艦隊決戦は、言うほど簡単ではない。まず、広大なエリアで敵と会合しなくてはならない。場所も分からない敵をどうやって見つけるか。それは、情報が決定的に状況を左右する。だが、どうであれ遭遇してしまえば、両軍ともに対応を迫られる。では、どのように対応すればよいだろうか?実のところ、フネが、フネを倒し得るのは、実に乱戦のみである。あるいは、これを格闘戦とも空軍では呼称する。トリスタニア回廊遭遇戦こそが、乱戦の典型的な代表例である。トリスタニア回廊旧トリステイン王国首都トリスタニア南方さて、どうしたものか。戦力差は、実に二倍に近い。ガリア両用艦隊所属戦隊と思しき敵部隊は、戦列艦31にコルベット7。対してゲルマニア駐留艦隊は、戦列艦17にコルベット4。さて、偉大なるネルソン提督に倣うことができれば、だいぶ楽ができるのだが。戦史をもうしばし真摯に学んでいれば、気が楽なのだろうが致しかなし。「不要可燃物投棄!全艦に通達、接近戦に備えよ!」戦列を形成し、砲戦を行うことは、教科書的には間違っていない。だが、教科書通りにやれば、戦力が勝る側が当然のように勝利を収める。そもそも、海軍の伝統とはエスカルゴのように決戦を回避して良しとするものではないのだ。やれるだけのことは、やってみるべきだ。「では、追いつかれると?」接近戦を戦力が劣る側が懸念するのは、大抵の場合、敵龍騎士隊を振り切れずに、敵の戦列に拘束されることを懸念するからだ。だから、ギュンターが乗り気でないのもまあ、理解できなくはないが、それでは少々積極性に欠ける解釈だろう。私個人の使っている伝統は、ネルソン提督以来のものなのだ。「いや、こちらから仕掛ける。」どちらにせよ、乱戦こそが最適解であるのだ。戦列分断戦術こそが、至高の艦隊行動であることを知らしめてくれよう。曲がりなりにも、海軍士官である以上、やるべき義務は果たそう。「戦列を組んだ相手にですか?」「言わんとすることは、分かる。だが、相手はアルビオンほどでもない。」ガリアの両用艦隊の練度に関しては、まあ、常備軍である以上、最低限の水準は上回るものに違いないだろう。だが、あくまでも、最低限度の水準を上回るに過ぎない。実戦を経験していない軍など、張り子の虎であり、無敵艦隊か、せいぜいが、エスカルゴ海軍だ。無論、優秀な敬意を払うべき軍人も少なくないのだろうが、戦場で脅威になるのは、優秀な敵よりもえてして無能な味方なのだ。ガリア両用艦隊の優秀な面々といえども、全体の質で、こちらが経験豊富である質的優位を凌駕することはできないだろう。「では、撃ちあうと?」「まさかだ。接舷用意、怠らせるな。」ハルケギニアで最大射程を誇るほうでも2リーグ前後。有効射程ともなれば、最早、遠距離砲撃戦など教科書上の空論に過ぎない。甲板での撃ちあいや、ブドウ弾による撃ちあい、鎖弾による帆の攻撃等はまだしも、撃沈を狙っての砲撃戦はそれこそ至難の業だ。だから、大抵の場合、逃げるフネは重量物を放棄する際には、使わない砲まで投棄する。おかげで、狐狩りに使う猟銃開発が滞っているのだから、あれは忌々しい見落しであった。まあ、その教訓から、艦隊について、徹底的に学びなおしたのだから、全く学ばなかったわけでもないが。「水メイジを除き、他のメイジは接舷強襲を想定せよ。マストに狙撃要員配置!敵メイジの排除を優先させること。」ともかくだ。事態を整理しよう。砲は、フネの装甲に有効打を与えうる。しかし、長距離での命中率は微々たるものだ。次に、フネの加速度は、相対的には、かなりのものになりえる。おそらく、敵戦列の有効射程は1リーグもないだろうが、そこに飛び込んでも3隻以上から同時に砲撃を受けるかといわれると、微妙だろう。戦列の構造上、平行線を維持しようと思えば、砲の角度を取るにも限界がある。上手くやれば、敵の戦列を見出し、確固撃破し得る。さらに、運があれば、敵は戦列を乱して混乱に直面するだろう。かのネルソンは、接舷攻撃で特許を取ったと称される。一等戦列艦を分捕るための特許をまあ、英国海軍軍人が使う分には、彼の提督からの目こぼしも頂けよう。「接舷!?」「私の知る限りにおいては、乱戦こそ最適解だよ。」ガリア両用艦隊は、実際に動いているフネに向けて砲弾を撃ちはなった経験が乏しい。良くも悪くも、ガリアの国力が強大であり、無能王と言われているジョゼフの統治にも関わらず、ガリアの治安は良好な部類なのだ。本当に、無能王が無能であるかどうかは興味深い課題であるが、ともかく、ガリア両用艦隊ではここしばらく、砲兵の訓練から実戦が抜け落ちている。「では、ガリア艦隊に突っ込んで、暴れまわるということでありますか?」ギュンターが少々、顔を引き締めつつ、嫌な事を嫌々やらなくてはならないという表情で確認してくる。実に、同意せざるを得ない表情ではあるが、小官とて軍人。英国の伝統と、誇りにかけて素振りたりとも見せるわけにもいかないだろう。「両舷斉射だ。無駄がなくてよいだろう。」「アイ・サー!」そう叫ぶなり、ギュンターは近接戦と、接舷用意に取り掛かるべく部下に慌ただしく指示を出し始める。実のところ、本当に近接戦に持ち込むかどうかはまだ決していないが、部下にその覚悟をさせておくことは不可欠だ。接近戦に持ち込むための最低条件はただ一つ。友軍の龍騎士隊が敵龍騎士隊を妨害しきれるかどうかにかかっている。敵戦列に突入する以上、撃たれるのは覚悟せねばならない。だが、短期間であれば、耐えて、戦列を分断し、確固撃破できるだろう。だが、龍騎士隊に航行能力をやられて、的となれば、我々は壊滅する。「龍騎士隊は、敵を牽制しつつ、喰いとめられると思うか?」「ご命令とあれば、抑える試みは致します。ですが、支援としてコルベットを上げていただきたい。」返された龍騎士らの要求は、実に単純ではあるが、難しいものがある。高度を上げている龍騎士隊に支援用のコルベットを上げるのは、支援火力の増大と、精神的な支えに加えて、コルベットの付近で戦術的なアドヴァンテージを確保できるという点から、龍騎士隊にとっては望ましい。だが、コルベットを艦隊本体から離脱させるということは、艦隊の小回りが利く予備戦力がなくなることも意味する。「コルベットは不可欠か?」「正直に申し上げれば、ぜひにでも。」難しいところだ。勝算は、乱戦に持ち込めば無いわけではない。だが、乱戦に持ち込まずに、戦闘を回避する選択肢も政治的なリスクを除外すれば検討すべきものである。特に、手持ちのコルベットを上昇させれば、ある程度の火力支援も期待はできる。だが、敵はコルベットの数においてもこちらに対して4:7で優越しているのだ。ここは、判断が難しい。敵が、コルベット同士の交戦を目論めば、碌でもないことになる。「コルベットを上げたとしよう。敵コルベット全ても同時に対処し得るか?」「・・・ひきつけるだけならば、容易かと。コルベット7隻といえども、接近せねばそれほど脅威ではありません。」コルベットの火力は、戦列艦にはるかに劣る上に、さほど射程が長いわけでもない。元々、命中率が低い上に、メイジの射程内に接近しなければ是といった脅威ではないという解釈は、決して的外れではない。的外れではないのだが・・・。「だが、全てを足止めするのは困難というところか?」「おそらく、その通りかと。」「乱戦時に、快速のコルベットという予備兵力を敵に与えたくないのだ。」いくつかの小型なフネは輸送船として運用しているものがあるが、さすがに混戦といえども、使用できる水準にはない。快速かつ、ある程度の耐久力と火力を有しているという点で、コルベットは乱戦時には一定の価値があるのだ。これをフリーハンドにするのは、甚だ気が進まないことだ。「コクラン卿、ご意向は理解します。ですが、龍騎士の数量差をご考慮ください。」「無論理解する。・・・戦列艦一隻を可能な限りにおいて、支援に充てるとすればどうか?」「高度が足りません。上を抑えられれば、数で劣る以上、どうしようもないかと。」ええい、思うにままならん。個人的には、コルベットを手放すことは実に不快極まりない上に、気乗りしないが、敵コルベットの無力化は自前でやるほかにないだろう。「よし、卿の提案に同意する。コルベットを全てつける。敵龍騎士は一騎たりとも自由にさせぬこと。」「アイ・サー!感謝いたします。」「感謝無用。ただ、状況によっては敵龍騎士隊が本隊支援に転進する場合がありえる。その時は、突撃を敢行してでも、足止めしてもらわねばならん。」敵の龍騎士隊が多い以上、敵は部隊を二手に分け、一隊が友軍の龍騎士隊牽制、一隊で持って、こちらの航行能力削減を試みる可能性がありえる。それは、戦列分断を試みるこちらにとっては碌でもない事態を惹き起こすだろう。それを阻止するためにも、敵龍騎士隊に対して、友軍龍騎士隊には絶対の拘束を行ってもらわねばならない。「足止めは我らにおまかせを。」「よろしく頼む。」手持ちの戦力からコルベットを除いて計算するとしよう。実にやむを得ない措置ではあるが、運があれば、敵は整然とした戦列の形成に専念し、こちらを圧倒しようと試みてくるかもしれない。教科書的には、それも間違いではないのだから、実戦から敵が遠ざかっていることを信じるしかない。「よし、敵は戦列を形成したな?各艦に確認だ。突撃に耐えないフネはあるか?」望遠鏡をのぞきこめば、見事なまでに整然とした両用艦隊の戦列が、視界に飛び込んでくる。実に整然としているだけに、練度の高さが察せられると言えば聞こえは良いが、あれは閲覧式用の無用の長物であればよいのだが。確かに、理論上戦列は尤も最適化された戦術行動だ。戦列艦の高度上昇限界があることと、浸水による沈没の懸念がないことを考慮すれば、戦列艦は、どうしても三次元戦闘といえども、ある意味でそれほど高度に差が取れない。コルベットや、龍騎士による上下からの襲撃に警戒は必要だろうが。「コクラン卿、空を本命とする我が方で、海も空もと欲張りなガリア艦に劣るフネなどありませんよ。」「確かに、そこは強みであるな。」ゲルマニアは、海上での利用をそれほど検討していない。一方のガリアは両用艦隊だ。その意味においては個艦性能において、海上での利用をも想定したガリアの両用艦隊は器用貧乏だ。浸水対策を行わざるを得ない以上、設計に一定の束縛がかかり、空での戦闘のみを想定して設計されているゲルマニア艦が、やや個艦性能としては分がある。とはいえ、この数の差は、微々たる差を押しつぶしかねないのだ。気は抜けない。「各艦に通達。旗艦に続け。」戦列をこちらも形成するように見せて、一本の単縦陣を形成しつつ、状況を伺う。辛うじて、2リーグという距離を保ち、遠距離砲戦の範囲外から、敵との接触を保ちつつ、風上を占位し、時期をうかがっていたところ、遂に敵の龍騎士隊が、こちらへ急速に接近してきた。「敵艦隊!寄せてきます!砲戦を意図する模様!」「龍騎士隊接触!こちらの頭を押さえる気配です!」「教科書通りですな。」ギュンターは、実に想定通りだと言わんばかりの表情で、クルーを指揮しつつ、肩をすくめてくる。龍騎士で持って敵の航行能力を剥奪し、戦列で持って敵を粉砕するという敵の意図は実に教科書通りの定石であるだけに、予見するのはたやすい。「風は、突撃に最適。敵龍騎士隊もコルベットも、定石通り高度をとっての妨害行動を志向。」「これは、いよいよ、こちらの望み通りというところでありますな。」全くもってその通りだ。適度な追い風を受けて、順風満帆に敵戦列を分断、乱戦に持ち込み確固撃破し得る。やや、想定外であるのはガリア戦列の整然とした艦隊行動だが、乱戦の経験は乏しいだろう。これならば、ある程度確固撃破は可能だ。そして、懸念材料の敵コルベットは、現在のところは全て足止めできている。「さて、こちらも覚悟を決めよう。諸君、突撃だ。敵戦列を分断し、両舷斉射を意図する。実に、本懐ではないか。」「アイ・サー!全艦突撃体制へ!」「全艦突撃!敵戦列を分断せよ!」叫び声とともに、舵と帆が調整され、可能な限り最大の速度で持って、針路を変更。敵戦列前方に対して、突撃隊列を形成し、全速で突撃を敢行せんと試みられる。先頭艦より順次、艦首の軽砲より煙幕を展開。さしたる隠蔽効果を狙えるわけでもないだろうが、幸いこちらは風上を占位しているために、ないよりはまだましだ。敵戦列艦の斉射は、さすがに容易に当たるものでもなく、そう何度も連続し斉射し得るものでもない。とはいえ、当たればただでは済まない以上、できることはしておくべきだろう。「マストを守れ!速度を上げろ!敵戦列に割り込めなければ、ただの的になるのだぞ!」ギュンターが絶叫しつつ、応戦の指示を出している傍で、泰然とした態を装いつつ、敵艦隊を注視する。2リーグは、敵艦隊が目の前にあるかのように見える距離ではあるが、遠い。指揮官先頭の精神を実行せざるを得ない旗艦はあまり当たらないとはいえ、敵の砲弾が付近を掠め、嫌な風切り音が耳に飛び込んでくる。私にしてみれば、ほとんどゼロ距離射撃に等しい。よくぞ、我らが先達はこのような距離での砲戦を決意できたものだと思わざるを得ない。「龍騎士隊は、敵部隊を拘束できているな?」「苦戦しているようですが、未だ拘束には成功しております。」「大変結構。このまま、加速。敵戦列を分断する。可能性として、接舷までを想定せよ。」上空からの敵部隊による急襲を受ければ、戦列艦といえども、上方への防御は脆弱だ。斜め上からの砲撃に、なすすべもなく、敗退せざるを得ない。少なくとも、戦闘継続は絶望的になる。だから、敵部隊を、友軍が拘束している今のうちに、突破、分断を成功させ、乱戦に持ち込まなくてはならない。「後続艦リューゲン被弾!前部船殻剥離している模様!」「まぐれあたりか?ええい。」状況を把握しようと士官たちが、甲板を駆けまわり、砲声にかき消されないように、喉をからして、指示を叫び続ける。まさしく、戦場の中にしかない、喧騒の音だ。まったくもってこのような場など、好ましくないにもかかわらず、これに身をゆだねるしかないのが、嫌な一時である。「我ニ続ケを掲げ続けろ!そうそう当たるものではない!」「もっと煙幕だ!」目を凝らして、敵を凝視していたギュンターが、突撃角の最終調整を兼ねて、こちらに最終確認をそれとなくしてくる。「コクラン卿、どこに割り込みましょうか?」敵戦列を分断する。それは、敵艦隊を分断すると共に、確固撃破に持ち込むための日つよ不可欠な方策なのだ。「できるだけ、多くの敵艦を旗艦から切り離したい。」「なるほど、孤立した敵旗艦をつぶすおつもりですか。」状況次第では、後続部隊と連携し、半包囲体勢を形成するのが理想だ。戦列は限りなく平行に一本となるため火力の集中が困難だが、こちらはTの字を形成し、そこから弓形に火力網を形成することも戦術的な選択肢としてありえる。問題は、敵艦隊が急降下して、この半包囲網を突破することだ。まあ、戦術上、一時的にせよ戦線を離脱し、戦力外となってくれるために、数で劣るこちらとしては、敵戦力が一時的にせよ減ることで良しとするほかにない。「敵戦列との相対距離、500メイルをきりました!」「この距離ではさすがに当たるぞ!総員、身を隠せ!」ある意味で、ここが山場である。敵練度からして、斉射は3・4回回が限度だが、最後の一斉射撃が最も近く、命中率・威力共に高いのだ。これが、敵の最後の好機であり、我々にしてみれば、最大の危機とも言える。これを乗り越えれば、その先には道があるのだが。さて、神に祈ることを検討するとしよう。「敵艦発砲!」言われずとも、砲声でその程度は分かる!と叫びたいが、指揮官が取り乱すわけにもいかない。なにしろ、こういった局面で兵は将校の顔色を伺い、その表情をつぶさに観察して、戦局を判断するものだ。ここで、将校が怯えては、兵に侮蔑される以上に、戦意に致命的な悪影響をもたらす。故に、指揮官先頭の精神とは、仮面をかぶり続けることを指揮官に要請するものでもある。「至近弾多数なれど、本艦は健在!」やはり、戦列に突撃してくるという事態を、ガリア両用艦隊は想定し得ていない。おかげで、本来微調整を行い、徐々に射程を変更するといった従来の砲戦の概念に囚われて、咄嗟射撃戦には対応しかねている。なにしろ、戦列に艦隊で突撃など、我が大英帝国海軍が戦術として確立するまでは、何人たりとも想定し得ていなかったのだ。魔法を重んじ、砲をともすれば、軽視しがちなハルケギニアの艦隊では、この戦術の転換に即応できなかったのだろう。次があるかは分からないが、今は、戦果を得ることこそが肝要である。「よろしい。では、ガリアにお返しを差し上げよう!」すでに、敵艦隊では、眼に見える範囲で動揺が広がっている。既存の戦術とは全く異なる形での戦闘に即応できず、何が起きているかわからないことで彼らは混乱に突き落とされている。まあ、結構。その動揺した戦列を一本の鋭利な矢のように、艦隊で分断。「目標!両舷の敵戦列艦!右舷兵員は集結!接舷用意!」「狙撃兵!任意射撃だ。目標!甲板上の敵士官」敵旗艦以下3隻の戦列艦と、その他の残存艦とを分断。状況は、ここから、ゲルマニア有利で戦局が推移する決定的な事態が惹き起こされる。突撃したゲルマニア艦列によって、分断された旗艦は、なんとか、指揮系統を維持しようと試み、離脱を躊躇したがために、被弾。マストを撃ち抜かれるという致命的な事態に至り、航行能力に致命打を受けることとなる。そのため、指揮統制を後続艦に移譲せんとするも、戦列を分断したゲルマニア艦による砲撃と硝煙で後続艦からの視認が断たれ、果たせなかった。結果的に、両用艦隊は、半包囲下で、組織的抵抗を行えずに個艦で事態に対処する羽目となる。「敵旗艦無力化!」「半包囲体勢構成完了!全艦斉射を開始!」「敵旗艦へ斉射直撃!リュイスが、接舷拿捕を希望しています!」戦列艦は、構造上、前後に対して砲撃力が著しく劣る。故に、戦列を形成することは、その火力を最大限発揮しうる構造を形成すると共に、弱点を相互に補うという意味合いもある。それを、分断するということは、こちらの戦列艦が火力を最大限発揮し、かつ、戦列では困難である火力の集中を、弓形の艦列で実現し得る。同時に、戦列艦には両舷に砲があり、孤立した敵の旗艦と直属戦隊も同時に猛烈な砲撃を浴び、空飛ぶ木棺へと変化させられてゆく。「戦果拡張を優先!リュイス以下の艦隊は残存する敵主力の頭を押さえろ!そちらなら、接舷拿捕を許す!」「コクラン卿!敵後続艦が、戦列を解きました!」報告を受け、目線を敵戦列後方にやると、確かに、22番艦以降の戦列艦が何隻か、上手回しで、半包囲下からの離脱を試みようとしている。意図するところは、頭を押さえられた状況から脱し、反撃に転じることだろう。その数でも、我々には確かに脅威ではあるのだから、選択肢としては悪くない。「よろしい、では、包囲下の敵艦隊を徹底的に叩くとしよう。リュイスに信号!」だが、少々遅すぎた。もう少し距離が離れていれば、こちらの砲戦可能距離をかすめることなく戦列を再形成しえただろう。もう少し、決断が早ければ、こちらは半包囲を解除して、突破することも検討せざるを得なかっただろう。だが、今離脱を決断したのは遅すぎる。まず、後続艦に見捨てられたと判断したと、半包囲下のフネは判断するだろう。さらに、全てのフネが同時に離脱を試みていないことから、混乱はさらに拡大している。実質的に、敵艦隊は、戦わずして、戦力の一部を遊兵化させてしまっている。だから、ここは、叩ける敵を徹底的に叩くのが正解となる。「なんと送られますか?」「半包囲下の敵戦列艦拿捕賞金に関して、小官は貴官らの取り分を要求しないと。」だから、艦隊司令長官の取り分である拿捕賞金総額の8.3%の権利(艦長の取り分の三分の一)は譲ってもよい。これだけ、獲物が多いとなれば、各艦の艦長たちの戦意を高めることの方が優先されてしかるべきだ。「それは剛毅な!小官も戦意が出るというものであります。」「ギュンター、卿には空賊で稼いだであろう。譲るべきだろうよ。」17隻の戦列艦で、すでに、4隻を完全に破壊・撃破。半包囲下においてある敵戦列艦27隻のうち、後続の一部が遊兵化し、実質的な敵戦力は16隻。そして、今、まともに航行しているのは、わずか、6隻に過ぎない。他のフネは、継戦どころではなく、高度を落とし、なんとか不時着を試みている。浮いている6隻とて、砲撃によって、かなり痛めつけられ、甲板は地獄と化しているだろう。敵は、艦首砲で辛うじて応戦するものの、門数と口径の差は、歴然である。そして、こちらは、戦列を半包囲下に置くべく弓形の艦列を形成しているために、一方的に砲撃し、敵を撃破し得る。「リュイス、敵戦列艦に接舷!」そのため、追撃戦による戦果拡張こそが、この戦局における最重要の課題となる。「ヴァイター、ザーヴァス追随し、敵戦列艦の拿捕を敢行中!」同時に、リュイスの後続艦2隻も、リュイスにならって、辛うじて浮いていると言った態の敵戦列艦に急接近を試み、無理やり、頭を押さえて、強行接舷、拿捕を試みるという積極的な行動に出ている。実に戦意旺盛であり、望ましい。常に最大限士官が義務を果たすことを見ているのは、最良の気分にさせられるものである。「離脱した敵艦は戦列を形成したか?」「形成中ですが、手間取っております!」一方、戦列艦を二桁有することになる、敵離脱艦の群れは、ばらばらに行動し、何とか、戦列を再形成しようとしている者の、指揮系統の混乱に加えて、旋回に失敗したフネが目立つ上に、ばらばらで恰好の確固撃破の機会である。「よろしい。戦果拡張を試みるべきだろうな。ギュンター、信号を・・」其の時、上空で、これまで友軍龍騎士隊によって束縛されていた敵龍騎士隊の一派が、遂にその束縛を振り切り、増援として、戦列艦直上に急降下。そのまま突入を敢行し、ゲルマニア戦列艦隊の足を鈍らせる結果となる。「直上より、敵龍騎士隊接近!」悲鳴のような、見張り員の警報に、思わず全身に突然冷や水を浴びせられたような感覚に陥る。あと少し、あと少しで、追撃戦に移れたというのに!このタイミングで介入されるとは。「近接防御だ!砲弾をブドウ弾へ!手すきの者は、上方警戒!」「友軍龍騎士隊が振り切られた?」「チッ、迎撃せよ!帆をたため!このままでは、ただの的だ!」警報と同時に、きびきびとした素早い動作で対応が採られるものの、そもそも、戦列艦といえども、上方への警戒はせいぜい、メイジの魔法詠唱と、銃による単発的な迎撃が精々であり、運が良ければ、ブドウ弾の射角に入り、迎撃できるものの、そうそう、対応できるものでもない。狙撃兵が、銃をつかみ取り、メイジが迎撃のために魔法を唱え、何騎かは叩き落とすものの、肝心の速度は、追撃戦に望ましい水準とは程遠いところまで足止めされることとなる。「消火だ!火薬を投棄、急げ!」「治療は後回しだ!水メイジ!とにかく火を消せ!」さらに、負傷者の手当てに従事すべき水系の魔法が使えるメイジはがことごとく消火と防戦に手をふさがれるために、戦力を維持するのが極めて困難になる。そして、近距離での魔法の撃ちあいとなると、フネの天敵である火に加えて、風系統の航行能力阻害を狙った攻撃魔法の脅威も格段に跳ね上がる。「狙撃兵!火だるまになりたくなければ火のメイジを落とせ!」「左舷の龍騎士を狙え!船底に潜り込ませるな!」言うまでもなく。近距離からのメイジによる魔法詠唱はさすがに、破壊力としては絶大である。無論、戦列艦とは、そういったメイジに攻撃されうることも想定し、建造されてはいるものではあるのだ。だが、だからといって、無傷で済むほどの水準は望むべくもない。そのように、龍騎士を相手にするには、誰であっても相応の犠牲を覚悟せねばならないのだ。「友軍龍騎士隊、支援を要請しております!」「コルベット各艦の損害甚大!」加えて、これまで、辛うじて持ちこたえていた友軍龍騎士隊と、コルベット部隊が、崩れかけている。それに加えて、龍騎士隊の奮戦に気がついたのだろう。敵艦隊から分離した部隊は、この好機にとばかりに、急速に離脱を図っている。これ以上の戦果拡大は、逆にこちらの艦隊にとって危険を冒すことになりかねない。忌々しいが、一部は取り逃がすことにならざるを得ないだろう。むしろ、ここまで持ちこたえてくれた、友軍の奮戦に感謝すべきでこそあれ、彼らに不満をぶつけるのは筋違いだ。「追撃は、不可能、か。」「ですが、こちらの足止めをしている限り敵龍騎士隊は、退路がありませんが・・・。」足止めを切り上げ、早々に離脱を図るのではないか?死兵と化しての抵抗を覚悟し得る状況でもないかという希望的な観測は、確かに魅力的だ。だが、いかんせん、ここは下が陸なのだ。海と異なり、地に足をつけることが叶うのである。まあ、海を楽しむことができる海軍軍人であれば、いつでも陸に上がることを覚悟しているものでもあるが。何しろ、海の下は、地球の大地なのだ。「希望的観測に縋るわけにもいかない。」残念だが、陸地に降下した龍騎士隊の機動力と遊撃戦での有効性は身をもって実体験させられている。さすがに、祖国がボーア戦争であの手の錯乱に悩まされた理由も良くわかろうというものだ。実に厄介極まりないというほかにない。「降下すればあるいは、不時着した戦列艦の兵員と合流できよう。」そうなれば、一定の陸上戦力に化けることとなる。無論、専門の陸戦要因ではないが、しかし、艦上での戦闘を想定した兵隊と、メイジが存在する以上、これらからトリスタニアを防衛する必要が我々ゲルマニアには存在する。そこに、龍騎士隊が合流するとなると、早期に撃滅するか、武装解除せねば、またゲルマニア北部で行われた非正規戦を繰り返されかねなくなる。「やむを得ないな。トリスタニアの守備隊を支援する。各艦は、残敵掃討だ。リュイス以下、追撃を逸るフネを呼び戻せ。」戦列艦を有する艦隊の対地支援能力は絶大だ。故に、今なすべきことは、離脱しつつある敵艦隊の追撃ではなく、敵残存部隊の掃討だ。これ以上の戦果拡張は欲をかきすぎることとなる。功績筆頭の戦列艦隊といえども、義務を果たしてこそだ。「追撃は断念されますか。」「断念だ。一応、伝令を出し、友軍に追撃を促そう。だが、大魚は仕留め損ねたな・・・。」~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~あとがき帆船って勝つ時は圧勝し、泥仕合になる時は、トコトン泥仕合になると思うのです・・。最近、業者の広告が大量に投稿されていて、どうにも頂けない。まあ、そんなこんなで、微妙にテンション下がっておりますが、ちびちびと継続して更新していこうと思います。