{ギュンター視点}「よし、ボスの指示通り誘引を適宜行いつつ主力に合流する。」目の前を覆い尽くさんばかりに展開している亜人たちだが、実際にはその数はそれほど多くない。比較的中規模な群でも、その亜人群には存在感があり空から見ていても個体として戦士をはるかに凌駕する身体能力が脅威を醸し出している。そのため実数以上に多く見えるのだろう。とはいえ、行動は単純であり頭に血が上った状態で安易に行動してくるために知恵と戦術をもってすれば容易に御せる相手でもある。だからだ、誘導作戦は恐ろしいくらいに順調に進展している。適当に餌をばらまき、食事時のところに散弾とメイジによるおもてなしを行うだけで順調にかかってくれる。「しかし、散弾は予想以上に効果が薄いですね。」「確かに。一応、逓減させる程度は期待したのだが。」亜人討伐において散弾を斉射する機会が乏しかったために実際に使ってみなくてはどの程度の効果か未知数だった。一応、命中率は上がっているのだが砲撃担当の士官によれば歩兵に向けて撃ったのとでは全く異なる感覚だという。あたっても致命打を与えられていないという。効かないわけではないが、少々頭の痛いところだ。まあ、実際に問題となりそうなのはそれくらいである。万一に備えて数か所の拠点を構築したものの実際にはほとんど使うこともないようだ。一応将来の前哨基地として使うことも想定しているらしく、かなりしっかりとしたつくりにするように要求されていたが、これならば討伐後もこれと言った損傷がなくて済みそうだ。伝令の龍騎士に定時連絡を持たせて、フネを立たせる。概ね順調。誘導状況の報告と相互の連絡を維持。主力からは陣地構築完了の報が入ってきている。ミス・カラムが完了と言うのだ。間違っても入り込みたくはないような火力を備えていることだろう。{ロングビル視点}貴女は、お若いにもかかわらず大変な実力者だ。ぜひ、これからもダンドナルドの発展に寄与するためにお力添えをお願いしたい。これが、要約すると呼び出されて言われたものだった。単純に言ってしまえば、コクラン卿の呼び出しはそう言った期待と勧誘の声かけのようなものであった。丁寧な物腰と、ごくごく平凡な勧誘の言葉はこれと言って特徴をもつものではなかったが、まあ貴族にしては物腰が柔らかい部類だろう。まだ、未熟だといって謙遜し誘いを断ることも考えたが、ここははぐらかしておくことにしようと思う。おいしい話に飛びつかないということは、それだけで相手に警戒させるのでこちらが、相手の申し出を真剣に検討しているか、信じられないでいると思わせる程度に距離を取りつつ礼節にのっとって行動すればさほど注目されないと思っていた。だからだ、『いや、働きには期待している。まあ、部署で全力を尽くされよ。適切に評価させていただく』などと言われた時には思わず自分のミスで身動きがとりにくくなってしまった。なにがしかの人間が私の働きを評価しているのだろう。まずいことに、これをかわす術が私にないのだ。暗黙の監視ならば排除するなり、戦場のどさくさにまぎれて処理することも考えられるが、公然と多くの人間が見ているならば可能な限り隙を見せないようにするくらいしかない。まさか、フネの士官を全員と言うわけにはいかない。すでに、ゴーレムの運用でいくばくかの役割を宛がわれてしまっている。このまま、ずるずると泥沼に陥ってしまうわけにもいかない。だが、私にはそれを回避するためにあまり選択肢がないのだ。亜人討伐自体も極めて順調に推移している。すでに、誘導は最終段階に入り、渓谷に向けて亜人を誘導するところだ。いくばくかの挑発と少しばかりの食糧で亜人の群れはなだれ込み待ち構えている主力の攻撃と、艦隊による空からの攻撃で挟撃され討伐されることとなるだろう。これまでに、さんざん亜人の群れを追いまわし、飢えさせてきている。おそらく、さしたる損害もなく順調に討伐作戦は終了することになるだろう。そうなれば、妥当な結果として論功褒賞が行われる。すでに、フネで誘導を行った人員は顕彰するとの公式の宣言が行われている。褒賞が増えることを純粋に喜ぶクルー達だが、私にとって評価され、有名になることは身元が露呈しかねないという問題を抱えている。できれば、何とか静かに身を隠したいものだ。とはいえ、逆にそれで注目を引いてもどうしようもないのだ。「まったく、嫌になるね・・・。」{ロバート視点}「コクラン卿、北東にギュンター分艦隊です。」「確認した。向こうも、予定通り誘導を完了したようだな。」状況は順調だった。艦隊は所定の配置についており、主力はすでに展開を完了し大規模な統制攻撃を行う用意を整えている。信号弾が上がり次第、渓谷を亜人の墓場とする用意は完了しきっていた。問題は、なんらない。「ギュンター分艦隊より、手旗信号。ワレ、ハイチ、カンリョウ」「了解した。受信信号を送り返せ。ミス・カラムにもいつでも良いと伝えろ。」担当の士官が手旗信号で手際よく各隊へ連絡事項を完了したのを見極め、予定の変更がないのを確認すると、この時のために用意された信号弾を装填した砲を指揮する砲術士官に一瞥を与え砲撃を命ずる。「手際良く済ませよう。」信号弾が発射され始めるのを眺めつつデッキから指揮を執るべく、望遠鏡を手に取ったとき違和感に気がつく。「信号弾は、7発では?」「申し訳ありません。最後のものが、不発でした。現在処理中です。」よい、この程度のつまずきならばさしたる問題でもないだろう。そう思ったものの、嫌な予感が何となしにする。戦場で勘ほど信頼に値する助言者はいないのだ。気を引き締めることにしよう。{アルブレヒト三世視点}「嵌められました!トリステインで反乱です!」血相を変えて飛び込んできた諜報官の一報は、ヴィンドボナ中枢に激震をもたらした。トリステインの高等法院長が親ゲルマニアの立場を掲げて蜂起。主要な王族を捕捉し、トリスタニアを制圧して、講和を呼び掛けてきている?信仰を同じくする兄弟で争うことの無益さを訴え、武器を捨てよう?すでに交渉と援軍要請の密使がこちらに向かっている?ロマリア宗教庁は、戦争の終結を求める教書を発表?ありえない。誤報ではないのか?月並みな感想しか漏らせない諸官に交じりアルブレヒト三世は心中で盛大に罵詈雑言を一通りままならない現実に浴びせた。苦虫をかみしめたような表情を浮かべつつ、せいぜい不快感を他人と共有するべく、厄介事を処理できそうな人間に押しつけることにする。「コクランを参事官として呼び戻せ。やつにこの件を処理させろ。」{ロバート視点}「やられた」勝利の杯を苦くするのは敗北の苦みだ。随分と、効果的な一手を打たれたものだ。それが、ヴィンドボナからの急使がもたらした一報に対するロバートの感想だった。親ゲルマニアの反乱。正直なところ、外から眺めている分にはトリステイン戦を早期に打ち切りたいゲルマニアが考えつきそうな手ではある。「至急、帰還用意を。」だから、世間は驚きつつも、ゲルマニアの所業だと勝手に納得するだろう。まさかと驚きはするだろうが、その思考は比較的理解しやすい筋立てを与えられればおのずとそれが真実であると信じ込むことが予見される。蜂起した連中も、本心からゲルマニアと裏取引している気にでもなっているかもしれない。「龍騎士でダンドナルドに伝令。帰還次第、最速のフネでヴィンドボナを目指す。用意を。」状況を整理しよう。腹立たしいことこの上ないが、状況は単純だ。どこぞの愚か者が、親ゲルマニアのつもりで、蜂起した。有名な格言にあるだろう。愚かな味方は有能な敵よりもはるかに悪質だと。しかも、面倒なことにロマリアが介入し、ご丁寧にも、親ゲルマニア姿勢を示している。はっきりと言ってやりたくもないトリスタニア進軍すら視野に入れなくてはならない。いや、やらねばならないだろう。やらねば蜂起した連中は血眼になって怒り狂っている一部のトリステイン軍に叩き潰されかねない。正直、蜂起した連中の先行きなどどうでもよいのが私的な感想だが、戦略という見地からすれば味方を減らすような政治的自殺に他ならないので見捨てることは難しい。前線は、状況を有利な状態に持ち込み、敵の前線部隊を拘束することに成功していた。だが、まだ敵の弱体化が完了したわけではないのだ。敵の主力艦隊がまだ残っている。敵艦隊を拘束しているだけで良かったものが、撃滅し進軍するとなると相応の手立てを講じなければ無駄な損害が出かねない。都市を、空襲するものと占領するのではその労力も後者が段違いに大きくならざるを得ない。それもこちらの戦略的な予定を大幅に繰り上げる形で急激に進軍しなくてはならなくなるのだから予想される損耗は通常の比ではないだろう。勝てるだけならば、難しくはない。問題は、勝利で何を得るかなのだ。ピュロスの勝利に酔う愚者には愚者にふさわしい末路があるのみだ。なにより、致命的なのは、まともな交渉相手が根こそぎ駆逐されてしまっているということである。部分講和を希望していたのだが、これでは完全に降さねばならなくなってしまった。戦略資源獲得のために損害を度外視いなくてはならない状況でないにもかかわらずである。冷静に損得算を行い、ゲルマニアにとっては過度の介入そのものが赤字であると判断する意見は決して多数派にはなりえない。大方、これほど面倒な仕掛けを効果的に行ってくるのはガリアあたりだろう。だがそれが分ったところで仮に、ゲルマニアが関与を否定したうえで真の黒幕はガリアかその一派だと主張したところで受け入れられるかどうかは微妙なところだ。当然、王族を捕えたと称する以上、その処遇についてもゲルマニアに委ねられる事となるだろう。処断?論外だ。始祖由来の血脈を暗殺ならばともかく、公的に処刑するのはロマリアの介入が面倒になる。では、恭しく保護する?国内貴族どもに恩賞を与えずに保護してみれば愉快な結果になるだろう。いっそ、皇帝と婚姻政策を行うか?以前却下した理由は後継者問題だ。排除すればよいが、そもそもの問題として、厄介事を抱え込まないほうが賢明だろう。むしろ、いかにしてこの厄介な来訪客を始末するかを考えるべきだろうか?トリステインの反ゲルマニア貴族らによる襲撃を誘発し、輸送途上で暗殺?リスクが大きすぎる上に、事態をこちらで把握しきれないのは許容しがたい。さらに、反ゲルマニア派に一定の求心力を与えかねないのが問題だ。かといってメンツの問題から、解放するのは論外。こちらの内政事情はそれを許容できるほど中央が安定していない。まったく、ヴィンドボナにではなくトリスタニアに網を張っておくべきだったのかもしれない。常に後手に回っている印象がぬぐえないが、これでは完全に後れを取っている形だ。いっそ、蜂起した連中が不手際で殺してしまったことにするか?それがうまくいけば将来的な問題は解決するが、一方でまた面倒な事態も予見される。中央に貴族の私兵団が駐屯する状況を生みだしたのはトリステイン王家の失策と言えば失策だが、逆に言えば状況があまりにも混沌としてしまっている。いくつかのメンツをつぶされた有力貴族が王都へ進撃しようとしているとの報もある。今回の戦いは、そもそもがトリステイン側からの暴発であった。戦後統治の費用と得られるものの欠如を考慮すれば搾り取ることこそ考慮に入れられるが、それにしてもそれらは現実的な範疇に留めて損失を最小限度に抑えることのみが目的であった。ところがだ。まともな交渉相手はことごとく蜂起によって駆逐されるか、捕縛されてしまっている。蜂起した連中は、親ゲルマニアのつもりで捕えた王族やらをこちらに嬉々として手土産にしてくるだろう。そうなれば、行きつく先は全面侵攻しかなくなる。赤字もいいところの上に、泥沼化すら懸念される。愚か者を煽てて、躍らせるだけでこれだけの成果を出せる謀略は忌々しいまでに見事なもとしか言いようがない。あの鉤十字どもの先達に当たる鉄血宰相の手際を見ているような錯覚に一瞬でも駆られるほどだ。敵が有能なのは少しも歓迎できない事象の一つだが、有能な敵から無能な味方を大量に押しつけられるのは、もはや形容しがたい悪夢だ。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~あとがきガリアのガリアのためのガリアによる謀略です。ゲルマニア:不毛な消耗は避けたいよ。↑ガリア:消耗してちょ。というわけで、ガリアがそれとなく蜂起をゲルマニアの手の者風に誘導してみた結果がこれだよ!「ゲルマニアの方から来ました。」といっしょですね。消防署“の方”から来ましたのゲルマニア版です。前回の断章で、それとなくリッシュモン卿にゲルマニアが反乱を肯定しているような意識誘導に近い文脈で書いてみました。リッシュモン卿はむしろ、だまされた口です。ロマリアは、まあおまけで付いてきたと。