{ロバート視点}現状での最善とは何か?行動あるのみだろう。いくつかの重要な打ち合わせを行うと、私はヴィンドボナからただちに前線に向かって、移動した。龍騎士の背に乗って先行していた艦隊と合流したのはそれから間もなくであった。さすがに、先行の指示を出してから、動き出すまでにいくばくかの時間を必要としたことと、敵前で艦隊戦力の抽出を行うのは時間を必要としてしまう。ヴィンドボナから全速で飛んでくれた、龍騎士に礼を述べると、即座に艦隊司令部に乗り込み、指揮権の確認を行うと、戦略目標の確認を行う。打ち合わせ通り、トリスタニアへ全力で向かい、まずは王都を抑えることとなる。「全艦最大戦速、目標トリスタニア!」「アイ・サー!全艦最大戦速にて、トリスタニアへ!」どうも、ここのところ、この世界の考えたかに馴染みすぎたせいか頭が鈍っている。走らせねば、猟犬や名馬とて駄犬や駄馬となるのだが、自身の事となると不快極まりない。いつもの祖国ならば、鉤十字どもの台頭を許すような失態を犯すわけもなかった。エスカルゴ共が馬鹿なことをして、敬愛すべき祖国が失策を犯したことも平和に浸かりすぎていたからだろうか?そのように、気の抜けた状態ではこのようなぬるま湯の様な外交情勢すら複雑怪奇に思えてくるものだ。パラダイムは、祖国の方式を維持しなくては。さて、統治の基本は分割にある。「分割して統治せよ」。この理念を解していなかったのだろうか?ともかく、敵の暗躍を許すことになったのは痛恨の事態だ。「龍騎士隊の先行偵察に力を注ぎこめ!長距離浸透偵察が可能な練度をもつものはあるか?」他国との利害を一致されることなく、ただ自陣営の利益を最大化せよ。この状況下において、利益とは何であろうか?取りあえず、ゲルマニアと私の利害は対立しない。であるならば、ゲルマニアの利益を最大化すればよい。ゲルマニアの利益最大化に際して望ましい国際環境は?アルビオンとの友好を維持しつつガリアに隙を見せないことだ。そして、ロマリアという嫌な隣人に笑顔で死んでくれと願い続ければ良い。同時に、ガリア、ロマリア、アルビオンの三者がお互いのことを殴りたいけれども自制する程度に嫌悪感をもつように仕向けられれば完璧である。「数名ですが、精鋭がおります、サー!」やるべきことが多いが、実務をこなす傍らで必死に頭を回転させる。目の前の敵を撃滅する方策を全力で模索しつつ、いくつもの可能性や、選択肢を考慮する能力は、海軍士官に必須の技能であり、同時に得意事項でもある。「大変結構だ。前方の索敵に先行させるように。」「艦長より、コクラン卿へ。交戦規定に関して照会であります。」では、まずアルビオンとの友好を維持するためにはどうすればよいか?彼らは、確かにゲルマニアとの通商や友好関係の深化を希望してはいるものの、トリステインとの友好国でもある。友好国に配慮し、戦後処理にある程度の処置を希望している可能性があるが、その思考システムを理解する必要がある。ここで重要なのはアルビオンがなぜ伝統的にトリステインの友好国であったかということ。速い話が、大陸との交通路の一つとして無視できないからだ。彼らにとって農作物の輸入や、毛織物等の輸出の航路に中継地点が絶対的に不可欠である。ここで、ゲルマニアがトリステイン全土を領有することは両国間にとって対立点となりかねない。「対空、対地の両方があり得る。敵地なのだ、識別信号に応答がなければ、先制攻撃を認める。混戦中の状況下で敵味方の識別を怠った者の責任だ。」アルビオンの介入はない。余力も意図もないはずだ。だが、今後のことを考慮するならば、アルビオンとの関係を考慮する必要がある。先の演習で示された連中の、空軍は強力だ。敵に回しても得るところもない。国家にとって永遠の友好国も同盟国も、まして敵国も存在しないのであるならば、ただ自国の国益があるのみだ。ルートを抑えられる可能性を考慮するのは地政学上不可避の反応とならざるを得ない。笑顔で、こちらの戦勝を言祝ぎこそすれども、内心では疑心を抱いている可能性のほうが高い。であるならば、いっそ既存のアルビオン―トリステイン間の有力な港はアルビオン信託統治領にでもした方がよい。こうすることで、アルビオンをトリステイン情勢に拘束することも期待できる。有事に、アルビオンが既得権益を死守するためには我々に味方せざるを得ないだろう。「全艦に即応体制を命じておけ。」次に、頭に何か神々の深刻な事情によって欠損を運命づけられた人々及びその他トリステイン貴族の処遇。まず、有能で反攻的な連中は引き続き拘束する。状況いかんでは家門を取りつぶすべきだろう。反抗の可能性及び、団結の種となりえる連中には早々に退場していただかねばならない。誠実で有能な人間を買うことは難しいが、売る程度ならば無能な人間にでも可能だ。まあ有能な面々は、忠誠が期待できる面々のみ旧トリステイン領から切り離す形で辺境開発に活用。名目は、身の安全を確保するために移住を促すとでもする。せいぜい、亜人と仲良く遊んでもらい、碌でもないことを考える余裕がない程度に活路を用意する。帝政ゲルマニアに忠実であると判断できれば、待遇をある程度までは改善させることも視野に入れておく。残りの無能どもを何カ国かの大公国にでも再編。そして、楽しく自分達で削り合ってもらう。「龍騎士隊の準備が完了いたしました。」「よろしい、何か情報をつかむか、敵影を確認次第、即座に帰還させるように。偵察は可能な限り、ツーマンセルを維持させよ。」さらに、連中を牽制し、分裂させるためにトリステイン王族を大公国に任ずるという選択肢も検討の余地がある。現王家の直系が王女のみというのは実に望ましくない。始祖の血統になどなんら価値が見出せないとはいえ、他者はそれに価値を見出しているのだ。ならばこそ、それを逆手にとり名目上の婚姻政策を採用する。それも、外戚がつかないようにと、戦後処理上妾か側室という形式を取るということにしてしまう。そして、名目上ゲルマニア皇帝の側室とでもして、叙爵し、一定の領土を与える。ここで重要なのは、かの王女の養子認可や婚姻の一切を帝政ゲルマニアが決定するということだ。あの国の面々で、王室派は暴発するのは不可避に等しい。これは恣意的な反乱をおこさせるための火種だ。鎮圧できる反乱は、政権を強化する。合わせて、投降してきた貴族達の忠誠を確認する最良の機会ともなるだろう。「やれやれ、これでは、トリスタニアについてからが課題か。」反乱を惹き起こさせるためには、ある程度の成功の見込みを与えさせることが重要。めでたい頭に、可能性をチラつかせてやればよい。例えば、戦後処理に不満を持っているゲルマニア貴族達が、トリステイン王家こそが始祖の血統をもつ正統な王室なのだと叫んだり、一部で、はびこっているとの報告が入りつつあるレコンキスタ等のアホどもが唆せば蜂起は確定だ。いや、だが時期が不確定になりかねないのは気に入らない。それに、レコンキスタなる連中の目的や性質がどうも曖昧すぎる。最悪、ガリアのひも付きの可能性すらありえる。ならば、いっそトリスタニアの駐留ゲルマニア軍司令官が寝返りを約束したと仮定しよう。駐留ゲルマニア司令官とは誰か?情勢次第では私がなることとなるだろう。「とにかく、政治的な課題か。こちらに寝返りを打った連中の処遇も面倒なことだ。」あるいは、勝敗が見込める程度に賢明で、無謀を行わない程度に理性的な軍人を任命してもよい。そして、トリステイン王家に同情的であることを最初から匂わせればどうか。おそらく所定の効果を発揮するであろう。その上で、ゲルマニアの下風に立たせることを条件として、こちらの軍事力を拘束させないためにも、反抗するにはお互いが邪魔であるという程度に分散した領地に配置しよう。こちらのゲルマニア駐留軍は即応可能にしておき、洗い出しが完了した時点で一撃をもって鎮圧する。これで、同地域の不安定化工作をたくらむガリアやロマリアを掣肘できる。また、ガリア対策は隙を見せないことだ。ガリアはロマリアと関係を改善するために活用できるだろう少なくとも、ある種の利害一致が期待できる。ロマリア一国では、ガリアに対抗できない以上、我々の軍事力は不可欠だ。政治的な影響力や統治上の問題形成能力が大きいだけに、できればガリアにロマリアを地上から昇天させしめてもらっても微塵の問題もない。いっそ、秘密裏にガリアとゲルマニアが接近しているような工作でも行うべきだろうか?こちらを掣肘しようとすれば、どのような結果を惹き起こすか連中に理解できるように教育の機会を用意するのもよいかもしれない。だが、正直なところ地上から消えてくれた方がよっぽど人類のためなのだが。「閣下、ムーダより補給について照会がありました。」さて、肝心のガリアだ。我々の補給線妨害程度は、平然とやりかねない相手だろう。補給線には警戒するといっても、飢えることのないように警戒が不可欠だ。「まずは、新鮮な水と食料だ。現状では、砲弾よりも食糧のほうが重要となる。」敵地で出される物品を安心して食するというのは少々気が引ける。貴族連中が、何を思ってか一服持ってくる可能性は皆無ではないのだ。可能であるならば、自前の食糧で事を進めたいと思わざるを得ない。「閣下、ラムド伯がお見えです。」「ラムド伯が?よくぞ強行軍で追いつかれたものだ。ただちにお会いしよう。従兵!熱い飲み物を!」ラムド伯には、我々と共にトリスタニアへ赴任し、状況の把握と外務の交渉に当たる任が与えられていた。だが、事態が事態であるために、出立しても我々の強行軍に追いつけるとは期待していなかったのだが。まさか、こちらに追いついてこられるとはまさしく、外交官として驚異的なフットワークと評するしかない。この場にまで駆けつけてくれるとは、まさしくありがたいというほかない。事態が、我々の意図せざる方向に動いているのは間違いない。この状況下、まるでこちらの取りえる選択肢が意図的に狭められているかのような状況なのだ。この策謀の筋書きを描いているのは、稀代の謀略家と賞賛するほかない。なにしろ、我々の取りえる最善手が政治的に限定されているのだ。そして、その最善手は、多くの問題や課題を否応なくこちらが抱え込まなくてはならないような悪手ともなりかねないものばかりだ。いや、すでに、こちらの選択の自由など皆無に等しい。「チェックメイト寸前ということか?実に厄介な・・・。」こちらの合理的な思考が完全に把握されている?いや、分からない。ここまでわかっている人間ならば、何故このような策を弄する必要がある?根本的には、トリステインを滅ぼすことになる紛争を誘発する理由が、どこの国にもない。ロマリアにしてみても、ガリアにしてみても、ゲルマニアやアルビオンにとってさえ、わざわざトリステインを滅ぼす必要性は皆無だ。アルビオンの国益にとってトリステインは安定が望ましいモノの特に敵対する理由がない。ロマリアにしてみれば、鳥の骨一派の根拠地となりつつあるのだ。対抗派閥がちょっかいを出す可能性は皆無ではないが、得る物も少ない以上、ゲルマニアやガリアでの利権争いに血眼となるのが、当然のことだ。そうなると、やはりトリステインを使ってゲルマニアの戦略的柔軟性を拘束するのが目的となり、アルビオンかガリアの動向次第となる。だが、アルビオンは内戦寸前までいった混乱が大きい。内乱時の介入を恐れての策謀か?しかし、費用対効果や、成功率に加えて市場への影響を考えると望ましくないだろう。「ガリア?しかし、意図が分からなすぎる・・・。」まるで、走らせて、餌を食わせて、肥えたところに鉛玉を撃ち込もうとするようなものだ。意図が分からない。「思考に囚われているか・・・。今は、なすべきことをなそう。」 {ワルド視点}第一報は、王都での反乱だった。第二報は、王都が制圧されたことと、王族や枢機卿等の拘束を知らせてきた。事態は急速に悪化しているようだ、そんな場違いな感想を思わず抱く自分は、やはり祖国への忠義を等に見限っているのだろうか?そう、思いつつも当面は、魔法衛士隊の副隊長としての職分を全うしようと決意する。とにかく、行動しなくてはならない。聖地への欲求も、真理の探究も生きてこそ可能なのだから。「子爵!君はマンティコア隊とグリフォン隊の一部を率いてただちに王都へ先行せよ。」「拝命します。しかし、マンティコア隊も、でありますか?」王都への帰還、それそのものは望ましいものかもしれないが、事態は切迫している。確かに、純軍事的な観点からすれば快速のグリフォン隊やマンティコア隊で先行することは望ましい選択肢だ。だが、それを、自分が率いるというのはどうなのか?「風系統のスクウェアメイジの卿こそふさわしい。とにかく、事態を把握することが重要でもある。」確かに、こういった情勢下で、風系統のメイジ、それもスクウェアクラスとなれば大きな働きができるだろう。だが、混乱しているトリスタニアを、精鋭とはいえ、魔法衛士隊だけで奪還できるのだろうか?状況によっては、単独で、もしくは少数のメイジたちで王都内部から王族や、マザリーニ枢機卿等を救出しなくてはならないだろう。そうであるならば、少数精鋭であることが強みなるが・・・。「では、可能であれば王族の方々を救出するのも、任に含まれるのでありましょうか?」王家ならば、何か、聖地に関する秘密を知っているのではないか?何かの伝承があるのではないか?アカデミーは何かを知らないだろうか?そう思い、出世を重ねるたびに見聞を広めようとしてきたが、上手くすればここで解答が得られるかもしれない。その思いが、祖国に、貴族達の在り方に絶望している自身の心を震わし、今一度祖国への奉仕を決意させることとなる。「無論だ。卿には期待しているぞ!」自分は、騎士ではなく、勇者でないのかもしれない。だが、母の求めた聖地への渇望と、腐敗しきった祖国といえども、祖国に対する思いがなにがしかは残っているようなのだ。上手くすれば、聖地に関する見聞を得られるかもしれない。「はっ。ただちに先行いたします!」 {???視点}「報告です。どうやら、トリスタニアに魔法衛士隊と、ゲルマニアの艦隊が良いように急行しております。」とある、一室で男達は、現状を「どう打開するか?」という一事に全てを注いで議論を行っていた。部屋の周囲には、護衛のメイジや衛兵たちが展開し、それとなく外部を寄せ付けないような雰囲気を形成してある。もっともここも秘密の通路や、隠し扉といった疑心暗鬼の産物を知らねば入れない隠し部屋であるのだが。「ほう、ならばこのままいけば両者はぶつかるというわけか。」「しかし、思い通りに動くかはわかりません。」「魔法衛士隊の先鋒はワルド子爵、風のスクウェアともあれば期待できましょう。」一瞬、その情報に男達の間にざわめきが広がる。風のスクウェアメイジ。その意味は、ここでは小さくない。さらに言うならば、現状で求められている人材としても、ワルド子爵という人物は、申し分ない役割が果たせるであろうことが期待されている。「そう言えば、ロマリアからフネが来ておりましたな。」「ああ、枢機卿団のかね。」確かに、ロマリアの一部が気を利かせたのだろう。フネを用意している。救貧に回すとの名目で、物資を運んで来ているとの触れ込みだが、中には諜報員が満載されていることだろう。「検討してみる価値はないでしょうか。」「ゲルマニアを泥沼に突き落とすのか?」「他に有望な選択肢はありません。」男たちは、一様にお互いの表情を見やる。そこにあるのは、賛同の表情。事態は、すでにあまり面白くはない状況になっていることを示唆しているが、出しぬけるという案は決して悪くない。「アルビオンの動向は?」「当分は動けますまい。これで、かの国々は望もうと望むまいと・・・」「それが、最善手か・・・。ここに至ってはやむなしだな。」「次の機会を待ちましょう。」「そうだな。では、手はず通りに。」司会格の男がそういうや、即座に隠し扉に身を投じる。時間に余裕がない中で最大限の行動をするのだ。賽は投げられた。願わくは、始祖ブリミルの加護があらんことを。 {ロバート視点}嫌な知らせとは、こちらの用意ができていないときに最悪のタイミングをうかがって訪れてくるらしい。思えば、マタベレでの勤務中も、雷撃が来たのは碌でもないタイミングであった。鉤十字どもといい、トリステインといい、とかく最悪の事態で、最悪な事態を惹き起こすことに関しては天賦の才能でもあるのではないだろうか?あの、頭に深刻な欠損でもある連中のことだ。王族から、捕虜宣誓を取りつけて油断している間に逃げられたと思えば、当然といえば、当然である。そう冷静に思う一方で、確実に憤りを覚える自分もいるのだ。「亡命されただと!?」ラムド伯が血相を変えて、トリスタニアからの知らせをもたらした龍騎士に飛びかからんとしている。気持ちは良くわかるところだ。先行偵察の報告が事実であるならば、連中は一目散にロマリアめがけて亡命中だ。我々という盛大な、道化師が到着するのを待っているのは、おそらく混乱しきった貴族どもだけとなる。「はっ、ロマリアの高位聖職者らが手引きをおこなった模様です」「腐った坊主と、忌々しいガリアめ!」怒りのあまり思わず手にしていたグラスを地面にたたきつけて、ロバートは呪詛の言葉を吐き捨てる。例えば、統治者の責任を痛感した王族が、悔いあらためて修道院に入るとしよう。どの程度、悔い改めていることができる?面倒事の雌鶏が一羽増えるだけではないか。「片手で握手をしつつ、片手で短刀から毒を滴らせるとはいい度胸だ。」「っ、ではロマリアの政治工作の一環ですな。」教書に回勅。いずれも、政治的にこちらが対処にある程度の時間を必要とする代物だ。当然ながら、首脳陣の対応はこちらに集中することとなる。だとすればだ。その間に、この亡命劇の小道具が用意され、舞台の幕が上がることになる。「事態を憂慮する、か。なるほど、確かに事態は憂慮すべき事態だ。」まして、状況はゲルマニアにとって望ましいどころか、最悪の更新中である。本格的な戦闘を望んでいなかったにもかかわらず、現状では王族を拘束した貴族連中からの増援要請に応じて王都行軍を強行する羽目になり、あまつさえ肝心の王族がいないと来た。脚本は、ガリア。演出はロマリア、おそらくは鳥の骨に連なる枢機卿団。或いは、教皇の意図も入っているのか?「道化もよいところですな」「トリステイン貴族も、我々も、今頃ジョゼフにとってみれば笑い物でしょうな。」事態を告げるべく、飛んできた急使から届けられた報告に、思わずラムド伯と二人して渋面を浮かべることとなる。新ゲルマニア勢力の救援という名目で派遣されている我が軍は、ここで引き返すことはできない。厄介なのは、王族が亡命し、明確な事態の終結方法が消滅してしまったということだけではない。どうやって降伏を認めさせるか一つとっても厄介なことになる。だれが、どうやって降伏処理を行う?トリステイン貴族どもが、泥をかぶるわけがない。その一事において王家には価値があったのだから。戦後統治の方策すらおぼつかなくなりかねない。まったくどうして私がこのような理不尽な問題に直面しなくてはならんのだ。正直に言って、私は狐狩りか研究ができればそれで良いのに、どうしてこのように面倒事を処理せねばならないのだ。私の職分は、あくまでも祖国防衛においてのみ高貴な義務を求められるものであり、祖国への奉仕でもないのに、これほど働かされるのは不本意極まりない。「いや、一撃で解決できましょう。」「は?コクラン卿、何を?」機動遊撃戦だ。単純に言って、航続距離の観点からフネといえどもトリスタニアからロマリアまで直行ではいけない。そして、ロマリアには純粋な軍事力としての防空戦力が乏しい。ならば、追撃をかければ捕捉可能なのではないか?「針路変更!全艦に作戦変更を通達!並行して各艦の艦長を旗艦に召集せよ!」幸い私の戦隊はトリステイン戦初期から通商破壊作戦に従事している関係で長距離浸透攻撃の経験が豊富である。トリスタニア進軍を見据えて航続距離延長用に風石はかなりの余剰がある。戦隊で索敵線を構築し、追撃を敢行すれば捕捉できる可能性は少なくない。王女の亡命規模から推察と、龍騎士による高機動の移動は困難だ。さらに言えば、航続距離の観点から一度か二度は、補給を必要とするはず。少なくとも、ムーダからの報告を信じるならば、ロマリアのフネにアルビオンに見られる長距離航行可能な性能をもつものは存在しない。最短路を取るにしても、ガリアを突っ切るならばなにがしかの補給をトリステインで済ましておく必要が高いだろう。ガリア上空に侵入する前に、捕捉は不可能ではない。情勢如何によっては、ガリア侵犯も含めた全ての処置を選択肢に有しておく必要があるが。「追撃戦発令用意!全速で針路ロマリア方面だ。索敵用の龍騎士隊出撃用意。」一日程度の差ならば、挽回可能ではないだろうか?最悪、ガリアへの越境攻撃も辞さない。その場合、空賊に偽装し敢行する。「二種偽装襲撃戦装備を用意させろ。ラムド伯以下外交官の面々には申し訳ないが、フネを乗り換えていただけ」「アイ・サー」「風石の余剰を移送。長距離浸透作戦だ。不要物の移送を。」「旗はどこの物を掲げますか?」「当然アルビオンだ。連中も馬鹿正直にロマリアの国旗を掲げて逃亡しているわけでもないだろ。だとすれば、ここで最も中立に近いアルビオンの旗が無難だ。」「おい、龍騎士は迷彩を施しておけ。そうだ、索敵優先だ」快速のフネを抽出し、最大戦速でロマリア方面に向かわせる。そして、搭乗させている全龍騎士隊でもって前方を捜索させる。これだけ見れば極めて容易な作業であるものの、実質的に友軍支配地域とは大凡程遠い地域上空で長距離浸透襲撃を敢行するのと大差はない状況で行うのだ。多くの困難が予見されてならない。未だ降伏したわけではないので、トリステイン軍との接敵の可能性を完全に排除するわけにもいかない。それだけに、索敵には神経を使わざるを得ない。前方に敵がいつ現れるか、そしてそれがどのような敵であるかは未知数なのだ。そして、龍騎士隊による捜索は確かに多くの情報を集めることは可能である。しかしながら、こちらの龍騎士から接敵せんとするこちらの意図を第三者に気づかれる可能性も濃厚にある。一応、保険の意味もかけてアルビオン旗を掲げ、龍騎士に迷彩を施させて捜索を行っているものの、気を抜くには危険が大きい。「コクラン卿、お待ちいただきたい。どういうおつもりか。」長距離航続になる可能性が高いため、随伴できるのは巡航能力の高いコルベットのみで、戦列艦等は次席指揮官に一任することになる。この場合、指揮権の関係上、辺境伯の同格者に任せることになる。まあこの混乱を名目としてトリスタニア進軍を取り止められれば良いのだが、そうはいかないだろう。ラムド伯以下、政治向きの専門家らが同伴しているので、トリスタニアでの加減は専門家に一任することにしよう。「ラムド伯、亡命中のトリステイン王族らですが、追撃をかければ捕捉し得ると判断しました。」「ですが、追いつけるのですか?」疑問は尤もだ。もっとも、正確に質問をしていただくならば、トリステイン上空で追いつけるかということになるが。「最悪、ガリア上空での遭遇戦になりますが、捕捉自体は可能であるかと。」「ガリアを侵犯するおつもりか!?」確かに、ガリアの侵犯は厄介な問題を生じさせかねない。だが、越境をどう判断するか、そして、越境可能かどうかという時点で疑問がある。明確な国境線地図が存在しない以上、錯誤を主張することは不可能ではない。無論、相手側の意図次第になるが。理想を言えば、ガリア上空に侵入される前に、ロマリアのフネを捕捉、捕縛なり撃沈なりしてしまうことだが、現状の速度でそれが可能かどうかは微妙なものがある。ぎりぎり間に合うかどうかというところだろう。発見が遅れれば、ガリア上空で遭遇することになる。「・・・仮に捕捉できた場合、撃沈ですかな」「難しいですな。拿捕できればそれが一番だが、抵抗された場合撃沈も選択せざるを得ない。」事は微妙な問題である。捕捉するのが最優先ではあるものの、捕捉してからも問題が山積している。極論を言うならば、代表格のアンリエッタ王女ごと搭乗したフネを撃沈できれば問題は解決する。だが、政治的には確実性が求められる上に正統性も不可欠だ。死体の確認という全くもって気乗りしない作業を経ないことには、アンリエッタ王女の亡霊にゲルマニアが悩まされる素地を残してしまう。妖精の悪戯程度ならば、ジョークにもできるが亡霊が徘徊するのは許容の限界を超えてしまう。まして、アンリエッタ王女ほどでないにしても、王族が生き残り、ロマリアにわたっては後々の禍根となりかねない。だが、ロマリア籍のフネにおそらく宗教関係者が搭乗している状況で撃沈というのは発覚すれば、政治的には致命的な問題を惹き起こしかねない。さながら、スペインの異端査問官の前の新教徒並みに愉快なこととなるだろう。さらに厄介なのは、ガリアの動向だ。ルート上でガリアを通過する場合、ガリア上空での戦闘は政治的に厄介な問題を惹き起こしかねない。それが目的かとすら一瞬勘ぐってしまう。「拿捕しても、お嬢様を移送するのは気が折れそうですね。」「確かに。下手に荒事にするわけにもいかない。ですが、最善を尽くすのみです。」目を艦隊に向ければ、各艦から龍騎士の背に乗って、艦長たちが集合してくる。手早く事態の説明と、今後の方針説明を行い、速やかに行動に移らなくては。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~あとがき随分とご無沙汰しております。ちまちまと、改訂したりしていましたが、一応、この話と纏めて、謀略戦は謀略戦という一つの話に纏めてみようとアイディアだけはもっています・・・。今回は、まあ「王女様亡命しちゃったよ」ということで。誰が責任持って降伏するの?(要するに、降伏文章にサインするのはだーれだ?)梅津大将みたいに、責任とってサインしてくれる人がいないのです。7/29細部を修正でも、誤字等がまだあるやもorz