<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

チラシの裏SS投稿掲示板


[広告]


No.15007の一覧
[0] 【ゼロ魔習作】海を讃えよ、だがおまえは大地にしっかり立っていろ(現実→ゼロ魔)[カルロ・ゼン](2010/08/05 01:35)
[1] プロローグ1[カルロ・ゼン](2009/12/29 16:28)
[2] 第一話 漂流者ロバート・コクラン (旧第1~第4話を編集してまとめました。)[カルロ・ゼン](2010/02/21 20:49)
[3] 第二話 誤解とロバート・コクラン (旧第5話と断章1をまとめました。)[カルロ・ゼン](2010/01/30 22:55)
[4] 第三話 ロバート・コクランの俘虜日記 (旧第6話~第11話+断章2をまとめました。)[カルロ・ゼン](2010/01/30 23:29)
[5] 第四話 ロバート・コクランの出仕  (旧第12話~第16話を編集してまとめました)[カルロ・ゼン](2010/02/21 20:47)
[6] 第五話 ロバート・コクランと流通改革 (旧第17話~第19話+断章3を編集してまとめました)[カルロ・ゼン](2010/02/25 01:53)
[7] 第六話 新領総督ロバート・コクラン (旧第20話~第24話を編集してまとめました)[カルロ・ゼン](2010/03/28 00:14)
[8] 断章4 ゲルマニア改革案 廃棄済み提言第一号「国教会」[カルロ・ゼン](2009/12/30 15:29)
[9] 第七話 巡礼者ロバート・コクラン (旧第25話~第30話+断章5を編集してまとめました。)[カルロ・ゼン](2010/07/25 23:08)
[10] 第八話 辺境伯ロバート・コクラン (旧第31話~第35話+断章6を編集してまとめました。)[カルロ・ゼン](2010/07/27 23:55)
[11] 歴史事象1 第一次トリステイン膺懲戦[カルロ・ゼン](2010/01/08 16:30)
[12] 第九話 辺境伯ロバート・コクラン従軍記1 (旧第36話~第39話を編集してまとめました。)[カルロ・ゼン](2010/07/28 00:18)
[13] 第十話 辺境伯ロバート・コクラン従軍記2 (旧第40話~第43話+断章7を編集してまとめました。)[カルロ・ゼン](2010/07/28 23:24)
[14] 第十一話 参事ロバート・コクラン (旧第44話~第49話を編集してまとめました。)[カルロ・ゼン](2010/09/17 21:15)
[15] 断章8 とある貴族の優雅な生活及びそれに付随する諸問題[カルロ・ゼン](2010/03/28 00:30)
[16] 第五十話 参事ロバート・コクラン 謀略戦1[カルロ・ゼン](2010/03/28 19:58)
[17] 第五十一話 参事ロバート・コクラン 謀略戦2[カルロ・ゼン](2010/03/30 17:19)
[18] 第五十二話 参事ロバート・コクラン 謀略戦3[カルロ・ゼン](2010/04/02 14:34)
[19] 第五十三話 参事ロバート・コクラン 謀略戦4[カルロ・ゼン](2010/07/29 00:45)
[20] 第五十四話 参事ロバート・コクラン 謀略戦5[カルロ・ゼン](2010/07/29 13:00)
[21] 第五十五話 参事ロバート・コクラン 謀略戦6[カルロ・ゼン](2010/08/02 18:17)
[22] 第五十六話 参事ロバート・コクラン 謀略戦7[カルロ・ゼン](2010/08/03 18:40)
[23] 外伝? ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド伝 [カルロ・ゼン](2010/08/04 03:10)
[24] 第五十七話 会議は踊る、されど進まず1[カルロ・ゼン](2010/08/17 05:56)
[25] 第五十八話 会議は踊る、されど進まず2[カルロ・ゼン](2010/08/19 03:05)
[70] 第五十九話 会議は踊る、されど進まず3[カルロ・ゼン](2010/08/19 12:59)
[71] 外伝? ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド伝2(会議は踊る、されど進まず異聞)[カルロ・ゼン](2010/08/28 00:18)
[72] 外伝? ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド伝3(会議は踊る、されど進まず異聞)[カルロ・ゼン](2010/09/01 23:42)
[73] 第六十話 会議は踊る、されど進まず4[カルロ・ゼン](2010/09/04 12:52)
[74] 第六十一話 会議は踊る、されど進まず5[カルロ・ゼン](2010/09/08 00:06)
[75] 第六十二話 会議は踊る、されど進まず6[カルロ・ゼン](2010/09/13 07:03)
[76] 第六十三話 会議は踊る、されど進まず7[カルロ・ゼン](2010/09/14 16:19)
[77] 第六十四話 会議は踊る、されど進まず8[カルロ・ゼン](2010/09/18 03:13)
[78] 第六十五話 会議は踊る、されど進まず9[カルロ・ゼン](2010/09/23 06:43)
[79] 第六十六話 平和と友情への道のり 1[カルロ・ゼン](2010/10/02 07:17)
[80] 第六十七話 平和と友情への道のり 2[カルロ・ゼン](2010/10/03 21:09)
[81] 第六十八話 平和と友情への道のり 3[カルロ・ゼン](2010/10/14 01:29)
[82] 第六十九話 平和と友情への道のり 4[カルロ・ゼン](2010/10/17 23:50)
[83] 第七十話 平和と友情への道のり 5[カルロ・ゼン](2010/11/03 04:02)
[84] 第七十一話 平和と友情への道のり 6[カルロ・ゼン](2010/11/08 02:46)
[85] 第七十二話 平和と友情への道のり 7[カルロ・ゼン](2010/11/14 15:46)
[86] 第七十三話 平和と友情への道のり 8[カルロ・ゼン](2010/11/18 19:45)
[87] 第七十四話 美しき平和 1[カルロ・ゼン](2010/12/16 05:58)
[88] 第七十五話 美しき平和 2[カルロ・ゼン](2011/01/14 22:53)
[89] 第七十六話 美しき平和 3[カルロ・ゼン](2011/01/22 03:25)
[90] 外伝? ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド伝4(美しき平和 異聞)[カルロ・ゼン](2011/01/29 05:07)
[91] 第七十七話 美しき平和 4[カルロ・ゼン](2011/02/24 21:03)
[92] 第七十八話 美しき平和 5[カルロ・ゼン](2011/03/06 18:45)
[93] 第七十九話 美しき平和 6[カルロ・ゼン](2011/03/16 02:31)
[94] 外伝 とある幕開け前の時代1[カルロ・ゼン](2011/03/24 12:49)
[95] 第八十話 彼女たちの始まり[カルロ・ゼン](2011/04/06 01:43)
[96] 第八十一話 彼女たちの始まり2[カルロ・ゼン](2011/04/11 23:04)
[97] 第八十二話 彼女たちの始まり3[カルロ・ゼン](2011/04/17 23:55)
[98] 第八十三話 彼女たちの始まり4[カルロ・ゼン](2011/04/28 23:45)
[99] 第八十四話 彼女たちの始まり5[カルロ・ゼン](2011/05/08 07:23)
[100] 第八十五話 彼女たちの始まり6[カルロ・ゼン](2011/05/14 20:34)
[101] 第八十六話 彼女たちの始まり7[カルロ・ゼン](2011/05/27 20:39)
[102] 第八十七話 彼女たちの始まり8[カルロ・ゼン](2011/06/03 21:59)
[103] 断章9 レコンキスタ運動時代の考察-ヴァルネーグノートより。[カルロ・ゼン](2011/06/04 01:53)
[104] 第八十八話 宣戦布告なき大戦1[カルロ・ゼン](2011/06/19 12:17)
[105] 第八十九話 宣戦布告なき大戦2[カルロ・ゼン](2011/07/02 23:53)
[106] 第九〇話 宣戦布告なき大戦3[カルロ・ゼン](2011/07/06 20:24)
[107] 第九一話 宣戦布告なき大戦4[カルロ・ゼン](2011/10/17 23:41)
[108] 第九二話 宣戦布告なき大戦5[カルロ・ゼン](2011/11/21 00:18)
[109] 第九三話 宣戦布告なき大戦6[カルロ・ゼン](2013/10/14 17:15)
[110] 第九四話 宣戦布告なき大戦7[カルロ・ゼン](2013/10/17 01:32)
[111] 第九十五話 言葉のチカラ1[カルロ・ゼン](2013/12/12 07:14)
[112] 第九十六話 言葉のチカラ2[カルロ・ゼン](2013/12/17 22:00)
[113] おしらせ[カルロ・ゼン](2013/10/14 13:21)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[15007] 第十一話 参事ロバート・コクラン (旧第44話~第49話を編集してまとめました。)
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/09/17 21:15
{第三者視点}

ヴィンドボナに赴き、第二戦線の形成を提言したロバートは、同時にRAFが祖国でヒトラーの驕りきった傲慢さを粉砕するべく展開した敵首都空襲による権威への深刻な打撃を与える作戦を提言した。無論、政治的に正しい爆撃ではなく、戦術的に正しい爆撃である。
敵国上空からビラの散布に空軍を使うほどには、彼は政治的に正しいということを将兵の命をチップとして駆けるに値するとは信じていない。まあ、ハルケギニアに戦時国際法の規定がないことも行動の自由を担保していたが。

このことを受けて、ゲルマニアは二つの戦略を決定する。一つは、数の優位を活かしつつ、敵の疲労を狙った第二戦線の形成。これは、ガリアの介入を懸念する観点からも、牽制を兼ねる作戦として大々的に推進されることとなった。
もう一つは、ひそかに分艦隊を派遣しトリスタニアへの空からの奇襲である。後者は、制空権の一時的な確保という戦術的要素以上に、致命的な政治的打撃をトリステインにもたらすと期待された。
これは、同時に進められる第二戦線の形成までもを陽動とする大胆な作戦であると高く評価される。さらに、ロバートは戦後の講和の条件について一つの腹案を提示し、アルブレヒト三世の認めるところとなった。これらの提案を持ってアルブレヒト三世は辺境伯コクラン卿の功に報いて叙勲し、参事に昇進させることを決定する。
無論、戦時であると同時に、ゲルマニア内部の政治的な事情もあり、ロバートは帰還することとなるが、あくまでも一時的な後方帰還であると含んだ上での、一時的な措置ではあった。
その後任としては、現地のツェルプストー家に分艦隊が任されることとなり実際の指揮を執ることとなる。ロバートはこれに対して短い演説を分艦隊に届けるように軍使に依頼し参事として、以後の事態に当面は対処することとなる。

トリステインの横暴さにゲルマニアは長年耐えてきた。
その忍耐も、一方的な越境攻撃によって応じられるのみだ。
だが、我々は平和的な解決を模索した。
あくまでも、我らは武器を取るのを最後にした。
それを拒絶したのはやはりトリステインだ。
我らの忍耐の限度を限界まで試したのは彼の国だ。
一線を越えたのはすべからく彼の国の意思によってである。
ついには、我らの忍耐の限度を超えたと言わざるを得ない。
我々はいまや、諸悪の根源であるトリステインに報復する。
今回の作戦は、本格的な反抗作戦の第一歩である。
トリステインへの圧力増大と、政情不安定化は致命的な効果をもたらすだろう。
だが、より重要なのは我らが、奴らを圧倒しているという事実だ。
本作戦の目標は敵王都に対す示威行動である。
すなわち目的は、敵のその根拠なき主戦論を完膚なきまでに粉砕することにある。
夢の世界に引きこもっている連中を起こしてやろう。
本作戦は、タルブ経由にてトリステイン王都を空襲するものになる。
はっきりと言おう。
我々は巡航によって長距離浸透攻撃の経験が豊富であると。
諸君ならばこの作戦を成し遂げる技量をもっている。
なお、タルブ進駐に際しては、可能な限り近隣の平民に対し宥和的に接すること。
高圧的な王軍と比較すれば、救済者としての我々の宣伝も効果があるだろう。
時間をかければかけるほどガリアの介入の可能性が高まり危険性が拡大する。
速やかに事態を解決することを念頭に置きたい。
この一撃で、トリステイン王家はその威信を徹底的に喪失するだろう。
空が誰のものであるか、連中に現実を教えてやろう。
傲慢極まりない連中に現実を突き付けてやろう。
戦役の終結は時間の問題だ。

~トリスタニア襲撃に赴く分艦隊への激励、ロバート・コクラン辺境伯~



{アルブレヒト三世視点}

「まずは、前線での働き、御苦労であった。」

「ありがとうございます。」

余は限られた近臣が廻りを固めた一室でロバートと席を設けていた。この男は、前線にいるときほど策謀が冴えるらしい。まあ、杖を持って戦うたぐいの男ではないが、軍とは個人の武力で戦うものでないという方針からすれば、まあ優秀だ。
それが、誇らしげに語る歴史の蓄積がもたらしたものなのか、この男本来の力なのかは不明だが少なくとも余にとっては重要な問題ではない。この男の提案は、この不毛な戦争を早く終わらせるという一事において合理的だ。無論、予定通りに進むとも考えにくいが、悪い案ではない。

「それで、汝の提案した案だが採用する所となった。」

この男は前線で指揮官にとどめるには少々勿体ないものがある。さらに、いよいよアルビオンがきな臭いというどころではなくなってきた。細々と流れてきていたモード大公の消息もついに途絶えた。
新しくひそかに流れてくる噂では、王家によって粛清されたのではないかとのこと。対応すべき事態があまりにも多岐にわたる今、使える駒は前線にとどめるべきではない。
正直なところ、講和の条件はあまりトリステイン王家に負担をかけないことと言われた時は理由が分からずに困惑したが、講和の条件に際しては「分割し統治」すべきとの指摘は確かに、的を射たものであった。そう、トリステイン王家には恩を売ろう。トリステイン王家はせいぜい簡単な額の賠償金を払うことになるだろう。建前としてはだ、トリステイン王家が全額この戦争の経費を払う。だが、それではトリステイン王家の財政が破たんする。さらに、実質的には不幸な事故から始まった戦争だ。ならばだ、賠償金代わりに不幸な事故を起こした貴族らの領土を割譲させよう。だが、それではトリステイン王家にとっても不幸なことになる。そういう建前でこの男は、割譲ではなく買い取りを提案した。買い取り?正直なところ理解しがたい概念だが、その額は手元の資金が苦しいトリステイン王家が飛び付くことは間違いないだろう。ゲルマニアにしてみれば払える額だが。
余は少し考え、この視点を他者からどう見えるか考えることにする。そう、トリステイン貴族の視点から物事を分析するのだ。王家のために戦争しているのだと、トリステインの栄光のために戦っているのだと連中は称している。嘘八百極まりないと思うのだが、自己欺瞞や自己陶酔も油断ならない要素ではある。
その思い込みはすがすがしいほどだが、上手く講和を誘導できればその連中にとって戦ったにもかかわらず称賛されるどころか、王家に売られたように感じるだろう。当然、かの国は内戦だ。どちらにしても矛先がゲルマニアに向くことはなくなる。それならば、いっそのこと必要経費だと割り切ることのできる額だ。内乱や、返還要求が高まってくれば傀儡として擁立すれば良い。ある程度、辺境の貴族たちに土地を割譲した後で、ゲルマニアの爵位をくれてやればよいのだ。実に簡単な方法だ。ゲルマニアの爵位は金で贖うものなのだから彼らもそうせざるを得ない。実質的には彼らの私財をまとめて搾り取ることが出来るだろう。

「しかし、汝の戦後構想にはかなり恐れ入ったものだ。余とて外交は得意とするのだがな。あれほど、狡猾な選択はそうないだろう。汝の外交の才覚に今後も期待したい。」

これほどの策謀が出来る男を前線にとどめておくのはむしろ愚策でしかない。特に、アルビオン方面のきな臭さは第二のトリステインの誕生を招きかねないだけに慎重な対応が必要となる。また、この男に功績を立てさせすぎるのも問題なのだ。政治的には英雄や、賢者はあまり望ましくない。そこには虚像が伴い、結果的に本人の意図や意思とは関係の無い問題が噴出する。その意味において、この男を前線から引きはがしたのは、ある種の政治的な配慮があった。

「つまり、その能力を活かせる場に移れということでしょうか?」

察しが良いが、さすがにそこまで露骨な人事であると他の貴族たちにもよろしからぬ影響が出かねない。ゲルマニア皇帝といえども有力貴族どもの意向を無視することは出来ない。そして、有力貴族たちは功績を欲しているが、さすがに他人から譲られることを是とするほど矜持が低くもないのだ。厄介な連中であるが、連中にほどほどの武功を立てさせねば国内の不満が高まるばかりであるし、新興の貴族が大戦果をあげるとなると反発も大きいのだ。まして、建前とはいえ一度失脚した人間なのだ。そう簡単に取り扱うことは出来ない。
問題が、一番厄介であるのは、講和会議はラムド伯が担当するべき事象であり、この男はあくまでも参事として私案を練っているにすぎないとし、功績は貴族たちで分配することを上手く采配することである。余が主導しては、貴族らの功績ではなく、この男が主導しては、功績の独占であり、ラムド伯に独占させるのは、ラムド伯と対立する諸候の神経を逆なでする。
ほどよい落とし所を探し、情勢がある程度明確となるまで、動かしにくい情勢でもあるのだ。

「そうしたいがな。事情が許さん。当分は自領の手当てでもしておくがよい。」

「では、アルビオンからの客人と交流を深めてもよろしいでしょうか?」

そう、この男の領地は亡命貴族どもの受け入れ地となっている。つまるところ、対アルビオンの外交戦略を練るうえでも最良の拠点のひとつなのだ。亡命者の管理は、適切な配慮を欠くと政治的な爆弾になりかねないだけに、手当しておくにこしたことはない。
それに、この男を本来北方に派遣したのは新領の開拓と開発を行わせるためでもあり、トリステインに煩わされていなければ今頃この男が行政改革を自由に行っていたはずでもある。使いどころが多いと、逆にどれを選択するか迷うものがある。
遅れてしまったのが気に入らないが、今後の戦争が物量に物を言わせる戦いであるのは間違いない。実際、我がゲルマニアの敵足りえるのはガリアだけだ。片手間で戦争できるトリステインとの戦争そのものは、実のところ終わらせ方以外はさしたる難題ではない。終わらせるのは困難だが、戦術的に蹂躙するのはそれほど突出した将官でなくとも可能な問題である。
ならばこの男の使いどころは、また別のところにあるだろう。だが、しばらくは限定的な使い方しかできない。そうであるならば、本業であるゲルマニア国土開発でもやらせるべきだ。

「構わん。積極的にせよ。」

「分かりました。では、さしあたり留守にしていた北方開発の陣頭指揮に戻ります。」

「そうするが良い。汝の働きに期待している。」

この男は基本的に使い勝手が良い。今後も適切に遇するならば大きな益をもたらしてくれることであろう。使えるものはことごとく使ってきた。これからもこの男には活躍の場を与え、活躍して貰いたいところだ。まあ、昇進の際には少々周囲に配慮しなくていけないだけに面倒ではあるがそれを補って余りあるものがある。
それにしても、権勢欲でもなく、金銭欲でもなく、この男の行動原理は何なのだろうか?ゲルマニアに忠実である限りは、是と言って問題ではないが、知るにこしたことはない。

「で、汝は何を望む?」

「褒賞でありますか?そうですね、メイジを解剖する許可でもいただければ幸いですが。」

「トリステインのメイジでも、膾切りにしたかったのかね?まあ、それは考えておこう。」

ふむ、前線での活躍を望んでいるということか?まあ、希望にこたえてやりたくはあるが現状では、困難だ。まあ、頭に留めておくことにしよう。

「ほとぼりが冷め次第、昇進だ。参事の職を用意した。だが、それまでは北部の開発に勤しむがよい。」



{ロバート視点}

一言で現状を言い表すならば、失望だ。北部の要として発展しつつあるダンドナルド・シティに到着した私を待ち構えていた報告は、私の望んだものとは全く方向性がことなる物だった。山岳部の開発が進んだのは結構なことだ。これで、大きな金銭収入源として山の産物を加工し輸出できるだろう。亜人対策として歩兵隊の編成や、メイジの雇用が進んでいるのも評価できる。鉱山の開発と、穀物の栽培が順調に拡大しスラム街が解消されて治安が改善しつつある。だが、私個人にとって重要なのは知的好奇心を満たすことだ。まず、魔法の研究は外せない。最大の優先事項の一つだろう。一度、医学的な検証をメイジの解剖という形で検証してみたいが、それは、当分かなえられそうにもないし、さすがに、生きているゲルマニアのメイジを解剖するわけにもいかない。
となれば、魔法の研究としては、戦訓の分析くらいしかできることはない。こちらは前線で運用を見たものをまとめている。まずは、これの整理に取り掛かるべきだろうが、目の前に積み上げられた報告書の山は私にその時間を許さないだろう。にこやかな笑顔で書類を突き付けているカラム嬢がまず許さないはずだ。
そして、私は良い報告と悪い報告ならば先に悪い報告を聞くことにしているが、その悪い報告の筆頭が私の開発を命じていた物が遅々として開発が進んでいないというものであった。さすがに、この方向での最悪の事態など想定もしていなかった。

「つまりだ。キツネ狩り用の銃は出来ていないと?」

良質な鉄と火薬は用意できるように手配した。もちろん、概念として最低でも騎乗したまま使えるようせよ、などといくつかの要求を伝えはしたが基本的に無理難題は要求せず自由に開発するように求めたはずだ。職人たちが実力を遺憾なく発揮できるように最大限環境は整えたはずなのだが。

「その通りです。その、腕の良い職人たちを集めたのは良いのですが・・・。」

そう。高い報酬を提示して商会を通じて多くの熟練した職人を集めたのは、ひとえに彼らが重要な役割を果たしてくれるだろうという政治的・経済的な理由と、私の望むものを作るだけの技量を持ち合わせていると考えたからだ。私は何もライフルを量産しろと求めるつもりはない。ただ、キツネ狩りに使える猟銃が一つあればよいのだ。弾丸も特注で構わないと伝えてあるはずだ。確かに、時間がかかることは理解しているが、少しも開発が進んでいないとはどういうことだ。意図的な妨害かサボタージュでもあったのか?そうでもなければ、納得がいかない。

「続けたまえ。」

部下が言いにくそうにするとき大抵の理由は叱責を恐れるからだが、叱責される原因が自らの失敗にあるときと異なり、別のところにあるようなためらいがちな口調だ。何か事情があるのだろう。だが、それが想像もできない。どのような事情があるというのだ?

「閣下が以前全てのフネの大砲を投棄されたため、現在大砲の製造に追われております。その、戦争中は弾丸やその他の物を作る必要があったために、特注の銃を作る余力がなかったと・・・。」

「・・・そうか。わかった。何も言うまい。だが、出来るだけ急がせよ。」

まったく、忌々しい。トリステインごときに煩わされたことそのものが不快であるが、まさか投棄した大砲の影響がこのようなところに出ているとは。確かに、前線で大砲や弾丸を豊富に使用したことは認めよう。浪費に近い水準で出し惜しみしなかったのは、事実である。弾を惜しんで、戦死するよりは、ましであると思うが。
戦果を逃すことのないように、巡航に際しては、鎖弾やブドウ弾を大量に消費した。さらに、トリステイン本国艦隊と接触した際に重量物は全て投棄した。当然、重量物には大砲も含まれている。
後方に下げて修復させていることと、大砲の補充の申請に許可のサインをしたことも覚えている。だが、まさかこのような形で影響が出ているとは。まったく予期せぬ落とし穴があったものだ。分かっていればもう少し前線でトリステイン軍に憤懣のぶつけようもあったもののここからでは憤ることしかできようがない。せめて、檄文を前線に送り彼らの奮起を期待するのみだ。後任のツェルプストー辺境伯は極めて優秀な指揮官であるという。メイジとしても優秀だと言うが、いつか語り合う機会があれば幸いだ。大規模な会戦におけるメイジの運用方法について研究する際には大きな助けが得られるやもしれない。

「それで、閣下、こちらの書類なのですが。」

「ああ、それらならこれから決裁しよう。何か、留意事項があるか?」

時間があまりないのだから迅速に取り掛かるべきだろう。少なくとも留守にしていた時間の分だけ書類が積み上げらているのだからやらねばならないことがあまりにも多いように思われる。当分は、まずこの書類の処理を終わらせなければ自由に何もできそうにない。

「その、アルビオンからの亡命貴族やその従者について身元特定がすすみつつあります。」

「大変結構。貴族相手で神経を使うが、トラブルに留意し、早急に終わらせるように。」

貴族はプライドが高い。そして、ここはゲルマニア領であるが、貴族の身分を持った他国人は官吏にとっては実に厄介な問題を持ちこんだり、惹き起こしたりする存在だ。なにしろ、法はゲルマニア官吏の味方であるが、メイジにして貴族であるということは、大きな意味があるのだ。

「その件で、厄介な問題を抱えているものも少なからずおりますので早めにご指示を頂きたく思います。」

「分かった。担当者は誰だ?」

「ミスタ・ネポスです。彼に詳細を早めにお尋ねください。」

そう言い、カラム嬢は封がなされた書類の束を差し出すとそれぞれアルビオンにおける階位ごとに整理してある旨を告げると退室していく。とはいえ、彼女だけが報告を持っているわけではない。単純に残留した部下の最高位が彼女だったということであり、他の報告書を持った部下がいまだ大量に控えているのだ。ネポスの報告も早いうちに聞かなくてはならないだろう。

「厄介な問題も山積みになっていのだろうな・・。」

思わず、天を仰ぎ嘆きたくなるのを耐えつつ次の面会者を入れるように促す。未だ大勢の面会希望者が来ているが次の面会希望者は役人ではなく商会の人間だ。なんでも、アウグスブルク商会の北部総括を行っているという。
今回は顔合わせと、山岳地域の物産開発に関して報告と商談があるとのこと。確かに重要な問題でもあるし、優良な商会とのつながりは重要であるとはいえ、やはり気の疲れることとなるだろう。ヴィンドボナで耳にする限り、北部の開発は大きなパイとなっているという。それを否定することは出来ないが、その分配方法について事細かに要求されるのも気乗りがする話ではないだろう。羽ペンが重くなったような錯覚に駆られつつ、ようやく従者に案内されて室内に入ってきた男を歓迎し、話す席を設けることとする。まったくもって、思うに任せないことが多すぎる。

「とにかく、案内してくれ。」

取次に部屋へ案内するように促すと、即座に小奇麗な身なりの商人が部屋に飛び込んでくる。実に手際よく書類を並べると、こちらを尊重しつつもしっかりと自分達の商会の功績を主張しつつ、権益の分配交渉を希望していると暗に何度も示してくる。実に厄介な交渉相手であり、同時に有能な商人だ。

「ふむ、農村の技術指導は順調。山岳部は、染料の商品化に成功か。おおむね堅調だな。」

「はい、しかし私どもの商会といたしましては、もう少し分野を広げることでより大きな貢献ができるかと考えております。」



  {アウグスブルク商会‐ダンドナルド・シティ業務日誌}

本日、北部統括業務の一環として、ロバート・コクラン卿と面会。
卿の健康状態は、一見する限りにおいては良好。会話に際しても、これといった健康状態に異常は見当たらず。壮健と思われる。
本日、確認した限りにおいては、当面北部の人事は既定路線を保つ模様。

本日の面会事項は、北部における我が商会の権益拡大と、開発中の商品について。
コクラン卿は、あくまでも、北部開発は中央、ヴィンドボナの利益になる形で行う模様。
少なからずの賄賂が必要経費として認められているものの、有効性は低く、別経費として計上することを検討する必要あり。

アルビオンからの亡命貴族らが増加中。面会を希望する数組を視認。将来的には、彼らの取り込みと顧客化が望まれる。
望ましくない兆候としては、彼らの一部が北部の権益に関心を示しつつあること。同時に、アルビオンからその伝手でアルビオン系商会の進出が危惧される。



  {ロバート視点}

報告書の束を少しずつ切り崩しながら、私は羽ペンを止めることなく書類に走らせる。黒々としたインクが渇く間もなく、書類に次々とサインを行い、訂正や改善、指示を書き込んでいく。

「だが、ふむ。やはり、これらは猟銃の開発資金に回せないだろうか?」

それでも、忙しい政務の合間を縫って私は、職人たちへの助言と要望をまとめる努力を行っていた。幸いにも資金と原料にはある程度の余裕があり、大抵の物資も用意できる見通しが立っている。
方向性を明確にすることで開発の時間が短縮できるだろう。幾分、職人たちの作品と言えるかどうか微妙なのであまり乗り気がするものではないが、これ以上無為に時間を取られるよりはこちらの方が良いと判断した。概念さえまとまっていれば30日で新しい銃を作ったアメリカの技術者の話もある。おそらく概要でも理解できれば、職人たちが制作に必要とする時間も大幅に削減できるだろう。
まず、連射性は期待しない。だが、せめて騎乗して取り回しできるように軽量化することを求めたい。そこで、騎兵銃としての性能を十分に満たすならばフリントロックを要請したいが、そもそも加工精度に難がある現状では逆効果だろう。やりたくはないが、プロイセンのドライゼ銃もどきでもこの際構わないつもりだ。いや、だがやはりそれは気乗りしない。
現実的な選択肢の中から選択することにして、できるものならば、ボルトアクションと紙薬莢を採用することとしたい。ここから先は職人の裁量に任せることとしよう。理想を言えば金属薬莢を採用したいが、加工精度が上がるまではそこまで求めるのは酷であろう。冶金学や加工に関連する項目はブリタニカ百科事典に載っていなかっただろうか?次回ヴィンドボナに行くときは必ず確認しておく必要があるだろう。騎乗して射撃することと命中率を考えるとライフリングをどうにかして職人たちに理解させ実現したいが、そこまでの加工精度は期待できるだろうか?馬具も少しばかり改良が必要であるように思えてならない。やはり、ネックになるのは加工精度か。実際のところ、この問題に関してはどの程度の加工精度であるかが再現できる限界を決定するようだ。
それらを考慮すると、加工精度について職人の意見を聞いてみたいところだ。物事の問題点を合わせると、解決策はやはり人づてではなく直接話を聞いてみることが最善となるのだがなかなか思うに任せない。ほとぼりが冷めるまでという、いささか不透明な時間が与えられているが、少なくともトリステインとの戦争が終わるまではまだ余裕があるはずだ。だが、結局のところ早めに動かなくては完成までに時間がかかるだろう。猟犬の教育も行いたいが猟犬の教育を行える人材も獲得したい。こちらは商会の人間に依頼してあるのだが未だに見つかっていないようだ。

「ううむ、時間をどこかで作れないものだろうか。」

一人呟いて本日の予定を頭に思い浮かべて何とか時間を捻出できないかと考えてみる。時間を捻出すること。少ない手持ちの物を如何に活用するかが優秀な士官の条件であると教えられている。何が出来て、何をしなくてはならないだろうか。その義務と余剰の確認も慎重にやらなくては。
まず、本日の面会だけで午後まで埋まっている。商会からの人間が5人に、近隣の貴族からの要望が3件。アルビオンからの亡命貴族が2名に、ロマリアからの通常の布施要求に来る坊主が1件。坊主については、招聘したパウロス師にお任せしてしまうべきか?だが、多少は布施を用意しておかなくては謂れのない厄介事を持ち込まれる。まったく、これだから腐敗した聖職者ほど忌々しく厄介なものはないというわけだ。近隣の貴族からの要望については難しいが現実的なものが多い。辺境開発に従事する人間の要望は現実的なものが多いからだ。こちらは、多くの益がこちらにもある場合が多い上に、近隣との関係は開発を進めていく上で大きな助けになるので話を聞くべきだろう。亜人の共同討伐等はこちらにとっても安全に辺境開発を進める上で必要不可欠なので断ることはまず不可能か。アルビオンの亡命貴族との会談はまず、ネポスの報告が優先だ。つまり、こちらは後日に回させていただくことにしよう。よし、ならば商会の人間の要望を確認しよう。

「商会の面々の案件は?」

「開発を任されている商品についてコクラン卿の御意見を伺いたいとのことです。」

ふむ、新規に開発させている商品の優先的な供給がかなり有効であったようだ。どの商会もそれなりの速さで商品を完成させているし、たびたび権益に関する交渉をこちらに持ち込んできている。関心は、上々といったところだ。それらは、こちらの領内でとれる産物をこちらの領内で加工できる範囲でという制約があるにしても悪くはない取引条件であると認識されているようだ。それほどまでに、条件面での問題も領土が広いことと技術者が多数流入しているために無いことが大きく影響しているようだ。今後の税収の増大には大きく期待できるところだ。財務状況に多少なりとも余裕が出来るならばまた人員を雇うことが出来るので労働状況も改善するだろう。

「よろしい。その件については実際に製造現場と現物を見たいと伝えてくれ。」

実際に、製造する現場には多くの職人達が集まっている。現地の視察を行いつつ、商会の面々との会談を並行して行えば余剰時間が捻出できる。その時間で、職人たちと話をする時間も捻出できるだろう。上手く、要点と要望を伝えて開発速度を進めることができれば、冶金技術が高いゲルマニアの熟練工が叶う範疇で望みの品を仕上げてくれるだろう。そうなれば、後は猟犬の育成を行える人材を見つけるだけだ。最悪の場合、こういう方向で猟犬を訓練せよと領地の貧しい開発村に依頼し租税を免除することも選択肢に入れるべきかもしれないが、それでは時間がかかりすぎるのであまりやりたい手法ではない。

「ミスタ・ネポスが至急の報告を行いたいとのことですが。」

「・・ううむ、やむを得ないな。彼を通してほしい。」

アルビオンの亡命貴族を受け入れるということは一つの政治的なリスクを伴うものだ。基本的には現王家はゲルマニアに対してある程度の理解があるので敵対しようとは双方とも考えていない。だが多少こちら側の事情が変化すればその前提も変わりかねない。出来れば自ら敵を招くような愚行は避けたいものだ。

「では、こちらの報告書を合わせてご参照ください。」

差し出される報告書の束はそれぞれ亡命者についての情報と、現在のところまでの報告の抜粋であるが、それだけであっても相当の量を誇っている。家系やそれらの親族関係の調査は未だ続行中であるため空白が目立つにしても、貴族の情報は可能な限り頭に入れる必要がある。時間は、捻出できたものの恐らくここで全て消費しかねないだろう。午後から視察を行うためにもこれを片付けなくてはいけないだろうが、多忙と時間上の制約で短絡的に判断を下してしまうことも失敗の要因となっている。ここで、着実に決裁しておくべきだが、それでは時間が足りない。
思うに任せないことが多いと嘆くよりも、まず目の前の課題を処理するべきだがやや徒労感におわれてしまう。カラム嬢にいっそ一任してしまうべきか?女性が公務につくことも能力があるならばある程度は許容されるのではないか?・・・いや、紳士たるものがそのようなふるまいを積極的に行うことは許されるべきことではないのだ。やはり、毅然として自らで処理しなくてはならないだろう。とはいえ、これは本当に面倒な内容だ。亡命者の中にはアルビオンで罪を犯しているものや、公式にアルビオンによって手配がされたものまで含まれている。一応、アルビオンとゲルマニアは友好国なのだ。曲がり間違っても、亡命者の内実を外に漏らすわけにもいかないが、早めに手を打たなければ時間の問題だろう。秘密は知っている人間が多ければ多いほど露呈することも早まるものであるうえに、亡命してきた貴族たちの全てが大人しくしているわけでもないからだ。

「問題が山積しているな。改めて実感させられる。」

「はい、ですが記載できない程の問題も中にはあるものです。」

頭が痛い。機密扱いの報告書にすら記載が憚られる亡命者だと?モード大公か、その側近の重鎮でも亡命してきたとでもいうのか?さすがに、モード大公の血縁者は受け入れることを拒否するように命じてある上に、それほどの大物がアルビオンから亡命すればこちらの耳に入らないはずもないのだが。耳に入らないということは、想定の範疇ではないのだろうが、最悪の想定は行っているはずだ。仮に、モード大公の情人とやらのエルフが亡命してきたとしても、それほど目立つものならば直ぐに私のもとに報告が入ってこなければならないはずだ。だいたい、それを匿っているとなれば政治的に致命的な爆弾となるはずだ。当然、私に真っ先に報告されているのだからこれは違うのだろう。そうでなければ、今頃は、私自身が事態の収拾に取り組んでいる。

「ほう、それをネポスから聴取する訳か。」

「はっ、その、いささか、奇妙な話でありまして・・・。」

曖昧な報告や見解を聞く必要はないだろう。だが、奇妙な話ということは念頭に置いておかなくては。ネポスが呼び出されてこちらに着くまでに出来る限り事前に把握できることを把握しておく必要がある。



{第三者視点}

第二戦線の形成は、戦力において数の劣るトリステインにとって対応に苦慮するところとなった。

「金払いが悪い、負け戦にはした金で死ぬのはごめんだ。」
~あるシェフの吐き捨てた言葉~

ある傭兵が語ったとされるこの言葉が当時のトリステインの置かれた状況を物語っている。金も人も物も不足した、軍体というのは、悲惨だ。精強なメイジを抱えてはいる。だが、メイジだけでは戦線は維持できない。
まずメイジの盾となる傭兵の召集が遅々として進まない。資金の捻出も困難を極める中、辛うじて動員できた魔法衛士隊と現地の諸侯軍によってゲルマニア軍に対して、辛うじて戦線を維持し対峙することはできた。
だが、それは王都トリスタニアの防備を薄めざるをえないという事態と引き換えであった。当然、その穴埋めとして傭兵と直轄領からの動員によって王都の防衛を固めることを計画していたものの、結果的には有力なメイジや練度の高い兵は前線に送られ、王都には戦力の空白が生じていた。
タルブ経由での王都奇襲作戦でトリスタンは、まさにその動員システムの欠陥を衝かれる形となった。タルブ防衛を担うべき部隊は在郷の貴族の私兵のみでありそれらは本格的な動員を完了する前に四散する。
辛うじて急を知らせるべく急使が派遣されるも、襲撃と同時に潜伏していた伏兵が連絡路を封鎖し、難なく急報を妨害することに成功していた。トリスタニアへの情報の漏えいを防止したゲルマニア艦隊は、トリスタンの空で妨害をうけることもなく悠々と進撃を行い、白昼トリスタニアを直撃することに成功する。ゲルマニア艦隊は、トリスタニアを自由自在に遊弋し、我が物顔でトリスタニアの各所に砲撃を行う。
残留していた数少ない魔法衛士隊は、王家の護衛を行いつつも、辛うじて反撃態勢を整えようとするものの、王家の安全を確保し、反撃を試みられるようになった時点で、ゲルマニア艦隊は後方のタルブまで後退し戦勝を祝うところであった。
戦勝記念として、ゲルマニア艦隊は進駐していたタルブ地域に対して余剰の資金や物資を提供し、タルブ側も名目上はゲルマニアに徴発されたという形でワインやこの地の奇妙な物産などを提供し交換することとなった。両者ともに、良好な関係を構築していたとは後世の歴史家が一致して指示する所である。
この一撃によって、トリステイン王国の権威は致命的な打撃を受けるところとなった。白昼、王都を敵艦隊が縦横に暴れることはそれを阻止しえなかった王家に深刻な影響をもたらさざるを得ず、動員を求められた諸侯軍が王都防衛の名目のもと前線への出征を拒絶する事態に発展。さらに、前線の傭兵たちが給金の払いが滞っていることに加えて後方から聞こえてくるトリステイン王家の現状に負け戦を連想し、士気が低迷し始める事態となる。脱走や、抗命が相次ぎトリステイン王国の前線指揮官たちは超過気味であった作業にさらに負荷を受けることとなる。合わせて、ゲルマニア側の勝利を見越して勝ち馬に乗ろうと多くの傭兵がゲルマニア側に集まり始めた。傭兵は契約が果たされる限りは従うが、当初楽観視し傭兵を集めることを重視したトリステイン貴族らは給金の支払いが大きな財政的負荷となり、支払いが滞る寸前に追い詰められ、ついに前線でも一部の過激な主戦派を除き講和もやむなしかとの議論がひそやかに、しかし確実に語られるようになる。
しかし、並行して不甲斐ない王家の状況が白日の下にさらされ、貴族たちへのトリステイン王家の影響力は致命的な打撃を被るところとなった。取り分け、戦費調達に協力させられていた貴族たちの多くはこれ以後トリステイン王家に対して極めて不誠実な対応を繰り返すこととなり、王家を悩ませることとなる。



{ネポス視点}

私は、ゲルマニアの中でも最も辣腕だとされる策略家に極めて奇妙な報告をしなくてはいけないこの身の状況を極めて嘆きつつ、面倒事から解放されたい一心で報告書を作成した。さすがに、意味がわからないと報告書に記載するわけにもいかず、口頭で至急報告したい奇妙な事態に巻き込まれているとの報告になったが、結果は、至急の会談を認めるという上司からの伝言であり、あまり楽しいとは言えない昼食への招待状が同封されていた。

「つまりだ。亡命者の受け入れ処理をしたにもかかわらず、それらが関係者から悉く記憶に抜け落ちていると卿は主張するのだな?」

報告した際にミス・カラムが浮かべた、呆れたような表情をコクラン卿が浮かべることが目に見える。状況の確認を行わせるべく数名の人物を派遣したが、そのような人物には心当たりがないと報告されるばかりだ。郊外に奇妙な二人組が住み着いたとの報告があったので確認を行おうとしても報告がさっぱり要領を得ないものしか得られない。事態に苛立って何人か気心の知れた同僚と事態を直接確認することを試みたものの、何故かその記憶が部下に指摘されるまでは抜け落ちているありさまだ。自分の日記に、「友人と視察」と記載してなければ到底、そのことを信じられないでいただろう。何かがあるのは間違いないのだ。問題なのは、それが何であるのかさっぱりわからないことであり、それを上司や最高責任者に当たる人物に自分が報告しなくてはならないことだ。

「ああ、貴族に叙勲されたと喜んだ自分が恨めしい・・・」

曲がりなりにも貴族の末席を与えられれば、様々な法的な特権が与えられるとはいえ、その分厄介事を押し付けられるものである。ある程度ならば受容する気にもなるが、この厄介事は果たして見合ったものだろうか?もしも、ミス・カラムが優秀なメイジでありこのところ憤懣をぶつける対象を亜人にしていることを知らなければ思わず辞職する所だった。誰だって、自分が火だるまにされる対象へ積極的に名乗り出たくはないだろう。少なくとも、相手にしたい相手でないのはまず間違いない。
だが、コクラン卿を侮れるかというとそれもまた別問題だ。未だに、知名度はさほど高いわけではないが、その手腕が分からない人物は高い授業料を払わされるところとなるだろう。ダンドナルドの開発に際してコクラン卿が示した手腕は辣腕そのものだ。軍務に関して仄聞する限りにおいてでさえ、歴戦の士官たちが舌を巻く指揮を執っていたという。不興を買いたい相手ではまずない。出来ることならば、誰か別の人間がこの件に関して報告を代行してくれないかとすら思ってしまう始末だ。だが、同僚達とて、この激務で関係者の間では有名な北部の人間だ。当然、このような事態を回避する術にも長けている。結局、この報告を代行しようなどという奇特な同僚は探しえなかった。

ああ、何故このようなことになったのであろうか・・・。




お売りになられますか?この額が限度額になりますが。
~ゲルマニア商人の口癖~

ゲルマニアの商人は強欲であると世間では噂されるが、ゲルマニアの商人に言わせると、彼らが強欲なのではなく、他が怠惰であるに過ぎないと彼らは主張する。
その証拠に、と彼らは続ける。『どことは言わぬが、輝く国や大公国とて、我らと同様に勤勉ではないか』と。



{ロバート視点}

ムーダ経由で運ばれてきたトリステイン方面に関する報告と、最新の伝達事項を記載した書類と共にネポスから提出されたばかりの最新の報告書に目を通し、ロバートは重々しい口調で言葉を紡いだ。

「ミスタ・ネポス、私は卿の物忘れや悔悟について相談に乗れるほど教養があるわけではないのだ。そのような相談ならば、パウロス師のところへ行きたまえ」

緊急の報告だと?私は、憤怒に駆られそうになるのを自省しつつ目の前の文官の評価を心中で債権とするべきかもしれないとの思いに駆られていた。亡命貴族の処理に関して何らかの問題が生じたという報告は確かに重要だ。書類が抹消されていうか、改ざんされている痕跡が発見されたというならば、事態は一刻を争うだろう。それらの事態ならば、急ぎの報告となるのも妥当な処置だと納得できる。
だが、単純に物忘れと?亡命処理をしてその決裁を怠った理由が忘却?健康上の問題ではないか。担当官から外すべきかもしれない。痴呆かそれらに類する症状かもしれない。この手の問題は、完全に教会に任せるに限る。多忙な時間を割くほどの問題ではないではないだろう。誠実にあらんとして自らの失態を報告に来ることは評価すべきかもしれないが、わざわざこのようにする必要はないはずだ。

「いえ、そのそういった問題ではないのです。閣下。」

私の、やや同情するようで不信感を伴った視線に慌てたような表情でネポスは否定の言葉を口にする。この男の発想力は評価している、うん、何がしかの事情がある可能性も考慮すればもう少し話を聞くくらいの価値はあるだろう。

「うん?それはどういうことかね。」

「不審なことは、組織的に記憶が失われているということなのです。関係者が悉く記憶を失い、書面でのみ事実が確認されているのです。」

・・・組織的に記憶を失っている?そのような魔法が存在し得るのだろうか?それは、系統魔法というものの範疇からは明らかに逸脱しているように思える。まあ、水系統は精神にも影響すると言うので必ずしも断言できる訳ではないが・・・。一時的に記憶を阻害させると言ったことならば可能なのだろうか?大変に興味深い。砲弾の衝撃で自失する兵は知っているが、それとはどう違うのだろうか?実に知的好奇心が刺激されてやまない。これは、ますます研究したくなるところだ。それが叶わないのはまったくもって忌々しい時間の制約だ。この時間の制約から解放されるためにも早めに義務を完遂し、可能な限り私的に使える時間を捻出したいのだが。

「それについて、卿の見解はどうなっている?」

「分からないのです。本当に、何が起きているのか不明でしかないのです。」

「ふむ、推察で構わない。亡命してきた際の書類はあるのだろう?それから想像できる範囲で分析してほしい。」

亡命を受け入れると公的にゲルマニアは宣言したわけではない。ただ、ムーダの定期船団が南部に寄港し、そこで乗船した人間の身元を確認していないだけだ。だが、実際はこちら側に到着した際にメイジやディティクト・マジックに反応があった人間には聴取を行っているのだ。当然、拒絶した場合はその場で送還すると明言して行っている。アルビオンからの亡命者は大半が南部貴族だが一部は中央のモード大公派の官僚たちも混ざっており、彼らには簡単な事務仕事をこちらでの生活の糧を提供する対価として行ってもらっている。それらの調査の際の書類がないままこちらに滞在しているアルビオンの客人は問答無用で拘束することになっているが、それらが報告されていないということは何がしかの審査は受けているはずだが。

「はい、私達はそれをモード大公にかなり近いサウスゴーダに関係する貴族だと判断しています。最悪の可能性としては、モード大公の縁者の可能性を考慮すべきかと。」

「その根拠は?さすがにそのような判断を担当官が下すとあれば、簡単には対処を決することが出来ない。判断の根拠が聞きたい。」

「戯言に聞こえるかもしれませんが、アルビオン王家の秘宝があればあるいは記憶を操れるのかもしれません。」

魔法の道具については現在辛うじて文献を集めている段階だが、様々な効能が記載されていた。それらの多様性を考慮すれば、当然排除されるべき可能性でないのは同意できる。だが、いくらなんでもそのような秘宝が簡単に国外に持ち出されることがありえるのだろうか?そもそも、モード大公の縁者ともあれば、アルビオン王家といえども狩りだすことに熱心なはず。それが全く聞こえてこないはずもないと思うが。

「そして、モード大公に正妻とエルフ以外の妾がいないという保証はありません。」

頭が回らなかったようだ。なるほど、エルフが問題になっている以上、注目がそちらに集まっているために取り逃がしもあり得る。確かに、それならばモード大公の関係で何がしかの秘宝が流れてきている可能性自体は否定できない。特に、モード大公の周囲が長らくエルフとの関係を隠匿してきたことを考えるとその可能性は無視できない。別の縁者が存在し、それらがこの粛清劇を逃れてゲルマニアへと亡命してくる可能性は排除しきれないと言える。
しかし、それはあくまでも可能性の問題ではある。そのようなことがありえるだろうという程度に過ぎないのだが。だが、それには何ら保証があるわけではない。しかし、このことが事実であれば容易ならざる政治的な爆弾になりかねない。モード大公の縁者ともなればそれを匿っている国はアルビオンに含むところがあると明言しているも同然だ。いや、そのような風聞が立てられるだけで窮地に追い込まれる。もともと、ある程度の亡命者の受け入れをアルビオンへの牽制と友好関係構築の前提であるアルビオン安定のために行っていたのだ。
反体制派を国外追放することが可能ならば事態の収拾は比較的簡単に行える。これによってアルビオンには恩が売れる上に、反対派の統制もこちらで可能だろうと当初は判断されていた。だが、それは亡命者達が統制可能な範疇に留まる事が大前提だ。処刑された王族の縁者では問題が根本的に別問題になってしまう。本当に現アルビオン体制を転覆しようとしていると、きめつけられても反論できない現実が成立してしまう。アルビオンとは同盟国ではないにしても、利益をある程度妥協して分配できる関係であり、今後もこの関係は維持したいと思うのだが。

「重大な案件だぞ。推測だけで判断するには情報が不足しすぎている。」

問題の本質を見極めなくては。下手に軽挙妄動を犯すと逆に事態を悪化させる恐れもある。状況が許すならば、徹底的な調査こそが望まれる。それは可能か?だが、情報はそれを知りえる人間を制限することこそ機密保全の鉄則だ。簡単に大規模な物量に任せた調査を行うことも簡単にはできない。何がしかの確信がほしい。可能な限り行動を容易にしてくれる決定的な確信。
・・・将校の悪い癖だ。少しでも多くの情報を欲して決断を躊躇してしまう。慎重さは美徳だが機を逃す可能性を同時に考慮して決断するという勇気が必要なのだ。躊躇うだけならばそれは脆弱さの弁明の仕様のない証明であり、無能の照明でしかないではないか。

「ミスタ・ネポス。事態を見極めるまで他の任務はミス・カラムに代行させる。卿は事態を一刻も早く解明せよ。忘却を防止するために毎日私のもとへ直接報告すること。万が一、忘却した際は、それが手掛かりになるはずだ。」

仮に彼が、再度忘却したとしても私が前日に彼が翌日行う調査の内容を把握しておけば名何がしかの手掛かりを得られるだろう。組織的に取り組めるという利点をこちらも使うべきだ。個人のミスを防止するためには艦内のクルーで協力し相互に支援する必要があった。その延長として事態を把握することが事態の解決に有意だろう。経験からすらも学べないならばそれは救い難いとしか表現しようのないことであるのだからせめて教訓を活用することとしよう。

「かしこまりました。ただちに調査に取り掛かります。」

「大変結構。さっそく、明日の調査予定を報告するように。」

状況は不明だ。

・・・これで少しは改善するといいのだが。



王都襲撃、それによってトリステイン王国の受けた衝撃は絶大であった。白昼、易々とゲルマニア艦隊の王都上空侵入を許した揚句に、迎撃すら叶わず我が物顔で砲撃を行われた。
もはや、弁明もしようのない事態である。この報を耳にしたとき、賢者はトリステインに訪れるであろう動乱を予見し、知者はトリステイン王家の崩壊を悟った。無知な大衆でさえも大きな潮流の変化を感じ取っていた。歴史の当事者たちとてこの大きな変化に無関心であったのではない。彼らはその歴史の中で、自らの最善を尽くし歴史を紡いだのである。

フォン・クラウツェル 「~ゲルマニア・トリステイン戦役~考察」



{ニコラ視点}

悪夢だった。

目の前の光景が信じられなかった。

砲弾で崩れ去る塔が、まるで祖国の将来を暗示している・・・

そう思ったところで砲撃の巻き添えを喰らい昏倒していた。そこから気がつけば高官たちが手当てを受けている城内の一角で水の秘薬とメイジ達の治療を受けていた。狙ったのか偶然なのかは不明だが、ゲルマニア艦隊からの攻撃で財務関係の施設が攻撃を受けた。砲弾が私のすぐそばの壁にぶつかり、その破片をまともに浴びたらしい。正直に言って、あの時生き残れたのはまれにみる幸運だったのだろう。
だが、それが同時に可能ならば見たくないものを眼前に突き付けてくることでもある。砲撃による被害事態は急速に修復されている。だが、その影響は尾を引くだろう。私は、トリステイン王家というよりも祖国に忠誠を誓った身だ。身の振り方をそろそろ考えるべきかもしれない。このままでは祖国はゲルマニアの傘下に収まることとなるのが時間の問題だ。現王家の求心力崩壊は避けられない。なんとしてでも、事態をここで納めなくては待っているのは国内の分裂とそれによる祖国のハルケギニアでの狩り場化だ。
祖国はこのままでは、狡猾なガリアとゲルマニアの遊技場となり荒廃してしまう。なんとしてでもここで食い止めなくてはならないのだ。国力を無為に浪費した揚句に、他国の戦乱を持ち込まれるのは絶対に食い止めなくてはならない。先の見えない馬鹿どもが暴れたせいでここまで事態が悪化してしまっている。なにが、貴族の誇りだ。誇りがなんたるかすら理解していない畜群共が誇りを口にするとは。

祖国はどこに行くというのだ・・・。



{フッガー視点}

「では、間違いなく白昼王都を蹂躙したのだな?」

「はい、間違いありません。すでに、ゲルマニアは襲撃した艦隊の凱旋式を用意しているとのことです。」

一方的な国力差からいつかはこのような事態になるだろうと考えていたが、まさか王都の防備すら簡単に抜かれるほど今のトリステインは追いつめられているとは。これでは、先日形成されたという南方での新たな進撃に対応するどころか、前面崩壊も時間の問題だ。

「今のうちに、トリステインの財産を安く買いたたこう。将来を見据えて優良な物件の洗い出しを行っておく様に。」

「かしこまりました。ある程度の案件は検討してあります。後ほどリストを提出いたしますのでご裁可ください。」

トリステインにはさしたる物産はないが、ある程度の富の蓄積は行われている。当然のことながら貴族階級や王家は衰えたりとはいえある程度の財物をため込んでいるものだ。そして、彼らは既に価格交渉を悠長に行っておれるほどの余力がない。ここまで追い詰められているのだから、相場よりも遥かに安価に買い叩けることだろう。
今まで、トリステインでは理不尽な買い上げや税金が課せられて商会の負担となっていたが、これで心おきなく元手が回収できるだろう。ゲルマニア系列と悟られないように商会を進出させるためにわざわざ、別名義で商会を立ち上げてまで、トリスタニアに店を構えておいたのは情報収集と万が一の保険程度の認識だった。しかし、この様子では採算も取れることとなるだろう。なにより、貴重な古宝物が流出してくればそれだけでも大きな商いの好機だ。ヴィンドボナでは帝室の権威高揚と、戦勝誇示の証として極めて高値を付けて買い取ってくれることだろう。

「わかった。一定の範疇で現場の裁量に任せる。今のうちに先行するぞ。」

「かしこまりました。全力で事態に取り掛かります。」

これは、大きなチャンスだ。先の見える商人たちならば、トリステインの没落と現状は把握しているだろうがだからこそ手を引いていた面々も少なくない。ここで、初動を取れば大きな成果を我が商会が得ることが出来る。独占することは叶わないだろうが、少なくとも商いの大きな部分を掴むことは出来るだろう。
コクラン卿は前線から後方へと配置転換になったという。暇があれば、この件について耳に入れると同時に何がしかの話を聞ければ良いだろう。ある意味で、この商いが成立するのもコクラン卿がきっかけとなっているということだ。多少のお礼を申し上げると同時に次回以降のこういった商いの機会を見失わないようにするためにもより深い関係を構築しておくべきだろう。

「いやはや、まったく笑いが止まらないな。」

なにしろ今回のトリステインへの大規模作戦があると感づくことが出来たのは、秘密裏にいくつかの物資やトリステインの大まかな地勢上の案内等を求められたからだ。信頼を得られるということがいかに商いにとって重要であるかということの典型的な契約であったがそれに応じたことよって、遥かに大きな代価を得るところとなっている。
情報を制する者が、商売での栄光を手にすることが出来る。その点において、我がアウグスブルク商会は大きな優位を占めていると言ってよいだろう。他にもいくつか有力な競争相手が存在しているのは事実だが、少なくともそれらを含めてもその将来は大きな栄光が保証されていると言ってよい。
多少の先行投資を懸命に行うことがこれほどまでに大きな成果につながるとは。思わず、笑いが止まらないのではないかと懸念するほど愉快な気持ちになり、トリステインでゲルマニア艦隊が購入したというタルブ産のワインを楽しみながらその奇妙な現象を考えて、物思いにふける。
タルブ産のワインは名ワインとして名高いがこの戦乱以前からトリステインの治安悪化や様々な要因によって輸出が途絶し気味であった。それらが、戦争によってより一層状況が悪化したかに思われたものの、実際にはゲルマニア艦隊が展開することで在庫も含めてかなりの量が出回ってくることとなった。この一本はタルブ到着の際に伝令の龍騎士達が記念にとヴィンドボナに送ってきた内の一つだ。戦勝記念ワインとして極少量であるが、一般にも販売されたものを入手したが、極めて上質のものだった。聞くところによれば、公平な商取引でこれらをゲルマニア軍は入手し現地から大歓迎を受けたという。

「公平な取引でこれほど利益に結びつけるとは・・・」

思わず、その報告を耳にしたときは唸ってしまったものだ。現地の協力を得るというのは商売にせよ軍事にせよかなり重要なことであるが、同時に困難なことでもある。それを成し遂げられるということの意味は大きい。
戦後統治の問題があるにしても、有望な地域が親ゲルマニアとなっているということは今後のトリステイン問題を考える上で大きなカギとなるだろう。まあ、そこから先はゲルマニアの統治の問題であり、商会にとっては注意すべき事象にすぎないのかもしれないが、何が幸運するかわからないのだ。慎重に事態を注視しておくべきだろう。これまでにも、大きな戦争のたびに利益を上げた商会が出てきたが舵取りを誤ると一瞬にして没落していったものだ。その愚を真似たくはないものだ。



{ロバート視点}

参事としての将来的な職務は、ゲルマニアの国力向上が求められることとなるだろうが、まずそのためにも北部開発に傾注しなくてはならない時期であることは理解している。だが、世事は何事も思うに任せないものだ。ボーアの連中のように、物事は我々の思惑通りには進めまいと何がしかの因果が働いているのだろうか?
猟銃の生産は軌道に乗らない。加えて。忌々しいことに、亜人の南下がまた活性化してきた。以前かなりの森林地帯ごと焼き払ったので巣を絶ったと予想していたのだが。想像以上に繁殖力が強いのだろうか?害虫ほど直ぐ沸くものだ。繊維業者が足りないので、多種多様な染料を開発しても需要が不足しがちで山岳地帯の収入増には微妙な効果しかない。山岳地帯での積雪を固定化の魔法で固めて夏に売るというアイディアは悪くないのだが、商会に相談したところ、販売した瞬間他の地方で同様のことをされるだけなので独自性を入れる必要があると助言される始末だ。

「貿易に傾注しようにも問題は山積か・・・。」

財源の確保と、北部の開発は容易ではない。借金をする気にもなれないのでどうにかして資金を捻出しているが状況は難しいモノがある。あと少しすればだいぶ投資が回収できると思われるのだが。ムーダのおかげで物資輸送の費用がかなり削減できているため、比較的に簡単に投資が行えるとはいえ貿易ですべてを賄うにはやはり無理があると言わざるを得ない。フネの数がもう少し多ければかなりの貿易が行えるだろうがそのためには風石や乗員の確保を考えなくてはいけないのだ。
フネの船体部分を構築する木材ならば比較的安価に自領で調達できるが、訓練された乗員となにより風石の調達がネックになっている。アルビオンのように浮遊する大陸にでも行けば風石が埋蔵されているのだろうか?どこからまあ、浮遊大陸のことはともかくとしても輸送コストは可能な限り削減しておきたい。
とすれば、便数の増大と民間への開放によって利潤をもう少し稼ぐしかないだろう。さしたる効果も期待できないかもしれないが、アルビオン方面への貿易路の拡充に努めるとともにいくばくかの鉱山開発の資源を市場に放出すべき時期に来ているかもしれない。だが、厄介なことに一部の鉱山開発が難航している。良質な鉄鉱を期待しているのだが、石炭がないことには効率的に開発し活用することができない。石炭の探索はいくつかの成果を出してはいるが、厄介なことにかなり深度が深いところまで採掘しなくてはならないとのこと。露天掘りなどが簡単にできる地域は存在しないのが現状であり、石炭を活用することはしばらく時間をかける必要がある。

「いっそ火のメイジたちに火をおこさせるか?いや、しかしそれでも望みえる火力ではないだろうな・・・」

魔法が精神力とやらによって顕現しているというが、工業用足りえるだけの水準の火力を一定以上の時間一定量なし得ることが可能だろうか?それを考えるとやはり火のメイジを活用して石炭などの燃料の代替にしようという発想には限界があると言わざるを得ない。瞬間的な火力ではなく持続的な火がなくては鉄鋼業の発展に寄与することは難しいはずだ。そもそも、鉄の質が改善することだけでも多くの試行錯誤が必要になるためこの分野には長期的な時間がかかることを覚悟しなくてはならないだろう。
あと、教育機関の拡充と受け入れ人員用の施設を整備させなくてはいけないのが自明だ。かなりの専門家や労働者が獲得できているのでここでさらに教育を施すことで将来へとつなげたいものだ。将来必要なるという意味では、情報機関のようなものを設立することが出来ればより一層望ましい。だが、それらを担える人材をどこで獲得したものだろうか?さすがに今の衛士に警備を行わせるだけでは密偵対策が十分ではないが、かといってまさか密偵に侵入された情報機関など役に立たないどころか有害でしかないのだ。なさねばならない責務が多いことも考えると信頼できる人材から抜擢するのが一番となるがそう簡単にことを勧めるわけにもいかない。
まず間違いなく、ガリアやアルビオンから密偵が大量に侵入してきているはずだ。この現状では下手に信頼できる人間を探そうにも、とんでもない外れを引かされかねない。風聞にすぎないが、ガリアの諜報機関の手は、あまりにも長すぎる。その点に関しては私も同意せざるをえない。これは、というところでは、必ずと言っていいほど行く先々で連中の残り香がしてならない。アルビオン情勢に関する教訓を活用しなくては永遠に後塵を拝することとなる。
いっそ孤児院から人間を募集するか?ブラザーが同意してくれればとの前提がなかなか困難であるのは間違いないだろう。信頼できる人間を推薦してくれるという点では間違いがないがこの手の諜報を理解してくれても、賛成してくれるかどうかは微妙と言わざるを得ないだろう。人格が高潔であることを見越してわざわざ引き抜いたのだからそれはまあ、当然の論理的な帰結であるのだが。
さすがに、ゲルマニアに心中するつもりはないので利益共同体が繁栄することを望む以上のことはあまり積極的に行わないつもりだが、ガリアはやはり脅威となるとみなくてはならないだろう。聖地のエルフどもとは接触しようと策動しているがなかなか難航しているのが現状だ。何としてでもエルフと接触を持って彼らの技術や思想、またエルフなる生態を観察したいという欲求もあるのだが。純粋に人間に類似しつつも異質の生物と言う点で極めて興味がそそられるものだ。まあ、政治的に大きな争点であることも間違いないのだが。
だが、とりあえずは北部の安定を維持するために亜人の討伐に力を入れざるを得ない。北部開発の脅威となっているのは間違いなく亜人の南下に対する恐怖だ。鉱山地帯に人間が定住し始めているために亜人の獲物としての魅力も格段に上がっているのだろう。頻繁に亜人発見の報が届くようになっている。それなりの亜人が南下する構えを見せている。無視できる脅威ではない。狐が相手ならば、喜び勇んで撃ちに行くが、亜人ではただの討伐戦だ。実に気乗りしないが、軍務を遂行するのみだ。
とはいえ、相手は亜人だ。要領は少々異なるにしても、狐狩りのような方法で討伐することが可能だろう。それが、慰めと言えば慰めである。猟銃の変わりが大砲と言うのは少々優雅さに欠けるとしてもこの際いたしかたない。獲物も気品という点において狐にはるかに及ばないのだが、鹿狩りの獲物よりも手ごわいという点においては評価すべきものがなくもないだろう。何事も最善を追及すべきではあるが最善に拘泥するのは愚か者の専権事項だ。

「ミス・カラムをここに。まず懸案となっている亜人を討伐する。」

とにかく、時間をかけることなく懸案事項を一つ一つ処理していくしかないだろう。やりたいことをやれる人生こそが喜びだと言ったのは誰だっただろうか?工業機械なくして目標が達成できないとは全くままならないものだ。正装に使う最良の赤い染料は手に入ったというのに衣装が出来ても肝心の猟銃が出来ないとは。ええい、我ながら埒もないことを。


{ミミ視点}

亜人討伐。それは辺境開発の貴族にとっては必要不可欠な責務の一つである。父上とてそれに追われていたのだから、領主が積極的に亜人討伐に乗り出すことを責めることはどなたにもできないだろう。だが、嬉々としたような表情で出征の指示を出している領主は責められるべきではないだろうか?そんな益体もない妄想に一瞬とらわれかける自分がいます。

「では、艦隊で持って亜人の根拠地を襲撃。巣穴から出てきた所で、主力の待機するこの地点まで誘導し、包囲しせん滅と言うことでよろしいですね?」

作戦自体は、極めて合理的な案であり順当な選択肢である。亜人が南下することが既定事項であるならば、それらを都合のよい地点におびき寄せることができれば、容易に迎撃できると共に被害を最小化できる。
地図の一角には布陣すべき地点が示されている。隠れるところの無い渓谷に誘導し上から艦隊が砲撃を加え、連動してメイジが魔法攻撃を行う。誘導が行えれば、それで決定的に亜人を討伐できるはずだ。誘導と言っても実際は、砲撃を行い亜人たちが激昂するように仕向ける程度だが有効だろう。挑発し、亜人から判断力を奪った上でいくつかの誘導経由地点に肉やその他の物を置き、段階的に進路を誘導するだけだ。

「大変結構だ。ただ、念のため艦隊にもメイジを多少配属させよう。」

妥当な判断。もっとも主力のメイジを引き抜かれることを考えると本当に多少に留めなくては主力が戦力不足になりかねないがその配慮はしていただけるだろう。むしろ、艦隊と主力で合流した際に多方面から包囲できるメリットも大きい。

「わかりました。それと、艦隊の指揮はどなたが?」

「ギュンターに一任する。」

おや、てっきりご自身で指揮を執るものかと思われたが。思わず疑問を顔に浮かべてしまう。確かに、ミスタ・ギュンターは適任ではあるが。

「ああ、私は別動艦隊を指揮する。猟犬役の艦隊は2つだ。相互に連携しつつ亜人を誘導するためには二手に分かれたほうが効率的だろう。」

「なるほど、では私が主力を率いて誘導された亜人たちをせん滅するのですね?」

「ああ、指揮は任せる。存分にやりたまえ。」

久しぶりの実戦だ。いささか、感が鈍っていないかとも危惧するべきかもしれないがまずは喜ぶべきだろう。ここしばらく燻っていた炎を外に盛大に吐き出す機会なのだ。いまだ戦役が続いていることなどから叶うことならば前線に赴きたいところではあるがそれが不可能であるならばせめてこのようなところで憂さ晴らしをするしかない。もちろん、感情に任せて行動するつもりはありませんが。

「ああ、それと、率いてもらう歩兵隊についてだ。現地の部隊とダンドナルドからの増援で数は揃えられるだろうな。」

「はい。展開が完了すれば十分な数が揃います。」

「だが後方の部隊は実戦に耐えられるか?」

「問題ありません。」

幸いなことに後方のダンドナルド駐在歩兵隊の練度は、そこそこのものになっている。文官が労に追われている中で歩兵隊を遊ばせておくなど論外であったのでかなりしごいてあるからだ。前線に相当する鉱山地区での勤務を望むものが続出するほどに過酷な訓練を課してあるので今回の実戦でも相応の戦果を期待できるだろう。
むしろ面倒なのは、メイジのほう。最近は亡命貴族やあちらこちらの貴族から三男や四男と言ったものたちが複数流入してきているものの実際に戦場に立つのは初めてのものが多い。特に、大規模な討伐戦であることを考えるとやや統率が不安。いくばくかの訓練が必要かも。まあ、歩兵隊との連携や訓練を行っておくにこしたことはない。

「ただ、できれば一度演習を行いたいのですが。」

「かまわん。どのみち誘導するまでは相応の時間がかかるだろう。現地に布陣したら訓練にいそしんでほしい。」

現地で魔法を使った演習か。いい機会なのでさまざまな状況を想定した訓練を行っておくべきだろう。艦隊との連携が課題になるかもしれないがそこはさすがにフネがいない以上仕方がない。だが、部下として率いるメイジたちの実力を把握しきれていないので実力把握という点では期待してもよいかもしれない。
現状でできるのは狙いを精密につける訓練くらい。まあ連携が取れないであろう寄せ集めの集団で戦うこととなるならばその程度を行えるようにしておくだけでも大きな成果とすべきやも。歩兵隊に関してもある程度密集隊形の訓練を再度行っておくのは有意義なものとなるはず。どちらにせよ状況が許す限り手を尽くして練度の向上と連携の確実性を確保しておかなくては。



{ダンドナルド行政府 募兵官視点}

いつものように出府し、最近では珍しくなくなったアルビオン訛りのお客を迎える。いつものように私は、来客として訪れてきた若い女性のメイジに今回の亜人討伐戦に関する協力依頼について説明を行う。実のところ、この説明業務というダンドナルド行政府において、極めて楽な部類の職務を遂行するという幸せを味わっていた。

「つまり、ダンドナルド在住のメイジたちに兵役を課すのではなく、任意での従軍を求めるわけです。」

まあ、任意での従軍とはいえそれなりの報酬が提示されている。察するに大人しくさせるため、亡命してきた貴族たちに食いぶちを与えておこうと上は考えているようだ。まあ、察したからと言ってそこまで口にするほど軽率では、ダンドナルド行政府でやっていけない。上司たちは、珍しく貴族にしては優秀な上に割と規律に厳しいが、それでも話せる。だが、それだけに軽率にも意図せずとも機密を漏らした間抜けは相応の対価を求められるものなのだ。

「じゃあ、年齢は問わないのですか?」

「もちろんですミス。もちろんあまりにも幼い子供の従軍を認めることはできませんが、よほどのことがなければどなたのお力添えもお願いしたいところです。」

っと、考えが横に行っていた。この娘も亡命貴族だろうか?まあ、確かに従軍による褒賞は亡命貴族には高めに設定されている。しかしながら亡命してきた貴族たちには一定額の給付金が与えられていたはずだが?もちろん、豪勢に暮らせる金額と言うわけでない。それに、貴族たちの多くは金銭感覚が崩壊している。だから多くの貴族たちが資金不足に苦しんでいるからこそ多くの参加表明もあるのは事実だ。
だが、そこまでこの娘は豪奢な衣装を使っているようにも見えないし、これまでの会話で知性に深刻な問題も見受けられない。いわゆるワケありだろうか?一応後ほど上司に報告しておく必要があるだろう。こまめな報告が奨励され、上司が忙しくなっていくわけだが、しかし仕方ない。

「それで、給金はどれほどいただけるのでしょうか?」

おやおや、割と率直に聞かれる娘さんでしたか。普通の貴族はこういうことをかなり体面に気を使っていらないが寸志ならば、とかのたもうはず。まあ正直なのは善いことだ。効率的なことはもっと素晴らしいことだ。こちらも無駄な時間を使わずに次の書類に取り掛かれる。プライドが高いうえに金欠の傲慢貴族を相手にした日など一日潰れてしまったのだ。それに比べれば何と恵まれたことか。

「メイジとしての実力と、戦場での働きによる評価でだいぶ異なってきますが、参加を表明していただいた皆様には寸志として旧金貨で300エキューが支給されます。」

普通にしてはかなり高額だが、この手の事業の目的の一つは亡命貴族たちを食わせることにあるのだから仕方がない。まあ、行政府の給金よりも払いが良いことに対しては。何も知らない一部からは批判が出ていたりもするのだが。具体的には、強制徴募されてきた面々からだ。実際には手取りで月々1000エキューを超える額をもらっている高級役人が結構いるのは内緒だ。私がその一人であることはとっても重要な秘密だ。仕事が多すぎなければ完璧なのだが。

「もちろん、寸志は即座に登録していただき次第お支払いいたします。当然ながら戦場での働きはそれとは別に評価されますのでそちらは、後ほどの論功褒賞時に。」

「その、登録方法は?」

ああ、身分を知られたくないというワケありで確定かな?まあ、メンツや体面に傷をつけないように配慮されているのでそのところは問題なのだが。正直に言って貴族の思考、特にアルビオン貴族特有の体面重視は厄介なものだ。経済的に苦しいということを知られることだけでも極端に嫌がるのだ。もっとも、これでトリステイン貴族より格段にまともだというのだ。だから、曲がり間違っても外務担当になどなるものではない。同期が体を崩したのは八割がたロマリアとの折衝を担当させられたからだとみてよい。坊主どもの相手をするのも一部の例外的な聖者を除けば大変なのだろう。

「単純に、コモン・スペルを何か詠唱していただくか、あるいはレビテーションを行使していただき、そのまま従軍協力を行う旨を宣誓していただければその場で登録証を発行いたします。」

まあ、金だけもらって逃げられることも想定している。従軍後にまたその登録証で募兵することになっているのだ。新しく亡命してくるものたちには別途証明証として来訪の日が記載された書類があるのでその書類で職を斡旋することになっている。

「それで、それからどうなるのでしょうか?」

「既定の期日までに集合場所に集まっていただければ結構です。」

実際に、従軍するまでには1週間程度の時間があるので身なりを整えることもまあ可能だろう。メイジたちがどの程度の従軍を希望するかは不明だがそれなりに良い待遇だと知れば集まってくるのは間違いない。



{ロバート視点}

亜人討伐を前にしてダンドナルドでは軍の集結作業が急速に整えられていた。主戦力であるメイジの集結状況も順調であり討伐戦に赴く軍の首脳陣をして安心材料とみなせる水準に至っていた。

「ふむ、予想よりメイジが多く集まったな。」

高貴なるものの義務を理解できない面々に軍務をどの程度期待できるかと思っていたがこれは予想外だ。実際に、モード大公派の貴族たちがそれなりに人格が出来ているのか生活の必要性に迫られているかのどちらかは判然としないが傲岸に献上品を要求してくる寄りははるかに好感のもてる実績だろう。

「ですが、練度では少々物足りないところがあります。亜人討伐の経験が不足しているメイジで主力を編成することを考えるならば実際にはこの数でようやく妥当なところかと。」

ミス・カラムの忠言は耳に留めておくべきだろう。亜人討伐の経験は、地方の貴族ならば豊富かもしれない。アルビオンも北部には、亜人の巣があるというが、モード大公派は基本的に南部が基盤であった。加えて、今回の亡命貴族の大半は都市部からの亡命貴族が多く、人格の優劣以前に軍務経験に偏りがあると分析されている。確かに、教育は受けているのだろうが実際に魔法を実戦で使えるかどうかは未知数だ。それだけに数で補わざるを得ないという発想自体は間違ったものではない。

「まあ、予算を除けば特に問題はないな。だが、亡命貴族救済を兼ねてはいるが今後は少々額を考え直すべきかもしれない。」

ダンドナルドの人件費は高騰する一方だ。多少見直しておかなくては今後経済に悪影響を及ぼしかねない。ローマ時代の農民の生活基盤を崩壊に至らしめたのは彼らの産物が価格競争でエジプトの小麦に劣ったからだ。ダンドナルド全体の物価が高騰し、結果的に貿易で赤字が出るようになっては本末転倒もよいところだ。
それ以前に、役人の人件費である程度の支出があるところに纏まった数のメイジを高額で一時的とはいえ雇用するのは長期的にみれば無駄遣いもよいところだ。多くの貴族を傘下に入れたといえば外聞もよいのだろうが今回は亡命貴族たちの体面を保ったままでの救済策にならざるを得ないために持ち出しがはるかに多いのが実情と言わざるを得ない。
多少の人材登用をもくろんでいなければ絶対にこの支出には同意できないところだ。最終的にはアルブレヒト三世にいくばくかを請求するべきかもしれない。教育を受けた有為な人材が一定数発見できなければそうするべきだろう。ネポスの人材リストと照合しつつ使えそうなものはそろそろ粗方把握し始めているが、結果が出るまではもう少しと言ったところか。

「まあ良いではありませんか。空軍としては龍騎士が多いことは歓迎ですよ。」

ギュンターが口にした龍騎士の任用は確かに現状でも歓迎できる数少ない事態である。今後も自らの龍を持って亡命してきた面々は大歓迎したい気分だ。確かに、一時金が高いのは否定できないうえにある意味で傭兵雇用に近い形態で現在は雇用しているが今後は常備軍にぜひとも加入してもらいたいものだ。偵察に伝令、奇襲に警戒と万能の兵科と言っても過言ではないのだ。
航空機と艦船の関係を思い起こさせられるために海軍士官としては不快極まりない部分もなくはないのだが、正当な評価が出来ないほどに落ちぶれているつもりもない。俊敏性に富む龍騎士の実力は様々な局面で極めて有用だ。戦い方次第では十分な装備を持つ艦隊とでさえも龍騎士の襲撃には無力になるかもしれない。これも研究課題だろう。だが、おもしろいのはメイジが魔法を複数並行して使用できないという問題の克服に使えるということだ。メイジが飛行しながら魔法で攻撃することはできない。だが、龍騎士とその背中に随伴させれば艦隊に反復して魔法攻撃を浴びせることができるのではないだろうか?これは今後の検討課題だろう。

「うむ。伝令として今回の作戦にある程度柔軟性を持たせるという意味では大きなものがある。」

密接に連絡を保つという点において多くの龍騎士を活用できるのは今回の亜人討伐戦においてもとても便利だろう。無線には及ばないとしても情報伝達速度が格段に改善することは間違いない事実だ。手旗信号の応用で塔を作り連絡手段とすることも検討してはいるがやはり伝令を活用したほうが柔軟性と即時性に勝るだろう。

「それと、艦隊随伴のメイジですが少数精鋭にこだわった結果です。」

こちらを、と提出された書類を確認しロバートはその記載された内容を吟味し無難な選択に満足する。バランスのよく配慮された編成と言ってよい。

「うん?各艦に3名ずつか。まあ、誘導目的だから土のメイジがいるのはありがたいな。」

「正直に申し上げますと、主力も必要としているのですが。」

実力のありそうなメイジは主力にあれば当然心強いだろうが、だからと言って猟犬役の艦隊に実力の劣るメイジをたくさん載せるだけのスペースなどない。特に罠の設置や地形改善に使える土のメイジは多くの役割が期待されている。仮にゴーレムがつくれるのならばゴーレムを突っ込ませて亜人を挑発したり誘導したりさせること可能だ。フネに搭載している砲弾や甲板からの銃撃である程度の攻撃はできるが罠の設置などはやはりメイジの方が圧倒的に効率的なのだ。

「そちらは、数で補うしかあるまい。どちらにせよ、ある程度の頻度で伝令の龍騎士を送る際に人員の補充を行えるようにしておこう。」

むしろ、猟犬役の艦隊で精神力が疲弊することを考慮すると龍騎士で交代要員を搬送することも想定しておくべきかもしれない。定期的に後方に下がれるということは精神的には大きな救いがある。また、最前線の状況を理解して後方で待ち構えているメイジがいることも大きな視点から見れば十分に望ましいと判断できる。
前線の連携を保つ上で難しいのは感覚だ。だからこそ艦隊は迅速な展開を重視しながらも合同訓練を執拗に繰り返し各艦の実力を相互に把握しあい支援を行いやすくするものだ。今回の亜人討伐戦は臨時編成とはいえ一応核となる部隊があるだけやりやすいだろうがそれでも多くの課題があるのだ。不安要素を限りなく減らせるならば減らしておくことにこしたことはないだろう。

「では、各人が職責を全うすることを期待している。」



{第三者視点}

トリステイン戦線

すでに戦線は崩壊していた。トリステイン側には一部の反ゲルマニア貴族を除いては戦意が乏しく、ゲルマニア側はこれ以上の戦果を必要としていないがために戦線は比較的平穏を保っていたが両陣営の内実は全く異なっていた。ゲルマニア側はすでに戦後の構想を探っており、とどめの一撃を与えるか降伏を促すかを議論する段階であり、トリステイン側は亡国を回避すべく懸命な模索が繰り広げられている状況であった。
実質的にこの戦いが赤字であることはゲルマニア側にとって得るべきものが乏しいとの評会にあらわされるように戦利品が期待できないために早期終結が望まれていることもあり降伏するならばそれを受け入れようという機運がある程度ゲルマニア側では高まっていた。ただ、一部のトリステイン貴族と折衝した経験を持つものたちからはプライドの塊である連中が用意に降伏するはずもないだろうとの諦めにも似た嘆息が漏れている。
この状況下においてトリスタニアでは講和派と交戦派が水面下で主導権を巡って抗争を繰り広げていた。講和派とて無条件降伏ではなく条件降伏を志向してはいたもののそれすら受け入れがたいとする反ゲルマニア感情もあり王宮は伏魔殿と化した。すでに、賢明な貴族の幾人かはこの伏魔殿に見切りをつけ自領に隠遁するか、独自にゲルマニアとの伝手を求め、いくばくかの忠臣は踏みとどまらんと足掻いたものの情勢は混とんとするばかりだった。
状況をさらに悪化させたのはゲルマニア側の一部、特に継承すべき領地をもたない貴族子弟らが功績を求めて積極的に遊撃戦を展開したことにある。当然のことながら、これらに応戦する必要があるものの対応が後手になってしまい、このため主導権で完全に後手に回りトリスタニアどころか各地の軍は統率がかき乱されて軍としての機能に深刻な障害をきたしていた。
ゲルマニア側にしては相応の損害が襲撃部隊に出ようとも、実質的に家督争いが沈静化することと能あるものが発見できればよいと割り切った上での活用であったためにこの襲撃は例外的に収支に会うものとして黙認されていた。しかし、上層部においてはいたずらに和平への障害になっているのではないかとの危惧が提言されており、前線での意見調整ではなく上層部の意向を確認するまでは黙認し、以後は上層部の指示に従うという方針が立てられ使者が後方へと派遣されることとなった。



{バルホルム視点}

ダンドナルド方面派遣艦隊の一員として仰々しい名前と共に数隻の軽コルベットで赴任した北部は概ね上司に理解があることと、空軍上がりの良識ある軍人たちが多かったために比較的に快適な勤務先だった。ただ、どうしても辺境の地とであるために亜人討伐に従事しなくてはならず拿捕報奨金とも無縁の討伐戦に明け暮れなくてはならないのはまあ義務としては仕方がない範疇であるにしても気乗りするものでもなかった。さすがに、軍務にその悪影響を繁栄させるほど素人でもないつもりだったので職責を全うすることには問題がないのだが。

「コクラン卿、今回の航海で我が艦隊に配属されるメイジの一覧です。」

問題があるとすれば、やや細かいところにまで指図しようとするためにこちらの労力をかなり割かなくてはならないということぐらいだが、無能ではないだけに案外的確な意見や指示がもらえると思えばむしろ積極的に指示を仰がなくてはならないのだろう。
まあ、メイジについて研究したいと常々口にされているところをみると、メイジについて事細かに情報を求められるのは趣味ではないかというのが艦隊の賭けであるのだが。

「ありがとう、艦長。・・・やはり、使えるメイジは大半が訳があってということか。」

まあ、それは仕方がないことだろうと思いつつ同意する。何せ、実力があるメイジならば問題がなければわざわざゲルマニアまで亡命するような酔狂な真似をしなくても十分に生活していくことができるのだ。亜人討伐での傭兵としての雇用や、宮廷での任用などいくらでも職が見つかるにもかかわらず亡命しなくてはならないということはやはり相応の理由があるということであり、今回の募集に際してその背後関係を問わないという条件設定を設けたのもそのためだ。

「ミス・ロングビル?まあ、明らかに偽名だろうな。とは言え、実力があるならば構わん。募兵官の所見では人格にさしたる問題もないとのことだ。」

名簿を眺めている上司のご機嫌は良くも悪くもないところからやや、良好にシフトしたようだ。まあ、実力があって人格に問題がないメイジが戦力になるなら指揮官なら誰でも喜ぶものだが。

「ありがたい限りですな。しかし、何故偽名と?」

「トライアングル以上のクラスは亡命者の中にもそう多くない。だが、私の知る限りではロングビルなどという名前は初めて耳にするものだ。」

まあ、そうだろう。何より訳ありと推察されるような実力者が本名で募兵に応じるかどうかという賭けが成立したとすれば、間違いなく自分ならそんなバカなことがありえないに手持ちの全額を賭けることにする自信がある。

「それに、長いくちばしだよ。こちらをひっかけようとでも考えているのか?」

「は?」

「いや、こちらの問題だ。私の私見にすぎんよ。」

そう言うと、コクラン卿は艦隊に人員の収容が済み次第最初の索敵航海に出るように発令すると、駆け込んできたミスタ・ネポスからの報告を聞き始めた。邪魔をするよりは、甲板で出航準備をしておく方が好みに合っているのでまあ、戦準備と洒落こむことにしよう。



{ネポス視点}

以前から、直接口頭で報告せよと命じられているアルビオン亡命貴族に関する疑惑の報告を行いつつ思う。気がつけば厄介事を処理させられている自分は一方で出世していると世間的には評価されているらしいがはたして幸せなのだろうか?だが、まずは目の前の問題を解決しておこう。

「艦隊が航海に出ている間は、以後の報告はいかがされますか?」

亜人討伐は当然ある程度の日程を必要とする。記憶の消失を防止あるいは、影響を最小化するために直接口頭で報告を毎回行うことで確認を行ってきたが、さすがに機密保持との兼ね合いがあるために簡単に判断がつかない。

「事態が事態であるだけに、亡命してきたメイジたちが多く艦隊に搭乗している状況で報告を受けるのは望ましくない。帰還するまでは卿の専権事項とせよ。」

「かしこまりました。しかし、詳細な情報を現在集めているところですが徹底的に消息を探すとなると歩兵隊を動員したいのですが。」

情報を集めて、分析したところある地域での記憶消失が確認されているためにおそらくその一帯に住み着いているのではないかという分析が上がってきている。幸いにも、人口密集地域ではないので、捜索は容易ではないかとみられている。仮に何も発見できなかったとしても記憶いかんではその地域に滞在が確認できるだけにより詳細に調べ上げれば済む問題だ。

「却下だ。露骨すぎる。」

まあ、当然のことながら機密保持をコクラン卿は優先される。確かに、事態を正確に把握できていない段階で不用意に行動することへの危惧があるのは間違いないが、卿の慎重さは筋金入りだ。謀略家として天性のものに恵まれているのではないだろうかと、根が呑気だと評される自分でさえ思いたくなるほどに卿はその方面での才に恵まれておられる。

「ですが、辛うじて潜伏地域と思しき領域を補足しつつあるのです。」

とはいえ、これ以外に解決方法がそう多いわけでもないのだ。少数の探索では判然としないところでもある程度の人員を動員すれば多くの情報が集められるはずなのだ。それに、辛うじて把握した潜伏地帯候補から移動してしまわないという保証もないのだ。

「・・・では包囲線を形成し監視するところまで認める。ただし、名目は治安出動だ。情報収集は能動的に行わせよ。」

つまり、包囲してその周辺を監視しつつ、出入りを確認する程度は認められたということだろう。まあ、確かに行方のめどもつかなくなるよりは賢明だし、案外関係者が網にかかるかもしれないことを考えれば賢明な方策だ。

「ありがとうございます。」



{ロバート視点}

状況を整理しよう。我々は、辺境諸公に特有の亜人との特別なお付き合いの一環として北部に展開中である。まったく、前線が騒がしい時期ではあるが後方に匹敵するこの地域ですら戦力を必要とすることを考えると、ゲルマニアの戦力は全面戦争で総動員を行うと深刻な問題が発生するかもしれないだろう。かといって辺境部に戦力を貼りつかせなくてはならないのも戦略的に大きな束縛を受ける問題だ。だが、今いる部署で最善を尽くさなくては。関心事項はいくらでもあるのだから。


「観測地点を確保。設営が完了次第、周辺に罠を設置せよ。」

「全龍騎士隊の宿営地を確保させろ。」

「宿営地の防備を編成する。当直はただちに任につけ。」

「周辺捜索を行う。歩兵隊の中から志願者を選抜する!志願者は特別手当と、特配があるぞ!」

単調ではあるが、規則正しく動き回る兵士たちや地面を一度に変形させる従軍を志願したメイジたちの活動を士官たちが最適化するべく、指示を出す。戦略思考から喧噪を背景音として現場に思考を戻したロバートはあるメイジに関心を惹かれていた。

「やはり、土のメイジは優秀だな。設営がこれほど効率的に進むとは。」

視線の先には、若い女性のメイジが杖で土を動かし作り出したゴーレムで陣地を設営している。従軍する以上、ある程度の筋力や訓練を受けていたとしても到底生身ではなしえないような速度で設営を行っているすべはまさに驚嘆に値する光景と言うべきだ。ただ、それらはメイジが当たり前の世界にとってはさほど驚くべき事象でもないようだ。大半の兵はそれらに対して心強いものを感じる程度であり、驚きはさほどみられていない。

「ええ、腕の良い土のメイジがいてくれたおかげでかなり時間に余裕が出来ました。」

「しかし、これだけ利便性が高いのだ。討伐戦が終わったら鉱山地区の開発にもっと本格的に土のメイジを動員するべきかもしれないな。」

まあ、すべてはこの討伐戦が完了してからの議論であるのは間違いない。ただ、メイジを活用するという点からすれば土のメイジは建築に関しては極めて有望と言えるだろう。早急に組み込むべき要素に数えておくべきだ。とはいえ、外部からの登用に際しては頭の痛い機密保持の問題が介在しているために慎重にやらなくてはならない問題でもあるのだが。それを補っても効率的であるのは間違いないだろう。

「さすがに、私は専門ではありませんのでなんとも。ただ、開発が速くなるのは間違いないでしょう。とはいえ、単純にメイジを増やすだけではあまり変わらないのでは?」

「いや、これまでは地質調査を任せるだけで、掘削は人手でやっていたのだ。そこを改善できれば冶金術も大幅に改善するだろう。」

そういえば、地質調査はどのようにして行っているのだろうか?ボーリング方式をとっているのかどうか確認してみるべきかもしれない。メイジの感覚が優れていることは否定しないものの、それを科学と組み合わせることでより一層効率化できるならば当然それを実行するべきだろう。掘削技術などいろいろと課題も多いかとは思われるものの、担当の研究にさせれば時間をかけて解決可能だろう。魔法の利便性はやはりかなり高いと言わざるを得ない。
しかし、一方でメイジの大半が進歩の無い愚者どもでもあるのだが。与えられた状況に安穏として進歩を怠る傾向があるのは進化の可能性を絶っているように思える。メイジは確かに力を持っているが種としての発展性について考えるならばどうなのだろうか?進化論の議論に踏み込むことは気が乗らないが、少なくとも将来性という議論については検討しておくべきだろう。
だが、それを見下すということは正当な評価を行えないという軍人にとって戦闘以前の愚行を犯すことにもなりかねない。我々が恐るべきものは慢心であり、常に希望的観測で事態を推測しようとする己の感情であるのだ。自らを律する者こそが海軍軍人であることを許されるのだ。この地においてもその規範はみじんも揺らぐことのない鉄則であるといえる。
頭を振り、思考を切り替える。今は、目前の軍務に集中する必要がある。視野は広く、ただし注意力は常に保っておかねばならない。基本的なことで、当たり前のことであるがその当たり前のことこそが一番肝要なのだ。

「伝令を出す。分艦隊へ定時連絡だ。」

「ただちに。こちらから特記すべき事項はありますか?」

事態は基本的に想定通りだ。現時点では南進してくる亜人の大半が、群れからはぐれたか追放されたと思しき個体だ。群体として南進してくるものはなく、拠点設営時にもさしたる困難は起きていない。ある程度の亜人が南進してきつつあるものの、この一帯までは予見された通り進出してはいないようだ。それらは以前の定時連絡で相互に確認済みである。

「いや、定時連絡事項で構わない。」

しかし、実際に中途半端に前線にいるからこそ埒もない考えにとらわれるものだ。後方のことが常に気にかかってならない。トリステイン方面はそろそろ終結したのだろうか?この問題が片付いた後には中央で仕事が私を待ち構えている。ガリアの動向も気にかかって仕方がない。忌々しいことこの上ないが、矜持だけは一人前どころか肥大化しすぎた貴族どもはこのハルケギニア大陸に船底にこびり付くフジツボのごとくこびり付いている。快適な船旅には手入れが欠かせないだろう。ああ、削ぎ落してしまいたい。

「ああ、伝令として定期連絡とは異なるが、ダンドナルドに使者を。ヴィンドボナの動向を知らせるようにつたえよ。」

後方の情報は極めて重要だ。言うまでもなく、それ相応の手当てをしていないわけではないが、念を入れて後悔したためしはない。慎重さは、許容される場合において常に肯定されるのだ。少なくとも、臆病であるものが最後まで生き残れる確率が高いと教官殿は常に仰せられた。『無謀を勇気と取り違え冷静な判断が出来ないものこそ愚者の極みである』として私どもを強く指導してくださったその教えは軍に入って変わらずに通用する原則の一つだった。
だが、不便だ。本国艦隊にいれば大半の情報は電信で届けられたのだ。まさか、大航海時代に単独行動を強いられた派遣艦艇のように独自で行動を決定し中央の動向は推察することに限らなくてはならないとは。このような現状はあまり効率的ではないだろう。全く音信不通と言うわけではないが、不便だという実感からは逃れられない。
むろん、トリステインとゲルマニアのように国力差が明確に表れている場合、勝敗の行方よりはいかにして戦後処理を行うかが焦点であるのは間違いない。関心事項が勝敗でないだけ心理的に余裕があるのは大きいだろうが、その分逆に先の悩みが絶えないというある意味贅沢な問題だろう。

「ヴィンドボナの動向でありますか?」

「ああ、帝都からの連絡を事細かに維持せよ。可能な限り事態に即応したい。」

即応というべきか、ヴィンドボナで政務につけられる際に予備知識が欠如している事態だけは避けたいものだ。ある程度、戦後を見据えた自身の処理方針を明確にしておかなくてはいざという時に迅速な行動に支障が出かねないものだ。
たとえば、現トリステイン王族は始祖由来の系統だという。その血統は政治的に大きな価値を持つだろう。下手に降嫁させる?政争の種を自ら播いて育てるようなものだ。かといって、現皇帝との婚姻は、政治的に危険極まりない。敗者には相応の分が存在しなくてはならない。少なくとも、中央の威令を轟かせるために、皇紀が敵国出身であるというのは不安要素でしかない。さらに言うならば、皇帝の後継者争いを今から激化させる必要もないだろう。とにかく、さまざまなことを脳裏に入れておかなくてはならないのだ。

「いかんな。前線にありながら後方に気をとられるとは。」

後ろに気を取られて、不覚を取るような無様な真似を晒したくはないものだ。気を取り直してこちらに意識を集中させるとしよう。それにしてもあの土のメイジはやはり気にかかる。報告にあった、例の土のトライアングルのメイジだろうか?トライアングルというには、あまりにも若いように見えるが必ずしも年齢は実力に比例しないことも考慮しておかなくては。

「ああ、それと、あの土のメイジは何と言ったかな?」

「ミス・ロングビル、土のトライアングルです。コクラン卿。」

ふむ、やはり彼女がロングビルか。若い女性で、身元不明。別段、珍しくもない話かもしれないが亡命貴族であることを考えると大きな問題になりかねない。こちらの知らない火種を持ち込まれることは断固として避けたいものだ。接触すべきか?しかし、情報が少なすぎる。それとなく、監視をつけて様子をうかがうに留めるべきだろう。いや、しかしそれでよいだろうか?

「あの若さで、トライアングルか。素晴らしい実力の持ち主だな。」

穏便で、波風を立てずに接触する方法は?彼女は実力があるメイジで討伐戦に従事している。私は、指揮官だ。軍務にことかけて接触するか?いや、このハルケギニアの貴族たちは思考の方法が異なる。軍務を名分と捉えすぎるのではないか。

「ええ、優秀な人材です。ぜひ、軍に欲しい逸材です。」

「確かに、陣地設営の手際を見る分には優秀だ。だが、実戦で見てみないことにはな。」

亜人の挑発に同行させて手腕を見る分には問題ないだろう。それにことかけて、実力を示せば登用もあり得ることを匂わすか?それで反応をみるとともにそれとなく監視をつける目的が実力を見極めさせるためのものと思考を誘導することが出来るだろうか?何もしないよりは有効だろう。少なくとも、相手の判断材料を増やし、錯乱させることは可能だ。

「少し、話を聞いてみたい。彼女を呼んでくれないか。」



{ロングビル視点}

「失礼、ミス・ロングビル。」

近づいてきた男は、討伐軍でそれなりの地位にある指揮官の一人だったはずだ。単純な軍人で、アルビオン貴族のような厄介さを持っているわけでもなく、どちらかと言えば好感のもてるタイプだ。もっとも、一緒に仕事をする際に、であるが。振り返り、ある程度貴族としての教育を受けたものが浮かべる上位者への敬意を込めた表情と、一方で内心を表さない独特の微笑を浮かべる。

「いや、作業中すまない。だが、ミス・ロングビルの実力にはコクラン卿も驚かれていてね。できれば、話がしたいとのことだ。」

コクラン卿、まったくもってわからない人物だ。実績だけを見るならば、アルビオンと合同で空賊討伐を行い、両国間の懸案事項を解決に持っていくと同時に艦隊演習を通じて関係改善を図っている親アルビオン派の筆頭だ。事実、アルビオンへのゲルマニアからの輸出拡大等、両国関係は目覚ましく発展している。
だが、一方でこうしてアルビオン王室が粛清しようとした人間を匿っている。人間としての情?あり得ない。聞き及ぶ限りでの推察でしかないものの、それほど甘いような人間でないのは確かだ。ロマリアから孤児院をこの地に招聘したと聞いたとき、開かれた孤児院を訪ねてみてそれを実感した。

「コクラン卿が?大変光栄なことです。」

「ああ、できれば時間を作っていただきたい。作業が終わり次第顔を出してくれないだろうか。」

確かに、孤児院の質は良かった。アルビオンにあるものよりも良いだろう。だが、真の目的は聖職者だったのだろう。アルビオンでも、サウスゴーダでも、ブリミル教との距離感は為政者にとって懸案事項に入っていた。だが、ここダンドナルドでは事情が異なる。孤児院に敷設して教会を建築中であり、既成事実としてパウロス師がこの地の司祭に任じられようとしている。お会いした限りではパウロス師は聖職者の模範と言うべき人間だ。なんとも、珍しいことに。

「もちろんです。」

外聞だけ聞けばさぞかし慈悲深く聞こえるだろう。自国の孤児たちに思いをはせ、ロマリアに嘆願して孤児院を招聘し、孤児たちの救済に当たっていると。だが、実態はロマリアに頭を下げるように見せて相手のメンツを保ちつつ自領への干渉をそれとなく排除するための施策だ。それを、自領が貧しいと思われている時にやってのけた。
坊主どもにしてみれば、中央の目障りなパウロス師の一派を辺境に追い払ったということになり、満足すれども失うものはないだろう。今日急速に発展しているが、いまさら派遣したパウロス師より上位の司祭を派遣しようにも逆にパウロス師をコクラン卿が重視しているのは明白だ。

『我が領を開拓以来、領民の心の支えとなり、親なき子たちをブリミル教の慈愛で救済されてこられたパウロス師を讃えるとともに、感謝の念を込めて。』
などと、パウロス師を賞賛する手紙を多額の寄付と共にロマリアに送っているようなのだ。
サウスゴーダ領でも相応に寄生されていたことを考えると、この寄付は安いものだろう。何より領地経営に口出しされずに、領民の面倒を見てもらえるのだ。厄介ものの教会をこれほどうまく活用する人間が、情で行動するわけがない。損得計算できる人間ならば、アルビオン王の怒りを恐れるはずなのだ。
王弟でさえ粛清した王だ。当然、他国の貴族など容赦されないだろう。なにより、当然のこととして外交問題に発展しかねないにもかかわらずコクラン卿は南部の諸都市に堂々と交易船団を指揮して派遣し、それとなく亡命者を回収している。初めは、アルビオン王と取引したゲルマニア貴族が、亡命者を誘い出すための罠かと勘ぐったほどコクランという男は損得計算にたけて、親アルビオンのはずなのだ。
何を考えているのかわからない不気味な貴族。なまじ、欲望に忠実な坊主や低俗な野心にあふれた貴族たちの方がよほど付き合いやすい。何故私に目をつける?まさか、ティファのことが露見した!?いや、まだそうときまったわけではない。でも、何となしに疑われているような傾向があった。私たちの存在を特定していないにしても、記憶を不用意にとは言わないが、消してしまったために逆に注目を浴びているらしい。書類不備などどこにでもある話だと思って油断したのがいけなかった。逆に、探し出そうと相手を決意させてしまったようにも思えてならない。
だから、本来ならばこのように長い間離れるような仕事には付きたくなかった。だが、お金が必要だった。私は、子どもたちを守らねばならない。幸い、この職は困窮した貴族の経済的な支援も兼ねているようで報酬は良い。この仕事が終われば、その報酬で遠くへ、少なくとも私たちの身元を探られないところへ。だが、そうやって自分に言い聞かせてきたとはいえ、やはり心配だ。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
あとがき

それとなく、改訂したものを・・・。
改訂が終わらないorz


前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.044447898864746