「まったく! 油断も隙もあったものじゃありません!!」
刹那はエリスの首根っこを掴み、ずるずると引きずる。
エリスにしてみればちょっとした冗談のつもりだったのだが彼女はそうと取らなかったようだ。
勿論止められなかったら遠慮無くいただくつもりだったが。
「良いじゃん減るもんじゃなしー」
「減ります! 劇的に減ります!!」
引きずっていた手を離し、今度はマウントポジションをとってエリスの襟首を掴む。キスができそうな距離で力説するため、その必死さが十分に伺えた。
それにしても、とエリスは刹那の顔をまじまじと観察してみる。
随分と整った顔立ちだ。化粧の類をしていないためかまだ色気など感じられないが、それでも将来を期待させられるだけのモノはある。
大人には無い、青い蕾の魅力が。
美味しく頂きたいところだが、これ以上刹那を刺激するのは避けた方が良さそうだ。
「まぁそれは置いといて、なんであのタイミングで止めに入れたの? もしかしてストーカーさん?」
「違います! 私はこのちゃ……お嬢様の身辺警護の任務に就いているんです」
「その割にはあんまり一緒に居ないよね?」
「私一人で警護をしているわけではありませんので。それに今私の担当はあなたでもあります」
理事が自分の娘を特別扱いというのは誉められたことではない。しかし彼は理事であると同時に関東魔術協会の長。人質に取られた際の危険性を考慮した場合、多少の特別扱いは仕方ないだろう。
組織のトップが私情に流されるなど本来あってはならないことなのだが、できないものはしょうがない。
無理強いすれば判断が鈍りかねない。
「私の担当?」
「慣れるまでの間だけですが」
「ふーん。ま、ありがとね」
「感謝するならセクハラを改善してください」
「努力はしよう」
「絶っっっ対にしてください」
随分とムキになっている。普段の姿を見ている限りでは多少の物事には動じないクールビューティだったのに。
ドッジボールの時も無表情でさっさと外野に出ていた。何が彼女をそんなに熱くさせるのかエリスには見当が付かない。
実は木乃香と親しげに話している姿に嫉妬しているだけなのだが。
「さぁ、今日は見回りの当番なので早く行きましょう」
「えぇ~? 最近多い気がするんだけど」
「文句は学園長に言ってください」
それだけ言うと刹那はエリスの腕を掴んでさっさと歩き出した。まだイライラが冷めていないのか、エリスの方を見ようとはせずにどんどん進む。
腕を引かれながら刹那の横顔を覗き込み、苛ついている表情もまた良いと思うエリスだった。
期末テストへ向けての勉強会は概ね順調に進んでいる。
平均以下だった生徒達は、ネギや成績優良者の指導によりめきめきと力を付けていった。
問題はバカレンジャーであった。
少しずつ伸びてはいるがこのペースだと平均点に持って行くのは困難だろう。バカレンジャーの中で唯一優秀といえる夕映は飲み込みは早いもののやる気がない。
残り4人は単純に飲み込みが悪い。明日菜達の住んでいる部屋でも勉強しているが時間が足りない。
けれどエリスは伸び悩んでいてもさして気にしていなかった。
バカレンジャー以外の面々が予想以上に伸びており、バカレンジャー達も一応は力を付けている。5人が悪い成績だったとしても残りの26人で十分補えるはずだ。
そう思って楽に構えていた。そんな過去の自分にコークスクリューをお見舞いしたい。
「行方不明?」
ネギを始めとするバカレンジャー他数名が行方不明になったとタカミチに聞かされ、ひくつくこめかみを押さえる。
「行方不明というか、正確には居場所は判明してるんだけどね」
「どこですか?」
「図書館島の地下だよ」
どこからか図書館島の地下に「頭が良くなる魔導書」があると聞きつけ、自分たちの成績に絶望したバカレンジャー達が夜遅くにネギを連れて地下に向かったらしい。
そこまで聞いてエリスは頭を抱えた。魔法に通じておりしかも教師であるネギがいながら、何故止められなかったのか。
図書館島の危険性は聞かされていなかっただろうが、魔法が関係なくとも止めるべきだった。
「で、誰か救出に向かっているのですか?」
「いや、それがまだなんだ」
「何してるんですか。早く向かってくださいよ」
「生憎と手の空いてる人がいなくてね……」
僕はこれから用事があるしね、とタバコを燻らせるタカミチ。
どうでも良いが学内禁煙ではなかったか。
「つまりあれですか私に行けと」
「察しが良くて助かるよ」
ニッコリと微笑んだ顔が不快指数を上げさせる。
そのわざとらしい無精髭を一本ずつぶちぶち抜いてやろうか。
「図書館地下、か……」
図書館島地下深くは危険であり生徒は立ち入り禁止となっているはずだ。当然警備員なり管理する人が配備されていると考えられる。
身体能力に優れているバカレンジャーとネギがいるとしても、侵入することは容易ではないだろう。それがこうもあっさりと。疑わしげな視線でタカミチを睨み付けるが、本人は微笑んでばかりで何も喋りそうにない。
溜息を吐き、諦めることにした。
「……少し準備が必要なので時間をもらいます」
「構わないよ」
準備が必要といってまずは自室に寄り、次に刹那の住んでいる部屋に向かった。
ノックもせずに唐突に扉を開く。
「やっほー真名ちゃんもといマナマナ。刹那ちゃんいる?」
「ノックもせずに勝手に上がり込んで来たと思えば某双子みたいな呼び方か」
「いや、でも可愛いし?」
そう言う問題ではないだろうに。
真名はそう思いはしても口に出すことはしなかった。転校してきてから現在に至り、直接関わりが無くとも変な性格であることは把握している。
できれば関わり合いたくなかった。
「刹那ならいないよ。用事があるとか言ってどこかに出掛けていったからね」
「そっかー。ありがとん」
あの可愛い可愛い護衛さんは健気にもご主人様について行ってるようだ。
そう、止めずにわざわざ危険であるはずの地下へと馬鹿正直について行っている。
どう考えても学園長を始めとした学園側の茶番だろう。
だいたい学園長は極度の親馬鹿───いや、この場合は爺馬鹿で有名である。マジで事件が起きたのなら本人が直接乗り込んで、それこそちょちょいと解決してくるだろう。
タカミチの態度といい気付いてくれと言わんばかりだ。けれど何が狙いなのかは分かっていない。
分かってないけど動かなければならない。動かないと給料でない。ないないないの無い無い尽くし。
「ねぇマナマナ」
「その呼び方は固定するのか……何か?」
「ちょーっとお仕事頼まれてくれる?」
仕事を頼まれるとは思っていなかったのか、キョトンとする真名。刹那と同じく、普段クールを装っている人の崩れた仮面の内側とはおもしろいものだ。
エヴァも中々おもしろかった。もっと突けば色々出てきそうだ。
「私が裏の人間だって知っているのか」
「萌え萌え魔女っ娘エリスちゃんにわからないことはない!!」
「…………………」
「すんません渡されたファイルに書かれてました」
絶対零度に届こうかという視線が痛かった。マゾっ気は生憎とないので早々に白状する。いつも責める側だからこういうのには慣れてない。
無論シングルベッドの上で夢とお前を抱く的な意味で。
「ふぅ。とにかく私に仕事を頼みたいんだな?」
「イェスマム」
「構わないが、私は高いぞ?」
「勿論体で払───冗談だからデザートイーグルを仕舞ってね」
「ふ、私も冗談だよ」
冗談の割にセーフティが掛かっていなかった気がする。
背中を嫌な汗が伝うのを感じた。くわばらくわばら。
「で、図書館島にいるわけだが」
「…誰に説明しているんだ?」
「もろちん、じゃなかった。もちろんおっきなお友達にだよ」
「私には君の言うことが理解できそうにないな」
「そうだね。私もわかんない」
真名がエリスのことを見て溜息を吐いている。何かおかしいところがあっただろうか。人は誰しも自分のことを完全に理解できてなどいないのに。
当然のことながらエリスの考えは的外れである。
「取り敢えずルートを確認しておこうかな?」
「はぁ…そうだな…」
学園長にもらった地図を床に広げる。
ルートは二つ。罠の真っ直中を抜けて地下を目指しながら捜索する道。
地底図書室付近に繋がっているエレベーターで一度地底まで降り、そこから順に上へと捜索する道。
この二つの道をエリスは二手に別れて捜索しようと提案する。
「二手に別れるのはリスクが高くないか?」
「うん。でも時間無いから」
エリスはタイムリミットを期末試験の実施日である月曜までとした。
つまり二日後の朝。現在は午前10時であり、二人で捜索するには少々無茶なリミットだ。安全を期すならもっと長い期限を設定し、二人で行動するするべきだろう。
だがこれは学園長の戯れ。それほど危険では無いはずだ。だからエリスは無茶なリミットを設定した。
「というわけでマナマナは真正面から突破するルートね」
「ちょっと待ってくれ」
「何か?」
「エレベーターを使うルートの方が楽な気がするのだが。楽しようとしてないか?」
「だいじょび。ダンジョンは進めば進むほど危険になる法則だから、序盤は楽勝」
「だんじょん? とにかくそんな危険そうなルートをあんな端金で───」
「倍払おう」
「そういうことなら」
お金の話をすると態度をサラリと変え、地図の写しを持ってさっさと中へ入っていった。
流石プロ。金さえ払えばなんともないぜ!
当然のことながら払いは学園長である。