差し出される、いくつもの手。
――お願いだ。僕に手を触れないでくれ。
口々に自分を求める声。
――お願いだ。僕に話しかけないでくれ。
誰も彼もが、僕を求める。
――お願いだ。僕に関わらないでくれ。
僕は、しゃがみ込んで首を振る事も出来ず、凍った瞳でただ呆然と立ち尽くしていた。
始まりは、僕が幼い頃。飛行機を見ていた時。
僕は自然とこう呟いていた。
「あの飛行機、落ちるよ。原因はエンジンの異常」
父が驚いて僕を見る。その時、飛行機は次第に傾いていった。
大惨事になった。轟音、悲鳴、燃え上がる炎。煙たい匂い。
僕はそれを目に焼き付ける。
恐ろしい光景だったが、その反面、僕にとっては既に決まっていた、わかりきった事だという事が僕から動揺という選択肢を奪っていた。動揺もせず、真正面から受け止めた僕の中で、何かが崩れていくのを感じた。
慌てて事故現場に駆け寄る父が振り返った時の、どこか恐れるような驚愕の瞳。
僕はそれを見て、知っているはずの事だと納得しながらもどこか不安に感じていた。
それからだった。
僕は数々の事故を予言した。
普通の人間には、事故をみすみす見逃すなんて事、出来ない。父母は僕が事故や災害の予言をするたび、関係する場所に連絡を入れた。
父がテロ関係者と疑われた事もあったが、地震の予知でそれは氷解した。
やがて訪れたマスコミの人間。
父は、僕に予知をするように言った。
「いいけど、そしたら僕、浚われるよ。悪い人に」
「何をわけのわからない事を言っているんだ。お父さんを嘘つきにするつもりか? 早く予知をするんだ」
僕は告げた。
「明日、一二時に、東京地下鉄でテロが起きるよ」
お父さんとテレビ局の人達は動揺する。
「僕。それはどうしてわかるの?」
何故、この人は当たり前の事を聞くのだろう。
「そう、決まっているから」
翌日、東京の地下鉄でテロを起こそうとした人達が捕まったとニュースでやっていた。もちろん、僕のニュースも大々的に流れた。
僕は、初めから何が起ころうと黙っているべきだったのだ。
でも、幼稚園児だった僕にどうしてそんな事が分かるだろう。
その日から、僕の環境は一変した。
旅行に行くとなれば、その旅客機や列車が無事か聞いてくる。催し物があれば、それが何事もなくすむか聞いてくる。押し寄せてくるマスコミの人達。研究者。政府の偉い人……そして、犯罪者。
……誰もかれもが、予知をしろという。
やめてくれ。僕をもう放っておいてくれ。そういう僕を無理やり引きずりまわし、しつこく問い詰め、奴らは予知をさせた。もううんざりだった。
人間不審に陥っていた僕は、漫画やアニメに次第に傾倒していった。
何回目かの誘拐の時だ。縛られていた僕に、傷ついた刑事が駆けよった。
「悪い人が、僕を浚いにくるよ」
「何度だって、助けてやるさ」
僕の頭を、刑事が撫でる。既に顔見知りになった刑事を、僕は決して嫌いではなかった。
でも。
「もう遅いよ、ほら、浚いに来た」
『強き魔力を持ちし賢者の魂。魂無くして生まれおちた我が眷族の魂として相応しい』
現れた黒く大きな影。それに驚いた刑事が銃を抜くが、放たれた弾丸は闇を素通りする。
なのに、その闇で出来た腕はたやすく刑事の上半身をふっ飛ばした。
「もう、誰も僕に関わらないでくれ」
僕は、両腕で耳をふさぎ、丸くなって下を向いた。
その僕を、闇が脳天から真っ二つに切り裂いていた。
次に気がついたのは、化け物に抱きあげられた時だった。
視界に入るのはぶら下げられた鋼鉄の体。
目の前のなんと形容してよいかわからない、人型の黒い獣といっていい化け物。
これが僕の新しい親だと当然のように『わかった』が、とてもこの鋼鉄の体と毛玉が親子だとは思えない。
化け物が何か言う。
知らない言語だが、何故か僕には化け物の言っている事が分かった。
「邪神様が、素晴らしい魂を我が子の為に用意して下さった。この子の名前は、デウス・エクス・マキナとしよう」
――機械仕掛けの神。
くだらないと思った。