ワルド子爵と言えば、伝説的なメイジの一人である。紛れもなく、風メイジとして完成した技量を誇り、同時に軍人として、メイジ至上主義から完全に解放され、本物の戦争を戦い抜いた、生き残り中の生き残りである。騎士であり、同時に彼は時代が最後に求めた英雄であった。ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドは、英雄であった。だが、思い出すが良い。英雄を必要とする時こそが、最も悲劇的な時だと。すなわち、本来は、無いはずの犠牲が払われている時代だと。実に不幸にも、彼は本物の英雄として生を与えられてしまっていたのだ。必然、彼が眼にしたのは、最も汚泥に満ちた、世界の最底辺である。「ジャン!4人だ。引きつけられるわね?」教会の周りを警戒するともなしに、うろうろとしている傭兵を見る限り、それほど手を焼かされる相手ではないようだ。警戒といってもせいぜい野党や、武力をもたない周囲の平民を威嚇する程度の役割だ。本職のメイジ、それも戦闘訓練を受けた自分にとってそれほどの脅威たりえるとも思えない。マチルダにとっても、せいぜい、注意しておくに越したことはないという程度の脅威でしかない。「無論だ。・・・しかし、本当に構わないのか。」「簡単な仕事から、始めると言ったろう?」「いや、だが、どうにもな。」最初は簡単な仕事から、義賊の仕事を始めるつもりであった。まあ、そこまでは、良いだろう。なんだかんだでメイジがスリに落ちぶれることに比べれば、随分とまともな仕事だ。碌でもない国家の恥さらしどもに鉄槌を下すことは、まあそれほど悪くないように思えた。ところがだ。「ああ、もう、さっさと行くよ!」気がつけば、やっていることはロマリアの腸が腐った連中が誘拐した子供達、大半はルイズよりも幼い少女達の救出だ。確かに、傭兵がせいぜいという程度の連中が相手だ。難しくはない。難しくはないのだが、いくらなんでもゴーレムでいきなり、建物をぶち抜くのは、どうだろうか?「ロマリアの名を辱める愚者よ!始祖の鉄槌を喰らうがいい!」高らかにマチルダが、名乗りを上げている。たしかに、挑発するというのは、ありかもしれない。聖地へと赴く方法を研究しておくべき輩が、本来の聖務を怠っているのは、許されるものでもない。とはいえ、、仮面をつけて、遍在を突出させている私にしてみれば、いい迷惑だ。始祖の鉄槌などと言われては、さすがの連中にも守るべき体面がある。のこのこ逃げ出すわけにはいかなくなった神官連中が、証拠をどのように隠滅することか。このことを思えば、ほとんど遅延なく行動しなくてはいけない。「ええい、まったく、どうしてこうなった!」そう呻きながら突進しようとして、違和感。眼で見える範疇以上に長年の経験を信じ、咄嗟にワルドの遍在は横へと飛ぶ。直後に、背後で何かが、刻まれる音。間違いなく、エアカッターの類。其は不可視。純粋に、風メイジ故に、違和感を覚え、避け得た。鍛錬のみが、一瞬の回避を辛うじて可能としている。思考を切り替え、咄嗟に一帯を再度見渡す。視界の隅に、油断なく杖を構える神官風の男達。一見すると、聖職者だが、構え方は本職そのもの。中身は殺し合いを是認するメイジの一団だ。「っ、フーケ!状況が変わった!」メイジが複数いる。それも、それなりの腕の相手である。まあ、それでもはっきりと言えば、脅威ではない。先ほどの不意打ちが、相手の唯一の勝機であった。それを逃した以上、ワルドという練達のメイジを討つのはかなわないだろう。だが、問題は、そこではない。問題なのは、メイジが、神官の中にいたということ。すなわち、教会にメイジが紛れ込んでいるという事実だ。事前の情報では傭兵にメイジの存在は確認されていない。そして、消去法では教会にいるメイジは、聖堂騎士ということになる。「まさか、聖堂騎士!?どうして、こんなところに!?」マチルダが動揺しつつも、ゴーレムによる破砕を的確に行いこちらを援護。遍在の視野を通じて確認しつつ、迎撃用意。目前で杖を構えて飛び出してくる神官の身なりをした面々に牽制の攻撃魔法を放ち、ひとまず距離を稼ぐ。一人、二人ならば、例外かもしれない。だが、部隊規模でいるとなれば、なにがしかの理由がそこには存在することとなる。「単なる誘拐ではない?くそっ、連中の狙いは何だ?」児童の人身売買?あるいは、特定の言葉にしがたい性癖をもった輩の可能性が、ないわけではない。無いわけではないのだが、聖堂騎士の部隊が展開。極めて、統制がとれ、訓練されている。さらによくよく見ると、司祭達も質素な身なりの上に、澄みきった眼をしている。言い換えれば、狂信者の眼と言えるかもしれないが。ともかく、金銭目的の可能性は低いと思わざるを得ないだろう。つまりは、厄介事。軟弱な精神の持ち主ではないが、ワルドでさえため息の一つでもというところだ。「口を割らせるのは、難儀な仕事だろうな。」無理やり口を開かせる術ならば、魔法衛士隊でもある程度は知っている。だが、狂信者相手に、口を開けというのは、殺しでもしないとイエスと言わないだろう。そのような仕事は、専門家にでも任せるほかにない。拷問吏の技術は、さすがに書物でわずかに読み知る程度にしか持ち合わせていないし、実践の経験はさらに乏しい。「そちらは?」遍在を通じて、陽動を兼ねて施設の破壊に従事しているマチルダの様子を伺う。とはいえ、実のところマチルダは、迎撃されるどころか、放置されているといっても良いほどだ。散発的に思い出したように、傭兵が飛び出してくるものの、それも驚いて逃げ出すのがせいぜい。・・・抵抗など皆無に等しい。「メイジはなし。宝物も大した物はなし。これは、訳アリだわ。」ゴーレムが倉庫を押しつぶし、頑丈な壁をぶち抜く破壊音がすでに何度も鳴り響いている。しかし、出てくるのはせいぜい、質素な麦か、空っぽの僧房だ。ため込んだ財産とでもいうべきものは、ほとんど存在しない。ある意味で、ロマリアの掲げる理想的な教会生活そのもの。清貧を地で送っているような教会でさえある。そんなところで、人身誘拐。厄介事しか想起されない。「だろうな。心なしか、先ほどから賛美歌詠唱が聞こえてくる。」ただ魔法が使えるだけのメイジが神官になり、便宜的に聖堂騎士を称しているのではないのだろう。なにしろ恐るべき修練を必要とすると語られる集団魔法だ。当然、昨日今日で習得できる魔法で無いのは明白。となれば、ロマリア本国から出張ってきた、文字通りの精鋭だ。「本物かい?」まあ、自分でも信じていないだろう疑問をマチルダが敢えて語る。狂信者じみた行動で、賛美歌詠唱を行うともなれば、十中八九本物の聖堂騎士だ。個人で、戦いたい相手ではないし、そもそも、敵対して得られるものが有るわけでもない。こんなはずでは、と一人であれば呟かざるを得ないところなのだ。「まずいことに、本物だろう。」「掩護は?」彼女の仕事は本来陽動。しかし、実際には、遊兵になってしまっていた。当初の予想と子なり、宝物庫を壊されて慌てて対応してくるはずの、人員がいないのだ。むしろ、まったく見向きもされていないことを考えれば、こちらの支援を検討してくれるのは、ありがたい。微妙に、思うところがあるとしても、意地を張るよりもやれることで、最善を尽くすべきだろう。そう思い、随分と自分の思考が、成長しているものだとこんな時にもかかわらず、苦笑したくなる。「無用だ、と言いたいところだが、頼めるか?」聖堂騎士と実戦で戦ったことは、当然ながら、ない。知識として、多少のことは聞き知っていても、それはあくまでも伝聞。残念ながらトリステイン王国に属している身分では、国外のメイジには疎い。まして、聖堂騎士団と交戦する機会などは当たり前だが、有るはずもない。無論、さすがに、魔法衛師隊出身だ。個々のメイジとしての技量で劣るとは思わない。先ほどの攻撃にしても、まあ、優秀であるという程度に過ぎない。加えて、ゲルマニアで手を焼かされた圧倒的な物量というわけでもない。だが、対メイジ戦と言っても、今回は勝手が異なる。聖堂騎士のように、最初から集団で個人とさえ戦うことを想定している連中相手は初めてだ。まあ、対エルフということを前提としているロマリアの武力だ。本来は、聖地に向けるべきものだ。まあ、矛先すらわからぬやつらには、エルフに勝るとも劣らなければ良いだけではないか。「わかった。ゴーレムを突っ込ませる。」「私の遍在をそれに合わせよう。」トライアングルのゴーレム。攻城兵器というにふさわしいそれが、一気に突撃する。その突撃に合わせて、遍在を3体ゴーレムの周囲に配置。ゴーレムに対処し、対応が鈍っているところに、接近。一気に勝負をつけるべく攻勢に出る。「そんな!」「!?ゴーレムを崩すか!」だが、さすがに、というべきだろうか。集団で行使する賛美歌詠唱の威力は、聞くと知るとでは全く異なる水準であった。激烈な暴風が瞬間的にゴーレムを蹂躙。再生する暇すらなく、一気に砂塵に還元される。遍在も一つをのぞき巻き込まれる始末。辛うじて、接近し、ブレイドで刃を交える物の、対応が素早い。個々の力量では圧倒しているにもかかわらず、連携が上手い。「貴様ら、聖堂騎士だな?何故、このような行為に手を染めた!?」「我らの志を解さぬ、異端に話すことなどなし!」異端?志?遍在を近づけてブレイドで斬りつけるも、重厚な陣形を汲まれて、弾かれる。まるで、城攻めを行っているようなものだ。エルフと戦うとは、つまるところこうした戦術が有効だということか?まあ、いい、攻城戦だと考えれば、脅威度の高いゴーレムが真っ先につぶされるのも理解できる。ならば、動揺を誘うのも、定石だ。「異端?始祖の恩寵厚きメイジが、信徒の子供に杖を向けて連れ出すことこそ、告発されるべきではないか!」「異端は排除されるべし。不義の子は、焼かれるべし。真の御子のみ、罪が許されるのだ!」全くの動揺がない一糸乱れぬ行動。どころか、こちらがやや気がめいるありさまだ。ロマリアの腐敗などというが、これはどうしたことか。こちらはこちらで、どこかおかしいのではないかと勘ぐってしまう。まともな精神では、仲間入りしたくないだろう。誰だって、子供を焼くべし、などと高らかに謳う連中と同じ道を歩みたいとは全くもって思わないものだ。「思っちゃいたが・・・、お付き合いしたい相手じゃないね。」「やれやれ、君のハードルは聖堂騎士様でも越えられないのか。」冗談の一つや二つ、戦場では良く呟やかれるものだ。何故かと言えば、緊張を緩和すべきだから。或いは、緊張を緩和しようとする意志があると、周囲に示すため。まあ、こんな機会だからこそ、彼女をからかうこともできるのだが。・・・本当に自分は、こんなときでも思考に余裕があるようになっている。まったく、経験とは良い教師だ。授業料さえ高すぎなければ、完璧なのだが。「ああ、あんたは良い線行くと思うけどね。」「それは光栄。さて、一働きするとしようか。」ブレイドを構えた遍在に同調して、さらに何体かの遍在を出し、ゴーレムの形成を待たずに吶喊。少数の強襲によって落城した城塞も皆無ではない。それは、メイジの腕による。大がかりな魔法で、大規模な効果範囲のある魔法を、ぶち込むというのは対軍戦闘においては、完璧な解答だろう。それはできずとも、解答方法はいくらでもあり、これはその一つに過ぎないのかもしれない。だが、これは、風メイジによる、風メイジのための、風メイジによる一撃離脱戦なのだ。徐々にでも、削れればこちらに分がある戦いに過ぎない。「さて、付いてこられるかね!?」「侮るな!」軽く挑発の声をかけたところ、実に迫力ある解答が寄せられる。戦意は旺盛。戦術に関しては、未知数といえども連携を徹底して強化した精鋭だ。完全に無能ということはありえない。嫌な相手だが、まあ、軍隊ではないのだ。彼らは、精鋭だろう。なるほど、連携の極めて卓越した部隊だろう。だが、確かに軍隊でないのだ。例えスクウェアクラスのメイジでも、軍隊相手では勝てないとしても、部隊となれば、料理できないわけではない。「始祖の栄光を讃えよ!」「狂信者を、お望みになるとも思えんがね!」会話の合間に詠唱を完遂。無造作にエアカッターを乱射し、陣形に圧力を加える。メイジは、先手必勝。なにぶん、攻撃魔法が圧倒的な威力を防御に比べて有している。そうである以上、攻撃を受けるよりも、主として回避せざるを得ない。当然、魔法を受ければ陣形も乱れることとなる。・・・普通ならばだが。「・・・なんとも、驚いたわね。」マチルダが、嫌な物を見たと言った声を上げる。一部の前衛が回避行動をとるどころか、全く驚きの行動をとった。魔法や防具で防御を高めたとはいえ、積極的に前衛が攻撃を浴びているではないか。盾と矛というが、これは厄介極まりない。まともに防御に入られては、期待ほどの効果が見込めないのだ。「同感だ。肉を切らせて、骨を断つというが、本当にできるとは。」まったく嫌な抵抗だ。風メイジは、個人対個人では最強だとしても、破壊力の点において火には一歩劣る。単純化するならば、敵を皆殺しにするには、少々骨を折らなくてはならないということになる。さらに言うならば、ワルドほどのメイジで持ってしても、死兵を纏めて相手にするには少々以上の苦労を必要とする。「フーケ、一撃を叩きこめるか?」ならば、攻城兵器で粉砕してしまう方が、効率的だろう。そう判断してワルドは、戦術を変更することにする。脅威なのは、賛美歌詠唱だけだ。ならば、それを詠唱させない程度に接近し、かき乱しておけばよい。「やれなくはないね。もう一度いくかい?」「頼む、任せたぞ!」ただ、誤解しないでほしいのだが。会話というものを戦闘中に行うのは、二つの意味があるのだ。一つは、友軍との連絡。もうひとつが、敵軍に聞かせることによる、錯乱。単純に言って、敵が攻撃してくるとわかっていれば、迎撃できる。だが、どこから攻撃が来るとわかっているのと、そのほかの攻撃が、あるかもしれない、とは別だ。そうあるかもしれないとは警戒できる。だが、確実にくるという脅威に警戒心の大半を取られてしまうものなのだ。「始祖の秩序のために!異端よ、滅びよ!」肉が焼け焦がれているにも関わらず、戦意が旺盛な聖堂騎士。味方でなければ、本当に厄介極まりない存在だ。彼らは、対エルフの精鋭たるべきなのに。出血を喜びさえして、突撃してくる敵は、力量に関係なく、忌むべき存在だろう。だが、今はそれを倒さねばならない。だから、ゴーレムの突撃に備えて、分散した敵を、個別に間引く。しかし、戦術的に最適であるとしても、気が乗るかと言われれば、最悪だとしか、言いようがない。「しかし、個人としては、凡庸に過ぎんな。」ブレイドで、斬りかかってきた聖堂騎士を袈裟切りにして、ワルドは、肩をすくめる。なるほど、よく訓練されている。だが、訓練され過ぎているのだ。連中は、集団行動で、対エルフ戦に特化しすぎている。個人の動作を、徹底的に共通化した。結果、血のにじむような努力によって、賛美歌詠唱をものにしているのは、驚嘆すべき実力だろう。だが、個々で見た場合、動きが同じになりすぎるという欠点がある。「同じ攻撃手段に、同じ防御手段。単一化にも限度があると思わざるを得ないな。」極端な、共通化は、えてして弱点を突かれると、脆いということでもあるのだろう。片っぱしから、遍在と共に、孤立した敵聖堂騎士を屠り、掃討を敢行。その過程で、ワルドは溜息を盛大につきたくなる衝動に辛うじて抵抗する。やはり、メイジの本懐は魔法で戦ってこそだ。戦いとは、神聖なもので決闘である。しかし、この敵は、決闘というよりも作業で、殺しているようなものだ。最後の一人を、斬り伏せるまで、その感覚が常に付きまとってならない。「まったく、文字通り全滅するまで抵抗するとは。」結局、聖堂騎士の部隊は、乱戦に持ち込み、ことごとく斬り伏せた。所属、階級、目的、一切を漏らさず、全員が、同じように、斬られるか、魔法で殺された。この単純な事実を除けば、何一つとして手掛かりを残していない。「おまけに、普通の神官まで抵抗してきた。なんなんだい、ここは?」聖堂騎士の部隊を殲滅後、施設内部の探索を行おうとするも失敗。避難するどころか、ことごとく、神官がこちらに抵抗を示してくる始末だ。建前で言えば、守るべき信徒がいれば、まあ、神官らも、懸命になるだろう。だが、そもそも、そういう理由でもなしに、ここを死守するには、相応の理由があるはずなのだ。「さてな、まともなこととは程遠いのだろうが。」緊張感を維持したまま杖に光をともしてワルドは周囲を見渡す。一通り、確認し、抵抗や罠が待ち受けていないと結論。何故?という疑問を解き明かすべく、内部へと侵入。そして、つい先ほどまで、頑強な抵抗が繰り広げられていた地下墳墓群の入り口をくぐった先で、答えを見ることになる。転がっているものは、おそらく生き物であった肉塊なのだろう。それは、ワルドの眼が正しければ、誘拐されたという子供に違いない。そして、間違いでなければ、彼女はすでに、息をしていないのだ。だが、加えて重要なのは、彼女の耳が、尖っているということだ。そう、まるでエルフの耳のように。・・・ああ、そういうことか、なるほど、とワルドとしては思わざるを得ない。「これは?エルフの血を引いている?」訝しげにマチルダが、彼女の耳を指さして呟く。そう、それが、世間の一般的な反応としては正しいのだろう。エルフの耳は尖っているというのは、ハルケギニアでは子供でさえ知っている。逆に言えば、耳が尖っていれば、エルフと疑うに十分なのだ。「いや・・・、似ているが違うな。この程度の耳ならば、時折普通の子供が持って生まれる。」しかし、ワルドや、彼の属する魔法衛士隊ともなれば、この手の判別にはある程度の経験が存在している。例えば、本物のエルフの疑いがある人間と、そうでない人間の区別程度は魔法を使わずとも可能。むしろ、それらは容易にわかるのだ。具体的に言えば、反射魔法を扱うエルフは、至近弾も防御し得る。だから、近くに一発銃でもを試し撃ちしてみれば、まずまずの確率でわかる。少々手荒とは言え、確実にエルフと分かれば仕留めればよいし、そうでなければ両親を捜し、尋問すればよい。「やけに、詳しいね。」暗に、あんたもエルフ狩りに熱を上げている口か、と含む声のマチルダ。その声に、まさか、と言わんばかりに首を振ると、懐かしい経験談を語ることにする。まあ、エルフを見つけたと騒いでいるのは、決まって面倒事を起こす連中であった。大抵の場合新しく赴任した司教であったり、密偵だったりする。功績を焦っているのだろうというのが、大半の見解だった。記憶が正しければ、本物のエルフ討伐などないといってさえよい。「エルフと誤報があって、飛び出して、包囲してみたら、こういった子供だった事が何度かある。」血相を変えて、討ち死にすら覚悟して、誤報の有った村へ突撃。そして、出会えるのは、エルフどころか、魔法の使えない子供が怯えているだけだった。などということは、決して少なくなかった。むしろ、それがほとんどだ。国家の魔法衛士隊は、その手の誤報に常に悩まされているといってもよいだろう。だから、どうしても初動には慎重となりがちですらある。「殺したのかい?」「いや、マザリーニ枢機卿猊下が、お引き取りになられた。ロマリアでも、この手の誤解には注意するように促しているはずだが。」身内の恥ということもあり、基本的にロマリアは、ミスを隠ぺいしたがる。なにより、秘密主義の傾向が極めて濃厚である。故に、誤解されやすいが、完全無比に無責任というわけでもない。一応、組織として建前があり、必要があれば、多少の救済は行う余地がある。「で?じゃあ、この子は、エルフの血が混じっていると本気で誤解されて、異端扱いされたと?」狂信者というのは、そのくらい馬鹿なのかと、問いかけるその眼。これに対して、ワルドはあまり愉快になれそうにない噂話を思い出す。事実かどうかの判断は、控えてきたが、少なくとも状況証拠は真黒だ。「有りえん。聖堂騎士が、エルフを発見して、どちらかが生き残ることを期待する方が間違いだ。」本物の、聖堂騎士であればエルフを発見し次第戦闘行動に入る。つまり、どちらから死なない限り戦闘は終わらず、強力な魔法を双方が行使して戦う。当然、このような地下牢にエルフが存在していることはありえない。聖堂騎士団もこの子供が異端の血を引いている可能性を信じたとしたとしても、不自然極まりない状況なのだ。「じゃあ、この子は?」「わからん。実験でもするつもりだったのかもしれん。」一応、名目の理由は想像できないものではない。混血の可能性がある以上、エルフの特性が引き継がれている可能性は排除されていない。なにしろ、エルフと人間の混血というのは、知る限りにおいては、事例がない。・・・厳密に言うならば、なかった。まあ、それは良い。だが、その件同様に、エルフと人間の恋は禁忌どころか、破滅しか終焉にはない。なるほど、皆愛する人を守るために戦うのだろう。自分とて、守るべき者のために杖を取ることは厭わない。だが、世間の嵐からまず隠し、守ろうとするものなのだ。嵐が激しければ激しいほど、懸命に。「エルフを使った実験?」「エルフの血が持つ魔法抵抗の強度でも図る。或いは、毒物への抵抗を確認する。こういった需要があるのだろう。」だから、エルフの情報を渇望する聖堂騎士団とエルフは、最悪の関係にある。同時に、エルフの血を引く可能性がある者にとっても、聖堂騎士団は悪魔のような存在である。なにしろ、彼は異端を認定し、その場で裁く権利すら、有しているのだから。「まったく、冗談じゃないね。」なにより、耳にした限りにおいて、真実か偽りか、不明である。不明であるのだが、現状をよく説明できる。普段ならば碌でもない悪質すぎるデマゴーグでもガリアからきたのか、と疑っているところだが。しかし、目の前の現実はかなり状況証拠としては有力極まりない。白か黒かと言えば黒一直線か。「連中、エルフの血が入ったとみなされたメイジをエルフと見立てて、実戦演習をやらかした事があるらしい。」「演習?」「エルフと対峙したことがなくとも、エルフに対峙するという心構えにはなるらしい。」敵が恐ろしい。ならば、その恐怖心を乗り越えさせる必要がある。これは、戦場では一種の道理だ。ただ、やり方に明らかな問題がある。効果的であるのは、間違いないのだが。初めての殺人というものは、魔法衛士隊における新人が乗り越えるべき一つの壁だった。乗り越えてしまえば、本当にどうということも無くなるものだが。「事実かどうかは、わからないが、まあ、事実だろうな。」擁護するわけではないが、自身とてエルフと対峙することを思えば肝が冷える。だから、だからというわけではないのだが。しかし、指揮官として部下を鼓舞するためにこの手段を取らざるに入れるかという可能性はある。部下が怯えて実力を発揮できずに全滅するよりは、悪党が発破をかけたほうがよい時もある。それが、自分の感性で理解できずともだ。・・・だからといってその行為を正当化することなどおぼつかないが。「それで?この子はどうする?」「せめて、埋葬しよう。始祖の加護は、私が願っても、誰もしないよりはましだろう。」正式な埋葬の手順は踏めない。なにしろ、聖堂騎士団に、宗教施設で異端として殺されているのだ。どこだって引き受けてくれないだろう。で、有る以上、どこか始祖の御許にまいるための埋葬地を確保する必要がある。「なら、私は生き残りに何か知っていることがないか、話させるとするよ。」全滅するまで抵抗してきた狂信者といえども、気絶くらいはする。当然、ただの神官ではトライアングルのゴーレムに突撃されてしまうと意志とは関わりなく昏倒せざるを得ない。その手の連中を、叩き起こして口を割らせられないだろうか?無理だろうな、と思わざるを得ない。ワルドにとって狂信者は(やったことはないにしても。)ラグドリアン湖に放り込みでもしない限り口を割らないという印象しかない。「無駄だ。生き残りも何も、連中の口は開かん。」「・・・じゃあ、どうするのかい?ロマリアに聞きに行くとでも?」その通りだろう。ロマリアのことを知悉し、こちらが知遇を得られている相手がいるのだ。当然、そちらに話を通しておく方が、随分と物事を進める上では容易である。なにより、真相を知るためには、ロマリアの内部で何が起きているのかを確かめる必要がある。「ロマリアのことは、ロマリアの専門家に任せるのが一番だ。」「ああ、マザリーニとかいう枢機卿?」曲がりなりにも、枢機卿団の中で一派を築かれただけのことは有るお方だ。いくばくかの後ろめたいロマリアの暗部についてもそれなりには、ご存じのはず。まして、聖堂騎士団が動いたともなれば、枢機卿団に全く悟られずに動くとは思えない。「その通り。猊下は、ゲルマニアから釈放されて、ロマリアに戻られているはずだ。」幸い、というべきだろうか。囮として行動されていた猊下を、さすがのゲルマニアも拘束し続けることはできずにいた。散々抵抗はしたものの、しぶしぶ釈放している。今の時期には、すでにロマリアに帰国されているはずだ。「まさか、本気でロマリアへ行く気かい?」「良い機会だ。それに、聖堂が秘蔵しているという聖地に関する資料にも関心がある。」「止めはしないけど、さすがに、付き合いきれないね。」肩をすくめて、馬鹿じゃないのかとこちらに一瞥をくれるマチルダは、まあ、賢明なのだろう。彼女にしてみれば、ロマリアに近づかない方が災いを避けるには適しているという発想が有ってしかるべきだ。彼女のためには、それは正しい。だが、できることならば、何かと彼女がいてくれると助かるという事情もこちらにある。「まあ、そこはそちらの自由だ。だが、秘宝なら、ロマリアも多いだろうな。」彼女がこれで関心を示してくれるというのは、正直表層的な部分だろう。もちろん、稼ぎを欲しないわけではないはず。とはいえ、安全策を選ぶ彼女だ。だから、本来は望み薄。しかし、利益よりも、これまでの付き合いで同行してくれるように、依頼すれば、応じてくれる。・・・甘えているのだろうか。「自分が何を示唆しているか、わかっているのかい?」「さてな。教会に秘宝が多いことを、信徒同士が話して、何故悪い?」実際、教会には秘宝が多い。良くも悪くもため込んであるものだ。用途が不明な収集物も少なからず存在し、私が求める聖地に関する文献がどこにあるのか想像もつかない。だが、それでもとにかく、探してみないことには始まらない。「やれやれ、高貴な貴族さまも、随分と悪党になったもんだ。」「それは、お互い様だ。」付き合ってくれる彼女に感謝せねば。全く、良き友人ほど始祖に感謝したいつれあいも世にはない。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~あとがき。ちまちまと更新。遂に、周一ペースの死守に成功。ワルド、ロマリア突入フラグ。あと、アンアンのテレジア化は決定。ウェールズさんは政治的には、まあ常識人。軍人としては、そこそこ。メイジとしては優秀。だけど、まあ、テレジア化を阻止できるほどには頼もしくない。そう、ここ重要だと思います。あと、キュルケの語源て何でしょうかね?キェルケゴールの略称とか?