功ある者には、それ相応の名誉が与えられる。信賞必罰は、まともな統治、まともな運営、不可欠な代物であるのだから。故に必然的に、賊軍を討伐した将の軍服に勲章が輝くのは、理屈としては当然のこととなる。当然のことであるのだから、無能と言われるガリア王であっても、左右の者がよろしく輔弼し、適切に叙勲の手続きが滞りなく処理される運びとなる。結果、ゲルマニア辺境伯ロバート・コクラン卿に対して、ガリア叛乱軍鎮圧の功績を讃え、つつがなくグラン・トロワ勲章が授与される運びとなった。つい先ほどまで、交戦していた相手と思しき国家の使者からそう伝えられ、納得できる人間が見つけられるのであれば、責任を持って学会に報告してよい。「叙勲?」ガリア両用艦隊と交戦からやや時間が経過した時、ヴィンドボナからガリアの使節が派遣されてくると知らされ、その目的について説明された時、謹厳であることを誇るゲルマニア艦隊司令部をして、思わず疑問を口から漏らすのを禁じ得ないところであった。狐狩りに出かけたところ、飛び出してきたのが狐ではなく、愛すべきウィスキーキャットが銃口の前に飛び出して、銃口を咄嗟に逸らしたような衝撃だ。「左様、このたびは賊軍撃滅にゲルマニアのお手を煩わせて実に遺憾に思っております。」ゲルマニアの苦虫をダース単位で咀嚼させられているような表情を浮かべた担当者に連れられてヴィンドボナからやってきたガリアの外交官は、晴々と言ってのけた。賊軍撃滅に手を煩わせて申し訳ない?実に斬新かつ、独創的な外交上の表現だ。特許を申請しておくべきだろう。脱走兵でも、退役軍人でもなく、賊軍とは!「失礼、卿は、ガリア両用艦隊の行動は、正規のそれではないと仰せになるのか?」「これは、心外な。ガリアは常に諸国との友好を望むのみですぞ!」ガリアが望むのは、友好の反対のことだろう。少なくとも、碌でもないことしか思いつかないが、概ね国家とはそういうものだと解しているのでこの点に関しては特に異議を挟むまでもないだろう。むしろ、ここで、細かい事に時間や気を取られるべきではない。そう思い、肩をすくめて、こちらの意志をそれとなく表しつつも、話題をもとに戻すべく、相手の顔を睨みつける。まったく、表情が仮面であると露骨にわかるような、にこやかな表情は、忌々しいことこの上ないが、睨みつけるだけ力の浪費だろうか?「では、この件について、我々に説明がいただけるのでしょうな。」「無論ですとも。いやはや、これは実に難しい事態でありまして。」答える気があるならば、率直に答えることを要求したいのだが。まあ、いい。無論といって、はっきりと答えないということは、それなりになにがしかの理屈を用意し、緻密な論理を説明するという態を装ってこちらを騙し、欺くというよくある手法だ。とはいえ、難しいということは、一応問いただしておかねばならない。「難しいとは?」「レコンキスタなる運動をご存知ですかな?」レコンキスタ?まったく、とんでもない言葉だ。碌でもない意味でしか、外交上使いようがないではないか。その種の運動をガリアが扇動しているとしたら、連中はエルフと一戦交えるのか?聖地など、求めるのであるならば、我々に構わずに、砂漠に死体を並べることに専念してほしいのだが。いや、むろんガリアがロマリアをいざない、理想に燃えた両国だけでやってくれても、一向に構わないところである。「語意からいえば、レ・コンキスタ、つまり再度の征服運動とは、穏やかではありませんな。」穏やかどころか、歴史的な事象としてみれば、碌でもない事態を惹き起こした。補給という概念が乏しい時代において、長距離進軍する軍は実質的に単独で、行動し、補給し、さらに自活する必要があった。つまり、自活する軍など軍税を導入せねば、略奪でもするほかにない。「再征服?どのような意味でしょうか。」ギュンターが、すこしばかり興味を引かれたというよりも、義務感から質問を丁重に行う。この場合、意味があると言えば、意味がある。まあ、指揮官が知らないと口で言うよりは、その部下が問いかけているということに意味を見出すほどの相手かどうかは知らないが。まあ、無用の警戒であるようだが。こちらを嵌めるというよりは、どちらかといえば、これはごまかしの類だ。「聖地を取り戻す、始祖の作りたもうた秩序を擁護すべし、そうした思想をもつ一派であります。」それは、枢機卿団の原理主義派の一部に近いように思われる。だが、以前見聞きした限りにおいては、レコンキスタなる運動は、アルビオンやトリステインで萌芽がみられたものの、停滞傾向にあった。はっきりと言えば、種をまいたガリアが、水を播かずに放置し、枯死させたように見える。そもそも、それが、何故ここに出てくる?関連性が、あまりにも分からない。「それが、どう関わりがおありか?」恥ずかしげに、顔を下げて、ガリアの使節がぼそぼそと秘密を漏らすようにして口を開く。こちらに申し訳なさげに語る、という態ではあるが、実に疑わしいことこの上ない。恥を知っているという態であるにしても、ガリアの手の長さを思えば、なにがしかの疑いしか抱きようがないのだ。「我が国には、オルレアン派なる一派がありまして。」それは、知っている。正確に表現するならば、無能王に不可思議にも有能と言われていた王弟が粛清された事件の後に、生き延びている残党のことだ。アルビオンでの粛清劇といい、最近は王弟を粛清することが、兄王達の趣味であるのだろうか?まあ、これはつまらぬ余念だろう。徹底して継承者をゲルマニアの皇帝が排除していることを考えれば、比較的にせよどちらも相対的にはまともだ。人格に問題があるにせよ、皇帝は統治者としては比較的にまともではあるのだが。「はて、耳にした事は有りますが・・。」で、それがどのような関連性を有しているのか述べてみよ。疑問を抱いていると言わんばかりの口調で問いかけてみる。オルレアン派は、はっきりと言えばレコンキスタとは無縁の精神をしている。むしろ、彼らはガリアの無能王打倒に専心していると言ってしまっても良いくらいだ。良くも悪くも外部との連携を取るわけでもなく、ひたすらに国内での政治権力闘争に専念していたと思うのだが。「おはずかしながら、それら叛徒が、蜂起いたしまして。」蜂起、つまり武装蜂起したと?有りえん。木の防壁をエスカルゴが打ち破り、海から襲来する並みにありえん。あのガリアが、武装蜂起を許す?意図的に、武装蜂起を見逃していたの間違いでしかありえない。その意図するところは、不明であるにしても、確信できるのは、この侵攻劇は、ガリアの脚本であるということ。「内乱と仰せになるのか?」内乱というのは、自国の内部闘争であって他国に武力進攻することではないと思うのだが、彼が言うにはそうでもないらしい。ガリアの辞書を買って、内乱の定義を読み直すべきかもしれない。創造性豊かな弁解ではあるものの、もう少し、論理的整合性を重視していただければ、アイロニーも楽しみがいが多少は、期待できるのだが。これでは、くだらん政治的な欺瞞に過ぎない。「その通り。お恥ずかしい話でありますが。」これは辞書を書き直すべきかもしれませんな、と皮肉を言いたい心を抑えて、ギュンターにそれとなく目くばせする。激昂するのは、時として戦術足りえるということを、この部下はよく解する。心得たりとばかりに、顔を赤らめて、如何にも激昂したという態で甲板をふみならし、口を開く。「貴国の内乱が、なぜゲルマニアへの軍事行動になる!」「いや、これが、実に難しいところでありまして、彼らは始祖の秩序を保つのだと称しておりまして。」のらりくらりか。まともに回答するというよりは、論理構成を複雑にする方針を貫徹するというところ。実につまらない。機転を利かせることもなく、ウィットのかけらもない。まるで、泥人形を相手に会話をしているかのような徒労感すら襲ってくる。いや、押しても引いても反応がない。ガリアの派遣してくるメッセンジャーとは、不気味極まりないではないか。「どういうことですかな?」「神聖なるガリア王室の簒奪者、ああ、これは叛徒どもの視点でありますが、これと神聖なるトリステイン王家への挑戦者はどちらも許しがたい敵と認識しておりまして・・・。」トリステイン王家そのものを神聖だとガリアの貴族が思っていると知れば、アルビオンに亡命しているトリステイン王党派が欣喜雀躍するか、不安感に駆られて胃痛に悩まされるかのどちらかだろう。というか、トリステイン貴族ですら、王家を便宜的なものだとおもっている状況下において、トリステイン王家を惜しむのは、何故かは不明だが、枢機卿団の一派程度だ。純粋に始祖の作ったという枠組みを擁護しようとしている枢機卿団の一部を例外とすれば、トリステイン王家の滅亡は誰にとっても既定事項として受け入れられているはずなのだが。「ああ、それでガリアを上げての開戦を叫ばれたと?」「いや、そこが微妙に異なるのですよ。」「ほう、どういうことでありましょうか?」率直にぜひとも説明していただきたい。オルレアン派は、レコンキスタに共感するはずがないではないか。そもそも、ガリア無能王監修のレコンキスタに、オルレアン派が自発的に入ることなどあり得ない以上、どうやって、組み込んだかがぜひとも説明していただきたいところでもある。「外聞を憚ることではありますが、陛下は魔法が、その、人並み以下でありまして。」それは、聞いたことがある。だから、無能王という政治的な隠れ蓑を手にしているということを延々と説明してくれなくても一向に結構だ。本当に無能であるならば、今のガリアはあまりにもまともに統治されている上に、暗躍する手ももう少し短いはずだ。現状では、整然と統治され、外部での情報収集も実に能率的だ。「それで、オルレアン派の中で、これは始祖の作りたもうた秩序への造反ではないかと。」「失礼、私はオルレアン派の詳細に通じていないのだが、何故彼らがそう考えたと?」ああ、なるほど、論理が飛躍しているようで、辛うじて納得させうる範疇に留めてある。事実は小説よりも奇なりというべきであるが、この論理の切り替えは或いは賞賛されるべき政治的な一芸やもしれない。碌でもない方向に活用されているというほかにないが、実に見事だ。「魔法が使える貴族の上に立つ、魔法の使えない王。これは、王足りえるのかと。」「なるほど、難しい内政事情ですな。」暗に、魔法の使えない王という問題に集約しようとして口を利いてみる。本来であれば、王の資質をめぐるガリア内部の面倒事が何故、こちらに?ということをそれとなく匂わせているが、まあ、真摯な反応を引き出すことを期待するのは無意味だろう。「すると、叛徒どもの中から、ゲルマニアがトリステインという始祖由来の王朝をつぶすのもけしからんという話になりまして・・・。」「つまり、内乱でタガの外れた一派が暴発したと?」ガリアはその線で、この話をまとめに入ってきたということで良いのだろうか?という確認を行う。実に不愉快なまとめと説明を延々と聞かされるのは、気乗りしないことこの上ない時間の使い方でしかない。だが、嫌な物を感じる理屈だ。ガリアの内乱という名目に、ゲルマニアが、味方して叛乱を鎮圧したかのように語られて、既成事実化されている。これでは、知らぬ間にガリアの味方と見なされかねない。「ええ、誠にご迷惑をおかけしてしまい恐縮する次第。」恐縮するのは、卿の自由であるものの、いい加減にガリアの真意を語れとも詰め寄るわけにもいかない。ここで求められているいのは、あくまでも現地の先任指揮官としての最良の行動なのだ。「いや、それが貴国の内政事情であるとお伺いし、ヴィンドボナから卿の身分が保障されている以上、小官が、ここで述べることができるのは、情報提供に感謝することのみであります。」感謝を。これほど内容の無い回答を出さねばならないことは、楽しみの無い不毛な消耗ではないのだろうか。騙し合い、腹の探り合いは一つの形式ではあるものの、まるで考えの読めない、不合理な行動原理に支配されている敵と言葉を交わすことほど、疲れることはない。だからこそ、外交官とは専門家にしか務まらず、えてしてその専門家をして疲労困憊に追いやるものだと、外務省に奉職していた先人から耳にした事があるが、実にその通りだ。「ああ、いや、それではこちらの立つ瀬がない。だからこそ、叛徒撃滅の功を讃え、貴公を叙勲することとなっております。」叛徒撃滅の功を賞賛されるという事の意味は、単純明快だ。やはり、我らとガリアが友好関係を維持しているということをハルケギニア、おそらくはロマリアやアルビオンの首脳部にそれとなく示唆すること。事実としてではなく、単純に疑念という程度かもしれない。だが、信頼関係の醸成にはまず大きなマイナスだ。誰だって、盗人と親しくしているという風聞の絶えない相手には、警戒をしてしまうではないか。「ああ、なるほど、それで小官に叙勲と。」「左様です。」許されうるならば、机を蹴飛ばし、席を立ち去りたいが、いかんせんそれは叶わぬ願望である。蹴り飛ばす机はなく、甲板に転がっているのは補修用の工具程度だ。これを蹴飛ばすのは、水兵らに余計な労働をさせるだけであり、なんら問題解決には至らないのだ。だが、次の言葉を聞いた時、それを踏まえてでも、蹴飛ばしたくなったのは、断じていわれのないことではないだろう。「それで、願わくば捕えた賊を引き渡し願いたい。」「いや、それには応じかねる。」「それは心外な。」如何にも、如何にも当然の要求を拒絶されて、困惑し、異議を申し立てるといった態のガリア側の態度から、これが本題かと察する。なるほど、前線で拘束されている捕虜を取り戻すためには、叙勲という名目で前線まで押しかけ、勲章と引きかえに捕虜を回収すればよい。実に安上がりな回収方法だろう。なかなかに発想としては興味深いと言える。「貴国の事情はともあれ、我が国に対する攻撃によって拘束されている賊は、我が国の法によって処罰する。これは、道理ですよ。」ものわかりの良い士官としては、無理な要求にもそれとなく無難な解答を持ち出すことで、穏便に事態を解決することが可能らしいのだが、相手は道理を無理で押し切ろうとしている。果たしてかな、彼らの要求は執拗だ。「いや、国家への反逆者は、我が国で裁くべきでしょう。」「失礼ながら、ゲルマニアの法を優先させていただく。」冷静に考えればおかしな話だ。ゲルマニアに侵攻したガリアの捕虜を引き渡せとガリアの使節に面罵されるような事態になっている。だが、建前として、外交上はガリアとゲルマニアは交戦状態にないのだ。誰にとっても驚くべきことであるが、これは司法権の問題に集約されてしまっている気配すらある。そして、おそらくヴィンドボナでは要求が突きつけられていないのだろう。ほとんど憮然とした表情で同行してきたゲルマニアの役人が、事態を悟って顔色を真っ青に変えている。「これは、したり。ガリアが直面した反逆などどうでもよいと仰せになるか!?」そのような、茶番劇などまったくもって、どうでもよい。だが、外交上は、そのような発言が許容されるわけもないので、あくまでも許されうる範疇で韜晦するほかにない。「それは、小官の判断し得る事ではありますまい。」「では、どうせよと?」どうするも、本来これは、ヴィンドボナに要求すべき事柄なのだ。司法権とその執行を巡る議論は、主権に属する議論である。出先の役人に問いただすのではなく、あくまでもヴィンドボナにて明確な結論を導き出すように、ガリアとゲルマニア双方が議論しておくべきことだ。そして、それはガリア側から提起されない限り、ゲルマニアの国内法規で処理するべき案件に他ならない。ガリアは、ゲルマニアにて治外法権を有しているわけではないのだ。「ヴィンドボナで議論し、結論が出されるまでは、小官は現場の先任指揮官としての裁量権を有すると共に、その範疇で行動する義務を負うということしか、申し上げようがない。」暗に、現場の指揮官としては、ゲルマニアの現行法規に従って行動せざるを得ないとの解答を行う。無論、忠誠はユニオン・ジャックにあるとはいえ、契約上の誠実な履行義務を果たす限りにおいては、これは一個人の名誉の問題であるのだから、義務を遂行するのは全く滞りなくやってのけるべきだろう。「では、ひとまず、賊軍の指揮官だけでも、身柄をお渡し願いたい。」「先ほどからも、お断りさせていただいているように、それは、無理であり、叶わぬこと。」指揮官ともなれば、相応の情報を抱いていることも予想される。尋問し、しかるべく情報を引き出すことも必要であるし、なによりも形式的にはこの件に関するガリア叛乱軍とやらの責任者でもあるのだ。簡単に身柄を釈放し、ガリアに引き渡せるものではない。現場が判断すべきことではないのだ。それは、政治的に極めて厄介な問題をはらんでいる。「身代金を支払えとでも仰せになるのか?」身代金?それこそ論外だろう。ここで、着服だの横領だの批判されるようなことで、離間策を取られるわけにもいかない。そのような可能性が潜在的にせよ有る以上、解答としてできることは、ヴィンドボナに問題を通報することのみだ。「小官には、分かりかねること。それ以上は、ヴィンドボナにて存分に議論されるように願いたい。」ともかく、情報だ。防諜が整っているとはいえ、これだけの規模ともなれば多少のことは、ガリアからも漏れ聞こえるはず。情報を集めなければならないだろう。それも、速やかに。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~あとがきこれは、ガリアですか?NO!これは叛乱軍です。建前:ガリアは、無能な王さまが統治しているので叛乱が起こるのです。残念ながら。byガリアしかし、三次元の空戦?というか海戦というか、微妙に難しいですよね。魔法の射程とか、艦砲の射程とか、設計とか、判断に困る・・・。でも、これで、取りあえず、ガリアとゲルマニアはお友達になれるきっかけをつかみました。平和と友情が期待できます。まったりと更新中・・・。