街に付き、少し良い宿に泊まってルームサービスを取ると、ハイドはエルラドとエルディナに座るように促した。
部屋の中にも関わらず、黒いローブを目深に被った双子の子供、謎の多い雇い主を眺め、ハイドはため息をつく。
「森の中でのあれは、不味かったよ」
「森の中でのあれ?」
はて、と可愛らしくエルディアは小首を傾げる。
「ドローンビーの事についてひけらかしたり、戦闘や調合が出来る所を見せたり、早い話が全部だね。わけありなんだろ? 目立ちすぎだ。特にドローンビーについてだ。あの知識は、君達は公開する許可を得ていたのかい? 君達のキャラバンでの立ち位置を教えてあげよう。良いカモだよ」
「ハイド様……」
「……ドローンビーについての知識は、一般的じゃ無かったんだな。あれぐらい当然だと思っていたし、そうでなくても食べ物の知識くらいどうでもいいと思ってた」
エルラドの言葉に、ハイドは真剣な顔をして言った。
「君達がどれだけ裕福な暮らしをしていたのか知らない。けど、食べ物の知識くらい、なんて絶対に言っちゃ駄目だ。それは場合によっては、殺されても仕方のない言葉なんだよ。特に、作物の育てられないディアトルテではね」
エルラドとエルディナは、落ち込んだ様子を見せる。
けれど、とエルラドは呟くように言った。
「軽々しく切り札を見せてはいけないのはわかる。でも、俺達はディアトルテで冒険者として暮らすんだから、全く力を見せないわけにはいかないよ。キャラバンとのコネも出来たんだし」
「冒険者として使えると思わせる事と、利用できると思わせる事は大違いだ。君達は明らかに後者だよ。冒険者をやるなら、隙を見せては駄目だ。致命的な事になる。俺は君達が向こうについた途端、誘拐されて売られても全く不思議に思わないね。忘れちゃいけない。君達は、大人みたいに強いかもしれないけど、まだ子供だ。判断力も、体力も、力も、君達が思う程成熟していないんだ。それに、子供と対等な関係を結ぼうとする人なんてまずいない。自分の世話する子供として、道具として取り込もうとするのが当たり前なんだ」
エルラドとエルディアは深く反省した。いきなり合法的に売られそうになったのは、やはり運が悪かったのではなく、エルラドとエルディアにも隙があったのだ。
そういえば、マリーからは私は表に出過ぎるから良くないのだ、と聞いた事があった。
知識の元である騎士や貴婦人は、表に出ない様にしていた節もあった。
それでも、旅の医師、旅の学者というのもいいのではないかとふざけながら話しあった事もあるし、旅の一族のルールに有名人になってはいけない、という項目は無い。
真面目に将来の振舞い方の相談をする前に、マリーは命を落としてしまった。
「……気をつけますわ。ね、お兄様」
「うん、どう振舞うか、良く考えたいと思う。とりあえず、戦い方と治療以外は出来るだけ見せないようにする。エルディアは旅の医師になりたいって言ってたし」
ハイドは、二人が真面目に話を聞いてくれた事に安堵の息を漏らした。
「それは良いけど、身を守る事が出来るようになるまで、あまり突飛な治療法はしない方がいい。治療法は秘して。用心は忘れずに。わかったね」
エルラドとエルディアはこっくりと頷く。
そこで、ふとハイドは問うた。
「そういえば、君達は保護者はいないのか?」
こっくりと頷く二人。
「お母様が死んでしまったの。それで、ディアトルテでなら子供でも冒険者が出来るし、色々な材料も手に入りやすいって事で移動する事にしたの」
「ディアトルテの魔物は強いよ。冒険者はそんなに甘いものじゃない」
「負けて死んだらそれは、私が弱かったというだけよ。まあ、運命の人を見つけて子供を産むまでは生き延びるつもりだけど。それだって、私かお兄様のどちらかが達成すればいい事だもの」
「大丈夫。生き延びる訓練はしてきたから」
ドローンビーを片付けて来た子供の言葉である。ハイドは、無理をしないようにと念を押して、ようやく食事を始めた。
食事を終えると、ハイドは立ち上がって言った。
「これから情報集めをしに行くから、ついてきてくれないかな。二人を残すのは不安だからね」
二人は快く快諾した。
情報屋に向かうと、情報屋は二人を一瞥した。
情報屋は、二人を見ると目を見張った。
「噂を聞いてまさかと思ったが……その暁の魔女の紋章のローブ、お前さん達が弟子の双子だね? 父親が現れたと聞いたが、そこのお兄さんがそうかね」
「あれはギルドが用意した偽物よ」
ため息をついてエルディナが言うと、情報屋はクックと笑った。余裕のある様子を見せかけているが、その目はギラギラと輝いている。
「ギルドが用意したんなら、その時点から本物さ。父親が探しているよ。どうやら、大事な物は残さず持ちだしたらしいじゃないか。キャラバンに高価な薬草を売ったって事は、暁の魔女の道具の隠し場所があったんだろ? まさかその年で、技量まで受け継いでいるとはね」
情報屋の見透かすような瞳。
「客は俺だ。連れに絡むのはやめてくれ」
「嫌だね。いくら金を積まれるより、価値のある者が目の前にあるんだからね。あんたらから受け取るお代は一つしかないよ。あたしの孫の治療だ」
「もう一度言う。客は俺だ。大体、それに値する情報があるって言うのか?」
ハイドが語気を強めて言う。
「見るだけなら見てもいいけど。どれくらいお代を貰うかは、貰った情報と相談ね」
「エルディナ、さっき言った事を忘れたのか?」
「わかってる。見てから決めるわ」
情報屋は、気が変わらない内にと、急いで部屋に案内する。
ベッドの上では、子供がお腹を抑え、荒く息を吐いていた。
「おばあさん、症状はわかりましたから、ハイドと一緒に外に出て下さい」
エルディナは子供の目隠しをし、手早く診察をする。
「まずいわね……今まで持っていたのが不思議なくらいよ。緊急手術!」
手早く服を脱がせ、消毒し、エルラドが急きょ消毒した床に彼を降ろし、「現代から持ってきた」手術道具をさっと広げる。手術は二時間ほど掛かった。
癒しの呪文で傷を塞ぎ、綺麗に部屋を片付けるのも合わせると、一時間程だろうか。
部屋から出て来たエルディナに、情報屋は急いで駆け寄った。
「随分と時間が掛かったようだが、孫は、トーリは治るのかえ?」
「一週間安静にしていてね。これを一か月、一日に一粒水に溶かして飲めばいいわ。安くなるようにしたけど、料金は、情報なしで大体金貨一二枚かしら」
情報屋とハイドはそのあまりの金額の高さに驚く。
「そんなに悪い病気だったのかい?」
「虫垂炎とお母様は呼んでいたわ。治療が遅れると死ぬけど、治療はまあ簡単な方だけど、正規の技術料は金貨十一枚分くらいかな。安静にして、薬を飲み続ければ、完治するわ。でもまあ、情報で足りない部分は金貨一枚にしてあげるわ。使った薬や道具をお金に変えると大体それ位になるから。お母様も正規の値段よりかなり安くしていたし、ね。お陰で私達、お金に苦労した物だわ」
ちなみに、Sクラスのハイドの隣隣国までの護衛依頼が金貨十枚である。
エルディアの癒しの術の値段は根拠のある物だ。癒しの呪文は難易度がかなり高く、神殿で金貨十枚払ってようやく受けられる物だからである。
解毒剤の価値に無頓着かと思えば、子供の病気一つにこれほどの金銭を要求する。ハイドには、エルディアが理解出来なかった。