{ギュンター視点}追撃航行とは、響きこそ勇壮なものがあるが、実行するとなるとかなりの苦難を乗り越えなくてはならないものである。間断なく緊張感を維持し、ただ一つの目標を捕捉するまで、ひたすらに全ての空間を見張るのだ。焦燥感と疲労がミスを誘発し、それがさらなる焦りを招くという悪循環を避けられるだけで、すでに熟練のクルーというしかない。また、前方を凝視していた、見張り員が不審な何かを発見したようだ。追撃航行が決定されてからすでに、これで8度目である。「前方に、正体不明の影を視認。」ただちに、当直中の龍騎士隊が、甲板で飛び立つ用意を整える。相手が、ロマリアのフネならば、そのまま接舷すればよい。だが、トリステインの龍騎士隊や魔法衛士隊の幻獣であれば直ちに叩き落とさねば、こちらの位置情報が露呈する。逆に、何かの錯覚や見間違いであれば、大騒ぎするだけ徒労に終わる。複数の見張り員が、前方に向けて監視を強める。視認できるぎりぎりのところに、辛うじて何かが存在しているのが窺えるのだ。時刻と位置が良くないのが、判断を難しくさせている。時刻は、ようやく夜が明けようとしているところで、位置はこちらのかなり前方に位置している。ごくまれにではあるが、この地域を航行している商業目的のフネや、それらを狙う空賊である場合、時間の浪費になることは避けたい。「艦影を視認!ゲルマニア旗です!」「ゲルマニア旗?この地域でか!?」すでに、本艦の位置はガリア・トリステイン・ゲルマニアの隣接地域へと接近している。龍騎士隊は、夜明けとともに先行偵察に派遣させるべく当直を除き、全て休ませているが叩き起こすべきだろうか?いや、ゲルマニア旗ということは、軍艦か?友軍の第二戦線にある程度位置が近い。行動圏内ではあるだろう。しかし、方角がそれにしてはおかしい。こちらと同一の針路を採っているようでは、ガリア上空にいずれ侵入することになる。あの方面に向かうゲルマニアのフネがこの時期にあるだろうか?「艦長、艦影の特徴から重コルベットと推察します。」当直の航海士が、手元の双眼鏡を覗き込みながら報告をよこしてくる。形式にこだわり、流動的な情勢を見逃すやつは、うっかり事故で落下しているだろう。要領が悪い空軍軍人は、フネに乗る資格がないのだ。そして、部下の報告を丸のみにして、確認しない士官は、いる必要がない。だから、当然のように見張り員を信用しつつも、彼もまた自分の目で確認しようとしているのだ。「軍艦か?しかし、ならば何故この空域で行動している?」「見張り員によれば、クヴォールに艦影が類似しているとのこと。」クヴォール?それならば、確か、第二戦線形成に際して、急派された重コルベットの一隻だ。長距離砲撃用の砲を積んでいるために、重コルベットの快速性を活用し、敵戦列艦を射程外から翻弄するという設計方針で作られた新世代のフネだ。ガリアの両用艦隊と同様に、純粋な練度のみではアルビオンに劣る各国が技術で対抗しようとする風潮の一つとして、建造されたと記憶している。当然、重コルベットというフネの中では、変わり種であるために見間違うことは少ない。「ふむ、たしかに特徴的な艦影だ。」手元の双眼鏡でこちらも確認し、彼の報告に同意する。確かに、砲撃と一撃離脱を意識し帆が増量された艦影はゲルマニアの重コルベットに類似している。よし、ゲルマニア艦だと仮定しよう。ではなぜここにいる?それ以上の判断は、上官の職分だ。自分なりに思うところはあるが、指示を仰ぐ必要がある。「まあいい、クヴォールならば、まずは艦影だ。コクラン卿をお呼びしろ。」ボスを起こして、さっさと判断を仰ぐべきだろう。とにかく、友軍かどうかいささか不安があるにしても、こちらのコルベットは3隻。アルビオン旗を掲げていることから向こうも警戒しているだろう。接触を兼ねて龍騎士を出すべきかもしれない。「龍騎士に信号旗を曳航させろ。所属を誰何する用意だ。」「アイ・サー!」こちらの位置情報が露呈する危険性はあるが、あれがゲルマニア艦に類似している以上、行動を起こす必要がある。友軍誤射はばかげているし、友軍に偽装したフネであるならば、それも一大事だ。ともかく、状況を確認。運が良ければなにがしかの情報も得られるかもしれない。とにかく、接触してみよう。全ては、それからだ。{アルビオン的な視点}「反乱だと!?トリスタニアで!?」ロンディニウムの混乱は、ある程度予定調和の範疇であった。情報を集めるべく、特命を帯びた空軍のフネが緊急出港し、何組もの密偵が複数のルートから投入されることとなる。王家、大貴族、それらに加えて在アルビオンの神官ら多くの人間が、さまざまな思惑をもって、この事態を注視していた。その中でも、アルビオン王家の雰囲気は最悪であった。誰も、口にはしないものの、モード大公の粛清以来漂っているどことなく重い空気が、トリスタニアにいる王族が貴族に反逆されたという事実を否応なく、王家に突き付けていた。「忠誠が軽くなった時代だ。」心ある、王の臣下はそういって嘆いたという。心あるものからすれば、王族が、叛乱によって貴族に捕らえられるということは秩序への挑戦であるとみなされていた。貴族とは本来、忠義の存在である。そのように、アルビオンの臣下はあるべきではないのだろうか?少なくとも、彼らはそう信じているのだ。背信は恥ずべきものであり、忠誠の誓いは崇高なものだと、王の忠臣は信じているのだ。「私らには、関係の無いこと。」そう割り切って議論を行えるのは、あくまでも一部の有閑階級や、大多数の臣民の特権であった。まあ、彼らの大半にしてみれば、トリスタニアでの反乱など、せいぜいが貴族と王族の争いでしかない。その意味では、トリスタニアでの反乱も日々の生活に直接かかわってくる問題ではなく、気楽な物とも言える。それとは、全く異なるのが貴族達である。モード大公派は、大きく勢力を減じたとは言え、ほとんど名分すら明かされずに粛清されたことに含むところがある。北部貴族にしてみれば、モード大公をめぐる一連の抗争で、王家の直轄領が結果的に増えることになったのはあまり歓迎できる事態であるとは認識していない。どこの貴族も、法衣貴族をのぞけば、中央集権に対しては忌避感を抱かざるを得ないのだ。結果として、巨大な王家の直轄領が南部に形成されたということは、王家が南部の交易路を抑えることも意味していた。むろん、統治機構を組み込むまでの混乱は、予想されるものの、その将来は王家にとっては明るく、北部貴族らにとっては愉快なものではない。交易路の大半は、南部経由で北部にまで届くのだから。「南部に恨まれ、王家に使われ、王家に頭を下げる。いくばくか、含むなというのは無理な相談である。」とある北部の大物貴族が酒席で漏らしたこの一言が、北部貴族達の感情を物語っている。むろん、表面上は変わらぬ忠誠を誓ってはいる。だが、一時的にせよ彼らの動向が不安定化することは避けられない情勢であった。これに加えて、モード大公派のメイジや役人が逃亡したために、ある程度のポスト争いが生じている。この処理を誤ると、アルビオン内部にさらなる火種が生じることが予見されており、王家は深刻な危機感を抱き、貴族はいつものごとく虎視眈々と機会をうかがっていた。「忠誠を杖で誓うのは、代わりが効くから」メイジは杖で忠誠を誓うという。だが、『この杖に』というならば、代わりはいくらでもあるのだろう。こう言って、傭兵は貴族達を嗤う。金のために戦う傭兵と、貴族は何が違うのか?メイジは強力な力をもっている。そう、魔法が全てなのだ。結局、魔法が使えるというだけで、メイジは偉いのだ。ならば、力なき王家など、力のあるものに組み伏せられるのは、当然のことではないかというのが、傭兵たちの常識である。ゲルマニア統一過程で、複数の王家や、独立国側に付き貧乏くじを引いた経験は今日でも傭兵たちに語り継がれている。同時に、彼らは金の匂いに敏感だ。正確に表現するならば、傭兵を求める風に応じて、彼らが集まってくる時、そこには豊かな財があり、かつ戦乱の可能性があちらこちらに埋まっている。あとは、戦乱の種が芽を出し、育っていくのを待てばよいというわけだ。「軍務に専心せよ。我らこそが、アルビオンの誇り。」ただ、空軍のみがアルビオン王家の刃である。これは世間が一致して認めるところでもある。本国艦隊の司令は、代々皇太子が務め、実質的に王家の近衛軍の役割を担ってきた。無論、そこには王家に使えることによって、活路を見出した平民層や下級貴族の存在も大きい。彼らは、ある意味で王家の本当の私兵に近い存在であり、空軍のフネと人員もあり、アルビオンにおけるもっとも熱烈な王党派でもある。もっとも、政治的な事柄に対しては沈黙を保つ傾向がある。なぜならば、本質的に彼らは軍人であり、彼らは任務に忠実であることを誇っている。その彼らが、一隻の不審なフネを見つけたことで、アルビオンは再び政治的な混乱の渦に巻き込まれていくことになる。だが、当事者達にとってそれはあまりにもごくありふれた臨検の一環としか受け止められていなかった。{ロバート視点}前方に見えたゲルマニア艦、それは確かに僚艦のクヴォールであった。さらに言うならば、クヴォールは哨戒中の龍騎士が発見した不審なロマリア船籍のフネを追跡中であり、大よその位置予測を済ましているところであった。実に、幸運に恵まれたものだ。少なくとも、クヴォールのクルーには一杯奢らねばならないだろう。「予想より、だいぶゲルマニア寄りだな。」「トリスタニアからの最短路を採ったようです。おかげで、こちらの哨戒に引っ掛かってくれました。」哨戒網は完全ではなく、あくまでも、こちらの後方地域への浸透、通商破壊を警戒したものであった。むろん、ある程度前線でも警戒をおこなっているという水準のものだ。斥候目的で龍騎士を散発的に派遣していたものに、引っ掛かってくれたのは僥倖というしかない。「おそらく、捉えた。あとは、追いかけて、掴むだけだろう。」航路図を取り出し、予想進路と、最終目撃情報を換算して大よその位置を算出する。だがこの予想が正しいならば、ガリア上空での接敵となる。厳密に言うならば、ガリアが自国の領有を主張している係争地域ということになる。ガリアの辺境貴族と、トリステインの辺境貴族、そしてゲルマニアの辺境貴族らが複雑な婚姻関係や継承権をお互いに主張し合う、紛争の種にことかかない厄介な領域でもある。法的に、確定しているわけではないので、厳密にとらえれば、越境攻撃の誹りは逃れられる。だが、厄介事に火種を放り込むべきかどうかということについて、決断しかねる要素があまりにも多すぎる。ぎりぎり最大戦速で予想ルートを進めば、係争空域にかかる寸前で捕捉できる可能性もあるが、その場合は他の方面の索敵が弱くなる。「問題は、仕掛けられるかどうかだ。」「はい。現状ではほとんど余裕がありません。」ギュンターと二人して、得られた情報を分析しつつ頭を抱えることになる。一つは、火薬庫で火遊びをするような蛮行であり、一つは、子供の頭に乗せたリンゴを狙うようなものだ。後者は成功すれば賛辞の対象になるだろうが、失敗すれば大きな代価を払うことになる。判断は難しいといわざるを得ない。ほぼ、位置情報は掴んでいる。誤差の範疇がやや大きいために再度索敵を龍騎士でかけたいところだが、帰還を待つ間に本隊が大幅に移動してしまっては、合流に時間のずれが生じてしまう。かといって、各艦が分散して捜索したのでは、最悪の場合確固撃破されかねない。臨検をする以上、接舷せねばならず、この時がもっとも危険なのだ。数の優位を生かしたいところだが、快速のコルベットで長距離行航行に耐えると判断した3隻に絞ったのは失策だっただろうか?いや、クヴォールは重コルベットといえ、ある程度の速度は出る。合流させれば、分派は可能だが・・・。「いかがされますか?」「個人としては、安全策を取りたい。だが、それだけの決断をする権限が今の私にはない。」任務遂行の観点からのみ議論するならば、決断し、断行するだけの勇気がないわけではない。私自身、軍務上での決断には全責任を負う覚悟はあるし、そのために後悔しないようにも努めている。だが、状況は個人の名誉の範疇を超えたところに問題が介在している。少なくとも、仮に捕捉に成功し、所定の目的を達成したところでガリアとの交戦に至ったのであるならば、いっそ所定の目標をしくじるほうがまだましだといわざるを得ない。ガリアとの交戦を決断する権限がない。無論、その権能があったところで、ガリアと交戦するだけの必要性が見当たらない。「では?」「博打となるが、最短路を最大戦速だ。ロマリアの坊主どもが航海術に長けていないことを願おう。」どのみち、安全策をとっては、発見し、接触できたとしてもガリア上空では手が出せない。で、あるならば最大戦速でガリア上空寸前まで捜索をし、最悪の場合、潔く諦めることが必要だろう。{ニコラ視点}脱出の航海は概ね良好であった。ロマリアから、マザリーニ枢機卿の縁で提供されたフネは、上手い具合に、叛乱貴族の目から我々を包み隠すことに成功している。目に見えるものしか信じられない俗物どもにとってみれば、それが真実なのだろう。そう、安堵できるほどには状況は安定し始めている。「ふむ、どうやら予想以上に早いおでましだ。」『停船せよ。しからずんば、撃沈す』通常のフネの通るルートを避けて航海しているつもりであった。しかしだ、だからこそ隠れて航海しているフネは、専門家にしてみれば目立つということらしい。空賊対策ということだろうか?予想以上に素早く、アルビオン空軍の哨戒網にかかっていた。アルビオン空軍の練度が高いとは耳にしていた。これはあるいは、彼らが極端に優秀だということもあり得るのだろうか?どちらにせよ羨ましい練度と規律である。「王立空軍の照会です。ご安心を、あれらは敵ではございません。」こちらの様子をうかがってくるアンリエッタ王女を安心させるようにお付きの者をつうじて、敵でないことを言い伝えておく。「ワルド子爵に、ひと手間願うとしよう。」叛乱直後から、ここに至るまでかなりの紆余曲折があったが、自分はどうやら金勘定ができるだけと見なされていたらしい。叛乱直後に追い出されて、その後はこれといった処遇もなされずに、マザリーニ枢機卿とひそかに連絡をとれる有様であった。魔法衛士隊の動きも俊敏であることが、敵には災いした。特に、マザリーニ枢機卿が脱走に成功した混乱に乗じて、先遣隊のワルド子爵と合流できたのは幸いであった。遍在の使い手であるワルド子爵に、その遍在を囮にひと騒ぎ起こしてもらい、そのすきにこちらも王女殿下を連れてロマリア船籍のフネに駆け込むことができた。まったく、祖国がもはやだめなのかと思い知らされた時に、祖国に奉職する軍人に彼のような有能な人材がいるのだから、始祖ブリミルも因果なことをなされるものだと思わず、加護にお礼を述べるべきか、言祝ぎの代わりに恨み事をのべるべきか迷うものだ。「子爵、すまないが、こちらに敵意がないことと、トリステインからの特使が乗っていると伝えてくれないか?」「おまかせを、メールボワ侯爵。」そういうと、彼はすばやく遍在を作り出し、その遍在がグリフォンに騎乗する。確かに、何かあっても遍在であれば即座に甲板にいる我々とも相談できるが、このような配慮が指示されずともできる人材が、まだまだいたとは。本当に、祖国は人材の活用を誤ったというしかない。そう思いつつも眺めていると、ワルド子爵が遍在を見えてくるアルビオン艦に向けて接近させていく。敵意がないことを示すために、杖剣は、手に帯びずに代わりに、使者として白い旗をグリフォンがたなびかせている。アルビオン艦から飛び立ってきた龍騎士たちが、その周りを取り囲み、武装を確認している。「どうやら、納得してもらえたようです。向こうの艦への乗艦許可が出ました。」アルビオンは少なくとも、我々の言い分を聞くだけの耳は持っているか、少なくともなにがしかの対話が可能という状況にはあるようだ。モード大公の粛清以来、アルビオン情勢が不透明であったためにここまで、かなり状況が不明確になることを覚悟していたが、思っていたよりは状況が悪くないとの希望が抱ける。空軍がここまで出てきているということは、アルビオンは空軍が外を向ける程度には、安定しているのだろう。本当に、切羽詰まっている状況下で、実質的に王家の私兵に等しい空軍をここまで、分散して運用するというのは考えにくい。であるならば、ある程度は安定しているに違いなく、自分達の活路もまた期待できる。亡命ということになるが、少なくともこれからは自分の腕の発揮どころだ。マザリーニ枢機卿という外交の怪物とまで例えられるような辣腕を欠いているとはいえ、自分もひとかどの能力があると自負している。ここが、正念場となるだろう。次代を担う者達に、少しは楽をさせてあげたいものだ。「よし、では私も向こうのフネに顔を出すことにしよう。すまないが、龍騎士に乗せてくれるように頼む。」{ラムド伯}トリスタニアにて、私は混乱している。事態が理解できない。これは、どういうことだ?「むざむざと嵌められた、そういうわけか。」導き出される解答は、必然的に、屈辱的な事実を物語る。これで、ガリアの嘲笑は確定だ。演出したロマリアや、鳥の骨もさぞかし、愉快な笑いを浮かべていることだろう。実に不快だ。見抜けなかった自分が憎たらしい。情報をうのみにせざるを得ないような環境に追い込まれていることを、コクラン卿に忠告するのはあの状況下では私の職分だった。政治やそれに伴う騙し合いは、コクラン卿が熟達しているとはいえ、責任はあそこでは私にあった。「激昂したのは私が、先だったか?まったく情けないことだ・・。」油断に、情勢判断ミス。あとは、コクラン卿が致命的な錯誤をしないことを祈るしかない。だから、取りあえず、笑顔を浮かべて、蜂起した連中と相対することとしよう。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~あとがき伏線の張り方が難しいです・・。今後の方針・ここからは、綺麗なワルドの提供でお送りします。・国家というキメラではなく、個人プレー!魑魅魍魎の本領発揮?・狐狩りはジョンブルの嗜み以上の方針で頑張っていこうと思います。