情報屋は、ハイドにそこそこ有用な情報を寄こし、大切そうに包まれた、薄汚れてボロボロの金貨を渡して来た。
エルディアはそれを受け取り、財布にしまう。
「大分遅くなったな。ハイド、付き合わせて悪かった。明日、買い物に付きあって欲しいんだけど、いい? 情報集め、もう終わった?」
「いや、明日の夕方、もう二、三件回る。昼なら付き合うよ」
エルラドはそれを聞いて頷いた。
翌日、ハイドは朝早く起こされた。エルラドもエルディアも朝市に行くのだと、楽しそうである。
買い物に向かうと、エルラドとエルディアはせっせと買い物をする。
朝市が閉まると、入れ替わりに開いた店を物色。
エルラドもエルディアも、父を名乗る者に奪われた物をまだ補充していなかったのである。
それに、この国を出るのだから、この国の特産物はぜひ買いためておきたい。金貨すら消費して、彼らは買い物をする。
夜、情報屋を回った所、やはり珍しい薬草などを求められた。
今度はハイドが上手くあしらい、事無きを得る。
その日には、キャラバンが補給を終わらせ、出発するとの連絡が来た。かなり早いが、その理由は多く、仕方のない事といえる。
一つは、森で時間を取ってしまった事。商人達の運ぶ穀物を待っている人達がいるのである。
一つは、蜂蜜を王族に献上したいと商人達が考えている事。珍しく、美味しい食べ物を一刻も早く主に届けたいというのである。
一つは、ハイドが情報屋から得た戦火が近づいているとの噂。最前線になるであろう、モルト―王国とシャライア国の国境を出来るだけ早く通ってしまいたいのだ。まだこの段階では戦に巻き込まれるまではいかないだろうが、食料を無理やり安く買われてしまう事はありうる。
次に向かうのは……国境の町、フェルナンド。
エルラドとエルディアは、確実に、隣国モルトー王国に入らんとしていた。
街を出発すると、キャラバン付きの薬師や医師、神官がエルディア達に近づいてきた。
「お前さん、暁の魔女の弟子らしいじゃないか! 他にも色々教えてもらっているのか?」
「悪いけど、私、弟子は取っていないの。お買物と情報屋さんのお孫さんの治療で疲れたから、少し休むわ」
エルディアの言葉に、ぐっと詰まる。エルディアは暗に、これ以上物を教えるのは弟子と変わりがないと言っているのだ。エルラドは、自分には関係ないという顔で店で買った肉に夢中で齧りついている。
国境の砦では、検問が行われていた。
問うても何を探しているのか答える事は無く、次々と馬車の中を検問する。
エルラドとエルディアは何の気なしに検閲の列に加わったが、騎士がエルラドとエルディアにフードを取るように言った。
「醜い顔なので、知られたくはないのです」
そう言ってエルラドとエルディアは嫌がったが、騎士はならば、別室でという事で護衛のハイド諸共、部屋に連れ込まれてしまった。
そうなっては、のがれる術は無い。エルラドとエルディアは仕方なくフードを取る。
絶世の美貌がそこにあった。
騎士は、大いに驚き、納得すると同時に首を傾げた。弱き者が誘拐を警戒して美貌を隠すのは当然のことである。しかし、どこかで見た事のあるような顔なのだ。
そこに、ずかずかと大きな足音を立てて叫ぶ声があった。
「暁の魔女の子らしき者が見つかっただと!? どこにいるのだ!」
それに、エルラドとエルディアは顔を青ざめさせた。
エルラドが危機を感じたその時、チャイルドチェーンがその手に握られる。
エルラドは、とっさにそれを差し出した。
騎士はチャイルドチェーンを見て、エルラドとエルディアが陛下に似ているのに気づき、顔を真っ青にした。
それはハイドも同じである。スパイであるハイドも、それくらいの知識はあったのだ。
「追われているのです。見逃して下さい」
そこで、騎士の頭の中にストーリーが展開された。秘密裏に探されている暁の魔女の子。
王子王女が公に探されないその理由。病弱な皇太子の存在。
シャライア国には、未だに正妃がいない。王が初恋の人を忘れられず、側妃が皇太子を産んだ後も正妃となる事を許さなかったのだ。側妃リーアが追手を差し向けるのは当然のことである。そして、Sクラスのディアトルテ国出身の護衛、ハイド。
何この陰謀の匂い。ハイドは敵なのか、味方なのか。騎士にはわからない。
その上、運悪く、隊長がお身体の弱いライド皇太子に大いに同情し、お味方している事で有名だった。
騎士は、選択を余儀なくされた。すなわち、国の命令に従うか、殿下の命令に従うかである。考える時間は上官が戸を開けるまでの一瞬。
騎士は決断した。エルディアとエルラドのフードを戻し、にこやかに笑って見せたのだ。
「驚かせて悪かったね。隊長、この二人は暁の魔女の子ではありませんでした」
一方、ハイドもギルドが父親を用意したとか、わざわざSクラスであるハイドを雇った事とか、たった七歳の幼子が危険にもかかわらずディアトルテ国に向かう事、目的が冒険者になる事と聞いていた事に並々ならぬストーリーを広げていた。ディアトルテ国は、身元を隠すのに最適である。しかし、それにしてもあまりに非道なのではないか。
二人が、自分が王族だとわかっていないとは思いもよらない。
騎士は、エルラドとエルディアの前に跪き、ハイドを警戒の眼差しで見ながら優しい声で問う。
「どちらへ行くのですか?」
「ディアトルテに。死んだ母の遺言なの」
その言葉に、騎士は安堵する。モルトー王国だったなら、ハイドが間者だと疑わなければならない所である。暁の魔女の遺言ならば、きっとそこには重大な理由があるのだろう。もちろん騎士は、二人が独自にハイドを雇ったなどとは思いもよらない。
しかし、まさか王子王女を他国人だけに任せるわけにはいかない。絶対に、絶対にもっとお付きの者が必要である。
「ほぉ、こんなに小さいのに! 大変ですな。Sクラスの冒険者の護衛という事は、ディアトルテの貴人ですかな?」
上官の呑気な言葉をスルーしつつ、騎士は考え考え、続ける。
「ディアトルテまでの道は、あまりに危険です。護衛が一人というのは……。私が、よい冒険者を斡旋して差し上げましょう。ですから、どうか私を信じて頂けますか」
「うむ、ディアトルテの貴人に借りを作るのは良い事だな。わしが探してやろうか?」
「いえ、隊長。それには及びません。冒険者が見つかりましたらキャラバンに連絡します」
この言葉に、さすがにエルラドは迷った様子を見せた。
騎士があまりに真剣な眼差しだったせいでもあり、信頼が出来るのか不安だったせいもある。
そこで、騎士はそっと忠誠の証を差し出した。
騎士の記憶球を持っているエルラドには、それがどれだけ大切なものかわかった。
何故、騎士がここまでしてくれるのか。疑問に思いながらも、エルラドはそれを受け入れたのだった。