{ロバート視点}・・・主よ。私は、何を見ているのでしょうか?マタベレが被雷してからというもの不可解なことやどうにも奇妙な出来事が起こっているとは思っていました。それでも、最初のうちは時代錯誤的かもしれませんが、善良なる人々に救助されたと思っていたのですが彼らはいったいどこの国のものなのでしょうか?他国に侵入したとして拘束されて護送されるのは軍人としては致し方ないと納得できるものではありますが護送手段が馬車であるということへの違和感をもう少し早めに持っておくべきであったのかもしれません。未舗装の、街道ともいえないような荒れ道しかなく大量の休耕地が放置されているのはどういうことでしょうか?・・神にすがらねばならないとは。仕方ないとは言えないこともなくはないのだが。いや、そういった瑣末な事象は捨て置こう。・・・魔法とはなんだ?何故、空を飛ぶ? あの、幻獣は何だ?子供のころから愛読している≪船医から始まり後に複数の船の船長となったレミュエル・ガリヴァーによる、世界の諸僻地への旅行記四篇≫は、現実の出来事をまとめたとものだったとでもいうのだろうか?わからないことが多すぎて、混乱する。だが、どうにも厄介な誤解をされているような深刻な懸念がある。それが、何なのかいまひとつ把握できていないのは事態を正確に把握できていないことと同義だ。まずもってよろしくない。カラム伯の元へ護送されるはずだったのだがいつの間にか帝都へ護送されるとのことになっているようだ。帝国?いまさら、欧州の主要国に帝政をとっているのは・・などと考えるだけ無駄かもしれないが首脳陣によって事態が解決に向かっていることを祈るばかりだ。護送車とでもいうべき馬車に放り込まれてからはほとんど放置されているために、現状がいまひとつ理解できないのも事態を悪化させている。思索に耽ることのできる利点は軽視できないものの、やはり情報を集めることが出来ないのは歓迎できない。出来ることといえば、周囲を見渡し観察する程度だ。そのことでは馬車を曳いているのが馬でないことには驚愕したが。護送の要員が変わったわけではないので彼らの服装が日常的なものであることは間違いないはずだ。手織りなのだろうか?私が、ガリヴァーと同様の経験をしているということならばここは産業革命に至っていない異世界と考えるべきなのであろうか?さすがに、ここまで奇怪な幻獣たちが跋扈する地域を我が祖国の探究者たちが見逃すということは考えにくい。彼らの好奇心がこのような地域を見逃すはずがないからだ。祖国の教授陣がこの地のことを知れば、大学の講堂から教授陣が消えかねない。しかし、やはり世界がことなるからだろうか。産業革命以前にしては奇怪な発展を遂げているような分野も散見される。先ほど、宿泊のためによった宿舎の照明は明らかに私の理解の及ぶものではなかった。護衛の要員にそのことを聞こうにも彼らが口を聞いてくれないのが厄介きわまりなく、もどかしい。マリア・クリスティーネ・フォン・カラムと名乗りあれほど熱心に私を問い尋ねた女性も今では何か聞きたそうにしながらも口を開こうとはしない。出される食事は質的にはあまり上質とはいえない上に栄養価にも問題がありそうなものだ。遠洋航海の食事と良い勝負かもしれない。とはいえ、さすがに鮮度はある程度確保されている。だが、陸に上がっているのだからせめて紅茶くらいはまともなものを出してほしいのだが。それすらも叶わないとなるといささか気が滅入るというものだ。せめて、熱い湯くらい出してもらってもよいはずだが。分かったことの中で、複雑なこととしては部下たちが、こちらに流れ着いていないらしいということだ。少なくとも、発見されているとは聞かなかった。バレンツ海を漂流するのと、わけのわからない世界に迷い込むのとではどちらが救いになるのかいまひとつ分からないが・・・。シシリアに手紙でも出せればよいのだがそれも叶うかどうか。ソ連につき次第電信で電報を送るつもりだったのだが心配をさせてしまっているだろうな・・・。物思いにふけっているうちに少しばかり時間が経過していた。どうやら、ある程度の距離を移動したようだ。気がつくと、それなりに発展していると思われる街に到着していた。我が祖国に比べれば、至らないとはいえなかなかに見事であると言えなくもないこともない。にぎわいや人々の活気があり、商取引もあちらこちらで散見される。服装や人種に多様性がないことはやはり遠距離との通商がまだ発達していないからだろうか?それとも、この地が単純に辺境なのだろうか?ただ分かる範疇のことは、やはり城壁をもっていることなどからして火砲の発達はそこまで発展してないと思えるということだ。陸戦はブルタニアで主要戦史を扱った程度だがオスマントルコのウィーン包囲時代の城壁に類似しているような気がしてならない。気になっている魔法がどのように使われているのかいまひとつ戦術発展及び形成に組み込まれているかがわからないが画一的に魔法を行使できるのだろうか?戦力として整備していくのが困難であるならば城壁を攻略する手段を持ち合わせている魔法使い(メイジというらしい)はどの程度各国が保有しているのだろうか?街のつくりは見える限りでと防衛を重視した構造になっている。明らかに経済的な発展よりも都市の防衛を優先しているのだろう。都市国家に近いものがあるのだろうか?そうであるならば、権力構造も複雑で統一された中央政府の存在自体を真剣に懸念する必要もありそうだ。まるで神聖ローマ帝国に飛ばされたような気がしてならないのはどうしたものだろう。あの国の政治構造は極めて複雑というか研究対象としては極めて興味深いと常々考えていた。とはいえだ。都市での防衛を念頭に置いたとしても本拠地まで攻め込まれる時点でどうかとも思うのだが。バトル・オブ・ブリテンで我が祖国の空軍が忌々しい鉤十字どもを大陸に追い返したのも、祖国の地に連中の汚らしい一歩を刻ませないために他ならないのだ。侵略され、守るべき街で敵を食い止めようという発想はまるでソ連そのものではないか。その、忌々しいソ連への物資を搬送していた船団を護衛していた身としては思うところがないわけではないが。そのようなことを考えているうちに、私はある程度の装飾と物がそろえられた部屋に軟禁されていた。漏れ聞こえる話から察するにここが目的地で、私の処遇について担当の要員が決まらずに、困惑していると思しきことまでが察せられた。鉤十字どもや共産主義者よりは理性的に私のことを処遇してくれると助かるのだが、何事も悲観的に備えて置くべきだろう。そう考えていると、数人のメイドによって私の部屋の扉が開けられた。「失礼いたします。」そう言うと、彼女らは手際よく私の部屋に衣類を持ち込んできた。「ミスタ、失礼ですがお召物をおかえください」「こちらに、替えのお召物を用意しております」差し出された物は、ある程度古典的であるもののそれなりに見慣れた礼装であった。いまさらこの程度に動じるだけ無駄であるが、衣類の質ではなくその意味がわかりかねた。これまで道中で渡されていたものもそれなりに清潔なはずだ。捕虜を着飾らせる意味がいまひとつ想像できない。だが、謁見などの可能性は否定できない。処刑するにしても見栄えが良い方が宣伝性を高めるには良いのだから。まあ、敢えてみすぼらしくする場合も逆にあるのだが。「ふむ、何かこれからあるのか?」着替えることにはさして異論もない。だが、状況が理解できないでいるので今後のことを知っておくにこしたことはないだろう。できれば、これから何があるのかといったことが推察できれば最善なのだが。「申し訳ありません、ミスタ。私どもは、何も知らされておりません。」「いや、構わない。」本当に知らされていないのだろう。秘密は知っている人間が少なければ少ないほど守りやすいものだから。この措置は賢明というべきだし、従者に教育が行きとどいていることも称賛すべきことだろう。「それでは失礼します。」そういうなりメイドたちは手際良く退室していった。本当に私に着替えさせることを考えているならば見届けるなり、念押しなりをするだろうが・・。価値観や文化の相違なのであろうか?わかるのは、遠洋航海で他国の価値観や風習に戸惑うことも少なくなかったがここでは何もかもが手探りということだ。だから、状況に応じて最適な行動を取る必要があるのだ。そして、紳士たるもの恥をかくことなくそれらの大半に対応することが出来るように広範な分野に関して懐かしの学びやでは、厳しいマナーを指導された。これでも燕尾服でできない動作はクリケットと、ポロくらいであると自負している。それをやらせる人間に出会いで見しない限り無様な有様を露呈することもないだろう。もちろん、英国海軍に奉職するもの海軍独特の作法も一通りは習得し、幾人かを自分の艦で食事に招待する光栄にも属してきた。だから、ある意味で作法を使うことは日常を意味するのかもしれない。そう考えると、着替えた後に護衛兼執事と思しき人物に宮中の奥へと案内されるときには私はかなり落ち着いていた。見知らぬ宮殿に連れ込まれ、いつの間にか身分ありげな男性と面会する事態になったとしても私は落ちついていることを冷静に確認できている。まあ、ここしばらくの事態で驚きという感情が摩耗してしまっているのではないかと疑ってもいるのだが。魔法使いと出会うのと、同族のような貴族と会うのでは後者の方が精神衛生に良いのはいうまでもないことだ。だが、やはり懸念通り誤解されているようだ。私があった男は私をどこかの別の国の軍人だと誤解していた。私は栄光ある連合王国の海軍軍人である。栄えあるロイヤル・ネイビーの一員であることを誇りに思っていると言ってよいだろう。「で、ありますから小官は連合王国海軍軍人であり、アルビオン王国なる王国の軍人ではありません。」“ここの”、“ここの世界の”というべきか、国家のことは分からないが私に端を発する誤解による外交問題を生むのは私の本意とするところではない。私が、ここの世界の住人でないと理解してもらうのは困難だろう。私自身、メイジ達が飛んでいるのを目にしても未だに半信半疑であるのだから論理的に説明できるかどうかはなはだ疑わしい。だが、それでも微力を尽くすことが私の責任である。常に、冷静沈着であらねば海軍士官など勤まる訳がないからだ。「ふむ、話がだいぶ異なるな。お前の属しているという連合王国とやらはどこに所在するのだ?」「我が祖国は、この地にはございません。」このようなことを認めたくないが、それを他人に論理的に説明しなくてはならないというのも何とも言えない葛藤を伴うものだ。余人にはこの苦しみと葛藤が到底理解し得まい。自らでこの世界において自らの祖国の存在を否定するのだ。「この地にない?」「気がつけば、貴国の民に救われておりましたが、我が祖国はこのように魔法が存在する世界には存在していませんでした。」「異世界と申すか?」与太話と取ったのだろうか?男の声におもしろがるような色が感じられる。無理もない。私とて彼の立場なら同じようにこのような戯言に真剣に耳を傾けるか疑わしい。精神を戦場で病んだと判断するのが妥当なところと考えるだろう。「小官は軍務によって北方の地に赴き、厳寒期の海域で戦闘の末に波にさらわれたのです。通常、生存は絶望的ですがこちらの小屋で救われていました。」「ふむ、余にその軍務とやら語ってみよ」「軍機に抵触しない程度でよろしいでしょうか?」「お前は、ここが異世界だと言うではないか。そうであるならば、いまさら規則を気にする必要があるのか?」「小官は、連合王国に海軍軍人として奉職しており、小官はその職務の求めるところに従う義務を有しております。どうぞ、ご了承ください。」これは、私の誇りと義務に関わることだ。誇りを亡くした貴族など存在する価値はなく、義務を果たさない軍人は、軍人たりえない。私は、ロイヤル・ネイビーに奉職していることを心から誇っている。この誇りを汚すような真似は私が私である限り断じて為すことはありえないだろう。「ふむ、では話せるところを話すがよい。」「ありがとうございます。」さて、どの程度まで話すべきか?産業革命以前の社会に近代的な軍制度について語って理解を得られるであろう。概念としてまったく異なるものであることを前提に配慮する必要があるだろうな・・・。{カラム伯視点}厄介事にはもはや、断固として動じない自信があると日記に書いたのはいつのことだったであろうか?そう思いつつ、帝都より駆け込んできた凶報に頭を抱える。思わず目の前が真っ暗になりかける大問題だ。アルビオン軍人だと娘が報告してきたので、帝都に送った。その判断自体は間違ったものではないにしても、娘の判断にもう少し注意して確認しておくべきだったといまさらながらに後悔する。アルビオン軍人と娘が判断した男は、メイジでもないただの平民でしかもアルビオンとは関係がないことがよりにもよって閣下との会見で発覚したのだから誤魔化しようがない。下手をすると、外交問題に発展しかねないからこそ中央に懸念を回したつもりが悪戯に乱を招くような行動を結果的には取ってしまっている。はっきりというならば虚報で持って他国を誹謗したことになるのだ。「いったい、何があったらそのような誤解が生まれると言うのだ!?」一応、気の利いた者が帝都から急報してくれたおかげで問題が発生したことは把握できている。そうでなくては、帝都からの公式な使者の前で無様に動揺することになっていたところだ。帝政ゲルマニアは、潜在的に貴族の力を削ごうとする中央政府とそれに反抗しようとする貴族たちの抗争が他国よりも激しい。自分自身は、積極的に反抗していく意志はない。閣下への忠誠に関してもある程度は高い方だとは評価していただいているはずだが何ごとにも取り返しのつく物とそうでないものがある。おかしいな、昔はもう少し精神に余裕があったはずなのだが。「伯爵閣下、ウィンドボナより使者が参られました。」ベルディーはいつも聞きたくない凶報を告げてくる。ヤツの仕業ではないとは言え、最近では顔を見るたびに頭痛がしてくる。水のメイジに秘薬を作らせているが最近は効き具合が心なしか落ちてきている。水のメイジを本格的に増員するべきかもしれない。「客間にお通しせよ。」家人に歓迎の指示を出しながら、使者を出迎えるべく玄関へと重い足を引きずってゆく。よほど厳しい案件になるだろうと覚悟し使者に相対した時、使者に見覚えがあることに気が付く。問責の使者ならば私の政敵か少なくとも中立のものを派遣されるはずだが?「久しいな、カラム卿! やつれたのではないか?」「貴殿の来訪の要件で心明るくなれるものがいると思うか?ラムド卿?」中央からやってきた知人と旧交を温めつつ客間へと向かう。思っていたよりも事態は私にとって最悪を避けられるのだろうか?まあ、彼らならば悪いようにはしないだろう。「それで、私の罪状は?」「公式には御咎めなしだ。」「これだけの、事態を引き起こしておいてか?」下手をすれば文字通りに首が飛びかねないと懸念していたのだが。閣下が私を敵視しておらずラムド伯との友誼があったとしてもこれはさすがに想像外だ。動揺を表に出すつもりはないがさすがにこれは意外だ。「これだけの問題事をしたからこそだ。勘違いでアルビオンに抗議していたら閣下のメンツなど吹き飛ぶ。発覚すれば旧態然としたアルビオン貴族どもがどんな難癖をつけてくるか想像もつかない。」実際に、外務に携わるラムド伯の口からはそこはかとない苦笑がこぼれだしてきている。貴族の中でそれなりに忠誠心があり、頭が回り先の見える人物であるだけに厄介事を率先して押し付けられているところは相変わらずのようだ。以前はトリステイン貴族の愚昧さについて激烈な不満を酒の席で漏らしていたがその点についても相変わらずのようだ。愚痴を吐き出す口の友としてタルブ産ワインを片手にしていたので何ともいない光景であったがそれは友人として指摘しないに越したことはないだろう。「だから、なかったことにしたいと?」「卿の手配が適切なればこそ、知りえた人間も多くはない。公式の理由もなく貴族を処罰すればいらぬ腹まで探られかねない。卿は自らの賢明さで家を守ったと考えればよいだろう。」家人が差し出したワインを受け取りつつ、ラムド伯が器用に肩をすくめる。「とはいえ、こちらもいろいろと込み入った事情がある。」「面倒事がやや面倒に変わった程度でもありがたい。構わなければ言ってほしい。」「卿は領民からの申告により、遭難者を拾うも、その男は護送の途中で息途絶えたということにしてもらいたい。尋問する機会もなく身元不明だったと。」そもそも、存在しなかったことにするつもりか?適切といえば適切な処置である。だが、その程度のことで言い淀む男ではない。本題は何だろうか?「本題は二つある。」「伺おう。」「事情を知っている関係者は、幸いにも多くはない。卿の警備隊で、護送に従事していた者たちと発見した領民の口を封じさせることが免責条件の一つだ。」「口を封じろとおっしゃるが、それは二度と口を開けないようにとの要請か?」「卿に一任するとのことだ。漏れた場合はそれ相応の覚悟をされよ」二度と喋れないように口を封じろと命じられなかっただけましとすべきだろう。貴重な労働力なのだ。悪戯に減らすわけにもいかない。ある程度の情報操作で誤魔化し決着をつければよいだろう。さすがにここで失敗するわけにもいかないが、この問題を解決する目処がついただけでもだいぶ違いがある。「二点目に、卿の娘を軍に出仕させること。詳細は明かせないが、誤報の責任もこれでとらせる。」「・・・軍役につくということか?」「詳細は明かせない。ある程度機密性が高いものの、近いうちに本人の口から説明を行えるはずだ。それまでは、何も明かせない。」できるだけ、中央と関わりたくなかったのだが、これでは不可避に中央の宮廷陰謀に巻き込まれかねないのが懸念すべき問題だ。この程度の処分ですんだことを僥倖と素直に思えないのは何故だろうか?「その例の、男については?」「彼については、卿は何も知らない。そういうことだ。」比較的、友人として親交が深いつもりであったが取り付く島もなく沈黙を要求されるとは。それほどに、優先されるべき何かがあったのだろうか?「要件は、以上だ。正直長居できる身ではない。この辺で失礼させて頂く。」「わざわざ、ご足労いただき申し訳ない。」客人には罪はないにしても今晩は久々にアルコールでも嗜むとしよう。そうでもしななければ、厄介さにくじけてしまいそうだ。{ロバート視点}言葉が通じると言うのに、言わんとするところが相手に通じないというのは想像以上に厄介な問題であった。会話の中に名詞を入れるのは誤解のもとであるということは、学習してはいる。だが、やり難さは下手をすれば言葉の通じない相手と対話するようなものに匹敵するかもしれないだろう。だが、幸いにも私が出会えたのは比較的にせよ知識人といってよい要人であったようだ。幸いにして思考に柔軟性も持ち合わせていただけに先入観による誤解が解ければかなり話しやすかった。程度問題であるのは否定できないが、それでもかなり意思疎通を図ることが可能だった。このゲルマニアという国家においてどの程度高位かはさすがに推測に留まるにせよそれなりの地位にある人間に理解してもらえたというのは今後に多少なりとも光明が見えたものだろう。私が、異世界から来たのではないかとの奇抜な意見に対して最終的に理解を示しこの世界について学びたければ図書館を解放していただけるとのこと。申し出れば護衛兼監視付きとは言え、この提案はありがたい限りだ。もっとも、無償で援助してくれるはずもないだろう。私に対価として何を求めてくるかが気がかりだが、だからこそ相手の思考を理解するためにも相手の価値観や世界について学んでおく必要がある。さっそく、明日にでも図書館を訪ねさせてもらおう。{アルブレヒト3世視点}カラム伯からの急報を耳にしたとき余は、歓喜した。アルビオンへ難題を突きつけられるかと思うとあの忌々しい古いだけの連中がどのような醜態をさらすかが目に見えるようであった。(まあ、空軍力が優れていることを認めるにはやぶさかでもなかったが。)それだけに、カラム伯の報告が誤りであったと知ったとき長年、政争に明け暮れていなければ思わず落胆に顔をしかめそうになったほどである。即座に、糠喜びをさせたカラム伯の勢力を二国間の友好を損ねかけた大罪人であるとして処分することを検討したが連行されてきた男の語る与太話を聞いているうちに思わぬ拾いものをしたことに気がついた。この男はメイジでないという。そして、貴族であると。我がゲルマニア以外にそのような国家がありえるのだろうか?男は月が一つしかない世界から来たという。月と魔法に気がついたとき、自らの正気を疑ったと語っていた。そして、男は、魔法が存在しない国で軍人であったという。それは、貧弱なものだろうと考えてどのような軍備であったかと尋ねた。男は、いくら尋ねようと任務については頑なに詳細を話そうとはしなかったが、それ以外に関しては実に多くのことを詳細に細部まで語った。想像もつかなかった。男の世界では鋼鉄の巨艦が海を制覇し、メイジ以外の平民でも空を魔法抜きで自由に飛びまわり、あまつさえ、鉄の馬が大地を走っているという。男の語ったことは荒唐無稽に聞こえるだろう。事実、このロバート・コクランと名乗った男を護送してきたカラム家の令嬢は自らが狂人をアルビオン軍人と誤って護送してきたものと思いつめ、顔色を失っている。ただの狂人であるならば彼女の想像通りに中央政府の集権化を進めるためにカラム伯家はすりつぶすつもりであった。しかし、今はそのようなことは考えていない。カラム伯家の廃絶を余に思いとどまらせたのはこの男の言にいくつか無視しえない現実味があるからだ。男は、貴族でありながら王室の軍隊に奉職していると称した。土地を持っていないのかとも思ったが先祖の功績により王国から土地を頂いていると誇らしげに語った。それでありながら、男は自前の軍事力を有していなかった。聞けば簡単な自警団のようなものは存在していたが泥棒や酔っ払いどもを押さえる程度の存在であるという。聞けば、王国の軍事力は全て常備軍にあるという。完成された中央集権について男が知っているように思えてならない。男の言葉にしばしば理解できないものが混じっているだけにやや苛立たしくはあったがその内容は一つの完成をみているようだ。確かに、この男は先ほどから頑なに自分の属している王国と軍隊に忠誠を誓っているようにも見える。貴族であると称しているにも関わらず、だ。我が、帝政ゲルマニアは始祖ブリミルの血を引いていないがために他国から低く見られているが国力は有数のものがある。もともと、都市国家の連合体であったとはいえ中央権力が強権を発動できないためにいまひとつ力を出し切れていないがこの男はその解決策を提示できるのではないだろうか?男は、「ふね」に乗っていたと称している。その「ふね」は鋼鉄でできているということまでしか理解できなかったがそこで部下を使っている立場にあったという。であるならば、それなりに経験を積んだ軍人か名門の門閥貴族であったのだろう。この男をただの狂人として切り捨てるのはいささか早計に思えてならない。カラム伯はもともと、中央へ積極的に反抗してくる人物ではない。ここで、秘密裏に処罰するよりも恩を売っておくほうが効果的ではないだろうか?そう判断し、カラム伯の娘を保証にしばらく男を自由にさせることにしてみた。監視につけたものによると、男はこの世界について知りたがっているとのことだ。演技にしては真に迫っているらしいので、様子見を兼ねてこれを許可した。さて、何が出てくるだろうか?{ロバート視点}私が希望していた、図書館の利用が叶う日が来た。それ自体は喜ばしいものがあるが若干の経験からの予想通り、どうやら私にはこの世界の文字が読めないらしい。言語がわかっても文字がわからなくては求める知識も知り得ないだろう。この世界には、魔法が存在するのだ。過去に私のような人間が存在していなかったと否定することもできないし、あるいは可能性は少ないにせよ私の部下も一緒にこの世界に流されて来ているかもしれないのだから調べたいことはたくさんある。だが、これでは図がわかる程度だ。幻獣の図などは興味深いものではあるが・・・。まず、地図の精度が低すぎる。大まかな形も辛うじて分かるといった程度でほとんどわかないのが現実だ。未調査地域が多すぎて信頼性もわかりかねる代物だ。記載されている事項は読めないにしてもこの精度ではさして意味をなさないものだろう。さすがに、実際に使うであろう海図はというと、こちらも沿岸に沿って航海するのでさほど期待していたほどはなかった。妙に、風向き等が事細かに記載されている空路図はこの世界で「フネ」と称される空を飛ぶ船が使うためにそれなりの精度を誇っているらしい。飛行船のようなものなのだろうか?船が浮くということが私にはいまひとつ想像がつかない。輸送機を大きく拡大したものかとも思ったが手元にある資料から判断する限りにおいては「フネ」とは帆船の形をしている。これをどうやって飛ばすのだろうか?解説と思しき文章が読めないことがもどかしい。恐らく、何らかの魔法の技術が使用されているのだろう。それは、何かに応用できないだろうか?私についてきた護衛という名の監視役も図書館の中には入ってこない。おそらく、監視は続いているのだろうがここなら護衛は必要ないと判断されているのだろう。出入り口が一つしかないので逃げようにも逃げられないので、それは合理的な判断だ。だが、困った。これでは、図書の持っている価値が私にとってあまり役に立たない。まずは、読み書きから始めなくてはならないのか?「前途多難か、紅茶でもあればよいのだが。」図書館で紅茶をたしなめるとも、嗜もうとも思わないが。そう思いつつせめて何か得るものはないかと図書館をくまなく巡り歩きいくつか興味深い絵柄の本は見つけた。しかし、それ以外には午前中はさしたる収穫もなかった。「やれやれ、ここで得られる情報には限りがありすぎますね。」出口で待ち構えていた面々に肩をすくめつつ提案してみる。彼らは一日中ここで私の警備と監視を行っているようだが、はたしてその心中はどのようなものなのだろうか?出来れば彼らとは良好な関係を構築したいのだが。「別館とやらがありましたよね?午後はそちらを覘いてみたいのですが可能ですか?」{ミミ視点}閣下は、私の過ちをなかったことにする代わりに私が、自発的に帝都に出仕したという形で相殺してくださった。それ相応の難しい任務が与えられると思っていたが与えられたのは私が帝都まで連れてくることになった男の監視要員手伝いだ。良くわからないものの、男にはできる限り余人を接触させるなとのこと。私は、要員の一員として先回りし、人払いを行わされていた。「とはいえ、別館までいらっしゃる方もそう多くはないようですね。」「まあ、別館はよくわからないものが積まれているだけだからな。」「研究者が好奇心に駆られて通う程度だ。利用者もそう多くはない。」この程度の人払いが私に与えられた名誉回復の機会とは考えにくいですね。やはり、父上に対する牽制にとどめるという意味合いが強いのでしょうか?{ロバート視点}随分とまとまりのない書籍や物品が展示されているというのが最初の感想であった。図書館の別館というが、これは博物館ではないだろうか?祖国のそれに比べると質も量も劣るうえに展示も随分と一貫性を持っていないと言わざるを得ないにしてもだ。ここには、かなり破損している物や、使い道が想像もつかないようなものまである。だが、ここの展示は魔法という概念が発達したこの世界においては若干違和感を醸し出している。ひょっとして宗教上の理由でもあって本館での展示が憚られたのだろうか?「ミス・カラム、ここに展示されている物品は何でしょうか?」「申し訳ありません。これら『場違いな工芸品』と呼ばれるもので、私にはこれがなんであるか説明致しかねます。」『場違いな工芸品』?確かに、珍しい品々かもしれないが製作者の意図するところがそれほどまでに場違いなのだろうか?見る限りあるものについてはそれなりの実用性が感じられるのだが。それに、工芸品というからには誰かが造ったはずだ。帝政ゲルマニアは技術力が相対的に低いのだろうか?それならば、確かに場違いかもしれないが・・・。だとすれば、ここに展示されているのは技術サンプルだろうか?だが、それならばこの世界の技術力に関して私の理解力が及ばないところもあるということだ。もとより、英知をすべて修められるとは思っていない。物事について先達がいるならば教えを請うのが道理だろう。ローマとて先人の英知に多くのことを学んだおかげであれほどの歴史的な偉業を成し遂げることが出来たのだから。「失礼ながら、これについて詳しい方はいらっしゃらないだろうか?」「『場違いな工芸品』についてですか?」「ええ、これらについて詳しく知りたいのですがどなたかご紹介いただけないでしょうか?」「失礼ながら、このようなものを専門に研究されている方はそれほど多くはないはずです。調べてみますのでお時間をいただいてよろしいでしょうか。」「もちろんです。お手を煩わせて申し訳ないのですがよろしくお願いします。」これは、研究対象として一般的でないということか。しかし、何故だろう。ざっと見渡す限りにおいてこれらはそれなりの水準にある工芸品や私にも使い道が想像もつかない工芸品があふれている。これらを研究して、複製するだけでもそれなりに便利なものを作れるはずなのだ。他国の技術を研究する気がないのか、魔法が便利であるからこれらを必要としていないかのどちらかだろうか?確かに、魔法はよくわからないにしても便利であるのは間違いない。この世界にいては文明が魔法を中心として発達してきているようだ。私が元の世界に戻ることがあれば、最低でも子供たちに良い読み物を一冊増やすことができるに違いない。だが、今はまずこの世界を理解しなくてはならないだろう。ここにある物品はおそらくこの世界においてはそこまで普遍的なものではないようだが、だからと言って侮るわけにはいかない。かつてのボーア戦争でも祖国は敵を侮り、十分に敵情を理解しなかったがために大きな損害を被ったのだ。祖国の陸軍と同じ過ちを海軍軍人が再びするわけにはいかない。なにより、知を深める機会を逃したとあれば、かつてプリフェクトに任じられるという名誉を与えてくださった校長に合わせる顔がないではないか。英知は自ら求めなくては深まらないのだ。だが、ここにある展示や書籍もまったく理解できそうにない言語で書かれているのはどうしたものか。動物学や、植物学と違い歴史学や政治学について調べようと思えばやはり言語を理解しなくては観察すらままならない。未開拓の知の平原を目にしていながら前に進めないとは。せめて、何かないだろうか?時間は幸いにも予定が何も入っていないのだからこの別館も一通り見て歩くべきだろう。この別館の展示品自体もそれなりに興味深くはある。この世界でも工芸品はある程度の水準にあるのであることはここの展示品からしても察せられる。場所が違えば祖国の博物館に同じような展示室があったかもしれないのだ。そう思いながら、展示されている物品を見て回っていると、ふとホールの端にあった小さな小部屋に妙なものを感じ取った。うまく、言葉にできないものの何かが引っ掛かっている。まるで、試験の時に答えを知っているはずなのにそれが引っ掛かっていて出てこないもどかしさ。私は、よくわからない衝動に駆られてその小部屋へと足を向ける。そこで、無造作に置かれているケースに私の眼は釘づけになった!「Encyclopædia Britannica!?」「どうされましたか、ミスタ・コクラン?」私の叫び声に反応して護衛(兼監視)たちが思わず駆け寄ってくる。だが、それすら気にならず信じられないような思いで私はその見覚えのある木製のケースに手をかけ、その中に収められている一冊を震える手でとる。ああ、間違いない。全29巻からなるそれは、私にとってなじみ深いものであった。それは、私と同じく英国のものであった。私と同じ運命をたどったであろうものだった。その名を「ブリタニカ百科事典」という。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~あとがき的な何かどうしても、思いついたままに仕上げると短くなってしまいます。すみません。m(_ _)m全然、軍人としての能力を発揮していませんがもうちょっとするとその機会を与えられるはずです。場当たり的だと反省中。1/30に改訂済みに変更しました