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No.15007の一覧
[0] 【ゼロ魔習作】海を讃えよ、だがおまえは大地にしっかり立っていろ(現実→ゼロ魔)[カルロ・ゼン](2010/08/05 01:35)
[1] プロローグ1[カルロ・ゼン](2009/12/29 16:28)
[2] 第一話 漂流者ロバート・コクラン (旧第1~第4話を編集してまとめました。)[カルロ・ゼン](2010/02/21 20:49)
[3] 第二話 誤解とロバート・コクラン (旧第5話と断章1をまとめました。)[カルロ・ゼン](2010/01/30 22:55)
[4] 第三話 ロバート・コクランの俘虜日記 (旧第6話~第11話+断章2をまとめました。)[カルロ・ゼン](2010/01/30 23:29)
[5] 第四話 ロバート・コクランの出仕  (旧第12話~第16話を編集してまとめました)[カルロ・ゼン](2010/02/21 20:47)
[6] 第五話 ロバート・コクランと流通改革 (旧第17話~第19話+断章3を編集してまとめました)[カルロ・ゼン](2010/02/25 01:53)
[7] 第六話 新領総督ロバート・コクラン (旧第20話~第24話を編集してまとめました)[カルロ・ゼン](2010/03/28 00:14)
[8] 断章4 ゲルマニア改革案 廃棄済み提言第一号「国教会」[カルロ・ゼン](2009/12/30 15:29)
[9] 第七話 巡礼者ロバート・コクラン (旧第25話~第30話+断章5を編集してまとめました。)[カルロ・ゼン](2010/07/25 23:08)
[10] 第八話 辺境伯ロバート・コクラン (旧第31話~第35話+断章6を編集してまとめました。)[カルロ・ゼン](2010/07/27 23:55)
[11] 歴史事象1 第一次トリステイン膺懲戦[カルロ・ゼン](2010/01/08 16:30)
[12] 第九話 辺境伯ロバート・コクラン従軍記1 (旧第36話~第39話を編集してまとめました。)[カルロ・ゼン](2010/07/28 00:18)
[13] 第十話 辺境伯ロバート・コクラン従軍記2 (旧第40話~第43話+断章7を編集してまとめました。)[カルロ・ゼン](2010/07/28 23:24)
[14] 第十一話 参事ロバート・コクラン (旧第44話~第49話を編集してまとめました。)[カルロ・ゼン](2010/09/17 21:15)
[15] 断章8 とある貴族の優雅な生活及びそれに付随する諸問題[カルロ・ゼン](2010/03/28 00:30)
[16] 第五十話 参事ロバート・コクラン 謀略戦1[カルロ・ゼン](2010/03/28 19:58)
[17] 第五十一話 参事ロバート・コクラン 謀略戦2[カルロ・ゼン](2010/03/30 17:19)
[18] 第五十二話 参事ロバート・コクラン 謀略戦3[カルロ・ゼン](2010/04/02 14:34)
[19] 第五十三話 参事ロバート・コクラン 謀略戦4[カルロ・ゼン](2010/07/29 00:45)
[20] 第五十四話 参事ロバート・コクラン 謀略戦5[カルロ・ゼン](2010/07/29 13:00)
[21] 第五十五話 参事ロバート・コクラン 謀略戦6[カルロ・ゼン](2010/08/02 18:17)
[22] 第五十六話 参事ロバート・コクラン 謀略戦7[カルロ・ゼン](2010/08/03 18:40)
[23] 外伝? ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド伝 [カルロ・ゼン](2010/08/04 03:10)
[24] 第五十七話 会議は踊る、されど進まず1[カルロ・ゼン](2010/08/17 05:56)
[25] 第五十八話 会議は踊る、されど進まず2[カルロ・ゼン](2010/08/19 03:05)
[70] 第五十九話 会議は踊る、されど進まず3[カルロ・ゼン](2010/08/19 12:59)
[71] 外伝? ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド伝2(会議は踊る、されど進まず異聞)[カルロ・ゼン](2010/08/28 00:18)
[72] 外伝? ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド伝3(会議は踊る、されど進まず異聞)[カルロ・ゼン](2010/09/01 23:42)
[73] 第六十話 会議は踊る、されど進まず4[カルロ・ゼン](2010/09/04 12:52)
[74] 第六十一話 会議は踊る、されど進まず5[カルロ・ゼン](2010/09/08 00:06)
[75] 第六十二話 会議は踊る、されど進まず6[カルロ・ゼン](2010/09/13 07:03)
[76] 第六十三話 会議は踊る、されど進まず7[カルロ・ゼン](2010/09/14 16:19)
[77] 第六十四話 会議は踊る、されど進まず8[カルロ・ゼン](2010/09/18 03:13)
[78] 第六十五話 会議は踊る、されど進まず9[カルロ・ゼン](2010/09/23 06:43)
[79] 第六十六話 平和と友情への道のり 1[カルロ・ゼン](2010/10/02 07:17)
[80] 第六十七話 平和と友情への道のり 2[カルロ・ゼン](2010/10/03 21:09)
[81] 第六十八話 平和と友情への道のり 3[カルロ・ゼン](2010/10/14 01:29)
[82] 第六十九話 平和と友情への道のり 4[カルロ・ゼン](2010/10/17 23:50)
[83] 第七十話 平和と友情への道のり 5[カルロ・ゼン](2010/11/03 04:02)
[84] 第七十一話 平和と友情への道のり 6[カルロ・ゼン](2010/11/08 02:46)
[85] 第七十二話 平和と友情への道のり 7[カルロ・ゼン](2010/11/14 15:46)
[86] 第七十三話 平和と友情への道のり 8[カルロ・ゼン](2010/11/18 19:45)
[87] 第七十四話 美しき平和 1[カルロ・ゼン](2010/12/16 05:58)
[88] 第七十五話 美しき平和 2[カルロ・ゼン](2011/01/14 22:53)
[89] 第七十六話 美しき平和 3[カルロ・ゼン](2011/01/22 03:25)
[90] 外伝? ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド伝4(美しき平和 異聞)[カルロ・ゼン](2011/01/29 05:07)
[91] 第七十七話 美しき平和 4[カルロ・ゼン](2011/02/24 21:03)
[92] 第七十八話 美しき平和 5[カルロ・ゼン](2011/03/06 18:45)
[93] 第七十九話 美しき平和 6[カルロ・ゼン](2011/03/16 02:31)
[94] 外伝 とある幕開け前の時代1[カルロ・ゼン](2011/03/24 12:49)
[95] 第八十話 彼女たちの始まり[カルロ・ゼン](2011/04/06 01:43)
[96] 第八十一話 彼女たちの始まり2[カルロ・ゼン](2011/04/11 23:04)
[97] 第八十二話 彼女たちの始まり3[カルロ・ゼン](2011/04/17 23:55)
[98] 第八十三話 彼女たちの始まり4[カルロ・ゼン](2011/04/28 23:45)
[99] 第八十四話 彼女たちの始まり5[カルロ・ゼン](2011/05/08 07:23)
[100] 第八十五話 彼女たちの始まり6[カルロ・ゼン](2011/05/14 20:34)
[101] 第八十六話 彼女たちの始まり7[カルロ・ゼン](2011/05/27 20:39)
[102] 第八十七話 彼女たちの始まり8[カルロ・ゼン](2011/06/03 21:59)
[103] 断章9 レコンキスタ運動時代の考察-ヴァルネーグノートより。[カルロ・ゼン](2011/06/04 01:53)
[104] 第八十八話 宣戦布告なき大戦1[カルロ・ゼン](2011/06/19 12:17)
[105] 第八十九話 宣戦布告なき大戦2[カルロ・ゼン](2011/07/02 23:53)
[106] 第九〇話 宣戦布告なき大戦3[カルロ・ゼン](2011/07/06 20:24)
[107] 第九一話 宣戦布告なき大戦4[カルロ・ゼン](2011/10/17 23:41)
[108] 第九二話 宣戦布告なき大戦5[カルロ・ゼン](2011/11/21 00:18)
[109] 第九三話 宣戦布告なき大戦6[カルロ・ゼン](2013/10/14 17:15)
[110] 第九四話 宣戦布告なき大戦7[カルロ・ゼン](2013/10/17 01:32)
[111] 第九十五話 言葉のチカラ1[カルロ・ゼン](2013/12/12 07:14)
[112] 第九十六話 言葉のチカラ2[カルロ・ゼン](2013/12/17 22:00)
[113] おしらせ[カルロ・ゼン](2013/10/14 13:21)
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[15007] 第十話 辺境伯ロバート・コクラン従軍記2 (旧第40話~第43話+断章7を編集してまとめました。)
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/07/28 23:24
{ロバート視点}

何度目かの巡航に従事していた時だった。それまでの巡航でもそれなりの戦果が挙がっていたが大規模な戦果というには至らずに、補給線の締め上げは未だ緩やかなものに留まらざるを得ないでいた。そこにトリステインからの急報がもたらされる。
大規模な物資輸送の動きがあるとの噂が囁かれていたがついにしびれを切らして現実となったらしい。調査しいたところ、確かに大規模な物資が流れていた。だが、その輸送方法は予想された中では最悪のものだった。予想以上の大物がかかってしまったというべきだろう。現状逆に喰われかけそうになっている。

「トリステイン艦隊の主力だな。15いや、少なく見積もっても20はいるな。」

こちら側は、偵察を兼ねるための長巡航用の兵装だ。数の上でも武装の質でも砲戦になれば圧倒される。まともにやり合えば敗北するのが目に見ている。
風石の搭載量がやや多めになっているのが強みではあるが、速度に乗るまでに敵艦隊の射程外に離脱できるかだろうか。離脱できるかは微妙なところがある。どちらにせよ、楽観するには程遠い。

「まずいですね。風向きが追い風ですので転進が間に合うかどうか微妙なところです。」

トリステイン艦隊と正対しているため、追い風に乗って分艦隊は加速状態にある。転進するにしても半径が大きくならざるを得ないうえに、相対速度が高いために両艦隊は急速に距離を狭めている。
そして、龍騎士がトリステイン艦隊から飛び出してき始めている。龍騎士に纏わりつかれながら操舵を行うのは厄介極まりないだろう。練度がどの程度かは分からないにしても、数は脅威だ。

「だが、むざむざと沈められるわけにもいくまい。転進だ。戦闘配備!龍騎士がこちらにたどり着く前に少しでも距離を取るぞ!」

龍騎士との戦闘はメイジや銃兵に依存する形になっている。数で飽和攻撃をうけるとあっけなく突破されかねない。距離があるうちにブドウ弾で迎撃すべきだろうか?だが、重量物を放棄し船足を速めたほうが最善であるようにも思える。
なにより、金貨や報酬として用意されている物品などでフネの重量が増大しているのは状況としては望ましくない。戦利品は惜しいが、命に勝るものでもないだろう。

「忌々しいが、戦利品を放棄だ。どの程度、連中の気を引けるかはわからんが黄金をばらまけば少しは気もそれるだろう。」

「もったいないですな。」

「だが、新金貨と心中することもないだろう。ブドウ弾の代わりに金貨でも装填するか?」

最悪、大砲等の重量物も放棄することになる。遠距離砲戦は命中率が期待できない。さらにこちらの砲戦能力を悟らせることにもなりかねない。だがここまで戦力に差があるのでは仕方がない。生き延びるためにも最善を尽くさねばならない。

「御冗談を。砲身が破裂しかねません。」

「なら、やむをえまい。重量物は投棄。大砲も最悪投棄する。」

ギュンターは即座に物申したげな顔になる。彼の言わんとするところは私の懸念する所でもあるが、今回ばかりは大砲を捨ててでも逃げる必要があるだろう。もちろん、無抵抗で逃げる訳ではないが。

「忌々しい追い風だが風上を取っている優位を活用しないこともない。こちらが反転するまで長距離砲撃だ。足止めを狙う。」

「アイサー。ただちに砲戦に入ります。」

「出し惜しみ無用だ。命を賭けるのだ。チップを惜しむなよ。」

状況は難しいところだが、逆にいえばこれ以上の悪化は予想しなくて良いというのが朗報だろう。さしあたってゲルマニア主力も動員を完了し、増派される。戦力面では相変わらずの優位を保てる。局地的な戦術的敗北は許容の範囲内だ。
今は逃げきれば勝利であると言ってもいい。トリステイン艦隊は金食い虫そのものだ。動員するだけで莫大な資金を浪費する。連中には、ボディーブローのようにじわじわと効いてくることだろう。仮にゲルマニアが同数を動員したところで国庫への負担は比較にならない程国力差はある。
まあ、何ら得るところのない戦役であるということが気分を著しく害しているのだが。貴族としての責務である青い血を流すことを厭うつもりはない。だが、消耗戦に陥り泥沼となることはあまり快適ではない。これは得るところがないうえに無駄でしかないのだ。


{ニコラ視点}

マザリーニ枢機卿の方策は常に国庫へ重大な脅威をもたらすものである。だが、マザリーニ枢機卿個人の責任というよりは、国家の失策をぬぐうために国庫に負担がかけられるというべきだろう。結局、財政面に掛る負荷は一向に改善されないのだが。
宮中の一角で私は、試算される費用の捻出に頭を悩ませつつも、要求された額を辛うじて捻出することに成功している。本当に、綱渡りのような方法での捻出になっている上に、これ以上は全くひねり出せないくらいに絞ったが、要求は達成した。

「では、確かに艦隊派遣費用と補給をお願いいたしします。」

「あいわかった。こちらも最善を尽くすと猊下にお伝え願いたい。」

ただ、何度も期待されても答えられるかは微妙だ。今回は、王室の過去の美術品などをさもありがたげに戦役に参加していない貴族どもに売却するとともに、本当に価値があるものや希少品の管理を美なものから実質重視に変えて節約した費用で賄った。
本当に限界寸前まで絞っているのだ。価値の高い美術品や、メイジが錬製したという装飾品は王家の権威を象徴すると貴族たちが建前では思っている。虚栄心の高い連中が購入してくれたためにある程度の予算は捻出できたが、このままでは借り入れることも検討しなくてはならない。
それでは、さらに首が回らなくなるところだ。早期にこの事態を外交的に解決できないだろうか。秘密裏の賠償ならばメンツもつぶれないのでこちらにしてみれば合意も容易だろう。艦隊の動員費用や戦費に比べれば負担は軽い。
仮に吹っ掛けられたとしても、分割払いならば財政に与える束縛も許容範囲は広いものだ。ゲルマニア側にしても、トリステインと対等になったという外交的な姿勢と、こちらの融和姿勢があれば多少は交渉に応じる可能性はあるとみてよい。
彼らは非始祖由来だが、それだけに権威付けが出来るとあれば多少の譲歩も辞さないだろう。今回だけならば。すでに、アルビオンとの友好関係を着実に構築している。ほぼ外交的に対等になりつつある今だからこそトリステインの外交的な価値も保たれているのだ。
ここで、トリステインがゲルマニアを認める。これが出来れば権威という面においてゲルマニアは妥協の可能性を見せるはずだ。おそらく、この戦いに負けてからでは、トリステインの権威など、その辺の瓦礫とさしたる違いがなくなる。
虚飾だろうと、なんだろうと、今ならばまだある程度は有効なのだ。

「ああ、それとすまないがもう一つ伝言を頼みたい。」

「何なりとお申し付けください。」

「私自身も猊下にお目にかかりたいとお伝えしてほしい。」

「かしこまりました。」

おそらく、マザリーニ枢機卿のことだ。ロマリア経由で既に外交交渉を始めているだろう。今回の艦隊派遣もその外交戦略の一翼と私は睨んでいる。あの方は有能であるが、それだけに敵も多い。ロマリア内部における枢機卿団の派閥争いは熾烈を極めるだろう。
意図的な、外交交渉のリークもありうる。ゲルマニアにならば、足元を見られるだけで済むだろうが、トリステイン内部には劇的な反応を惹き起こすことも懸念される。特に、外交交渉が発覚した場合の反マザリーニ派は激烈な反抗を見せるだろう。
前線にいる貴族の多くは、枢機卿を侮る言動が見えるという。彼らそのものはさして優秀ではないかもしれないが群れると脅威度は大きくならざるを得ない。反マザリーニという目的が一致すれば彼らは珍しく団結してことに及べるかもしれない。
どちらにしても、これ以上の混乱は許容できない。いい加減に、国力を回復させるべき時期が来ているのだ。でなければ、ヴィンドボナに忠誠を誓いに行く羽目になりかねない。まあ、必要とされるかは微妙だが。


{ラムド視点}

「いつ来ても、ロマリアは苦手ですな。」

「ああ、卿もでしたか。私もどうにも苦手でして。」

一隻の船が豪壮な船着き場に停泊すべく降下している。ゆったりと降下しているそのフネの船室で外交交渉を行うべくゲルマニアより派遣されたラムド伯は窓から壮麗な建造物を眺めつつも気乗りのしない表情でつぶやいた。

「まず、ロマリアにお世話になる。次にトリステイン貴族と仲良くお話しする。帰りたくなってしまうのは、私の意志の問題だろうか?」

「正使が、そう落ち込まれることもありませんよ。今回はそう難しい交渉ではないと閣下もおっしゃっていたではありませんか。」

そう慰めるようにとりなしてくる副使の言葉に礼を述べつつもラムド伯は、アルブレヒト三世からの難しい注文に先行きを悲観せざるを得ない気になる。まず、簡単な材料はトリステイン王室に対する賠償要求の放棄。代わりに向こうの王家はこちらに賠償要求を行わない。これは簡単に合意できるだろう。
問題は、国境付近の貴族に対する処罰要求だ。国境における貴族達の子弟をゲルマニアに留学させること。これは、末子や庶子があてがわれる可能性が高いが、メンツ以外ならばまあ飲めない条件ではない。相互理解や、融和など友好をうたって飲み易くすることも考えてある。
どちらにせよ、実質的には人質だが。それでも、この問題がまだ手ぬるく思えるほど激烈な要求が用意されているのだ。戦闘のきっかけになった貴族の半数を断絶させ、領地をゲルマニア側に譲渡するか、それに相当の金額をゲルマニアに支払わせよ。
この要求を彼らに求めるのはかなり厳しい。ヴィンドボナが外交解決を望んでいないのではないかと、錯覚しかねない程に激烈な要求なのだ。まず、トリステイン王家がこれを行えるかどうか微妙だ。王家がその気になればこれは不可能ではない条件だが、
その権威と実力は確実にこれまでになく動揺する。弱体化は免れないだろう。だが、これを認めさせることが出来なくては従軍しているゲルマニア軍は納得できないと聞く。取り分け、国境付近の諸侯に対する影響力は、決定的に落ち込むことになるだろう。
いくら、ゲルマニアが泥沼化を望んでいないといっても、トリステインのメンツのために中央集権を放棄することなどはありえない。それくらいならば、覚悟の上で泥沼の戦いに身を投じるだろう。マザリーニ枢機卿もそこを理解しているはずだ。
こちらがある程度の戦果と賠償を必要としていることは、認識した上で最善となる手法を追求してくることが想像に難しくない事態だろう。だが、ここはロマリアだ。第三国経由での交渉といえば聞こえは良いが、枢機卿にとっての第三国と言えるかどうかははなはだ疑わしいと言わざるを得ない。
枢機卿団は、少なくともいくつかの会派があるにしても、マザリーニ自身が属する枢機卿団もあるのだ。ロマリアの坊主が仲介を申し出てくるという事態からして手をまわされているとみて間違いないだろう。これだからロマリアというところが苦手になるのだ。
宗教者を相手にするのは、下手に刺激することもできず、外交交渉においてはなかなかに苦痛でしかない。現実的なマザリーニ枢機卿との交渉ならばまだ耐えようもあるにしてもだ。それを、唯一の慰めにするのは気乗りしないが。ともかく、早めに現地での情報収集と本国との連絡の強化に努めるほかないだろう。


{ロバート視点}

先の遭遇戦では辛うじてトリステイン艦隊を振り切ることに成功した。もっとも、大砲などの重量物も全て投棄した上に、遠距離の砲戦とはいえあれだけの戦力差だ。龍騎士による攻撃も結局防ぎきることは出来なかった。
忌々しいが、さすがにある程度の戦力は有している相手だ。衰えたりといっても、砕くにはある程度の抵抗を排除しなくてはならない。この、抵抗の排除にかかる時間が、手間があまりにも無駄に思えてならないのだが。
逃げ切れたものの、分艦隊の大半のフネはかなりの損傷を受けているために再戦力化にはかなりの時間が必要となるだろう。旗艦は幸いにも帆を少々痛められた程度であったので早期に戦線復帰が可能だ。
しかし、瞬間的にせよ艦隊比率が変動するのは避けねばならないために本隊と合流し、対峙することとなる。可能な限りの消耗回避に努めたいところではあるものの、外交努力次第といったところだろう。

「しかし、トリステインの財務はどうなっているのだろうか。」

出征中とて領土の管理は必要であり、当然のように書類が送られてくる。重要なものの決済は早めに済まさねばならず、それらはことごとく資金を必要する懸案事項で出征の影響を被っている。予算の使い道が、軍務に吸い取られており、最低限の必要を除けば、開発に必要な経費がことごとく不足している。
財務状況は当然のことながら、望ましいものではない。出征に際してある程度の余裕をもって編成した予算でさえ、これ以上の出費がかさむと開発計画に支障をきたしかねない水準にまで落ち込んでいる。ありていに言って予算がない。
まして、軍の維持に加えて、我々の飲食代や諸経費まで負担してくれるほど気前の良いトリステイン財務はどうなっているのだろうか。

「借金漬けなのでは?」

可能性として最も高いものを文官が指摘してくれる。確かに、借金漬けという可能性がないわけではないが、それにしては大規模な資金を市場から借り上げたときの市場における資金の不足や噂話が流れてこない。市場における資金の不足や、過剰な吸い上げは未だ耳にしていない。
そうである以上、金策を借入に依存せずにやってのけるか、あるいは借入を拒否されたかのどちらかということになる。どちらにせよ、相手もある程度の資金をもって戦場に出てきていることになる。借金ができないのであるならば、今後はさほど余裕もないだろうが、油断は禁物となる。

「そうならば、首がいずれ回らなくなるだろう。だが辛うじて踏みとどまっていると聞く。」

問題なのはそこだ。なりふり構わずに、資金調達をしなくて済む程度の財源をまだ有しているということだ。それならば、賠償に充てる資金も捻出できるのではないだろうか。もう、残っていないにしても、今回の分を捻出する余力はあるのだ。
そうであるならば、その経済基盤が残っているうちに早期講和に持ち込むほうが遥かに有益だろう。得るもののない戦争を長々と続行した揚句に、取り立てられるものが何一つとして存在していないよりは、不完全燃焼であっても賠償を得て引き揚げる方が損失も少なくて済む。
赤字ならばせめて最小限にとどめるべきだ。戦争を目的としないかぎり、どこかで落とし所を見つける必要があるというのだ。

「では、こちらの優位は時間の問題なのでは?」

「だが、こちらとて本気で軍を動かすとなると相応の面倒があるぞ。」

「国力差からして恐らく負けることはないはずですが。」

ああ、その通りだ。負けることはない。問題は、それで勝っていると言えるかどうかだろう。戦略的にみればこの戦役は無益極まりない。外交的にはこれそのものが敗北である。する必要がなく、かつする意味のない戦争をだらだらとやっている。
この恩恵を被るのはゲルマニア以外の他国だろう。トリステイン貴族たちの暴発が意図的なものかどうかは不明だが、煽られた可能性は否定できないものだ。勝てる戦争で勝っても自慢にならないが、する必要のない戦争をやらされているとなれば、笑い物になる覚悟が必要だ。
面倒事が多い。そして、考えるだけの時間が余っているだけに気にかかることが多くて仕方がない。取り分け、最近アルビオン方面からの情報流入が極端に減少し始めていることが気がかりだ。情報で後手に回ることは将来高くつきそうだ。
フネの流入は増大しているにもかかわらず王家関連の情報が著しく統制され始めている。恐らく、何らかの動きが近いうちにモード大公をめぐって起こるのだろう。現状で見れば、7:3で王家が有利だが、暴発や内乱の可能性がないわけでもない。
内乱か、そうなれば当然大きな変動が起こることを覚悟しなくてはならない。忌々しいというか、幸いにもというべきか、ゲルマニアは今回トリステイン問題を抱えているためにアルビオン問題に関して悪戯に食指を伸ばす愚者が出てくることはあまり懸念しなくてよい。
だが、それにしても出遅れている感じがあるのは気のせいなのだろうか?かつて有名な謀略家であるフランスのリシュリュー枢機卿の神聖ローマ帝国弱体化策やビスマルク外交の基本は悟れない範囲からの包囲だった。
気がついたころには決着がほとんどついているのだ。違和感を抱いているということは、何かがあるのではないか?その疑念が戦役のさなかにありながら付きまとって仕方がない。きな臭いことを感じ取ることは、生き残るうえで大きな分水嶺になると常に海軍では教えられた。分野が違うとはいえ何か厄介な事態が進展していることくらいは把握できる。ラムド伯は優秀だが、その本分はあくまでも外交交渉に留まる。諜報力、その欠如は対外政策において致命的な遅れをもたらすとともに、何者かの暗躍を容易にしてしまっている。

「盤外で分からないことが、複数存在している。それが我々には把握できていない。最悪の状況だ。つまるところ、忌々しいが笑うのはガリアだよ。ガリアとロマリアの坊主どもを喜ばしているようなものだ。」

「確かに、そうですね。ですが、目の前の敵を放置するわけにもいきません」

「分かっている。ああ、後でギュンターに夕食をともにできればうれしいと伝えてくれ。」

「かしこまりました。」

考えるべきことは多い。だが、それも前線ではあまり価値ある時間ではないだろう。今の戦力で何が出来るか。上の意向は少なくとも終戦か停戦。ただ、ある程度の戦果を望んでいないはずもない。
純粋に勝つためだけならば、損傷艦を火船に仕立てて敵艦隊に火薬を満載した状態で突っ込ませれば密集した艦隊に相応の打撃が与えられるだろう。だが、小手先での戦術的な戦果が求められているわけではない。
むしろ、問題解決のために必要なのは、政治的な戦果である。



{ラムド伯視点}

「ふむ、なかなか良いワインですね」

「お喜び頂けて光栄です。秘蔵のタルブ産ワインを出した甲斐があったというものです」

にこやかな笑顔を浮かべる神官に、こちらもにこやかな笑顔を貼りつかせて答礼とばかりに、ワインを注ぐ。ワインの質事態は素晴らしいものだ。だが、このワインは大方トリステイン側からの回されたものだろう。
どうやってかは分からないが、宿泊先に提供されているワインがことごとく、トリステイン産であれば、よほど愚鈍であっても気がつく。交渉前にワインでどちらに属しているとさりげなく暗示されている。
交渉はあまり歓迎できない状況で行わなくてはならないのかもしれない。マザリーニ枢機卿は基本的には道理が通じる交渉相手であるが、そうであるだけに最大限こちらの譲歩を引き出そうとしてくる交渉相手でもある。

「いや、わざわざ恐れ入ります。つまらないものですが、よろしければこちらも。」

ゲルマニアで新規に開発されている酒類の中から比較的高価なものをいくつか随員がさしだす。聖職者への贈答品は原則としては認められていないが、宗教行事への喜捨や、名目をつけさえすればどうとでもなるものだ。
こちらの国力を示しつつも、相手を尊重している姿勢を保たなくてはならない。自分でいうのも少々億劫だが、こういったことに才があるためにアルブレヒト三世からかなりの激務を委ねられているような気がしてならない。
爵位は先代より一つ昇格した。もともと、ゲルマニアにおける爵位は金銭で売買できるものとはいえ、ある程度の格式や面倒事が昇進の際には付きまとうものであるだけに昇進がすんなりと出来たことはうれしかった。
だが、現在の心境としては厄介事を拾ってしまったのではないかとの思いだ。出世競争は、出世してからが面倒だと、後輩に伝えたくてたまらない。

「おお、これはこれは。信徒と共に祝う祭りが素晴らしいものとなるでしょう。」

信徒にどれだけのものが祝祭日に出されるものか見てみたいものだ。劣悪な保護しか齎していないというのが世間の評価だが。感情とは裏腹に口は丁重さを保ち、その信仰心を擁護しながら本題へ切り込む隙を窺っている。
トリステインとの外交交渉に関して仲介したいことがあるのでぜひご足労願いたいと言われて出向き、示されたのは相手の立ち位置を知らせるためだけのものではないだろう。そろそろ本題に入るか、切り出してくるところのはずなのだが。
藪をつつくか?あまりやりたくはない。だが、どうも相手の様子が穏やかさを装っているだけのようにも見える。僅かにではあるが仮面の隙間から動揺と焦りが垣間見える。
誘いでないとしたらこれは、突くべき問題が生じている可能性も高い。外交官に必要なのは機を見ることだ。この経験を信じるべきだろう。

「しかし、私にお話とは何でございましょうか?」

「おお、その事でしたか。」

如何にも聞いてくれたとばかりにうなずく。間違えたか?いや、それにしては相手に余裕が感じられない。ここは引くべきではない。最悪でもここから深入りしすぎなければ挽回も可能だ。

「はい、極めて重要なものだとお伺いしました。」

「うむ、実は信仰を共にする兄弟との争いについて宗教庁は憂慮しているということをお伝えしなくてはなりません。」

「そのことについては、我々ゲルマニア貴族一同も極めて心を痛めておる次第であります。」

実際、財政や内部の統制でゲルマニアの中央よりの貴族たちは極めて心を痛めている。トリステインやアルビオンと異なり、ゲルマニアは中央の権威が低いために戦時にはことさら行政が困難になる。さらに、一般の貴族達にとっても望ましくない戦費負担や、戦争の余波が及んでいる。
だが、ここでその弱みを見せる訳にはいかない。ここは、貴族たちがそのことを憂慮しているということを示しつつ被害者であると最大限演技をしなくてはならないだろう。

「では、宗教庁に置かれましては、我々の置かれている現状に御助力頂けると認識してよろしいのでしょうか?」

まず、その通りの解答は得られないだろう。少なくとも公的に見た場合先に手を出したのはトリステインであってもここまで事態が拡大すると一方的な肩入れと見られるような和平案ではなく、双方に折衷するように外交交渉でまとめていくことが求められる。
ロマリアの理念は、正義ではない。当然のことであるが、連中も自分の利益を追求しているにすぎない。ロマリアにはいくばくかの恩をゲルマニアが売っているのでこちらに対して一方的な行動が行われていないものの、ロマリアの価値観が恩を金銭よりも重視するとは考えにくい。

「うむ、そのことについては、そもそも、政治のことであってな。」

介入するつもりがないのだと言わんばかりの表情にいら立ちや混乱がみられる。この会話はあくまでも既定路線であるはず。それが、これほどまでの焦燥を生みださせるということはやはり何かあったのだろう。
ふと、気がつけばおかしなことがいくつもある。重大な用件があると言う割には重大な用件とやらに未だ切り込まれていない。何があったのか?こちらの予想では最悪の場合、トリステイン寄りの和平案を突き付けられることまで想定していたのだが。
結局、終始不審な思いに駆られたものの、カラム伯は満足いく情報を収集するには至らずしぶしぶ拠点にしている旅館へと戻ることとなった。ワインすらすべてトリステイン産で整えられるほどの敵地であっても、一応は拠点である。
しかし、その帰路に待ち構えていた部下からの報告に思わずカラム伯は舌打ちを路上で漏らすこととなる。

「トリステイン側の使節が襲撃されただと!?」

急ぎ、情報を整理するべく旅館へと馬車を走らせる。駆けこんだ人払いを済ませた一室思わず疑念を口にして再度確認し、それが事実であることを理解すると直ちに、書状を仕上げるべく羽ペンを手に取る。

「状況は?」

「はい、秘密裏に入っていた使節が襲撃を受けた模様です。」

「こちらはそもそも、トリステイン使節のロマリア入りすら知らされていないのだぞ。」

「マザリーニ枢機卿派が秘密裏に受け入れていた模様です。聖堂騎士団の護衛と、襲撃者が交戦し、双方に死傷者が出ているとの報告がありました。」

何故、襲撃者はその情報を把握していた?ロマリア側の聖堂騎士団にも死傷者が出ていると聞く。有能ではないにしても聖堂騎士団という軍事組織と正対し戦えるだけの実力。
そして張り巡らされた情報網。これらを活用して、トリステインの講和に反対する組織がある。それも、かなりトリステイン内部に巣くう形で。どうやら、よほど過激な連中のようだが、なかなか長い手をもっているようだ。

「これは、交渉以前の問題かもしれないな・・・。」


{アルブレヒト三世視点}

ゲルマニアの皇帝は悩み多き地位にある。まず、非始祖由来であるためにあまり権威がない。ゆえに中央の権力が強くないうえに、対外政策に際して国内の意見をかなり反映させなくてはらない。そして、隣国が強力である。
それだけに仮想敵に対して慎重に対応しなくてはならず皇帝の権威向上と国力強化が急務であった。ところがだ。国力差を弁えずに噛みついてくる国が隣国にあった。もちろん、勝てないかと聞かれればおそらくよっぽどのことがない限りは完勝できるだろう。
しかし、アルブレヒト三世にしてみれば得るものない戦争で大貴族たちに恩を売られた揚句に戦費を浪費する戦争でしかないだけに長引くことは本意ではなかった。無駄を行うことは、本意ではなかったからだ。
だからだ。わざわざロマリアの坊主どもを介しての講和会議に応じる姿勢を見せてやったにもかかわらず、トリステイン側は講和のための会談すらすらまともに行えないらしい。講和以前の問題である。
自国の講和反対派に使節派遣が漏れた挙句に襲撃を受けて、講和会議どころではなくなっている。馬鹿げたことであるが、トリステイン側の交渉条件が漏洩していて各所から反発が挙がっている。
トリステイン側はこれ以上の講和提案は政治的に致命傷になりかねず、ゲルマニア側としてはこれ以上の譲歩は国内に問題が起きかねない。

「それで、マザリーニ枢機卿はなんと?」

「可能な限り停戦に持ち込めないかと・・・。」

使節として折衝を担当しているラムド伯の言葉がはっきりとしないのも無理はない。確かに、一部のトリステイン貴族は現状をはっきりと理解している。それだけに、こちらが譲歩できる限界まで見極めて講話を持ちかけてきた。こちらとしては、厄介ではあるもののまだ事態の収拾の見通しが立っていたが、今後はそうも言ってはおれない。
マザリーニが停戦を希望すると言ってもそれを言い出すのはトリステイン側から正式に申し入れられなくてはならない。曲がり間違っても国土を侵略してきた相手に停戦を申し込むということは国内情勢上不可能に等しいからだ。それが、求められるのは降伏せざるを得ないときに限られる。
古代ローマを思い出すがいい。講和とは、相手にさせるものだと、明確に彼らは認識していた。攻め込まれて、城下で結ばされるものであっては断じてならないのだ。

「アルビオン経由で交渉を持ちかけられないか?」

「難しいかと思われます。現在、アルビオン王家はモード大公粛清を始めようとしているようです。対外政策を行う余裕があるとは思えません」

「ええい、この際ガリアでも使うか?」

友好関係にあるアルビオン王家はいよいよモード大公を切る覚悟を決めたようだ。最近になってアルビオン領内で前哨戦とみられるいくつかの水面下での動きが活性化しているとの報告が入ってきている。
モード大公の動向は今一つ掴めないものの到底こちらの問題を仲介するだけの余力があるようには思えない。何より、むしろ援軍要請が来るのではないかとすら最悪の場合を想定すると頭が痛くなってくる。この件については対外的には中立を保っているガリアに仲介を依頼すべきではないかとさえ思えてくる。
いっそ、政治的に自由な連中になにがしかの束縛をつけたくなる。

「あの無能王に仲介を依頼すると何を押し付けられるか分かりませんぞ。」

「余とてわかっておる。血相を変えるな。」

ラムド伯をなだめつつアルブレヒト三世は前線のロバートからの報告書を手に取り読み上げる。そこには、ラムド伯が言いたそうにしているガリアの動向に不審なものをおぼえるとの文面が事細かに記載され、ガリアへの警告と警戒を促している。
さらに、可能ならば、ガリアのトリステインへの影響力の行使を阻止するために、ガリアとトリステインの取引や援助がないか探るべきだと提言してきた。確かに、分艦隊を使用してのやつの指揮能力は卓越しているから、選択する価値はある。
だが、コクランを使って国境探索を行ったところで、さしたる成果があるかといわれると、どうも期待できない。相手は、無能王なのだ。油断できる相手ではない。

「ガリアの動向がきな臭いと前線にいるコクラン卿すら嗅ぎつける。ガリアが火を煽っているか油を注いでいるのは間違いないはずだ。」

「ではどうするおつもりですか?」

「使えるものなら他にもあるだろう。大公国はどうだ?」

トリステイン近隣には名目上独立している領土がいくつかある。実質はトリステインの属国であるが外交的には独立国であるということが大きなアドバンテージになりえるのだ。名目上であれども、独立と外交権は得難い権利である。
そういった価値を持つからこそそれらの領地は独立していると言ってもよいくらいなのだ。そして、大公国の多くは、金銭的な面でトリステインに大きな融資をしている。連中とて、貸し倒れは避けたいだろう。

「現在、そちらから交渉を試みるところです。」

ラムド伯が現在の進捗状況を報告する。芳しくないが、必ずしも現状で悲観する必要のあるものでもないようだ。まあ、金貸し同士思考が似ているということか。ゲルマニアと大公国の思考方法は似通ったものがある。

「なるべく早く終わらせよ。率直に言ってこのままでは得るもののない赤字だ。」

「いっそのこと、根本から絶たれていかがですか?」

物騒なことをいうヤツだと思いつつも、アルブレヒト三世はそれもまた一つの選択肢としては考えざるを得ないと判断する。ガリア方面のきな臭さがある以上、トリステインの動向は常にこちらの不安定化要素となりえてしまう。
最終解決策は併合か。しかし、貧しい土地を獲得したところで、パイを満足に分配できるものでもない。反ゲルマニアの空気がメイジに強いので軍備の強化に充てることもあまり期待できないのはダメな要素の追加にしかならない。

「それは、本当に最後の手段だな。あまり気乗りせんが。」

「確かにそうです。できれば、今度こそ交渉をまとめたいものです。」



{フッガー視点}

手にした報告書を一読すると、フッガーは報告のためにトリステインからロマリアを経由して飛んできた部下に再度事態を確認する。何事も確認し、徹底してミスを防ぐ。これが、失敗を避ける唯一の努力だと知っているからだ。

「はい、間違いなく微量ではありますがトリステインの新金貨は金の含有率をこれまで以上に低下させています。」

「なるほど、どの程度金の含有率が低下した?」

「僅かなもので、3%程度です。もともと新金貨は従来のものよりも金の含有量が減少しているために全体から見た重量の変化の割合は限定的になります」

ふむ、新金貨はもともと従来のものよりも三分の二程度の金含有量しか有していない。当然のことながら、それを3%程度減らしたということは微々たる額が捻出できるに過ぎないだろう。国家が求める額としては少なすぎるが、個人が求める額にしては大きすぎる。
だが、それは辛うじて市中に悟られるか悟られないかの微妙な金含有量の変化の水準だ。ぎりぎりの水準で最大限の資金を生み出す手段としては合理的なものだ。
代わりに混ざりものとして銀とその他の金属で、金の含有量が減少している分の重量をうまくごまかしているならば、噂として囁かれても必ずしも真実と証明できる訳でもないだろう。

「間違いないのか?」

「御法度の金貨を溶かして調べてみました。まず間違いありません。」

確信を持って断言してくる部下の表情に偽りを申しているそぶりや、自信が欠如している陰も見当たらない。ということはおそらくトリステインのやり手の財務担当者が資金を捻出しようとして何とかひねり出してきた手法だろう。
やはり、追い詰められて金策に励んでいるといったところだろうか。少なからず、同情すべきかもしれないが、そういう立場でもないのだ。ここは、素直に距離を取ることにしよう。

「ふむ、今後は新金貨の取り扱いに注意するように促してくれ。」

言いつけを伝えるべく部下が退出するのを確認すると、フッガーはゲルマニア軍に納入する食料と武器やフネの補修材等の見積もりを改めて確認し、思わずその低調ぶりに嘆きたくなる。
たしかに、戦時需要は湧いている。だが、いずれも長期契約でないうえに利率があまり高くないのだ。特に、資源面で原価を北部の高山地帯が安価に抑えているために加工の際に水増しした額を請求しようものならば、取引が打ち切られかねない。

「うまみのある契約が少なすぎるな、捕虜交換の仲介業とて身代金を豊富に払う相手でもないのでさほど収益が上がる訳でもないし・・。」

なにより、ゲルマニア系の商人よりもガリア系やロマリア系の仲介業者に身代金交渉をトリステイン側が委ねる傾向にある。市場にあまりもぐりこむことが出来ないでいるのが現状だ。
商会側としては今回の戦役は赤字ではないにしてもあまり利益が上がらないうえに苦労が多く気苦労も絶えないものとなってしまっている。低収益の事業が何と多いことか。無論、それでも利益は出せているがだからと言って安穏としているわけにもいかない。

「ああ、アルビオンへの穀物輸出はどうなっている?」

軍の出動や、アルビオンとの共同作業によって空路が安全になったおかげでアルビオンとの貿易状況が一段と改善された。そのため、貿易収支はこれまでのところもアウグスブルク商会の主要な収入源の一つであったが、現在までのところは、順調にさらなる拡大をしてきた。

「それなのですが、当分南部の港への寄港が制限されるそうです。」

秘書の報告に思わずため息をつきたくなる。アルビオンに何かの問題、異変が起きていることは耳ざとい商人ならばある程度勘づいている。その実態が何であるかまでは深入りしていないが、南部に何らかの問題があるのだろう。まったく上手くいかないことが連続するものだ。
そして、厄介なことにアウグスブルク商会の取引先は南部に多い。ムーダの定期輸送便で送る穀物の大半は、前々からの取引先である南部の大手商会に輸出しているだけに、ムーダの船舶が寄港を制限されるとなると輸出先との提携関係で見込める利益が大幅に減少してしまう。
さらにだ、万が一何か事変が起こり、アルビオンの市場に問題が生じるとなるとアルビオンとの貿易も見直すべき事態になってしまう。それでは、フッガーとしてはやりきれないことこの上ない。辛うじて、北部の新領で産出される木材の輸出仲介権を獲得したばかりなのだ。
北部の優秀な木材の一部を委託されて売買することで得られる手数料収入を期待して、かなりの投資を北部新領に行っている。将来的に回収できるとみてはいるが、木材需要が一番高いのはアルビオンなのだ。
コクラン卿は取引相手として油断ならない人物であるが、パイの分配は公平である。公平であるが、それゆえにこちらの失態を補填してくれるかというとそういった手合いではなく公平な取引の結果として対応を求めるならば対価を要求してくると覚悟しなくてはならない。
北部地域における新領の経済発展は著しく、かなりの見返りを得られることが予想されるだけに関係悪化を覚悟するのは難しい。つまりは、自前で事態を乗り切る必要がある。

「それは、新たに北部に取引相手を開拓すべきかもしれないな。」

もともと、大口の取引相手一つに依存することは危険だと思っていた。この機会に、もう少しアルビオン北部の地域に進出することを検討すべき時期になっていると思いなおし、フッガーは対応策を検討することにする。
とにかく、商会というものは楽に儲けているとの世評があるようだが実態はそうはいかないのだ。ため息をつきなおし、フッガーは蓄積している仕事に取り掛かりなおすことにした。



{ミミ視点}

「また、亡命貴族です。どうやら、本格的にアルビオンは粛清を始めたようです。」

「礼をつくしつつそれぞれ用意した受け入れ先に分散して当面存在は極力伏しておきましょう。コクラン卿が帰還なさるまで事態は内密に。」

ミミは、かなりの量の書類を決裁しつつ部下が報告してくる事態に一つ一つ迅速に処理していく。役人が不足しているとはいえある程度は慣れれば効率も改善してくるというものだ。
さらに、一部のアルビオンの役人が身の不安を感じてこちらに流れてきており、メイジでも貴族でもない連中ならば憚りなくこき使えるだけに僅かながら余裕が生じ始めていた。まあ、信用の問題があるのであまり重要なことは任せられないが、それでも人手が増えるのはありがたい。
そのことを喜ばしく思いつつも、彼女にしてみればやはり仕事が多い現状が変わるわけではないだけに全てを投げ出して前線に赴いた連中が妬ましくてたまらない。
少しばかりの手助けがあるとはいえ、それらは本来上司の直接の決裁を必要とするものである。そのために上司が前線にいるようでは、前線でいちいち決済をしていただいて送り返されるのを待たねばならないのだ。むしろ、書類を送って往復させる時間が大いに彼女をいら立たせている。

「コクラン卿にはいかが報告いたしますか?」

「明日のこの時間までに現在把握している亡命貴族とその家族についての報告を口頭で私に行いなさい。私から使者を出すつもりです。」

「分かりました。」

まったく、やらねばならないことが多いというのは厄介なものね。そう一人心中で嘆息するとミミは目の前の書類を一読し、必要な点にいくつかペンを入れてサインをする。書類を処理することに関しては、もはや経験豊富な官吏にも劣らないだろう。
その中にいくつかの孤児院からの要請や、公的な伝達事項等が含まれていたが、それらに関してやや予算が不足しているようだ。何故かと思い、一瞬で答えに思い至る。予算は、人口増加を前提としていないものだった。
移民と、亡命者や何やらの流入で予算が不足しているのは、その帰結として自明の理だった。取り分け、孤児院に関しては貧しい子供がこちらにまで迷い込んでくる例もあるようだ。予算の手当ては必要だろう。
だが、これでは貧しい子供を我々が背負い込むことになりかねないわねと彼女は一瞬嫌な想像に駆られる。大量の孤児が、保護を求めて領内に流入し、費用手当てが必要になる。まさに、財務担当としては悪夢としか形容できない。

「とはいえ、無視できるものでもない、か。」

そう嘆きつつ、彼女はいくばくかの予算の増額を認める書類を作成し関係する各所へと手配し、配送するように段取りをつけるため、執務室に付属している書類提出用のベルを鳴らすと決済が完了した分を属僚に引き渡し、次の書類へと向き直り、作業に戻る。


{ニコラ視点}

財務卿との打ち合わせを終えた直後に、マザリーニ枢機卿より辛うじて捻出した予算に追加の予算支出要請を出されて思わずニコラはめまいを感じた。予算、予算などどこから絞り出せというのだ。金でも錬性しろとでもいうのか。
すでに、打てる手はことごとく打っている。売却しても差し障りのない美術品や過去に手に入れた戦利品などは貴族に押し付ける形で売却し、戦時課税は法で認められている限りで絞り出せるだけ絞り出した。財布はもはや空だ。
戦時であることの重大性を無理やり主張して商会に対して支払いを全て新金貨で行った。相当渋られたが、最終的に従来の古い貨幣5枚に対して新金貨6枚というレートまで譲歩させることが出来た。
その新金貨はすでに、ぎりぎりまで金の含有量を切り詰めさせている。これ以上は、市場に感付かれて弁明しようのない水準にまで、金を切り詰めているのだ。この方面からのアプローチはもう限界となっている。
事態が事態であるためにこれまでに集めてきた貴族たちの犯罪行為の証拠を突き付け、減刑の対価として賠償金という名目で金納させた。取りつぶしの掛っている貴族たちの罪状を金銭で免除することまでやってのけた。
幾人かの貴族らの名誉回復や養子縁組もこの際に、金銭で融通を利かせることも特例として高等法院のリッシュモン卿に一部を握らして認めせた。かなり、きわどい綱渡りをやってのけたという思いはあるが、二度もできるものではない。
これらの方策は、「講和が成立するならば」という前提が成立していたからこそ成し遂げられたものなのだ。講和が成立するならば短期的な支出の増大は辛うじて財政に致命的な損害を与えずに済むだろう。それであるならば、まだ耐えられると判断し、ここまでの無理な金策に奔走したのだ。
講和が、上手くまとまらなかったことは理解している。一部の過激な主戦派が講和を妨害しようと動いているとの警告や、その兆候を掴める程度には貴族という生き物を良く理解しているつもりだった。陰謀が生きがいの、寄生虫も少なくはないことなど百も承知。
だから、それを予見して、マザリーニ枢機卿がかなりの腕利きたちを魔法衛士隊から護衛に回したとも聞いていた。ところがだ。その腕利きたちを遥かに凌駕するメイジによる襲撃を受けたと報告が来ている。
内通者がいたのか、純粋に実力で圧倒されたかは不明だ。だが、これで容易に動くことが出来なくなっている。万が一、再度の交渉で同じような事態が生じてしまってはもはや交渉による終戦は望めなくなってしまう。当然、交渉に入ることも慎重にならざるを得ない。
当然、これで主戦派と戦争の継続を望む連中の希望通りの展開だ。だが、忌々しいことに財政上、トリステインは必ずしも戦争を続行することが可能な経済体制ではないのだ。
メイジが人口の一割以上を占めるトリステインでは人口の流出と、耕作放棄地の拡大が税収にすでに厄介な負荷をかけている。そして、地方ではかろうじて現段階では部分的な範囲に留まっているものの貧困の拡大が確認されており、これ以上の課税は農民の地盤を致命的に破壊しかねない。いや、それ以上に、農民の逃亡や流出を加速度的に悪化させてトリステインの経済そのものが自壊しかねないのだ。税率を上げようにも、納税を行う平民がいなくなっては税など入るはずもない。
商会や、有力市民への協力依頼も既に限界に近い。これ以上は到底望みえないのだ。

「予算をこれ以上徴収するのは困難を極めます!」

「メールボワ侯爵、卿の言い分は分かるが、それでもやらねばならないのだ。」

思わず、財務卿のところに駆け込み苦情を申し立て用にも上司のデムリ卿は諦めた表情で事態を受け入れるように促してくるのみだった。上司は、トリステイン貴族としては珍しく良識派の部類に属するが人柄良いだけに、こういった依頼をはねつけることを得意としていなかった。一応、事情を王国中枢に説明してくれてはいるようだが、どちらかといえば押し切られているように思われる。特に、軍部は極めて強硬に予算の手当てを希望し、一歩も譲ろうとしないと聞いている。幾人かの貴族たちは既に、借財に手をつけ始めているとの風評もささやかれている。

「ですが、これ以上の課税は困難です。来季の予算を宛がっても到底賄いきれません!」

「卿の言い分はわかっている。」

「でしたらば、何故!?」

礼儀が許す範疇をやや踏み越えつつ、ニコラは信じられないと言った表情で抗議の意思を明確に表す。予算を担当する人間にしてみれば、これ以上は財政が許さないのだ。今ならば、まだ時間をかければ、財政は持ち直し、国力回復も可能だが、これ以上ではその回復力すら失ってしまう。

「既に、前線からは次の送金要請が来ているのだ。まさか、送れないとも言えまいだろう。」

苦汁を飲み干せと言わんばかりの上司の主張は正しい。だが、それでは目の前の事態を解決するために泥沼に足を踏み込むようなものであるのだ。分かっていても避けられない事態を何とか回避しなくてはならない。

「ならば、全貴族に諸侯軍か軍役免除税の支払いを求めるしかありません。」

そう、せめて全面戦争の体制をこちらが整えれば、ゲルマニア側とて対応に慎重にならざるを得ないだろう。向こうの戦争指導部は極めて理性的だ。徹底抗戦すると叫ぶトリステインを蹂躙することが可能であってもそれが収支に合わず、外交的に成果をもたらさないならば選択する可能性は低い。
まあ、そういった推測と希望的観測に頼らねばならない時点で彼としてはろくでもない現状であると考えているのだが。なにしろ、全力で組み合っては敗北する相手と分かりきっているのだ。そのような相手に虚勢を張ることの無意味さが、重い現実として横たわっている。

「それは、検討せざるを得ないだろうな。」

「まあ、実質的には税を払ってもらうほかありますまい。」

とはいえだ。実際に、動員したからといって事態が改善するかどうかは微妙なところがある。目の前の対応に追われるあまり大局的に大きな失態をしでかす寸前なのだ。まあ、越境した揚句にゲルマニア軍に盛大に誤射をしでかした間抜け共を前線に送ったこと自体が極めつけの失態であるように思えてならないのだが。祖国はどうなるというのだろうか。



{ロバート視点}

「では、コクラン卿、卿の軍略を語るように。」

「では僭越ながら。」

そう言うと、居並ぶ将官を見渡し、ロバートは語り始めた。

「十中八九、まず間違いなくガリアはトリステインに対して秘密裏に支援を行うはずです。現行でも行っている可能性すらあります。」

前線の軍議で、ロバートはトリステインとガリア間の国境沿いで陸路や、水路でガリアからの物資の流入の可能性を指摘する。あれほどの規模の軍を維持しているのだ。財務的にも、そろそろ限界であるのは自明である。
にもかかわらず、未だ値を上げないというのはなにがしかの援助に期待がかけられているからではないか?その可能性があるのはどこか?我らが隣国であり、仮想敵国であり、なおかつ強国であるガリアが相当するだろう。
ロマリアは、残念ながら、この件に関しては寄生虫的な役割に留まることが予想されているので、ガリア方面からの援助を主として警戒すべきとなる。これを徹底的に阻止し、ガリアによる戦乱への介入を阻止する必要がある。
と、同時にトリステインの継戦能力に余裕を与えないことが何よりも重要だ。そのため、交通の遮断と通商破壊を主眼とする分艦隊と軍の一部の分遣隊派遣を強く主張し、それはゲルマニア軍首脳陣にはおおむね肯定的に受け止められていた。

「なるほど。だが、それでは、こちらの敵を打ち破れるのか?」

「そもそも、敵の頑強な抵抗に正面から付き合う義理もありません。第二戦線の形成は敵の戦力上、分散を余儀なくさせ苦しませることが可能なはずです。」

トリステインは戦争を理解している人間があまりにも少ない。というよりも、声の大きな主戦派や過激派の声に圧倒されてしまっている。前線で抵抗している優秀な指揮官連中とて足を引っ張る友軍で苦労しているのだ。戦略と戦術の区別すら曖昧なようだ。
無能な友軍は優秀な敵よりも悪質であることをその身で体験しているだろう。だが前線の状況は、それゆえに微妙だ。こちら側としては、敵の脆弱部を衝いて全面的に決戦を促すべきか、消耗戦を継続すべきか悩まざるを得ない状況にある。
だから、正面から戦力を引き抜くことの意義を理解しつつもややためらう意見が出てくるのは当然のことだろう。まあ、正面戦力を欠いたからと言って攻勢に対応できない程ではないが、前線指揮官はとにかく兵力を欲するものだ。

「つまり、こちらの敵には捨て置くのか?」

「いえ、振り回し疲弊に至らしめます。」

ならばだ、優秀な連中を振り回すことによって敵失が期待できるだろう。こちらが、別方面に進撃したとなるとそれに対応しなくていけなくなるが、それだけの負荷に耐えられるだろうか?
下手に前線から兵力を引き抜こうとすれば、相対的には依然として優位にあるゲルマニアの圧力が増大し、危機が拡大する。放置すれば、浸透され、喰い破られることとなる。まさに、連中にしてみれば悪夢だろう。

「また、ガリアの介入を防止する意味においてもこの地域を獲得することが急務であると考えられます。」

何より他国からの援助が期待できなくなればトリステインの主戦派の求心力は低下するだろう。そこで国内の穏健派が事態を収拾できればよし。出来ねばできないで本格的な武力侵攻によってトリステインを併合する際の拠点を事前に確保することが出来る。

「なるほど、だが肝心の成功の見込みは?」

抵抗は脆弱になるだろう。鉤十字どもの模倣は唾棄すべきことではあるが、敵から学ばないわけではない。それは、愚か者のすることだから。経験からすら学べないものは、もはや暗闇の中で跪くだけだ。マジノ線に引き籠り、迂回された連合軍の戦訓を活かすべきだろう。前線に有力なメイジや、傭兵隊が集結しているならば、それを無視して別方面から突破してしまえばよい。それを可能とする隙がトリステイン側には垣間見られる。もっとも隙と見るべきか、国力の限界とみなすべきかはあいまいな問題であると言わざるを得ないのだが。

「かなり、高いものが見込めます。」

「ううむ、諸卿の意見はどうだ?」

それに応じるのはおおむね賛成の意向であった。対峙に飽きはじめた兵の気が緩んでいることが昨今では危惧されている。それらの情勢を懸念している将らにとっても今回の作戦は緊張感を取り戻すという意味でも良い時期にあったと考えられているようだ。
結局、やや修正が加えられることにはなったものの、ロバートの提案に準じる形で分艦隊派遣と一部の兵がガリアとトリステインの国境方面に出征することが決定される。これらは、ヴィンドボナに対して報告されることとなり、提案者のロバートが軍情報告と作戦説明のためにヴィンドボナへの使節として赴くということを決定すると散会することとなった。



{ギュンター視点}

与えられた命令は単純なものだった。ボスの命令はいつも複雑怪奇にして珍妙な事態を引き起こすものであっただけにこれは予想外だ。これもそう考えれば普通なのかも知れないが。
そう考えつつ、ギュンターは与えられた命令を忠実にこなすべくトリステイン軍への夜間砲撃を加えていた。ボスは確かに、こういった嫌がらせに長けている。寝込みに砲撃を毎晩加えられてはたまらないだろう。
取り分け、艦隊の練度で劣るトリステインが、夜間にゲルマニア艦隊に奇襲されることを恐れて艦隊を後方に下げている現状で、夜の暗闇に乗じてのお祭り騒ぎを留めるのは困難なはずだ。
当然、こちらとて当たるとは期待していない砲撃だが、陣地をめがけて砲撃している以上、多少の戦果はあげられている。

「よし、適度に砲撃を済ましたな?」

「ええ、こちらの夜襲を警戒している篝火で標的を見つけやすくて助かりました。」

部下の報告に満足げにうなずくと、何ごとにも慎重に行くべきかと思い残弾の装填を指示し、今後の行動についてしばし考えることにする。目的は砲撃による寝込み襲撃。つまるところの嫌がらせだ。
安心して寝ることが出来なければたまったものじゃないだろう。当然、兵の戦意を維持するのは難しいこととなる。そうなれば、平民や傭兵たちの元々さほど高くない戦意はどん底を衝くのではないかとこちら側としては期待している。
一部のメイジや貴族達には必ずしも歓迎されているわけではないのだが、少なくとも空軍にしてみれば無駄な犠牲が出ないということで平民出身の連中を中心にこの作戦を歓迎する向きが少なくない。
なにより、犠牲が出ない一方で実戦であるから、適度な緊張感を保つことも可能と、上は歓迎している。

「ならば、残弾にも余裕があるな?」

「ええ予定よりもまだ残弾が余っております。」

予想外だったのは、視界が確保できずに嫌がらせを効果的に行うことは難しいだろうと覚悟していたところ、こちらの奇襲を警戒したトリステイン諸侯軍が周辺に光源を用意してまで陣地を暗闇の中で照らし出していたことだ。
さすがに、ここまで明るいものに対して砲撃をはずすのはどうかと思わざるを得ない。まあ、相手は陸からの夜襲を警戒しているのだろうが、そこまで本気でこちらが襲いかかると信じ込んでいるのだろうか?

「ならば、隣の陣地にも数斉射お見舞いしておこう。公平な取り扱いが必要だからな。」

まあ、そう心配している相手に、心配のしすぎだと笑って放置しておくのは不公平というものだ。そう、片方にだけ砲撃を打ち込むというのは不公平というものだろう。
もう少し、離れたところにある陣地に対しても砲撃を加えても問題はないはずだ。まだ、部下は不完全燃焼であるだろうしせっかく夜間砲撃の担当が廻ってきたのだ。
戦功をあげることを考えるならばここでもう一働きしておくにこしたことはない。幸いにも予想よりも弾薬の消耗が少なかったならば問題はないだろう。発砲の際にこちらの位置が掴まれるのは時間の問題なので、長居は無用だろうがもう少しばかりならば時間に余裕がある。

「了解いたしました。トリステインの貴族さま方を公平に取り扱いたく思います。」

「丁重にやれよ。一発も外すな!」

「お任せください。ご満足いただけると確信しております。」

そう言うや否や、大砲にとりついた士官たちが一斉に砲撃の指示を出す。命中率はまあ、全弾命中というわけにはいかないだろうが、夜間の暗闇の中であることを考えれば一応の満足もできるものである。アルビオンと合同で訓練した成果があったというものだろう。あの国の砲撃術はかなりのものがあり、機密を漏らしてくれるわけではないにしてもレベルの高い砲撃を見せつけられることでこちらの訓練にも熱が入った。

「よし、もう一度斉射し、帰還だ。斉射後、反転。帰還する。」

「はっ、斉射後反転。帰還します!」

復唱し、任務に取り掛かる士官たちの機敏な動作に及第点を付けつつ、ギュンターはこの砲撃のトリステインに与える効果をおおむね満足いくものになるだろうと予想する。
ボスの予想では寝込みを妨げることが出来れば良いという程度らしいが、これなら実害も敵に出ているだろう。まさか、夜襲の警戒を逆用して空から砲撃されるという発想が欠如しているとは思わなかった。
こちらも同様のことをされないように気をつけるべきだろう。まあ、そうなったらそうなったで、迎撃するだけの話だが。こちらとしては、艦隊決戦は望むところなのだ。
最後の艦砲斉射が完了したのを確認し、念のためにブドウ弾の装填を指示する。何ごとも備えが重要なのだ。それらを確認し、何ごとも所定の位置にあることを確認しギュンターは満足げにうなずいた。

「よし、帰還だ。」

幸いなことに、好きなだけ後方から砲弾と弾薬が送られてくるのだ。拠点に戻ればまた自由に暴れられる。今後も継続的にこの嫌がらせが行えるだろう。ずいぶんと余裕があるように思えるが、補給を安心して行えることがこれほどまで楽になるとは・・。


断章7 ゲルマニア軍行動計画廃案済み提言第二号「トリステイン問題最終解決策」

トリステイン問題は、昨今のゲルマニアにとって頭痛の種と化している。この問題に伴う障害で最大の難点はゲルマニアにとってこれらに関わることで利益が見込めないことにある。この問題に対処する際には、この問題から利益を導き出すことを目的とするのではなく、最大限赤字を最小限にとどめることを目的として行動計画を策定するものとする。
まず、本行動計画の立案背景にはトリステイン王国の統治能力の著しい低下と、有効な交渉相手が存在しないというものがあり、交渉による事態解決が望みえないと判断されたことから本計画は策定された。トリステイン王国の要人の中でも一部の穏健派等は積極的に講和交渉や終戦に向けての動きを示しているものの、主戦派が主流を占めており交渉の使節団が襲撃されるなどの内部紛争が確認された。このような事態において実効性のある交渉が実現できるかどうか極めて疑わしいものがあり、この問題による損害の拡大を最小限にとどめるべく問題の根本的解決としてトリステイン王国併合か、傀儡政権の確立による問題収束を試案として本計画は検討するものである。
第一義的な目標はトリステイン問題による損失の最小化である。そのため、この問題に際しては可能限り迅速な解決が求められる。現行の軍事作戦は、あくまでも国境防衛を主眼としたものであり、局地戦の範疇をこちらとしては超えていない。だが、このままずるずると戦役を継続する場合、従軍貴族への恩賞、北部地域の開発予算への圧迫等いくつかの問題が必然的に生じてくる。さらに、このような問題に長期的に拘束されることで政治的・外交的な柔軟性に深刻な障害をきたしかねない。このような事態は対ガリア政策と、ロマリア宗教庁の影響力増大に対抗するためには極めて憂慮すべき事態となる。

※ただし、第三案においては敢えてこのことを逆用した。

現状として、ゲルマニアは国力に対する局地戦の負荷は限定的であり大規模な動員も財政上の破綻を迎えることなく実現することが可能である。

第一案
トリステイン方面の制圧のみに限定して考えるならば、諸侯の勢力拡大を敢えて容認することが可能でさえあれば、諸侯軍の大規模動員が最も合理的であると考えられる。ガリア方面への備えがいくばくか懸念されるものの、ガリアの動員体制が平時であるならばこの方策が一番得るところが大きいと思われる。前線の戦場分析を参照するに、前線のトリステイン軍の練度はバラツキがあるものの一部の有力な貴族らに率いられた諸侯軍は精鋭でありメイジの比率も極めて高い。これらとこちらの有力貴族らを潰し合わせることが出来れば、中央の求心力はかなりの改善が期待される。権威という面において、ゲルマニア皇帝は戦勝による求心力を高めつつ、ゲルマニアの諸侯に対して領土という飴を与えつつ、長期的には不安定な領土統治に専念せざるをえなくすることで政治的策動を防止することも期待できる。難点は、前述の通り諸侯の領土の拡大という問題と、トリステインの貧民問題である。これらを考慮する場合、長期的には対ガリア政策において柔軟性を阻害される可能性がある。

第二案
拠点後方への襲撃戦術を活用する。これまでの戦闘で確認されたところによれば一般に、トリステインの領土制度は分権的であり即応性に余裕がない。このことを応用し、敵主力を助攻で受け止め主攻は迂回挟撃に置く。これは、基本的にトリステイン諸侯軍の壊滅とそれによる講話もしくは併合・傀儡化を視野に入れて検討すべきものでる。重要なのは、この戦術の実行に際してはあまり貴族の発言力拡大をもたらすような戦功を立てさせることなく皇帝派の部隊によって決着をつける必要がある。そのため成功した際の成果は大きいものの失敗した際に損害の程度によっては皇帝の権威及び中央の権力衰退の可能性を内包している。また、戦後統治にさいして直轄領にくみこむか、従来の国境沿いの貴族たちに分割するかは検討の必要がある。どちらにせよゲルマニアにとってこの方法は長期的に貧しい領土に発展を阻害されることが危惧される。このために可能な限り貧しい地域は傀儡化する方が経済的であると思われる。

第三案
ガリア対策及びロマリア宗教庁対策として一つの試案を提言する。すなわち、三国による分割案である。この問題は、トリステイン王家に統治能力が欠如しているとの批判をロマリア宗教庁より獲得する。これと同時に教徒保護の義務が各国にあることを名分とし分割を行うものである。ガリア側の介入は最小限にとどめるべきであるが、ある程度の譲歩により宥和を演出することが期待できる。提案をガリアが蹴った場合、ガリアとロマリアの関係悪化をこちらとして煽りたてることを検討できる。ただし、ガリアの動向をロマリアによって左右されることは避けたいのでこの方策はあくまでも選択肢の一つであることを付記する。これらの方策は三方面(もしくは二方面)からのトリステインに対する圧力となりえる。また、ロマリアはその地勢上の要因からトリステインの統治に多大な困難が生じることも予想される。ロマリアの行動を阻害しつつ、問題事を一部押し付けつつも恩を売れるということを考えるならば有効性が高いと思われる。なお、この方法は過激であり問題解決が結果的に他の問題を生じさせる可能性があることを付記しておく。最大の問題は、ロマリアに他国を侵略する権威と名分を継続的に与えかねないという問題と、ガリアの動向が把握しきれないという点にある。これらの問題は長期的にみれば大きな脅威となりかねないために第三案の実行に当たっては余程の事態を覚悟する必要がある。

補足
傀儡化の対象としてはいくつかの候補があるものの一番の有力案は現トリステイン有力貴族の中からではなく、トリステイン王族かその一門が望ましい。理想的な交渉相手となりえるのは、不幸にも最前線でこちらと対峙している。逆に考えるならば彼に疑似的な戦功を立てさせることも視野に入れるべきか。


追記:当該行動計画はゲルマニアの負荷があまりにも大きいために主要方針とするには問題が多い。また、当該行動計画の実地に際しては前提条件が変更されることも想定されるために現状で行動方針を明確に固定することは柔軟性を喪失しかねない。当該行動計画は廃案とし、これらを基本とし、より高度に応用性が高い計画案を再編するものとする。


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