ホームパーティの招待状をいただいたときは、何か一品手土産を持っていくこと。これはごくごく常識的な事である。故に、講和会議のお誘い状をいただいた時、お土産をもっていくのはこの常識の延長線上であり、至極当然な行為であろう。誠に残念ながら、我が国の特産品がゲルマニアの舌には合わなかったようであるが。突然のご招待でなければ、もう少し好みに適う物を用意できたであろうに、実に遺憾である。アルビオン外務省条約局長私見録デートのお誘いをする時に、相手の都合を考えない殿方では相手の心を射止めることができませんよと、貴夫人から忠告頂いたことは無いだろうか?幸いなことに、私自身はそのような失敗とは無縁で過ごすことができてきた。しかしながら、女性を無理やり、呼び出すというのはスマートなやり方ではない。ゲルマニアのお誘いが執拗である上に、要点を押さえているのは忌々しくも事実だが。クルデンホルフ大公国外務卿日記会議の仕方について話そう。やり方は三つある。一つは、人が集まるまで待って穏便に始めるやり方。最も協力を引き出すということに関してはこれが、最善だ。まあ、時間がかかるが。もう一つは、集まった面々でとにかく話せることから話すという方法。これは、物事を段取り良く解決する上では有効だ。でも、状況次第では前提条件が足かせとなりかねないために上手くやるのは難しい。最後のやり方は単純だ。呼びつけて、こちらの案を杖でのみ込ませれば良い。飲めない?焼けば、水を求めて勝手に飲むまでである。ゲルマニア艦隊司令部の談話{フッガー視点}「つまり、我々としては投資した資本が、帰ってこないのではないかとの恐怖が存在しているわけであります。」商売の基本を説明し、コクラン卿が求めている情報を間接的に提供する。それは、他の商会からも求められた一つの圧力交渉でもあり、協力体制の構築でもある。公式には、トリステインにおける空路は、ヴィンドボナを経由せずにトリスタニアへと行ける。だが、実際にそのような空路を取るのはよっぽど急ぎのフネくらいだ。大半のフネは積み荷を降ろし、取引を行うことで、利益を出している。寄港しないという選択は、あまり考えにくい。だから、公式にはトリスタニアへ急行中のコクラン卿が、ここでのんびりと私の前でお茶をたしなんでいたとしても、一向に普通なのである。外部には断じて漏らせないが。「諸々の権利のことかね?正直に言うが、旧トリステイン領は、我々にとっては魅力的ではない。」「では、従前どおりの権利が認められるのでしょうか?」荒れ果ててしまっているものの、豊かな土地からの収穫や、利益は決して将来性がないわけではない。多くの権利や利権を抱えている上に、将来的にはゲルマニアの商圏に取り込める地域に経済的な特権を抱えら得るというのは、見方を変えれば、長期的には得をすることも可能だ。まあ、深入りして債権を抱え込んでいるアルビオン・トリステイン系列の商会はその限りでもないだろうが。だから、それらの商会を狼のごとく皆で食らいついて利益を分割しようという発想がヴィンドボナの商会連で生まれるわけである。「徴税権はさすがに中央の権限に関わることであるし、貨幣鋳造権も同様であるが、それ以外は従来通りで構わないとさえ、私は思っている。」っ、さすがに要点は抑えられている。徴税権と貨幣鋳造権が認められないとなると、大商会といえども権益が限定されざるを得ない。なにしろ、トリステインの徴税権や貨幣鋳造権を倒産したトリステイン関連資本を有するアルビオン・トリステイン系列の商会から買いたたくつもりであったのだ。それが、国家に回収されるとなると、利権としての価値は大幅に低下する。「そこは、どうにかしていただけないものでしょうか?」「一介の軍人には、過ぎた仕事だよ。ミスタ・フッガー。私は、双方にとって納得できるパイの分け方を提案したつもりなのだが。」「良く理解いたしております。ですが、我らも泉が無ければ、壊死しかねないのです。」パイの分割が公平に半分であるとしよう。だが、我らはいくら食べても限度が無い。言い換えれば、いくらでもパイを必要とすることが可能なのだ。飢えを恐れるくらいならば、飽食の批判を受ける方が、安心できる。「ここに、北にで二つだ。西方に求める必要があるのだろうか?」「水瓶は、多く用意するべきです。同様に、泉も多くあることが望ましい。」水が枯れれば、おのずと生きてはいけなくなる。その命をつなぐ貴重な泉は一つあれば生きてはいける。だが、それを失う恐怖を思えば、一つでも多く持っていたいと願うものである。「水瓶があれば、我々はそこから飲んでも構わないのかね?」端的に言うとこちらの金で何事かをしたいということだろうか?まあ、確かに旧トリステイン領の再開発や整備ということには何かと物入りであることは想像がつく。そして、ある程度の投資を行えば元手が回収できるであろうことも予想がつく。まあ、さほどの利益は出ないだろうが、水瓶を確保できることを思えば協力は惜しむべきではないのかもしれない。北部開発にしても、足元の利益を見すぎると転ばされそうになったものだ。「枯らさないことをお約束いただきたいのですが。」「ああ、それは確約しよう。なに、畑にまく水が欲しかったところだ。」{ラムド視点}予備交渉というものは、あくまでも名目上は双方の要求を突きつけ合う会議である。だが、誰に、何を、突き付けるかということで意味合いが大きく異なってくるものである。例えば、アルビオンからトリステインの利益代表国として駆けつけてきた、アルビオン外務省に、トリステイン王家としての賠償を要求するのと、現地での停戦交渉の責任者格である諸候に撤兵を要請するのでは全く意味合いが異なる。逆ではいけないのだ。同時に、予備交渉と称して、交渉の場を常設にしないことで、交渉を開く場所をめぐって駆け引きをする余地が生まれる。今回は、アルビオンまで出向いているが、次回はどこになるかは未知数だ。そして、予備交渉から毒は仕込むものである。「賠償金、2500万エキューを要求します。これは、主として戦費の補填であります。」暗に、トリステインを持っていくなら、その分を払えよという要求を突き付ける。漁夫の利を漁るのならば、それ相応の出費を覚悟してもらわねばならない。トリステインから絞りとろうと考えるならば、王宮でも売らねば、金はひねり出せないだろうが、アルビオンはまだ肥えている。資金援助をせざるをえないことを見越して、少々吹っかけてある。払うのを渋るのであれば、いくつかの領地を分割させるまで。「また、現有占領地に関しては、ゲルマニアに割譲。一部の諸候領も譲っていただきます。」金と土地。たとえ、統治が困難になると予想されていても、それらの獲得なくして従軍した貴族らの不平不満は抑えられないだろう。従軍した中小貴族らの大貴族化は避けたいとはいえ、選帝侯らの権力拡大につながらないだけましとするほかない。「しかし、今回の戦争は、偶発的な暴走がきっかけ。関係ない貴族らまで処罰すべきと?」「アルビオンのご発言は、公正の精神が発露されたものと確信いたします。故に、我らもその意向に同意するものであります。」こちらには、面倒事を全てアルビオンと大公国に押し付ける秘策が用意されている。連中が、我々に分割する領土を最小限に抑えて、残りを併合してしまおうという計画を練っていることは把握している。無論、いかにして併合し、諸候の首を抑えるかということは未だに判然としないものの、手段はともかく目的は容易に予想ができる。で、あるならば、その妨害に努めるのが極めて自然の帰結だ。「ですが、王家に責任なしとは申せません。無論、本来は無関係の諸候への追及は無用でありますが。」言いたいことはたくさんあるが、要は資金を出して、領地を割譲するのはそっちで見つくろってくれて構わないということだ。むろん、実際には我々が散々口を挟む上に、要求を要望という形で突き付けていくことになるとしてもだ。これから、消失する王家に責任を取らせてしまえばよい。大公国とアルビオンはその線で一致している。まあ、王党派がどう動くかは未知数であるにしても、これは大きな意味をもっている。王党派は首根っこをアルビオンに抑えられており、大公国は債務者でもある。逆らえるかどうかは、まず無理だろう。まあ、債務が危なくなっているから、大公国が出張って来ているともいえるが。「では、諸候の領土に関しては、交渉の余地があると?」「いえ、現在我々が占有しているエリアはその最終的な帰属が王家の直轄領でありましょう。あくまでも、その貴族が委託しているだけなのですから、交渉の必要性が無いように思われます。」交渉する気なんぞない。“我らが血で持って贖った大地である。わずかなりとも譲歩はできない。”こう軍部が主張しているのだ。下手な譲歩は、辞表では許されないだろう。向こうも、先祖伝来の領地であると叫ぶ貴族がいるので、お互いに難しい交渉になるかともおもうが、立場はやはりこちらがやや強い。戦場での働きは、戦術的な勝利であったとしても外交で使える一枚のカードであるのだ。それが、いくつもあるという点で、我らは優位にある。「それなのですが、我々が高等法院から入手した資料によれば、それらは委託ではなく下賜された領土とのこと。」「なんですと?」だが、アルビオンから提示された解答に思わず顔をしかめたくなる。割譲対象にする予定の地域が、全てことごとく、書類上は王家から下賜されたということにされている?アルビオンにとって全くもって都合のよすぎる話だ。まあ、どこかに種はあるのだろう。「こちらがその書類になります。」「っ、そういうことか。」思わず舌打ちをしたくなる。アルビオンに都合のよいように国境線が引かれているようなものだ。タルブにしても、トリスタニアにしても、これでは陸の孤島だ。本来ならば、アルビオンこそがトリステインにおける陸の孤島となり果てるべき交渉で、こちらに提示されたのは間逆の提案でしかない。書類などいくらでも偽造できるし、捏造した文献も有効だろう。恥さえ忘れれば。思った以上に、アルビオンは強欲なようだ。「失礼、どこからこの文章を?」「伝統的にトリステインと友好関係の深いクルデンホルフ大公国からです。」大公国が、トリステイン・アルビオンよりの姿勢を示す?大公国が、トリステイン分割に首を実質的に突っ込むということでしかないではないか。連中、貸した金が惜しいあまりに担保は領土で取り立てる気だ。しかし、それでも債権が回収できるかどうか微妙というのがヴィンドボナの認識ではなかったのか?「ふむ、困りましたな。こうなると、諸候領を我々は併合せざるを得ませんな。」「なんですと?」アルビオン側がこちらに引くことを求めているならば、こちらは断固とした措置をとって交渉に臨むほかないだろう。どの道にせよ、これは予備交渉でしかない。あまりに譲歩しすぎて本交渉の前に、足かせを自らに嵌めるのは愚策極まりないし、背信行為だ。「我々の認識によれば、この地域における諸候は義務の一環として王国に奉仕せざるを得ない立場にあったがために従軍したという認識でありました。」「それがどう関わるのですかな?」「下賜された領地であるならば、軍役免除税という手段もあり得るというわけであります。それを辞して、積極的に参戦している以上、やはり彼の地域に関してはゲルマニアの安全を守るためにも、併合をせざるを得ませんな。」はっきり言うと、それなり以上の貴族らは軍役免除税を払うと称して、この戦役に従軍していない。トリステイン・ゲルマニアの双方がだ。まあ、選帝侯らや大貴族の軍役免除税は貴重な財源でもあるために歓迎できるが、なくても困らない水準ではある。ところが、トリステインの場合それを戦費にあてていたために、実質的に動員に応じた貴族らの諸候軍を維持するだけで限界に近かったという。速い話が、だれも軍役免除を希望しても問題ないという状況だったのだ。「敵を前にすれば、貴族としての義務もありましょう。ご寛恕願いたいものですな。」「義務とは、本来余計な災厄を招かんとする愚者を止めることでありましょう。本筋とは全く異なりますな。」状況はまあ、お互いに軽く手札とブラフを交わしたというところ。次の交渉に備えて一定程度の状況把握ができただけで良しとしよう。取りあえず、厚顔なアルビオンが提出してきた資料の出所と真偽を検証させることにしよう。{ロバート視点}「トリステインは地図から消されるべきかと思いますが?」「国家というものは厄介なのだ。我々が消して余計な逆恨みを買うよりは、穏便にアルビオンが消すことを祈ろう。」トリスタニアへの船上で、ギュンターが私の用意した腹案に少々疑問を提示してくる。そこにある訝しげな表情は、まあ妥当なものだ。旧トリステイン3分割構想ではなく4分割構想を採用し、アルビオン・大公国に加えて、トリステイン大貴族を残し独立させるという方策は一見すれば実に手ぬるく、その実猛毒でしかない。「その、どういう意味でありましょうか?」「下手に一致団結し、反抗されたらまた無駄な戦費が必要となる。主敵はどこにおくべきか?」「対ガリアであります。」結構。その通りなのだ。主要な要衝でもない地域に戦力を引きずり込まれ、意味も際限もない出血を強いられることは本意ではない。で、あるならば、ここで一時的に得られる猛毒入りの餌を食べるくらいならば、潔く毒餌は他の貴族に食べてもらうことにしよう。「その通り。故に、トリステインなど正直どうなろうが知ったことではないが、国境線の引き方で将来に禍根を残すよりは、禍根を与えたほうが後々楽なのだ。」統治の基本は、分割である。古代ローマより言うではないか、分割して統治せよと。団結して、反抗されるよりは、甘い蜜を吸わせて太った生贄を撃たせておけばよい。幸い、こちらにはそれを可能とする手札が数枚転がり込んでいる。ヴィンドボナを経由する際に確認しておいたが、ゲルマニア首脳陣の方策としても特に問題ないとのこと。「では、アルビオンに後始末を任せるのでありますか?」「いや、アルビオンにはせいぜい忠勇な同盟国となっていただく。ロマリアに邪魔されてもたまらないのでな。」ロマリアは実に厄介な国である。私の溢れんばかりの知識欲を刺激してやまない、エルフなる存在を調べる妨害は甚だしく、腐った宗教家というものの典型例があまりにも多すぎる。聖戦などと正気で謳う人間がいるなど、中世かと叫びたくなるほどだ。顔をしかめつつため息すらつきたくなるが、感情を表に出すことは抑えられる。「ロマリアのやんごとなき方々の権益は、アルビオンに肩代わりしてもらうということだ。」任命権一つとっても歴史的には戦争や陰謀に加えて、血なまぐさい欲望が渦となっていたのが中世の基本的な政治だ。この世界が、中世と同様であると一概に断じるのは先入観という枠に捉えられることに他ならないが、オッカムの例えもある。下手に判断材料を増やし、仮定を増やすよりは、単純化する方がまだ解答は見つけやすいだろう。「重すぎて、浮遊大陸が墜落しないか、気になって仕方ありませんな。」「何、その時は大公国あたりが懸命に支えるだろう。」肩をすくめて、従兵にお茶を申しつける。本当にどこからこの大陸に流れ込んできたのか並々ならぬ関心があるにしても、お茶があるのだ。それもごく一般的な趣向品として。中世において、そのような歴史は無かった。となると、ここは大航海時代以降であるはずなのだが、海洋の活用はさほど活発でもない。時代区分が実に曖昧だ。まあ、混沌を楽しむのも楽しみ方の一つであり、知の僕としては楽しむべき事でもあるが。「それに、実際のところ、アルビオンと大公国が接近しすぎている。下手に刺激したくない。」忌々しいプロイセンの忠実な仲介人の策ではないだろうが、アルビオンと大公国の接近は、対ガリア戦略において両国との利害関心事項に差が開くことを意味する。これを歓迎するのはロマリアとガリア程度だ。つまりは、我が国が孤立化され、エスカルゴ共の立場に置かれることを意味している。で、あるならば不和の楔は打ち返す必要もある。「ある程度までは、良い友好国だから大切にしたいがね。こそこそと裏で手を組まれるのはさすがに不快だ。」~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~あとがき後は、後は、講和文章にサインさせるだけなので・・・・。