{ワルド視点}アルビオン艦隊との邂逅後、少々事情確認に手間取ったものの、向こう側も情勢の複雑さを理解し、取りあえず、ロンディニウムまで同行するようにと申し出てくれた。これで、緊急を要する事態は解決したと思い、ようやく肩の重荷が取り除かれたと感じた矢先のことだった。メールボワ侯爵と今後のことを相談していたところ、会話のはずみで姫殿下から、ルイズが姫殿下の影武者を務めていたことを知らされ、私は愕然とした。遍在というのはある程度の距離があっても偵察に活用できる存在だ。このようなことになるならば、こちらに遍在を一体残して自分はトリスタニアに残るべきではなかったのかと後悔する。「では、ルイズが囮を務めているのですか!?」「落ち着きたまえ子爵。しかし、どういうことですかな姫殿下?」メールボワ侯爵に宥められつつ私は、ある可能性に気がつく。彼女は、姫殿下の学友だ。そろそろ、魔法学校に入学を考えるべき時期が近いが、それだけに姫殿下と会える機会を作ろうとしていても不思議ではない。そして、彼女はトリステインでも有力な公爵家の令嬢だ。蜂起した連中とて、無視して取り逃がすはずもなく、当然捕えられていただろう。知らぬばかりに、私はこちらの護衛ばかり気にかけていた。だが、考えてみろ、ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。もしも、拘束されていた時に、姫殿下から事情を耳にすれば、彼女はどう行動する?ああ、己の思慮と視野の狭さがこれほど憎いとは。「その、ルイズに相談したら・・・」「義侠心が厚い彼女が囮を買って出たということですか!?」ルイズが囮になっている。そして、何かと引き立ててくれたマザリーニ枢機卿もろともゲルマニアの快速部隊に追いかけられているのだ。その事実に思わず、全身に冷や水をかけられたような悪寒を感じてしまう。マザリーニ枢機卿は、有能なお方ではあるが、戦争の専門家ではない。ルイズは、未だ保護されるべき少女なのだ。無事、ロマリアに逃げ延びてくれればよいのだがと縋るような気持ちになる。だが、戦争以来成長を続けてきた自分でも驚くべき冷静な思考は、可能性は半々だろうと難しさを指摘している。思えば、彼女は親同士が決めた婚約者であったが、彼女のことも決して悪しからず思っていた。無事であってくれればよいのだが。そう思うしかないのだ。自分は、母の死後、ひたすら栄達を求め、どこか冷めた目でトリステインを見ていた。だが、そこには確かに、私の知己があり、友人がおり、私の祖国であった。失いかけて初めて、自分が祖国を憎み、母を軽蔑しようと努めつつも、どこかで愛着を抱いていることを実感するとは。ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドよ、貴様は気づくのが、何もかもが遅すぎるのだ。ひたすらに、一本の道を走っているようで、大切なものを全部失っている嗤うべき愚者ではないか。「ワルド子爵、確か彼女は君の婚約者ではなかったのかね?」「いえ、その、正式なものではなく、あくまでも両親の口約束に近いものです。」ですので、どうか御気になさらず、と口にしようとして、口をつぐんでしまう。そうだ。確かに、口約束にすぎないが、私自身は彼女にも誇れる人間でありたかった。確かに、そう以前の自分ならば考えて行動していたはずだ。それが、今ではどうだ。つい先ほどの思考が頭をよぎる。気がつくのが遅すぎる愚か者?まだ足りない。それを知ってなお決断できない、救いようのない一面があるではないか。その場を取り繕い、辛うじて礼を失わない範疇で、自室に戻ったが、それからどうすればよいかわからず呆けてしまう。何もかも投げ出して、行動したくなるが、何をすればよい?ゲルマニア艦隊の所在を探ろうにも、ここはアルビオン付近だ。下手に行動するよりも、ルイズが捕虜交換で返されることを待つべきなのかもしれない。だが、何かあればどうすればよいのだ?{ギュンター視点}「コクラン卿、こちらがマザリーニ枢機卿猊下とルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢になります。」重要な捕虜というのは、大抵の場合捕虜宣誓後、一定の自由を許される。逆に言えば、捕虜宣誓を行う必要があるのだ。貴族としての処遇を要求するならば。問題は、マザリーニ枢機卿は軍人でなく政治家であるため捕虜宣誓がさしたる意味をもたないことと、貴族の令嬢に捕虜宣誓をさせることの無意味さにコクラン卿以下、大半の士官たちがうんざりとしていることだ。一刻も早く、トリスタニア方面に引き返し、情勢に即応したいにもかかわらず面倒な戦後処理を行わなくてはならないという一事をもって、面倒だと感じることを批判するのはだれにもできないだろう。「お初お目にかかる。ロバート・コクラン辺境伯だ。」「マザリーニです。枢機卿をロマリアより拝命しております。」さりげなく、ロマリアの名を出すか、鳥の骨。まあ、先立って枢機卿を発見したという報告からすでに、厄介事を認識していたが。一介の軍人にすら、教皇候補と称される有力な枢機卿を拘束することの厄介さくらいは想像できる。ロマリアのありがたい泥沼の政争に参加させていただける栄光は、この身には少々過ぎた栄光だと我々は身の程を知っているのだ。「おお、ご高名な猊下とお会いできるとは。このような、不幸な形での出会いでなければ、光栄であったのですが。」握手を交わしつつボスが無難な言葉を選んで会話を行っている。ごくごく基本的な事項確認に行い、礼節を保って降伏を受け入れる。実に、貴族的であり、面倒な処遇であるが、いたしかたないことなのか。ボスは必要があれば、こういった礼節を完全に理解して実践できるが、本質は戦場の武人だ。実に面倒だと感じているのだろう。「さて、残念ながら猊下。一応、捕虜となった以上宣誓をしていただきたいのですが。」「やむを得ませんか・・・。トリステインの宰相として、確かに宣誓いたしましょう。」あっさりと、マザリーニが首肯し、驚きかけたが、コクラン卿にとっては納得いく回答ではなかったらしい。この種の連中は、絶対にエルフでも騙してのけるのではないかと常々賭けをしている連中を知っているが、どうも騙せるのではないかに賭けたほうが分が良さそうだ。言葉一つとっても、まったく意味が違う解釈を好き勝手にやっている。「マザリーニ枢機卿猊下個人でしていただけるとありがたいのですが。」「はて、どういうことでしょうか?」首をかしげる枢機卿。その表情は確かに疑問を浮かべているようだが、何かコクラン卿にとって納得いかない何かがあるのだろうか?「端的に申し上げますと、価値の無いトリステインの宰相としてではなく、猊下個人として宣誓していただきたいのであります。」さすがに、これには鳥の骨と呼ばれた辣腕家も事態を悟ったようだ。そう、彼は確かにトリステインの宰相として有名だがその権威はブリミル教枢機卿というところにある。彼は、個人としては宣誓したくなかったということか。まったく実に高貴な方々は騙し合いがお好きなようだ。だが、どうもこの会話を御不快に感じる高貴な方というのもおありなようだ。実直であるというべきかな?まあ、若いということだ。「価値がない!?価値がないですって!?」「失礼、ミス。」「黙りなさい!野蛮なゲルマニアの分際でトリステインに価値がないですって!?」ああ、あれか、彼女は所謂メイジさまだ。そして、伝統と栄光ある貴族さまで、プライドの高いトリステイン貴族の典型例か。面倒な捕虜を捕まえたものだ。あれの管理はさぞかし、面倒だろうなと思いたくなる。世話人一つとっても文句を言いそうな性格をしているに違いない。誰に世話係を申しつけるべきだろうか?下手な人間をつけて、あとでこじれてはボスから面倒事を、とマイナスの印象になるし、なにより厄介だ。「ヴァリエール嬢!」鳥の骨が思わず、彼女をたしなめようとする。まあ、捕虜になってあれほど気炎を吐けるのだから、見ている側としては面白くもあるが、少々面倒事が深刻に思えてきてならない。従兵でこの手の世話に慣れている人間はいただろうか?「ミス!言葉を慎まれよ。少しは礼節というものを持たれるべきでしょう。」「礼儀?いきなり攻め込んでくる蛮族相手に礼儀ですって!?」はあ、あれか。本気で、信じ込んでいる目だ。あれは厄介なものだよ。まったく、どうしてこっちから戦争を仕掛ける必要があるのか説明してほしいものだ。できれば、納得できる理由か、宴会で笑い話程度には笑えるものであることを期待したい。もし、次回の艦隊の拿捕賞金宴会で笑い話一位を取れたら、タルブ産のワイン一本でも進呈するのだが。「事実を認識されるべきですな。失礼ながらヴァリエール領から、越境した貴族達が付近にいたゲルマニア諸候に一方的に攻撃を仕掛けて、撃退されたという事実が開戦の契機であったはずですが。」ああ、ボスのあの表情は完全に呆れているな。子供を諭すのは面倒であることだといわんばかりの表情だ。「な、な、な、何ですって?もう一度言ってみなさい!」ああ、完全に激昂している。「失礼、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢は少々動揺されているようだ。従兵!」彼女を部屋にご案内して差し上げたまえ。できるだけさっさと黙らせてくれるとありがたいのだが。そう内心で呟いたときだった。ふと、何かを呟く声が聞こえる。これは、よく聞き覚えのある口調だ。はて、何であったか・・・めいじの、えいしょうではないの、か、思考が、辛うじて、追いつく。ぬかっ、その次の瞬間。甲板で火が爆ぜた。「グゥウゥウウ!?」近距離での爆発。その巻き添えをくらって、したたかに甲板に押し付けられる。甲板に打ち付けられた際に、ロープで胸を強打し、思わずむせる。「コクラン卿!?ギュンター艦長!?」「コクラン卿がやられた。ギュンター艦長もだ!」「僚艦に事態を伝えろ!」「殺すな!捕えろ!」「かかれぇえ!」「水のメイジはどこだ!?さっさと秘薬をもってこい!」「火のメイジだ!詠唱させるな。さっさと取り押さえろ!」「マザリーニ枢機卿まで巻き添え、トリステインの貴族は正気か!?」「杖を取り上げた!そのまま船倉にぶち込め!」「無茶ですよ。こんな状態では!」「治すか、ここで殺されるか選べ!」「やりますよ!やればよいのでしょう!」「艦長!すぐに船室へお連れ致します。」「じょ、状況は?」意識がもうろうとしている。火のメイジ、それもかなり有力なそれがまだ若い少女である可能性を失念していた。仮にも王族の囮を務めるということは、それだけ信頼されているメイジであるということ。完全な油断だ。囮と知って油断しきっていたところに見事な逆襲をくらわされることになる。捕虜宣誓していない貴族がどう行動しようと、連中は責任を感じないだろう。忌々しい連中だ。{ネポス視点}「やれやれ、上司の決裁を仰ぐべき書類が多すぎる・・・。」仕事は順調に遅延している。何故か?ミス・カラムに焼かれる恐れがある以上、北部新領の役人は真剣に仕事に取り組むが、元締めのコクラン卿が軍務について、遠征しているからである。フネで書類を送ろうにも、重要な案件のそれは簡単には外部に持ち出せない。つまるところ、やってはいるものの、コクラン卿の御帰還がければ、我らが政務の滞りもさらに悪化するという悪循環なのである。以前から命じられていた不審な亡命者が潜伏していると思しき地域の絞り込みには大凡成功している。「とはいえ、手詰まりだ。」だが、どうしても最後の一線で捕まえきれないでいる。貴族である以上、どこかで必ず、地元民らは、なにがしかに気がつくはずなのだが、杖をもったメイジの目撃情報が全くない。記憶を飛ばされているかとも疑うが、そもそも、杖の無い貴族を探し出せと言われるとかなり難しい。「人手が足りない。人海戦術で探すしかないのかもしれないのだがなぁ。」直接の部下達や、友人達と取り組んで探してはいる。だが、それでも少しも事態は解決しないのだ。おそらく、包囲網の外には逃していないはず。しかし、捕捉できないでいるのだ。このままでは、いつの間にか取り逃がしてしまうことも懸念されてならない。モード大公派の有力なメイジや可能性の問題にせよ血族がいるのであるならば、問題は実に厄介極まりない。「ミスタ・ネポス。スラム街で密偵を拘束。また、どこぞの密偵が探りを入れてきているので警戒せよとのことです。」「了解した。」伝令係に了解した旨を告げると、ため息一つつきたくなるのをこらえて、善後策を考える。各国から、あるいはあちこちの貴族から密偵が放たれている。あまり、解決に時間をかけすぎると秘密裏に処理できなくなってしまう。頭が痛い。はやく、コクラン卿に御帰還願いたいものだが。{ラムド視点}「リッシュモン卿、このたびのご決断。さぞ困難なものであったことでしょう。」「ええ、お察し頂けますか?」貴様の苦悩しているところなど、想像もつかないが、自己保身に悩んだということならばよく理解できる。「我々としても、貴方に語らせるのは忍びないのです。」時間の無駄な修辞学に耐える余裕がないのだよ。リッシュモン卿。さっさと貴様の粗を探してそれなりに処理できないかと探したいのだが。無論、現状でも部下がやっているが、貴様は特に面倒事を惹き起こした根本であるから自分で処理したいのだが。実に、不快なことだが、このリッシュモン卿、自分はゲルマニアに恩を売ったのだという認識でいる。当然ながら、見返りを大量に要求しているのだ。露骨でないにしても水面下で。この手のアホどもは、中途半端に現状を認めてやると、使い捨てにされたと騒ぐ。後腐れの無いように、処理してしまうのが、一番なのだが何か良い方策があれば完璧なのだが。「それよりも、今はお国の現状を如何にして取りまとめるかが課題です。」「そうですな。同じブリミルの信徒が相争う事態はもうこりごりです。」口では何とでも言えるだろうよ。それよりも、王族を取り逃がした手際の悪さをいい加減、閣下に言い訳する用意がこいつにあるのだろうか?自分のライバルが消えて良かった程度に思ってはいないだろうな?鳥の骨は、ロマリアの枢機卿。リッシュモンはゲルマニア派と世間では見られている以上、降伏を処理させるためには王族が、それに準じる格をもつ人間な必要だ。だが、誰がそのような面倒事を買って出るか?どうやって事態を収拾しろというのだ!「いや、全くです。ですから、早々とこの嫌な戦争を終えたい。ぜひ、リシュモン卿にもご助力願いたいものです。」理想を言えば、前線に行ってくれないか。前から魔法をくらって倒れたくないなら、後ろからでも一向にかまなわいのだ。「もちろん。私なりに、できることを行うつもりですな。」ええい、コクラン卿が帰還すれば、こいつの相手は任せてしまえるのだが。どうして、外交官の自分が爵位の点で指揮権を行使せねばならんのだ。どうしても、面倒な事ばかりが頭に浮かんでしまう。できないわけではないが、本業と違うことをするよりも、なれた本業を行う方が成果が上がるのだが。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~あとがきうん、落ち着いてほしい。この暑さはサービスなので遠慮なく日焼けを楽しんで健康的になってほしい。きっと炎天下での行動は、貴方がうんざりとしてクーラーをつけたまま寝て、うっかり風邪を引いてしまうくらいには、きついものだと思うけれども。本作は綺麗なワルドと恐怖爆殺公女ルイズでお送りしております。原作でのワルドの扱いと、主人公(ヒロイン?)補正のかかったルイズの扱いを入れ替えた感じでしょうか?次回、「会議は踊る。されど、進まず。」タルブ産のワインでお楽しみください。