「全員揃ったか」
変態帝……いや、作帝、カイル伯爵の屋敷に僕達は集まった。
部屋の中は物で溢れかえっていて、どことなく居心地が悪い。これは一刻も早く城の建設をお願いせねばなるまい。
「作帝。ご足労をおかけして、申し訳ありません。それに、レナ姫も」
僕は作帝とレナ姫に深々と頭を下げる。レナ姫は扇子で口元を隠して、微笑んだ。
「竜斬殿下が苦戦をなさるなど、大変な事ですわ。それに、他国の悪霊退治を手伝う前例が出来るのは、私としてもいい事ですもの」
僕は頷いた。ナイトメアは恐るべき強敵だ。それに、これからも強い悪霊はじわじわと増えていくだろう。
本来、ソウルソサエティは全世界をカバーしなくてはならない。一部地域だけしか保護していない今は、正しくない姿なのだ。これを何とかするには、じわじわと死神を増やして行くしかないだろう。僕は三十歳になったら、体を捨てて、完全なソウルソサエティの住人となる。既に、カイル伯爵の手の者の何人かはそうしている。
このソウルソサエティが埋まるまでは、互いの協力が必要不可欠なのだ。
正直、熱心に悪霊を狩っている王都でさえこのありさまなのだ。他国がどうなっているかは考えたくも無かった。
「それなのだが、此度の戦、竜斬殿下に任せたいと思う。そして、この討伐を持って、竜斬帝の即位の儀式に変えるのだ」
作帝の言葉に、場がざわめいた。
「作帝、ですがそれは……」
「確かに竜斬殿下は若い。しかし、俺もいっぱいいっぱいだから! ソウルソサエティ作りしながら政治をするなんて無理だから! 竜斬殿下、お前も即位後も前線で戦ってもらうから、後継者を見つけとけ」
「かしこまりまして」
僕は恭しく礼をした。
そして、次の日の夜に全員が集まる事が決定し、僕達は英気を養うべく、自らの体へと戻った。
「王子、お目覚めになられましたか。王がお呼びです」
「うむ、わかった。すぐ行く」
全く、この忙しい時に、父上は一体なんだというんだろう。
父上の隣には、最高司祭、将軍、宰相、お目付け役のジグフェルト、それに母上までが控えていた。
「単刀直入にお聞きしましょう。貴方が神ですか?」
「バリーめ、失敗したな」
最高司祭の問いかけに、僕は思わず舌打ちをする。まあ、ばれたらばれたでカモフラージュしなくて良くなるのだけど。
「では、本当に神となったのか、ミュリアスよ。竜斬殿下と呼ばれていたと聞くが、ソウルソサエティは、神の国は既に存在すると言うのか。カイル伯爵が作帝なのか」
「……悪霊、ナイトメアの掃討を持って、竜斬帝への即位となる運びです。作帝は、ソウルソサエティの建設に集中したいとの事ですから。私も後継者を見つけ次第、将軍職へと降るでしょう」
「悪霊とは、ナイトメアとは何者なのだ」
「死ねば、人の魂は天へ昇り、赤子として降りてきます。これを輪廻転生と言います。あまりに強い未練を持つゆえ、死してもこの世に留まる魂がいます。その中で、人に害をなす者を特に悪霊と言います。それを浄化し、輪廻転生の輪に戻すが我らの役目。ナイトメアは特に強い悪霊で、人の魂や死神を食らいます。さすれば魂は消滅し、二度と輪廻転生の輪に戻る事はありません」
母上は、ぽろぽろと涙をこぼし始めた。
「変人かと思っていたのですが……違うのですね。ミュリアス、貴方は私の知らない間に、立派な子へを育っていたのですね」
「いや、まあ、その……さすがに、見えない者と戦っていると言うと頭がおかしいと思われれますし」
「死神は誰でもなれるのか?」
「霊を見る才能があり、作帝が神から預かりし死神の力を渡した人だけです。私も作帝から死神の力を十人分保持しております」
「おお、神が!」
最高司祭が歓喜の声をあげる。
そこで、父上はため息をついた。
「ハーレムだのなんだのは、全てカモフラージュだったのだな?」
「もちろんです、父上」
「わしに相談するとか、最高司祭に相談するとか、新たな団体を立ち上げるとか、思いつかなかったのか? よいによっってなんでハーレムなどという発想をした?」
そして、父上の長い説教が始まった。うん、信じてもらえないにしても、ハーレムって言い訳はないだろうと僕も思ってはいたけどさ。
それから、ミリア教の教義が大幅に変わり、僕の勉強時間が増える事になった。
僕は最高司祭に神について知りうる限りを教えるように言われた為にカイル伯爵に丸投げし、将軍に引っ張られて指揮とナイトメアの殲滅方法について一緒に考えさせられるのだった。
あ、死神の力十人分は目をつけていた騎士に与える事になった。
そして、夜。僕達は集合して、索敵能力が優れている何人かを斥候にはなった。
発見されたのは、都合のいい事に廃墟で休んでいるナイトメアだった。
後一時間もすれば、作帝の作った呪符を持った騎士達による包囲網が完成するだろう。
霊力が無くとも、作帝の作った道具があれば僕達をサポートできるのだ。
作帝の方を見ると、彼も恨めしげな眼で僕を見ていた。
「竜斬殿下のせいで、私が異端審問に掛けられるかもしれない件について」
「別に死んでもソウルソサエティに住めばいい話ではないですか、作帝」
「私はまだ跡継ぎを作ると言う大事業を終えておらんのだ。童貞で死ぬなんて悲しすぎるし。だから宗教には出来るだけ関わりたくなかったのに、ミリア教は女神崇拝。どう、神の事を説明すればいいんだ」
「え」
「え」
「え」
変態帝こと作帝ことカイル伯爵の言葉に、死神全員が振りむいてカイル伯爵を見た。
カイル伯爵が童貞? 聞き違いだろうか? だって変態帝が?
そして憐れむような瞳。作帝はその視線に気づくと、慌てて仕事に追い立てた。
作戦はこうだ。作帝の作ったネットを放ち、それを被せて攻撃力が一定以上でない死神全員で動きを止める術を使う。そして、その間に僕を筆頭とする攻撃重視の死神達でナイトメアを切る。
空高く放たれるネット。戦闘は、こうして始まった。
ネットと術は、ナイトメアの動きを阻害する事には成功した。
しかし、それだけだ。動きの全てを封じるのには至らない。
激しい乱戦となった。隙があれば、隙があれば卍解が出来るのに!
その時だった。
兵士達が廃墟に到着した。
「見えたっ! これで指揮が出来ますぞ! ミュリアス王子殿下、指揮権をお譲り下さい!」
「任せた、将軍!」
将軍は死神達を鼓舞し、指示を出し始めた。将が変わると、これほどまでに違うのか。
そして、大きな犠牲を払いながら、少しずつ僕達が押していく。
そこで、最古参の死神であるザイルが死神の一撃を受けて、空高く舞った。
死神の間に動揺が走る。作帝が走り寄り、ザイルを抱き上げた。
「ザイル! ザイル! しっかりしろ、腹上死は嫌だろう!? 男として、男に抱かれて死んだなどという不名誉すぎる噂を流されるなど、真っ平御免だろう!?」
ザイルは、血を吐きながら言う。
「さ……作帝……いや、カイル……。どうせなら、一度ぐらい、ほんとに抱かれたか……た」
死神達が一斉に噴き出した。それからは、もうめちゃくちゃだった。
「いやああああぁぁぁぁぁぁぁ!! 私、ザイル好きだったのにぃぃぃ!」
「えええええ、そんな、ミリー! くそう、失恋した! ホモ野郎が原因で失恋した!」
二人程泣きながら敵前逃亡した。作帝は汗をだらだら流しながら、言い訳を考えていた。
「いや、確かに私はハーレム作ったが作ったけど作った故に責任が……!? 人生初の告白が男からとか……いや私が原因なのか? 責任とらねばならんのか? 責任を責任をいやいやハーレムはあくまで口実でそれはザイルもあああああ」
「じ、実は俺も作帝が……」
「私も作帝が好きよぉん。抜け駆けはずるいわぁん」
「ちょっと待て! 一度じっくり考えさせてくれ、私に時間を、時間をぉぉぉ!」
そして始まる告白大会。
もちろん、馬鹿をやっている間にもナイトメアは暴れまくっている。
戦線崩壊である。
「えーい! 色恋など戦いが終わった後にしろ! 目の前の敵に全力を尽くせ!」
将軍が鼓舞するが、所詮僕達は素人集団なのだ。かくいう僕も、動揺していた。
「ええい! ミュリアス殿下が危ない! お前達、根性でナイトメアを倒せ! 呪符とやらを叩きつけてやれ!」
将軍と騎士達の献身的な活動により、ようやく僕は正気を取り戻した。この隙を、逃してはならない。
僕は、卍解を行った。
「竜斬、いくよ」
『……承知』
「うおおおおおおおおおおおおおお!」
僕の斬魂刀が激しく輝き、僕はナイトメアに斬魂刀の一撃を叩きつけた。
ナイトメアが、消滅していく。
そうして、ぐだぐだのままナイトメア討伐は終わった。
その後、死神の規則に、「戦闘中に告白をしない」が出来たのは言うまでも無い。