ロマリア連合皇国の政争は一言で表すならば、『凄惨』に尽きる。まず地位に汲々としていると、後任を狙う狼に襲われる。かといって、潔く地位から退くと、大抵の場合旧悪が暴かれるか、ねつ造される。そうなれば、待っているのは財産没収に粛清という流れ。故に、平和裏に引退するのも一苦労だ。故に、ロマリア高位枢機卿ともなれば、まともな善人が昇り詰められる段階ではない。むしろ、まともな善人は巡礼程度に留め基本的にはロマリアに近づかない方がよいだろう。そちらのほうが、まだ人生は平和に楽しく過ごせることを保証する。さて、マザリーニは善人だが、同時に卓越した政治家であった。だから、彼はロマリアにおいて異端であると同時に、極めて難しい立場に立たざるを得ない。基本的に、政争では善人ほど立ち位置が危ないのだ。中途半端であり、稀に使い道があると見なされた場合でも碌でもない用途しかないのだから。故に、卓越した政治家が善人であることは、本人にとっていばらの道を意味する。ロマリアの暗部は、歴代教皇をしてなお嘆息させた。曰く、『手がつけられない』と。過激かつ純粋な一派は、聖地奪還と秩序維持のためには如何なる犠牲をも惜しまない。それは、ロマリアが蓄積している聖地への狂おしいまでの衝動だ。6000年の長きにわたって蓄積されたその衝動は、もはや人の身によって阻止することは不可能に等しい。長い歴史の中で、幾度となく改革の試みと改善の動きはあった。だが、純粋かつ狂信的な集団は文字通り手段を選ばずに、自らの使命を果たさんとするのだ。彼らは、手段が目的化することはない。純粋かつ敬虔に、目的に忠実である。問題は、目的のためにはいかなる犠牲をもすら、繰り返すが、如何なる犠牲をもすら惜しまないのだ。その中には、信仰を誤った高位聖職者も含まれているのだから。そして、彼らは個人で見た場合限りなく善良であった。ロマリア連合皇国にあってなお、彼らは清貧を重んじた。故に、会合の開かれる一室を見渡したところで貧相な机と椅子があるのみだ。机の上には、わずかに古びた水差しの他には、各国の地図が置かれているだけ。ロマリアの貧困層向けの学び舎と何ら変わりない空間に、彼らは集まっていた。「・・・予定が狂いましたな。」苦々しげに発言した年長の枢機卿に、幾人かが嘆息交じりに頷いて同意を示す。彼らにしてみれば、あまりにも望ましくない事態が加速度的に繰り広げられている。本来であれば、緊密に対応を練るべく集まる必要がある。だが、彼らは人目を避けて集まらねばならない身であった。秘匿してでも、為さねばならないことがあるのだ。目的のために、短慮に走るわけにもいかない。だが、それだけに彼らも焦燥に駆られざるを得ないのだ。「レコンキスタなる連中、誰が糸を?」誰ともなしに囁かれている組織名。公式にゲルマニアもアルビオンも、トリステインですら確認していない。にもかかわらず、蜂起した一団はレコンキスタと呼称され、呼称しているという風聞が誰ともなしに飛び交っている。「何のために?其れを考えれば、おのずとわかりましょう。」そのことを考慮すれば、なにがしかの策謀が動くことは感知できる。ロマリアの手は決して短くはない。なにより、各国に張り巡らされた聖職者の網目は即効性こそ乏しくとも、必要な情報を収集するには十分に機能する。「ガリア、理由としてゲルマニアに第二戦線を強いることによる戦力分散。」「アルビオン、理由としてゲルマニア・トリステイン地域に対する自己影響力増大。」一つはガリア、もう一つはアルビオンだ。単純に考えてみれば、ガリアはゲルマニアの戦力を分散させることを欲するだろう。ガリアにしてみれば曲がりなりにも、友好国と謳ってはいる。謳ってはいるが、平民レベルではともかく、指導層ともなれば対ゲルマニアは絶対に念頭に置いているはずだ。机の上で握手しつつ、机の下では足を蹴り飛ばしていなければ、それこそむしろ異常だ。同じ理屈が、アルビオンにも適用できる。アルビオンはガリアよりは、まだ友好的だ。そして、ゲルマニアに敵対する動機も乏しい。だが、それは積極的に敵対する意志が乏しいという話であって、機会があれば其れに乗じる程度のことは当然ありえる。「どちらも、ある程度は正しいだろう。だが、我々が問題とすべきはガリアだ。」当然、ガリアがきっかけだろうとも、アルビオンがそれに乗じる可能性は決して低くない。逆に言えば、ガリアこそが根源にある。つまり、アルビオンはどこかで一線を画しているが、ガリアは根本的な介入を望んでいるのだろう。「アルビオンはどうされるおつもりですか?」「アルビオンより、トリステインを分かつのは可能だ。だが、ゲルマニアを本格的にトリステイン方面に貼り付けようとするガリアの意向は望ましくない。」なにより、アルビオンはゲルマニアの影響圏拡大に比べれば処理が容易なのだ。政治的背景を勘案すれば、トリステインを分離独立させることも、決して困難ではない。現実的には、アンリエッタ王女の第二子が理想的だろう。それを思えば、長期的にゲルマニアの影響がトリステイン方面に注がれることになるガリアの方策の方がよほど問題だ。加えて、バランスの問題はこちらにも関係する。ガリアとゲルマニアが対峙することで、ロマリアに対するガリアの圧力が減衰するのだ。逆に、ゲルマニアがガリアに対する圧力を下げれば、ガリアはこちらに多くの圧力をかけることが可能となる。その事情も勘案すれば、ゲルマニアが手を防がれる事は断じて望ましくない。 「しかり。では、如何にこれを抑え込むべきか?」その基本認識が、あってこそ彼らは頭を抱えていた。だが、狂信者というものは決して視野が全てにおいて狭められるわけではない。むしろ、目的合理性の観点から、ありとあらゆる犠牲を厭わず、目的のためには何でも行うという恐るべき柔軟性を持ちえるのだ。6000年の衝動に包まれてなお、彼らは狡猾さと、柔軟性を持ち合わせていた。「いや、視点を変えるべきだ。」「視点を?」6000年の秩序を維持するという使命感。6000年の悲願である聖地奪還。目的のためには、全てが許されてきた。聖地という目的は、至上命題である。ロマリア存在意義の全てであるといってもよかった。使えるモノは人だろうと物だろうと、なんであろうと活用してきた。エルフの知識だろうと、場違いな工芸品だろうと何であれだ。彼らは禁忌をもすら記録して残した。外部ならば異端とされるそれらは、ロマリアにおいては許された。無論、存在は秘匿されねばならない。本来は許されざるモノなのである。歴史の中で漏れた瞬間には粛清の刃と杖が幾度となく動いた。だからこそ、彼らは如何なる手段であろうとも厭わない。いや、躊躇こそを彼らは忌避した。それは、唾棄すべき敗北への道なのだ。「ゲルマニアが鎮圧に全力を注ぐのはまずい。何故か?」ならば、問答は簡単に思考を転換すれば解決し得る。「盤石の統治機構と、既成事実の強化が図られてしまい介入できなくなるからだ。」トリステイン回復は、秩序のための不可欠なプロセス。危惧しているのは、ゲルマニアがこの方面に対する支配を強化し、なおかつ永続的に領有権を確保する事。特に、ゲルマニアはトリステイン王室を分離独立させる意思も、動機も欠落している。そのためにトリステイン回復を考えれば、ゲルマニアがこの地域に注力するのは実に望ましくないだろう。「だが、逆に考えれば鎮圧できねば話は違う。」とはいえだ。ゲルマニアがトリステイン方面に注力したところで、そこから排除されてしまえば全く話は異なってくる。統治を放棄することになれば、当然ゲルマニアの防衛線はトリステイン戦役前に戻るだろう。結果的には秩序にとって望ましい結末が見込める。「仮にだ。レコンキスタが旧トリステイン領を確保し、ゲルマニアに認めさせたとしよう。」ゲルマニアの首脳陣は、赤字ばかり出るトリステイン問題に頭を抱えている。場合によっては、ある程度の経済的な代償確保と問題の丸投げができるならばトリステインなど関わりたくもないと考えていてもおかしくはない。善意の第三者としてロマリアは、そこに介入し得るだろう。「間違いなくレコンキスタの内実は、それを維持できるとは思えない。」なにより、漏れ聞こえてくる実態はレコンキスタが寄せ集めと評するのもおこがましいほど衝動的な集団だということだ。ゲルマニアはこれに苦戦しているというが、実態は亜人に手を焼いているに過ぎない。ゲルマニアがこの方面の放棄を決定したところで、レコンキスタに未来は無い。そして、ロマリアはその延命に協力する気はさらさらないのだ。「で、あるならばだ。」「介入するのはレコンキスタの方が容易。」操るならば、介入の余地の多い方が事後の処理は楽だろう。その観点から提言されるのは、レコンキスタの暴走を促し、最終的に自壊させるという方針だ。賢明な国家主体であるゲルマニアへの介入は、深刻な反発を招きかねない。無論、間接的であれゲルマニアは喜ばないだろうが直接に比べれば幾分まし。「待っていただきたい!卿は、レコンキスタに梃入れせよと!?」「一つの選択肢としていかがだろうか。」「断固として反対だ!言いたくはないが、ガリアの手先に堕ちるのが眼に見えている。」当然のことながら、それはガリアの政策に一定の支援を意味する。なんなれば、レコンキスタの火付け役として疑わしいのはガリアだ。少なくとも、レコンキスタより利益を得ている以上、(ありえないことではあるが)潔白であったとしてもガリアの支援をするに等しい決定である。ロマリアにしてみれば、ガリアは忌々しい北方の壁であり近年ただならぬ圧力や領土問題が介在する相手だ。さらに、『無能王』というメイジ至上主義に陥っていない人間にしてみれば、ガリアのジョゼフは恐るべき相手である。賢明な政策担当者にしてみれば、絶対に踊らされたくない相手だろう。「無能王の意向など誰にもわからん。案外、当の本人ですら、わかっていないかもしれん。」だが、重要なのは彼らの至上命題をいかにして達成するか。その観点からすれば、彼らはいくらでも柔軟な政策を採用しえた。「だとしても、レコンキスタへ直接の梃入れはまずい。」「まずいとは?」「あまりにも、不明確だ。いや、不自然と言い換えてもよい。」同時に、バランサーが必ず存在し議論をより稠密に整える習性をも持ち合わせる。なにしろ、彼らの使命として秩序の維持を6000年の長きにわたって背負ってくることができたのは極めて慎重であったからだ。狂信者というのは、実に厄介だ。そして、単なる狂信者ではなく目的のために如何なる手段をも躊躇せず、柔軟な狂信者によってのみ6000年の長きにわたる成果が為されてきた。言い換えれば、彼らの時間軸は極めて長く、結果を急がない。最終的な勝利のためには、不断の、そして長きにわたる戦いがあるということをも彼らは知っている。「・・・確かに。」故に、レコンキスタを支援するという大規模な方針転換の提言に対して、より現実的な習性と保険が即座に提言される。「亜人一つとっても、少々おかしい。」報告されている亜人の軍団。ゲルマニア軍から漏れ出てくる情報と、現地の報告を総合すれば異常さが際立つ。亜人の生態研究はロマリアでも盛んであるが、その積み上げられた記録にはこのような動向はほぼ記載されていないといえる。「虚無の可能性は?」彼らにしてみれば、始祖の恩寵である虚無の存在が頭をよぎっても不可思議でもないだろう。少なくとも、彼らは虚無が過去の伝説ではなく実在するということを知悉しているのだ。当然、検討するに際してはそのような可能性を排除するほどかたくなではない。「ありえん。」だが、担当者らはその可能性を検討したうえでなおこれを否定する。一生のほぼ全てを虚無の研究に捧げている彼らだ。その言葉には、一片の躊躇すら見られない。「ヴィンダールヴの可能性を考慮しない理由は?」「いかにヴィンダールヴといえども、まず規模が不自然だ。なにより、不審すぎる。」ヴィンダールヴの能力は、個体が対象とみられている。無論、複数を使役する可能性も排除できないが、その使役は人馬一体というごくごく自然なものと見なされている。強制的に使役する可能性も考えられないではないが、しかし亜人を大規模な軍隊のように運用し、あまつさえ恐怖や本能を完璧に抑え込むことを可能とするだろうか。彼らの結論は、ありえないということになる。希望的観測ではなく、現実的な予想として、それはありえない、と。「伝承によれば、確かにヴィンダールヴの能力が考えられなくもない。」 「違うというならば、むしろミョズニトニルンを疑うのが自然。」「いや、排除すべきではないだろうが魔法とは限定すべきでない。」そして、魔法という点から考えてみた場合、いくつかの可能性があるのは間違いない。当然、ミョズニトルニンが検討の対象としてあげられる。だが、それとてやはりほとんど否定されている。「何故でありますか?」「ミョズニトニルンの関与は、疑ってしかるべきかもしれない。だが、直接の原因は先住魔法の可能性が極めて高い。」魔法の秘宝をミョズニトニルンが作り上げる可能性は、ゼロではないだろう。少なくとも、ロマリアの経験では魔法の能力を過小評価する危険性は常々叩きこまれている。だから、関与は疑うに足るかもしれない。だが、彼らは文献の調査や過去の記録と比較しむしろ先住魔法の可能性に注目した。そして、先住魔法という一言は、最悪の敵である『エルフ』を連想させる言葉だ。「先住魔法?あれにエルフどもが関与していると!?」「ガリアではないのか?」「いや、またれよ。ガリアとエルフが手を組んだのか!?」「落ち着かれよ。加えて、先住魔法とて直ちにエルフとは限らない。」「だが、これほど大規模な先住魔法となると、過去に例がない!」「納得のいく説明を頂けるのでしょうな。」居並ぶ列席者にしてみれば、忌むべき敵の存在が指摘されたに等しい。その発言によって一瞬のうちに会場が喧騒に包まれ、居並ぶ聖職者達が動揺もあらわに説明を求める。なにしろ、エルフが関与しているということは、砂漠からの越境を許したに等しい。よしんば、そうでないにしても、先住魔法がこれほど大規模な影響を及ぼしたということになると、既存の秩序に対する重大な脅威だ。ガリアが関与していると思しき事件だ。そこに、先住魔法の介在する余地があるということは、実に恐るべき可能性すらも、脳裏をかすめかねない。「さて、ここからは憶測にすぎないのだがね。」そして、虚無の研究を行っている聖職者たちもこれ以上は断言できないという。なにしろ、先住魔法は全く別系統の魔法。加えて、ロマリアの諜報担当者が貪欲極まりなく情報を収集しているとはいえ、体系的な学問として把握するには至っていない。つまり、虚無に比較してみれば先住魔法は相当の知見を有するという程度に過ぎないのだ。当然、確信を持って結論を断言できる水準ではない。導き出された結論とは、あくまでも蓋然性の高い可能性に過ぎないというのが実態である。「結構。猊下程の方が立てる憶測ともなれば、大いに関心を抱かざるを得ません。」だが、蓋然性が高いということは、検討に値するということでもある。少なくとも、分析を怠るのはあまりにも、危険だ。細心の注意を払ってしかるべきというもの。「ふむ、諸君はガリアとトリステイン国境に湖があることを知っているかな?」「ああ、水の精霊で名高いという忌々しいラグドリアン湖ですな。」「先住魔法が堂々と残っていることそのものが論外。埋めてしまえれば、どれほどよいことか。」苦々しい表情を並べる列席者。彼らにしてみれば、あまり望ましくない湖のことを思い起こす。中でも幾人かは不機嫌さを隠そうとしない。エルフに対する防壁の内側に、異端が堂々と存在しているのだ。これが愉快と言えるわけがない。「脱線したが、良いかな?続けよう。」だが、それはやがて冷静さを回復する。物事の順序を弁えないおろかものは、狂信者の粛清対象でしかないのだ。機密を守る。いついかなる時も、自らの使命に忠実である。この2点を貫けないものは、ロマリアの熾烈極まる聖職者間政争で容易に使命を露呈させかねない。そのような、愚行を避けるためには、事の理非を弁えないものは粛清されるしかないのだ。故に、彼らは実に容易に落ち着きを取り戻す。「そのラグドリアン湖の水位が近頃急激に上昇しているらしい。」「水位の上昇?失礼ながら、雨季が長引いたということでは?」「ありえない水準でだ。すでにいくつかの村が湖に沈んだとの知らせが入っている。」水位が自然に上昇したにしてはありえない。なにしろ、歴史上最も長く降り続いた雨季の記録を上回っているのだ。伝承によれば、その時はいくつかの村が沈みかけたとされるが、今回はそれらが全て沈んでいるどころか、高台にある村にまで届かんとしている。「捕捉しよう。忌々しいことに、修道院のいくつかが飲み込まれたとの知らせも入っている。」先住魔法の塊のような連中を放置するわけにはいかない。当然、監視や警戒のための拠点として修道院が複数設置されている。とはいえ、相手は強大。故に修道院は距離を取り、離れたところに建築されてきた。ロマリアの中央が配慮して、距離を取って建築した修道院すら飲み込まれているのだ。暗黙の境界線をも越えている。明確な協定違反と言えよう。「結構。あの水の精霊なる異端が活発に活動していることは把握しました。それで、それがさきほどの憶測とどのように、関連されるのでありましょうか?」「古い文献を漁ったところ、興味深い記録がある。」取りだされた過去の記録。異端を研究しているとある部署がまとめあげたそれは、秘宝の種類と能力をまとめあげたものだ。来るべき聖戦に備えて、敵情を調べ上げたそれは過去の聖戦時にも秘密裏に活用され、今なお絶えず修正の努力がはらわれている。始祖の敵を破るために、如何なる努力も惜しむわけにはいかない。「なんでも、あの水の精霊はアンドバリの指輪なる秘宝を持つらしい。」文献は、語る。それは、許されざる禁忌であると。「なにぶん、文献が古い上に伝承も曖昧だが興味深いのは秘宝の性質だ。」それは、生命の理を犯すと。「生命を操り、あるいは支配するらしい。」そして、該当する秘宝と性質は実に明快な答えをもたらす。「・・・っ、それは!?」「水系統のメイジに尋ねたところ、水系統は心を操れる禁忌がいくつもあるという。」一般に知られているもので、惚れ薬の類が代表的か。元々、禁忌と指定されているものゆえに、体系的な理解は一般的ではない。世間で知られている種類など限られたものだ。とはいえ、実際には心を壊したり、操ったりする薬のレパートリーは極めて豊富だ。ロマリアの暗部は、狂気の歴史と同義であり、6000年にわたる禁忌の蓄積は恐るべき記録を無尽蔵に積み上げてきた。ロマリアで、この分野に専従しているメイジならばおぞましいまでに知悉してやまない。「先住魔法の秘宝ならば、あるいは可能ではないのかな?そう、考えたのだ。」「これは、まさに驚くべき偶然の一致というにはやや過ぎた結果だ。」元々、水系統の魔法薬にはいくつか禁忌がある。普通ならば、思いつきもしないだろうが彼らにしてみれば、その禁忌は存在しないに等しい制約だ。実際に使用したこととて、幾多の機会にわたっている。その効果は、十分に知悉しているほどだ。その経験から、心を操るという禁忌の観点からの分析も実に速やかに行われた。「随分と、物騒な憶測でありますな。」「だが、無視しできませんぞ。事実であれば、レコンキスタなる連中は異端では有りませんか!」ガリア、そして、異端。これほどの裏があるとすれば、レコンキスタへの支援及び介入は到底許容し得ない結果を招きかねない。最悪の場合、長期的なトリステインの復興が遅延しようともゲルマニアの支援を検討しなければならない程だ。「関与すれば、ロマリア自体、いやブリミル教そのものに泥が塗られかねません!」名誉の欠落を恐れるのではない。異端と戦う全ての善き信徒の団結を揺るがす脅威が確かにあるのだ。ましてや、聖職者の腐敗は年々深刻になっていく。長期的に見た場合、このままではブリミル教への信頼が自壊しかねないという危機感すら彼らにはあるのだ。そんなときに、異端に与するという醜態は断じて許容できない事態を生みかねない。「では、どうせよと?事態を放置すれば、6000年の秩序が崩壊するに任されるのだぞ。」しかし、それは結果的にどちらにしても秩序の崩壊を促す。異端を跳躍跋扈させることは望ましくない。しかし、同時に始祖由来でないゲルマニアの拡張もまた、秩序の維持という点からみれば理想とは程遠いのだ。放置は許されるものではない。「左様。そもそもゲルマニアを長らく放置していたのは、我らの咎。」「だが、だからといって、異端と秩序への脅威のどちらかに与せよと?それこそありえない議論だ。」故に、彼らは第三の道を検討せざるを得ない。レコンキスタでも、ゲルマニアでもない、別の道だ。当然、教義からして正しい範疇にあることが要請される。前提は、目的のために許容される範疇の議論。「理から外れた者同士が潰し合う。実に結構なことだとは思わないかね?」まず、現状のレコンキスタとゲルマニアの抗争そのものは、悪いものではないという認識。なにしろ、敵同士で争っているに等しいのだ。砂漠あたりでやっているならば、高みの見物を決め込んでもよいほどの事態である。ただ、まずいことに彼らはエルフと対峙し、聖地奪還をなすべきブリミル教徒の領域にて争っているのだ。これは許容しがたい事態として受け止めるほかにない。「確かに、異端同士が潰し合うのは上々。なれども、秩序を乱すのは許容しがたい。」つまり、認識として異端同士の潰し合いを歓迎する一方で、秩序への脅威でもあるというのが共通した認識となる。「故に介入せよと?それこそ論外。」「第一名分がない。馬鹿どもが金に釣られたおかげで、教書はもう使えん。」「手段も乏しい。聖堂騎士を異端の傍に置いた瞬間、異端を裁き始めてこちらの意図通りには動かない。」だが、それに介入する手段が乏しい。先のトリステイン・ゲルマニアの戦争において(恐らく)ガリアの働きかけかなにかで、一部の腐敗した連中が金に釣られた。おかげで、宗教的な権威を活用して表向きロマリアの宗教勢力として介入するのは得策ではない。なにより、単純にみれば明確な異端である亜人がレコンキスタ側にいる以上、下手な戦力ではゲルマニアの味方になりかねない。特に、そういう観点から見た場合、大半の聖堂騎士など最悪だ。最悪、暴走してゲルマニアの狗となりかねない。「いや、手ゴマならある。それも特上の奴がだ。」だが、ロマリアは物持ちがよいのだ。いつか役に立つ時があるに違いないと、手札を温存しておくだけの余裕があり、それを有効に活用できる。「我らの手元に、そのようなものがありましたか?」「ああ、用途が定まらずに飼殺しにしてあったが、極めて有用なカードがある。」「もったいぶらないで頂きたいものだ。言葉を飾ることに意味はない。」そして、ここに集った面々は各所に散らばって活動しているのだ。当然、ロマリアの持つ多くの政治的資源について幅広いリストを共有しているに等しい。「失礼。では端的に申し上げよう。」故に、彼らは思いついた。『いるではないか、愛国者が。』と。この事態を、最も憂慮し、かつロマリアの希望を完全に叶える人材ではないか、と。「マザリーニ枢機卿。彼ならば、愛するトリステイン王国のことを気にかけて当然。」ロマリアの枢機卿でありながら、実質的にトリステイン王国宰相として活躍していた有力者。そして、珍しく腐敗していない一方で暗部に関わりの乏しい善良な人材でもある。なれば、彼はこの情勢下において最適な介入の道具になるだろう。「・・・確かに不自然ではありませんが、高位聖職者が異端に与するのはどうかと思いますが。」「個人の資格で、彼が何処に赴こうとロマリア連合皇国に責は無い。」重要なのは、マザリーニ枢機卿としてではなくトリステイン王国宰相マザリーニとして行動する余地が彼にはあるということ。つまり、彼ならばロマリアと政治的に距離を取りつつ介入する権利がある。自国の問題に対して、一国の宰相がどのように行動しようともロマリアが誹謗中傷を受ける理由は存在しない。事実上機能不全に陥っているトリステイン王政府人事は、幸いにもマザリーニを解任していないのだ。というよりも、手をつけられていないというべきかもしれないが、ともかく人事上は彼に権利があるということが重要になる。「なにより、おぞましい腐敗した輩の責任問題に発展させられる。」加えて、信仰という言葉を汚したリッシュモンの様な輩に飛び火することや、ロマリア内部の粛清にも活用する機会があるだろう。悪いことは何一つない上に条件は、全て満たされる。もちろん、掻き乱す目的でマザリーニ枢機卿を派遣することは事態を悪化させることもあるだろう。だが、それがどうしたのだ。ロマリアにしてみれば、結果的には異端が摩耗し正統に傷がつかないのであればそれもまた許される。加えて、善良なブリミル教の聖職者という個人像が活躍することで期待される宣伝効果を思えば、それがどうしたとすら言い放てるだろう。そもそも、善き目的のためなれば、全てが許されるのだ。「いた仕方ないですな。」「左様、ロマリアの光輝を汚す輩を排除する好機でもある。」マザリーニ枢機卿の役割は、シンプルだ。『道化』を演じてもらう。彼には好きに行動してもらって構わない。なにしろ、ロマリアの暗部は秩序の脅威である両者に損害が与えられれば事足りる。明確な戦略の方向性は『異端の摩耗』及び『介入の機会を増やす』ということの二点。なるほど、ガリアは局面を支配しているのだろう。だから横合いから揺さぶり、主導権をもぎ取る機会を伺うことで時を待つ。「彼の御仁は、その意味においてはよい信徒です。生贄にするのは、気が進みませんが。」「元より覚悟の上でしょう。」そして、個人としてみた場合、枢機卿は自らを盤面の駒として自覚できるだけの人材である。無論、駒と理解したうえでもなお祖国のために貢献しようとするのだろうが、そこは計算の範疇でしかない。トリステインの復興という目的を枢機卿が持っている以上、秩序にとってマイナス要素は考えにくいのだ。故に、いっそ自由に活動してくれても構わないとすら考えている。繰り返すが、局面の打破が叶うならば、それでいいのだ。どのみち、介入費用は大した物ではないし失うものはせいぜいマザリーニ枢機卿という手札一枚。ここで活用しないロストを考慮すれば、まさに最良の手札と言える。「しかし、上手くとも限りません。保険が欲しい。」同時に、彼らは慎重でもあった。これは、良い手であると理解しているがそれに全てを賭けることの愚かさもまた共有している。長期的に考える能力こそが求められる。短期の戦術的失敗とて戦略が誤っていなければ挽回可能と彼らは知悉してきた。「その時は、その時で手は打てます。なにより、ブリミル教徒の問題に我々が手をこまねいているよりはましかと。」マザリーニ枢機卿が局面の動揺と転換に失敗したところで手はある。失敗という事実でさえも、逆に言えば布石となるのだ。「動機づけはいかがされますか?」「トリスタニア炎上の報告は来ている。これを活用しよう。」許しがたいことに、始祖が定めたもうた王国の首都が異端によって燃やされたのだ。トリスタニアの炎上に関連し、ブリミル教徒の救済を掲げれば限定的でも介入することは不可能ではない。特に、善良なマザリーニ枢機卿が行動した後ならば、ロマリアの意図も偽装が容易だろう。突然ロマリアが躍り出ては不信感を持たれるだろうが、ワンテンポおけばいくばくかはましになる。「そこまでするならばいっそ、ゲルマニア寄りで介入した方がよいのでは?」同時に、介入のベクトルを微調整することも提言される。ポイントは、ロマリアの中立性を際立たせつつ、ゲルマニアの権益を削ぐこと。味方面で介入し、最終的な利益をもぎ取るという手法にかけてロマリアの右にでる集団はなかなかいないだろう。「トリスタニアを焼いた異端を告発?少々、ゲルマニアに有利過ぎはしませんか。」「いやちがう。トリステイン対ゲルマニアという構造で、トリステインが圧迫されないことが理想。」ゲルマニア単独で、トリステイン残党モドキを破ったとなると、もはやこの地域における覇権はゲルマニアの手中に入るも同然。しかし、トリステイン側のマザリーニ枢機卿が個人で介入したとしよう。彼とて状況を勘案すれば、絶対にレコンキスタに与するほど短慮ではない。「ああ、なるほど。ゲルマニアの勝利ではなく、トリステイン・ゲルマニアの勝利とすることで影響を削ぐと。」故に、ゲルマニア側にやや近い形のトリステイン王国勢力が出現することになる。ゲルマニアにしてみれば、表面上はありがたい味方だろう。どれだけ忌避しようとも戦後処理において、かなり配慮せざるを得ない。トリステイン問題に対するアルビオンの蠢動も抑え込めるうえに、善意の第三者として介入するロマリアの権益もやや期待ができる話だ。どう転んでも全く損のない話になる。最低でも、一般の信徒からの信仰が回復できることが期待できる以上、長期的な教会の権威回復にもつながり悪い手ではない。「面白いが、そうなるとアンリエッタ王女の動向が微妙だ。」ただ、そうなると、トリステイン側とするためにはアンリエッタ王女という個人の資質が非常に微妙な色彩を帯びてこざるを得ない。報告によれば、ゲルマニア憎しで染まっているという。・・・はたして、内実は真逆とはいえ名目上ゲルマニアの味方となることを許容し得るだろうか?「無理もないが『ゲルマニア憎し』で固まっている。加えて、面従腹背が常のトリステイン貴族をゲルマニアに撫で切りにさせたいらしい。」先の戦争時に我関せずを決め込んだ諸候軍。いまさら、王家への忠義やら名誉などを連中が叫んだところでアンリエッタ王女は一顧だにしないだろう。今回のレコンキスタ騒動は、憎んでも憎み足りないゲルマニアと、忌々しい不忠の輩が勝手に殺し合っていると喜んでいるとすら思われる。「傑物ですな。」無論、統治者としてみた場合、優秀な資質を有しているだろう。秩序の体現者であるロマリアにとってみても、トリステイン次代の指導者が無能で無いということは歓迎に値する。「だが、時期が悪い。」ただ、今は少しばかり、アンリエッタ王女の動向が支障とならざるを得ない。見せかけだけの融和策が求められるのだ。断じて、非妥協的な徹底抗戦の決意ではない。「いかがすべきか。」「だれぞ、使いをやって接触させられないか?ゲルマニアに味方する態で権益を保持せよ。」彼女に、資質はあるのだ。「難しいかと。なにより、アルビオン貴族派の動向が不明瞭であります故。」ただ、まだ雛に過ぎない上に、アルビオンの動向もきな臭い。貴族派の動向に至っては、入り乱れすぎてロマリアですら、把握が追いつかない程。加えて、ガリアの手は長い。アルビオン各地で、ロマリア密偵とガリア密偵の人知れぬ戦いが激化している。そして、望ましくないことにロマリアはやや劣勢。この情勢下では、誰も口にはしないが上手く目的を達成し得るとは思えない。「さしあたり、レコンキスタの調査とマザリーニ枢機卿の投入可能性を検討、と言ったところだろう。」故に、結論は所定の方針を確認する事となる。すなわち、異端との関連性が濃厚に疑われるレコンキスタの調査及びマザリーニ枢機卿を介した介入可能性の検討。「あと、早急にアルビオンの諜報部門に梃入れだ。人員を廻すようにしよう。」そして、その次の策のために必要な要素であるアンリエッタ王女とアルビオン動向把握のために、アルビオン方面の諜報強化だ。「うむ、秩序を回復するためにも早急に取り組むとしよう。」「諸卿の奮起に期待する。」言ってしまえば、来るべきものがきた。そういうことなのだろう。クルデンホルフ大公国軍人らは、よく自分達のおかれた立場を理解していた。「は?今何と申された。」意味がわからないという表情を作りながら、彼らは覚悟を決めていた。この手の追求が来るのも、時間の問題であったのだ。まだしも、相手側が敵としてこちらを認識していないだけ、まともだろうと。「タルブにて防衛線を再構築するためにも、時間が必要だ。そのための協力を願いたい、と。」「我らに時間稼ぎを願うと?」要請は、しごく単純なものだ。少しばかりの遅延戦闘。ただ、問題なのはゲルマニア地上軍がすでに辺境伯旗下の歩兵大隊どころか、騎士大隊すら投入してなお苦戦しているという実態だ。対空迎撃の能力に乏しい亜人相手にもかかわらず、投入された龍騎士隊の損耗が、無視し得ない水準であるという。これら事実は、もはや驚くしかない脅威だ。そんな連中を相手取って、遅延戦闘を行えというのは、踏み絵に等しい。いや、踏み絵なのだろう。「ありていに言ってしまえば。しかし、死守ではなくあくまでも遅延戦闘です。」「簡単に言ってくださる。」唯一の救いは、遅延戦闘という名分。向こうも、速い話がこちらに死ねというわけではなく、純粋な支援を今は要請しているに過ぎない。だから、向こうが知りたいのは、こちらが向こうのために死ねる覚悟があるかどうか。「はっきり言えば、貴軍の信頼性を示していただきたいのです。」はっきり言うものだ、と居並ぶ全員が思わざるを得ない。名目上は、援軍なのだから誠意を見せろと要請されるのは覚悟の上だ。しかし、ここまで単刀直入にきりこまれるのは相手側の強硬さを思い知らされる思いである。「我らクルデンホルフ大公国を試されるか?」「これまでの戦闘を思い起こしていただきたいのですが、貴軍の効果的な援護は一度もありませんでした。」戦力温存策に走ったのは、本国からの訓令があれば、である。大公国は、元々小国なのだ。部隊の質こそ、大国に比肩し、精鋭と謳われるだけのものを揃えている。だが、その補充は極めて困難なのだ。故に、この精鋭は宝玉に等しい貴重な宝なのだ。断じて、容易に消耗し、砕け散らせるわけにはいかない。本来は、さしたる本格的な戦闘もないだろうと見込まれたからこそ、政治的な恩義を売り、ベアトリス殿下の功績となることを考慮して派遣された部隊である。「上層部は、戦闘回避が貴国の方針なのか真剣に危惧しています。個人的な助言としては、旗幟を鮮明にしていただいた方がよろしいかと。」戦闘回避、消耗回避、政治的恩義を売るための派兵。言ってしまえば、そう言った思惑からの派兵であって、戦闘は考慮されていない。いや、考慮されていないわけではないが、それは見せ球としての戦闘であって、重大な損耗を前提とした戦闘行動は想定の範囲外と言わざるを得ないのだ。「踏み絵、というわけですかな?」「言葉ではどうとでも言えますが、貴軍は援軍だったはず。我らと轡を並べ共に杖を掲げていること行動で示していただきたいのです。」ゲルマニア司令部も余裕がない。ここまで、事態が悪化するとは彼らも考えていなかったようだ。故に、我々が戦力となるか、それとも最悪脅威となるかを見極めたいと考え始めるのも時間の問題であったのだろう。本国の訓令は戦闘を極力回避せよ、という命令のままだが現場の裁量で変更が許される旨も付記されている。「それは、警告とみてよいのか。」「最後はあくまでも、私の個人的な忠告です。ですが、ヴィンドボナやダンドナルドは空中戦力の信頼性に事の他過敏らしい。」本来であれば、なお戦闘を回避すべきなのだろう。だが、ヴィンドボナに猜疑された大公国の命運が明るいとも思えない。加えて、ダンドナルドより増援の空中戦力が派遣されてくるということは、それまでに我々の旗幟を鮮明にしなければ、最悪敵と見なされかねないだろう。「なるほど、卿の個人的な忠告には感謝を。」「いえ、いろいろと申し訳ない。」その謝罪は、さすがに彼個人の真情だろう。故に、こちらも誠意で持って示すほかにない。「いや、こちらこそお手を煩わせた。案じられるな。我らの働きで示して御覧に入れよう。」~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~あとがき本作は、公爵家の胃腸環境安定のために全力を尽くす方針です。ベアトリスは頑張って、生き抜いてください。乏しい文章力は、微増させて頑張っていく所存です。うん、読みにくい文章ですみません。(´Д`|||)なんとか、改善したく思います。そんな感じで、ジョゼフさんも大笑いの安心と信頼のトリステイン物語をお送りする予定です。ちょっとばかり、ロマリアのチャーミングな物語が続くと思いますが、ご容赦ください。次回更新は某ゲームメーカーの新作が24にでるので、それまでに、それまでには・・・。