……めなさい。ざめなさい。えーじ。さぁ、目を覚ますのです……
階段を降りると、そこは一面の砂景色であった。
一瞬呆け、慌てて後ろを振り向くと、既に降りてきた階段は無くなっているわけで。
不意にポンと、ウィンドウが空中にポップアップする。
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ようこそ迷宮世界へ!
多くのスリルと溢れかえる未踏のダンジョン、それに数々の特色を備えた国々は、必ずや貴方の探究心と冒険心を満たすことでしょう。
現在 あなた の居る場所のエンカウント率は 稀 です。
≪警告≫
あなた は職に就いていません。
職に就いていない状況での戦闘は決して安全であるとは言えないため、早急に職に就くことをお奨めします。
まずは近くの町や村、都市等に向かうといいでしょう。
それでは迷宮世界をお楽しみください。
あなた に幸あれ!
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「町?……町ってどこだよ」
と、俺は呟いた。
空を見上げればカンカンと照らす太陽。ぐるりと周りを見渡しても、そこには砂景色が広がっているだけで。
果てさてどうしたものかと餞別にもらった銅の剣を片手に立ち尽くすこと暫し。
「こういうのは町に近いってものが筋であろうに」
そう俺は独りごち。いや、もしかすると近かったりするんだろうか。見渡しても砂だらけで、地平線の彼方にもそれらしきものが見えないわけだが。
「砂平線なんてお目にかかることは無いと思ってたんだが」
しかしまぁ、ずっとこのまま突っ立っていても仕方あるまい。とりあえず太陽に向かって歩くことにした。
今が午前か午後かも分からないが、とりあえず一定の方向に歩いていればいつかはどこかにたどり着くはずである。きっと、多分。
ふぅっと、溜息。
……結構歩いたかな。
そう思って自身の腕時計を見てみれば、まだ三十分ちょいぐらいしか経ってない有様で。
もっとも、三十分以上砂漠を歩き続けるというものは、存外にこたえるものであるが。
ズボリ、と歩くたびに足が地面へと沈む。最初はその奇妙な感触に新鮮味を覚えたものであったが、それは短時間であればこそ。
「畜生」
足をとられ、一瞬身体が傾く。砂漠とはこんなに歩きにくいところなのか。
そう妙なところで感心しつつ、それでも初めてこれがファンタジーな世界で助かったと思ったのは、砂漠特有の異常な温度を体感しなかったことだ。
カンカンと照りつける太陽は肌をじりじりと焼いているが、気温自体は暑く感じない。
もっとも、実際の砂漠を俺は体験したことが無いわけだから、自身が想像するほど暑い場所ではないのかもしれないけれど。
しかし太陽に向かって歩いたのは失敗だったかもしれないと思う。
何故なら長時間眩しさを堪えるというのは中々に鬱陶しいものであって。無論、方向を確実に知ると言う意味ではこれがベストだと思うのだが。
若干身体に疲れが出てきたため、少し足を止めて一息。
とはいえこのまま留まっているわけにもいかないと俺は叱咤し足を進め……そこでふと、斜め前方にポツンと何か青いものが動いているのが見てとれた。
念のために足を止める。その影は少しずつ動いている。
人だろうか。ココに来て初めて出会うかもしれない人間という期待に、俺は元気を取り戻した。
足を進める。そこで動いてるのは確かに人であるらしい。最初は青い点にしか見えなかったが、近づくにつれて次第に輪郭を帯びてくる。
こちらの姿に気がついたのか、向こうもこちらへと進路を変えた。
段々とその人物の衣装が見えてくる。
その人間は全身を青い何かで覆っている。日光を妨げるためのローブか何かであろうか。
背中には随分と大きな荷物を背負っているように見える。キャンプ用の大きなリュックを想像させた。
やがて互いに姿を確認できるようになり、その人物は足を止めた。俺は手を振って、そちらへと近づこうとする。
「止まれ」
完全に姿を確認できる距離になった後、青いローブのようなものを着込んだ人物が言った。
しわがれてはいないが威厳を感じさせる声であり、青いフードに覆われて顔は見えないものの、どこか初老の老人を思わせた。
俺は困惑し、足を止める。
「はてさて、これは一体どういうことであろうか。この様な場所を徒歩でうろつく物好きがわし以外にいるかと思えば」
一旦言葉を切り、
「随分と軽装だな。とてもここを越えようとする格好には見えぬ。しかも若い女子ときたものだ」
むむ。確かに怪しくはある。しかし、俺だってこの様な事態は想定外なわけなのだし。しかし女子。女子か…と若干うなだれつつも、
「うーん、言われてみればそうなのかもしれませんが。私だって別に好き好んでこんな場所に居るわけでは無くてですね」
そう言って、俺はその人物に向かって再び歩き出し、
「止まれ!」
男が声を荒らげる。
俺は足を止めた。
見れば、何時の間に取り出したのか、その人物は指揮棒(タクト)のような物をこちらに向けている。
待て。……いや、おそらくアレはそのようなものではなく、
「…ふむ、そうだな。一応わしなりにお主の正体を考えてみたわけだが」身じろぎせずに男が言った。
「正体?」
正体ときたか。異邦人であることを認めるのは吝かではないのだけれど。
「そう、正体だ」
と、その男は頷きつつ言った。
「まず一つ目はわしと同じ魔術師であること。それならばお主の格好にも一応の説明はつく」
魔術師。魔術師か。成程、ファンタジーである。ならば先ほど俺が思ったとおり、あの男が構えているのは杖なわけで。
なりはしょぼいが必殺の武器だぜ。ということなのだろうか。
「もっとも、お主を見る限り、同業者が自ずと纏う力のベールを感じぬ。
では、この地に住まう未知の部族であろうか? それならばお主の珍妙な格好にも一応説明はつけられよう」
俺からしてみれば、アンタの格好の方が珍妙に見えるわけなのだけれど。
「もっとも、そのような種族が居ると聞いたこともなし、ましてや未開とは言えぬこの場所だ。未だ発見されておらぬというのは信じ難いことであるな」
そこでははっとその男が笑う。にしても随分と回りくどい芝居がかった言い回しだなと俺は思った。
「答えは自ずと一つ。―――お前の正体は砂漠にうろつく存在を捕食する魔物であろう」
と、その男が断言する。もっともそれは全くの見当外れなわけで。
「いやいや」
俺は苦笑した。
「折角の名推理に水を差すつもりは無いのですが、全くの勘違いです。大体俺も好き好んでこんな場所にいるわけでは無いのでして」
果てさて、どう説明したものか。
一瞬こんな状況に陥った原因の少女の微笑が頭を巡ったわけなのだが、それを馬鹿正直に話したところで理解はしてもらえまい。
ていうか俺なら間違いなく信じない。
何時の間にやら変な場所に居て、それから妙な説明を受けた挙句、砂漠に放っぽり出されたなど誰が信じると言うのだ。
ましてやその原因が。。。。。。いや待て。
そこでふと俺は思い直した。
天使は言っていたではないか。即ち、この世界は多くのプレイヤーを呼び込む世界であると。
だとすれば、この妙な出来事も良くあり得る話なのかもしれない。
大体、そう大体だ。
この世界はファンタジーなのだから。
では、と意を決し、俺は警戒し、こちらへタクト(おそらく杖のようなものか)を向けている男を見つめた。
もっとも、頑固そうであるからどこまで信用してくれるかはわからないが。
そう思いつつも口を開こうとして、……不意に男の後ろに何かが見えた。
目を凝らす。妙なモノがそこに居た。彼の後ろにいつの間にか居る黄土色の奇妙な生き物。
「おい! アンタ、後ろ!」
咄嗟にその姿を見て叫んだ。蠍だ。子供ぐらいはある非常に大きな蠍。
「何を言うかと思えば、そんなありふれた誤魔化しに引っかかるわしでは…うおっ!」
音も無くいつの間にか近くに寄ってきたその非常に大きな蠍は、杖を構える男の背中に向かって、ヒュンと尾っぽを振るった。
咄嗟のことにその男は背中を押さえながら地面を転がり、
瞬間、巨大な火の玉がその男の手元から生まれ、そのままその蠍の全身を炎が包んだ。
パチパチと燃え盛る火炎に包まれ、巨大な蠍は身をよじるような仕草をした後、崩れるように身を横たわらせた。
「馬鹿な。何故こんなところに。しかもこいつは……」
背中を抑えながら男は呟き、
「―――しまっ……」
抑えてた手を胸元に入れ、崩れるようにうつぶせに倒れる。
静寂。
「えっと……」
果てさてどうしたものか。
更に数刻。
いやまぁ、このままここにじっとしていても仕方あるめぇ。大体、何時あんな脅威が襲ってくるとも限らないわけだし。
エンカウント率は稀とか書いてあったが、こう遭遇した以上安全であるとは言い難い。
稀によくあるという言葉もあることだしなと苦笑。
一息。意を決し男へと近づく。
恐る恐るその青いローブを纏った男を鞘にいれた剣でつつく。
身動きすらない。
むむむ、と呟きつつ、その男へと近づき、仰向けにひっくり返す。
フードをめくる。
おや。意外にも若い。しかし、その瞳孔を開きながら倒れてる顔はとても正視に耐えずらかったので、俺は再びフードをかぶせてやり、
それから首元へ人差し指をあてる。
うん、まぁ。それは想像していた通りではあったのだけど。
「マジか」
男は死んでいた。
ああ、と俺は空を仰いだ。