{第三者視点}英国海軍士官ロバート・コクラン。彼は、軍務中の戦闘で死を覚悟していたが、目覚めると見知らぬ土地に漂着していた。幸いにも、現地の人間に救助されたらしく英語圏の人間でないにもかかわらず会話が成立したこともあり、ロバートは安堵するも彼らとの意思疎通は何故か困難を極めていた。現地の人間に大使館への連絡と戦時国際法の規定による処遇をロバートは求めたものの、彼らは困惑するばかりで、事態はますます混乱の度合いを高めていた。「英国? 海軍? あなたは何を言っているの?」若い女性が首をかしげつつ諭すように応じる。彼女の表情には疑問の色と困惑の色が浮かんでいる。「軍人なの?いったいどこ国の軍に属しているのかしら?」「ですから、英国海軍であると。私はコクラン家の一員として祖国である英国に海軍軍人として奉職しています。」「質問に答えて。英国海軍とはどこの軍隊かしら?」いくばくか強まった困惑といら立ちが込められた回答が繰り返される。双方ともにお互いの言わんとすることが通じるようで通じないもどかしさを感じながら、疑問ばかりが積み上げられる会話が繰り広げられていく。「あなたはメイジ?」「メイジ?さきほどから、何のことです?」質問の意図と解答の意図が食い違うままに議論が進み双方とも誤解が累積していく。「ですから、自分は連合王国の軍人で、メイジではありません。」「だからどこの王国の?」相互に理解を行おうと努力した結果としてそれぞれのパラダイムで解釈が行われ盛大な誤解が再生産されていく。{ミミ視点}王国の軍人?どこの軍人なの?トリステイン?それともガリア?王国である以上、ロマリアや大公国ではないのね。確かに、この男はそう主張している。それにメイジでなく軍人であると主張している。それでいて、礼節をある程度持っているということは傭兵ではないと考えるべきかしら。平民、それがある程度の教育を受けられるであろうということはどういうことだろう。「あなたは、軍人として連合王国に属しているのね?」「ええ、そうです。大使館を通じてロンドン、あなた方の親しみのある呼び方ではロンディニウムというべきですか、にお問い合わせいただければ私の軍歴は確認できるはずです。」ロンディニウム?まさかアルビオンの!?・・・落ち着くのよ。アルビオンの大使館を通じて確認するには時間が必要。でも、自己申告でそう宣言している。ここで嘘をつく必要もないし・・、どういうことかしら。艦隊司令部とはアルビオン艦隊の司令部のことよね。まさか、アルビオンでは空軍のことを海軍と称するのかしら?ひょっとして、ゲルマニアとアルビオンでは軍の制度が異なることもあり得るのかしら。いえ、そのことを検討しておくべきだったのね。父上にこのことは黙っておかないと。また、勉強が足りないからだと指摘されてしまう。「あなたはフネに乗っていたの?」「ええ、そうです。詳細は申し上げられませんがマタベレというよいフネでありました。」今度は、ためらいのない肯定。マタベレというのは彼の乗っていた軍艦の名前らしい。良く事情が把握できないものの、これは私の手に余る厄介事であることは間違いないと判断すべきだ。帝政ゲルマニアの北部にアルビオン軍人が漂着するのは普通ではまずありえない。漁師たちによれば、この男を拾ったときはそれなりに負傷しており、居合わせた者たちで小屋に運んだとのこと。アルビオン空軍のフネから偶然転落したとしたらメイジでもない限り生きているはずもない。しかも、確か先ほどは自分と同じように部下もといっている。部下というからには彼の乗っていたフネに何かがあったということだ。よりにも寄ってアルビオン軍艦がゲルマニア近隣で事故に遭遇?いったい、何をしていたのかしら。まあ、そう簡単に口を割らないでしょう。先ほどからはっきりと答えようとしなかったのはこちらを煙に巻くためかしら?だとすれば、頭の回る軍人ね。どちらにせよ、できるだけはやく父上に引き渡すべきよ。とにかく、早馬を出してこのことを報告しなくては。{カラム伯視点}また、亜人と辺境で衝突した。いつものことながら、貴重な労働力である年季奉公人が襲われてしまうのは、辺境開発に乗り出した時に予想した以上に厄介だ。まず、開拓に従事する人間が集まらなくなる。もともと、ゲルマニアが新興国であるだけに働くところなどいくらでもある。奴隷や債務返済者労働者などの値段も年々高くなっていく一方だ。自由民も割のよい職を求めて定着しない。宮廷貴族や、大貴族のしがらみが忌々しく距離を取ろうと思い立ったのは良いのだが、世の中は案外とうまくいかないものらしい。眼前に積み上げられた報告書の束は見るだけで気が滅入ってくる。警備隊も最近では息子たちに任せてひたすら領内の整備に追われる毎日。経験不足の娘まで領民の嘆願に応じるためにこき使わなくては回っていかないほどの仕事に追われ、人手不足がそれぞれに割り振られる過剰な仕事につながり役人が逃げ出しかねないという面倒な状況になっている。そもそも、カラム家は新興の伯爵家である。人手はそこまで多くないにもかかわらず北方の開拓ということで侯爵並みの土地を一時的に管轄する契約を結ぶことで開発が認可されたという経緯がある。そして、その契約のために慢性的に厄介事を抱え込んでいるともいえる。だから、厄介事を抱え込んでくる早馬にももう慣れた。血相を変えて飛び込んでくる執事の顔も最早見慣れたものだ。新興の辺境開発に携わる者ならばだれでも一度は耐えなくてはならない時期があると親切な友人から耳に入れておかねば、この苦しい現状にくじけかねない。だが耐えきれば光明も見えてくるのだからとも、励まされている。ここを乗り切れば軌道に乗るのだ。「ベルディー、今度は何事か」「ハッ、マリア・クリスティーネ・フォン・カラムお嬢様よりの急報にございます。」「ミミからのか?」身分ありげな漂着者を発見したと領民が届け出てきたので一応のことを考慮して貴族である娘を出した。大抵のことならば問題ないはずだが。まさか、出会いがしらに娘が人を焼き払うほど短慮だとも思えない。昔はやりかねなかったかもしれないが、さすがに今はその程度の思慮分別はあるはずだ。「はい、現地にてアルビオン王国の士官と思しき軍人を拘束。尋問の結果、アルビオン王国本国艦隊所属の軍艦マタベレのクルーであるとのことです」「・・・間違いないのか?」「お嬢さまによれば、確実にマタベレに何らかの問題が発生しこの付近でクルーが遭難したようであるとのことです。」「大抵の難題には慣れ親しんだつもりだったのだがな・・・。」宮廷陰謀などかわいく思えてくるような難題に思わず頭を抱え込んでしまう。このような問題は政治的な爆弾だ。他国の軍艦がゲルマニア領付近で遭難。もちろん、外交的にそれらが事前に通達されているということもないだろう。無断で侵入して何をしていたのだろうか。あるいは、何をするつもりであったのだろうか?どちらにせよ、問題は起きてしまっている。そしてその場所が、よりにも寄ってここカラム伯領であるとは。ああ、始祖ブリミルよ、我らが何をしたというのでしょうか。「とにかく、ウィンドボナにグリフォンで急報を届けろ。文面はミミの報告を簡潔にまとめた程度で構わない。」このような厄介事を一介の伯爵で扱うのは危険すぎる。面倒事はウィンドボナの閣下に押しつけてしまうに限る。他の貴族のように積極的に閣下と争う気にもならないが心中するのはごめんこうむりたい。なにより、他国の事情に首を突っ込むことは避けたいものだ。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~あとがき1/30に改訂しました。断章の扱いは今後、独立させるものと纏めて一つにするものとにしようと考えています。もし、何かあればぜひご指摘ください。