{ロバート視点}「目標を捕捉!間違いありません!クヴォールからもたらされた艦影の特徴とも一致します!」目標発見!この一報がフネに行き渡るのは一瞬であった。すでに、全てのコルベットが事態に気がついているようだ。全艦の速度が心なしか限界を超えているように思えてならない。この瞬間、目標を追い詰めたこの一時に勝る至福はない。知勇を振り絞り、獲物を追い詰めることこそ、誇るに足る。これが、賢者と英雄の御代から続けられた、由緒正しい貴族の在り方と言える。「ギュンター!空域は?」「辛うじてですが、トリステイン圏内です!仕掛けられます!」パーフェクトだ。状況は、完全にこちらに味方した。目標は完全に捕捉され、我々は任意に砲火を開くことが可能である。煩わしい他国の介入や、面倒事といった制約とも辛うじて縁がなくてすむ最高のタイミングというほかない。まさに、神が祝福したもうた瞬間である。「龍騎士隊甲板へ!」「可能ならば拿捕だ。初弾は鎖弾を装填!」「僚艦がカバーに入ります!」「接舷用意だ!木板を並べろ!」慎重に、されど残された襲撃可能な時間を最大限に活用して速やかに目標を料理するべく全艦が行動を開始する。その様は鍛え上げられた猟犬たち同様に、実に有能極まりない。アルビオン艦隊と比較しても我が分艦隊の練度は引けを取るものではないだろう。「クヴォールの情報通り航続速度よりも、搭載量を重視した、交易船のようです。」監視にあたっている航海士が、敵影の詳細を記録しながら報告してくる。こちらでも、それを確認しつつ敵戦力を想定し、少しばかり舌打ちしたい思いに駆られつつも部下の手前自重せざるを得ない。交易船ということは、ごく一般のフネを偽装する上では最適な艦種だ。だが、逃走するには、足が遅いという欠点があるはず。つまり、それを承知で交易船を採用しているということだ。では、それが意味することは?交易船である以上自衛用の火器を積んでいることは自明。おそらく、特殊な目的を想定しているのであれば、サイズからしてかなりの火力を有していることになる。単独では、挑みたくない火力を有している可能性がある。さらに、積載量が多いということは、大勢の人間が乗り込めるということを意味している。王族に忠誠を誓ったメイジが多数搭乗している場合、制圧はかなりの流血沙汰だ。むろん、普通の衛士が搭乗しているだけでも数の脅威は、接舷した時に発揮されることとなる。抵抗されれば、犠牲はかなりのものになる。では、砲撃戦で撃沈すべきか?その選択肢が許されるならばそうしてしまいたいが、それは望みえない選択肢だ。万一にせよ、砲弾の流れ弾が、ガリア方面に流れて行った場合これまでの配慮が無に帰すことになる。搭乗している重要人物を確認しなくては、混乱の下だ。さらに、龍騎士が搭乗していない保証がない以上、撃沈されたという擬態で王族が逃亡する可能性もある。で、ある以上拿捕せざるを得ない。「旗はロマリアのものか。やはり、沈めるわけにはいかないな。」ハルケギニアに国際法が存在していないのは実に、厄介だ。慣習法が、習わしとして採用されているだけでも感謝すべきかもしれないが。とにかく、交戦区域の船舶を臨検する権利があるかどうかすら微妙なのだ。撃沈など選択し得うるものではない。せいぜい、強襲制圧し、それがロマリア船籍のフネでないと強弁しなくてはならない程度には、事態が厄介であるということだ。とにかく、フネは主権国家の延長上に存在しているという厄介で愛すべき事態に対して、慎重に配慮しなくてはならない。士官教育の過程に、国際法があるのは必要だからに他ならない。「アルビオン旗を下せ。ゲルマニア旗掲揚後に停船命令。従わねば、鎖弾による足止めまでは許可する。」当たり所が悪ければ鎖弾で王族が死にうる。だが、それは甲板で動き回っている船員に限った話だ。木とはいえ、装甲がある以上鎖弾程度で守られている人間を襲うのは無理がある。仮定に、仮定を重ねて負傷したところで水のメイジによって治療しうる範疇の負傷が限界だろう。停船しない場合の威嚇射撃にうっかり当たったなり、空賊と誤認したなり、いくらでもいいようはある。それにだ、本質的にあれがトリステインの人間を乗せたフネである以上、交戦国の人間に肩入れしてでもいない限り、連中はこちらに引き渡す義務があるのだ。トリステインに公的に肩入れするのであれば、それは我々の交戦国ということでもある。この局面に限定するならば、事態はさらに分かりやすく対応できるだろう。「狩りにしては、無粋だな、まあ獲物の品格の問題かもしれないが。」「始祖由来の王族様ですよ?選り好みのしすぎでは?」ギュンターが興奮を隠さず、満面の笑みを浮かべながら艦橋でロマリア艦を注視しつつも、反論してくる。その器用さに一瞬感心しつつも素でやっているのだろうと、思うことにする。腕の良い海軍士官も、Uボートを追い回す時はこうである傾向があった。案外、自身も知らず知らずと笑みを浮かべているのかもしれない。「腐った血には、興味がなくてね。一応、レディへのマナーを弁えるつもりだが、はたしてレディであるかどうかという疑問もある。」「良くおっしゃる。礼儀正しく拘禁して、処刑台までエスコートなさるおつもりで?」まあ、それは一面の真実ではある。処刑台までのエスコートであろうと、覚悟を決めた王族であるならばその侍従を務めることも、一つの栄誉であるだろう。最も、大半の王族が覚悟を決められるかどうかということに関しては、必ずしも最後に名を貶めずに済んだものが少ないとのみ語ることに留めよう。「責任を自覚し、覚悟されていればこそ王族足りえるのだ。かくある王族であるならば、栄誉と喜んでエスコートを務めるがね。その覚悟があるものか疑問に思う次第だ。」「忠告ですが、そのうちとんでもない忌名を敵からつけられかねませんぞ。」「結構だ。それこそ、我らが誉とするところだよ。」敵に恐れられるならば、それは軍人としての宿命だ。真に恐るべきは、自らが、祖国に顔向けできない行動をとることと、一門の名を汚すことのみ。この世界においても、私はコクラン家の名を背負っているのだ。{ワルド視点}「諸君、御苦労。このフネの艦長を紹介願えるだろうか?」アルビオン旗を掲げたフネに乗り込んだところ、極めて礼儀正しいメイジによる包囲とも手厚い歓迎とも受け取れる出迎えを受けたが、内実は当然のごとく武装解除であった。我々、魔法衛士隊も、要人護衛の観点から似たような技術は持っているものの、フネの上での行動に特化しているのはさすがに学ぶところも多い。「失礼、所属と名前をお伺いしたい。」「トリステイン王国、魔法衛士隊副隊長、ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド子爵だ。」王国か、自分で所属と名乗っていて始めて意識せざるを得ないが、自分は確かにトリステイン王国の人間だ。母が求めた聖地に囚われていて、祖国の現状に絶望していた時は、何ほどの価値もない祖国であった。だが、それがなくなって、なお祖国について語るのはやはりなにがしか思わざるを得ない。名乗りを上げたことと、こちらの身分を確認していたのだろうか?しばらく待たされたが、最終的には到着したメールボワ侯爵と共に、船長室に案内されることとなった。実のところ、遍在を出している時点で優秀なメイジであることが伝わっているので、この確認は形式的なものだとわかっている。普段であれば、いや、これまでであればそれを必要な確認事項だと思っていたであろうが、ここしばらくでの経験が華美よりも効率を追求することを考えてしまう。無論、礼儀というものを軽視するわけではないが、軍人の本分は行動することにあるのではないだろうか?「ミスタ・ワルド。いかがされた?」「失礼、少々考え事をしておりました。」情勢が混乱している以上、当事者達が考え込むのは仕方がないのだろうな。そういった納得したような表情を浮かべているクルーに謝辞を述べながら、どうしてもアルビオン王国の臨戦態勢のいびつさに気を揉んでしまう。練度は一流だ。規律も徹底している。だが、戦争というものを彼らは実体験として知らないでいる。空賊討伐はあくまでも、賊と国家の対峙にすぎない。王立空軍といえども、国家対国家の戦争を想定して訓練されているのだろうか?そこまで考えてから、自分の心配性に首を振る。アルビオンがどこと戦争をするというのだ?ゲルマニアとアルビオンは強固な友好国だ。両者ともにお互いを必要とこそすれども、敵とする理由がない。ガリアがはるばるアルビオンまで遠征するかと言われれば、その可能性はなくはないにしても、その時は何を考えているのかさっぱり不明だ。無能王がどうするかは、知らないが、アルビオンに遠征する必要があの国あるだろうか?どうも、前線に身を置いていたためか、戦争に物事をからめて考えてしまう。「すまないな、どうにも無理をさせているようだ。」「いえ、メールボワ侯爵。魔法衛士の衛士は、この程度では。」もっとも、ようやくアルビオンの領空だと思うと、さすがに力を抜くことができる。ゲルマニア艦隊が、トリスタニアへ強行軍で進撃しているとの報が入ってからは、本当に一瞬たりとも気を緩めることができなかった。聞くところによれば、マザリーニ枢機卿が囮の一団を率いて陽動を兼ねてロマリア方面へ向かっているらしい。なんとか、快速のコルベットがそちらに向かっている間に、遍在でトリスタニア内部の叛乱勢力に対して騒ぎを起こした。その隙をついて本命の王族らを護衛し、潜伏していたトリスタニアの王宮内部から用意してあったグリフォンで、ラ・ローシェまで飛ばしたときは本当に不眠不休だった。メールボワ侯爵の手配したフネに乗り込み、先行していたマンティコア隊に護衛を引き継ぐとその瞬間に意識が飛びかけた。護衛が醜態をさらすわけにもいかず、取り繕って辛うじて割り当てられた船室までたどり着いたが、その直後にベッドに倒れこんでしまったものだ。「はっはっは、なかなか豪気だな。ミスタ・ワルド。我々空軍の士官とて、そのような立場に置かれれば弱音くらいは漏らしかねんというのに大した胆力だ。」「キャプテンにそうおだてていただけるとは。光栄というべきでしょうか?」「なに、事実を語ったまでだ。」{ミミ視点}領内で開発中の産物は多数存在する。とは言え、その大半は商会との提携や、村落との提携によるところが大きい。純粋に手持ちから大量の資金と資材を投入してまで開発が命じられているのは、鉱山地区や街道整備などの建築などを除けば、コクラン卿が執拗に求めている奇妙な銃の開発程度である。とにかく、湯水のように良質な鉄と、火の秘薬を浪費されているのは開発にとって影響がない範疇であってもあまり気のよいものではない。上司の妙なこだわり一つで、あれほどの資金と資源をつぎ込まれていることを思うと、他に使い道があるのではないかと真剣に検討してしまいたくなる。「いえ、そうなったら、そうなったで人が足りませんね・・・。」何かにつけて人手不足。メイジどころか、平民であっても文字が読めて計算ができるならばことごとく強制的に捕まえて、働かせたいほど人手が不足しているからこそ、使いきれない資金と資源があり、それをコクラン卿が趣味に投入しているだけだと自分に言い聞かせる。「ミス・カラム。コクラン卿の依頼で銃を作っている鍛冶からなのですが、もう少し良質な紙を用意していただけないかとの要望が来ております。」「え?ごめんなさい。どういうことかしら?」鍛冶師が紙を欲しがる?無論、報告書やら要望やらを書くために紙は必要でしょう。なにがしかを書き留めるためにも、紙は有用であるのは間違いない。でも、それにしたって良質な紙を要望するほどの、理由になるのかしら?「その、銃の開発に際して部品として必要とのことです。」「よくわからないのだけど、銃にそういうものも必要なのかしら?」一応、部下達が銃を使っているところを見たことがあるのだが、そういうものを必要としているのだろうか。それと、作る過程で紙が必要になるとか?しかし、そういうことは初耳なのだが。いったいどういうことなのか。ただでさえ、紙の需要は高く、報告書を大量に仕上げていくためにも、領内の紙は質よりも量で製造させている。品質を改善させると、生産量が落ち込むのだ。さすがに、ヴィンドボナへの報告書はある程度の物を使わざるを得ないものの、それらの製造には手間がかかるので、できる限り抑えている。良質な紙をと言われて、提供できるものはそうない。「いえ、その私もよくわからないのですが・・・。」「取りあえずは、現状の物でやりくりするようにと申し渡しを。」これ以上の雑事は処理できない。ない物ねだりをされても困るというほかない。{ロバート視点}失敗。結論だけ、述べよう。小官は所定の任務を達成するも、戦略目標の達成に失敗した。確かに、逃亡していたロマリアのフネを拿捕することには成功した。だが、王族の拘束による戦争の終結という戦略目標の達成には失敗している。包囲し、降伏を勧告させて、接収要員を送り込む。実に単純な作業の結果は失望するべき結果でしかなかったのだ。「つまりは、囮か。」王族モドキ発見の報告を耳にして思わず魂が呆ける。いくら、他国の王族といえども外見の特徴程度ならば伝わってくる。発見された少女はピンク髪だと?少なくとも、隠し子がトリステイン王室にいでもしない限り、直系ではありえない。マリアンヌ・アンリエッタ両名の捕捉に失敗した以上状況は解決できなくなった。直系の王族に逃亡されたのだ。傍系では、正当性が欠落することこの上ない。傀儡にするにせよ、事態の幕引きを図るために処刑するにせよ、処遇をどうしても事態が解決しない。で、あるならば、本心ではない手荒な扱いをしなくてよいことを喜ぶべきだろうか?「コクラン卿、船内の捜索が完了しました。」「念のため、再度船内を捜索だ。多少手荒に壁も調べ直せ。」ギュンターが隠し扉や隠し部屋を徹底して捜索するように指示する。だが、実際にこのフネは囮なのだろう。で、なければフネが比較的容易に拿捕できたはずもない。ガリア上空に逃げ込もうとしてはいたが、それはできれば損はしない程度の見込みであったのだろう。せいぜい、マザリーニ枢機卿という大物を逃がさずに済んだことを喜ぶべきか?しかし、それであってもこの事態の解決にはつながらない。「やられたな。意図的な混乱を生じさせて、本命を逃がすとは。」トリスタニアで混乱が生じている中、蜂起した貴族達は、王族が逃げ出すことを警戒する程度の配慮はできた。そこに、もっともらしくロマリアからフネが来ればそれに集中してしまうのは避けがたい。まして、ゲルマニア側にその情報を精査する余裕はなく、結局不確定な情報に基づき追撃を敢行し、まんまと囮を追いかけることになっている。「コクラン卿、可能であれば廻航要員を選抜できますか?」こちらの監視や、警戒がことごとく、逃亡したというロマリアのフネに集まっている間に本命が陸路で逃げだせばよい。あとは、どこからでも好きなルートで亡命できる。おかげで、我々が得たのはロマリアのフネ一隻だ。拿捕したものの、正直なところ得るところは乏しいのだ。「かまわん。ギュンター、要員の選抜は一任しよう。」おそらく、トリスタニアに向かった本隊は状況を把握しているだろう。だが呼び戻そうにも、追撃する以上、追撃部隊は囮を全速で追い続ける。そのため後方からの連絡は、大幅な遅延を余儀なくされたというところだろう。今頃は、トリスタニアに到着した友軍から連絡用の龍騎士が急行中と見るべきだろうか。それらが、こちらを発見するのがいつになるかは分からないが。「取りあえず、拘束した主たる人物はマザリーニ枢機卿と囮となっていた貴族の令嬢のみかね?」「はい、幾人かの女官と護衛のメイジもおりましたが、それほど抵抗はありませんでした。」ギュンターが連絡を任されている龍騎士から事態を確認するが、損害がないのは良いことだろう。しかし、この事態が無意味に等しいとなれば、感じる責任感も別のものとなる。事態は泥沼化するに違いない。戦後処理の形式一つとっても、責任者がいないのだ。戦争をいかにして終わらせるかという方策が、最悪の混乱によって無意味に長引くことになる。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~あとがき現状トリステイン側王族の皆様→亡命(アルビオンへ)+綺麗なワルド+やり手の財務官メールボワ追撃したロバートとゆかいな仲間達マザリーニ枢機卿と、王女の友人を捕捉することに成功。(でも、あんまり事態の改善には役立たない。)一応、枢機卿は枢機卿であるという一事をもって身柄の扱いが難しいのです。戦争の状況戦後処理→調印してくれる人がいない。前線→まだ降伏していない部隊いっぱい。諸候の処理→下手に厳しくすると徹底抗戦される。ゲルマニア本国の意向どーすんのよこれ。アルビオンえ?亡命?→受け入れる?面倒だよね・・・。ガリア???(何を考えているのだろうか?)ロマリア???(暗躍中?)現状こんな感じでしょうか?追伸次回の方針→綺麗なワルド・恐怖爆殺公女でお送りする予定です。