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No.14989の一覧
[0] [習作]胡蝶の現世(旧題・島の星の物語 オリジナル異世界 現実からの転生もの)[うみねこ](2010/09/25 11:57)
[1] プロローグ[うみねこ](2010/05/24 22:56)
[2] 第一話 [うみねこ](2010/05/24 22:59)
[3] 第二話[うみねこ](2010/05/24 23:02)
[4] 第三話[うみねこ](2010/05/24 23:05)
[5] 第四話[うみねこ](2010/05/24 23:07)
[6] 幕間その1 「古代史」[うみねこ](2010/04/18 21:17)
[7] 第一章 第一話[うみねこ](2010/05/24 23:11)
[8] 第一章 第二話[うみねこ](2010/05/24 23:14)
[9] 第一章 第三話[うみねこ](2010/05/24 23:19)
[10] 第一章 第四話[うみねこ](2010/05/24 23:22)
[11] 第一章 第五話[うみねこ](2010/05/16 02:12)
[12] 第一章 第六話[うみねこ](2010/05/24 23:29)
[13] 第一章 第七話[うみねこ](2010/06/11 22:53)
[14] 第一章 第八話[うみねこ](2010/09/25 11:56)
[15] 第一章 第九話[うみねこ](2010/07/23 23:52)
[16] 第一章 第十話[うみねこ](2010/08/02 13:54)
[17] 第一章 第十一話前編[うみねこ](2010/08/29 00:28)
[18] 第一章 第十一話後編 [うみねこ](2010/09/24 22:30)
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[14989] 第一章 第十話
Name: うみねこ◆4d97b01e ID:053865ad 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/08/02 13:54
                                                            七月一日 セント・アルマーダギー学園 




















 少女は、幸福だった。


 少女は、幸福だった。


 いつも、周りには『安心』があった。


 宮殿の中で遊ぶときは、いつも傍に女中が控えていた。


 リージョナリア島の、楽園としか言えないような自然の中に居るときは、殆んどいつも自分に付きっきりの老執事が居てくれた。


 父親は忙しいらしかったが、よく仕事の合間に暇ができれば少女のもとにやってきて、話し相手をしてくれた。


 少女の異母兄弟達も、いつもは勉強勉強と言って厳しそうな大人に付き添われながら真っ白な紙に、少女には何が面白いのだかさっぱりわからないような記号(彼女はそれを何かの暗号だと思っていた)を書き連ねていたが、暇さえできれば少女と共に遊んでくれていた。


 そして、何よりも。


 悲しいとき、嬉しいとき、怒ったとき……。


 少女が何らかの感情を爆発させたとき、傍には優しい、本当に優しい母親が居てくれた。理由はわからなかったが、それだけで何故か気分が落ち着く。それが何よりも嬉しかった。


 少女は満たされていた。


 少女の周りにはいつも誰かが居てくれた。


 少女は安心だった。


 少女は、幸福だった。




























 夏期休暇も終わって、新学期が始まったとはいえ、未だに暑い帝都<リージョナ・ポリス>。

 お陰で、初等部校舎での授業は茹だるような暑さでやらされる羽目になっているけど、少し場所を移せば結構快適な場所もセント・アルマーダギー島にはある。

 具体例を挙げれば、それは今僕がいる海辺の小奇麗な広場とかだ。

 初等部・中等部の生徒には殆んど無縁のこの場所だけど、涼しいし景色もいいから、高等部以上の生徒や教職員は、休憩時間にこの場所でたむろっていることが多い。

 ちなみに、教職員は学舎内禁煙の所為でここに来て一服吸うのがジャスティスと化しているらしいけど、それじゃあ高等部の方々は何やっているのかといえば……学園でも一番小奇麗な場所なんだから、当然デートスポットと言う訳だ。

 実際、この時間――昼休みにも、二三組ほどそれらしい生徒が居たりする。まぁ、青春の一情景って奴だ。結局青春時代にその手の話が一つも無かった僕にとっては、羨ましい限りだったけど。

 さて、そんな好立地。そして朝に呼び出しをくらった僕。本来なら、胸をときめかせて然るべき状況なんだけれども。


 「……相手が男じゃねぇ」

 「………? なんか言ったか?」


 僕を呼び出したのは可愛い女の子でも美人のお姉さんでもなく、ルームメイトのガキンチョでした。

 まぁ、美人のお姉さんが呼び出した本人だったらそれはそれで一般的でない嗜好の持ち主と断定できるから素直に喜べないし、可愛い女の子なら、ごくごく一般的な年齢が好みの僕としてはそれはそれでキツイ。全く不便な状態だった。

 人はそんな仮定を取らぬ狸のなんとやら、とか言うんだろうけど。ともかく、レンスキーに今日の昼休みにあそこの広場に来てくれ、とやけに真剣な表情で告げられたのが朝のHR前。隣でリッペポット君とマフィータが話しているのを横目で見ながらだった。


 「……それで、話って言うのは?」


 用事があるからって、昼休みが延長されるわけでもない。食事摂って移動してだから、残り時間もあと僅かだった。

 僕に促されるように、レンスキーは今日一日全く崩す気配が感じられない真剣で、どこか張り詰めたような表情のまま口を開いた。


 「……おまえ、なんか悪いもんでも食ったのか?」

 「………………は?」


 いきなり、何の脈絡もなく出てきたのがその言葉である。たっぷり十秒は固まった。

 何かの冗談なのか? と思って軽口で以て返そうかとも思ったけど、思いとどまる。レンスキーの目はそれほどまでに真剣そのものだった。付き合いができてから一年も経ってないけど、ルームメイトだ。その位は解る。


 「……特に食べた記憶はないけど……何で?」

 「いや、だっておまえ最近おかしいじゃんかよ」

 「おかしいって、何がだよ」


 レンスキーはそう断定したけど、僕にはさっぱりだった。レンスキーにおかしいと言われるような行動をした覚えは無い。


 「決まってるだろ。皇女殿下のとのことだよ」


 レンスキーは、苛立ちを押さえつけているかのような口調で言った。

 ……結局、あの後僕とマフィータは教室での授業の合間くらいにしか会話を交わしていなかった。いや、その僅かな時間も、僕の方からレンスキーのとこへ行っていたりするから、実際はもっと少ない。


 「前まではみぶんとか気になんかしてなかったのによ。ほんと、おまえどうしたんだ?」


 レンスキーは心底心配しているようだった。

 こりゃ、誤魔化しは効かないなと即断する。確かにレンスキーは正直で、ついでに言えばかなり純真ではだった。つまり、人の言う事に騙されやすくもあるってことだ。

 ただ、本気で自身が真剣に考えてることをはぐらかされた時は、どこにそんな能力が兼ね備わっているのかかなり敏感にそれを察知して、きちんと説明するまで動かない。子供ながらの頑固さだった。第一、そもそもレンスキーに誤魔化す必要性が無い。

 とにかく、納得してもらうには本当のことを話すしか無いみたいだった。


 「……いや、それがさ。リッペポット君から、マフィータに人が寄り付かなくなったのは、貴族でも何でも無い奴に平然と名前を許したりするのが奇行みたいに思われてるからだって話を聞いてね。それでだよ」

 「リッペポット君、ってもしかしなくてもリッペポット公爵家のあのリッペポット様だよな」


 レンスキーが呆れたように尋ね返してきた。


 「うん、その通りだけど」

 「……よく、あの人から君付けでよぶのゆるしてもらえたよな、おまえ」


 言われてみれば、そうだった。いや、と言うかそもそも自然に言ってたから許可もらったことすら無い。あっちから何も言ってこないってことは許されてるって解釈でいいんだろうけど。

 まぁ、多分マフィータの事で彼もいっぱいいっぱいだったんだろう、と適当に結論づけたところで、レンスキーは「それはともかく」と話を戻した。


 「そんな噂があったのか……」


 言うなり、レンスキーは腕を組んで何やら考えるポーズを取った。


 「そんな噂があったのかって、帝族から名前呼ぶのを許される奴なんて殆んどいないって散々脅かしてきたのは君じゃないか」

 「……ああ、そんなことも言ったな、そういや」


 繰り返すけど、レンスキーは根が正直。本気で忘れていたらしい。


 「けど、んな噂……」


 レンスキーが口を開きかけたところで、後ろからガサっと音がした。

 ふと気が引かれて振り向いたけど、何も無い。……と思ったところで木に留まっている鳥が見えた。どうやら、あれの音だったらしい。


 「……げっ、もうこんな時間じゃねぇか」


 同じ音を聞いたらしく、気付けば僕と同じ方を向いていたレンスキーがそんな声を挙げる。よく見てみると、木の葉に隠れるようにして時計が見れた。時刻は一時十五分。急がないと五時間目に間に合わない、と言う程ではないけど、もうそろそろ教室に戻らないと廊下に立たされる羽目になる。


 「じゃあ話も済んだし、叱られる前に戻ろうか」


 僕がそう誘うと、レンスキーはバツが悪そうに口を開いた。


 「……わざわざ呼び出しちまってごめんな」

 「いいよ、気にしなくても」


 こいつのことだから、本気で悪いものでも食べてこうなったとでも思ってたんだろう。別に目くじらたてることでもない。むしろ、ここまで僅かな変化で心配されたことなんか(親を除き)無かったから嬉しくさえある。

 ただ、最後に茶化そうとしてしまうのは、精神が身体に引きずられて幼くなってしまったのか、それとも単に僕が子どもっぽいだけなのか判断がつかないけど。


 「それより。マフィータの周りに人が集まれば、君ももっと気楽に近づけるんじゃないの?」

 「ぶっ!!」


 いきなりむせるレンスキー。ぜぇはぁと息を整えてから、大声で怒鳴りつけてきた。


 「ば、バカ! おれはべつに皇女殿下とお友達になりたいとか、そんなこと考えてもねぇぞ!」


 テンプレ乙。そう言いたくなるのは仕方ないでしょ、と空に語りかけつつ、僕は背後の雑音を無視して初等部へと歩き出す。

 不意に、環礁外側から涼しく、生気を蘇らせる風が吹いてきた。決して弱くはないその風は、辺りの木々に生い茂る葉を揺らし――付近で整えられた美しさを醸し出す小低木に、ガサガサと再び音を立てさせたようだった。














 「で、おまえはどうすんだよ、クレイリア」


 この時期、つまり出会ってから七ヶ月、実際に過ごして四ヶ月ともなると、全く新しい環境でもそれなりの人間関係は構築できる。

 それは、始めの頃は「俺たち勉強以外に興味ありませんから」と言うスタンスを崩していなかった特別学級にも当てはまるようだった。

 先生が帰りのHRの後教室から出て行けば、即座に男子・女子の仲良しグループが構成されている現状なんか、その最たるものだろう。

 特に、これは実家が遠いお陰で夏期休暇中に帰省しそこねた残留組の間で顕著だった。僕の周辺ではレンスキーしかいなかったとは言え、特別学級や一般初等部を見回せばそんなのはかなりいる。


 「どうすんだよって?」

 「決まってるだろう? がくえんさいだよ、がくえんさい」


 と言うことは、レンスキーもそれ相応に交友関係を広げていると言うわけで。今、僕の目の前で焦れたように捲し立てる茶髪のちびっ子もその縁で知り合った奴だった。


 「せっかくのお祭りだよ? 楽しまなきゃだめだろ。な、レンスキー」


 ちびっ子――もとい、オリバー・リウが、平均以下の筈の僕よりも小さい体を最大限に使ってする主張に、レンスキーはその通りとばかりに頷いた。


 「まったくだぜ。ただでさえも、ここに来てからひまでひまで。べんきょういがいになんかやる事はねぇのか、って感じだよな」

 「そうそう、そのとーり!」


 確か、僕たちが特別学級にいるのはその勉強をするためだったような気がしたけど。

 だけど、それを目の前でシンパシーを高め合う二人に言っても聞き入れられるなんて事は、毛ほども考えられなかった。


 「……で、クレイリア。もちろん、おまえも俺たちといっしょにがくえんさいめぐりするよな?」


 バン、と机が音を立てた。リウ君は、まっすぐな瞳で僕を射ぬいてくる。まず間違いなく、否定の言葉はこいつの耳には入らないだろう。


 「……解ったよ。いいよ、付き合う」


 両手を挙げて降参のポーズでそう言うやいなや、リウ君はやったぁ!と歓声を挙げて僕の両手を鷲掴み、ブンブンと振った。


 「よかった、よかった! 今まで四五人をさそって見たんだけど、だれもいいへんじじゃなくてさ」


 だろうね、とリウ君には悪いけどそう思ってしまう。学園祭は、お祭り騒ぎもあるけど、休養の面も大きい。無駄にはしゃぎすぎるのを好まないのも大勢いるだろう。


 「でもまぁともかく。これで、がくえんさいは楽しめるな、リウ」

 「ああ、おまえが言ってくれたとおりだよ、レンスキー。クレイリアはゴリ押しすればたいてい流されてくれるって」

 「ちょっと待て君ら」


 何やら聞き捨てならない言葉が聞こえたような気がしたので、慌てて静止する。


 「……僕が、何だって?」

 「………いやぁ、空が高いなぁ、レンスキー」

 「………全くだぜ、リウ」


 全力でスルーされる。こうまで白々しいと、もはや追求する気も起きなくなってくるな。

 僕ってやっぱり流されやすく思われてるのかな、何て思いつつ、思い切り背もたれによりかかった。ため息をつきつつ、そのまま首を後ろに倒すと……。


 「あれ。君は?」

 「あ、あはは」


 流石にこの格好で話すにはまずすぎる人物がそこに居た。しょうがないので、姿勢を正して振り向く。僕の動きにつられてその人物の方を見たレンスキーとリウ君が固まった。


 「ご、ごめんね。立ち聞きする気は無かったんだけど」


 その人物――ルイ・ナオーリス・ダン・フルマーニ君、フルマーニ公爵家の嫡男は、さも申し訳なさそうな表情と口調で謝ってきた。


 「いや、別にあやま………」

 「フ、フルマーニ様! おあやまりになられるだなんてとんでもない!」


 ああ、やっぱりこういう反応を返しちゃうんだよね、この二人は。文字通り血相を変えて恐縮し切るレンスキーと、それほどでは無いにせよ頭を下げているリウ君が見えた。

 空気が、痛かった。もうこの学園に入ってから通算何度目か数える気力も湧かなかった。ほんとに、何でこんなに疲れなきゃならないんだろうか。

 何とも言えない沈黙が続いた後、不意にフルマーニ君の表情が、苦笑から落胆のそれに変った。それを見て、僕は何故だかマフィータの顔を思い出す。似たようなことが前にあったと、記憶が伝えてくる。


 「……立ち聞きって、学園祭のこと?」


 気がつくと、僕はそんな事を言っていた。フルマーニ君の目が丸くなり、喜びの色が瞳に灯った。


 「う、うん。ぼくも学園祭ってどんなものなんだろうって気になっていて。父上から少しは聞いてたんだけど。でも、ぼくにいっしょに遊んでくれるようなひとはいないからさ」


 淋しげに言うその目には、どことなく哀愁みたいなものが映っていた。その目には、どこかで見覚えがある。マフィータが淋しげにしていた時によく見る目だった。


 「それで、あなた達ががくえんさいがどうのこうのって話しているのを聞いてしまって」


 それは、明らかな諦めだった。誰にも相手にされることのないという、悲しい諦め。僕は素早く考えた。どういうわけか、彼はみんなから避けられているらしい。そして、それは僕とは関係性がないことだ。僕と関係性がない、つまりマフィータの事と違って、僕が何をやっても、こと彼に対しては問題がないというわけで。つまり。

 レンスキーが、はっと何かに気付いたようだった。盛んに目線でこちらに合図を送ってくる。けれども、僕にそれに従う気なんて、一欠片もなかった。

 気づけば、ほとんど無意識のうちに僕は言っていた。


 「良かったら、さ」

 「え?」

 「一緒に学園祭を巡ってみない?」


 レンスキーがこいつやっちまったと言わんばかりに頭を抱えた。リウ君が、事態を理解すると同時に蒼くなった。

 これだけ見ると、甚だまずい選択をしてしまったようにも思えるけど、後悔は微塵もなかった。何故か? 決まってる。目の前で、フルマーニ君が隠しきれるものではなくなった歓喜をあらわにしているからだ。


 「……いいの?」

 「良いのも何も、誘ったのはこっちだよ」


 信じられないと言う口調で訊いてきたフルマーニ君に、ダメ押しで付け加えた。いよいよ、顔面から歓喜以外の何者も消え失せる。レンスキーは乾いた笑い声をあげ始めたけど、それすら耳に届いてない状況らしかった。


 「あ、ありがとう。そんな風にさそってくれたのは、あなたが初めてだ。みんな、公爵のこどもだと言ってえんりょするのか、あんまり話しかけてきてくれなくって」


 感極まったようにお礼を言ってくるフルマーニ君であった。本当に、高貴な身分だから親しくしちゃいけないとかって悪癖だなと苦笑する。

 ん? 今なにか、妙に重要なことを考えたような気が……。


 「……クレイリアさん?」


 一瞬逸れた思考を、目の前の人物に向けた。


 「ああ、うん、ごめん。あ、あと、別にさん付けじゃなくていいよ。クレイリアで」

 「……解った。本当にありがとう、クレイリア。僕のことも、ルイでいいよ。じゃあ、またこんど、くわしい事を決めよう」


 ルイは、いい笑顔を残して去って行った。

 僕は爽快だった。やっぱり、良いことをした後って言うのは気分がいいモノだ。そう思って、僕はレンスキーとリウ君の方に振り返って。


 「――そうだったよ、すっかりわすれてたぜ! こいつのわるいくせ!」


 頭を抱えて悶えているレンスキーと、茫然自失しているリウ君を確認した。


 「おまえってやつは! クレイリア! まためんどうなことばっかもちこみやがって!」


 レンスキーが、ルイが近くにいないのを確認してから怒鳴り散らした。むっとして言い返す。


 「面倒とは何だよ。学園祭でお祭り騒ぎする人数が足りないから誘ってあげたんじゃないか」

 「それとこれとは話がべつだよ!」


 突っ込んで、レンスキーははぁとため息を付いた。


 「……ため息付くと、幸せが逃げるよ?」

 「……もうにげてくしあわせも残ってねぇよ」


 疲れたように言う小学一年生。相変わらずシュールな画である。ちなみに、リウ君は、


 「フルマーニ様といっしょ、ごいっしょ、あはははは……」


 まだフリーズしていた。


 「だから、いっそそういう偏見なくしてみろって。世界変わるから」

 「……おまえがおかしいだけだよ……」


 力なく呟いたレンスキーだったけど、次の瞬間、心なしか気力が感じ取れてきた。


 「ああ、もーいいさ。おまえとともだちになったのがそもそものはじまりだ。どーせここで逃げてもまたこんな事が起こるんだ」

 「レ、レンスキー?」


 ぶつぶつぶつぶつと呟いた後、レンスキーは顔をあげた。何事かを決意した色が現れている。


 「公爵? どんとこいだ。ふっきれてやる!」


 レンスキーはやけっぱちと言う表現が最も相応しい声量でそう宣言した。


 「おお、よく言ったレンスキー!」

 「ちょ、おまっ! 何いってんだよ!」


 賞賛する僕と正反対に、リウ君は顔をひくつかせ、泣きそうな顔でレンスキーにすがりついた。


 「むりだって! おれ、ああいう人たちのキゲンそこねたから帝国で生きてけなくなるなんていやだよ!?」

 「だいじょうぶだ、リウ。クレイリアを見てたからわかる。あの手の方々は、むしろクレイリア並のガサツなあつかい方でもあんまもんくは言ってこねぇ」


 ガシッとリウ君の肩を掴んでそう諭すレンスキー。本気でやけになったらしい。


 「ああ、なんでこんな事になったんだろ……」

 「リウ君、ただ友人が一人増えただけだって思えばいいじゃないか」


 宥めた瞬間、ジト目で睨まれる。やばい、本気で怒らせちゃったか?

 しかし幸運なことに、杞憂だったらしい。リウ君は気怠げにこっちを向いた。


 「……リウかオリバーで良いよ。フルマーニ様よびすてで、おれにくんなんかつけたらそれこそふけいざいでたいほだよ」


 ミッションコンプリート、教化完了、と頭の何処かで声がした。


 「……あーあ、次は皇女でんかとでもいっしょにまわることになるのかなぁ」


 もう心底どうでもいいや、と言う口調で、リウは独り言ちた。僕とレンスキーは顔を見合わせ――苦笑する。


 「だいじょうぶだ。さすがにクレイリアもそこまでひじょーしきじゃねぇよ。な?」

 「非常識って何だよ、非常識って」

 「そのままのいみさ」

 「……そのことば、本当だな、クレイリア、レンスキー」

 「もちろん」


 尚もしつこく「本当に皇女でんかは呼ばないんだな!?」と問う詰問をレンスキーと二人して受け流しつつ、僕の思考は別のところへ行っていた。

 さっきから、会話の節々に感じる違和感はいったい何なのだろう?

 答えは、一向に出る気配がなかった。























 帝国皇女・マフィータ・ダン・リージョナリアは、現状に対して複雑な感情を抱いていた。

 事の起こりは、先月の下旬。もっと具体的に言えば始業式の直後から、彼女に近づく人間が徐々に増え始めたことだった。

 前々から鼻持ちならないと思っていたリッペポット公爵家の次男がその筆頭だった。第一声こそそれまでの延長線上としての嫌悪をそそられたが、話てみれば何だかんだと言って、かなり楽しく話すことが出来ていた。つまり、彼女はそれほどまでに友人という存在を欲していたのだ。

 それを皮切りとして、彼女は自身の交友関係というものが急速に広がっているのを実感していた。

 男女関係なく、いつしか自分の周りには人が集まるようになっていた。と言っても、精々が三、四人程度だが、それでも彼女は満足だった。

 思えば、今までが今までだったのだ。大昔ならともかく、ここ最近、彼女は自分以外の大勢と友達づきあいをするなんてことは殆んど無かった。いや、友達づきあいと限定するならば、それこそ二三人と少しの時間遊んでみるなんてことすら無い。

 それが、ここへ来ての急速な環境の変化である。

 正直、戸惑いが無かったといえば大嘘になる。だが、それでも彼女は楽しんでいた。楽しもうと努力し、そう思い込んでいた。

 かくして、彼女は学園生活を彼女なりに楽しく過ごそうと思っていたが、それが完全に成功しているとは言い難い。むしろ、楽しんでいなければ思い出してしまう心配――恐怖が、存在していた。

 あの日、始業式の当日まで、彼女が一番親しく付き合っていたと自負していた、チャールズ・クレイリア、あの少し変った平民の事である。

 幾ら面積が広いと言っても、リージョナリア島と言う小島の、更に宮廷と言うよく言って華麗な空間、悪く言えば薄汚い監獄に囚われていた彼女にとって、同世代の人間がそこら中に存在する環境は、下手をすると異世界に迷い込んだ位の衝撃を受けるものだった。その中で、普段よりも遥かに気が昂ってしまったのは必然とも言えるかも知れない。

 明らかに若干の好奇と大多数の警戒によって支配された視線を感じつつ、そのやり場の無い気持ちを偶然隣にいた平民の少年にぶつけてしまう。これも、彼女のこれまでを考えれば致し方ない事だろう。

 だが、問題はその人物が彼女の、いや大多数の帝国人の常識では測れない思考回路を持ち合わせていたことだった。

 自分は、いったい何をしていたのだろうか。屈辱と共に、あそこまで高圧的な態度をとってしまった自分への憤りもまた同様に彼女は感じていた。そして、彼――クレイリアに興味を抱いた。

 そこから彼女にとって初めての友人付き合いが生まれ――割と問題もなく、今に至ったわけだが、そのクレイリアの様子がおかしかった。

 急に、食事を一緒に取らなくなった。急に、レンスキーや他の友人らしき人間のところへと喋りに行った。急に、全くではないが、あまり話さなくなった。

 彼女にとって、それは大きすぎる恐怖だった。なぜなら、彼女は友人と言えるものを今まで作ったことがない――否、作れなかったのだ。であるならば、当然友人関係の崩壊などと言う状況に陥るはずがない。

 しかし、彼女の頭の中には、友人関係などよりよほど強固だと信じていた絆が薄れて行く記憶が強く残っていた。本来ならば、別の他者との交わりで十分回復可能なはずのそれは、その別の他者とやらが一向に現れないことでより深く彼女を痛めつけていた。

 であるからだろうか。彼女が現状で楽しいと思い込むようになったのは。


 「ささ、皇女殿下。今日のこんだてもおいしそうですよ」

 「そうですよ、殿下。なにになさいますか」


 だから。今も彼女はこうして、リッペポットとその「友人」とともに食事を摂ろうとしていた。

 違う、と彼女は思った。

 私はマフィータだ。マフィータ・ダン・リージョナリアだ。皇女じゃない。殿下じゃない。それは私の名前なんかじゃない。

 しかし、普通の子供ならこんな風に声を張り上げて主張するかも知れない事を、彼女は帝族としての矜持から言うことが出来なかった。我を殺せ。それが、教えなのだ。

 でも、それでもクレイリアなら。

 彼女は、チラとクレイリアを見た。彼女の頭痛の種は、彼女になど気付かずレンスキーや、名前もよく覚えていない同級生と談笑していた。

 混ぜて欲しい。そう思ったが、心の奥底へと沈める。例の、帝族の矜持と言うものもあったが、それ以上に、どうせ自分が入った所でクレイリア以外が逃げるように去っていくだろうと言う思いが強かった。そして悲しいことに、それは悲観主義のたまものではなく、経験則だった。

 彼女は諦めて、『友人』達に付いて行くことにした。少なくとも、彼らは逃げるようなことだけはしなかった。それだけで、及第点以上だったのだ。……少なくとも、あと少しの間は。



























 あとがき



 なんとか、前回よりは遥かに素早いペースで書く事に成功しました! 流石長期休暇は格が違った。


 お話の方は、起承転結で言う承あたりでしょうか。きちんと転結と繋げられるかが大きな問題ですが……、ここまで来たら、一気呵成に書き上げちゃいたいと思います。


 それでは、コメント返しです。




 >>ヒーヌ氏


 ご期待いただき、ありがとうございます。

 楽しみいただけるような今後を書きたいと思いますので、是非よろしくお願いします。


 >>k;;hlh氏


 ベタはベタなりに、きちんとした話に出来上がると思いますので、お楽しみに。

 主人公もカッコよく……カッコよ……あれ、あれってカッコいいのだろうか……? ともかくお楽しみに!


 >>Tea氏


 うーん、やっぱり少しくどい所もありましたか……。ベタですしね。次からはなるべくクドさ抑えめで書き上げては見ます。

 ちなみに、バカ貴族君の方ですが、どうしても自分がでしゃばらなきゃならない時も、ありますよね?



 次回、事態は急激に加速し、一挙に結辺りまで突入します。新キャラの方も、ちょくちょくと事態に首を突っ込み始め――。このままのペースでなら、8月の中旬初め辺りには次話上げれそうですが、そこでペースが持たないのが作者クオリティ……。ともかく、八月中には切りの良いとこまで投稿したいと思っていますので、期待しないで待ってて下さい。ではでは。



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