夢のお茶会会場で、男がケーキをつまみながら、ふんぞり返って言う。
「おい、魔物。さっさと封神演義とやらの続きを見せろ」
その向かいで、ダイナマイトバディの女が、くねくね身を捩らせながら言った。
「いやーん。狼ちゃんったら横暴ねぇーん。私は貴方の奴隷じゃな・い・わんv ていうか私の小鳥ちゃんの招待状を奪ったわねぇん?」
「レフィア王子殿下と呼べ。後、いい加減お前の正体を教えろ」
「狼ちゃん、ここでは正体は秘密よんv 妾は夢だから、正体も何もないけどねぇんv」
「お前がこの城にいるらしい事は既につきとめている。俺の命令に逆らうのか?」
「ここの主は妾よぉーんv 無礼なお客は退場願うわぁん」
「なんだと?」
「まあまあ、兄上。魔物殿、お気を鎮めてください。魔物殿が兄上を招待してくれなくなって、あまりにも兄上が沈んでいたので、エレネが招待状を自ら譲ってくれたのです。兄上はこう見えても、貴方と会えるのを心待ちにしているのですよ」
ふん、とレフィア王子が腕組みをする。
「素直じゃないのねぇん。でも、権力を笠に来てあんまり好き勝手していると、貴方の好きな人の前で、筋骨隆々の大男に化けて俺との事は遊びだったのかって泣きわめいちゃうわよぉん?」
「夢から出られる物なら出て見て頂きたいですね。どうせ、犠牲になるのは兄上なのですし」
「あら、キツネちゃんたら策士ねぇん」
本日の私の姿は、某悪女だ。ぶりっこしながら、私はため息をついた。
エレネには新しい招待状を送らねばならないだろう。それと、レフィアが持つ招待状に手を加えなくては。あれはいつでも来られる特別製の招待状であり、レフィアが来ると帰る客がいるのである。
レフィアは、このお茶会に来る客の正体を探ろうとするし、その姿勢を隠そうとしない。
しかも、お茶会から締めだすと物凄く荒れる。城中の人間が迷惑を被る。
全く、頭の痛い事である。
今後も、王族のみのお茶会は開かねばならないだろう。
所詮夢の中のお茶会なんだから、普通に楽しめばいいのに。
王子様への印象はマッハで下落である。こいつら子供の癖に、なんという我儘さ。
「ご令嬢、今宵は僕も楽しみにしていたのです。早く続きを」
「小鹿ちゃんがいうなら仕方ないわねぇん。始まるわよぉん。おいでなさい、小鳥ちゃん?」
エレネを呼び寄せ、席を勧める。
そして、スクリーンの中で封神演義(ジャンプ漫画バージョン)が始まる。言葉はもちろん日本語だが、夢の中なので漫画が動いたり、わからない言語が理解できても当然の事。
王子達は、その名作に見入った。
本当はエレネの為に上映していたんだけどね。
初めて来たお客、エレネは下女の産んだ王の娘で、それゆえ宮廷の隅に追いやられている。というか、侍女はともかく、下女に手を出すなんて最低である。
私はエレネを気にいり、エレネには何かと特別に世話を焼いてやっていた。
特別にお茶会の間の花壇で花を摘む事を許したのもその一つである。
他にも、お茶会に来た孤児に本物の食べ物をご馳走したり、教育をしてやったりしている。
エレネに贈られたと言う事になった珍しい花に宮廷は話題になり、それで王子はエレネがお茶会で私が贔屓にしている姫君と知った。まあ、エレネと親しくしてくれている事は感謝している。
私はスクリーンを眺めながら、コーラとポテトチップスを摘まんだ。やっぱり映画にはこれよね。
「それを寄こせ」
王子がそれを掻っ攫い、食べる。
「あらん。間接キスね? でもそれ、炭酸よぉん?」
ムカつきを抑えてからかう様に言うが、王子は無視をしてコーラを飲んだ。少しむせる。
「炭酸とは妙な飲み物だな」
「いらないなら返して下さるぅん?」
「いやだ」
王子は今度は慎重にコーラを飲んだ。それを羨ましそうに見つめる王子達。
私は一つ指をパチリと鳴らし、皆の前にコーラとポップコーンを出した。
変わった味だと言いながら、コーラを飲む王子達。
エレネも一所懸命飲んでいる。エレネは、私の与えた物をなんでも喜び、喜ぼうとしてくれる。それがいじらしく、可愛らしかった。
この映画の話も、エレネのお茶会の有用な武器となるだろう。楽しい物語の話は、この世界では贅沢品だから。それが、王子と共通した夢の話となれば、なおさらその価値が出る。
さて、明日の予定は料理人専門のお茶会だ。明日の姿は何にしよう。今日は女に化けたから、次は男がいい。そうだ、ハンターハンターに出てきた某料理人の豚になろう。
美味しいもの、盛りだくさんのお茶会に、自然と顔が綻んだ。
思えば、あれでも王子達はまだ子供で、可愛いものだったのだ。それを、私は後に思い知る事になる。例えば今。
結婚式を妨害し、私を無理やり部屋に連れ込んだ王子は、爆笑していた。
「あはははは! 魔物の奴も、面白い事を教えてくれたものだ。皆のあの顔! これで縁談は破談だ! ざまあみろ! お前にはすまない事をした、あの女にはそれなりに金を与えてやろう。その代り、茶番につきあってもらうぞ。これは命令だ。お前、俺に惚れた振りをしろ」
きっと外で聞き耳を立てているだろう騎士達は、安心したり顔を蒼褪めさせたりしている事だろう。私はその言葉を十二分に考えた。まだ、正体はばれてはいない? ならば、なぜ私を選んだ? 決して油断はするな。私は昼は無力なのだから。
とりあえず、私は土下座を続けた。それ以外に道はなかった。
王子は私をマジマジと見る。
「とりあえず、風呂に入って着替えて来い。いや、いい。汚らしい方がよりインパクトがあるからな。とりあえず、お前は俺の傍にいろ」
汚らしいって。これでも、結婚式の為に身綺麗にしたのに。まあいい。ばれていないと仮定して、とにかくぼろが出ないようにしよう。といっても、それは土下座を続けると言うだけの事なのだけど。
王子は、綺麗な顔で笑った。
「とりあえず、連れまわすぞ。殺されないよう気をつけろよ」
さらりと怖い事言うな。
王子は私の手を引いて部屋を出る。部屋の外に待機していた騎士達が慌ててついてきた。
それから、私は剣の訓練に、勉強に、お茶会に連れまわされる。
多分、しかめっ面した近衛兵の吹く顔とか、厳格そうな家庭教師の吹く顔とか、貴婦人の吹く顔を見れるのって最初で最後なんだろうな。
私は、その人達全てに、申し訳なさそうに頭を下げまくった。
その後、一日もしない内に、物凄い勢いで私の身辺が調べられた。しかし、怪しい所などあるはずがない。いままで、慎重に、昼は全く気を抜かずに生きてきた。
私が不能で喋れず、文字も書けないと言う事で、周囲は安心すると同時に困惑した。喋れない、文字も書けないでは問いただす事も出来ないからだ。
私は終始おどおどした様子を演じ続けたから、巻き込まれただけらしい事もわかってくれるはずだ。そう信じるしかない。
そう思っていたら、その日の夜には厳格な家庭教師が言った。
「貴方には文字を覚えてもらいます」
私は凄い勢いで首を振る。頼み込むような動作を繰り返したが、家庭教師は許さなかった。
「貴方にはなんとしても王子との関係を証言してもらわねばなりません」
あ、やっぱり? しかし、大分手間が掛かるとは思わないのだろうか。それより、文字を徐々に学んでいく振りってどうすれば。次の日には全て忘れた振りをすればいいか?
すると、王子は私を手招きし、手紙を見せた。
「この通りに書けばいいのだ。短くて簡単であろう?」
『王子を愛しています。どうかお許しを』
これはちょっと酷いと思うわ。でも、私は文字を知らないはずなので、一所懸命書き写す。へたくそに、へたくそに……。思い出すのよ、字を覚えたばかりの時の事を。この字を文字として見るんじゃない。絵として見るのよ……!
家庭教師は、怒りのあまり卒倒しそうだ。その時、来客があってレフィア王子殿下が人払いをした。
「何をやっているのですか、兄上。そんな事をして、本当に縁談が破棄されると信じているのですか」
呆れた声で聞くのは、キツネちゃん事次男のキュルト王子殿下。
「向こうは王族にあるまじき事に、恋愛結婚をさせたいらしいからな。ソフィア姫の俺への愛が冷めれば、縁談の破棄もありうるさ。そもそも、まだ正式な話は来ていないのだからな。ソフィア姫の為なら、俺は手段を選ばない」
キュルト王子殿下はため息をつく。
「ソフィア姫と夢で逢えたら良いのですが。そうすれば、嫁いでも兄上ではなく父上の慰み物になるだけだと伝える事が出来るのに」
貴族って汚い。というか、他国の姫に対してそんな事が可能ってどういう事? もしかしてこの国って腐っているの?
「魔物の力は借りない。あいつには、汚い所を見せたくない。ソフィア姫にも事情を話せるわけがないし、自然俺が嫌われるしかない。初めて俺を心から想ってくれたソフィア姫を傷つけたくはない。既成事実も作ったし、手紙で精々クチナシへの愛をつづるさ」
なるほど、そんな事情か。しかし、妨害に選ばれる私は迷惑である。
でもまあ、縁談が破談になれば自由の身になるだろう。そうしたら、リーナと一緒になろう。しかし、これでますます字を書けなくなった。だって、事情を知ってしまったのである。
「それで、その男、信用出来るのですか?」
「喋れない、文字も書けない男だ。どうにでもなる」
怖い怖い。どうすればいい? 文字を覚えるべき? 覚えないべき? わからない。
キュルト王子は出ていき、レフィア王子は私に根気よくラブレターを書かせた。
夜になっても、王子から離れる事を許されなかったので、私は床に横になった。
「何をしている、服を脱いでこちらへ来い」
今、なんと仰った。見ると、王子がポンポンとベッドを叩いていらっしゃる。
私はブンブンと首を振った。
「お前、この俺を嫌がるか。まあいい、当たり前だが何もしない。お前はただ裸で俺の横になっていればいい。俺に触れたら殺すからな」
なっていればいいって。触れたら殺すって。
私は顔を真っ赤にして、恐る恐る服を脱いだ。
そして、ベッドに上がって隅っこで横になる。心臓が早鐘のように鳴る。
王子は、さっさと眠ってしまった。当然ながら、私は一睡も出来ずにいた。今日のお茶会はキャンセルである。
朝、侍女が私を見て顔を青ざめさせた。
震える声で、朝の挨拶をする。
王子が起きると、それはそれは不機嫌そうな顔をしていた。これはまずい。王子はお茶会が無いと大変不機嫌になるのである。以前約束をキャンセルした時は宮廷が荒れに荒れ、私は怒られた下女の奴辺りで叩かれたりして大変だった。
「と、とと、ところで、お隣の方は……」
「見てわかるだろう。俺の愛しい人だ」
王子は乱暴に私の頭に手を回し、その手が一瞬強張った。撫でられる頭。引っ張られる後ろの毛。そして王子は私の頭を再度掴む。若干その手が震えている?
そして、王子は私にキスをした。
私は王子を突き飛ばさない様に慎重に、しかし力を込めて胸を押す。
しかし、王子は私を強く抱きこんだ。
そして、口を開く。
「一緒に風呂に入ろうか。頭を洗ってやろう」
意味がわからない。
その後、私は急かすように服を着せられ、浴場へと案内された。
浴場では、急かすなんてもんじゃなかった。王子はさっさと私の服をはぎ取り、浴場へと引っ張りこんで暴れる私の頭をわしわしと洗った。主に後頭部を。凝視されているような気がする。
そんなに髪が汚かったんだろうか。
それから、王子は後ろから私を抱きしめた、強く、強く。そして囁く。
「クチナシ。とりあえず、確定している事が一つある。お前は俺の傍にいるんだ。これは命令だ」
愉悦、戸惑い、落胆、期待。様々な物が入り混じった声で王子が言う。
この日、王子の愛人が爆誕した。