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No.14989の一覧
[0] [習作]胡蝶の現世(旧題・島の星の物語 オリジナル異世界 現実からの転生もの)[うみねこ](2010/09/25 11:57)
[1] プロローグ[うみねこ](2010/05/24 22:56)
[2] 第一話 [うみねこ](2010/05/24 22:59)
[3] 第二話[うみねこ](2010/05/24 23:02)
[4] 第三話[うみねこ](2010/05/24 23:05)
[5] 第四話[うみねこ](2010/05/24 23:07)
[6] 幕間その1 「古代史」[うみねこ](2010/04/18 21:17)
[7] 第一章 第一話[うみねこ](2010/05/24 23:11)
[8] 第一章 第二話[うみねこ](2010/05/24 23:14)
[9] 第一章 第三話[うみねこ](2010/05/24 23:19)
[10] 第一章 第四話[うみねこ](2010/05/24 23:22)
[11] 第一章 第五話[うみねこ](2010/05/16 02:12)
[12] 第一章 第六話[うみねこ](2010/05/24 23:29)
[13] 第一章 第七話[うみねこ](2010/06/11 22:53)
[14] 第一章 第八話[うみねこ](2010/09/25 11:56)
[15] 第一章 第九話[うみねこ](2010/07/23 23:52)
[16] 第一章 第十話[うみねこ](2010/08/02 13:54)
[17] 第一章 第十一話前編[うみねこ](2010/08/29 00:28)
[18] 第一章 第十一話後編 [うみねこ](2010/09/24 22:30)
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[14989] 第一章 第七話
Name: うみねこ◆4d97b01e ID:053865ad 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/06/11 22:53
                                                                  セント・アルマーダギー学園












 




 お偉いさんの執務室とか、自室とか。ともかく、権力のある人専用の何かって言うものを平凡な一市民が想像すると、大抵の場合脳裏には城と見紛うが如き空間が広がることだろう。

 そして実際のところ、例え想像ほど豪華ではなくとも十分「そうだ」と感想を漏らすことのできる場合が多い。

 その一般例から考えると、今僕が感じているのも通例に違いなかった。少なくとも、あの初等部の立地よりは遥かに良い。風は頻繁に室内に吹きこむし、挙句その風は爽やかな潮の香りを多分に含んでさえいる。まさに、天国と地獄だった。

 えらく久しぶりに感じる潮の香りを若干堪能した僕だったけど、すぐに気を目の前の人物――この部屋の主に向けた。


 「失礼します。お茶が入りました」

 「うむ」


 その瞬間、部屋の脇に設けられた、廊下に繋がる扉よりも一回りは小さい扉がノックされ、そこからお茶を持った若い女性が現れた。

 手馴れた手つきでカップを置いた彼女と目が合った。こちらに気付いた彼女は、一瞬だけ男なら誰でも魅力を感じるだろう笑みを浮かべる。

 思わず目で追ってしまうのは、男の性だと信じたかった。慌てて気を取り直せたのは、脇の扉が閉まる音と、部屋の主が茶を啜る音のお陰だった。

 どうやら直前まで書類仕事に精を出していたらしい彼は、アイスティーに似た異世界の飲み物で喉を潤すと、ようやく口を開いた。


 「どうだい?学園の生活は」

 「楽しいです。とても」


 僕の当たり障りの無い答えに、部屋の主――セント・アルマーダギー学園学園長、つまりマリウスさんは更に笑みを大きくした。


 「そうか。それは良かった。てっきり、こんな授業はつまらないとでも言うのかと思っていたよ」


 そう言って、再び茶を口に運ぶ。僕は呆れた。完璧に図星を指されたのだ。

 正直言って、殆んどの授業が暇だった。どのくらい暇かといえば、50分ほど丸々使って「4÷2の解き方は?」に始まる授業を受け続ける自分を想像してもらえば簡単だと思う。まぁ例外として、小難しく思考が纏まってしまったこの世界の歴史認識に対して新鮮な切り口を与えてくれる歴史科と、それとは別教科として、やけに詳しく社会の制度を教える社会科はまだ楽しめたけど。

 しばらく呆けたように佇んでいると、マリウスさんはイジメ甲斐のある奴を見つけた子供のような目をした。


 「やはり、そうかな?」

 「い、いえ。本当に楽しいですから」

 「子供が遠慮をするものではないよ」


 しどろもどろに成りかけつつ、誤魔化すような答えをけちらされた。


 「さぁ、正直なところは?」


 寸前とは打って変わり、今度は悪戯を優しく追求する好々爺のような口調でそう促してきた。仕方なく、呟くように話した。


 「……暇なときもありました。少しでしたけど」

 「よろしい」


 マリウスさんはうんうんと頷いた。


 「実を言うと、今の授業で満足だと言われると困っていたんだよ」

 「困る…、ですか?」


 「私が直接『学園に入学させてくれ』と話し合いにかけたんだ。むしろそのくらいふてぶてしくなくてはな」

 「はぁ」


 そんな間抜けな声をあげることしか出来なかった。子供相手に良くこんな会話ができると呆れるべきか。いや、既に子供として見られてないのか?

 僕の様子を見て、マリウスさんはとうとう声をあげて笑い始めた。


 「……すまん、すまん」


 腹を抱える、とまでの大笑いでは無かったけれど、十二分に笑われたような気がした。悪い気だけはしなかった。


 「……そういえば、君はこの長期休暇中、どうするつもりなのだい?」


 笑いすぎたことにバツの悪さでも感じたのか、ただ単純に突然思い出したからなのか。マリウスさんは笑いをようやく収め、尋ねてきた。


 「えと、とりあえず二三日は寮で過ごしてから、後はずっと家に帰ろうかと」


 家。その単語を口にだすことがかなり久しぶりに感じられた。頭で少し計算してみる。……約四ヶ月ぶりだった。

 四ヶ月ぶり。つまり寮生活が始まってから四ヶ月の経過。もっと言えば、入学してから四ヶ月。少しくどすぎたから結論を述べれば、一学期が終わったと言うことだ。楽しい楽しい夏休みの始まり、だ。

 ちなみに、僕がマリウスさんの部屋――学園長室に呼ばれたのは、異世界だろうが国立だろうが、こればっかりは日本の地方学校と変わらない、長ったらしいだけで役に立つことなどない教師の長話を気力で乗り切った直後だった。早い話が、もう既に夏休みなのだ。


 「そうか。それじゃ、なるべく早く帰ってご両親を喜ばせてあげなさい」


 優しく微笑んだまま、マリウスさんは続ける。まぁ、言われなくても分かりきったことだったし、素直に頷いた。


 「何なら、少しくらい甘えてもいいと思うぞ?」


 含み笑いをしながら言った最後のそれは、余計なお世話とも思ったけれども。






 初等部寮は、やはり立地が最悪らしい。なまじ今まで最高に程近い地点に居ただけ、尚更そう感じる。まぁ、少なくとも教室よりは遥かに過ごしやすいのが一番の救いだ。

 学園長室から戻った僕は、部屋に入ると、真っ先にベット目がけてダイブした。最高級品な訳ないから、ふかふかの感触が身体を包むような感覚はもちろん存在しない。けど、まぁ解放感だけは味わえる。

 ああ、このなんとも言えない感覚が幸せだ。

 学校が終わり、家に帰ったあの瞬間。何か業のような物から解放された感覚。成人して酒を嗜むようになるまでは、最上の楽しみだったのかも知れない。まして、長期休暇のそれともなればひとしおだ。と、悦に浸っていると。


 「うるせぇ……」


 同居人から苦情が出た。

 そういえば、何故かレンスキーはぐったりとベットに倒れ込んでいた。そよ風程度の風では涼めないのか、教科書を団扇のようにして必死に仰いでいる。教科書を団扇にするなんてのは本来なら叱責ものの行為だけど、教師に見つからなければいいって言うのは生徒たちの暗黙の了解だった。自尊心の高いやつは言われなくてもそんな事はしないが。


 「……どうしたの?君なら『こんな暑さが何だ』って勢いで遊びにでも行ってるのかと思ってたのに」


 別に、今日が特別暑いって訳でも無かった。普段はしゃいでるっていうのに、どうして今日に限って?疑問はすぐに解決した。


 「………はしゃぎすぎた」


 その一言だけで十分だった。解放感を味わうのもいいけど、羽目は外しすぎないようにしないと、と教訓に労りの視線を送りつつ思った。


 「ところで、おまえはどうするんだ? 休み」


 レンスキーは俯せになって寝ていた身体を、ゴロンと回転させてこっちを向いた。


 「とりあえず、家に帰るつもりだよ」

 「……おまえでも、とうちゃんかあちゃんが恋しい時はあるんだな」

 「どういう意味?」

 「いや、べつに」


 レンスキーはにやついた。妙に癪に障る。


 「そういう君はどうなんだ? やっぱり家に?」

 「おれはずっと寮にいるよ」


 殆んど条件反射で尋ねてみると、意外な答えが返ってきた。てっきり、僕と一緒で真っ先に家に帰るとでも思っていた。


 「それこそ意外だな。……ああ、家といえば」

 「なんだよ」

 「いや、そういえば、君の生まれ故郷とか今まで聞いたこと無かったじゃないか」


 そうなると、俄然興味が湧く。と言うわけで、単刀直入に訊いてみる。

 レンスキーは頭を掻いた。


 「……いや、あれ? 話したことなかったっけか?」

 「うん、全然」

 「……かおが近い」


 気付くと、レンスキーのベッドにかなり近づいていた。慌てて離れる。まさか、某有名ライトノベルの主人公の台詞をネタ以外で言われるなんて思っても見なかった。弁明すると、僕にそっちの気は無いぞ?


 「ったく、なんでそんなにきょーみしんしんなんだ?」

 「親友の事をもっと知りたいんだ。当たり前のことだろ?」

 「シンユウ、ねぇ」

 「……夕食のおかず」

 「<リージョナ・ポリス>のクラフト島だ」


 即答だった。何とも、食事に弱い奴である。

 ただ、レンスキーの即答に妙に引っかかるキーワードを見つける。思わず、オウム返しに訊いていた。

 
 「クラフト島?」


 クラフト島は、<ポリス>の中でも、単純労働者や貧乏な商人が居を構える島のことだった。下町と言う表現が最も似合う街かもしれない。

 しかし、そこに貴族が居ると言うのはどうにも解せなかった。大抵、領地に封じられていない貴族は幾ら貧乏でも少なくともデニム島以上の立地では生活できる。そう言った貧乏貴族は、殆どが軍職に就くからある程度の収入は見込めるのだ。

 僕の疑問が届いたのかは分からないが、レンスキーは何処か遠い目をしながら続けた。


 「キレーじゃ無い島だけど、けっこう楽しいとこでさ。なんなら、いつかあそびに行ったらいいぜ」


 どうも、穿り返すと何か後味の悪い話に突入しそうだった。そもそも、クラフト島出身の貴族という段階で何かあるに決まっている。


 「そ、それじゃあ、今度行ってみようかな」


 若干どもりつつ相槌を打つと、レンスキーは笑った。


 「へんな気を使うなよ。いいって、おれは気にしてないし」

 「……ごめん」

 「だから、あやまるなっての」


 こんな反応があるのも日常茶飯事らしく、簡単に気づかれていたようだった。と言うか、そう信じたかった。


 「さて、それじゃあおれは行くかな」

 「行くって何処へ?」


 僕の問に、レンスキーは共通の友人を二三挙げた。


 「……はしゃぎ過ぎたとか言ってなかったっけ?」

 「休んでたからもー大丈夫だよ。じゃ、夕食の件忘れるなよ!」


 そう言って、レンスキーは部屋から出ると、その勢いとは裏腹に、先生からの叱責を避けるためにゆっくりと歩いて行った。

 少し軽率すぎたかな。机の上に無造作に置いていたファンタジー小説――図書館で見つけた、最近唯一の娯楽――に手を伸ばしながら思った。

 良く考えてみれば、興味本位で訊いていいものでは無かったのかも。だいたい、ダンの称号を持っているのにリージョナ族の遺伝的特徴が表れていないだけでもう少し慎重になる理由は満たせただろうに。本人が気にしていない――と言うか、少なくとも表面上はそうなのはかなりラッキーだったのだろう。

 しおりを挟んでいたページから本の世界に入り浸る。そこでは、異端として集落を追放された龍族の青年と、迫害されて育った人族の少女が運命的な邂逅を遂げているところだった。

 今が辛くとも、将来の幸福が約束されているのと、今が幸福でも、先が見えないと言うのはどっちがより不幸なんだろうか。ふと、そんな事が頭に浮かんだ。尤もその思考は、今日の夕食のメニューはどれをレンスキーに明け渡すかとメニューに優先順位を付ける作業にすぐに押しやられたけれど。












 桟橋近辺は、今まさに帰省しようと言う学生や教師・学園職員たちで溢れかえっていた。

 どうやら、帰省のピークにちょうど合ってしまったらしい。人ごみにまみれながら僕はため息をついた。正直、舐めていた。

 よくよく考えてみれば、家族が遠くにいる職員・教員たちは別として、学園は帝国内外から学生を集めるマンモス校だ。挙句の果てにその大半が寮生活なのだからこういった時にはたまらない。

 そんな訳で、夏期休暇三日目の学園港は、混沌の支配下にあった。少しでもマシなのは、学園に通う連中の大半が貴族か、或いは面子を大事にする金持ちばかりだから、そこどけやれどけと言った怒号の類が無いことだろう。もちろん、中にはそんなの関係ないとばかりに割り込んでくる奴もいるけど、大多数がそんな感じだから冷たい視線の集中砲火を浴びてすごすごと退散していくのがオチだ。

 ただ、割り込みなどはないけどそもそも人による圧力が凄すぎる。あっという間に人の川が何本も誕生しては、各々別の方向へと流れていくから質が悪い。下手すると、迷子になる可能性もある。

 これで転生前の、日本人の平均身長より若干高いくらいの体格があればまだ何とかなったのかも知れないけど、生憎と今の僕は学園初等部の平均身長・体重よりも若干小さい体格だった。これじゃあ、抗うなんてもっての外だ。

 と、目の前で分水嶺でもあるかのように人が別れていく。良く目を凝らし、人々の間から覗き見ると、そこにはうち捨てられたリヤカーがあった。たんまりと貨物を載せているところを見るに、貨物船から荷物を取り出したはいいけれど人の波に押し込まれ、挙句運搬担当者がリヤカーから引っペがされたようだった。

 と、そんな事を悠長に考えてる場合じゃ無かった。これ、下手に間違った方向に進むと、正しい方向に戻るのにかなり苦労しないか?

 苦労してその先を見ると、また別の人の流れが動いていた。何処を目指す流れかは知らないけど、まず間違いなく見当違いの方向へ流されそうだった。

 右か、左か。唐突に、転生直前までやっていた成人向けノベルゲームの選択肢みたいなのが頭に浮かぶ。右か、左か。

 よし、左だ。左にしよう。決断した後の行動が早いのは僕の長所だ。とりあえず、この人の波を掻き分けて左方向へ進めるように……。

 ………。

 そもそも、それが不可能だから流されていると言う現状に気付くまで、さして時間はかからなかった。

 もーいいや。どーにでもなれ。運を天に任せるって、こういう事を言うんだね。もしかすると、「処置無し」って言葉が一番合うんだろうか。

 脱力しきり、半分開いた口から乾いた笑いが漏れつつも、とりあえず足だけは上下させる。すると、人の川に押し流された僕の身体は、結局普通に歩くのと同じくらいスムーズに進行し。

 見事、右側へと避けていった。

 あーあ、これはもしかすると船に乗り遅れるフラグ? またあの地獄に舞い戻り? 僕はつい数十分前までの自室での様子を思い出してゾッとした。

 暑い+暇=この上ない苦しみ。大昔はよく体感していた状況だったけど、文明の利器「クーラー」の導入のおかげで地球では少なくとも快適さだけは味わえるようになって、ついぞ感じたことの無かった感覚。それが、あの時は再来していた。

 僕とレンスキーは、もうベッドの上から身動ぎすらしていなかった。かと言って寝ても居ない。暑くて寝るどころじゃ無いんだ。

 じゃあ、やらなけりゃならないことをする? 「1÷1」から始まるあの超簡単な宿題なら二日で終りましたがなにか? 本でも読むか? そもそも、初等部一年生が図書館からその道の専門書を持ち出せば怪しまれるのは目にみえているから、それも出来ない。ちなみに、この前借りてきたファンタジーは都合五度ほど読んだ。今なら、あの小説を使った長文読解で百点満点を取る自信があるよ。

 ただひたすらに暑いだけ時間が過ぎ去るのを待つだけ。レンスキーに話しかけても、会話は長続きしなかった。僕は今日戻るけど、レンスキーは夏休み中ずっと寮生活。それで、僻んでいるらしかったのだ。

 まぁ、最後にはきっちりと「早く寮に戻って来いよ」と言う泣き言を言ってきた辺り、可愛げがあるけど。

 ともかく、もうあんな地獄に戻るのだけは御免だった。

 だけど、だからと言ってどうすることも出来ない。縋るような気持ちで、先の方を見ると。

 幸運なことに、右に避ける方が正解だったらしい。

 確か僕の乗るべき船が出る桟橋の方向へ流れは変わり、何とか出航時間までにたどり着けそうだ。僕は、安堵の息をついた。が、


 「わっ!」


 その瞬間、何かにぶつかった。

 何だよ、と現状を確認してみると、僕の眼前に出現した障害物は、今の今まで僕の目の前を歩いていた人間らしかった。そして、彼の前にも当惑したかのように歩みを止めた人間がいて、その前にも……。

 早い話、人の流れが何かにせき止められたのごとく、突然止まったようだった。

 いったいどうしたんだろう。


 「おい、君。何があったんだい?」


 僕と同じ焦燥にかられたらしい。恐らく貴族であろうリージョナ族の青年が、近くに居た職員に尋ねるのが聞こえた。耳を済まして会話を拾う。


 「はぁ、何でも、宮廷警察が出張ってきたらしくて。何処もかしこも、流れが寸断されてるらしいです」

 「宮廷警察!? 謀反があったのか?」

 「滅多なことを言わんでください。お迎えですよ、お迎え。ほら、今年の初等部一年に、皇女殿下がご入学なされたでしょう? それでらしいですよ」

 「……それでか。いいなぁ、お金持ちは! 大方、リージョナリア島へも警察船で向かうのだろう。俺のような貧乏貴族には出来ないよ」


 青年は、はぁっと嘆息した。職員が慰めるのが聞こえる。まぁまぁ、貴族なんですから、それでも平民のあたしらよりは遥かにいい暮らしができるんでしょう?云々。

 ともかく、職員の言うことが本当だとしたら、これはマフィータの「お迎え」の所為らしい。

 急に前のほうが騒がしくなってきた。通るって誰が? 誰かが尋ねる声がした。それに応じる声もする。殿下だよ、殿下。皇女殿下の御一行!

 ざわめきは更に大きくなり――次の瞬間には収束に向かっていった。仮にも皇女の通過だ。大名行列のように、道行く人は行列を避けて深く土下座をして、なんてことをする必要はないが、あの悪名高い宮廷警察も居るのだから警戒して当然だった。

 人が蠢いていた桟橋周辺の広場に、一筋の空間が生まれ、そこを数人、いや十数人が通って行く。

 気付くと、人の流れにもみくちゃにされた挙句、僕は最前列の辺りまで前進していた。

 今までが今までだったから、いつもならその凄まじい解放感に感謝しても仕切れないくらいなんでけど、今回ばかりはちょっと事情が違った。

 ちょうど、目の前を宮廷警察の「紳士」諸君がVIPを護衛するような形で歩いている。その隙間から、マフィータの姿が伺い知れた。何処かムスっとしている。

 と、目が合った。するとマフィータは、ふっと儚げに笑う。

 どうしたんだ? いったい。

 疑問が僕の頭の中で大きくなる前に、マフィータの表情から全ての感情が消え失せていた。そのまま、大小あわせて四五隻程度が停泊している桟橋の方へ歩いていった。宮廷警察は、帝族を守るためなら何でもすると言う定評通り、船団組んで御召船を護衛するつもりらしい。

 マフィータとその御一行が船に乗り込むのが確認されてからようやく、堰は壊されたようだった。





 結局、あの混乱のお陰で僕は駆け込み乗車ならぬ駆け込み乗船を行って、船の乗客担当から叱られるハメになった。

 持ち出して楽しめるものがあるんなら、部屋であそこまで暇暇と呻くことも無い。と言うわけで、船に揺られている間延々と続くであろうこの時間を使って、僕はマフィータに呪詛の言葉を吐き続けていた。もちろん、心のなかでだけど。

 僕が乗った船は、環礁内の島間旅客輸送に置いて最も一般的な、ローラン型櫂船だった。小型から中型に属するこの船は、基本的には乗組員の操る櫂によって航海する櫂船だけど、風がある時には上部に存在する二本のマストに張られた帆の補助を受ける船だ。まぁ、ローラン型は環礁内最大手の旅客輸送会社の創始者が考案したこともあって、基本的に環礁の外に出ることは稀だけど。

 ちなみに今は、殆ど無風状態と言うこともあって専ら乗組員の汗によって船は動いていた。ここ――舷側の転落防止用手摺から真下を覗くと、多数のオールが蠢いていた。

 と言うわけで、甲板上は帆走時ほど人はいない。見張りと掃除している甲板員くらいならいるけど、それだけだ。

 甲板は、お世辞にも居心地がいいなどとは言えなかった。直射日光は酷いし、影も殆どない。あってマストの影くらいだ。

 だけど、かと言って甲板以外に居場所はなかった。少なくとも微風くらいは感じられるのだ。これが、旅客が詰め込まれている船室に行くと、蒸し風呂状態だ。

 挙句の果てに、喋れる友人が居ないのである。別に、友達が居ないわけじゃない。デニム島は中流階級が多く住む島で、だから初等部から学園に通わせるなんて人は全く居ないのだ。

 仕方がないし、船内は暑いから少なくとも景色の変化と僅かな風を感じに、僕はこうして甲板に居ると言う訳だ。

 既に出航から一時間が経ちもう、アルマーダギー島は視界から外れていた。

 ボケーと環礁内を見ると、実に様々な船がひしめき合っていた。例えば、短距離輸送用の香辛料を満載したガレー船やら、この船と同じく旅客を輸送しているのだろうローラン型まで多種多様な船達だ。少し遠くには、新造らしい戦列艦が見える。片舷七十門を超える巨艦だ。……運用できるのかと言う甚だしい疑問が残りそうな船だけど、同型艦が見あたらないことを考えると実験艦なのかも知れない。

 不意に、視界に一隻の船が入ってきた。喫水線下に船腹を沈めている。まず間違いなく、何処かで何かを満載して、一儲けのために入港してくる帝国標準帆船だろう。

 風がない所為でかなりスピードが落ちていたが、熟練した水夫たちの手で帆は微風を掴み、最低限の速度での航行を保持している。

 こっちでも甲板の人の動きが徐々に多くなっていた。どうやら、帆走最低限の風は出たと言う判断らしい。わらわらと水夫たちがマストによじ登って行った。ただ、ローラン型のマストはそんなに大きいわけじゃ無いから、かなり見劣りするけど。

 そんな作業をしているうちに、その標準船はローラン型を追い越し行き。そして、今まで標準船の影に隠れて見えなかった場所には、一つの島が存在していた。名称を、デニム島って言う島だ。

 船は、ゆっくりと進路を変えて、デニム島の船着場へと向かっていく。

 デニム島は何度も言うように中流階級の多く住む島だ。従って、程々の生活必需品は輸送されなきゃいけないし、かと言ってそれほど大きな港湾施設も必要ない。

 その為、どうしても環礁内の他の島と比べると、デニム島船着場は中途半端な大きさだった。今止まっているのは、超短距離輸送用の小舟が二三艘に、小型ガレーが一隻。これだけだった。

 ローラン型櫂船は、そんな船着場の中でも比較的大きめな船舶用の岸壁に接近する。水夫長が、大声でもやいを陸へ投げるように指示した。

 慣れた手つきで陸へと投げかけられたもやいは、これまた熟練の地上職員達が素早く拾い上げ、瞬く間にボラードに巻き付けられて行く。ほんの数分で、船の固定が完了した。

 僕は、荷物を肩にかけ、人が集まり始めた場所に向かった。

 ちょうど到着したところで、乗降用の足場が岸壁との間に架かった。船員がどき、気怠げな様子で船客達が、珊瑚に似た生命体によって形成された大地へと降りたって行く。

 呆けている間に出遅れてしまったらしく、結局僕が下船したのは全ての客の中で最後から数えた方が早い順番だった。

 久しぶり、と言っても四ヶ月程度の別離だったから、そんなに感慨が湧くわけでもないけれど、ともかくこの世界での僕の故郷は、父さんに連れられて<港島>に言っていた頃と全く変わっていなかった。

 それにしても日差しがきつい。思わず太陽を右手で覆った。と、その時、視界の隅に、懐かしい人影が見えた。

 不思議と笑みが溢れる。僕は、その二組の人影に向かって、なるべく疲労とかそんな気分を感じさせないように笑いかけた。


 「ただいま、父さん、母さん」





 「学園は……どんな感じなんだ?友達は出来たのか?」


 父さんが、少しぎこちない口調でそう尋ねてきたのは、商会が儲かったらしく良く目を凝らせば調度品が増えているリビングに着いてからだった。


 「うん、結構たくさん出来たよ。学園生活も思ってたより楽しいし」


 何と言うか、会話がこそばゆかった。たかだか四ヶ月離れていたくらいでこうまでなるかなぁ。前世だと、六歳の頃に親元からこんなに長く離れるなんてことは無かったから、比較も何もできないか。

 僕の回答に、父さんは微笑んだ。


 「そうか。うん、友人が増えるのは何よりだ」


 なんと無く父さんの口調がぎこちない。そんな気がする。そして、会話が続かない。

 四十に限りなく近づいている中年と、まだ子供にしか見えない六歳児が無言状態で茶をすすり合うと言う、第三者がいれば逃げ出したくなるような(実際、一人ばかり増えていた実家のメイド達は、最年長のメイド長が唯一隣室に控える形で全員退散していた)空気を変えてくれたのは、ため息をつきながら父子の様子を見ていた母さんだった。


 「さぁ、久しぶりにお母さん、腕によりをかけて料理しちゃおうかしら」


 本来、普段の料理はメイド達に任せっきりの母さんだけど、父さんと結婚するまではごくごく普通の――つまり、貧しい庶民階級の娘だったらしいから少なくとも並以上の腕前は持っている。

 正直、お高くとまった感の強い学園の料理にも飽きが出てきた頃だから素晴らしく嬉しかった。なんか、ようやく心休まってきたような気がしてくる。

 けど。


 「……なぁ、お前」

 「なんです?」

 「その、料理は随分と久しぶりなようだが、大丈夫なのか?」


 ………。自重してください、父さん。

 何とかして朗らかな一般家庭の雰囲気に戻ってきたはずだったのに、いつの間にか居間に寒波が到来していた。初夏なのに、薄ら寒い。冷や汗まで出てきた。

 現代地球の二百年後位の異常気象がそっくり転移してきたかに思えた室内だった。と、その時。


 「失礼いたします」


 若いとは言えない、年齢を重ねたからこそ出せる威厳が程よく含まれた声がして、扉が開いた。代えの茶を持ったメイド長だった。

 無言でテーブルの上に茶を置く。一瞬だけ、父さんと目があったような気がした。刹那、父さんの体が震え上がる。……睨まれたらしい。

 普通、雇ってるメイドからそんな態度取られたら、一部の特殊な喫茶店の客でも無い限り激昂してもおかしくないだろう。異世界だから文化が違う、ってことも今の事に関しては全く説得力が無い。むしろ想像以上に怒り狂った挙句、そのメイドに解雇を通知するだろうし。

 ただ、父さんとメイド長の関係は二つほど一般の雇い主―労働者の関係から大きく外れたところがあった。一つは、父さんが貧乏商会の長と言うこともあって、あまり尊大な態度を取らない――と言うか取れない点。もう一つは、両方共あまり豊かでない家庭で生まれ育ったためか、よくあるドラマ何かとは違って、母さんとメイド長が凄まじく仲がいい(でいて、公では分をわきまえた行動を取れるんだからこの二人はすごいと思う)点。

 この二項の和は何かって言えば、こと母さんを不快にさせそうなことがあれば、メイド長は父さんに対して母さんの友人としての態度を過分に含んだ接し方をするってことだ。


 「では奥様。お台所の準備は済ましておきますので」

 「……ありがと、マリー」


 嵐が過ぎ去った後には、上機嫌な母さんと、何か――理由は知らないし、知りたくも無い――沈んじゃった父さん、そして、どんな反応をしていいか判断に困る僕だけが残された。

 ちなみに、この日の夕食はとても美味しかったことだけは追記しておこうと思う。






 パジャマに身を包み、自室に戻ると、こちらも四ヶ月前から全く変わらない光景がそこに在った。

 整理整頓に気を付けて収納していた数々の本。学園のものに比べれば質は落ちるけど、長年慣れ親しんだベッド。その他、父さんが買ってくれたけど殆んど遊んだ例のない木馬のおもちゃだとか、父さんの商会の主要取引先の秋津皇国で買ったとか言う竹の玩具に、唯一これだけは童心に戻って遊べた帆船の模型。

 むしろ、出掛けよりは遥かに綺麗になっていた。恐らく、メイドたちが掃除してくれているんだろう。

 僕は、ゆっくりと窓に歩み寄った。カーテンを開き、窓を開ける。

 眼下には、夜も灯台の灯を明かり代わりに、環礁内の水道を行き交う標準帆船が大量に見えた。流石に昼ほど混み合ってるわけでもなかったけど、だからと言って決して少ないとは言えない数だ。

 夜の涼しい風が、磯の香りを纏って吹き込む。

 生まれて、この部屋を宛てがわれた時から変わらない情景だ。

 いつかはこの海全てを。

 大昔に想った夢は、まだまだ達成できるかどうかさえもわからなかった。

 でも。

 とにかく、この世界で何かがしたかった。転生なんて言う、普通に考えれば頭がおかしいと思われるような目にあってるんだ。選民思想じゃないけど、こんな目に合うってことは、なにか理由があるに違いない。

 なら。

 なら、地球の知識を応用して、やれるだけやってる見るだけだ。

 開け放たれた窓から、再び潮風が舞い込む。潮気と共に僕の心身を冷ましていくそれは、決意を固めた頃と全く変わっていないように思えた。





























                                                                    あとがき

 どうも、クーラー付きの学び舎にいるのに六月後半まで稼働させないと担任に断言され、謀らずも盆地の蒸し暑い気候の中主人公と同じように汗だくになっている作者です。ああ、なんか安易に文明の利器を頼るようになってしまった。小学生の、無邪気に走り回ってたあの頃が懐かしい……。

 そんな事はさておき、日常編其之二でした。山なしオチなし。……こんなことしてるから、話が続かないんだよと何度いったら。

 まぁ、一応『日常編』とか称してグダグダやるのは今回以降は全くやらないか、やったとしてもほとんど無い、と思いたいです。予定はしてます。的中確率? 夏休みの宿題の予定とやらの遂行率が全部あわせてゼロに等しい点からお察し下さい。

 ともかく、コメント返しです。


 >>kiera氏

 主人公と周囲の人間との感覚のズレは、相当大きくなってきています。

 もちろん、わかっているのに徹底的に周囲に合わせようとしない主人公の責任もかなり大きいですが。



 と言うわけで、次回は再び舞台が飛んで、天恵があった反面、いろいろと面倒を背負い込み始めたあの国の様子です。ではでは。


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