『夜』それは、戦意盛んな指揮官をして、攻撃を躊躇させるとされてきた概念である。まあ、諸君にしてみれば、実家で亜人討伐でも手伝っていない限りあまり分からないだろう。だが、はっきりと覚えておいてほしい。無策のまま夜を迎えるのは、あまりにも高くつくと。夜は、夜だからこそ、警戒が必要なのだと。視界が制限されるということは、非常に大きな意味を持つということを、諸君は肝に銘じてほしい。なにしろ、声の届く範囲に兵が集結しているかどうかすらおぼつかないのだ。戦場で部隊を掌握するのは、そもそも困難であるが、夜間は、更にこの難易度が跳ね上がる。試みに夜間に行軍してみればよいだろう。ただ、前進するだけで、大量の落伍兵と、輜重の混乱を招き、到底戦闘どころか、混乱の収集だけで、一晩をゆうに浪費しかねない。どころか、夜間行軍によって、戦力が戦う前に摩耗してしまうとすら評価できよう。そんな状態で、敵と戦闘し得るだろうか?ただ、前進することすらおぼつかないのだ。普通の指揮官どころか、血気盛んな指揮官でさえ、素直に進軍を断念し、翌日の進撃なり、戦闘に備えさせるのが一般的だ。もちろん、無謀にも夜間に進軍した例がないわけではないが、高い授業料を払っているのが一般的だ。もちろん、例外がないわけではない。宿営地を確認するために、少数の龍騎士による夜の暗闇に守られる事幸いとばかりに夜間偵察が行われ、或いはフクロウなどの使い魔と視野を共有できる特殊なメイジによるちょっとした襲撃ならば、まあ、例がないわけではないのだ。とはいえ、メイジとて大半は夜の戦闘を得意としているわけでもない。一応、組織的戦闘にならず、乱戦に持ち込まれてもメイジ個々の戦力が高いために夜間も戦えないことはないとされているが、それは遠距離攻撃魔法がさほども使えないために、味方の援護ができるわけではなく、混乱による同士打ちの可能性すら危惧されるために、それを警戒し、メイジの力量もそれほど発揮することができない無意味な戦闘と見なされているのが一般的だろう。まあ、夜間に行われるのは、暗闇を活用しての盗賊や、なにがしかの陰謀が一般的となっている。あるいは、敵が優勢な場合に、単独のフネが、敵の哨戒を掻い潜り、という例もないわけではない。アルビオン大陸の空賊たちは、優秀なロイヤル・ネイビーの哨戒を振り切るために、日中は行動をできるだけ自粛し、夜間にひっそりと逃げるということも、有名な空賊の頭目は行っているとされる。アルビオン空軍の戦闘方針にも、夜間に動くものを見かけた場合、ただちに誰何し、応答がない場合は、可能な限り照明を向けて、その姿を暴露させ、確認次第空賊であれば、適切な対応を取ることを求めていることからしても、夜間という物に対する認識は、そういった影に潜んで行動する時間といったところだろう。私の経験則から言えば、圧倒的多数の敵戦力とて、夜の帳に隠れてならば、相手にできないこともないと断言してもよいくらいである。なにしろ組織的に運用され得ない環境下でならば、大軍の監視網とて、それほど恐るべきものではないのだ。信頼できる少数の部隊を率いた指揮官が、夜間に突破し目的を成し遂げた戦訓は豊富に存在している。とはいえ、これらは、基本的には邪道。そこまで追いつめられないようにすることこそが、重要なのだ。世間では、英雄譚を望むらしい。だが、諸君、心せよ。勇者など、存在しない。戦場に勇者など、いっそ無用ですらあるのだ。本来は、勇を振るい、個人の力量に依存しなければ戦えないような事態に追い込まれないことこそが、重要なのであって、英雄や、勇者といった存在を求めるようになれば、それはもはや負け戦でしかないのだ。『エルフでさえ、夜は休む』これは、ハルケギニアにおける軍事的常識であり、少数の例外を除けば普遍的に見なされてきた事実である。その常識が、存在する中で英雄譚を鳴り響かせるというのは、要するに戦略的敗北を高らかに宣言しているにすぎないのだ。もちろん、現場の奮戦を貶すことは断じてすべきではないが、為政者の視点として言うならば、このことを留意しておくべきだろう。夜間戦闘など、本来は邪道であり、これを為すということは、どこかで無理をしているという認識で良いほどだと、一部の戦略論は主張しているが、私もこれに一定の同意を示すことに吝かでもない。まあ、攻城戦などでは、夜に敵が逃げるなり、使節を派遣するなりといった事例があるために、攻城側が盛大にかがり火を用意し、鼠一匹といえども見逃さない徹底的な包囲網を整備したり、あるいは防衛側が、夜間浸透を警戒し、衛士と光源を盛大に城壁の上に用意するなどの例がないわけではないのだが。さて、諸君。メイジである諸君に、このようなことをわざわざ学ばせるには当然ながら、意義があるからである。夜が恐ろしく、軍の運用を妨げるという事実。これは、諸君に知っておいて欲しい常識である。そして、諸君。まったく矛盾だろうが、常識に囚われた戦争など、存在しないことを覚えておくように。メイジというものは、ただ杖を振り回せればよいのではない。如何に、その力を効率的に使い、必要とされることを為せるかを忘れてはならないのであり、教条主義的になることは、最も忌むべきことであるのだ。私に言わせれば、教条主義的になり、単に魔法の力を誇るだけの無能なメイジは、オークと違いがないといってしまってよい。確かに、力は強いだろう。だが、致命的なまでに頭脳が足りていない。少しばかり連帯のしっかりとした平民が数人もかかれば、仕留めることも容易なのが、現実だ。諸君、覚えておくとよい。戦争は、メイジが主役ではない。戦争の主役は、常識にとらわれず、常に自分の頭で最善の解答を見つけ出す指揮官であり、戦略と戦術が全てを決するのだ。従来のメイジ士官教育が抱えている致命的な欠陥と、私が信じるところは、魔法の力を過信しすぎる傾向が、メイジ一般に見られることであるとすら言えよう。ふむ?納得がいかないようだ。常識に囚われすぎているようだな。よろしい。ちょうど、夜間戦闘の項目に関連していると言えるので、少しばかり過去の戦訓をさかのぼって学んでみることにしよう。或いは、多くの者が初見ではないかもしれないが、よくよく考えて、その意味を理解してほしいところである。諸君、アルビオン亡命貴族と、ゲルマニア北方方面展開中の艦隊が交戦した所謂ダンドナルド事変は覚えているかね?ああそうそう、あの大戦争の前哨戦とも言える戦いだ。今日でこそ、我々はあれを『小競り合い』と評価することに全く疑問を抱かないが、当時からすれば、本当に驚天動地ものだったことを備考するように。言ってしまえば、ゲルマニア艦隊の夜間襲撃だ。ハルケギニアでも稀な艦隊による、大規模な夜間宿営地襲撃の実例であるから、よく勉強しておく良いだろう。要点は、3つ。夜間に、組織的に、襲撃。このことを成し遂げたことで、ゲルマニア艦隊の練度はアルビオン艦隊に勝るとも劣らずと現在強く認知されているといってよい。偶然?たまたま?全く事実と異なるだろう。私は、あの指揮官と対峙したことがあるから、断言できるが、淡々と合理的にやって可能にしたと信じてやまない。つまり、不可能だと思われていることが、本当に不可能かどうかは、疑うべきなのである。諸君、疑いたまえ。既存の全てを。守るべきものを、本当に、守るためには、考え抜かねばならないのだ。諸君、人生はさほども、英雄譚ではない。如何に、己の為すべきことと向き合うのか。そのことを、終生をかけて、問われ続けるのが、人生なのである。これからの、人生に旅立つ諸君には、厳しい事と思うが、覚悟し、挑んでほしいとも願っている。諸君の学生生活に実りの多からんことを。ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド魔法士官学院入学記念講演 『近年の戦訓と、批判的思考の重要性』より抜粋「・・・連中馬鹿か?」挑発行動を行ったのは、せいぜい効果があればよし。どのみち相手の判断力になど期待していないだけに、せいぜい怒りで過ちでも犯せばと願ってのことだった。だから、まさか、本当に挑発に応じてくるとは、理解に苦しむしかない。少なくとも、ロバートにとってみれば、なにが悲しくて、市街戦をやらねばと苦慮していたところに、相手がのこのこと平野に出てくるのだ。まったく、理解に苦しむとしか形容しがたいだろう。「せめて、誇り高いと言いませんか?」さすがに、直截に過ぎたか。部下からの、苦言とも苦笑ともつかないような、言葉に苦笑いを浮かべることで同意を示しつつも、仕方のないことだと我知らずに思ってしまうのだ。そう形容してしまうほどに連中の行動は、間抜け極まる。わざわざ、地の利を取るつもりで、先立って布陣している。なるほど、陸対陸ならば、それでよいだろう。だが、こちらは艦隊戦力が主力なのだが。つまり、連中が高台に陣取ろうと、さほどの影響もない。むしろ、的が近くなったことを喜ぶべきだろう。それとも、決闘でも連中はお望みか?確かに、決闘は名誉あるものだが、これは戦争なのだ。最低限度の名誉はあるのかもしれないが、それは、彼らの期待する水準には到底及ばないだろう。「蛮勇と知性を取り違えることを誇りとは呼ばないのだ。彼の国ではどうなのか知らないがね。」「随分と辛辣ですな。」ふむ、憶測だけでモノを語るのは、確かに賢明とは言い難いかもしれない。私の教官達の教えからして、事実確認を怠ることを極めて厳格に戒めるべきだと言われていたのだから、そこを怠るのは望ましくないだろう。そこは、素直に、確認の労を取るべきだ。「ふむ、念には念を入れるべきだろうか。航海長!」かくして、ロバートは素直に辛辣だと評される意見に対する衆議の見解を確認することにする。まあ、彼自身、可能な限り公平かつ客観的でありたいと願えばこそであるのだが、艦橋の緊張を解きほぐすという意味合いも、まあ、ないとも言えないが。「はっ、なんでありましょうか?」「彼の国では、蛮勇と知性を同一視する奇習があるのかね?」そして、問われた航海長は、首をかしげて、さも思い出さんばかりに考える素振りを見せる物の、やはり、という態でそれに応じる。なかなかの役者ではないか。次回の考課は、少し良く書いておくべきだろう。「寡聞にして、小官も、彼の国とてそのように取り違えるとは聞き及んだことがありません。」「聞きたまえギュンター。やはり、あれは馬鹿だというのだよ。」我が意を得たりとばかりに、ロバートは頷く。まあ、もともとさほどの意味があったやりとりでもなく、強いて言えば、知的な言葉遊びだ。緊張を解きほぐす程度以上の期待はしていない。「そういうわけだ。陣すらまともに構えられない愚者を教育してやろうではないか。」「しかし、一応正々堂々と布陣しておりますが。」まあ、一応、見た目だけならば、確かに布陣している。しかし、戦略的に優位を獲得するという行動が一切見られない以上、それらに対して、陣を構えたという評価をなすことが可能かどうかについては、私は少々躊躇せざるを得ないだろう。「だから、理解に苦しむ。軍の根本とは、言いかえれば如何に敵を孤立化し、分断撃破するかだ。わざわざこちらの集結を待つこともあるまい。」基本的に、軍を集結させるということは決して悪いことではない。まあ、分散配置や浸透襲撃と言った戦術的な選択肢では別かもしれないが戦略的に見た場合、如何に敵主力を分散させるかが、重要となり、こちらの主戦力を有効に活用するかということが問われる。そして、言いたくはないが、ゲルマニア戦力は分散している。だからこそ、こうして如何に劣勢な戦力を有効活用するかとこちらが懸命に考えているというのに、目の前の連中は全くそのことを考えもせずにのこのこと布陣しているのだ。正直に言ってここまで無策だと、何がしたいのかと首を傾げたいほどになる。集団自殺というやつなのだろうか?理解に苦しむ。「理解して待ちかまえているだけでは?」一応の可能性としては、確固撃破される可能性を恐れて、戦力を集中し、こちらが纏まって出てくるところを叩くという可能性もないわけではない。だが、艦隊戦力を地上戦力で叩くという発想からしてありえない。対艦隊戦闘ができないわけではない。できないわけではないのだが、得手かどうかと聞かれれば、まず例外的な事例を除けば艦隊に分があるのだ。「本気で、迎撃できると信じているなら、思い上がりも甚だしい。」そもそも、アルビオン貴族らだ。艦隊の威力を十分に熟知しているものだと思ったのだが。それとも、単純に艦隊決戦で、メイジによる魔法攻撃が有効なことに誤解して、フネから降りて圧倒的に劣位にある高度の差を失念しているのだろうか?「劣勢を自覚しているからこそ、確固撃破を恐れたのでは?」「だとすれば、連中は分散して例のトリステイン部隊のように撹乱戦でもやればよいのだ。」それこそ、以前は北部全域で盛大に駆けずりまわされた。まさか、メイジが個人であそこまで侮れない戦力を持ちえるとは、と何度も苦労したものだ。単純な人海戦術が有効でないとなると、通商破壊任務中の仮装巡洋艦を追いかけまわすように、纏まった戦力を常時張り付けねばならないだけに、大きな負担にならざるを得ないというのに。「だらだらと、掃討戦をやるなど悪夢ですからな。」「いやはや、あの時は、本当に大変でしたな。」「確かに、趣味ではないな。」まったく、本当に大変だった。あのような、破壊活動を一番懸念して、心配していただけに、こうまでも単純に連中が集結しているのを見ると、どうも、何か、罠にかけられているのではないかとの心配をしてしまうほどだ。誰かが、我々に、連中を、処分してほしいとでも願っているのではないか?真剣に考えておく価値があると言えるだろう。アカどものように、ガリアが暗躍していないという保証はどこにも存在していないのだから。「では、ここで一掃を?」「いや、首謀者を洗い出したい。」その意味において、何故蜂起したのか。どのような意図があるのか、というようなことは徹底的に究明し、再発を防止せねばならないのだ。可能な限り、情報を集めるためにも、首謀者を追い詰めて、銃剣と杖で口をこじ開けてでも話をやらせねばならないだろう。「ふむ、では首脳陣の降伏のみは、受け入れるように兵に通達しましょう。」「ああ、そうしてくれ。」基本的に、捕虜を取るのは、あまり得策とは言えないだろう。なにしろ、彼らの身代金を請求する先などどこにも存在しないのだ。捕虜にした挙句に、釈放しても、恨みなりなんなりを抱かれるだけであるだろうし、なにより捕虜にとるのは難しく、余計な犠牲を払うことになりかねない。そして、大半の手足は捕まえたところで、使い道がないのだ。「では、予定通り明日早朝の開戦ということでよろしいですね?」「・・・卿は何を言っているのだ?」わざわざ、無為に敵前で時間を浪費するなど論外。西方では我々の艦隊戦力集結が一刻も早く望まれているのだ。目の前の連中が我々の足止めとも限らない以上、急ぎ撃破し、早急に西方戦線に合流しなければならないというのに、わざわざ、連中の前で陣を呑気に構える必要などありはしない。「軍の集結が完了次第戦うと宣言したではないか。」「ですから、明日堂々と会戦を行うのでは?」「論外だ。戦えるのだぞ?今すぐに、攻撃するに決まっている。」ネルソン提督以来、敢闘精神は常に賞賛されている。ナイルの勝利も、エスカルゴ相手に夜戦を挑んで、果敢に勝利を収めた背景には、敵の油断を突く積極的な戦闘精神があればこそであった。「なるほど、連中が戦争の準備をしているとも思えませんな。」「よく気がついたな。その通りだ。連中、野営のことしか頭にあるまい。」なにより、こちらの参謀の一部すら、明日が決戦であると考えているのだ。連中は、頭からそう決めかかっているとしても驚くにはあたらないだろう。ならば、悠長に構えているところに、あいさつ代わりに砲弾を馳走してやって、眼をさまさしてやるのも悪くはない。悪くないどころか、ぜひやるべきだろう。「払暁攻撃でありますか?」「いや、夜戦だ。」払暁攻撃は、悪くはないが、相手にこちらの姿をとらえさせることで、魔法による迎撃を可能とさせるというデメリットがある。奇襲に近い以上、敵の組織的な迎撃があるとも思えないが、無用な損害を出すことは本意ではない。むしろ、動かない野営地相手に襲撃をかけるのであるならば、夜間襲撃でも悪くないはずだ。「・・・正気ですか!?メイジ相手に歩兵で夜戦など、自殺としか思えない!」「・・・用意だけはするが、艦隊による襲撃が主目的だ。」もちろん、組織的に運用できなくなる恐れがある以上、夜間に陸上部隊を大量に動かすのは避けるべきだ。何より、周辺諸侯軍すら混じっているのだ。指揮系統は考えたくもないほどに、混乱を招きかねない。混乱に乗じられて痛手を被りかねないならば、陸戦はあまり考慮しない方が確かに懸命だ。「ですが、艦隊とて、夜間の攻撃力は限定的では?」「実際はどうされるおつもりですか?」そして、参謀らが懸念するように、夜間の砲撃は決して命中率が高くはない。なにしろ、目標がはっきりとしていない以上、さほど有効な打撃が与えられないのではないかという懸念は尤もなのだ。だが、やり方次第だ。なんなれば、相手は動く目標とは違い、野営中の敵戦力なのだから。「実際に夜戦をするつもりだが。」「本気ですか?」そう、相手は動かないアブキール湾のエスカルゴ艦隊のように、安寧を信じ切っているだろう。夜間に組織的戦闘の困難性を理解しているからこそだろうが、困難であるということは、不可能という事と同義で無いということを、彼らはもう少し真剣に検討してみるべきだったのだ。「ああ、本気だ。ただし、艦隊が、だが。」「艦隊が?」重要なことは、たった二つだ。艦隊は、夜間というよりも、視界の制限された悪天候下でも行動できるように、各種の手旗信号から、照明を使った信号まである程度整備されている。つまり、言いかえれば、悪天候下に昼間航海するのと、平穏な夜に、航海するのではさほどの違いもなく、後者の方が容易であるのだ。そして、砲撃するだけならば、別段夜だろうと一向に差し支えない。なにしろ、本来艦隊が夜間戦闘を忌避するのは、目標捕捉の困難性が著しく高い上に、先んじて砲撃したほうが、発砲炎で位置を露呈し、よほど上手い距離で無いと、敵艦に位置を悟られた上に、交戦に失敗し、離脱されてしまう危険性が高いからなのだ。つまり、要点をまとめると、動かず、日中測定され、おまけに寝込んでいるような宿営地を砲撃する程度には、なんら支障がないといってしまえるのだ。「確認だが昼間のうちに、連中の宿営地は把握したな?」敵がのこのこと集結している時点で、ゲルマニアの地上部隊が黙って傍観しているなどありえず、しっかりと諸般の情報収集が徹底されていた。敵部隊の構成から、ある程度の布陣傾向、そして、重要な野営地の構築情報も当然のことながら、概要は把握されている。そして、合流前に、敵情を再度確認するように促しているだけに、この方面でのぬかりもない。観測データによる間接射撃も、上手く機能するだろう。「ええ、それは大丈夫です。」「ならば、その地点に観測を基に砲弾をしこたま馳走してやろうではないか。」決まった距離を飛ばすだけならば、大抵のフネは可能だろう。そして、測定され、動かない野営地に砲弾を直撃させるのは、砲撃演習となんら変わりがないほど、簡単な仕事になるはずだ。なにしろ、存在が一部確認されている少数の敵龍騎士及び飛行可能な騎獣では、フネを沈めることは困難。そして、夜間ともなれば、連携しての戦闘は難しい以上、フネと一対一で戦闘するのは無謀極まりないだけに、向こう側の躊躇も期待できる。「なるほど、泡食って出てきたところを歩兵で叩くのですな。」そして、私の説明に我が意を得たりとばかりに、ギュンターが、問いかけてくる。まあ、包囲殲滅戦を志向するならば、陸で包囲網を引くなりなんなりしなければならないのだから、あながち間違いとも言い切れない方針なのだが、今回は、そのような純軍事的解決策は、実に悩ましいことに選択しない方が望ましいのだ。「それも、悪くはないのだがな。」「まさか、宿営地ごと焼き払うおつもりですか?」「いや、そのまま逃がしてやるが?」物騒なことを最近のギュンターは想定しているようだ。まったく、無粋極まる予測だといえよう。アルビオン亡命貴族らは、はっきり言えば、殺して楽しむような種類の獲物ではない。活きの良い狐とは似ても似つかない獲物なのだ。狩りに出かけて、出てきた獲物が、太りきって身動きすら取れないでいるような獲物であれば、引き金を引く前に、興ざめを覚えて、頭を急速に観点させようというものである。つまり、逃がしてやるという結論だ。何故かと言えば、殺すことを誰かが望んでいる以上、その反対のことをやるほうが、理にかなっていると考えざるを得ないのだ。「はっ?」「余計な損害と恨みを買う必要もあるまい。」いろいろと、ゲルマニアは余計な陰謀に巻き込まれているようだが、ここでもう一つ濡れ衣を好んで被るのも不毛だろう。陰謀で虐殺したと罵られるよりは、正々堂々と戦ったという態でお互いに落とし所をさぐるのがよほど将来に有益だろう。ぶどう弾をばら撒いて、アルビオン亡命貴族らを粉砕したところで、せいぜい来年の収穫が微増するかどうかという程度問題くらいしか、利益が思いつかないが、撃ち殺すことによる悪影響は、簡単に想像できるといってよい。「・・・我々は、鎮圧にきたのでは?」「だから、散らしてその間に首謀者を捕える。扇動者さえ落とせば、反逆などすぐに鎮圧できるものだ。」捕虜もそういう理由で取らないように指示しているつもりだったのだが。なにより、インド大乱でも、精鋭とみられていた大軍さえ、まともな指導者を打った瞬間に纏まりを欠いて、各個撃破の対象となり下がった。セポイ兵の装備・錬度には議論の余地があるにしても、指導者を欠いたという一事が、大勢を決したのだ。団結し、統制下に置かれていない戦力など、正直に言って、そう脅威でもない。「コクラン卿、少々短絡的過ぎませぬか?」「ふむ、経験則上、私はそう判断するのだがな。」軍というのは、頭を潰されて戦えるほど器用ではない。それでも、軍組織がある限り、指揮官の交代要員が存在し、戦闘を継続し得るようにしているのだ。だが、軍組織を欠き、個人の力量に依存した形でもなければ、叛徒などまとめあげようがないのが、現実であり、代替の余剰など、望むべくもないだろう。だから、叛徒は放置しておいてもよいと、判断している。「ですが、仮にそうだとしても、扇動者を見つけられねば飛び火するやもしれません。」「拘束できれば、問題はないだろう。龍騎士隊をそのために温存してある。」決して豊富とは言えない地上戦力と異なり、艦隊主力が集結している手前、艦載龍騎士隊の戦力は豊富だ。砲撃の混乱に乗じて、所定の目的を達成し得るだろう。そうなれば、後は、これという特徴もない掃討戦に等しくなるはずだ。「艦載龍騎士隊の戦力ならば、可能と信じている。」「しかし、念を入れて捕縛にこだわらず、補殺を想定するべきではないでしょうか?」「それも、検討はした。」・・・正直なところ、確かに確実を期すならば、ここで砲撃し、殲滅しておくのも一つの選択肢ではある。だが、それだけは妙手に見えて、悪手なのだ。絶対に、ガリアがそれを望んでいると思しき以上、相手方の思惑に乗って踊るほどの義理は存在しない。「では?」「殺す、となると、目前の敵を全て全滅さうる程度の用意が必要になる。」不可能ではない。不可能ではないものの、それには大きな損害を覚悟することになるだろうし、政治的に見た場合、大きな面倒事を呼び込むに違いないのだ。そんなバカな事態を自ら呼び起こす趣味は無いのだ。「では、せめて確実を期すために追い散らすのではなく、大きな損害を敵に払わせることを認めていただきたい。」・・・もっともな要求であるか。「仕方ない。焼玉の用意を。」砲弾を過熱させ、敵の火薬でも誘爆させることができれば、御の字だろう。それが不可能であったとしても、焼玉の方が、拠点に対する効果は大きい。有効な打撃を求めるのであれば、これくらいはかまわないというところか。的になるアルビオン亡命貴族らも、この程度であれば、恐怖を感じつつも、全滅に至るまでは無いだろう。「焼かれるおつもりですか?」「ご自慢の御立派なテントはよく燃えることだろうよ。」戦場をつくづく侮っているような過剰な生活設備。こんなところにまで、天幕付きの御立派なテントを自慢げに展開するなど、司令部はここであると、的を自慢しているようなものだ。目立つ司令部にそのまま龍騎士隊を突入させるだけでも、あるいは効果があるかもしれない。「それと、龍騎士に予め火をつけさせよう。一方的に照らし出された相手を討つならば、陸の大砲も使えるはずだ。」敵に対する撹乱と、嫌がらせ。そして、友軍に対する功績の分配という政治的配慮も勘案すれば、砲撃くらいは、陸上からも行ってしかるべきだ。「いそぎ、陸兵を配置いたします。」固定目標をただ、砲撃するだけの簡単な任務だ。せいぜい、上手くやることにしよう。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~あとがきうん、図を入れてみようと思い立った。■が防御隊列一段目が平民主体(所謂壁)二段目が攻撃用のメイジを多く含む。三段目が、背後の警戒兼、戦略予備。ある程度、各隊ともに魔法攻撃で一掃されるのを避けるために、間隔を取っていると想定。☆が所謂側面防御用の龍騎士とかそういうのだと。 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■(壁) ☆ ■■■■■ ■■■■■ ■■■■■(攻勢)☆ ☆ ☆ ☆ 『本陣』 ☆ ■■■ ■■■ ■■■ (後方の壁)で、これ、二次元的な戦闘にならば、強いのだけどさ。三次元的な近代以降の戦闘ドクトリンなら、かく考える。『本陣』を上から狙えば良いのではないか?と。具体例:電撃戦とか。とりあえず、図を書く才能がないことは分かっているので、ご容赦ください。追伸キュルケって、たぶんどの時代でも其れなりに上手く世渡りできると思ったら、駄目でしょうかね?