「すいません。お待たせしました」
と、俺はトイレの前で待っていてくれたミュレンさんへと言った。
「いえい…え?」
と、何かに気づいたのか、ほんわかとした雰囲気が消え、マジマジとこちらの顔を見てきた。
?
急にどうしたのだろうか、等と首を捻ったものの、特に心当たりは無いわけで。
「どうしました?」
「あ、いえ、あ、その、」
と、何故か慌てたように言葉を発し、
「……失礼しました。では祭壇に」
等と誤魔化すかのように前を足早に歩いていく。
?と再び思ったものの、特に追求する気にもなれなかったので、俺はそのまま後ろを追いかけた。
沈黙のまま歩き、祭壇へと戻ってくる。
そこで見たものは、主教様が跪き、先ほど時計を置いた台に両肘を置いている姿だった。
小柄な背中の透明な羽根が小さくたたまれているその姿は妙に愛らしく、どこか幻想的な雰囲気をふりまいている。
「交信してらっしゃるのですね」
と、ミュレンさんが言った。
「交信?」
祈りではないのだろうかと思いつつ、言葉を返す。
「はい、主教様はよく……」
そこでミュレンさんが何かを言おうとしたところ、
跪いていた主教が不意にくるっと振り向きながら立ち上がり、
「それではえーじさん、儀式を始めましょう」
と、俺がトイレに行っていたことは無かったかのように言葉を続けた。
「祭壇の目の前で目を瞑り、己の選択を為さんと念じるのです」
そのまま斜め横へとずれ、例の台へと向かうよう誘った。
しかし祭壇かと俺は認識を変えつつ、その台に向かって歩いていく。
そして歩きながら、
「お待たせしました。すいません」
と、謝罪を述べておく。
「いえいえ」
にっこりと微笑する主教。
俺はそのまま祭壇へと足を進めた。妙に緊張する。しかし、その直ぐ前の出来事を乗り越えた俺にとっては、これくらいの緊張など無いようなもの。
そんなことを思いつつ心の中で溜息。祭壇の前で片膝をつき、そして両手を組んで祈る。
――どうか、俺に職をください。目的を果たすために。戻るために。どうか職を、、、、、
不意に自身の内面が揺らいだ。
はて、と思ったのも束の間、ぐるぐると内側が回りだす。
何がどうなっているのだろう、と少し怖くなり、目を開こうと……「しては駄目よ」
え?
不意に聞こえてきた言葉に、俺は躊躇する。
瞬間揺らぎが激しくなり、渦巻状になり、内側から自身を飲み込んで、
ポンとそんな感じに裏返ったかのような感触を覚えた。
「もういいわよ」
声が言った。
俺は目を開けた。
迷宮世界
目を開けると、そこには逆さになった見知らぬ女性の顔が目と鼻の先にあった。
「バァ」
と、その女性が言った。
パチパチと俺は瞬きし、それから「え?」とまぬけな声を出し、それからその顔の下、つまり目線を上にあげ、首の下には何も無いことを確認し、
「うおわぁっ」
という驚きの声と共に頭を後ろに引き、尻餅をついた。
「……ぷっ。くすくす」
と、途端に笑い始める顔。
固まりつつもふと目線をずらせば、周りは先ほどの少々乱雑な資料室のような場所ではなく、何も無いシンプルな青い部屋であって、
地面と壁が僅かに発光しており、どこか3Dのヴァーチャル空間に入り込んでしまったかのような、そんな奇妙な感覚を覚えた。
「ごめんごめん」
その声と同時に顔は逆さのまま、浮かび上がるかのように身体が現れ、それからくるっと横に回転し、地面へと足を着ける。
俺は目を見張った。何故なら猫耳こそないものの、お尻には優雅で美麗で、それでいてふさふさした長い尾っぽのようなものがあったからなのだ。
「……驚きました」
と、俺は言った。
「驚いてくれたのならやったかいがありました」
少し微笑しながら彼女。ついでに感激しました。
ところで、彼女はいったい誰なんだろうか。そんなことを考えていると、
「ようこそプレイヤーえいじ。私はナヴィ。司るものは選択と測量。私は貴方を計り、貴方が進まんとする道を示すものです」
最初のお茶目な雰囲気を変え、シリアスに言った。
そんな彼女に若干ぽかんとしつつも、
「え?ってことはもしかして……」
「如何にも。私はかの神殿の支配者であり、この世界の神の一人である。さぁ、称えなさい」
「いやいや」 いやいやいや。
「何よ、もう」
と、肩を竦めつつ女神。
「偉いんですからね」
俺は苦笑した。
「ところで、やっぱりプレイヤーとかってわかるものなのですね」
ルーエルの話によれば、送り込む人数なんてのは本当稀で、そのほとんどはこの世界の生まれの人が迷宮に挑んでる的な話だったが。
「勿論ですよ」
頷きながら女神が言った。
「貴重であることも勿論ですけど。だから直々に私が案内をしにきたのですよ。素敵なものも貰ったところですしね」
そう言いつつ、掲げられた腕を見れば、そこには先ほど消えた時計が女神の腕にあるわけで。
成程。ってことはあれは捧げ物ということだったのだなぁとそんなことを考えつつ。
「それは光栄」 なんだかなぁと思いつつも俺は言った。
「宜しい。礼儀正しい子は大好きです私」
声と共に、ふわふわな長い尾っぽがゆらゆらと揺れる。
「にしても面白いですわね、これ。内部機構のリズムに何を使っているのかと思えばクリスタルを使ってるだなんて。
デウスがアレほどまでに機械に拘る理由も分かる気がしますわ。まぁ、私が面白いと思うのは貴方の世界の時間を計れるから、なのですけど」
「俺の世界の?……ってことは、やっぱりこちらの時間は?」
あの時計クォーツだったのだなと今更ながらに気づいてみたり。
「違いますわ。貴方の世界随分と一日が早いのですね。こちらでは一回りしてもまだ半分くらいですよ」
と、女神が言った。ただ、それは少し間違いであって、
「いえ、その……一回りは一日の半分です。午前と午後に分けてるので」
と、訂正する。
「…あら、そうなの。これは失礼」
コホン、と咳払いをしつつ女神。
「成程……、24分割という点では同じわけですか」
「それでやっぱり違うんでしょうか?」
と、気になって俺は尋ねた。
「そうね。この世界の一時間をこの時計で示すなら、約一時間11分23.56秒になるのかしら」
と、さらりと女神が答える。
成程、測量の神というだけあってこういうものはお手のものなのかと感心する。
しかし11分24秒長いのか。1時間と見れば些細だが、一日と考えれば結構なものであって。
「折角のプレイヤーですし、もう少し話していたいところなのですけど」
と、女神が腕時計を見ながら言った。
「少々時間もおしてきてますので早速職業案内に入らせていただきますね」
「あ、すいません」
「いえいえ」
と、その言い方はどこかデジャブを感じるもので。
はて、どこでだろうかと考えてみれば、先ほどの妖精主教様を思い出すこと暫し。
突如ウィンドウが俺の眼前に表示。
------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
しかし、その画面にはまだ何も書かれていない。
「では」
と、女神が一声、そのまま俺の頭に手を触れる。ゆらゆら揺れてた長くふさふさの尾っぽが、ぴたりと動きを止める。
「現在、貴方の選ぶことの出来る職業は……」
その声と共に、ウィンドウが4つに分かれ、それぞれに内容が書かれだした。
------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
職業:観光客
条件:無し
特典:交渉、サバイバル、旅歩き技能が僅かに上昇。魅力潜在、運も微々だが上昇
概要:世界の国々を見て回りやすい職業。戦闘は惰弱であり、向いていない
------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
職業:剣士
条件:2~3年程度剣を学ぶこと。あるいは同期間剣と共にあったこと。
特典:剣術技能の上昇。力、耐久、器用、感覚、意思の潜在増加。
概要:バランスの取れた近接戦闘職。
------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
職業:商人
条件:交渉Lv.2以上
特典:交渉、旅歩き、自然鑑定技能の上昇。魅力、耐久、感覚の潜在増加。
概要:国と国との交易に向いている。戦闘は期待できないが、動き方によっては補助職として役に立つことも可能
------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
観光客はともかく、他の二つは俺の経験がしっかり活かされたものとなっていた。
成程、天使の言っていた経験とはこういうものだったのかと考えること暫し。
確かに、迷宮に潜るにおいて、一番いい職業がどれかといえば剣士であろう。
同時にかつての自分を思い出すことも出来る職業であり、男に戻るという点において、いっそうのモチベーションを感じさせてくれるに違いない。
しかし、もう一つの職業を見たところ、俺は不覚にも迷ってしまったのであった。
------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
職業:アイテム師
条件:自然鑑定Lv.20以上、又はアイテム鑑定技能、又は鑑定魔法の取得。
特典:自然鑑定技能、アイテム鑑定技能の上昇。耐久、器用、感覚の潜在増加。アイテム効果の増加。
概要:アイテムを用いて闘う補助職。通常アイテムの他、魔具の使用においても効果を発揮する。
------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
概要から見るに、如何にも上級職めいたものを感じさせるものであって。
「珍しい職が出ましたね」
と、女神が言った。
「珍しいんですか?」
俺は尋ねた。
「少なくともプレイヤー云々に関わらず、最初に出る職ではありません。随分と便利なギフトを頂いたのですね。
きっとかの女神も期待なされているのでしょう」
と、女神が言う。
いやいや。売り言葉に買い言葉のようなそんな感じではあったなぁと思いつつ。
さて。
どうしようか。
俺はゆらゆら揺れる女神の尾っぽを目の端に捉えながら考えた。
後書き
どっちの職がいいかなぁ。