く吠えるチビ君。そんな彼に苦笑いを向けながら、ボクはアスナさんに視線を移した。「な、何か変な感じね…………この影、てんいまほー? だっけ?」恐る恐るといった感じで、チビ君が開いた影のゲートから出て来る明日菜さん。彼女の言葉が示す通り、ボクら今チビ君の転移魔法で、麻帆良近郊に戻って来ていた。考えれば分かることだったんだけど、チビ君は小太郎君とレイラインで繋がった使い魔だ。小太郎君がそれを伝ってチビ君の居場所や様子が分かるように、チビ君もまた、小太郎君の居場所を感知することが出来る。加えて、チビ君は転移魔法を使えるんだから…………わざわざあんなに苦労して小太郎君と葛葉先生を探し回る必要なんてなかった訳だ。どうして気が付かなかったんだろう…………。そのことに気が付くまで、ボクと明日菜さんは、延々数時間も先程の駅周辺を歩き回る羽目に…………。というかアスナさんもアスナさんだよ!!あれだけ探し回って見つからないんだから、いい加減諦めても良さそうなのに…………。とは言ったものの、ボク自身あの2人の関係には興味があったため、捜査を打ち切ろうとは言い出せなかったんだよね。…………って、今はそんなことより。「チビ君、2人はどこにいるの?」「きゃんきゃんっ」ボクが尋ねると、チビ君は元気良く、ゲートを開いた場所から、少し離れたところへ向かって駆けだして行く。そんな彼の後を慌てて追うボクとアスナさん。すると、その視線の先には、数時間前に見失った2人の人影があった。「あ、アスナさんっ!! あそこで…………」「ようやく見つけたわよ!! こたろう…………」小太郎君達に近づこうとしていたボクとアスナさんは、そこで2人同時に足を止めてしまっていた。目に飛び込んで来た光景が、余りにも衝撃的なものだったから。だって今、ボク達の目の前では…………。―――――葛葉先生が、小太郎君の右頬にキスしていたんだから。SIDE Negi OUT......「…………~~~~っっ!!!?」くぁwせdrふじこ!!!?な、何だっ!?何が起こったっ!!!?あまりに急な出来事に、頭が追い付かない。今にも頭から煙を上げそうな俺を余所に、刀子先生はそっと俺から離れると、悪戯っぽくはにかんだ。「…………今日一日、私に付き合ってくれたお礼です」「へ?」先生の言葉が理解できず、素っ頓狂な声を上げる俺。そんな俺のようすが可笑しかったのか、先生は再び小さく笑うと、右手を軽く振り宿舎の方へと駆け出して行った。「それじゃあ小太郎っ、明日の終業式っ、遅刻しちゃダメですよ~~~~っ?」そう言い残して、足早に去っていく刀子先生。取り残された俺は、その後ろ姿を見送りながら、ただただ呆然と立ち尽くすことしか出来なかった。…………う、嘘だろ先生。さすがに先生は、そんな思い切ったこと、絶対しないだろうって高を括ってたのに…………。どうやら女性と言う生き物は、いくつになっても恋する乙女らしい。そしてそんな彼女たちの行動は、いつも俺にとっては予想外のもの。そんな現実を、改めて思い知らされたのだった。…………何か、どっと疲れたな。今日はさっさと帰って寝ちまおう。何かもう、何もやる気起きねぇし。ようやく落ち着きを取り戻して来た頭で、そんな風に結論付ける俺。早速、男子寮へ向かってゲートを開こうとした、その瞬間だった。「きゃんきゃんっ!!」「? チビ…………?」聞き覚えのある子犬の鳴き声を耳にして、思わずそちらへと視線を向ける俺。そこには、俺を見つけて嬉しそうに駆け寄って来るチビと、そして…………。「ゲェッ!!!?」驚いたように、目を見開いて立ち尽くす、アスナとネギの姿があった。ま、まさか…………今の一部始終、全部見られてたっ!?…………ジーザス。もしかして、今日が自分の命日に為るかも知れない。そんな悪寒が俺の脳裏をよぎったのだった。