トリステイン貴族曰く・ゲルマニアは断崖絶壁から転落する一歩手前である。・トリステインは、全ての面においてゲルマニアの一歩先を行くあるアルビオン外交官とゲルマニア外交官が、自らが描いた理想とはかけ離れたトリステインの自己認識をジョークにして遊んだことが由来の小話。Q.降伏文章にサインするのはどういう気持ちであるか?1.答えは、トリスタニアのトリステイン大使に聞けばいいさ。2.だが、今やアルビオン大使に聞く方が、実感がこもっている。トリスタニアで見られた風刺トリスタニアに大使がいるトリステイン王国の悲哀と、それを操ろうとして、結果的に大きな代償を支払う羽目になったアルビオン王国を風刺したものである。何れもトリステイン王国正史よりウルの月 ヘイムダルの週 虚無の曜日旧トリステイン王都トリスタニア ゲルマニア・トリステイン戦役講和会議場「このような文章に調印せよと!?」文字通り激昂したアルビオン外交官が、空の国という謳い名に恥じない勢いで飛びあがらんばかりに突き付けられた要求を叩きつける。音から察するに固定化がかけられていなければ、華奢な机はたたき割れていただろう。まあ、もともとトリステイン王国の机なのでゲルマニアにしてみれば、懐は痛まないわけだが。「そう剣幕を変えるほどのものではありますまい。」アルビオン外交官の立場になってみよう。間違いなく、今のラムド伯を吹き飛ばしたくて、杖に手を伸ばしかけているに違いない。自分でも、自制できるものかどうか怪しいものだと、一人納得し、ロバートは飲み干した紅茶を持ってくるように従者に促すと目の前の茶番劇を冷ややかに眺めなおす作業に、自らを戻すことにした。何しろ、絶妙な配分なのだ。一、占領地に関して①現有占領地のゲルマニアへ無条件の割譲。②ゲルマニアは、割譲された地に関して、いかなる処理を行う権利も持ちえる。③トリステインは、請求権を全面的に放棄する。二、賠償金に関して①賠償金は、2500万エキュー(戦費)+1500万エキュー(損害補填)の4000万エキュー。②担保として、全額払われるまで、トリステイン領に対する無条件の請求権をゲルマニアは行使する権利を留保する。三、領土に付属する権利に関して①現トリステイン領は、その土地固有の権利として、関税自主権をゲルマニアに対して放棄する。②現トリステイン領は、その統治者が結んだいかなる国家との関係も問わずに、ゲルマニア領に対する片務的最恵国待遇を提供する。③ゲルマニアは、現トリステイン領における治外法権を有するものの、両国関係の友好的な発展を祈願し、これを保留する。④現トリステイン領は、ゲルマニアに対する通行の自由を保証する。四、捕虜に関して①停戦後、即時捕虜交換が行われる。なお、差額は身代金にて支払い、その差額は第2条1項の4000万エキューに加えられる。②4条1項の結果出された金額は、2条2項が保証する担保によって保証される対象である。③例外として、双方共に15歳以下の、判断能力乏しき子供については、無条件に釈放する。五、ラグドリアン湖に関して①ラグドリアン湖に関しては、現交渉家を残留させしめ、ゲルマニアに臣従するものとする。②ラグドリアン湖の水利権については、ゲルマニア及び水の精霊による承認を得たうえで、現トリステイン領は使用することが可能である。六、債務の現状維持に関してトリステインは、ゲルマニアに対し、旧トリステイン領における諸債務の引き継ぎを行う責任を負う。七、両国の安全関係についてトリステイン・ゲルマニアは相互の権利を保証し、保護する。なお、ゲルマニアは、トリステインの独立と安全のために、特別な権利を有するものとする。八、関係国に関してトリステイン及び、ゲルマニアは、当該条約発効に際して、すべての関係諸国と現時点において中立かつ対等な立場にあり、全ての国家がそれを尊重することに同意することを調印する諸国に要求する。アルビオンが行うのは、せいぜい、第八条くらいだが、それがよろしくないらしい。これだけで、平和が回復するというのだが。まあ、あのすまし顔のラムド伯と居並ぶゲルマニア諸官をみると、一言二言反論せねばという気持ちにアルビオンの外交官がトリステインのため、つまりは引いては自国のために反論したくなる気も分かるが。とはいえだ、カードはすでに配られた上に、カードも実はどういうものか、相手の手札を知悉している。ゲームにはならない。ふむ、どうやらラムド伯はだめ押しを行うらしい。「失礼、率直にお伺い致したいのでありますが、なにかアルビオンに、有害な条項があるのでありましょうか?」「アルビオンに?違いますな。お忘れか!トリステインにこのような過酷な条項を叩きつけることの是非を議論しているつもりですぞ。」心外である、いかにも、納得しがたい言いがかりだ。そう言わんばかりに机を叩くのは、いささか芸にしては単調に過ぎる、ロバートしては辛く採点をつけざるを得ない。まあ、つまりここでの激昂はつまるところ、対外的なポーズだから気の持ちようが熱心でないのだろう。なにしろ、この外交交渉に際して、アルビオンが、トリステインの利益を擁護するために最大限努力し、ゲルマニアに激昂しているものの、如何ともしがたいというところが、両国にとって重要なのだ。「失礼、ゲルマニア軍部より、アルビオンにお伺いしたいのでありますが構いませんかな?」議長席を伺い、議長を務めるゲルマニアの息がかかった聖職者達にお伺いをかける。イエスと言われることが分かっていると言え、何事も形式は重要だろう。外交官の基本的な礼儀作法と、外交慣用句だけで、専門のテキストが細分化できるほどにあるのだ。形式はできる限り尊重しておいて損はない。「コクラン卿、発言を許可します。」「ありがとうございます議長。」さて、ゲルマニア軍部を代表して申し上げるとしよう。飲み込みにくいものを、銃口と銃剣で押し込む作業は、気乗りしないが、必要とあればやらざるを得ないのだ。実に面倒だが、やらねばならない。「アルビオンに対しまして、我々といたしましては、どれくらいで回答が頂けるかお伺いしたい。」「それは、ゲルマニアの外交担当者としてもお伺いしたい。」さりげなく、部下から現有占領地が赤く塗られた地図を講和会議場の机に広げると、指揮杖で、第二戦線に展開中の部隊を意味ありげに、さしておく。一応、交渉のための停戦が、仮に成立している状況ではあるものの、この講和交渉が決裂した場合、即侵攻の態勢が整えられている。第一戦線は、さすがに例の化け物じみたメイジの抵抗が予想されるが、損害を無視すれば突破は可能だろう。損害を気にしないのであれば、物量ですりつぶせばよい。「どういう意味でしょうか?」こちらの言わんとするところを理解したアルビオン大使が、平和を構築せんとする極めて崇高極まりない意志でこちらに異議を申し立てられる。実に遺憾ながら、講和が決裂すれば、我々とて望まない再戦だ。速やかに後退してくれることを望んでやまないのだが。まあ、仕方ない。そう割り切ると、手元の地図を見やり、ごくごくさりげなく圧力をかけておく。「単純に、次の軍事作戦が控えております故。」まさしく苦痛は理解の元だ。トリステインは自身の国力を鑑みずに、驕った。よく言えば、矜持を保ったとも言えるが、矜持とは裏付けなくして誇るものではない。内面でも良い。力でも良いだろう。私は力を単純に肯定するわけではないが、それによって誇りを保つことはまあ、理解できなくはない。だが、力が足りず、頭が足りず、ただ傲慢なだけのそれは致命的だ。そこで叩きのめされたトリステインとは異なり、アルビオンはまだ賢明だろう。だが、苦痛を経験していない以上、どこか判断が甘くなる。だから、次の一手が有効になる。「進軍を再開せねばならない場合を我々は想定しております。」そう言いやり、手元の駒を進軍させ、南部で抵抗しているトリステイン魔法衛士隊残党と、王党派軍に正対させる進軍路を示唆。すると、アルビオン大使が我慢しかねるという態度で立ち上がり、大いに激昂したといわんばかりに、腕を振り回し、大げさに机を連打する。実に多彩な腕の振りようであり、少々感嘆する思いだ。むしろ、この机の固定化をかけたメイジの力量を賞賛するべきかもしれないが。すでに、普通ならば、華奢な机の一つや二つ、粉砕せんばかりにアルビオンの面々が容赦なく強打しているのだ。「講和交渉中ですぞ!」「回答次第では、停戦破棄でありましょう?あくまでも、軍務の一環としての備えであります。」回答し、それとなく手元の資料をしまう素振りを見せつつ、隣に座っている属僚に、やれやれと肩をすくめ、資料の束を渡しながらそれとなく軍人たちに指示を出す。内容はさほど重要なことではないが、軍務の一環ということに意味がある。白々しいと自身でも思うがまあ、圧力をかけているということは自覚した上での行動だ。圧力にすぎないとも言う。そして、そこにラムド伯がフォローに入って流れの微調整を施そうとしてくれる。「外交当事者としては、アルビオンの意向を伺いつつ、他国とのすり合わせを行いたいであり、他意はござらぬ。」事実だ。無論、だれも交渉失敗による停戦破棄など望んでいない。だから、ブラフだ。まあ、外交当局にしてみれば、次の会合の予定を知りたいという実利的な理由もあるのかもしれないが。一方で、我々の発言は完全なブラフなのだが、ブラフであってもこちらは採算を度外視すれば実現可能な選択肢なのだ。故に、アルビオンはこれを無視することができずに、いよいよ、妥協できるぎりぎりのラインをそのまま飲み干すことになる。「我らとて、再度の軍事行動は望むところではありません。」できれば、平和が望ましいのは偽りではない。少なくとも、これ以上の抗戦派紛れもない赤字でしかないからだ。我々は、今や採算性の悪化をこれ以上深刻化させないことこそに主眼を置いているのだから。赤字の拡大のために投資を行うのは愚者か、道化の詐欺師くらいだろう。私自身は何れにも当てはまらないつもりだ。「平和の希求という点において、アルビオンも見解は何ら異なるものではありません。」ゆっくりと、手元の資料を眺めるようにして、さりげない視線で持って確認した限りにおいて、アルビオンの外交にとって我々の提案は、想像していた範疇の最悪に留まるものであり、最悪であっても許容範囲であるのは間違いない。本気で、交渉の決裂を目論むのであれば、激昂してここを立ち去るなり、逆に堂々と全く道理の通らない主張を行うはずだが、忍耐をしているということは、まあ問題はない範囲内だ。見極めを誤らなかったということを喜ぶべきだろう。「しかし、ご理解いただきたい。アルビオンはあくまでも善意の仲介者であって、当事者同士の合意成立が前提であるのです。」「無論です。我らの行き違いに対する後仲介の労には感謝の言葉もありません。」ここからは、一つの様式美というものだろう。或いは定まった形式と言ってしまってもよい。なんにせよ、物事には手順というものがつきものである。ビスマルクですら、善意の仲買人になれるというのであるならば、アルビオンは聖人のごとき仲介者だ。個人的には、是非がでもロマリアに叙勲するように申請したいところだが、どうも列福申請するための手続きが公開されていないのが残念だ。間違いなく列福されるであろうし、間違いなくそののちに列聖されるはずなのだが。「我らといたしましても、アルビオンの御厚意に甘えているのみではなく、自らも行動する意図であります。」頭に浮かんできた取りとめもない戯言を振りはらい、定型句を述べつつ、暗にそちらで調整を任せますという姿勢を示しておく。形の上では、我々がトリステインを説き伏せることになっているが、実際はアルビオンのおぜん立てがなくては始まらない。だから、ある程度アルビオンに譲歩してあるのだ。そうでなければ、今頃隣に座っているラムド伯を筆頭に杖を引き抜いて、アルビオン側に斬りかかりかねない程に、アルビオンの漁夫の利をかっさらっていく行為に激昂している面々が多い。「さしあたっては、捕虜の即時釈放を目指しての捕虜名簿交換と、面会許可を検討しております。どうか、トリステイン側にもよろしくお伝えください。」外交交渉の手土産としては、まあ、無難な範疇に留まるものの、捕虜との面会許可と捕虜名簿の正式な交換によって、ある程度のメンツがアルビオンも保つことができるだろう。トリステイン王党派は、完全にアルビオン貴族らの圧力に抵抗しきることができるほどには、強力でも、間抜けでもない。故に、これで決まりだ。「かしこまりました。ゲルマニア側の残された方々のご期待に応えられるように尽力することをお約束しましょう。」しれっと言ってのけるアルビオン大使にいささか拍子抜けする。たしかに、名目上はそう取り繕う方がよいのだろうが、ここまで臨機応変にやられると見事なものだ。トリステイン貴族の面子をほどよく持ちあげつつ、精一杯の皮肉と抵抗とみれば、実に風流だ。このような機転がきく相手を交渉相手に持てたのは幸いだ。後ほど、ワインをもって訪問するべきだろう。信頼関係を築いて置いて損のある人間ではないはずだ。そう思い、退室する間際に、相手に訪問のアポイントメントを要請し、同僚と訪れる許可を取っておく。「コクラン卿、失礼ながらアルビオン当局に出すワインはゲルマニア産にしていただきたいのだが。」「おや、トリステイン特産のタルブワインではいけませぬかな?」艦隊がタルブに以前寄港した際に、治安悪化と物流網の混乱から大量に貯蔵されていたものをこれ幸いと買い込んだ。そのストックが大量に保存されており、試飲した限りにおいては、再度試飲を試みたくなる程度には、満足できる品質であったと記憶している。ラム酒も良いが、あれは、軍人や身内の気の知れた面々と飲む方が適している。こういった場に持ち込むには、良いワインが最適で、それは地元のワインが最も喜ばれるはずなのだが。「メッセージ性が強すぎないだろうか?ワインそのものの選択には異論がないのだが・・」「ああ、これは失礼。確かに、少々メッセージ性が強すぎますね。」確かに。ラムド伯に言われてみれば、それもその通りだ。ゲルマニアの代表団が、占領地のワインを持って、仲介の労をねぎらいにアルビオン外交関係者を訪れるとなると、いろいろと差しさわりのある誤解を、ある意味では招きかねない。意図するところは、単純に良いワインをというものだが、外交とは、どういうメッセージであると解釈されるかも検討しつつ、行動しなくてはいけないものである。少々、見落としていたようだ。私の顔に浮かんだ納得の表情を見て、ラムド伯も得たりというようにうなずく。「いや、理解を得られてよかった。ヴィンドボナから取り寄せた逸品を出すので、それでいかがだがろうか?」ヴィンドボナからの逸品?この情勢下でということは、政府の蔵から出されたものだろう。実にすばらしいワインであることが容易に想像されてならない。こちらの世界のワインには未だ完全に習熟しているわけではないが、それとなく分かる限りにおいては、良質な物は決して少なくないものの、入手の難易度は高い。なにしろ、ワインの保管技術の問題が大きいのだ。無論、メイジという存在が、保存を容易にしているという側面も無きにしも非ずではあるのだが、ワインセラーから出したワインを長距離輸送するのだ。品質維持にかかる手間暇は容易ではない。そういう意味では、寄港した際にマディラワインを大量に買い込んでいた時代も懐かしいものではなく、切実な経験として感じられるというものだ。「ああ、それは良い。」だから、一流の品質管理が施された最上級のワインを手土産にしつつ、それを飲み干せるということは実にすばらしい。まあ、一種の役得として楽しまざるを得ないだろう。「うん、実に良いものだ。」「渋さの多い我等の要求につきあわせる口直しにはなるでしょうな。」短い要求事項であるが、細則は明示されていないということから、大まかな方針に過ぎない。つまり、吹っかけたこちらの意向で如何様にでも要求を拡大することも可能であり、同時にアルビオンにとっては碌でもない要求ばかりが盛り込まれている。トリステインというアルビオンにとっての食材に、これでもかと毒を盛ったに等しい条項ばかりだ。アルビオンは、捨てるにはどこか惜しく、しかし取るには余りにも負担の大きいという選択を迫られる。「酔えるかどうかは、微妙でしょうな。まあ、彼らには申し訳ないことをした。」ラムド伯に同感である。仕事とはいえ、圧力をかけて、銃剣と銃口で持って要求をのみ込ませることは、よほどのサディストか、鉤十字ども以外のまともな人間にとっては、前向きに検討することが気乗りしない仕事だ。銃剣と銃口を垣間見せるだけで、要求を受諾してもらえたことは喜ばしい。あまりに、厚かましい要求を突き付けてくる鉤十字や、救いがたく愚劣なコミュニストに比較すれば、我等の精神はまともに過ぎるのだ。無論、そのことを主に感謝しているが。「職務ですからな。それよりはまあ、トリステイン貴族の応接役に宛がわれなかったことを、喜びましょう。」私は、ガリア近郊の遭遇戦時に攻撃魔法、おそらくは炎の爆炎というらしい極端な攻撃特化のそれを使ってきたトリステイン貴族子女はよほど、特殊な類かと思っていた。だが、それは、私の思い違いであり、彼女が特殊だったのではないようだ。彼女の場合は単純に子供じみているだけであり、異様にプライドが高く、扱いにくいといった共通点は他の面々にもみられるのだ。「ああ、そればかりは始祖ブリミルの恩寵を感じますな。」現在ゲルマニアに逗留という名目で、つまるところの捕虜となっている面々との折衝は、担当貴族が、怒りと我慢の限界で数人が集まると、その愚痴ばかりになるらしい。応接役の貴族が、何故異様に疲れ果てているのか理解したいものだとおもうのであれば、一日、その職務を見ればわかるという。「では、さしあたっては職責を全うするのみですな。」~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~あとがき最近、多忙につき更新が滞っておりますが、何とか更新を・・・。ついでに、ちょっと書き方を変えてみました。視点切り替えやめただけですが。なんというか、トリステインは魏にとっての漢中みたいな位置づけで。鶏肋とぶつくさ呟く感じで。