彼は悩んでいた。
悩みとは、今年10歳になる彼の息子のことである。
年齢不相応な落ち着きを見せる息子は、変わり者といわれる我が家にあっても本当に変わっている。
10歳にも満たない歳でラインメイジである息子の才能には、手放しで喜んでいる。
軍人の真似事を始めて、剣も修めるようになった。それはいい。
ここ数年は自分の仕事についてくるようになり、最近ではちょっとした手伝いもさせている。
習った剣と魔法をきちんと使いこなして見せており、まだまだ荒削りとしか言いようがないが、まあ、中々のものだと思っている。
それもいい。
だが、最近屋敷の使用人から、息子の奇行が報告されるようになった。
誰も居ないところで、わけの分からないことを叫んだり、奇怪なことをしているというのである。
最初は『何をバカな』と笑っていたが、たびたび報告されるようになってはさすがに笑っていられず、自ら調べることにした。
風メイジである彼にとっては、息子が部屋に居るときの音を聞き取ることは、その気になれば比較的たやすい。
息子の部屋の近くで耳を澄ますと、確かに息子の部屋から、何やら何かを叩くような音と叫び声のようなものが聞こえる。
更に耳を澄ませば、どうも頭を振り乱して体を動かしながら机か何かを叩き、何やら叫んでいるようだ。
思わず青ざめた彼は、すぐに妻に相談した。このとき彼の頭にあったのは『狂った』という言葉である。
穏やかな妻は彼を諭し、もう少し様子を見るように言った。
落ち着いて考えてみれば、今まで奇行が報告されていた間も、自分達の前では息子は普段と変わらなかった。
彼はもう少し、息子の奇行を観察してみることにした。
数日にわたり息子の部屋の音を聞いた結果彼にわかったのは、息子の奇行の正体は『歌』だということだった。
息子の『歌』の種類は実にさまざまで、思わず気でも狂ったのかと疑うような激しいものから、彼でもどこかほろりと来るような切ないメロディのもの、町の酒場で歌われていそうな陽気で明るいものまで幅広く、そして、その全てが彼の知らないメロディだった。
詞はないらしく、わけの分からないことばとなっている。そういえば、息子は詩歌が苦手だったな、と思い出す。
……ひょっとして、作曲の才能でもあって、それをもてあましているのか。
しかし、息子は魔法や剣を真剣に学んでいるようである。そこで自分が口を出してよいものなのか。
迷ったが、まったく何もしないわけにもいかない。こういう時のために便利な、音を消す魔法があるではないか。
彼は相変わらず歌い続ける息子の部屋のドアをノックし、ピタリと静かになった部屋に向かって言った。
「歌うなら『サイレント』をかけろ」
夢のような日々2
―――どうして俺は『サイレント』をかけるという単純なことさえ今までしてこなかったんだろうか?
本気で死にたくなった。どうしてあのとき俺は ”犬の生活” を歌っていたんだろう。よりによって ”犬の生活” 。死んだほうがいいかもしれない。
いくら声変わりしてないからって ”犬の生活” 。せめて ”そこに、あなたが……” とかに出来なかったのか。なんだってワンワンワンとか言ってたんだろう。
父が単純に通りがかかっただけならいい。だが、恐らくそうではない。
きっと誰か使用人から俺が変な歌を歌っているとか、奇声を上げているとかの報告があって、その上でやってきたのだ。痛い。痛すぎる。死にたい。
まさか二度目の人生でも思春期の少年のような思いをするとは。ああもういっそ消えてなくなりたい。
もしかしたら、誰かに見られていたこともあるのかもしれない。もしそうだったら、本当に生きていけない気がする。
……忘れよう。忘れていないと死にたくなる。何かほかの事を考えるんだ。
何か他の事。
『これからどうしよう?』
例えば、最高に重要なそれ。考え始めて、もう何年も経った。だのに、いまだに答えが見つからないそれ。
他にも、例えば、自分の記憶。自分は『彼』の続きなのか? 『彼』の記憶を受け継いだだけのラルフなのか? わからない。
この世界は本当に本物なのか? 俺は本当に生きているのか? 俺が出会った人々は誰なのか?
既に死んだはずの男の記憶のおかげで、自分の生に実感が足りない。本当の意味では、誰とも出会った気がしない。
そこらで話している人だって、実はRPGで話しかけたら一定の返事をするように、決まりきった動作をしているだけなんじゃないのか?
そう、この世界全体が。すべてそんなごまかしで出来ているんじゃないのか?
……ふと気付くと、そんなことを考えてしまうことが増えた。余計死にたくなった。やめよう。
ああ、またヘドバン熱唱の報告のことを思い出してしまった。屋敷の人間にも会いたくない……。
明日はもう、教練やなんかは全力でサボって領内に出かけよう。心からそう誓って、布団をかぶることにした。
……布団の中でも、恥ずかしさで何度も身をよじった。
朝食の席での両親の目がなんだか生暖かかったような気がして、早々に屋敷を出た。
剣こそ持たないが、平民ルックである。最近は、両親の許可を得てこういう格好もするようになった。
領主の息子が一人でふらつくわけにも行かないし、子供の身で剣なんぞ持っていると注目される。というか剣杖なんかは論外だ。
子供らしくちょっとしたナイフと、一応予備のワンド? や杖は懐に持っている。お忍びと言う奴である。
ツェルプストー領の町からやって来た、マテウス家出入り商人の息子と言う設定で城下では通している。
両親や爺やは護衛をつれないことに反対したが、あまりに自分がしつこいので諦めた。
おかげで町に駐留する私兵の数が増え、以前よりも治安が良くなってきているらしい。領民の反応は上々である。
このことを父に言ったら、なんとも言いがたい苦笑を浮かべていた。
「おや、アルフ坊、また来たのか」
「うん、今日は夕方までに戻ればいいってさ。紅茶おねがい」
ここでの名前はアルフレッドだ。適当に考えたのだが、愛称で呼ばれるようになってからは本名と似ているおかげで実に楽になった。
『赤馬亭』。最近は月に二三度は訪れるようになり、店主のおっさんにも顔を覚えられている。
「ほいよ」
奥に引っ込んでいくおっさんの背中を見ながら、カウンターへ座り、本を開く。
『飛行魔法と他の魔法の併用について』。まあ、ぶっちゃけ魔道書だ。
このゲルマニアでは、金で領地を得ることが出来る。
要するに平民が貴族となれるわけだが、そうなると現金なもので、もとは平民だった貴族が、魔法の力を欲するようになる。
魔法の力とは『ブランド』なのだ。貴族の血が流れていると言う証であり、高貴でなかった家柄を高貴に見せる飾りと言うわけだ。
そういうわけで、メイジの血を入れる平民出身の貴族は多い。同様に、商売がうまく行っている商人たちにも同じ傾向がある。
妻にメイジを迎えたり、子供にメイジをあてがったり、まあ、色々ではあるが、ゲルマニアでは、平民のメイジと言うのは他国と比べ非常に多い。
「どうだい、魔法の勉強はうまくいってるかい」
そんなわけで、商人の息子がメイジでも別におかしくはないわけだ。ごく普通にこういった話がおっさんとの間に成立する。
ことん、とカップが置かれた。
「あんまり進まない。難しいね」
紅茶をすする。ずずずっとな。下品かもしれないけど、熱いのが好きなんだよ。
最近取り組んでいるのは飛行魔法『フライ』と他魔法の併用。はっきり言って難しい。
『フライ』で飛ぶのはいい。どこのドットメイジでも大抵は使えるのだ。だが、精密に、高速で、となると話が違う。その時点で恐ろしく難しい。
それと同時に他の魔法へ精神をさけと言われたら、もうそこでどうしたらいいのか分からん。
魔法少女のごとく思考を分割したり出来ればいいんだろうが、はっきり言ってそんなことは人間には不可能と言うものだ。俺の頭は一つだ。
しかし、目の前の魔道書には同時に二つを制御しろと書いてある。
どーしろと。
だが、普通はこれが出来たら天才、鬼才。一国に一人いるかどうかだ。
自分も魔法に勉強に『天才』などと家で言われているが、両親の優れた血を受け継いだことと、『彼』の記憶を取り戻してからは普通の子供とは頭と精神がまったく別物になっていることが理由であって、こういった本物のセンスが必要なものはやっぱり普通に難しい。
しかし、三次元的に回避し、敵は二次元的にしか回避できないこのスタイルは、放たれる魔法がどれほどしょぼくても、対メイジ戦において無敵に近い。
避けながら攻撃を放ち続ければ、そのうち勝てる。範囲魔法や竜騎士にはなすすべもない気がするが……。そのあたりは別のやり方を考えればいいことだ。
……だが、そもそもこんな、ただ自分を鍛え続けるだけでいいのか。
「ほんとにうまくいってねぇみたいだなあ」
頭を抱え込んでいるのをみて、おっさんが笑う。
ほんとだよ。父親には熱唱してるところに突っ込まれるし、多分の屋敷のメイドたちなんかにも聞かれてる。
もういいや、と言う気分になって本を閉じた。
「なにか面白い話はない? この辺、最近は何かあった?」
「そーだなー……。こないだは西のほうの店で傭兵団の強盗が出たけど、兵隊さんたちが来てくれたおかげで何も取られずに済んだって話だし。
最近はあまり大したことはねぇな。何もないにこしたこたねえんだけどよ」
ここでもひょうたんから駒効果か。町の治安は確実に向上しているらしい。
「領主様が兵隊さんを置いてくだすってるからな。最近はほんとにありがたいよ。みんな言ってる」
「そっか。変わり者の領主様だってうわさだけど、そういうところはしっかりしてるんだね」
適当に相槌を打っておく。
「おうよ。最近は兵士の雇い入れも増えたし、傭兵たちも来て、酒場や宿屋も景気がいいしな。
よそじゃ変わり者なんて言われてるかも知れねえけど、俺達にとっちゃありがてえ領主様よ」
資金的には我が家はそれなりに余裕がある。貴族の中では比較的質素なほうだし、何よりヴィンドボナで勢力争いをする連中とは完全に一線を引いている。
宮廷での政治資金なんてものが必要ない分、少しずつ領民達からの税が貯まっていく。
だからこれだけの兵士の配置が可能なのだ。領地は安全を保障され、領民は潤い、それだけ領主も潤う。正のスパイラル。
父もそのうち気付くだろう。そのうち街角の1ブロックごとに兵士が立つ日が来るかもしれない。
「そうだ。まあ、事件ってわけじゃないが、ちょっと変わったことがあったわ」
「へえ?」
「なんかな、この町に最近、ユニコーンが出るんだわ。っつーか、『いる』のかも知れん」
なんだ、それは。
「しょっちゅう現れるんだと。なんか気がついたらごく普通に通りをカポカポ歩いているらしい。で、捕まえようとしてもスルッと逃げちまうんだ。
聞いた話をまとめてみると、ここんとこほとんど毎日だぜ」
「暴れたりしないの?」
「それがぜんぜん。気がついたら歩いてるし、スルッと逃げて姿をくらますっていうし、よくわからないよな。
傭兵が捕まえようとしても、駄目だったんだと」
「ふうん……」
『聖獣』なんて言うが、ユニコーン自体は、それほど高級な幻獣と言うほどでもないだろう。
そも、野生のユニコーンなんて聞いたことがない。いるのかもしれないが、普通見かけるのは、生まれたときから人間の下で調教を受けているものばかりだ。
純潔の化身、穢れなき乙女しかその背に乗せぬ、なんていうが、王族が飼っていたりする時点で、もはや穢れきっている気がする。
「裸馬?」
「らしいぜ」
野生、と言う可能性もあるのか。
・・・捕まえてみたい。というより、見てみたい。乗ってみたい。触ってみたい。角って、多分生まれたときは生えてないんだよな?
背中に乗れるだろうか。魂は別として、一応この体は穢れなき身ではある。数年伸ばしている髪も、背中に届くくらいの長さになっている。
赤紫の髪の色とあいまって、一見女の子に見えなくもない……と思う。
後ろで縛っている髪をポニーテイルにしてみた。ついで、なるべく無垢な表情とやらをしてみる。
両手を前で組み、小首を傾げ、
「ねえ店長、俺って無垢な乙女に見える?」
「微妙だなぁ。見た感じは一見そう見えなくもないが……雰囲気がな、なんか違う。計算が入ってるぜ。それに、目つきが悪すぎる」
笑うな、おっさん。くそ、何がいけないって言うんだ?
「大体、どこにいるかもわからねえのに、乙女の振りをするも何もねえだろ。
やめとけ、もしうまく騙せたら、今度は後が怖いじゃねえか。騙されたと気付いたらユニコーンも頭に来るだろうぜ。
騙した相手が無垢じゃないどころか、男だったなんて。俺がユニコーンだったら怒り狂うね」
まあなあ。そりゃ俺でも頭に来るだろう。もし見つけたら、正攻法でいくしかない。そもそも出会う可能性が低いが。
「それもそうだね。それじゃ、ご馳走様」
「おお? どうしたアルフ坊主、町娘かおかみさんみたいな頭して。変な趣味でも目覚めたか」
魔道具店にはいった途端に笑われた。ポニーテイルのせいだ。
「いや、さっきふざけて結ったんだけど、案外快適で」
女みたいな長髪に憧れて伸ばしているのはいいのだが、結構うっとおしかったり邪魔になったり、頭を洗うのが大変だったりと色々と面倒なのだ。
ポニーテイルはなんというか、首筋がすっきりして、いい。なんかこう、襟が気持ちいい。
こういうところで笑われるのは平気なんだがな。歌はな……。
「この前注文した杖、そろそろ出来てるよね? 受け取ろうかと思って」
「おう。出来てるぜ、待ってな」
親父さんが奥から取ってきたのは、特注の杖。
木製、形は円柱、長さは2メイル15サント。要するに『棍』だ。磨き上げ、黒く染められている。
剣杖も大体使い慣れたし、それそろ新しいアイテムが欲しいと考えた結果だ。
間合いの長い、かつ武器になる杖、というのを追求し、この形になった。『ブレイド』を纏わせたとき、同じ魔法でも圧倒的有利を得られる。
丈夫さ・威力を考えて鉄棍にしようと思ったのだが、重さ・使い勝手で店の親父さんからとめられ、木製となっている。
なんでも重すぎて振り回されるし、鉄棒でまともにものを叩くと手がしびれるらしい。それでも、木の密度か結構な重さがある。
斬られてしまってはいけないので、どこかの土のスクウェアによって硬化やら固定化やらといった強化が施されている。これに結構な金と時間がかかった。
これに限らず、これまでにもいくつかの杖を試作したり注文したりした。おかげで部屋には杖のストックがざっと10以上はある。
まともに使える、使っているのはそのうち3つくらいだが。
「注文どおり、剣を受けても斬れないぜ。ブレイドはどうか分からんが、少なくとも俺のブレイドじゃ斬れなかった。
どうだ、鉄にしなくてよかったろうが。結構重いだろ?」
「ん、そうだね。ありがとう。注文どおりだ」
「ほんと、ブレイドを槍にするってのはおもしれえもんを考えたもんだな、坊主。傭兵なんかにゃ流行るかも知れんぜ」
「いやいや、はやらせないでよ。特注した意味がなくなる。俺が買ったより安くなるじゃないか」
はやっちゃあ困るんだよ。こういうのは、あくまで自分だけのものだから有利になるのだ。
実際に見せて真似られるまでは、真似られたくない。『自分だけの技術』というのがあればいいのだが、それも未だないし。
「そういや、ギイのおっさんが言ってたけど、なんか最近ここらでユニコーンが出るんだって?」
「ああ、聞いたか。そうなんだよ、うちに来る傭兵の連中も何度か捕まえようとしたらしいんだが、スイーッと逃げちまうらしくてなあ。
馬なんかとはスピードが違うし、とても逃げられたら追いつけねえし。そもそも美しい乙女じゃなきゃ乗せないなんていうしな。
あいつらじゃあ駄目に決まってら」
「まあねー」
魔道具店に出入りするのは、うちで雇っているメイジの兵士か、傭兵連中くらいだ。いかつい顔を思い出すと笑ってしまう。
「俺じゃ駄目かな?」
さっきと同じポーズをとってみる。両手を胸で組んで、小首を傾げて。
「駄目だな」
即答かよ。何が駄目なんだ。
「なんかなぁ、女の子にも見えるんだが、冷徹そうだぜ。とっても乙女って感じじゃないな」
「そーですかい。んじゃーまた。杖、ありがとう」
「おーよ」
いつまで笑ってんだ、畜生。
「~ ~ ~♪」
なるべく小さな声で、周りには聞こえないように。新しい杖で地面を叩きながら歌う。
タッタラッタ タッタラッタラッタ。
天気はいいけど、『雨に唄えば』。
町外れの厩舎の近く、大きな木のそばまで歩いてきたが、ユニコーンは見つからなかった。まあ、そんなもんだろう。
大体、こういう『運が良ければ見つかる』みたいなので運が良かったことがない。
唄うだけ歌ったし。―――何?
背中を引っ張られて、振り向いたら上着の裾をくわえたユニコーンが。
「んなっ!!」
って、大声を出したら逃げてしまった。タカラッタカラッと、足音は軽いのにすごいスピードだ。あれは逃げられたら捕まえられないだろう。
離れたところからこちらを伺っている。逃げないのか?
トコトコと再び歩み寄ってきた。・・・うん、やっぱり綺麗な生き物だね。純白の馬体が高貴な印象。角は普通に硬そうだ。
近くで見ると角のねじれの隙間がちょっと汚れている。
「なによ?」
くいくいと裾を引かれる。これはひょっとしてあれか、歌を歌ってほしいのか。
「I'm si――ngin' in the rain――」
一小節唄ってみる。くいくい。『もっと』か。結構分かりやすい。うろおぼえなんだがな、この歌。
「~ ~ ~♪」
覚えていないところは適当に補う。歌いながら横目に様子を伺ってみる―――うん。それなりに満足しているようだ。
これなら、ちょっとぐらい触ってもよかろう。鼻面をなでてやる。別に嫌じゃなさそうだ。
「Da――ncin' in the rain――」
ちょっとタップダンス気味に横に回る。横腹をなでる。肌触りがいいね。さすが聖獣さま。
杖でリズムを取りながら『レビテーション』。
―――乗れた!
「――I'm dancin' ――and singin' in the rain――」
タップダンスのリズムでとんとんと馬体を指で軽く叩く。タッタラッタ タッタラッタラッタ。
一応歌はもう終わりだ。
背中にまたがるというよりは寝そべる感じになっている。
いきなり体を起こすと蹴落とされかねない。―――って振り向いた。やばい?
がぶー。がじがじ。
「い た た た た 痛い痛い!」
噛まれました。下りる、下りるから勘弁して。肩、マジで痛いから!
ずりずりと下馬。
……あれ。目が怒りに燃えてますよ、ユニコーンさん。そんなにおこらないでも。
やっぱあれですか、男だからですか。それとも魂的に穢れてるからですか。
全速で『エア・シールド』を唱えてユニコーンさんと自分の間に風の障壁を作る。出来心で突き殺されたりしたら洒落にならん。
……フンッ、という感じでユニコーンは俺の脇を歩いていく。よかった、とりあえずあれで勘弁してもらえたらしい。
ほっと一息ついた瞬間、横腹にドゴン、という衝撃。風の障壁を一蹴りで破られた。呼吸が止まる。遠くなる意識の中、ユニコーンの目を見てなんとなくわかった。
―――ああ、これでやっと手打ちなんだ、と―――。
次に意識が戻ったときには、屋敷の部屋だった。気を失っているところを、町の巡回をしていた兵が見つけてくれたらしい。
『ユニコーンにまたがって蹴り飛ばされた』という説明には皆から呆れられることになった。
水のメイジが呼ばれたが、それでも内臓にダメージが残っていて、ちょっと動くだけで猛烈に痛む腹に三日間苦しんだ。
余談だが、この後何日か必死に研究を重ね、『サイレント』を応用した『部屋の音を外に漏らさない』魔法、『防音結界』とでも言うべき魔法の開発に成功した。
恥ずかしさというのは、結構人を必死にさせるものだ。