「あら起きたのね」
ラルフが目覚めると、すぐにそんな声がかけられた。目を上げると、すぐそこに白い薄手のナイトガウンを着たキュルケの姿がある。
――ここは? 今は何時で、なぜ寝ている。なぜ起きたらキュルケがいる。
彼が未だぼんやりする頭をめぐらして見渡してみれば、きちんと整頓された室内が目に入った。机には読みかけの本、その隣にはてんこもりの化粧台。キュルケの部屋、ベッドの上だ。空気の感じと体内時計で大体夜だとわかる。
「なんで……って、ああ。寝てしまってたのか」
言いかけてすぐ、彼は自分がオーク鬼狩りの帰りだったことを思い出した。キュルケの後ろに乗せてもらっていたはずだ。魔法の使い過ぎで精神力を切らし寝てしまったらしい。……なにかあまり良くない夢をみたような気がするが、それがなんだったのかは思い出せなかった。
「そういうこと」
「運んでくれたのか……ありがとう」
別に構わないわ、と言って彼を見たキュルケの目はやけにしっとりと濡れて見えた。
「ねえラルフ。あなた、情熱はご存知かしら」
「う、何?」
寝起きの頭は、精神力を消費しきったせいかさっぱり回らない。
わけが分からず口にした言葉には答えず、キュルケは燃え立つような赤い髪をかきあげて一歩近づいた。異様なほどに美しい。馬鹿な、こういうところで動揺してしまうと醜態を晒すはめになるぞとラルフは内心で自分を叱咤する。しかし、目の前までやって来た極上の美女から漂う艶然とした空気で、吸い込んだ息が吐き出せなくなった。
「―――」
その様子を見てキュルケはにこりと笑い、すっとベッドへ腰をおろして彼の手をとる。白い布を通して、健康的な褐色の腕や胸の肌が薄く透けて見えた。
「いきなりこんな風にお部屋にいれたりするのはいけないことよね」
「あ、ああそう、なのか?」
当たり前だがいいことではない。少なくとも貞淑とは言えない。この国ではさほど重要視されることではないが、教会などからは悪しとされていることである。しかしこれをラルフは否定できなかった。
まずい、とラルフは思う。完全に飲まれかかっている。何かおかしい。というか自分がおかしい。今の自分はおかしくなりかかっている。彼の指を一本一本なぞるようにキュルケの手が動き、背筋に電流が走るのをラルフは感じた。
「でも、あなたなら許してくれると思うわ」
そうね。俺はその辺割と緩いからね。どうでもいいんだ教会とか。
――いやいや違うだろ、と完全に流されかかっている自分を俯瞰しているもう一人の自分が突っ込みを入れているのだが、なんだかもう本当にどうでもいいような気さえしてしまう。
「キュルケ――」
「ん」
目を上げれば、吐く息の熱さを感じるほど近くに顔がある。視線が絡まって、ああ化粧をしているんだなとラルフはぼんやり思った。そんなもんしないほうがきれいだ、などと言ったせいか、彼女はあまりラルフの前では化粧をしない。だがこうしてたまに見ると破壊力が凄まじい。
キュルケは妖しい微笑を浮かべている。相手が何を考えているのかわかる時、自分の思い通りに動いているときほど滑稽なものもない。彼は相手の思い通りに動いていることを自覚しながら、自分の手を握っている手を握り返して引き寄せ、言った。
「――『ザッハー伯爵夫人』はあまり好きじゃなかった」
あなたの胸に情熱の火を / 透明な風
「うぐ」
キュルケがしまったという顔をするのを見て、ラルフはくつくつと笑った。
先程から彼は微妙な既視感を覚えていたのだが、原因に思い当たったのだ。ザッハー伯爵夫人――正しくは『ザッハー伯爵夫人の奇妙な契約』(※1)というのは、ちょっと前にキュルケが熱心に読んでいた小説のタイトルである。 実はラルフも昔読んだことがあったりする。
中身はもろに官能恋愛小説だが、示唆や思想に富む部分が多く、文学的にも名作と言っていい。ただ、いささか刺激的『すぎる』内容なのだ。先程までのやりとりはその小説の序盤。ザッハー伯爵と夫人が初めて出会ったとき、夫人がガウン姿で相手を誘惑するシーンのものだ。セリフもどこか似ている。
「読んでたのね。……もう、どうしてあたしが読んでる時に言わないのよ」
「……あれはさすがにちょっとなー」
ばつの悪そうな顔をしたキュルケを放してやると、うううと唸って下を向く。褐色の耳が薄暗い部屋の中でもわかるほど赤くなっているのを見ると、さすがに彼女も恥ずかしかったらしい。
ただラルフとしては、たかだか十五年しか生きていない少女にあそこまでいいように操られかけていたことの方が恥ずかしい。一分前の自分を思い返すと頭を抱えたくなってくる。それをどうにか押し殺し、彼はからかう口調を無理に作った。
「や、まあいいんだけどね。あの小説みたいなのにならなきゃ。それともああいう願望があったりするわけ?」
「く……違うわよ……」
キュルケが恥ずかしそうにしているのは、件の小説が彼女をしても少々きわどすぎるものだったからだ。『ザッハー伯爵夫人』はふた昔ほど前のあるゲルマニア貴族の作品らしいのだが、鞭やら寝取られやら、とにかくエスカレートしていく倒錯した変態性がいろいろとひどい。
「――まあ、俺は『修道女の不運』(※2)のほうが好きだったけどね」
「悪趣味ね」
ラルフが挙げたタイトルにキュルケが顔をしかめる。内容的には真逆に近いが、こちらも『ザッハー夫人』と同様に色々とひどいので有名な作品である。修道女が残酷に犯されたり殺されたりする。ガリアの侯爵の作品らしい。
「そっちこそ読んでるんじゃないか」
「読んではいないわよ。知ってるだけ」
「ふうん、まあいい。それで――」
すっかり雰囲気がぶち壊しになってラルフは落ち着いたが、「何がしたかったんだ」と聞くのは少し考えなければならなかった。さきほどキュルケが再現しようとした例のシーンは、まさに二人が恋に落ちる場面でもあるのだ。つまり、目的は分かりきっている。それをわざわざ言わせようという気はなかった。
「どうしてまた、こんな事しようと思ったわけ」
ラルフは自分のぼんやりした異性としての好意が相手に伝わってしまっていることは理解していた。キュルケがわざわざこんなことをする必要はないはずである。
「クラウスが言ってたのよ」
「クラウス?」
この場に全く関係のなさそうなほかの人間の話が出てきたことに、ラルフはなんとなく眉をしかめてしまう。しかしそれをすぐに消し、黙して続きを促した。
「あなた『心に火が付かない』って言ってたそうね?」
「――それか」
なんとなくそういうことではないかと予期していた。ほとんど独り言で言ったことをクラウスが覚えていたことも、それがキュルケに伝わったのも少々驚きというか、意外ではある。ただ、鋭い人間ならそのうち気づいてもおかしくはない。
キュルケはそのまま言葉を継いだ。
「それを聞いてちょっと考えてみたらわかったのよ。あなたに足りないのはそれだわ。あたしは前からあなたはなにか変だと思ってたけど」
ぐっと強い視線になって彼女は言う。
「あなたの心には火が付いていないのよ。つまり情熱よ。そう、情熱だわ。誰もがいつだって少しは持ってるそれを、あなたは全然持ってない。……違うかしら、本当に滅多に火が付かないだけかも知れないけど」
「……そうね。そうかも」
ラルフはそれを認めることにした。
イェッタに言われた時から、ラルフはそれを意識し続けている。
自分が、全く、かけらも自分自身を愛せないのはなぜか。
それはきっと、自分の中に『火』がないからだ。情熱でも欲望でも、言葉は何でもいい。とにかく、そういう強く自分を前へ推し進める何かが、自分の中には存在しない。あるいは、ひどく弱い。すぐに消えてしまう。だからだ。
自分の行く先を自分で選ばない人間など、生きていても生きていないようなものだ。みずから一歩を踏み出すことをせず、近くにやって来る何かに対応するようにしか歩けない。ラルフは自分がそうであるがゆえに、そうでない人間に憧れる。そして、自分が情けなくなり、嫌になるのだ。
「でしょう。だから、あなたは恋をすべきよ。
あなたはいつも欲しいものを欲しいって言わないじゃない。あたしが欲しいんでしょう。だったら、手を伸ばしなさい」
キュルケは実直だった。まっすぐにラルフの目を見、直截な言葉を使う。
彼女は色々と問題の多い娘だ。思い込みが激しいし、最近はそうでもないとは言えわがままや奔放さが少々過ぎる。案外素直でないところも多い。
けれど、それ以上に母性的な女性でもある。彼が自分で自分を救えないことを知って、何かせずにはいられなかったのだろう。人の心の重要な部分に触れようとするとき、彼女は意識してかしないでか、自分の心のもっとも優しいところで接することができる。外見だけでなく、そういうところが人を惹きつけるのだろう。
「ん……」
まっすぐな視線を受け止めきれず、ラルフは目を落とした。彼がキュルケに恋をしまいと思っていた理由は、単に自分が傷つきたくないという、ただそれだけの理由である。
思い返すのは使い魔の妖精の言葉。
『火が付かないなんてあたりまえよ。あんたは自分で自分の心に――』
あれから数日して、その続きをラルフは妖精に聞いた。「あんたの思ってるとおりよ」という返事を聞いて、彼はこれからどう生きるべきかなどを少し考え込んだ。彼の外面は、多くの部分が嘘と仮面でできている。ひねくれ者を嫌うはずのイェッタが自分に何を望んでいるのかはすぐにわかった。
つまり――素直になれと言っているのだ。実にシンプル。簡単な答えである。
それにどう応えるかも、考えてはいた。
ラルフは目を上げ、燃えるように赤い瞳を正面から見つめた。
「――キュルケ。君のことが好きだよ。とても。人生のパートナーが君であったらいいなといつも思ってた。――きっと、初めて会った日から」
「――――え。……あらら? ……ええと、ずいぶん素直なのね?」
「そうなろうとは思ってる」
キュルケは呆気に取られた顔をしていたが、気を取り直すとすぐににやりと笑う。
「ふうん。うん、とっても嬉しいわ。――でも、今はダメね」挑発的な調子で言うキュルケに「そう言うと思った」とラルフもふっと笑った。
手を伸ばしても、それを相手に握り返してもらえるとは限らない。当たり前のことだ。
キュルケはときどき、もっといい男になれ、などといった言い方をするが、要するに彼女が求めるものは簡単である。それなりに長い期間を彼女の近くで接してきた彼には、とっくに分かっている。つまりこう言っているのだ――『私を魅了しろ』と。
これは簡単そうで、やけに難しい注文なのだ。男女問わず来る者拒まず的な態度のキュルケだが、ちゃんとした恋愛対象となると非常に厳しい。ツェルプストーの人間である彼女はいつでも恋を探している。しかし合格点は出ないのだ。自分という相棒が隣にいたせいなのだろうか、とふと考えて彼はすぐに否定した。自惚れは良くない。
「ま、がんばってみるよ」
そうしてちょうだい、といういつもの調子に戻った声を聞いてなんとなく安心すると、ラルフはまた眠くなってきた。少しの間黙っていたが、ふわ、とあくびが出る。わわわわわとなかなか止まらない。
「――ァ。だめだ眠い……」
精神力を使い果たすというのは、メイジにとっては相当疲れきっている状態だ。本当に限界まで行くと気を失って数日目が覚めないなどということもある。そこまで行かなくても頭は回らなくなるし、体はろくに動かない。回復するにはとにかく寝るのが一番だ。
「もう、今日は仕方ないからそのまま寝ちゃいなさいな」
力の抜けた顔をしたキュルケにぽんと頭を突かれ、ベッドへ倒れこむ。そのまま瞼の上にかぶせられた手のひらの熱を感じながら、ラルフは眠気をこらえてふと口を開いた。眠くて仕方がない。しかし正直に、素直になってみようと思ったのだから、このまま少しくらい話をしてみたかった。
「心の『火』ね……。ほんと俺にはないものだよ……魔法もそう……多分もともとは火のメイジのほうが向いてたのに」
ラルフの魔法の才能は、ほぼ両親のいいとこ取りだった。よって父以上に優れたメイジである母の系統、火にも高い才能がある。実際、魔法を学び始めた頃はどちらかというと風よりも火のほうが適正は高かっただろう。しかし、彼は風のメイジになった。
「ん、そうなの? ってああそうね、昔から『火』も得意だったわね。でもあなたは風のメイジじゃない」
もちろん火の魔法は今でも得意だ。しかし、彼は基本的に風の魔法を使っている。一応火もトライアングルまで使える。あまり使わないのは風の魔法に比べるとかなり見劣りがするというのも理由だが、
「……風はいい。自由だし、透明で」
「あら、でも燃え上がる火があなたには必要なんじゃなくて?」
「そう、そうだ……でもねえ……」
風にでもなってしまいたい。彼はいつもそう思っていた。
「透明で、誰にも見えなくなって。……見るだけだ。誰にも見つからない、誰にも害せない……どっかに吹き抜けて消えてしまって……」
透明で、誰にも触れられない、気づかれない目玉だけの存在にでもなれたら。
「そんなんだったら、どんなに楽だろうなぁ……」
それが彼の心の奥、もっとも深いところにある願望のようなものだった。つまり、消えてなくなってしまいたいというのとあまり変わらない。あまりにも寂しい考えだという自覚はあった。しかし、これも彼が『彼』であったころから変わらない部分である。
「――あなたはやっぱり恋をするべきなのよ。もっと、真剣にあたしに恋しなさい」
――ああ、これからはそうしよう。
キュルケの言葉を聞いてそんなことを考えながら、ラルフは眠りについた。
□
翌朝キュルケの部屋から出るのを一部の女子生徒に見られていたらしく、再びラルフはちょっとした注目を浴びることとなった。眼を閉じて耳を澄ませば、クラウスとの三角関係だのなんだのといった噂がおしゃべりな女子生徒たちの間で言われているのが耳に入ってくる。クラウスはあの後それなりに周囲に対して経緯の説明などをして誤解を解くようにしていたようだが、やはりそれだけでは収まらないのが周りの噂というものである。
「何か、朝帰りが噂みたいだけど?」
「今度はあんたか。あんたまでそんな噂に乗ってくるとはね」
今日何度目かになる質問に少々うんざりして嫌味を含めて返す。ラルフが顔を上げると、そこには暗い紫の髪をした少女が立っていた。少々冷たいというか暗いというか、そんな印象のあるクラスメイトである。
クラウスとの決闘騒ぎは俄然ラルフの注目度を上げた。トライアングルの実力あるメイジだというのも一気に広まっている。彼自身は結局負けたのでさほど広まらないかと思っていたが、ほぼ無敵だったクラウスに一矢報いたのが印象に残ったらしく『雷火』だの『飛雷』だのという二つ名っぽいものも言われだしている。悪霊憑きだの気狂いだのといった話も残ってはいるものの、ほとんどなりを潜めた。
今までとは違い、話しかけられることも増えた。彼は基本的に適当に流しているが、知り合いと呼べる程度の仲のものはぐっと増えている。しかし今話しかけてきた、ラウラ・ケッセルリンクは、唯一それ以前からまともな交流のあった生徒だった。
いい加減うんざりだというのをはっきり含んだラルフの嫌味を、ラウラは鉄壁の無表情で受け流した。
「別にあんたのことはどうでもいいけど。他に聞くこともないから聞いてみただけ」
「じゃあ、どうでもいいことしかなかったってことでいいかな」
「つまんないわ」
「つまらなくていいよ」
ふうん、とも、はあん、ともつかないため息のようなものを吐いてラウラはさっさと離れていく。愛想のかけらもない。そんなだからろくに友達もできないんだとラルフは内心で呆れた。いつもなにやらどよどよと暗い空気を漂わせているので、キュルケなどとは逆の意味でやや目立つ。態度も冷たくつっけんどんなのでろくに友達もいない。
ラウラは、よく見れば美人と言っていい。しかしどうも美人には見えない。ほぼ黒に近い暗い紫の髪は、彼女が漂わす空気と相まって女性の華やかさというものを覆い隠している。視線はいつも暗い。琥珀色と薄い茶色という非常に分かりにくいものだが、実は左右で目の色が違う月目である。ほとんどの者は気づかないだろう。だが、月目というのは正対して見つめるとなにか不安定な気持ちを呼び起こす。それと分からない月目ならなおさらである。色々な要素が彼女の持つ本来の美しさというのを損なっていた。
ラルフは彼女に対しては以前から好感というか、興味を持っていた。少し前にちょっと話をする機会を持ってからは、彼にしては珍しく割とよく話をしている。
「あ、ちょっと待ってくれないか」
呼び止めると、変わらぬ無表情が振り返る。
「……なに」
「『治癒』は得意?」
「……別に。そこそこ。トライアングルのメイジ様のほうができるんじゃないの」
ひがみ全開で返ってきたセリフに彼は思わず苦笑して「それはない」と応えた。実際、彼の水の魔法はドットレベルが精一杯だ。水のメイジに比べれば効果も効率も悪い。水のドットのラウラにも劣るのは確実である。
昨日のオーク鬼狩りで出ていた水のメイジを誘おうという話を思い出して少し聞いてみただけだったが、まあこの調子では無理だろうと判断する。そもそも女子生徒向きの話ではない。キュルケは例外だ。
「ん、まあいいや。悪かった」
ひらりと手を振るとラウラは少しばかり怪訝そうな顔をしたが、別に質問をするでもなくすぐに背を向けた。すたすたと席へ着く背をなんとなく眺めながら思わず呟く。
「……まるで他人に興味がないあたりも大したもんだよ」
自分に似ているようで似ていない、彼女の分かりやすいひねくれぶりがラルフは好きだった。
ラウラ・ケッセルリンクという女子生徒を彼が知ったのは、三週間ほど前のあるとき――広場での決闘遊びがまだ割と盛況だったときのことだ。観戦していたラルフの近くをラウラが通りがかったことがあった。そのとき、彼女はちらりと観衆と広場中央の決闘ごっこを見て、吐き捨てるようにこうのたまったのだった。
『みんな死ねばいいのに』
思わず吹き出しかけたラルフだったが、そんなわけでとにかく印象だけは強かった。小さな声で言われた独り言だったが、優秀な風メイジの聴覚はそれを聞き逃さなかったのだ。それまでは普通のクラスメイトの女子とすら認識していなかったので、ラウラは彼に強烈な第一印象を残した。
それからは時折会話したり話を聞いたりで知ったことだが、彼女は東部辺境、国境近くの子爵家長女であり、年の離れた弟がいるなど、ラルフとは似た部分も割合多かった。どうしたらああもひねくれるか知らないが、世の中みんな嫌いだというのだけは態度からすぐに分かる。
「おはよう。『治癒』がどうかしたのかい?」
ラウラとすれ違って、やや太めの少年がやって来て声をかけてくる。オットー・フォン・ラングハイム。ここ一週間ほどで口を聞くようになった相手である。
「ん、ああ……おはよう。まあ、水のメイジをちょっと探してて」
「フラウ・ケッセルリンクではだめなのかい」
オットーはラルフやラウラのような少々変わり者扱いされる相手にも割合普通に接する事のできる賢明な話相手だ。特にラウラとまともに会話を成り立たせるのは、ラルフのような年齢的余裕のようなものか、彼のような寛容さや落ち着きがなくてはならない。そういう意味では稀有の人間である。
今日のラルフに向かっていい加減聞きあきた質問をしてこないあたりに彼の大人びた精神が垣間見える。お陰でラルフは少し気分を良くして返事ができた。
「あの調子じゃね。向いてないとも思うしな。君はたしか土のメイジだったよね? 確か土のメイジも探してたな。実際おすすめは出来ないんだけど」
「なんだいそれ?」
と、バタンと扉が開き、禿頭の土の教師が教室へと入ってくる。
「着席! 着席しなさい!」
がやがやとうるさかった教室が静かになって、生徒たちはそれそれペンを取る。ラルフはオットーへ「あとで話すよ」とだけ言って、自分もペンを用意した。
※1
『ザッハー伯爵夫人の奇妙な契約』
ゲルマニアの貴族、ザッハー伯爵による半ば自伝的な小説。国内では文学的にもなかなか高く評価されている。が、いかんせんその内容の倒錯的な変態性もまた有名であり、やや敷居の高い作品である。鞭打ちや寝取られなどが頻出する。
※2
『或る貞淑な修道女の不運』
ガリア貴族、マザン侯爵の作品。あまりにも残虐な強姦などの描写が延々と冗長に続き、小説としての評価は低い。しかし、貞淑な修道女がかたくなに押し隠している性の悦びを描く作品として、ごく一部の貴族からの評価は高いようである。
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ラルフくん恋を決意するの巻。それにしても二つ名が決まんねえ……。なんかぱっとしないなと思わずにいられない。
またも新キャラ、ラウラ・ケッセルリンク、オットー・ラングハイム追加です。オッドアイって、まともに見つめ合うと不安な気持ちになるよね。嘘だと思ったら二次じゃない写真とかじっと見てみるとなんとなくわかると思います。
ISにいるキャラ名だと知って少し戸惑いましたがそのまま書いてみました。既存のキャラとかぶってイメージしづらいとかなら変えようかと思いますが……。