「起床時間です。起床時間です」
「うーん、アトラ、あと5分……」
「ルーリィの休日申請を確認。本日の食事の供給はストップ……」
「わぁ、待ってよアトラ! 今起きるから!」
私は慌てて飛び起きる。そして軽くアトラを睨みつけた。アトラは子犬型のパートナーだ。私が生まれおちた時に与えられた、大切なパートナー。でも、厳しいのが玉に傷だ。
「何よ。いつもより一時間も早いじゃないの」
私が文句を言うと、アトラは小首を傾げた。
くぅっいつもながら可愛いっ
「今日は進路を決める日なので、早く起こすようにとのご命令でしたので」
「あ、そっか!」
私はとっておきのラインスタッド製の服に袖を通した。
ラインスタッド製の服は質は悪いがデザインが良かった。
晴れの日の舞台には相応しいものだ。
顔を洗うと、私はアトラを連れて食堂へと向かった。
「よぅ、ルーリィ。今日はいよいよ師匠を決める日だな」
「ハイ、ガーズ。貴方も今日は早いのね。貴方は大工さんだっけ」
「おう。新たな建築技術が見つかって、ちょうど都市の建て替え計画が行われるしな。ロボットの大部隊を指揮しての建て替え、胸が躍るぜ」
「それはいいけど、あんまりさぼって追放されたり殺されたりしないようにね」
「おうっ つーかお前こそ、気をつけろよ。ルーリィは魔術師になるんだろ」
「わかってるわよ」
名もなき国では働かざる物食うべからずが定着している。
仕事を選ばなければ問答無用で追放されるし、知りすぎた後には追放すら許されない。
特に魔術師においてそれは顕著だ。
ここで知識を得て、例えばラインスタッドで巨万の富を得ようなんて、そんな美味い話は存在しない。
ラインスタッドからの留学生は来るが、それだって厳しい制限があって、最深部の町には行けなかった。
あえて道を選ばない者もいる。そういう人は、わざと追放されてラインスタッドへ行く。
ラインスタッドへの憧れもないではない。それでも、ルーリィはこの国が好きだった。
何より、アトラと離れる事など出来ない。
ルーリィは食事を詰め込み、教会へと向かう。何故かガーズもついてきた。
ルーリィはこの為に早起きをしたのだが、ガーズもなのだろうか? ガーズは神父様を好いてはいなかったと思ったのだが。
教会に入ると、麦藁のような色の長い髪、薄水色の角の神父様が聖典をロボット達に聞かせていた。
神父様は変わり者だ。ロボット達も人として扱う。
そして、風変わりな神話を話して聞かせる。
なんでも、奴隷として捕まっていた所をロボットに救ってもらい、そうしてロボットの為の神話をでっちあげて話しているのだという。
「神父様」
「早起きですね、ルーリィ」
「神父様、いつもの話をして。魔術師になる前に、神父様の神話が聞きたかったの」
「喜んで。昔々、この地に、デウス・エクス・マキナ様とフェンリル様が降り立ちました。彼らは、魔界の魔物の国の王族でした。デウス様とフェンリル様は、まず眷族をこの地に生み出しました。そして、町を作り出しました……」
「ばっからしい」
ガーズが吐き捨てる。
「そんなわけねーじゃねーか。大体、デウスって人々を生み出したって言う人間の神様じゃねーか。俺はそんな神話なんて信じない。昔々、古代人が機械の国を作り上げたんだ。その国は世界を支配してたけど、一度フェンリル様に滅ぼされたんだ。ロボット達を作った技術はその際失われたらしいけど、技術はちょっとずつ取り戻している。デウスとやらが王だって言うなら、連れて来てみろよ。俺達は、いずれロボット達の操作法を思い出して、ラインスタッドを人間の手に取り戻すんだ」
「なんという不敬な事を言うのです、ガーズ。デウス様は常にこの国を見守っておられるのですよ。フェンリル様も善政をしいておられるではないですか」
私は沈黙を守っていた。ガーズ、それでも、神父様は長い寿命を持っているし、フェンリル様がラインスタッドの王様な事は事実なんだよ。私は、デウス様がいたという事は信じている。
私は全てが知りたい。だから、魔術師になる。
魔術師になれば、実験都市へ入れる。更に成果を出せば、首都の見学が許される。
誰一人いないのに、首都と呼ばれる場所。人間は選ばれた魔術師以外、入る事を許されない場所。
私はそこを探ってみたかった。幸い、それを狙えるだけの魔術の才能はあった。
「いこうぜ、ルーリィ」
「ええ、そうしましょう」
ぼうっとしていた所を話しかけられ、私は我に帰る。
そして、学校へと向かった。
私達が最後だったらしく、私達が入ると同時に先生は言った。
「それでは、第三希望まで選ぶ教師の名前を書いた紙を提出して下さい」
紙を提出すると、先生がそれをパートナーのロボットのロロに見せる。
全部の紙を見せると、ロボットは一人一人の生徒の所属を発表し始めた。
私は希望通り、魔術師になれた。
最後にロボットが言った言葉に皆、驚愕した。
「リュリィ、追放」
「リュリィ、誰も選ばなかったの!?」
「僕は機械の奴隷として生きるより、人として生きたいからね」
リュリィは吐き捨てる。
「奴隷って何だよ!」
ガーズが勢いよく席を立つ。
「奴隷じゃないか! おかしいと思わないのか、目標を示唆するのも、重要な事を決めるのも全部機械だ」
「それはそっちの方が効率がいいから……災害予知だってしてくれるじゃないか!」
「災害予知がなんの関係があるのさ。怒るって事は、心当たりがあるんじゃないか?」
嘲笑するリュリィ。激昂するバーグ。
私は二人の間に割って入った。
「やめてよ! ね、二人とも。お願いやめて。リュリィ。バーニィと離れるのは良いの?」
リュリィは一際視線をきつくした。パートナーのロボットは、当然追放されれば引き離される。パートナーを失ったロボットは首都へ行く。それ以降の事は、誰も知らない。
「バーニィがついてきてくれない事こそ、僕を本当の意味で思ってはくれない証であり、僕がこの国を捨てる理由なのさ」
「リュリィ……」
私は、思わずうつむいた。アトラが私を思ってくれないなんて信じられない。でも、確かにロボットは謎が多い。それを解くんだ。絶対。
私は決意を新たにして、魔術師の住む町に向かった。
魔術師の住む町に入れば、もう国の外に出る事は出来ない。それでも……そこに、私の求める答えがあるならば。