帝政ゲルマニアとは、何か。それは、恐るべき実力主義に裏打ちされた良質な統治システム、まともな国家戦略、そしてなによりも緻密な情勢分析能力をその時代において持ち得ていた稀有な国家である。では、帝政ゲルマニアの同時代の評価はどうだろうか。隣国のトリステイン曰く、魔法技術でガリアに劣り、メイジの割合でトリステインに劣り、空軍の練度でアルビオンに劣る国家であり、始祖由来ですらない。これらの事実は、間違いなく事実ではある。ゲルマニア自身をして、この事実を良く理解し、トリステインと同様の見解に至っている。すなわち、ゲルマニアの空軍は、ガリア自慢の両用艦隊を打ち破ることが可能であり、トリステイン軍は、鎧袖一触であり、アルビオン空軍を圧倒する規模を誇ってはいるものの、確かに上記の欠点が存在するのを認めるには吝かでもない、と。無論当然のことではあるが、この当時のゲルマニアは新興の成長途上にある大国であり、他の国家に比べてかなり歴史が浅いのは否めない事実であった。言い換えれば、経験があまりにも不足していたということである。故に、ゲルマニアはその当時、情勢分析において致命的な錯誤を犯すこととなった。いや、錯誤というよりはゲルマニアの優秀な官僚は、その優秀さ故に、事態が致命的に至るまで問題を認識し得ずにいたというのが実態である。帝政ゲルマニアの根本的な錯誤が明らかになるのは、ロバート・コクラン卿が事態を正しく認識し、文字通り唖然としてからである。歴史的にみた場合、事態の初動において、北方の辺境伯としてコクラン卿が帝都ヴィンドボナを空けていたことはゲルマニアにとって大いなる不幸であった。或いは、皇帝アルブレヒト三世までに、報告が上がらずに、事務レベルで処理されたことが悲劇であった。さて、ゲルマニアが犯した錯誤とは何であろうか?それは、極めて単純かつ、純粋なミスである。そもそもゲルマニアは実に合理的な国家である。質実剛健というには、やや派手な傾向があるものの、物事の実利的に考える極めて現実的な世界に彼らは自らを置いていた。当時の皇帝、アルブレヒト三世に至っては当代きってのリアリストですらあったのだ。なにしろ、無数の競争相手を蹴落とし、ゲルマニアの皇帝たるのだ。ゲルマニア官界においては、夢も希望も存在事態が、学者たちで議論すべき次元の議論でしかない。彼らにしてみれば、喰うか喰われるかの世界だ。そこには、希望的観測は身の破滅しか意味しない。馬鹿げた行為は、付け込むものでこそあれ、自分がすべきことではない。そして、なによりも、馬鹿な事をすることほど無意味な事もない。だから、彼らは、現実を見て、極めてリアリズムに忠実であった。だから、そうであったがゆえに錯誤を犯すことになる。彼らは、敵も自分達に勝らなくとも、すべからく交渉相手とは一定程度には頭がまともであると信じる世界に生きていた。つまり、限界はあるにしても、人間とは極力合理的な判断によって行動するであろういうことに疑いを持ちえなかった。彼らは、ごくごく純粋に人間とは合理的であると信ずるパラダイムに生きていた。言い換えれば、ある種の愚行に対して、彼らはまさか、そんなバカな事をするわけがないだろうと判断してしまう悪癖があった。なにしろ、彼らの思考ではなんら利益を得るところがなく、盛大な浪費につながるような行動を起こす人間がいるはずがないからだ。道連れに自爆しようという発想は、辛うじて彼らも予見し、理解し得る範疇であったものの、無意味な集団自殺に類する行動は彼らの理解し得る範疇ではなかったのだ。なにしろ、そんなバカなことはしないだろうから。この、人間の合理性に対する過信は、特にゲルマニアという新興の国家において深刻な水準であった。なにしろ、彼らは合理的な世界で生きてきた。隣国の最も話の通じないトリステインでさえ、鳥の骨というまともな対話チャンネルが存在していたことが、さらに彼らのパラダイムを強化してしまっていた。『あの、トリステインですら、一定以上の人間はまともに考えられるのだ。ならば、それ以下の無能が存在し得ようか?』・・・あるゲルマニア軍部でかく、呟かれるほどに、彼らは夢を見るには余りにも醒めた人種であった。一般の面々ならば、普通に考えて、そのような馬鹿な真似はするはずがない。あの不毛な対トリステイン戦争は事故のようなものだった。だから、次はそんなこともないだろう、と。他方、同時代のアルビオン王室は、経験上必ずしも人間や統治者が合理的でないことを知悉し得ていた。彼の国は、国土の面積が遥かに劣るにも関わらず、ゲルマニア・ガリアの両大国に伍してきたのだ。それを為すためには、人間理解は深くならざるを得ず、かつ根本的には人間不信を基盤とした外交感覚が否応なく育まれてきた。本質的に、アルビオンは経験の蓄積という最も高い授業料を幾代にもわたって払ってきたがために、事態を最も鋭敏に察知し得たといえる。つまり、熱狂と狂奔を、アルビオンは悟り、忌避した。故に、彼の国はこの災害からの損害を最小限度に抑えたどころか、辛うじてではあるものの、最終的な収支を黒字に持ち込むことに成功している。ゲルマニアの軍務官僚をして、10年対ガリア戦に影響をもたらすと嘆かせた『聖戦』は、ひしひしと、ゲルマニアが眠っている間に近づきつつあった。年代記『あの狂騒に駆られた時代』より抜粋辛うじて、処理し終えた書類を上司へ送るべく待っていた秘書官を呼び入れようとベルに手を伸ばした時だった。慌ただしい足音。つまり、厄介事をもたらす聞きなれた音が、どたばたとこちらへ近づいてくるのに気がつく。聞きなれたことを嘆くべきか、駆けこんでくることを嘆くべきか。「・・・・ままならんな。ようやく、遅い昼食かと思ったのだが。」まさか、部下の前で溜息をつくわけにもいかないだろう。気分を紛らわすように頭を振ると、羽ペンを置いて入室してくるであろう悪い知らせに備えるべく、ひと呼吸。ゲルマニア官吏が何故優秀かと言えば、間違いなく実践あるのみだ。少し昔の自分ならば、杖を片手に亜人討伐こそが辺境貴族の本領と思っていただろうが、今となっては其れすら楽なのだと思える。「ミス・カラム。至急決済をお伺いしたい事態です。」飛び込んできたのは、アルビオン人街の監視に充てていた風メイジたちの取りまとめ役。貴族の無意味に高尚な表現ならば、『善き隣人たちの善き友人』。監視役としてではなく、あくまでも接待役として送り込まれている人間である。普通は、持ち場を離れる人間ではない。つまり、彼が飛び込んでくるほどの事態が起きているということだ。これは、当分机を枕に、羽ペンと従士を酷使することにならざるを得ない。今ばかりは、山のようなエキューの給金よりもわずかな睡眠時間へひたすらに恋焦がれる思いだ。「なに、アルビオン貴族らに不穏な動きあり?」だが、さすがに、これは眠気も疲労も吹き飛ぶような代物というほかにない。アルビオン人街に亡命してきた一部のアルビオン貴族らに不穏な動き、それも武装蜂起に足るような極めて過激な動向が見られるというのだ。亡命してきた、アルビオン南部諸候のメイジらが、蜂起する可能性あり。単なる流民や亜人討伐戦とは規模の違う鎮圧戦を最悪は覚悟しなくてはならない。「はい、武装蜂起の兆候が。」「・・・間違いないのか。」だが、それにしてもアルビオンの、亡命貴族が、武装蜂起?いったいなぜ?「コクラン卿には?」「現在、伝令が向かっております。」本当に、間の悪いこと!内心で、思わず彼女としては嘆息せざるを得ない状況である。なにしろ、北部新領の総責任者コクラン卿は、艦隊の視察で留守。留守居役の中で最高責任者は不幸にもヴィンドボナから委託される形で派遣されている私。つまり、面倒な事態をなるべくすばやく掌握し、解決しなくてはならない。「ミス・カラム。部隊の展開許可を」アルビオン人街は、政治的に様々な配慮を必要とするために、必要最小限度の治安維持要員を除いては、こちらの戦力が存在していない。無論、武装蜂起されるとなれば否応なく、鎮圧しなくてはならないし、未然に予防する意味合いも兼ねて多少の兵力を送り込むというのは選択肢の一つではある。だが、逆にそれは刺激することにもつながる。「それが、きっかけとなりはしない?」「現状、放置する方が危険であります。」どちらに転んでも、後悔しかないのだろう。放置すれば、火種は広がるかもしれない。介入すれば、刺激するかもしれない。ならば、何も手を出せずに後悔するよりは、自身の信じる最善を尽くしておくほかにないと言える。「歩兵をある程度。そうね・・・中隊までは許しましょう。それに、行政府の衛兵二個と、龍騎士隊の一個小隊を出します。刺激しない程度に取り巻きなさい。」「最悪交戦すべきでしょうか?」「亡命してきたアルビオン人全てが蜂起すれば、北部新領全体でなければ鎮圧は困難。交戦を禁じはしないけれども、最悪の時はせいぜい情報収集で構わないわ。」無論、交戦など無意味極まりない。なにしろ、相手は、南部という地域から纏まって流れてきたメイジだ。言い換えれば、アルビオン南部諸候領のメイジがごろごろ集結しているに等しい。北部全体で鎮圧するならばともかく、在番の将兵のみで鎮圧できる相手ではない。せいぜい、こちらが蜂起に警戒しているという姿勢と、即座に踏み込まないことで尊重している事を示すくらいしかできることはない。「わかりました。」しかし、そういうことであると、やはり軍に動員をかけるべきか。与えられている権限では非常時にこそ軍の動員令を独断で出す権限が与えられてはいる物の、情勢としては微妙だ。亜人の大量南下でもあれば、留守居役らの判断で軍を動員し得るものの、アルビオンがらみとなると、少々火種が飛び散りすぎる。「さて、肝心の私だけれども北部全域に召集命令と、警戒令をだすべきかしら。」個人的には、警戒令程度はともかく、動員するのは、まずいと判断している。だが、いかんせん事は色々と厄介な要素も含んでいる以上、現場の判断も尊重したい。戦力が足りずに事態を徒に悪化させるのは、直属の上司や、その上の閣下のご機嫌を考えれば、愉快な事にはならない事だけは確実だろう。「召集令はともかく、せめてもの警報は必要です。」やはり、現場もそう思うか。そうであるならば、当初の予定通り警報を出しつつ、演習からコクラン卿が帰還されるのを待つのが得策だろう。どの道、戦時警報が警戒令で出されれば、即時動員体制を容量の良い部隊長ならば自主的にとりえる。だとすれば、さほどのタイムラグも生じずにすむだろう。「わかったわ。報告御苦労。引き続き警戒に当たりなさい。」部下をいたわりつつ、退室させると、気乗りしないとはいえ仕事と判断し、自分の名前で北部新領全体に、戦時警報を意味する暗号を作成すると、龍騎士隊の隊舎へ直接持参すべく立ちあがる。これが、世の人が魔法学校では羨む高級官吏、エリートだというのだから、世の中は本当に上手くは出来ていないものだ。やりたいといっている奴らが、できるのならばやればいいのに。代われるというものならば、誰にだって代わってやる。それも、火急的かつ速やかにだ。さて、アルビオン人街に不穏な兆候ありという報告は、時をそれほど違えずに、艦隊演習中の北部新領艦隊にあったロバートにも届けられていた。所定の艦隊演習行動中であった北部の艦隊にてロバートは、急を告げる龍騎士が急速に接近してくることを副官から告げられ、嫌な予感がするなと眉を軽く顰め、齎された情報を確認すると、やはり碌でもないことかと思わず部下の前にもかかわらず嘆息したくなるほど嫌になった。「従兵、熱い紅茶の用意を!」ともかく気を取り直すために、紅茶を用意させるべく従兵に命じると、ふと龍騎士が容易にこちらに接触できたということの意味が頭をよぎる。つまるところ、空中で、高らかに砲撃音を響かせている艦隊を発見することは、龍騎士にとっては容易極まる作業でしかない。今後の艦隊行動を行う際は、偽装と隠蔽にも課題があるか、と思いつつもまずは眼の前の事象に対応しなくてはならないことを思い出す。「ギュンター、演習中止だ。ただし、さりげなく、それとなく。」「・・・また無理難題を。」艦橋で右に座ったギュンターが引き攣ったような苦笑を浮かべる。無論、それには当然の理由が存在するものだ。なにしろ、演習というものは始める際に理由が必要であるが、同時に終了するにも相応の理由が必要となるものだ。中止命令ならばいくらでも出せるが、さりげなく中止しろというのは彼にとっても。初めての注文かもしれない。「全力射撃後、抜き打ちで巡察。ついで砲の点検。そのまま各艦の補修だ。」「そこまで、でありますか」演習とは言え、全力射撃。使用する火薬の量もそうだが、砲への消耗も軽くはない。当然、その後の混乱も眼に見えるようであるし、そこに巡察を入れるとなれば、艦隊の不平不満は考えたくもない水準になりかねない。誰だって、右往左往して忙しいところに、上司が抜き打ちで視察に来るなど喜ぶものか。そこで、砲にけちをつけられればたまったものではないだろう。「その通りだ。さっそく海兵隊に巡察の用意をさせろ。」「小官のフネで砲弾を転がされたくはないのでありますが。」露骨ではないかもしれないが、兵にとってはちっとも歓迎できないイベントだ。ギュンターとて平民士官として今でこそ、士官だが、平民の気持ちならばよほど知悉している。メイジが如何にも傲慢に当たり散らすのに比べれば士官の巡察はましとはいえ、ましに過ぎない。演習中の艦隊、それも全力射撃後に抜き打ちの巡察など嫌がらせ以外の何物でもないだろう。要するに、上官が御不快を婉曲な表現で表わしているようなものだ。兵たちに落ち度があるならばともかく、現状では本当に単なる嫌がらせだ。「理由はこれから話す。手配は副長にやらせろ。貴様は、公室に顔を出せ。」「はっ、了解いたしました。」ギュンターが、傍の副長に耳打ちして、つい今しがたの命令を遂行するように求めているのを背中に、提督執務室へと潜り込むと、つい先ほどダンドナルドより届けられた悪い知らせへ再度確認の意味を込めて眼を走らせる。やはり、どう読んでもアルビオン系の叛乱か。「仮に鎮圧戦に発展すると、すれば・・・。ああ、これではだめか。」艦隊戦力は、基本的に対地鎮圧戦など想定されていない。まともに、市街地を制圧しようと思えば、大量の歩兵とメイジが必要になるが、いかんせん急激に発展した北部は兵力がどうしても外周部分の警備に食われて、中心部の兵力が空白となってしまっている。艦隊だけでは、都市を更地にしでもしない限り鎮圧は困難。龍騎士隊は市街地空爆には使えることは使えるが、自分の街を空爆したがる龍騎士隊は極めて稀だろう。それならば、歩兵をどうにかしたほうが効率的だ。「前線から引き抜く?いや、それくらいならば、近隣から増援を受けたほうがましか。」純軍事的にみた場合、余力がある余所から援軍を呼び込むことは決して悪い選択肢ではない。北部新領に隣接する諸候軍の来援を仰げば、おそらく十分に鎮圧するだけの兵力は確保し得るだろう。何より、亜人等の南下に備えている部隊を引き抜くことは、辺境防衛上人心に最悪の不安をもたらす。「しかし、とてもではないが、政治的には耐えがたい。」ヴィンドボナよりの自分が、ここで諸候に借りを作るということの意味は、単に個人レベルの問題ではない。むしろ、中央集権化への碌でもない反論の材料を有力貴族らに提供するに等しいだろう。曰く『中央では、有事にこうしたことに対応できず、周辺諸侯の助力を仰ぐ始末。やはり、すべてを集権化するのは困難であり、これまで通りの封建的契約こそが最適解である。』と。それだけは、避けねばならない。従兵が用意した紅茶を傾けながら、思考を整理する。「戦力が必要となるか。それも、出所がまともな。」或いは、戦力を必要としない解決策か。可能であれば、軍事力の行使は尤も最後の選択肢でなければならない。言い換えれば、他に打つべき手段をことごとく尽くしてからになる。ともかく、戦力は余剰を少ないとはいえ集める一方で、平和的な解決も模索しておくべきだろう。「ギュンター、入ります。」「良くきた。そこの棚にある瓶から好きに選べ。」「では、御言葉に甘えまして。」ヴィンドボナでカットされた良質なガラスのグラスを取り出し、それをギュンターに出す。私は、明らかに紅茶派ではあるが他人の趣向に対して寛容であることは不可能ではない。唯一の異端は、紅茶に後からミルクを加える一派程度だ。どうにも考えが煮詰まって先に進めない。この思考の混迷具合をどうしたものだろうか。「ああ、飲みながらで良いので情勢を説明しよう。」整理するのだ。どこかに、見落としている要素は無いだろうか?思考が凝り固まっていないだろうか?ともかく、ある程度思考を片付けなくては、考えが彷徨って迷い道に入り込んで仕方がない。「端的に言えば、アルビオン亡命貴族らの動向が危険な兆候を見せている。」まだ、報告書によれば公的なものとまではなっていないものの、暴発は時間の問題。手をこまねくわけにはいかないという担当者の分析が付けられていた。事実、大量の火薬が集積されているとの情報が、いくつかの商会経由でもたらされている。貴族が火薬を集めるのはある程度までは軍役義務の範疇だろうが、この量ならば戦争すらできる。向こうは一戦交える気もあるということだ。「パウロス師によれば、教会で祈る貴族が急激に増えている。それも、厄介なことにモード大公派の中核的な奴らがだ。」言い換えれば、忠臣たちだ。義に生きる貴族は多くは無いが、皆無というわけではない。そして、その杖をどこに奴らが向けるかということを考えると、あまり愉快な想像は浮かべようがないだろう。金銭面での懐柔はむしろ逆効果になりかねない。説得するには大義名分が必要となる。旧南部諸候を説得するに足る大義名分だ。いっそアルビオン王家にでも応援を要請するべきだろうか?それは、後で考えるべきだろう。「当然、声も大きい。最悪の場合、アルビオン人街を全て敵に回すことも想定せねばならん。」人格を認められた指導者が蜂起を指示した場合、原住民の鎮圧戦すら厄介なものになりかねない。最終的には軍事力で鎮圧し得たとしても、その費用は莫大であり、植民地官僚としてのキャリアは事実上吹き飛ぶに等しい。故に、可能ならばなんとしても情勢が爆発する前に事態を収めておきたいところである。「その理由が厄介きわまる嫌がらせのような風聞と来ている。」「伺ってもよろしいでしょうか?」「ああ、あきれ果てる事を約束しよう。」本当にくだらない欺瞞情報だ。プロパガンダの極致とすら言えるだろう。この話の筋道を立てた奴は本当に性格がコミュニスト並みにねじくれているに違いない。まともな神経では大凡考えつかない事だけは認めてやれるが。「なんでも、モード大公派が粛清されたのは、アルビオンの弱体化を図るゲルマニアの陰謀であり、亡命という名で監視下に置かれているらしい。」全くもって事実無根だ。そもそも、アルビオンという良識あるバランス感覚を有する同盟国との関係深化こそ望めども、どこの誰がアルビオンの弱体化など望むものだろうか。なにしろ、アルビオンに実質的なゲルマニアへの脅威は乏しいのだ。アルビオンはその地理的条件より、空軍戦力が主力の国家として防衛に特化している。「アルビオンの弱体化をゲルマニアは現時点では全く望んでいないのだがな。」無論、優秀な空軍による襲撃は可能だ。それでも、長期的な占領を考慮すれば、彼らが遠征軍をだして戦えるのは弱体なトリステイン程度。広大なゲルマニアを占領するには、人手不足もよいところだ。こんな条件の良いアルビオンというゲルマニアにとって良識的な同盟国が弱体化するのを歓迎するのはせいぜい、ガリアかロマリアくらいだろうと思う物なのだが。「極めつけがすごい。何でも、モード大公の御落胤がサウスゴーダに連なる忠臣によって密かに守護され北部新領から逃げ出そうとしているらしい。」「で、我が艦隊の行動はその阻止ということでありましょうか?」「その通りらしい。なんでも、我々は追いかけっこが大好きらしいな。」確かに、対トリステインでは散々対地追跡で通商破壊作戦や要人捕獲任務に従事した故に、そのような印象を抱かれてしまうのは理解できる。そう簡単にできるほどに長距離追跡が楽かと言われれば断じて、異なるが、それは余人に理解され得ない。だから、今回の演習は、演習ではなく追跡戦とでも風聞が流されているのだろう。「当然、不穏なうわさを流されるわけにもいかない。ただちに帰還せざるを得ない。」「その後はどうなされますか?」全くもってその通り。演習中止後の行動こそが重要になってくる。そして、そこが悩みの種でもあるのだ。蜂起しようか迷っている連中の前に重武装の艦隊をひきつれて帰るというのはあまりにも露骨に過ぎる。「二つ案がある。一つはフネを全てダンドナルドに戻すという方法だ。」当然、全艦演習用とはいえ、実弾を装填済みであるため、戦力として運用できる上に、こちらが追跡戦などやっていないという政治的な証明にもなる。なによりも、蜂起が成功するかもという程度の見込みであれば、粉砕できるだろう。まああまり、その可能性が高くないということは、分かっているのだが。期待しない方が安全ではあるだろう。「戦力の集中・威圧効果、しかし暴発を誘発する可能性でありますか。」だが、これが火薬庫に火種を投じる真似ともならないでもない。歴史的な教訓は力による応酬は必ずしも正解ではないということだ。頭を使うべきであり、ナポレオンのように戦場で勝ち続けても、最後に笑うのは我が祖国ということを思い起こすべきだ。「その通り。もう一つは、分散し、各地の停泊地に帰還させる方法。」艦隊の分散配置は、一度の襲撃で全てを潰されないためには最適な方法であるが、確固撃破の対象ともなるために軍事上の常に付きまとうジレンマですらある。「無用な刺激こそ避けられましょうが、有事には致命的ですな。」「まあ、仕方がない。やらず後悔するよりは、やって後悔するほかにないだろうな。」つまりは、艦隊を連れ戻すということだ。卵を一つの籠に入れるのは、良くないかもしれないが、分散撃破の的になるよりはましだと判断せざるを得ない。「帰還だ。全艦でダンドナルドに帰還する。」「なんでしたら、ブドウ弾の実弾射撃演習でもいかがですか?」悪くない提案だ。どの道対地射撃を想定すれば、ブドウ弾の演習を行っておくのは慣熟訓練という以上に、弾が常に装填されているという状態の方が即応性は高まる。さすがに、射撃目標がなんであるかをそう簡単に漏らすわけにはいかないが、亜人を想定し打たせるべきだろう。あとは、鞭以上に飴があれば事は足りる。「大変結構。それらが終わり次第、グロックの特配を手配しろ。」「了解であります。」~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~あとがき戦争がない=平和軍隊がいる≠平和=戦争がなければ軍隊もいらなくないだろうか?この問題に対する解答は以下の通り。・コミュニスト原則としてその通りである。故に、帝国主義的な資本主義国家はただちに軍隊を手放すべきである。ただし、世界革命に邁進する観点から、人民には武装するべき時がある。・英国人(WW1~WW2くらい)原則として、この件には基本的に同意する。ただし、大英帝国の艦隊戦力が他国の全てを結集したものを上回る規模で維持される場合のみ、英国は余剰戦力の削減に同意するものとする。・米国人原則としては間違いない。私も、一個人として平和が訪れ、軍備を溶かして農具とかし、大地に向き合うことを切実に願っている。私達は、合衆国に対する邪悪な侵略が完全に排除されるという状況が達成されしだい、ただちに取り組む用意がある。・平和国家我が国には、軍隊が存在せず、故に最も平和である。ええと、なにが言いたいかと言えば、軍隊という暴力装置が活動していても、公式には平和なのです。つまり、タイトル『美しき平和』に嘘偽りなし。まあ、単なるアイロニーを言っているだけではアレなので、少々付けたしを。今後の方針です。・綺麗なワルド立派なメイジです。※予め明言しておくと、彼だけは本当に綺麗です。・真黒な皇帝陛下時々冤罪をかけられるのは間違いありません。ですが、真黒なことも間違いありません。・真黒友達無能王彼もまた誤解された人間なのです。・真っ白な信徒たちの導き手ロマリアは目的のためには手段を選ばず情熱的になります。・えげれすじん彼は、陸戦は苦手です。※ご指摘のあった誤字の修正を3/6の18:44くらいにしました。