物事が上手くいった時ほど、横から邪魔が入る。たいていは青い。ゲルマニア外務関係者談話。困難なことはすぐにやれ、不可能なことを行うには少し時間がかかる。ゲルマニア空軍訓令Q:アルビオンと、ゲルマニアを相思相愛にさせるためには?A:ガリアという仲人が出てくるだけで良い。捕虜釈放と、条約締結直後に起きたことを語ろう。それは、突然であった。対ガリアへの牽制を兼ねつつ、トリステイン軍の降伏監視という名目で、哨戒活動を行っていたゲルマニア南方戦線派遣艦隊所属(通称警戒艦隊)の重コルベット、クヴォールが第一報を告げたのは、ようやく艦隊が、クルーに昼食を配給しようとし始めた時だ。「南方に艦影多数!艦隊規模です!」見張りが、昼食を交代でとろうとし始めたところ、奇妙な黒点が見つかり、見張り員が目を凝らした瞬間に、交代は打ち切りとなる。忌々しいが、見張り員達は温かい食事を諦めて、南方を中止する羽目になった。「艦隊の所属は!?」「ガリアです!ガリア両用艦隊に間違いありません!」両用艦隊は、空海のどちらにも対応し得る艦隊である。当然ながら、微妙とはいえ各国ごとにフネの設計構造や理念が異なるために、識別は民間船を除けば比較的容易である。無論、類似している点も多いが、この状況下では間違いようがないだろう。ガリアから、ガリアのフネ特有の特徴を持つ、艦隊が出てくるのだ。ガリアの誇る両用艦隊以外に、適合するものがあるはずもない。「監視怠るな!総員配置!旗流信号用意!我、敵ヲ見ユ!」飛び出してきた当直士官が、事態を把握するや否や、自らの権限で戦闘配置を発令すると同時に、信号旗で全艦に通達するように叫ぶ。同時に、全力で駆け出すと艦隊司令部が昼食をとっているであろう、ワードルームに直行する。「司令!急報!」司令が、艦長以下を招待しての昼食会。乾杯の音頭が今まさにとられようというその時、ワードルームに血相を変えた当直士官が飛び込み、報告をまくし立てた。普段ならば、その振る舞いを嗜める上級の面々も、その報告に、血相を変え立ちあがるのみであった。まさに、有事にして火急の事態。報告者は結局その振る舞いが咎められることは、遂になかった。後日、艦隊で語り継がれる7つの物語のひとつである。「領空侵犯アリ!両用艦隊です!」「なんだと!?」知らせを聞かされた、士官たちが血相を変えて一斉に立ち上がる。両用艦隊。それは、ガリアの誇る、ハルケギニア最大の艦隊であり、ゲルマニア最大の仮想敵である。大国ガリアがその国費を投じて整備した、艦隊が領空を侵犯している?だが、彼らの硬直はすぐに、次の報告によって一時的にせよ、解きほぐされる。「現在急速接近中!本艦隊に突っ込んできます!」「ヴィンドボナとトリスタニアに伝令!想定ケース青の件!」ガリアの強襲は全くもっての想定外というわけではない。それは、確かに可能性としては想定されてきたもののひとつである。なにしろ、両国の国境はかなりの規模にわたって接しており、辺境部での小競り合いを含めて、突発的な遭遇戦から開戦に至るケースから、大規模な全面的大攻勢まで含めた様々な可能性が想定されてきた。それらを、ガリアの王家特有の髪になぞらえて、「青の件」とゲルマニアでは呼称している。「全艦戦闘配置!砲戦用意!」艦隊は急速に戦闘態勢を整えつつある。曲がりなりにも最前線付近で警戒行動をとっている部隊である以上、即応も比較的容易に行えるのだ。ただ、撃つべきか、撃ってはならないのか迷わねばならない軍人は、実に行動が取りにくい。なにしろ、自分の判断すべき事象かどうかい曖昧なのだから。だが、それだけに、判断を躊躇う必要ない事態となれば、本来の能力を良く活かすのだ。「迎撃許可は!?」このような時に、迎撃許可も何もあったものではない。だが、曲がりなりにも、艦隊の指揮官ともなれば、一応の手続きがある。この場合、敵対行動を確認しているので、本当に建前にすぎないのだが。「敵艦、発砲!龍騎士隊が展開中!」「ええい、やむを得ん!迎撃だ!伝令!先の伝令に追加で、我交戦中と送れ!」撃たれて、ただ、良いようになぶり殺しにされるわけにもいかない以上、応戦せざるを得ない。なにしろ、ゲルマニアのフネは、対アルビオンを想定しているガリアの艦隊と類似の設計思想で建造されているだけに、砲戦距離がほぼ互角なのだ。撃ち返さねば、撃沈される。ある意味では、本来設計上想定している敵を相手としているわけではないのだ。ガリア・ゲルマニア共に、対アルビオンを主眼に置き、直接の砲火を交えての艦隊戦は設計上では想定されていない。そのため、戦術も類似せざるを得ない。「撃ち方始め!微速後退用意!」しかし、ゲルマニア艦隊は、警戒部隊だ。無論、一蹴されない程度の戦力を持ってはいるが、逆に言えば、まともに撃ちあえるほどの戦力ではない。ここで、敵戦力を逓減するという選択肢を取るのは悪くはないが、何よりも戦域全体に警報を出すことこそ主任務である。で、ある以上、牽制しつつ距離を維持しなくてはならない。戦術的な選択肢が多くはないのだ。「敵艦隊と距離をとりつつ砲戦を維持するのは困難です。距離をとりますか?」「ある程度の遅延戦闘を行いたい。伝令が急を伝えるにも時間がかかるからな。」だが、急報を発したとしても、すぐに軍が即応できるわけではない。全軍を即応体制に維持することは困難なのだ。当然、接触した部隊には可能な限りの情報収集と遅延戦闘が要求される。死守命令よりはましであるにしても、指揮官にしてみれば途方もなく疲れる時間を覚悟しなくてならない。「近隣に駐留している艦隊の集結は?」「コルベット数隻が明日には合流できる予定です。ですが、戦列艦ともなると、時間が・・。」「龍騎士だけでも先行して集結できないのか?」そこまで、余力があるわけではないが、龍騎士隊だけでも集結させることができれば、ある程度の遅延戦闘は容易だ。なにしろ、龍騎士を相手にフネだけで撃ちあうのは困難であり、足止めとしては大いに期待できるのだ。「戦列艦の合流とほとんど時間的な差はないかと思われます。」そうであるならば、無駄に体力を消耗させてまで集結させる意味が乏しい。難しいところにならざるを得ない。敵の針路次第では、挟撃を試みたいところではあるが、龍騎士隊の集結に手間取っているうちに、挟撃をし損ねるのも癪である。「敵の針路確認!」「現在の針路、ヴィンドボナ方面!」「首都襲撃か!ええい、本国から纏まった艦隊は出払っているのだぞ!」厳密に言えば、ゲルマニア本国に残留しているフネはトリステイン方面に派遣されているそれを上回る。だが、ムーダの護衛に従事していたり、各地に分散していたりと、戦力として纏まっていないのだ。開戦と同時におそらく集結行動が試みられるとしても、それには時間が必要である。しかも、時期が悪い。講和もなり、もうすぐ終わるという気が緩むところへの襲撃なのだ。「やられましたな。」苦々しい空気が艦隊の司令部を包み込む。ガリアの動向を監視するとしても、ガリアでの不審な兆候が見られなかったために、このように白昼襲撃を受ける羽目になっている。ここまで、こちらに意図を隠蔽することに成功している相手だ。本国の戦力配備にしても、間違いなくなにがしかの確信があっての行動に他ならないだろう。実に、望ましくない展開だ。「敵艦隊、戦列を維持しつつ反航戦を意図する模様!」何とか、針路を妨害したいが、同航戦に持ち込むと、こちらの艦隊が先に摩耗してしまう。あちらは、両用艦隊。こちらは、戦列艦が数えるほどしかない、警戒艦隊なのだ。さらに、ある程度距離をとって単縦陣を形成していたために、艦隊行動として追撃には手間取らざるを得ないだろう。反航戦から同航戦に艦隊を整えなおしている間に、引き離されてしまいかねない。さらに時刻の問題がある。現状としては、日が高いうちに追撃戦を行える分には良いが、明るい時間に距離を離されてしまうと、爾後の追跡が困難を極めかねない。「ええい、龍騎士隊だけでもまとわりつかせて、帆を狙わせろ!」「鎖弾だ!何としても足を止めろ!」撃沈できず、撃破に至らずとも良い。敵艦隊の航行能力に大きな打撃を与えられれば、それだけで遅延戦闘の目的は達せられる。極端なところ、敵艦隊のクルーを狙って、足止めを試みても良いだろう。ブドウ弾による接舷砲撃も選択肢の一つだ。まあ、拿捕できるかもしれないというのは魅力的な未来だ。実現性は恐ろしく乏しいにしても。「っ!敵艦隊より龍騎士隊こちらへ接近中!」「対龍騎士戦闘用意!火薬量を変えろ!急げ!」ひたすら遠くまで撃ち込むつもりで用意していた火薬も、接近されるとなると、また話が違ってくる。遠距離砲戦ほどの射程は不要であるし、なにより、近接されると硝煙の煙がこちらにとって敵影の捕捉を困難にする。「ええい!」思わず、誰かが悪態をつくほど碌でもない状況だ。敵は、自分達警戒艦隊とまともにやり合って時間を浪費する意図は全くない。龍騎士隊の接近からして、こちらのフネを撃沈するというよりは、こちらの意図した航行能力を損なわせることによる追撃防止というところだ。なにしろ、遠距離からの砲撃戦を志向しているように見えて、こちらを悠々と抜き去ろうとしている。「とにかく、龍騎士隊に対処する!全艦帆を畳ませろ!マスト防護!」とにかく、警戒艦隊は龍騎士隊に対しては完全に対処することが、辛うじてではあるが達成し得た。もっとも、両用艦隊にしても、それはあくまでも牽制と足止め程度と割り切った行動であっただけに、悠々とヴィンドボナへの針路をとっている。状況としては、ただちにゲルマニア軍による探索と追跡が行われるべきであったが、纏まった艦隊戦力である警戒艦隊は航行能力に支障をきたし、後方部隊の即応も間に合わず、完全に両用艦隊をロスとしていた。「龍騎士一騎といえども見逃すな!」「探せ!この空域に入り込んでいるはずだ!」辛うじて、警戒艦隊の中でも損傷軽微にして航行能力の高いコルベット数隻からなる索敵戦隊が追跡に従事したものの、両用艦隊は忽然と消失したかのようにその行方を掴ませないでいた。龍騎士隊による捜索も、夜間が近いということもあり、低調。ゲルマニア空軍にとって、碌でもない事態であるのは間違いなかった。しかし、ゲルマニア軍は、依然として、裏をかかれることとなる。「さて、条約も無事締結。戦後処理も問題なければ、ようやく帰還できる。」トリスタニアのゲルマニア空軍司令部。そこで、気のきいた従兵が仕入れてきた紅茶を楽しみつつ、ロバートは無事にアルビオンがしぶしぶとはいえ講和条約を受けいれる旨を回答してきたことを言祝ぎたい気分にあった。これで、ようやく趣味嗜好に十分な時間が用意できるだろう。そう思った矢先のことであった。「コクラン卿、急使です。」だが、始祖ブリミルの加護は、キリストの加護には及ばないのだろうか?気がつけば、碌でもない事態を上官へ報告しなくてはならない時に、特有の顔色をした下級士官が、飛び込んでくるではないか。「何事か?」アルビオンから厄介事を申し込まれたか?或いは、トリステイン王国による破壊活動?考えたくはないが、トリスタニアでなにがしかの暴動か問題でも発生したのか?取りあえず、ざっと想定される厄介事を念頭に訊ね返したものの、その答えは、さすがに予想を上回る最悪なものであった。「ガリア国境より急使です!伝令、青の件!」「青の件!?間違いないのか?」誤報ではないのか。思わず本気でそう訊ね返したくなるほど、唐突なガリアの襲撃になる。何故?そもそもどうして、今の時期なのだ?いや、それ以前に、事実確認が必要になるだろう。当然、それに加えて、警戒行動も必要にならざるを得ない。しぶしぶ紅茶を下すと、軍帽に手をかける。「全艦半舷上陸中止!警戒態勢へ移行。」とにかく、状況が判然としない以上、臨戦態勢を整えて、即応できるようにしておく必要がある。トリスタニアに駐留している艦隊は、威圧と実用上の理由からそれなりの戦力を有しているとはいえ、停泊中ではただの的だ。「アイ・サー!すでに、各艦で上陸した水兵の帰艦を促しております。」「大変結構。伝令の龍騎士に会いたい。旗艦に向かう。」とにかく、ひとまずフネを上げるほかにない。そうである以上、ただちに艦隊を行動できるようにしなくてはならないだろう。「コクラン卿、状況は?」「わからん、ギュンター。とにかく、伝令の龍騎士は待たせてあるな?」旗艦に飛び込むと、すでにいつでも上がれる状態にある。さすがに、艦隊旗艦ともなれば、行動がいちいち気が効いている。私自身は、艦隊の指揮権を持つとしてもギュンターがこの戦列艦の指揮権を継承したのは、つい先日のこと。講和会議がなるとわかって、先任の艦長が先延ばしにされていた名誉除隊を行い、現在領地で気ままな隠居生活を楽しめるようになったからだ。それを、ここまで掌握できるのは優秀の一言に尽きるだろう。「はい、閣下。すでに、艦隊に警戒信号を独断ですが発しております。」「全く問題ない。それで?龍騎士を本艦から出しただろうな。」「はい、周辺の索敵と警戒を兼ねて出しました。」それで?と聞こうと思った時であった。ようやく上昇を一段落した艦隊が、一定の高度に達して艦隊行動をとるべく旗流信号で準備完了と全艦からの変事を得たと同時に、敵艦見ユを表す、発光信号―索敵に当たる龍騎士から発せられたものが、艦隊から目撃される。「艦隊見ユ!ガリア両用艦隊です!」ガリア両用艦隊?まったく、冗談ではない。そう思いたいが、各艦の見張り員が発光信号の見られた方角にメイジまで導入して睨むように見つめていると、やはり、間違いないとのこと。実に、厄介な報告だが、無視して現実逃避するわけにもいかない。「交戦用意!それと、一応信号だ。停船要求!しからずんば撃沈も辞さずと送ってやれ!」最後の望みをかけて、何らかの事情があるのでは?と念をかけての信号にも、なんら反応はない。まあ、別段期待したわけでもなく、単純に手続き上の事に過ぎないのだが、上手くはいかないものだと思わざるを得ない。仕方ない。頭を切り替えなくては。さて、伝令と敵が同時に飛び込んできた時には、どうするべきか?狂して、この戦機を興じるしかない。見敵必戦、実に本懐である。「Tally-ho!!」「コクラン卿?」やれやれ、言語の問題は今一つか。見敵必戦を上手くこちらの言葉で解釈できていないということか?どちらにしても、戦機は熟しているのだ。いや、正確には、熟したというよりも、無理やり舞台へ引き上げられたとすべきか?まあ、よい。なぜ、トリスタニアへ突撃してきたのかは謎だが、艦隊行動の妙を教えてくれよう。「全艦、上手回し!風上をとるぞ!」遠距離砲撃戦を志向する以上、少しでも条件を有利にしておきたい。風は強風とまではいかない以上、風上を抑えなければ、戦術的選択肢はありえないだろう。「コルベットだけでも高度を取りますか?」いや、連絡線維持のためにもコルベットを切り離すのは早計だ。それに、孤立させてしまっては確固撃破されかねない。状況はこちらの方がやや不利なのだ。ここで戦力分散の愚は犯したくない。「戦列維持だ。代わりに龍騎士隊を上げるぞ。」龍騎士隊は、汎用性が高い上に、貴重な戦力であるが、出し惜しみしているわけにもいかないだろう。とにかく、今は、相手の風上を上手く抑えて、戦機を抑えなくてはならない。そのためにも、敵龍騎士隊による妨害は許容できないのだ。これを防ぐためにも、龍騎士隊で制空権を獲得しておかねばならない。「彼らには、追い風になりますな。」「突撃待て。あくまでも敵部隊の上昇牽制と敵龍騎士隊警戒に留めよ。」だから、牽制目的である以上、突撃に最適な環境といえどもそう容易に、事態を動かしてもらうわけにはいかない。戦機を損なうという懸念がないわけではないが、突撃といってもやや優勢な敵艦隊に艦隊の支援もなく突撃させれば、的だろう。ここは、定石に従い、艦隊行動を整然と行うほかにない。「しかし、何故、この時期に、ここに連中が現れているのでしょうか?」ギュンターがそれとなく疑問を漏らす。知らないか、と聞かれても残念ながら私自身にも心当たりは、全くないのだが。まあ、推察することはできるが、材料が乏しい料理と同じで、分析情報が欠如しすぎていて、推論もろくでもないものしかないのが実情だが。「わからん。だが、我々は軍人だ。ひとまず、それは後で考えることにしよう。」~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~あとがき状況として、ようやく講和がなる目処が立ったところ。ゲルマニア:OKだ。アルビオン:議会でイエスと言わすよ。トリステイン←イエスと言えbyゲ・ア↑(ここへ)ガリア両用艦隊が、いわゆるガリアの方からきましたというやつです。次回は、らしくなく、戦闘描写をがんばってみようと思います。帆船の戦いに魔法と空戦の概念を取り入れるトンデモかもしれませんが。お付き合いいただければ幸いです。11/3題名を微修正といっても七〇→七十くらいですが。あとは、なんか、変な宣伝が一段落したらで・・・