カストラストとの国境で、困った事態に陥った。アレクを追って来た村人が、関所にいるのだ。そういえば、行き先を告げていた。その上、関所がやたらと物々しい。
「どうするか……」
その時だった。見知った魔力と、例えようのない懐かしさを感じる。
「うわあああああ! 死の聖人が来たぞ! こ、心を強く持つんだ!」
美しき翼がはためいて、甘い香りが漂う。
『いらっしゃい……』
降り注ぐ矢を浴びながら、ビューティが告げる。
言葉は通じずとも、意図は通じたらしく、心の弱い兵士からビューティの元に向かっていく。
『ビューティ! 会いたかったぞ!』
『誰だ、私の名を知る者は!?』
ビューティに走り寄ると、状況を理解していない村人達が憤怒の顔を向けて来た。
「よくもおらの村からストーンを浚ったな! ぶっ殺してやる!」
ソルディオの腰から剣を取り、向かってくる村人を切ったのは、意外にもアレクだった。
「わしの名前はアレクよ! よくも、よくも長きにわたり閉じ込めおったな!」
村人がソルディオ達と距離を取る。
その間にソルディオは杖を抜き、ビューティと睨みあった。魔界の掟はただ一つ。
強いものに従う。それだけである。
『我が名はサンゴッド。ビューティよ、腹心のお前だけは再度我が支配下に置かねばならぬ。また我が右腕となるがいい』
『笑わせる。貴様ごときが魔王様の名を騙るなど。そして、例え本当に魔王様だったとしても! か弱き人間に堕ちた魔王様に価値など無い!』
予想通りの言葉を吐き、ビューティは翼をはためかせて飛んでくる。
杖から幾筋もの雷光が迸った。
それはビューティが驚きながらも放ってきた魔力弾と真っ向からぶつかり合う!
『これで終わりか? ビューティよ! 虫けらの相手ばかりで腕が落ちたのではないか』
『こ、これはまさに魔王様の魔力。魔王様、なんと汚らわしいお姿に……ならばっ! 終わらせて差し上げる事が我が忠誠!』
『は! 違うな。我はのし上がるのだ。神の座へと!』
両者は、空を飛ぶ。
激しい戦いが始まった。
戦いは三日三晩続き、ようやくビューティを降した時には、何故か関所に兵士が集まり、揉めていた。
ビューティを背負ってソルディオが降りると、アレクとラブリィが駆けよって来た。
「リブトラットの兵士が、ワシらにカストラストに行くなと言っておるんじゃ。飛雷聖人と鉱地聖人を他国に渡すわけにはいかぬ、と。ワシはカストラスト人じゃというておるに! その上、カストラストもワシの体を返すわけにはいかんというておる。ワシの体なのに! 聖人が前世の体を得るのは、力を得る上で重要な儀式なのに!」
「飛雷聖人? ああ、我の事か。聖人の意向は最大限尊重されるはずだが。とりあえず、我は疲れた。休ませてもらう」
「おお、そうじゃな。そちらの女性は、もう大丈夫なのか」
「我が破った。だから、もう逆らわぬよ」
「はぁー。大したもんだ。とりあえず、関所の寝室に案内しよう」
そこでソルディオはゆっくりと休み、食事を取った。
そして、話し合いの席につく。面倒な事だが、上手くいきすぎというのも恐ろしいものだ。困難は、逆に安堵を感じさせた。
「旅の目的? 部下ビューティを探し、アレクの体と道具を取り戻してアイテムの所へ行く予定だが」
「アイテム様の所に?」
「そこでラブリィの力が上手く働くか試すのだ」
それで、納得したように大使達は頷いた。
「とりあえず、ストーン様はカストラスト王都に来られるのが良いでしょう」
「馬鹿な。そちらがストーン様の体と道具を持ってくればいいだけの話であろう」
大使達が言いあうが、アレクはそれに顔を赤くしていた。アレクと呼ばない事に腹を立てているのだ。
ラブリィは心配そうに双方を見守っており、ソルディオはため息をついた。
「アレクも、死んだ後の後始末を何かとしたいであろう。我らは、カストラストに向かう」
「決まりですな。我らがお送りします」
「しかし、彼らはアイテム様の所に戻りたがっている。護衛の兵はつけさせてもらう」
そこで、ビューティが目覚めたとの報が届いた。
ビューティがそれとほぼ同時に駆けこんでくる。
そして、ソルディオを見て、絶望と屈辱、諦めに顔色を染めた。
『魔王様……私は貴方に従います。貴方がそのような姿でも生きるというのなら、私は身を挺してそれを助けましょう』
『うむ、良き心構えだ。では、まず手始めにこの腕輪を使い、初めにこの地に降りた場所を思い浮かべるがよい』
「アレク、ラブリィ、ビューティに触れよ」
ソルディオを含む三人がそうした時、ビューティが発光し、そこから尊き聖人達は消えていた。異世界に移動する事が出来るのである。同じ世界の望む場所に行くのは、簡単なのだ。
「ソルディオよ、お前さん、怖い程に幸運の女神に守られているの。ここはカストラスト王都の近くだ」
『ビューティ、人の姿を取れ。色々と事情を説明しよう。まずはお前が隠し持つ、我の体を寄こすが良い』
ビューティが手を差し出す。そこには、手の平大の黄色い球が乗せられていた。
ソルディオが手を伸ばすと、それがソルディオの手に沈んでいく。
「ふむ。儀式とはこういう事か。力が満ちていくようだ。まあよい。まずはアレク、お前の用事を果しに行かねば」
「そうじゃな。弟子達は元気かのぅ」
アレクの工房があった場所は、大きな神殿へと変わっていた。鍛冶の神として祭られていたらしく、そこでアレクの弟子達が働いていた。アレクの形見の神具を使って。
その真剣な眼差しと大きく成長した弟子の様子に、アレクは目を潤ませる。
弟子達が立派に育った事を喜び、自分の居場所が無い事を悟って悲しみを覚えたのだ。
「神具は、譲るしかないのぅ。ワシの体は……こっちか」
祭られていたのは、一対の鍛冶道具。
それは兵士に守られていた。
「どうするかのぅ」
『ビューティ、兵士達を黙らせろ』
さっさと鍛冶道具を手に入れたソルディオは、次の瞬間、自らの領地にある森へと戻っていた。
次は王都のアイテムの所に行くだけである。
「ありゃ、盗みなんじゃないかの……」
「もともとお前の物だろう。それより、ラブリィ、アレク。お前達には言葉を覚えてもらおう。我と共に来るのならばな。ビューティにも、事情を説明せねばならぬ」
「そりゃそうか。勉強は苦手なんだが……お手柔らかに頼む」
「私、頑張りますっ」
「……少しぐらいなら話せます。サンゴッド様、どうぞ事情をご説明ください」
ビューティの言葉にそうか、とソルディオは頷いて、話しはじめた。
太陽を得ようともくろむ魔王と、それを防がんとする勇者の戦いを。
「お主が魔王かいっ今度はこの世界を侵攻しようというのではあるまいな!」
「我は陽雨聖人となった。既に、侵攻の理由はない。後は我の修行次第だ」
その言葉に、ぽかんとアレクは口を開けて、次に驚いて言った。
「凄いではないか! 陽雨聖人!? 雨と太陽、両方を司る!? 馬鹿な……!」
「魔界に、太陽を……!?」
ビューティもまた、驚いていた。ソルディオが試しに太陽の石を生成し、宙に浮かばせてみると、それに見入る。
そして、安堵と失望のため息を吐いた。
そんな大それた事が出来るはずがない、という安堵と、この程度の力か、という失望のため息である。しかし、それでもビューティは美しい太陽の光から目が離せなかった。
「今はこの程度だが、その内太陽そのものとなって輝いて見せよう」
ラブリィは宙に浮かぶ太陽の石をそっと抱きしめ、陶然とした顔をする。
種草聖人のラブリィにとって、土と太陽と水は愛すべきものなのだ。
王都につくと、なにやら陽雨聖人が見つからないらしいと大騒ぎになっていた。
しかし、そんな事をソルディオが気にするはずもない。普通にアイテムに会いに行き、アイテムは沈んだ顔でそれを出迎えた。
「どうした、アイテム。道具はまだ出来ぬか」
「出来たわよ。そうじゃなくて……明日、癒養聖人のクッキングが神上がりするのよ。私の友達なの。よく食事を作りに来てくれて……。でも、神上がりをとても嫌がっていて……。気持ちは凄くよくわかる。具具聖人はね。神上がりすると、すぐに次の聖人を見つけて、世界に還るか神具となるか次の聖人と一体化するかのどれかなの。道具を作れない、体の無い人生に意味など無いから」
「クッキングさん! クッキングさんは、私にも親切にしてくれました!」
ラブリィが声を上げる。癒養聖人は、比較的有名な聖人である。
「ならば、神上がりしなければいいではないか。アイテムよ、準備は出来ているのか」
「え? だって、それは義務で……。その為に保護されていて……」
「ならば、本人に聞いてみればいい。そこにいるのだろう、クッキングよ」
扉の影から、白銀の、短髪の髪の背の高い女性が控え目に告げた。
「わ、私、生きたい、です。お願いします、助けられるなら、助けて下さい」
「では、魔界に戻るか。さっさと準備をしろ、アイテム」
「わかったわ。……元から、犯罪者になる覚悟は決めていたのだし」
調子を取り戻したアイテムが、クールに言い放つ。そして、ソルディオ達は魔界へと向かったのだった。