ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド伝トリステイン戦役、それはジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドが初めてハルケギニアに躍り出た戦争であった。だが、彼が舞台に上がった時、彼が直面したのは、一人のメイジがどうにかできる戦争ではなかった。すでに、如何に負けるかのみが問われていたのだから。だが現実の圧力に屈せず、忠義を全うするという意味において、ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドは真の騎士であった。同時に、彼は真のメイジでもあった。メイジとは、貴族とは何かとの問いに対して、その理想像として彼が今日でも語られる所以は、そのトリステイン戦役末期の活躍にあるとされている。参考(アルビオン:サウスゴーダ)当時、ゲルマニアの国営商会ともすべきムーダの船団が主として南部の寄港地としていた都市。北部のダンドナルド・シティとの定期航路が運航されていた。このため、モード大公に関する政変を受けたアルビオン貴族らが、多数ゲルマニアに亡命する際の足となった。また、その一連の動きによって、極めて政治的に緊張をはらんだところであり、以後のアルビオン王家にとって気の抜けない地域として記憶されている。{ワルド視点}「はっきりと申し上げましょう。ゲルマニアの策を模倣ですな。」「ゲルマニアの策を?」アルビオン外務省は、実に有能な外交官という怪物を有している。だが、彼らは政治の怪物であって、軍事に関しては知識でしか知らない。故に、多少の解説を必要とする。だが、多少で理解できるあたりが、恐ろしい所以でもあるのだが。「トリスタニア襲撃は、主として後方錯乱を目的とした奇襲でした。後方錯乱の模倣で少しでも前線の動きを留めようかと。」ゲルマニアの軍人には有能なのがいたとしか思えない。あのトリスタニア襲撃がだれの発案かは聞き及んでいないものの、あの襲撃の着眼点は実に優れていた。戦争は、メイジが対峙しあって魔法を唱えている前線だけではなかった。すべからく、全ての場所で戦うしかないのだ。「では、つまり、北部で錯乱工作を行われるおつもりだと?」「ええ、そのつもりです。」「しかし、軍用のフネは提供できませんぞ。」それは、考えてある。さすがに、アルビオンの空軍が出張ってくることは無理がありすぎるだろう。それでは、講和の仲介どころか、新たな戦争だ。「心配ご無用。私と部下を運んでいただきさえすればよいのです。」後方錯乱ということを行われた。これは、確かにトリスタニアに対してゲルマニア艦隊による襲撃ということでインパクトが大きく、結果的に混乱を招くと共に事態を悪化させた。その効果が大きいところは、なによりも前線にいたからこそ知っている。それは極めて有効なのだ。で、ある以上その先例に倣って後方錯乱を行い、講和会議に向けて事態を改善できるように取り組むことは有効だろう。それを、手持ちの戦力で可能な策に心当たりがある。「ふむ、それでしたら、ムーダの定期船団があるのでそちらでどうですかな?」「定期船団?」「サウスゴーダとダンドナルドのものが。」ならば、アルビオン外務省に求めるのは、単純に通行許可証のみ。それも、面倒事を避けようと向こうが考えているならば、サウスゴーダまでのものでも構わない。少々手荒になるものの、アルビオンがゲルマニアに最接近するところまでまち、ゲルマニアとアルビオンの領空ぎりぎりまでフネで近付き、後は騎乗して降下するのもありだろう。ただ、定期船団というからには、護衛のフネがついているだろう。振り切るのが厄介かもしれないないが、それにしてもどうにかなる。艦隊の龍騎士隊を振り切ることに比べれば、容易なものだろう。やってやれないものではない。「だが、実際のところ上手くいくのかが。」懸念される材料であると。暗に、そう伝えてくるアルビオンの意向は単純だ。後方錯乱で足止めができることには期待しているが、一方で失敗されることで面倒事が拡大することを懸念してもいる。できれば、大きな損害を出すことなく、解決策を欲しているということだ。だからこそ、私の提案には賛同してもらえるだろう。「少数の精鋭で、大いに暴れ回ってごらんにいれましょう。」戦役全般で痛感したことは、数に抵抗するのは困難だということである。だが、逆に言えば、抵抗せずに逃げるだけならばそう難しくはない。前線で、数の圧力をひしひしと痛感していたとしても、部隊抽出は可能だったのだ。まして、トリスタニアから脱出するのも蜂起軍とゲルマニア先遣隊を振り切ってだ。無論、かなりの困難を伴うものであるのは確かだが、優秀なメイジが本気で逃げに徹すると、拘束するのは手間だろう。当然、追跡部隊として多数の部隊を必要とする上に、労力と物資を浪費することとなる。それは、間接的に前線部隊の圧力緩和につながるに違いない。「なに、魔法衛士隊の精鋭です。さんざんゲルマニアを悩ませてご覧にいれましょう。」「成算についての貴公の言を信じるのは容易。しかし、政治的に場所が悪いのを承知で?」「場所、でありますか?」言われてから、はたと気がつく。この国は、ついこの前政変があったばかりだ。そして、その政変に敗れたアルビオン貴族達が多数亡命していると、トリステインでも噂されたものであった。他国のことゆえさほど詳細が伝わってくることはなかったが、それでも南部の有力な貴族らが国外、つまりゲルマニアに亡命したとは耳にしている。ゲルマニアが、アルビオンとの関係に配慮し、ヴィンドボナではなく北部に場所を提供したとも。「さよう。亡命貴族達という問題に火をつけるわけには、行きませぬな。」過度に締め付け上げると、叛乱の火種をさらに招くことになる。かといって、放置していると示しがつかずに、王家にとっても望ましくない。であるならば、友好的な他国で、何もしないでいてくれるのがアルビオンにとっては理想的である。逆に、その付近に新たな火種をたてられることは本意ではない。むしろ、状況次第では積極的に鎮定に努めても不思議ではないのだ。「ですが、逆にそれだけ重要な地点であるかと。」「それは確かに。」しかし、この講和会議における政治的意味合いを鑑みるとその政治的な複雑さは決して無意味ではないのだ。アルビオンからのお客人達が多い地域で火種が燻っているということは、アルビオンとの関係に決定的な亀裂をきたしかねない要素であると共に、客人の面倒すら見ることができないという意味において、ゲルマニアのマイナス要素足りえ、結果的にトリステインにとっては利益となる。同時に、それはゲルマニアに対するアルビオンのアドヴァンテージにもなるのだ。「しかし、わがアルビオンが敢えて同意するに足るかは、明言しかねるものがあるか・・」だが、それはあくまでも一つの側面にすぎない。アルビオンにとって得る物もあるが、同時に多くのものを危険にさらす選択肢なのだ。確かに、この仲介で利益を得ることは期待しているが、それはなにも無益な犠牲を払っても得なくてはならない性質のものでは断じてないのだ。故に、このアルビオン人は利害計算を持ってある程度の利益が見込めることを確信しつつも、躊躇いも覚えている。「ですが、代替案は他に現状では持ち合わせが。」「むう・・・」「はっきりお聞きしたいのですが、最大の懸念材料は何でありますか。」効果的である可能性が高く、かつリスクも大きいことは承知している。だが、アルビオン最大の懸念は、どこにあるのだろうか?それ次第で、行動するかどうかを決断することにもなる。アルビオンを、仲介者として信じてよいか。それもかかっているといってよい。我々は、確かに仲介者を必要としているが、必ずしもアルビオンである必要はない。より言葉に正確さを求めるのならば、ガリアやロマリアよりもアルビオンがまともな仲介者としてほどほどの利益を追求するだろうと判断しているのだ。それが、トリステインを完全に貪るだけであるならば、他に当たるほかない。「卿の暴走。つまり、高度に政治的な判断が求められる作戦を行えるかということに尽きる。」「私の政治的な判断力に疑問があると?」「卿、というよりもトリステイン貴族全般だ。」「それは、侮辱と捉えざるを得ませんが。」小国とはいえ、貴族全般の判断力を疑われるとあっては、物申さずにはおれない。確かに、不手際が多かったのは事実だ。祖国の舵取りを誤ってしまったとの貴族としての自覚もある。だが、それをそのように侮辱されて甘んじられるほどには、ないのだ。全ての貴族が、そのように自身に誇りを持たないわけではない。リッシュモン卿のような叛徒は、誇りはなくとも生き残る才覚があるだろう。どちらにしても、判断力が皆無と断じられるのは異論がある。「無論、暴言であることは理解する。」「では、あえてそれを言われる理由をお伺いしたい。」「未確認情報だが。徹底抗戦を主張し、降伏しようとしたロマリアの坊主ごと敵を吹き飛ばしたとの情報がある。」一瞬頭が凍る。降伏、そう、降伏しようとした教会関係者ごと攻撃?貴族が、メイジが、そのようなことを?「なんですって!?」どこの馬鹿ものがそのようなことをしでかした!?思わず、叫びたくなる。政治的な汚点だ。外交的には大失態だ。徹底抗戦はよい。まだ、良いのだ。日和見に走るわけでもなく、貴族として国に準じるのは美点だろう。だが、貴族としての誇りや、メイジとしての善悪すらわきまえない程の愚か者がいたことに、目の前が真っ暗になる。「あくまでも、裏付けが取れていない情報に過ぎない。だが、そういう噂が流れるほど、貴国の統制には疑問がつくのだ。」「一部の暴走でありましょう。魔法衛士隊は精鋭、それに我々は誇りを持ったメイジであります。」そのような、愚か者と同一視されることは耐えられない。私は、私の部下と属僚たちは、貴族として、メイジとしての誇りを持っているのだ。私自身、私の小さな婚約者に恥じないメイジであろうと志している。我々は、賊ではないのだ。誇りあるトリステイン貴族にして、思慮深いメイジであるのだ。「貴公の人格は信ずるに足る。だが、それは私という一介の私見に過ぎない。全体での保証がないのだ。」「ふむ、では、こういうのはいかがですかな。」「なにか。」聞き返してくる相手の顔を見詰めつつ、言葉を口で紡ぐことに一瞬ためらう。だが、他に方策はない。どのみち、遅かろうと速かろうと相手から要求されるかもしれない提案なのだ。ここで、提案しておくことで、祖国に利があるならば、やむを得ない。これならば、無碍にもされずに済むであろうし、アルビオンに対する我がトリステインの誠意の表明にもなる。「我々が、アルビオンを離れる間のアンリエッタ姫殿下の護衛を、貴国の王太子殿下にお願いするというのはどうでしょうか。」「・・・よろしいのか?」さすがに、相手もこちらの意図を窺うように問いかけてくる。その意味するところを理解すれば当然だろう。実質的に人質か、よく言えば、王太子の婚約者候補としてこちらから差し出すというに等しいのだ。アルビオン貴族達がそれを望んでいると知っているからこその提案。あまり、愉快なものではない。祖国を、王女殿下をお守りするという魔法衛士隊の副隊長としてはあるまじき提案。だが、それすら祖国に、王族の方々に忠義を尽くす提案となるとは。「王族の方々の護衛にあたる魔法衛士が抜けるのですから、当然の処置でありましょう。」「それは、独断では?」これは、最終確認だろう。さすがに、この手の提案を手放しで受け入れることのできる貴族はいないはず。なにしろ、事が大きすぎる上に、一歩間違えばどうしようもない没落につながりかねない程の懸案事項なのだ。逆に言えば、成功すればとてつもない成果となるわけであるが。「護衛任務に関しては、小官に一切が任されており、問題はありません。」トリスタニア脱出以来、メールボワ侯爵は政治的な問題を、私が護衛等軍務を管轄してきた。確かに、政治的な要素が大きすぎるのは事実だ。だが、代替案が軍人として私には他にない。そして、メールボワ侯爵にこの旨を提案しても同意を得られるだろうとの確信が私にはある。「政治的な意味合いを理解してなお、行えると?」「理解し、提案しております。」最悪の責任は、一切を自分が引き受けよう。それで、部下やメールボワ侯爵には申し訳が立つ。「そこまでの覚悟があるならばこちらからも一つ。」「なんでしょうかな。」「数名ほど、腕を発揮してほしいものがおります。」「それは、どういうことですかな。」「アルビオンを守る免罪符とお思い頂きたい。それをやっていただけるなら、支援できる。」「・・・わかりました。」ムーダ サウスゴーダ・ダンドナルド定期航路船団護衛艦隊旗艦、リュツァー 航海士日誌サウスゴーダ入港。道中の総評を兼ねて、艦隊司令部が会食を開催。4人の船長達からは、船団の規模が小さすぎるために各フネが過積載気味であるとの意見が出される。特に、木材需要が高いアルビオンに対する輸出が活発化していることと、ヴィンドボナ向けの毛織物の需要が高いために船団規模の拡張も必要かもしれない。帰国後、上申する必要あり。本航海が処女航海となる新造のグルッツァーは、最近の対空賊戦闘の戦訓や、トリステイン戦役での長距離航行の必要性が反映されたという売り込みの新造であるが、単一のフネとしては優れた物であるというのが、艦隊一同の認識。定期航路の護衛が本艦とグルッツァーのみであることは、当初は不安要素であったが、現状ではその問題に関しては解決できたと言える。快速性に優れ、小回りのきくグルッツァーは、運動性に関しては理想的なフネであるだろう。ただ、あまりにも風石を必要とする点が課題。船体の規模に対して風石の使用量と搭載量が従来のフネをあまりにも上回る。「主力にはできないでしょうな。」グルッツァーの艦長自身の言葉であるが、その通りだろう。風石の浮力を最大限に活用する設計の上に、長距離航行を念頭に置いたために、軽武装の上に風石の搭載量が多すぎる。大量の積載風石によって、航続距離は長距離を保ちつつ、風石の力で機動性を獲得するという設計自体は優れているものの、主力として運用するには絶望的だ。フネの足が速くなったとはいえ、龍騎士を振り切れるほどではないのだ。使い勝手は良いかもしれないが、対龍騎士戦闘を考慮すると軍用としては疑問が残る。軽武装ということは、打撃力も乏しい。重コルベットの速度改善を図るほうが実用的かもしれない。空軍で常に議論されている快足と火力の問題はいつまでも改善できないでいる。サウスゴーダで積み込み作業監督中に、二件の政治的な要因がある乗客があるとの報告あり。ムーダの船団にアルビオン貴族が乗船。状況から見て、亡命貴族と思われるとの報告あり。同日、市街地で衛士とメイジが争ったとの報告が入ってくる。おそらく、厄介事を持ちこんできたのだろう。とにかく、何事もなくさっさとダンドナルドの当事者に引き継げることを望むのみ。そのほかに、酩酊した水夫がアルビオン当局に保護されたとの知らせがあり、引き取りに行く。喧嘩に発展していないことを始祖に感謝。入港許可証の更新時に、担当者と顔を合わせる際に気が重くならないのは何よりも重要だろう。積み込み作業の進捗状況も順調。すでに、小型の2隻は積み込みを完了し、水夫が他の手伝いに駆り出されている。会食後、アルビオンで収集した情報をオフィサーで整理。やはり、ガリアの手が長いのではないかと囁かれる結果になる。ヴィンドボナの商会支店経由で現地の情報を入手。どうも、北方でオークの行動が活発化しており、羊の飼育に影響が出ている模様。これは、帰国後に報告し、注意しておく必要あり。{ワルド視点}ゲルマニアのムーダ船団への潜伏は驚くほど容易であった。元々、訳ありの乗客、本来はアルビオンからの亡命貴族を受け入れるために、アルビオン領内での身分確認を意図的に行わないでいることがこのような形を可能にした。私と、数名の部下が使い魔として騎獣を連れてフネに乗り込んでいるが、大凡疑われてすらいない。「配置を把握しました。武装したクルーは少数。いずれもただの平民です。」「我々は、フネの内部に不慣れだ。荒事は避けた方がよい。」アルビオン軍人ならば、フネの内部で戦闘する経験も豊富だろうが我々にはその経験が不足している。空軍の軍人ならばともかく、魔法衛士隊では、さすがにそこまでの訓練はできていない。故に、いざとなったら騎乗し、各人陸地に降下することを想定したが、それほどの必要もなかったようだ。「幸い、浮遊大陸はかなり大陸に接近している。数日中には始められるだろう。」「では、せいぜい英気を養うことにいたしましょう。」そう言い、何食わぬ顔でフネの食堂へ向かう部下に、それとなく距離をとって続くことにする。元々、厳しいフネの労働を想定し、この食堂で出される食事は量がある。アルビオンの食事よりは、まだゲルマニアの食事の方が微妙に口に合う上に、これからの作戦行動を考えるならば、食べられるときに食べておくにこしたことはないのだ。平時では、手づかみで食事をかきこむということは、蛮族の仕業であると信じていた。確かに今でも、指揮官は最低限の威容を保つべきであるのは間違いないと信じているが、しかし、無駄な作法に拘泥して前線で飢えるよりはどこかで妥協する方を選ぶ。「ふむ、良いワインだ。すまないが一本いただけるだろうか?」「おや、お分かりになりますか?最近、ガリア産のワインが流れていまして。」ガリアのワイン?ふむ、確かに悪くない。だが、アルビオンまで運びこまれることを考えると、かなりの距離を運ばれているのだろう。そう言えば、耳にするのはガリアの密偵が各国に出没しているという事実だ。案外、そう言った連中が表の顔として売りさばいているのがこのワインなのかもしれない。まあ、純粋にワインとしてこれは楽しむことにしよう。決してものそのものは劣悪ではないのだ。秀逸であるといってもよい。「ああ、構いませんよ。」白いパンに、新鮮なサラダとチーズと火の通った肉、加えてワインだ。前線では到底望みえない食事というほかない。せいぜい薄い野菜スープに固いパンを浸していた前線からすれば、到底望みえないものがいとも容易に、他の地で手に入っている。改めて、祖国の置かれている厳しさがひしひしと実感されるというものだ。まあ、諸候軍の貴族達は何故か知らないが、豊富な食料とワインがあったようだが。「考えすぎだな。ふむ、馳走になった。」礼を述べて船室に戻ると、アルビオンで調達した本に目を通すことにする。読書の習慣は、戦争が始まってからは暫く絶えていた。おそらく、後方錯乱の任務が始まると、すぐにその暇もなくなるだろうが、現状ではこれに最適な環境がもたらされている。アルビオンはさすがに歴史ある国家の一つだけあり、普通眼にするようなものとは異なり、いくつかの貴重な古書を目にすることができていた。むろん、それらを買うことはできなかったが、タイトルを確認することができただけでも成果だろう。今手にしている一冊にしても、これはトリステインではアルビオンからわずかに流れてくる程度の代物だったが、アルビオンでは纏まった数が出版されている。アルビオンの古典や資料を使った一冊であるだけに、これはこれで面白い。{アルビオン視点}ウェールズ殿下、アンリエッタ王女の護衛に。その一事は、大貴族達にとって待ち望んでいた状況にまた一歩近づいていることを確信させた。トリステインの数少ない王党派、そのうるさい連中が譲ったのだ。名目上は、縁戚関係にあるアンリエッタ王女の護衛に万全を期したいと、アルビオン王家の好意という形をとっている。だが、それは結局実質的には、アルビオンにトリステインが頭を下げる形を最終的には意味していると見られていた。「恐れながら陛下、ウェールズ殿下の婚約者としてアンリエッタ王女は理想的ではないのでありますが。」しかし、少なくともアルビオン外務省はこの事態をあからさまに歓迎する風潮とは無縁であった。確かに、陸地は欲しい。だが、それは親戚として継承するということも選択肢として有望なのだ。少なくとも、トリステインとアルビオンの血のつながりは決して薄くないのだから。むしろ、これ以上トリステインの血を取り込むよりもガリアやゲルマニアとの関係を考慮すべきではないか。その種の議論が、アルビオン外務省では密かに繰り広げられている。ゲルマニアが格下であるとしてでもだ、実力はすでに十分な脅威に発展しているのだ。これ以上のトリステイン接近は危険すぎる。「良い。今はあれの好きにさせておけ。」「陛下!ことは、アルビオンの将来がかかっております!」「わかっておる。だが、余にはガリアが今一つ信じられん。」思わず、声を荒げて詰め寄りたくなるが、彼もまたガリアのことを心底信用しているわけではない。例えば、ガリアのイザベラ王女などを王妃にお招きすれば、堂々と北花壇騎士団が従者としてアルビオンを併合するためにやってくるだろう。案外、結婚初日にウェールズ殿下が急死することすら、ありえると勘ぐっている。「陛下、せめて諸貴族の動きを掣肘していただけませぬか。これでは、既成事実が先行してしまいます。」とはいえ、だからと言ってここで選択肢を望まぬままに選ばされるのは、外交当事者としては望ましい、望ましくない以前に論外なのだ。選択すらできないとなると、行動の余地は極限までそりおとされる上に、行動が他国に容易に予想されてしまうのだ。行動を予想された外交は、あまりにも無力だ。むろん、示威的に行う選択肢はある。だが、示威とて示威するという意図が決定するまでは隠蔽しなくてはいけないのだ。「難しいであろうな。卿も分かっておろう。」「はっ、出すぎたことを申しました。陛下、これにて失礼いたします。」北部の貴族達は必ずしも現状の王家に対して不満や含むところが皆無ではない。そして、行動の掣肘を彼らは望まないだろう。王家としても、徒な行動は王家の威信失墜や実際の威令を徹底することの困難さを招きかねない以上、不用意には行動し得ないでいる。先の政変は未だに、アルビオンに対して痛々しい傷痕を残している。対外的には、傷はほぼない。だが、内部を蝕んだ傷は、アルビオンを確実に痛めている。故に、アルビオン外務省の基本方針は、20年の安定であった。だが、眼先に大陸領という巨大な利権が転がって来てしまっている。これが目の前に転がっているのを見過ごすことも、いまのアルビオンでは難しい。難しい外交交渉がアルビオン外務省には課せられているというほかない。無論、本懐であるが、しかし、厳しいものがあるのは事実なのだ。{ワルド視点}結局、船団は平穏無事に航海を完了し、ダンドナルドを視野に収めつつあった。すでに、フネは高度を下げつつ着陸に入っている。我々はここから二手に分かれて行動することになっている。私の遍在が指揮する一団が、入国する時点である審査場で我々ごと襲撃。その混乱に乗じて侵入を行う。「手はずが整いました。」「気取られるなよ。では、行こう。」そういうと、ごく自然な態に偽装しつつ、騎獣を連れて入国の審査を行っている方向にゆっくりと歩き出す。状況は実に予想通りだ。一応、犯罪者の密航を警戒しているとの情報通り、衛兵が立っているものの、杖は所持している気配がない。メイジが圧倒的に不足しているとの情報も正しい可能性がある。そうであるならば、活動はより容易になる。予断を持って判断を行うのは危険だが、頭に留めておくべき情報かもしれない。「ようこそ、ダンドナルドへ!当シティは帝政ゲルマニア領、ロバート・コクラン辺境伯管轄下の地域となります。アルビオンとゲルマニアの許可証をご提示願います。」「おや、アルビオンのもかね?まあ、仕方ない。」そう呟き、如何にもといった態で騎獣の背嚢に手を伸ばす。これが、合図であった。この瞬間に、遍在が一斉に詠唱を開始。ゲルマニアの国境側から一斉に攻撃魔法を放ち、初弾が盛大に審査場へ直撃する。「何事だ!?」「魔法攻撃?クソッ、我々を売り飛ばす気か!」「王家からの追手か!?ええい、ゲルマニアめ!図ったな!」アルビオンからの亡命貴族達が、ゲルマニアから攻撃されたらどうなるだろうか?当然、亡命先に売られたと判断するだろう。そして、自らの安全をはかろうとして何とか、活路を求めて脱出を図る。一方、ゲルマニアの動きは低調ならざるを得ない。アルビオンからの亡命貴族を、誤って攻撃するわけにもいかず、結果的にどうしても事態の収拾には手間取るだろう。当初は、メイジ等が展開されている厳重な警備を想定したためにこのように、段取りをつけたが、しかし、メイジがほとんどいないとは。これでは、教皇突破したほうが効率は良かったやもしれない。「ええい、散れ!散れ!」如何にも、誤解したという態で、一気に部下達があちらこちらに散らばっていく。合流場所まで一気に駆け抜けたいところだが、まずは私自身もここから立ち去らなくてはならない。そういうわけで、盛大に杖を引き抜き、煙幕を張り巡らすと、騎乗し一気に国境を超える。ここを越えれば、後は広大な森が、丘陵地が姿を隠してくれるだろう。地理に不慣れということもあり、当分はこの地域を探索することになるが、ある程度の事前情報は収集に成功している。今は、まずできる範疇での情報収集と、地理把握だ。集合場所は、ダンドナルドの北方にある鉱山地区。まずは、その近隣で属僚と合流しなくては。{ミミ視点}「ミス・カラム!至急です!」書類の海で、広大な海の広さを否応なく実感させられる執務室に歩兵隊の伝令が駆けこんできたのは、日がそろそろ沈み始めようとするときであった。うんざりするほどの、職務をこなしてきただけに、いい加減追加の職務に辟易としつつも儀礼的に笑顔を浮かべ、責任者として落ち着いた対応を取るように心掛けて、応じる。「何事ですか?」「船着き場で戦闘です!詳細不明!アルビオンからの亡命貴族が襲撃されたとの未確認情報もあります!」「は?・・・船着き場で戦闘!?」思わず椅子を倒して立ち上がり、詰め寄って問いかける。船着き場、つまり空からの玄関口で戦闘?アルビオン亡命貴族が襲撃された?しかし、誰によって!?アルビオン?ガリア?いや、ロマリア?まさか、本当にゲルマニアから?いや、誤報や欺瞞情報の可能性もなくはない。とにかく、情報。それを集めないことには始まらない。「臨時召集を!今すぐに動かせる兵をすぐに呼び出しなさい!」兵力自体は決して不足してはいない。しかし、それは動員が完了してからの話。現状では、手元にある兵力は乏しく、広く薄く展開している以上、集結させるだけでも時間を必要としてしまう。一応、城館の警備要員や、最低限の訓練中の部隊も合わせれば最低限の部隊は形成できるものの、それを投入すべき対象が多すぎる。そして、主力のメイジは対トリステイン方面を意識した配置となっている。破れかぶれになったトリステイン空軍の強襲を警戒し、いくつかの哨戒地点に分散されている以上、集結させるべきかどうか迷うところというほかない。一応、ここまで侵入された場合を警戒し、虎の子の龍騎士隊が展開しているものの、これも一個中隊しかない。下手に動かせる余力が全くないのは、失策であった。「はっ、ただちに!」「ミスタ・ネポス!アルビオンからのご客人たちの警備強化を!」担当している、ミスタ・ネポスも事態を理解している。ただ、問題なのは兵力なのだ。アルビオンからのお客人、つまり亡命してきた面々にはさほど護衛が用意されていない。まず、こちらの兵力に囲まれることをそもそも嫌われたこと。次に、アルビオンとの一種の政治的合意から、護衛戦力がさほど必要とは想定されていなかったこと。最後に、余剰戦力にそれほどこちらの余力がなかったということがある。それらが重なり合った結果、実質的には彼らの自衛に任せるしかないのが現状なのだ。「兵はどの程度いただけるのでしょうか?」「動員の完了次第、2個歩兵中隊をそちらに回すが、それ以上は無理!」無茶を言っている自覚はある。一応、アルビオン亡命貴族が一定の地域に集まる傾向があるとはいえ、さすがに護衛対象は分散している。その上に、そもそも2個歩兵中隊ではメイジが相手では、襲撃してきた際に分散配置では対応できない。「しかし、それでは、十全な警備どころか、地区の維持すら・・・」「それ以上は、ないわ。」とは言え、手札は全て使ってしまっている。動員が完了するまで、約3日間。手持ちの戦力でやりくりするしかない。一応、事態が把握できれば龍騎士隊を投入することも可能であるが、同時に龍騎士隊は貴重な伝令でもある。下手に飛ばすわけにもいかないという問題が厄介な問題としてある。「わかりました。できる限りで、最善を尽くします。」「まったく、手持ちの兵力が、足りなすぎるわ・・。もう少し、常備兵を次からは配置しておきましょう。」{ワルド視点}集合地点には全員がほぼ完全な装備で集合できた。とは言え、人数が二桁にも呼ばないような少数精鋭主義なのだから、脱落者がいないことを喜ぶよりも、集結に手間取ったことを嘆くべきかもしれない。同時に、この地のゲルマニア軍は良く整えられているというほかない。すでに、数回哨兵が鉱山付近を警戒しているのに接触しかけた。だが、事前情報通り、メイジは別方面に展開中とみてよいだろう。「まず、当面は根拠地を獲得する。情報によれば、亜人対策用の拠点がいくつか設置されているとのことだ。」「では、そこを確保し、仮設拠点に?」「その通りだ。運が良ければ、備蓄物資も確保できよう。」物の本で読んだ限りでは、辺境開拓の任に当たる諸候は必ず亜人に悩まされているという。実際、アルビオンでも北部の亜人は完全に討伐するには至っていないことを考慮すると、広大なゲルマニアの辺境部で亜人に悩まされるのはある意味自然な事。それに対して、諸候軍が備えを行っていない方がおかしいのだ。そして、鉱山地区近隣にはすでに放棄された仮設拠点がいくつも途中で散見された。もう少し北方寄りに移動すれば、今も使用可能な状態にあるものが見つかってもおかしくない。「また、亜人との交戦は極力慎め。下手に騒ぎを起こさないことを徹底。」「了解であります。」杖剣を手に各人が、北方への探索と、情報の確認に走る。その中で、遍在を連絡要員に貼りつけると、私も森の影に潜みながら、探索に加わる。騎乗し、空から探索する方が容易ではあるが、それは目立ちすぎるとして却下した。哨兵の探索が想定以上に頻繁であり、発見されるのがほぼ確実である以上いたしかたないが、時間がかかりすぎるのではということが不安要因として湧いてきた。諸候軍の動員が完了するまでに、時間があまりないとみている。早めに行動を行わなくてはならないのだが。「諸君、予定と異なり空からの探索は困難だ。遅延しているが、行動を繰り上げられるように、最善を尽くしてほしい。」本作戦の最大の目的は、我々の存在感の誇示と、威圧でしかない。だが、それだけに、虚勢であって、局地的な有意に過ぎないとしてもゲルマニア軍を翻弄しなくてはならないのだ。{ネポス視点}「つまり、アルビオン貴族を狙ったものではないと?」動員に忙しい中で、開かれた緊急の会議。そこで、提示した案は予想通り、盛大な疑念の提示で迎えられることとなった。無論、自分自身でこの結論に至るまでには念には念を入れて確認を行ったが、どうしても結論はそうならざるを得ない。「はい。収集した情報を分析すると、トリステイン軍かと。」トリスタニアから逃げている一隊が、アルビオン経由でゲルマニアの北部入り。ご丁寧に我々のムーダを使用して、浮遊大陸からこちらまで訪れるという念の入れようである。「ミスタ・ネポス。トリステイン軍はここにはいないが。」「少数の精鋭かと思われます。」とはいえ、文官の自分達にとってみれば、侵攻してくる軍と言えば、絶対的にきらびやかな軍体という印象があった。それだけに、少数精鋭で破壊工作をというトリステインの方策には少々、対応がまごつかざるを得ないことも理解している。事態が把握できずに、徒に兵力を分散していたために、捕捉もより困難になっている。「少数の精鋭だと?」「では、まさか。」「手当たり次第に荒らされるということか!?」事態の理解が広がるにつれて、出席者達の表情が青ざめることとなっていく。優秀なメイジは、それだけの脅威になりえる。もちろん、軍という圧倒的な集団で蹂躙することは不可能ではない。だが、少数が逃げ回ってこちらの弱点を重点的に叩いてくることとなれば、まったく対処するすべがないのだ。「ミスタ・ネポス。では、今後も襲撃があると?」出席者を代表してミス・カラムが嫌な事実を噛みしめるように確認を行ってくる。そう、一過性の襲撃であれば、その後始末に頭を悩ませればよいが、さらに問題が連続して発生するとなると、それはとてつもなく厄介なことである。「間違いないかと。」「大変結構。ゲルマニアの炎をご覧にいれましょう!」そう言い放つと、カラム嬢は手に杖を持ち、立ち上がる。「お相手仕りましょう。ただちに軍を!」{ワルド視点}拠点構築、警戒線突破。言葉にすると、これだけであるが、敵地で行うにはかなり手間と難易度が高い。だが、私の部下はやり遂げてくれた。亜人の大規模南下に備えて設置してある拠点を発見し、そこの付近に隠蔽された拠点を構築。拝借した物資を活用し、積極的な行動を行い、遂に警戒線の突破に成功。初の攻撃目標は、伝令用の騎獣が集められている駅舎である。広大な北部の連絡線を維持するために、莫大な努力が投入されているが、それらを支えているのは、こういった駅舎の騎獣である。同時に、こういった騎獣がいなくては、軍を動かすことも大きな困難を伴うだろう。「よし、始めるぞ!」杖剣を引き抜くと、騎乗し振りかざす。「かかれぇええ!」~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~あとがき(;・ェ・)更新が遅い・・・orzこれが、ワルドさんがゲルマニアに来るまでの感じです。あと、地理関係がはっきりしないとのご指摘があったのですが、ハルケギニア大陸がヨーロッパに類似しているという前提と、wikiの地図を念頭に置いております。次回も、ワルド視点で、ロバートが帰還し、対峙するところをやろうかなーと思っております。次回、綺麗なワルド伝。騎士対軍人でお送りする予定です。