{ロバート視点}ダンドナルドからヴィンドボナへ向かう快速コルベットの船室でロバートは、ヴィンドボナからもたらされた最新の戦況と各種報告に頭を抱え込むこととなった。トリステイン貴族などいちいち覚えていないので、主要貴族の名前のみ頭にあっただけだが、この情勢下では些細なきっかけすら見逃すわけにもいかずに貴族録に齧りつき、士官候補生時代を思い出す勢いで暗記しなくてはならなかった。だが、それらも頭痛の緩和と言う点においては有効だろうと、認めるに吝かでもないのが現状だ。最新の報告によればロマリアは、完全に善意の第三者と言う形で大幅に介入してくるという紛争当事者にとって最も望ましくない形で干渉し始めている。「つまり、彼らは何がしたいのですか?」「確証はありませんが、ガリアから相当の資金が動いています。現在、宗教庁の一部は商人と同じです。」相当やつれた顔で同乗したラムド伯から、最新の情勢についての分析を聞きつつ目の前の各種報告書に目を通す。想像以上に、事態の進展は急速に悪化している。良くも悪くも利害にさとい貴族と、無駄に矜持の高い英雄願望の愚者どもが壮絶な泥仕合を繰り広げるもの時間の問題だろう。前線からは、辺境伯を中心として急激な戦線の押し上げに対する懸念の念が伝えられてきている。領地を隣接する宿敵の排除には歓迎の趣がいくばくか含まれているが、それらを放置して敵主力の包囲、せん滅を行いトリスタニアへ進軍することには現状の軍備では二の足を踏まざるを得ないようだ。「前線では物資の調達状況がよろしくないのです。」「何故です、ラムド卿。ムーダの船舶を総動員して後方の補給網を稼働させれば辛うじてではあるものの前線に送り込めるはずだ。」「後方の補給網はようやく整備され始めたばかり。前線では、停泊地が足りないのです。」これは、整備された停泊地に慣れ切った失態か。前線で通常消耗する物資はある程度余裕を持って備蓄されている上に一定量の消費が続いていたために若干の余剰を持たせる程度の停泊地がようやく整備されている程度であった。書類上は、停泊地とあるものの前線の動向次第で簡単に変更が出来るような簡易仕様なので、設置自体は容易なものの、面積の割に収容数・機能ともに限定的とならざるを得ないでいた。損害と消耗を度外視すれば、進軍は可能だろう。だが、問題はそれだけの価値がある成果が期待できないにもかかわらず進軍しなくてはならないという問題である。戦後の処理を考慮すれば無益な損耗は論外と言わざるを得ない。だが、戦後の政治戦略を考える際に、進軍は不可避なのだ。ある程度、纏まった物資に優勢な戦力。これだけの条件がありながら、友軍を救援できなかったとなれば相当の政治的な失策となる。救援できるだけの力がありながら友軍とされる存在を見捨てたとなれば面倒事が追加されるのだ。信じてもいないブリミル教だが、ここで蜂起した間抜けどもが自然死の範疇で急死するならばいつも以上の寄付程度ならば喜んで応じてもよいくらいだ。「さて、厄介なことに財務担当・外交担当のトリステイン貴族は拘束されており穏健派は完全に勢力を失っています。」「この状況下で、交渉相手がいないのは悲劇ですな。」「まったくもって。多少の望みをかけて前線部隊と交渉することも考えたのですが・・・」話にならないだろうということくらいは容易に想像がつく。いくら士気が低迷し脱走が相次いでいる軍であっても、それだからこそ追いつめられたと感じれば窮鼠猫をかむともなりかねない。逃げ道をある程度用意するのは敵の崩壊を容易にする上で不可欠な方策なのだ。だが、これでは背後から追撃と言う戦果拡張は期待できそうにもない。難しいのは、ロマリア側からの支援とも横やりとも受け取れる教書は、教皇の意向を体現したものではなく、ロマリア宗教庁の声明であるという点だ。ある程度の、政治的な影響力こそあるものの本格的にトリステイン貴族どもがひれ伏すほどの効能は期待できない。このような、状況下で信頼すべきはむしろ友好的な第三国による仲介、すなわちアルビオンによる仲介交渉だろう。かの国には、内紛のごたごたをそれとなく支えてやったという貸しがあるのだ。国家にとってこの手の協調関係は持続性こそが重要なので、相互に友好関係を再構築するという点からもアルビオンによる仲介は一定の有効性が期待できる。「アルビオン側の意向は?」「もともと、事態を憂慮していたので仲介には喜んでとのことです。」「それはありがたいですな。」ここで、なにがしかの法外な対価を請求されるならば友好国としての在り方に疑問をつけることとなるだろうが、これならば比較的良好な良識ある隣国として良い関係を維持することが出来るだろう。「ですが、その程度ゲルマニアも予想しているのではないかとの懸念がありましてな。」確かに。第三国の動向を正確に把握するのは極めて困難であるが、ガリアの密偵はアルビオン全土に散らばっていることだろう。状況の大まかな把握程度は容易であろうし、主導的に事態を動かしてきたことを考えれば、アルビオンの仲介を妨害してくることも想定に入れておくべきだろう。あるいは、ぶち壊しを狙ってくるかもしれない。アルビオンの仲介で交渉がまとまり調印式に赴くアルビオン・ゲルマニアの使節団を襲えばアロー号事件が再現できる。「・・・その通りですな。まったく疑い始めればきりがない。」アルビオンを巻き込んで、やりたくもない仕事を抱え込むことになるのは、ごめんこうむりたい。ただ、アルビオンと負担を共有すること自体には不満がないのだが。もちろん、負担に相応の対価をこちらが用意することを考えると費用負担で頭が痛いがそれらは、政治的な取引で対応すれば済む話だ。理性的な相手との交渉は、油断がならないものの常識の範疇で交渉が出来るだけにありがたい。「ところで、蜂起した連中の要求はどの程度厚かましいものでしたか?」視点を変えることも時には重要だろう。そう判断し、現状で面倒事を持ち込んできた連中が嬉々として手柄だと思っている事柄に対して何を要求してきたか確認する。忌々しいことではあるが、公式には彼らを顕彰するか、ある程度の理解を示さなくてはならないだろう。足を引っ張った愚か者を引き立てるなど、砲弾を転がされる最悪の一歩手前だ。「それが、はっきりとしません。」「・・・援軍要請等は来ているのですか?」はっきりしないということは判断材料が乏しいということだ。当たり前のことであるが、つまりこちらとしては最小限度の配慮で済ませたいが、対外的なものと、相手の要求額がわからないだけに下手に手を打つと面倒事に発展しかねない。「そちらは、蜂起直後にまっさきに送られてきました。」「我々の都合を無視していること甚だしいですな。」「まったく。こちらに恩を売るつもりなら、蜂起前に一言声をかけるべきでしょうが。」呼応した形で蜂起することにしてくれれば、まだ最小限の損害で進軍できただろう。用意を整えた攻勢が一番攻勢の中で損害を出さなくて済むのだ。まあ、相談されたらただちに自重を促したであろうし、今回はロマリアとガリアの脚本で踊っている道化なので求めること自体が違うのかもしれないが。「ラムド卿、卿の指摘するとおりでしょうが、経験則からいってトリステイン貴族がそこまでの頭を持っていると判断される材料はおありですか?」「いや、失礼、確かにおっしゃる通りだ。」「どうも、お疲れのようですな。」そう言い、軽口を交わしながら器用に肩をすくめつつ戦況図と援軍の針路を書き込んでいく。戦線は現在二つ。侵攻路は空と海と陸。問題は、破壊でも、敵のせん滅でもなく、敵地後方どころか中央の救援という任務なのだ。第一案、セオリー通り敵戦力を分散させたまま確固撃破。第二戦線から助攻にでて、第一戦線から主攻?むしろ、逆にして、第一戦線で敵主力を拘束し、第二戦線から攻勢により突破、トリステインを大きく横断し、迂回挟撃で敵艦隊及び正面戦力を包囲せん滅のほうが効率的か。しかし、時間的な制約から当該案を今回は見送らざるを得ない。第二案、忌々しい鉤十字どもに倣って一点突破、包囲せん滅。この場合は、艦隊を衝撃力として第二戦線の敵前線をぶち抜き、全面侵攻を行うか?だが、地上部隊の進軍速度は、機械化されたそれとは遥かに速度が異なる。艦隊は、打撃力には優れるが、地上を占領するには戦力がやや不足している。補給線の確保と、時間的な制約も懸念材料。第三案、第二案に修正を加えたもの。艦隊をトリスタニアへ増派し、防衛戦を支援。トリスタニアへの地上部隊の進軍までの時間を稼ぐ。これならば、時間的な制約はある程度逃れられる上に、政治的にも安全ではある。だが、艦隊は万全の支援がなければ戦力を十二分に発揮することはできない。艦隊戦力を分散配置すること上、拠点防衛に艦隊を使うために、遊兵化の懸念も無視できない。派遣した艦隊を蜂起した貴族達からの補給に依存させることも危険である。第四案、全面侵攻による損害度外視の制圧。可能か不可能かで議論するならば、可能なものの範疇に含めることもできるが、もっとも忌避するべき選択でもある。敵戦力を圧倒できるうえに、上記3案の問題点は解決されるものの、損害が許容範囲を圧倒的に超過することが予想される。「ラムド卿、純軍事的な解決策は犠牲が多すぎます。絡め手から解決できそうな糸口に心当たりはないものでしょうか?」「難しいですな、一応、離間策等をもう少し時間があれば効かせることもできるのでしょうが・・・。」「寝返りを決意させるだけの時間的な余裕がない、ですか。やはり制約事項は時間ですね。」嘆かわしいことだが、文明人にあるまじきことに、問題の解決に暴力を用意なくてはならないようだ。文明人ならば、初めから殺しあうのではなく、たとえ未開人のところへであっても海軍艦艇でこちらから赴き、程度に応じて説得するくらい度量が大きくなくてはならないのに。まあ、さすがに、やりすぎも問題であるのだが。「時間で言うならば、現在の最大の問題は、二つの魔法衛士隊がトリスタニアへ急行しつつあるとのことです。」「第二戦線に貼りついていた二つですか?」曲がりなりにも、魔法衛士隊は精鋭だ。少なくとも、通常のトリステイン王国軍に比べれば戦力として極めて優れている。それが、前線を放棄しトリスタニアへ急行しているというのは頭が痛い展開となる。第二戦線が追撃をおこないつつ拘束しているが、一部は追撃を振り切りそうだという。報告の時点で、一部に逃げられかけていたということは快速の部隊は一部離脱に成功し王都へ急行中だろう。そうなると、面倒事がさらに厄介になることが自明の理だ。快速の艦隊で襲撃し、進軍を阻止することも視野に入れなくてはならない。曲がりなりにも、敵戦力と相対している前線で、快速部隊の抽出と戦線投入に耐える指揮系統編成を短時間で行う?なかなか、重労働にならざるを得ないだろう。指揮官の人選も難しい。いっそヴィンドボナで善後策を議論し次第、前線に飛ぶか?だが、情報は多角的な角度から分析するべきだし、外交情報等はどうしても後方の方が豊かだ。情勢次第で、後方から指揮を執るか前線に赴くかは判断するべきかもしれない。「参ったな。龍騎士で急使を送り出して、追撃を艦隊に命じていただけませんか。」「コクラン卿、それは越権では?」「御忠告には感謝いたします。ですが、機を逃すことなく軍務を果たすのが軍人の責務でありましょう。」厳密に言えば、艦隊に行動を命じる権利は現時点ではないのだろう。指揮権が追認される公算が高いためにさほど問題とならないで済むかもしれないが、軍権の管理が甘い現状だからこそ可能だとも言える行動になる。さすがに、何度も行いたいとも思わないが事態を収束する方が優先させられても問題ないだろう。とにかく、事態を少しでも悪化する前に改善させなくてはならない。ここまで、戦略上の後れを取ったならばおそらく戦術での盛り返しは困難だ。勝利ではなく、最小限の敗北に留めなくてはならない。極めて面倒極まりない。「では、私も裏書きを行いましょう。そうなれば、ある程度は良いでしょう。」「貴公に感謝を。」「いえなに、貴方についていけば立身も間違いなさそうですからな。恩を売っておこうかと思いまして。」まあ、同僚に恵まれたことは数少ない良い点だろう。ここで、無能な人間と共に仕事をしろと言われれば、たまったものではない。面倒事を引き起こすわけではないが、主計官と仲良くやれといわれるくらい難しい問題である。なにしろ、妥協できる問題でもないことがあまりにも多すぎるのだから。「では、ここはありがたくお世話になっておきましょう。」~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~あとがき(≒言い訳)季節の変わり目なのか、微妙に体調が・・・。まったり更新中・・・。