キュルケが戻ったことに気づき、ラルフも急ぎ戻りつつあった。
いつも通りなら、今頃キュルケはギヨームに向かって「この子、もらって帰るわ」とでも言い出しているところだ。それをギヨームが許すとは思えず、となるとキュルケは力づくでも奪い取りにかかる。さっさと戻って間に立たないと、ろくなことにはならない。初めてうまく乗れた幻獣に興奮して、ラルフは少し離れすぎていた。
と、その向かう先で炎が膨らむ。それがもはや見慣れたキュルケの《ファイアー・ボール》であることにラルフはすぐに気づき、思わず声を上げた。
「ちょっ……くそ、急げ!」
牽制か脅しであろう火球が放たれ、ギヨームと思われる人影の後ろで木がめらめらと燃え上がる。次の台詞は「今なら服を焦がすくらいで許してあげるわよ?」といったところだろう。
「なんでああなんだよ、ったく……」
普通に考えれば領主の娘であるキュルケに対して杖を抜くというのは考えられないことだが、本来ならばギヨームの力量は彼女よりも上と見るのが妥当だろう。そんな相手に向かって遠慮なく杖を抜いてしまうというのは、やはり短慮に過ぎる。ラルフは嘆息して騎乗する幻獣を急がせた。
そのラルフの視線の先で、ギヨームがこちらに向かって何ごとか叫ぶ。不思議に思った次の瞬間、ヒポグリフが突然急旋回した。
「なあっ!」
振り落とされないよう、必死で手綱にしがみつく。なんとか落ちずにすんだが、ヒポグリフの進路は先ほどまでと全く逆の方向になった。振り返ると、キュルケの後ろに何かの影が近付くのがちらりと見えた。
らるふときゅるけのぼうけん 3
「ミレーヌ……? なんだか素敵な名前ね。それにずいぶん賢いみたい」
反転して向こうへ引き返すキメラを横目に見送ってからキュルケが口を開いた。
ギヨームには特に返すべき言葉はない。
引き返してくるラルフを乗せたキメラに叫んだ言葉は、「時間を稼げ」という内容。目の前の少女さえ抑えてしまえば、もう一人は黙って言うことを聞くだろうというのがギヨームの考えだった。それまでは加勢に入られても邪魔だし、逃げられても困る。ミレーヌ……あのヒポグリフはきっとうまくやるだろう。
で、とキュルケが目を細めて続けた。
「もう一度だけ聞くけど、おとなしくあたしの言うことを聞くってつもりは?」
厳しい表情だ。時間を稼ぐということは、その間にここで何かするということ。つまり、領主の一族に歯向かうということだ。それはキュルケもわかっているだろう。ギヨームの後ろでは、彼女の脅しとともに放たれた炎で木が燃え落ちる、めきめきばらばらという音がする。
当然ながらもはや引くつもりはない。懐に握った杖を取り出してみせながら、はっきりと言った。
「ありません。あなた方には、ここで起こったことは忘れて帰っていただく」
ギヨームにはそれを可能とする手段がある。《制約》をはじめとする心を操る魔法だ。今では使い手の少ないこれらの魔法は、彼がガリアから国外へ逃れるのに大いに役立った。その節には身代わりを立てたり偽証をさせたりとさんざん使うことになり、好きでもなかったのに色々な使い方を覚えている。
口にすれば死ぬぞと脅してもいいし、ここには大したものはなかったと思い込ませて帰してもいいだろう。そのあたりは椅子にでも縛り付けてから考えるつもりだった。
「い、や、よ」
歯をむいて言うキュルケの表情は子供のそれだが、ぴしりと杖を構えた姿は堂に入っており、メイジのお手本のようだ。学究肌のギヨームにはそれほどわかるものではないが、まるで隙がない、ように見える。
「あたしって、すっごくわがままらしいから。何をする気か知らないけど、欲しいものは手に入れるし、笑って凱旋するわ」
自覚はしているのか。そんなことを考えながらギヨームは杖を構え、少しゆっくりとルーンを唱える。キュルケもすぐに呪文を唱え、杖の先で炎が膨らんだ。
なんとか落ちずにすんだラルフは、何度か手綱を操ってヒポグリフが完全に自分の言う事を聞かなくなったのを確認し、ほんの一瞬間だけ次の一手を考えた。
あのときギヨームが叫んだ内容は風のメイジであるラルフにも聞こえなかったが、この幻獣には聞こえたらしい。何を言われたのかはわからないが、このキメラがあちらから離れるのは、ギヨームの意志。これは考えるまでもない。
では、なぜ自分を遠ざけようとするのか。間違いなくキュルケに対し反抗するのだろう。あの場に来られては困るのだ。だが逃げ出されても困るはず。ということは、ここから《フライ》で戻ろうとしても森を出ようとしても、この幻獣が邪魔をする可能性が高い。
――ならば。
しかし、ラルフが唱えかけた《ブレイド》のルーンは、キメラが突然大きく体を捩ったことで中断された。頭を殴られたのかと感じるほどの勢いで投げ出され、ラルフは宙を舞う。足元に何の保証もない浮遊感に一気に血の気が引くが、とっさに唱えた《フライ》で空中に踏みとどまった。だてに普段から《フライ》を唱えてはいない。
向き直れば、滑るように突っ込んでくる幻獣の姿がある。慌てて風を操り、ラルフはその突進を回避した。
ごう、という風を切る音とともに目の前を巨大な鷲の翼が吹き抜ける。
ヒポグリフは行き過ぎたところでくるりと旋回して、再びこちらへ向かって来た。再びどうにか避ける。自分の五倍はありそうな大質量をやりすごすと、一瞬後にそれが連れてきた風が足場のない体をふらつかせた。
「くう……」
小さなヒポグリフだと思ったが、いざ敵性を持ったそれに向きあえば、羽を広げて舞う巨体は圧倒的だ。とても脇を抜いていくというのは無理に思えてくる。
どうするか?
いかに自分が《フライ》を得意にし、《フライ》が幻獣の翼とは違って飛ぶ方向を限定されないとはいえ、空で幻獣を振り切ることは不可能だ。あまりにもトップスピードが違いすぎる。今はある程度余裕を持ってかわせるこの体当たりも、本気の加速で襲われればひとたまりもない。交通事故のごとく吹っ飛ばされるだろう。じわりとにじむ汗が背筋を冷たくする。脅しが通じるかも知れないと首筋に当てるつもりだった《ブレイド》が悔やまれた。もはや、やるかやられるかだ。
ただ、どうやら手を抜いているらしい今ならばやりようがある。経験か知識か知らないが、目の前の幻獣はメイジが普通、飛行中に魔法を使えないことを知っているのだ。だからゆうゆうと自分を攻めている。
切り札を使うのなら、最大の効果が得られるときにすべきだ。ラルフは腹を決めた。
使うべき魔法が次々に選別される。エア・カッター。当たるかどうか。すれ違いざまにブレイド。無理。ストーム。効果が怪しい。フレイム・ボール。かわされる。エア・ハンマー。
「――ラナ・デル・ウィンデ」
再び旋回して向かってくる偽の幻獣を見ながら、素早くルーンを唱える。体当たりでくる鼻先に真正面から空気の壁をぶつければ、吹っ飛ばされるのは向こうの方だ。
大気が固まり槌となる。こちらへ突っ込んでくるヒポグリフを睨み、タイミングを測ってそれを解き放つ。
狙いたがわず、ヒポグリフと空気の槌は正面から激突した。
真正面から不可視の壁にぶちあたり、ごき、めき、という肉と骨が壊れる鈍い音が響く。まさしく撥ね飛ばされるという言葉通りの体でヒポグリフは吹き飛んだ。
きれいなガラス窓に突っ込んだ小鳥は気を失ったりするが、ヒポグリフの質量で起こったそれはかなりの衝撃を生んだらしい。嫌な音が耳に残って後ろめたい思いがわきあがる。
――が。
“落ちない!?”
完璧なカウンターで打ち込まれたはずの風の槌を耐え、ヒポグリフは未だ飛んでいた。多少吹き飛びはしたものの、すぐにバランスを取り直して翼を動かしている。間違いなくかなりのダメージを与えたはずだが、特に動きが鈍る様子もない。目には強固な意志を感じさせる強い光があり、未だ闘志が失われていないことがわかる。
ばかな、と思いかけてやめる。そこまで自分の魔法を信じてどうする。骨の折れるような音がしたからといって、ヒポグリフの体のことを知っているわけではない。まして目の前にいるのは自分の知らない魔法と技術が生んだ埒外の生き物だ。痛みなど感じない、などということも十分ありえる。
しかし、
“まずい、か?”
あの異常な賢さだ。年経た幻獣はかなりの知能を持つというが、目の前のそれは人間並みといっていい。間違いなく次の魔法は警戒されてしまうだろう。そして、それを織り込んで向かってこられたら、ラルフは明らかに分が悪い。一撃必殺でなければならなかったし、《エア・ハンマー》はそのつもりで放った。しかし目の前の現実はどうだ。
速度で圧倒的に負けている以上、地上に逃れることさえ難しい。
キュルケの方はどうなっているのか。ラルフにはどこか、キュルケは大丈夫だろうという心理があった。あんな男にキュルケのような強烈な輝きをもつ魂が消されるはずがない、というどこか信仰にも似た思いがある。だが、杖を抜くにしても命を奪うとは限らない。キュルケの社会的な立場を考えればますますそうだ。ではもしもの場合、一体何をされるのか? もちろんその次には自分も同じような扱いをされる事は間違いない。
じりじりとした気分でラルフは杖を握り直した。
キュルケが放った火炎は、やや遅れて形作られた水の壁に受け止められた。
「あら……」
水の魔法。
粗雑とはいえしっかりと作られていた土の建物を見て相手を土のメイジだと踏んでいたキュルケは、意外な系統の魔法に驚いて一瞬表情を変えた。ギヨームは呪文を唱えつつ数歩の間合いを詰める。キュルケは表情を引き締め直し、慌てずルーンを唱え続けた。
その腕に、ひたりと冷たく柔らかいなにかが絡みつく。
「うひぃっ!」
首筋に冷たい水を垂らされたような声を上げて硬直してから、しまった、と思う。メイジの戦いは短時間で着き、一瞬の間が明暗を分ける。直後にギヨームから放たれた水のロープがキュルケの両手と口元を拘束した。
ちらと視線をそちらにやれば、それがなんだったのかはすぐに分かった。
スキュラ。
タコのようにいくつもの足を持つ、水に棲む半人半獣の姿をした幻獣である。陸上では動きが鈍いが、後ろから忍び寄ったそれが伸ばした足がキュルケの意識をそらしたものだった。
「使い魔です。あなた方がやってきたことも教えてくれた」
いくらかごたごたを経験はしたが、ギヨームは本来戦う者ではない。けして力負けをするわけではないが、軍の名家の娘は、彼にとっては十分に脅威となりえた。系統を知られていないということ、使い魔の存在を最初から隠し続けたこと。彼の普段の慎重さが生きていた。
「……っ! ……!」
じたばたと体をよじるキュルケを見て、彼はさらに使い魔に手ぶりで拘束を指示して話しかけた。
「別に危害は加えません。息が上がって苦しくなる。おとなしく」
詠唱させないために口は塞いでいるが、息もさせていないわけではない。だが暴れれば暴れるほど息が上がって苦しい。
スキュラが再びキュルケに足を伸ばし、そして、いきなり火に巻かれた。
「な!?」
炎に包まれたスキュラの絶叫が響き、その間に水のロープを鞭状の炎が断ち切っていく。息を荒らげながらもキュルケは再び杖を構えた。
「――完全、に、無力化するまで、手を休めてはならないし、――完全に勝機を奪われるまでは諦めてはならないと、いつも言われてるわ」
戦う者というのは、色々と特別な技術を持っている。キュルケはもがいてみせながらルーンを文字で刻んでいた。時間こそ何倍もかかるが、声のない者にも魔法は使える。
「……少しは真面目にやった甲斐があったわね」
火だるまになった使い魔が悲鳴を上げながら泉へと逃げてゆく。なぜキュルケが魔法を使えたのか分からず唖然とするギヨームを見てキュルケはふっと笑い、呪文を唱えた。はっとなったギヨームも慌てて詠唱に入る。
再び炎と水が激突した。
ギヨームはそこそこ力があるメイジだ。同じラインとはいえ、子供に負けるようなことはない。
しかし、現実では彼は防戦一方となった。キュルケがあまりに次々と炎を放つので、水の壁を作って防ぐだけが精一杯なのだ。どんどん水の壁は削られていくので、そのたびに水の魔法で壁を繕う。
こんな猛攻がいつまでも持つものではない。次々と続く詠唱には舌を巻くが、精神力にも限界というものがある。ギヨームは耐えた。
「っ……!」
ひときわ大きな火球が放たれ、水の壁が爆発するように蒸発して消し飛ぶ。しかし、次は来なかった。
「……ちゃんと練習や学んだ成果が出るっていうのは、気分がいいわね」
「……」
次が最後のあがきだろうとギヨームは思う。しかしキュルケの顔にはどこか余裕がある。
「今あたし、かなり調子がいいみたいよ?」
それだけ言って彼女は再び詠唱に入った。目を細め、集中しているらしいのがわかる。ギヨームはもう一度本気で水壁を築くべく呪文を唱えた。
ちりちりとした空気が満ち、溢れ出た魔力がキュルケの周囲に火の粉を散らす。
火球が生み出され、キュルケの杖の先でその大きさを増して行く。先ほどと変わらぬ大きさか、それ以上まで炎は膨らんだ。
まだ十分止められる。
そう思いながらキュルケが振り上げた杖の先を追って目を上げて、
「あ……」
絶句した。
二つ。三つ。
同じ大きさの火球がキュルケの後ろを漂っている。
三つの火球がじゃれるように揺らめきながら彼女を取り巻いていた。圧倒的な熱量を伴ったそれに、ギヨームはもう自分が何をしようと、目の前の少女を止められないことを確信した。
――この娘は炎と魔法に愛されている。
天才というものはいつだってそういうものなのだ。何もかもを覆してしまう。
双方の杖が振り下ろされ、ギヨームの築いた水壁が火球に触れて炸裂するように消し飛ぶ。さらに自分に迫る炎を見ながら、ギヨームはどこか納得して目を閉じた。
握った杖があっという間に燃え落ちる感触。瞼の裏が炎の色で真っ赤になり、全身が燃え上がるような熱に包まれる。立っていられない。
そして、ぱちんと火が消えた。
「やりすぎちゃったかしら?」
そんな声にギヨームが目を開ければ、キュルケがぽりぽりとこめかみを掻いていた。
「止めは、刺さないのですか」
ギヨームはそう言った。火傷した手には燃えかすのようになった杖があるが、もう魔法を使うことができないだろう。
「ええ……? なんでそんな話になるのよ。あなた、死にたいの?」
「まあ……そんなところです」
「はあ? なによそれ、ワケがわからないわ。それより、ラルフがどうなってるか分からない?」
「……彼なら……しばらく経てば戻ってくるはず」
見上げても、先ほど近くまで飛んできたあたりに姿はない。ミレーヌが捕らえてか、十分に時間を稼いでからか。どちらにせよ戻っては来るだろう。
「そう。ならいっか」
少しだけキュルケは表情を緩め、「疲れた」と言いながら腰を下ろした。
「ねえ。なんでいきなり死にたいなんてことになるのよ」
しばらくぼうっとしてから、キュルケはそんなことを聞いた。
ギヨームはしばらく黙ったままだった。
「あなたは……いや。
私には、もう、杖をとるべき理由がなかった。あなたがたのことだって、本当はどうでも良かった」
「なによそれ? 私が聞いてるのはそういうことじゃないんだけど」
「そのうち、わかる日も来るかも知れません」
「はあ……」
釈然としない、という表情だ。どうでもいい、とは言いながらもギヨームの口からは言葉が勝手にこぼれた。
「例えば、あなたは何のために杖を取るのですか?」
「何のためにって……」
赤い髪の少女は初めて迷うような表情を見せた。この年の、しかも少女にこんな質問をしても、考えたことがないというのが普通だろう。ギヨームは答えを待たずに続けた。
「はっきりとした何かのために杖を取るというのはいいものです。だがその何かをなくしてしまうと、もう一度杖をとるにはとても大きな力が要る」
そう、とても大きな力が。それはどこから汲み出せばいいのだろうか。
「そんなものがなくとも、生きていくことはできます。でもね、それは、とても苦痛なんですよ」
難しい顔になった赤い目の少女から、燃え尽きた杖へ目を落とす。
「私は――」
ざざざ、と草を割る音が近づいてきた。
炎の化身の如きキュルケの姿に一瞬足を止めて見入った。
勝負の決まったところへ、ゆっくりと足を運ぶ。敏感な耳には、なにやら難しい話が聞こえてくる。
「――もう、『ただ生きる』のは飽きた」
さらりと言われたその言葉を聞き、一瞬後にその意味を理解してラルフはぞわりと総毛立つような気がした。
全力で駆け出しながら、ルーンを唱える。草を割って駆ける音にキュルケが振り向き、ギヨームも目を上げた。
「ラル……ちょっと!」
言いかけたキュルケを押しのけて後ろにやり、ギヨームに杖を突きつける。杖には風の刃が絡み付いていた。夢中だったが、きちんと唱えられていたらしい。荒くなった息を整えながら、なんとか口を開いた。
「あんたも……大人なら、もう少し、綺麗に消えろ」
ギヨームは一瞬ぽかんとしたような表情になったが、すぐにその意味を理解した様子で、
「――申し訳ない」
消え入りそうな声で謝罪の言葉を口にした。目を落とせば、手に持つ杖はほとんど燃え尽きている。かなり重いやけどを負った手は、治療をしなければ役には立たないだろう。ラルフは勇み足の自分に腹を立てながら、それで? と聞く。
「君のような子供にな……いや。
ミレーヌ……あのヒポグリフは」
「死んだ、たぶん」
あとから考えてみれば、ラルフが初めに放った《エア・ハンマー》は十分な効果があったのだ。翼こそ無事だったが、キメラの体のどこかにかなり致命的な一撃を与えていた事は間違いない。
そして、その状態でヒポグリフは飛び続け、魔法をかわし爪を振るい、しばらくの間完璧にラルフを空中で封じ込め続けたのだった。目には使命感の光があった。電池が切れたかのように嘴から血をふいて落ちていくその時まで。
はっきりとはわからないが、まず生きているとは考えづらい。
「――そう、ですか。ならば、よかった」
ギヨームは心底ほっとした顔になった。そんな表情がさらにラルフを苛立たせる。
「なんだ、あれは、……人か?」
「……」
あれとこれを組み合わせれば最高ではないか、といった思いつきは誰もがする。大抵の場合実現不可能であったり、実現したとしても大したメリットはなかったりするものだが、ギヨームがやったことは、どれもそういうことだ。竜の鱗と翼を持つグリフォン。そして、強力な幻獣や亜人の体を持つ人間。
キメラとして人を合成するということができなかったため、彼はもうひとつの方法をとった。幻獣への脳移植である。
この方法を使った場合、まずうまくいかないことが過去の例で分かっている。次第に人の意識が獣の意識と混濁していくのだ。だが、この場合それが好都合だった。意識が獣のそれとなっていっても、知っていることは忘れない。知恵が失われるわけでもない。人であった知識も経験も、騎乗用幻獣には何が求められるのかもすべて知っている。「使役するための幻獣」としては何も問題がないのだ。その上で徹底的に心を操る魔法をかけた。お前は人ではなくヒポグリフだ、私の命令に従え、と。
ミレーヌを生んでもう数年。過去の例をひもとけば既に人としての意識は失われているはずだったが、それでもギヨームは毎日水の魔法をかけ続けた。もしも意識が戻ったら。それを考えるとやめられなかった。殺してしまうこともできず、意識が戻ることを恐れ、毎日の日課となった魔法は彼の精神を削り続けていた。
「まあ、そんなところです。知らない方が気分よくいられるもの。そういうものです」
「あっそ」
ラルフは一刻も早くこの会話を終わらせたかった。幻獣を乗りこなせたと調子にのっていた先ほどの自分にどうしようも無い苛立ちを感じる。妙な勘違いをさせたこの男にも。実質は勘違いではなく、早とちりだが。
「じゃあもう死ね、あんた」
それに、この男をこれ以上視界に入れていたくない。最悪な気分だった。
「――申し訳ない」
「え、ちょっと、待って!」
その会話に、慌てた様子でキュルケが割り込んだ。
「……なに、キュルケ」
剣呑な雰囲気はそのままに、ラルフは短く返す。
「えっと、その。……別に、今ここでじゃなくても。そうっ、お父様のところへ預けないと」
「嫌だね」
なんとか答えたといった様子のキュルケだったが、ラルフはここでギヨームを見逃すつもりは欠片もない。手打ちにしても構わないだけの条件も十分すぎるほど揃っている。
「こいつはここで死なせると決めた」
そういうわけだから、の一言とともにキュルケを後ろ向きにして思い切り突き飛ばす。振り向きざまに一突き。すぐに踵を返し、まだよろめいているキュルケを追い抜きながら手をぐいと引いた。後ろは見ない。
「ちょっ、え?」
後ろでキュルケが振り返ろうとする気配に、ラルフはさらに強く手を引く。杖を持つ右手の指に濡れた感触を感じて、返り血だと気付く。それを黒いズボンでぬぐいながら、ラルフは可能な限り言わないことにしている言葉を、小さく呟いた。
「ああ、死にてえ」
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ラルフ12歳。風のラインメイジ。火の魔法もラインまで使える。140サント、チビガリ
キュルケ13歳、イヤな思い出と共におめでとうトライアングル。160サント、胸B。